樹木とも軟体ともつかぬ異形を相手に、オウガの戦士達は戦い続けていた。見上げんばかりの巨体は幾たびも蘇った末のもの。終わらぬ戦いを続けながらも、戦士達の心は決して挫ける事が無かった。
「──倒れろっ!」
負傷を押して振るわれた、強い拳が異形を貫く。だが、水音を伴い地を這う残骸は力を失う事無く、蠕動と共にその身を復元して行く──より強い力を有した更なる巨体となって。
「まだ、ってか。しぶとい奴だな」
「もう一度だ、何度でもやってやらぁ!」
疲弊しきった身で、それでもオウガ達の戦意は高らかに。それが無謀などとは、彼らは考えないのかもしれない。
そうして。それでも理に抗えぬ体は力を失くして行き、異形──何十メートルもあろうかというオグン・ソード・ミリシャの前にオウガ達は一人また一人と倒れ、宝玉へと姿を変えて行った。
●
ステイン・カツオ(剛拳・e04948)の予測にもあった話なのだが、と黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は口を開いた。
「クルウルクの勢力が、オウガさん達の星、プラブータを襲ったそうなんすよ。先日岡山に出て来たオウガさん達は、襲撃から逃れて地球に来た方々らしいっす」
──詳しい事を知るラクシュミ曰く。
こんにちは、ラクシュミです。
このたび、定命化によってケルベロスとなる事ができたので、皆さんの仲間になる事ができました。
オウガの女神としての、強大な力は失ってしまいましたが、これからまた、成長して強くなる事が出来ると思うと、とてもワクワクしています。
オウガ種族は戦闘を繰り返し成長限界に達していた戦士も多かったですので、ケルベロスになる事ができれば、きっと、私と同じように感じてくれる事でしょう。
皆さんに確保して頂いた、コギトエルゴスム化したオウガも、復活すればケルベロスになるのは確実だと思います。
ここからが本題なのですが、オウガの主星だったプラブータは、邪神クルウルクの眷属である『オグン・ソード・ミリシャ』に蹂躙されて、全てのオウガ達がコギトエルゴスム化させられてしまいました。
オグン・ソード・ミリシャの戦闘力は、初期時点ではそれほど高くないのですが、『撃破されると周囲のグラビティ・チェインを奪い、より強力な姿で再生する』という能力を持つ為、オウガの戦士にとって致命的に相性の悪い敵だったのです。
とにかく殴って倒す。再生しても殴って倒す。より強くなっても殴って倒す……を繰り返した結果、地球に脱出したオウガ以外のオウガは全て敗北してコギトエルゴスム化してしまったのですから。
地球に脱出したオウガも、逃走したわけではなく、オグン・ソード・ミリシャにグラビティ・チェインを略奪された為に飢餓状態となり理性を失い、食欲に導かれるまま地球にやってきたのです。
彼らも、理性さえ残っていれば、最後まで戦い続けて、コギトエルゴスム化した事でしょう。
このように、オウガとオグン・ソード・ミリシャの相性は最悪でしたが、ケルベロスとオグン・ソード・ミリシャの相性は最高に良いものになっています。
ケルベロスの攻撃で撃破されたオグン・ソード・ミリシャは、再生する事も出来ずに消滅してしまうのです。
オウガの戦士との戦いで強大化した、オグン・ソード・ミリシャも、今頃は力を失って元の姿に戻っていると思います。
オウガのゲートが、岡山県の巨石遺跡に隠されている事も判明しましたので、一緒にプラブータに向かいましょう。
──とのこと。
「ラクシュミさんがそうっすし、コギトエルゴスム化しているオウガさん達を助ける事が出来れば、彼らも皆さんの仲間……皆さんと同じケルベロスになる事も十分にあり得ると思うっす!」
キラキラした目でダンテは語る。これはデウスエクス・プラブータの為では無く、同胞たるケルベロスを救う為の戦いとなろう。
「それに、プラブータが今のままでは、いつ、敵……邪神そのものが復活して地球に攻め込んで来てもおかしくないっす」
ゆえに力を貸して欲しいのだと、彼は言った。
