オグン・ソード・ミリシャ~破邪の剣ケルベロス

作者:ハル


 サッ! 総勢8名のオウガが、それぞれの得物を手に、散開する。その息の合った様子から、彼等が相当な手練れである事は、容易に想像できた。
 だが、そんな手練れであるはずの彼等は、8名全員が傷に塗れ、満身創痍の様相を呈している。
 オウガ達をそこまで追い詰める敵の正体とは、この世のありとあらゆる悪意を煮詰め、何倍にも凝縮したかのような存在。
「おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!」
 おぞましい精神発狂を促進される呪いを吐き、触手を蠢かせる彼奴こそが――。
「これで終わりだ、オグン・ソード・ミリシャ! あばよ、なかなか楽しめたぜ?」
 邪神オグン・ソードの眷属達である。
 オウガ達は、樹木にも似た、だが樹木よりも遥かに巨大で悍ましい、40メートルはくだらない巨体を見上げると、散開から一転、八方からオグン・ソード・ミリシャへと突撃を開始する!
 刀、鉄塊剣、ゾディアックソード、チェーンソー剣が、唸り、火や雷を纏い、オグン・ソード・ミリシャを原型を止めぬレベルに斬り刻む。
「やったか!」
 長時間の戦闘に、オウガの面々は息も絶え絶えである。ゆえ、一瞬気を抜いてしまったのも、無理からぬ事。しかし、だからこそ、オグン・ソード・ミリシャの残骸が、蠢き、寄り集まって再生している事に気づくのに、遅れてしまった。
「みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!」
 邪悪の化身の復活は、瞬きをする間に完了した。しかも、さらに強力に、巨大に進化を果たしている。
 ウネウネと、触手の胎動に、消耗したオウガの精神が闇に引き釣り込まれていく。そうして、一人、また一人と発狂を迎える中、オウガ達はようやく、オグン・ソード・ミリシャの攻略法が、撃退しないように囲い込む戦術である事に気づくが……。
「倒したら復活するんだな、ハハハッ! ワクワクすっぞ!」
 オウガの辞書に、小細工の三文字は存在しない。だが、それゆえオウガ達は、進化を果たしたオグン・ソード・ミリシャを前に、全グラビティ・チェインを簒奪され、宝石化の末路を辿るのであった……。


「岡山県で先日起こったオウガ遭遇戦について、続報があります! 元々ステイン・カツオ(剛拳・e04948)さんが予期していた事態なのですが、クルウルク勢力がオウガの主星『プラブータ』を襲撃し、大変な事になっているようです」
 山栄・桔梗(シャドウエルフのヘリオライダー・en0233)が、黒髪を掻き上げながら告げる。
「オウガ遭遇戦で出現したオウガさん達は、主星の襲撃から逃れ、地球にやってきた……という事情のようです。その辺りの詳細については、新たにケルベロスの一員に加わってくださったオウガのラクシュミさんが、直にお話をしてくれるそうですので……」
 桔梗が、モニターの画面を点灯する。映し出されたのは、目映い黄金の角を身に宿す、美女の姿。

『こんにちは、ラクシュミです。このたび、定命化によってケルベロスとなる事ができたので、皆さんの仲間になる事ができました。オウガの女神としての、強大な力は失ってしまいましたが、これからまた、成長して強くなる事が出来ると思うと、とてもワクワクしています。
 オウガ種族は戦闘を繰り返し成長限界に達していた戦士も多かったですので、ケルベロスになる事ができれば、きっと、私と同じように感じてくれる事でしょう。皆さんに確保して頂いた、コギトエルゴスム化したオウガも、復活すればケルベロスになるのは確実だと思います。

 ここからが本題なのですが、オウガの主星だったプラブータは、邪神クルウルクの眷属である『オグン・ソード・ミリシャ』に蹂躙されて、全てのオウガ達がコギトエルゴスム化させられてしまいました。
 オグン・ソード・ミリシャの戦闘力は、初期時点ではそれほど高くないのですが、『撃破されると周囲のグラビティ・チェインを奪い、より強力な姿で再生する』という能力を持つ為、オウガの戦士にとって致命的に相性の悪い敵だったのです。
 とにかく殴って倒す。再生しても殴って倒す。より強くなっても殴って倒す……を繰り返した結果、地球に脱出したオウガ以外のオウガは全て敗北してコギトエルゴスム化してしまったのですから。
 地球に脱出したオウガも、逃走したわけではなく、オグン・ソード・ミリシャにグラビティ・チェインを略奪された為に飢餓状態となり理性を失い、食欲に導かれるまま地球にやってきたのです。
 彼らも、理性さえ残っていれば、最後まで戦い続けて、コギトエルゴスム化した事でしょう。

 このように、オウガとオグン・ソード・ミリシャの相性は最悪でしたが、ケルベロスとオグン・ソード・ミリシャの相性は最高に良いものになっています。
 ケルベロスの攻撃で撃破されたオグン・ソード・ミリシャは、再生する事も出来ずに消滅してしまうのです。
 オウガの戦士との戦いで強大化した、オグン・ソード・ミリシャも、今頃は力を失って元の姿に戻っていると思います。
 オウガのゲートが、岡山県の巨石遺跡に隠されている事も判明しましたので、一緒にプラブータに向かいましょう』


 そこまで確認し、桔梗がモニターの電源を落とす。そして、ケルベロス達に改めて向き直った。
「ラクシュミさんが私達の味方になってくれた事で、コギトエルゴスム化しているオウガさん達も、私達の力になってくれる可能性は非常に大きなものとなりました」
 ゆえ、これからの戦いは、デウスエクスのオウガではなく、同胞を救出するための戦いになる!
「何より、プラブータを邪神クルウルク勢力に制圧されたままですと、いつ邪神が復活して地球にやってくるか……心配で夜も寝られませんよね? 同胞を救い、同時に地球に危機を未然に取り除くこと。二つの