今回の敵となるオグン・ソード・ミリシャは触手を有し、攻性植物に近い戦い方をする敵だという。ケルベロスと遭遇する頃にはその多くが初期状態、体長二メートル程度に戻っているようで、この状態であれば、個々はそれほど強敵とは言えない。が、彼らの外見は大変冒涜的であり、長く見続けていると精神に異常を来す可能性もあるという。
「皆さんでしたら、耐えて戦う事も出来ると思うっすから、戦闘自体に影響は出ないと見て良さそうっすけど……もし錯乱して戦いと関係のない行動を取ってしまう方が出た場合でも大丈夫なように、フォローの段取りも考えておいて頂けると安心っすね」
通常よりも大きい個体──最大七メートル程度と見られている──に遭遇する可能性も、全く無いとは言えない。注意するに越した事は無いだろう。
「オウガの方々は……えー、割と、脳筋、って言うんすかね、それでピンチになってしまったようっすけど、でもやっぱり地球の敵になるような方々じゃ無さそうっすし。皆さんのお力で助けてあげて下さいっす!」
そう、ダンテは熱の籠もった声で依頼を口にした。
「──あ、お解りだとは思うんすけど一応念の為。『暴走』は絶対ダメっすからね! 皆さん無事に地球に帰って来て欲しいっす」
参加者 | |
---|---|
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172) |
シルク・アディエスト(巡る命・e00636) |
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771) |
罪咎・憂女(憂う者・e03355) |
二藤・樹(不動の仕事人・e03613) |
神宮時・あお(囚われの心・e04014) |
ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330) |
グレッグ・ロックハート(泡沫夢幻・e23784) |
●昼
「荒れた様子の無い森は除くか……後回しにしても良いのでは」
空から下りたグレッグ・ロックハート(泡沫夢幻・e23784)が撮影して来た画像を皆へ示した。
「こちらからこう来て、この風景はこちら向きのものですから……」
「コッチが坂になって……あの崖思ったヨリ遠いね」
罪咎・憂女(憂う者・e03355)が手元に広げた帳面へ地図を作るべく筆を走らせる。画像と周囲を見つつキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)がその補佐に。
「その画の敵が多分あの影かな? そんなに大きくなさそうだし暫くはまあまあ安全に行けそうだけど」
「ええ、でもだからこそ慎重に進まなくてはね」
双眼鏡を覗いた二藤・樹(不動の仕事人・e03613)の言にヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)が頷く。地図が白い今は彼女に繋がる標糸が頼り、現在地の把握がおぼつかなくなるような事態は極力避けねばならない。
「そうですね、足元には特に気をつけましょう」
先行は私に、とシルク・アディエスト(巡る命・e00636)が手を挙げた。万一に備え飛べる者も居た方が良かろうと手の空く神宮時・あお(囚われの心・e04014)がその傍へ。
「こまめな休憩もー、心がけたいところですわねぇー。此処は少々冷えますものー」
ならば己は後方の護りをとフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)が退がる。ここからならば皆の様子も見易かろう。普段通りが肝要と、彼女は常と同じにゆるりと笑んだ。
そうして彼らは遮るものの無い荒野の只中へ。この星であった戦いの痕跡と思しきものの一つを目指し進んだ。草の一つも見当たらぬ不毛の地を眺め、知り得ぬかつての姿があったのやもと惜しむ。足元を確かめ、周囲を警戒し、空へも注意を払いつつの歩みは決して早くは無いが、一歩ずつ着実に。敵の接近を許す事はあったが、その時には彼らもまた相手を発見済であり、不自由無く迎撃し撃破して行く。
小型の敵を三体ほど踏み越えて後、初めの目的地に到達した。少し離れた位置に居たこれまた小型を念の為倒し、他所より酷い荒れようをしているその辺りを調べるとほどなく、野晒しになっているコギトエルゴスムが見つかった。
(「これが彼の同ほ……、──いや」)
先日地球でオウガとまみえた者達の中には、贖いを、との気持ちを抱く者も居る。だが、使命感の範疇であれば良くともそれを超えてしまえば。グレッグはそっとかぶりを振り、感傷を抑えた。
まずは八個。自分達同様に仲間や友であったと思われる彼らを、今だけはと小さく謝罪して、憂女とあおで二分して保管する──一人たりとも犠牲を出す気は無いけれど、念には念をと。
同様の事を幾度か経て後、同じく幾つ目かの手頃な岩陰を見つけ、地図を描き足す為に歩みを止めた。道中で見たものや今周囲に見えるものの情報を抑えた声で反芻しつつ紙面を埋めて行く。憂女の手にあるそれは既に何頁にも渡り、暫く前からはキソラの持つ別紙に縮小図が作られ始めていた。腕の時計に目を落とすグレッグが距離の補正を手伝い、ついでに足を休めるべきとのフラッタリーの提案があり休憩を兼ねる事になった。ここ数十分は主に見通しの良い高台を進まざるを得なかった為もあり、溜まる疲労を自覚出来ている者も複数居た。
持ち込んだ菓子類が配られる。各人の嗜好は既に大分周知されていたが、何を摂るかは状況が許す限りは心を休める手段の一つとして各々毎回問い問われていた。
「すまない、飴を貰っても」
「ドーゾ。気分ど?」
「……少し」
荒れた星の姿を空から誰よりも多く見ているグレッグは、両の手指を緩く組んだ掌に視線を落とし一つ息を吐いて後、ごく控えめに不調を申告した。それを労うキソラはまだまだ元気そうだが、この辺りは担当する作業が趣味に合うかの問題でもあろう。どこか楽しげな彼につられた如く、グレッグもほどなく表情を緩めた。
「キソラ達もこまめに休んで欲しい。後から障ると良くない」
「アリガト、気をつける」
「──では今回は、この緑の飴を頂きますね。どんな味でしょう」
何種類もの飴を提示したあおの前に屈み、シルクは選んだ飴を摘む。その指の動きを、思わずといった風あおの目が追って、けれど半ばで我に返ったように視線を逃がす少女へシルクはただ、教えてくれるのですか、と柔らかに問うた。ややあって、持ち出した紙面に対して随分と小さな字が、青林檎だと答える。拙くとも応じたその様に、見ていた者達が心を和らげた事には、少女自身はきっと気付かぬままだろうけれど。
「樹は大丈夫? 無理はしないでね」
「うん、俺は平気。ヒメこそ頑張り過ぎないで欲しいけど」
休憩中とはいえ周囲への警戒は絶やせぬ為、手の空いた二人は双眼鏡を覗いていた。出来る事をし尽くさずに後悔するよりは、と必要ならば無茶も辞さぬ気構えの少女の声を背に聞きながら彼は、平静にと努めた応えを丁寧に紡ぐ。護りたいと願われるそれと同じだけ、護りたいと願う心はあって、だからこそもう誰も、名も知らぬ者達をも含めて、欠けさせてはならないのだと──どうしても急く己が心を彼は強く抑えつけた。
まだ間に合う事を成し遂げる為に出来る事を、正しく為す為に。それは、この場の皆が等しく抱く決意だったろう。
●夜
シルクが持つ時計の針が一回りしきる幾らか前、夜の訪れに合わせ彼らは野営の準備を調えた。少しでも質の良い休息をと、風の当たりが弱い窪地を見つけテントを張り、火は起こせぬとの判断のもと毛布が配られる。暮れ行く中での作業は暗視ゴーグルに頼りつつとなり、食事代わりの飲み物が全員に行き渡るまでにはそれなりの時間を要した。
「ご飯なのに固形物食べないのは変な感じかも」
「そう、ですね。こういうのは久々かもしれません」
樹の呟きに憂女が応えた。彷徨った彼女の視線は、過去を思い返しているようで。
「──あ、ごめん」
「いえ」
境遇の違いは判っていた事ではあるけれど。それでも、と謝罪を口にした彼へ彼女は穏やかに笑んだ。口こそ挟まぬものの不思議そうな顔をしている者すら居て、話は早々に切り上げられた。が、あおがおずおずと固形型の携帯食料を差し出す。
「ありがたいけど、温存しといた方が良くない?」
(「沢山、あります、ので」)
精神的に参って来る頃にこそ必要だろうと樹は首を振ったが、少女のポケットの余白に詰められていたらしく、結構な量が出て来た。なので、のちの為にも消費しながら、という事で決着する。
「明日は水場が見つかると良いですわねぇー」
飲料水の持ち合わせはあったが、それこそ温存対象だった。今日の所は肌を拭く事に使う程度でと決め、交替でテントに入る。それから衣類も清めた後、保湿の大切さを主張するフラッタリーから性別年齢問わず化粧水類が供された。ヒールで治るとか言ってはいけない、心の健康の為だ、とも。
「──で、オレらが先に見張りだっけ。もう限界ってヒトは居ない?」
「あ、そうだわ。荷物の都合で四つしか無いんだけど、ごめんなさいね」
グレッグから時計を借り受けたキソラの問いには各人から頷きが返り、ヒメが先に休む四名へ寝袋を配る。体格に合わせて貸し借りする事になるが、そのペア決めにおいて所により複雑な乙女心が顔を覗かせたりしたのはまた別の話。
時計の数字曰く、それから78分が経った頃。遠くに敵影を発見した見張り達の間に静かな緊張が走る。推定距離の割には大きなその影は、敵戦力をより正確に把握する為に一戦交える相手として悪くは無いが、それも日中の話。今は出来ればやり過ごしたいと彼らは息をひそめた。接近して来るようならば逃げるか応戦するかを考えねばならないが、テント内の者達は出来るだけ休ませてやりたい──どの道あと二時間も経たぬうちに起こす手筈なのだし。
判断の時を誤らぬよう、また他方からの奇襲を受けぬよう四人で周囲を警戒する。が、状況が動いたのは間もなく。観察していた敵個体は夜目が利くのか彼らの呼吸を聞き咎めたか、此方を顧みた(多分)かと思うと確かな意思を持って(いるかのように)近付いて来るのが判ったのだ。
「ヒメ、皆を起こして来てくれる?」
「ええ、気をつけてね」
発見が早かった為に態勢を調える暇はある。盾役としてフラッタリーは先陣を切り、支援にはキソラが癒し手として。のみでは無いとはいえ女性三名が眠るテントを己が不用意に開けるのは憚られると少女へ依頼した樹は、攻撃役を務めるべく二人を追った。
迎撃地点はテントから離れ過ぎぬ程度のひらけた場所。騒ぎを聞きつけた増援が来る可能性もあったが同様の戦闘は日中に幾度もこなした。違うのは敵の体長で、いざとなれば撤退も視野に入れる必要があると判断した。捨てても良い物を頭の中で数えながらヒメは、眠る四名を起こすべくテントを開ける。
「ですから今朝は──あら」
「あら、起きてたの?」
が、気付いたシルクの視線に出迎えられ彼女は目を瞬いた。
「すまない、早めに目が覚めた」
「慣れない土地だからというのもあるかもしれませんね」
だが体を休める事だけは皆継続出来ていたらしい。寝袋から這い出て来るグレッグとシルクの後ろであおが申し訳なさそうに俯いているのがヒメには見えた。景色や外気を遮ってもこの子は眠れなかったのだろうと見当を付ける。
「そうね、でも今は助かるわ。敵が来たの、三人が迎撃に向かったわ」
「数と大きさは?」
「推定5m超えが一体、ボクが見た時はまだ距離があったけどそろそろ」
憂女の問いへの答えを遮るように地面が小さく揺れた。シルクの砲台をも超える質量によるそれは、敵の触手が起こしたものと容易く判った。極力殺してはいるものの応戦の音が聞こえて来、彼らは急ぎ外へ。射手を担いグレッグが手前で歩を緩め、他の者達が星剣を振るい護りを刻むキソラを追い越すより先に、前衛二名と接触済みの敵の姿が確認出来た。
「樹で三人分……四人分? くらいかしら」
「どちらかというと四に近いような」
ともあれこの星に来て初の大物戦。中衛にあおを残し、三名が敵の傍へ。
「お待たせ致しました」
シルクが展開した武装が菫の色を湛えてきらめく。照らす炎はフラッタリーが纏う地獄色。
「……これの首魁なり何なりが居る、と?」
仲間達の盾の一枚となるべく敵の動きに注意を払う憂女が眉をひそめた。無闇につややかな樹肌に覆われた蔓とも触手ともつかぬものが蠢く様は、嫌悪を抱くに十分だ。
「増える前に済ませたいわね」
刀を抜いたヒメは、樹が仕掛けた爆破に合わせ駆け抜ける。消耗を抑える意味でも手早くと望み、背後から届いた力を添える爆破の彩りの助けを受け攻め立てた。
「火ヲ焚ベマセウ、汝ノ滅ビヲ祈ル為」
獄炎で夜空を焦がし笑うフラッタリーが、
「皆様ー、覚えておいでかしらぁー。『六根』といえば何でしたでしょうー」
不意にころりと目を細めて微笑んだ。唐突なそれに仲間達ははっとして、
「あ、ええと、『清浄』でしたね」
正気確認用の合言葉を各々答える。問い手に顧みられてあおは言葉の代わりに赤い飴玉を投げつけた。
「──どなた様もー、ご正答頂きありがとうございますわぁー」
飴を受け止めてのち再度瞳の色を晒す彼女の傍に触手が伸び、それをグレッグが蹴り払う。銀の光が散る中で、礼と応えを交わす様は常と同じそれ。大丈夫だと互いに確認し合って、ただ、軽んじ難い敵への攻撃に抗すべくキソラが夜色の加護を織る。敵を惹き付けるシルクの消耗が特に激しく、更なる加速の為短刀を抜いた憂女はヒメの踏み込みに応じて仕掛けた。紫電の如き刺突を飾る藍の残像が繊月を象る。正確な二振りが敵を捉え幾本もの触手を斬り飛ばした。
並行して敵の動きを制限出来つつある今ならば、あおの身には余る巨砲とて障害とはならず、開いた白花は砲弾を撃ち放つ。滞り無く戦いを進めて、けれど不快な見目と挙動の敵ゆえに、時間が経つ毎にケルベロス達の心は追い詰められて行った。
「──フラッタリー?」
その時、予定通りに問いを投げない、どころかいつしか黙した彼女を案じ、キソラがその背に声を。
「──ア。嗚呼、……!」
彼女の手は過たず敵へと刃を振るう。けれど声は歪み捩れる。陶酔するような、嘆くかのようなそれと共に、護るべき仲間を顧みた金瞳は蕩けて濁る。彼女が少なくとも冷静では無いと周囲が悟るには十分だが、他の前衛も敵の触手を捌くのに忙しい。動く事自体は不可能では無かろうが、直後の隙を突かれれば危険。
「グレッグ、手を貸りても良いかな?」
ゆえに飛んだ樹の声に、当の青年は小さな驚きと共に目を瞬いた。蹴り技を得手とする彼の脚では無く拳なら程良いツッコミが、などとの推量が耳に届くにつれ、己もまた心を揺らされていたのだと気付く。知らず震えていた手を強く握り締める。その足は正しく理性に従ったので彼は、依頼に応えるべく動いた。攻防の隙を狙い彼女を落ち着かせる事そのものは難しくは無く、他には危険な様子のある者も特に見受けられず安堵して、ケルベロス達は堅実に敵を屠る──終わり掛けに小型の増援が一体来たが、彼らの敵では無かった。
●
戦闘を終え、時間はともかく精神的にはキリが良かったのでと見張りを交替して後は、テントの中で若者の初々しい恥じらいやら大人の温かく見守る目やらが飛び交ったりだとか、テントの外で欠伸連鎖の発生等はあったものの、概ね平和に夜が明けた。ゴミ含めて痕跡を丁寧に片付け、昨日同様に探索へ。
以降は環境等に慣れて来たこともあり、初日よりも効率良く探索を進める事が出来た。敵の目を避ける事は容易くは無かったものの、ケルベロス達の警戒と対処は的確で、危うい事もほぼ無く済んだ。
ゆえに限界の訪れは、日を重ね戦いを繰り返した事による消耗の為に。
「──そろそろ戻ろう」
幾度目かの昼食の後、幾度目かの戦闘を終えて、新たな宝玉達を回収した頃、声があがった。ポケットには未だ余裕があったけれど、幾つかのヒールグラビティを潰し、そろそろ自分達の身を顧みるべき頃合いだった。
まだ出来るのでは、と望む心を抱く者も居たけれど。かなりの枚数に渡り仕上がった地図は、出来る限りの事、すべき事はやれたのだと示す。現在地を把握出来るキソラの目には、今ならば迷う事無く戻り得ると映った。ヒメから伸びる糸も無事だが、地図と彼の目があれば帰りの距離を短縮する事も不可能では無い。
憂女とあおのポケットは既に随分と重く、彼女達が元々持っていた荷の殆どは、今は他の者達が負っていた。それら質量が彼らに示すものは、此度救い得る命の重さと多さ。それは、理性で以て踵を返す助けとなろう──誰一人欠ける事無く、生還する為に。
作者:ヒサ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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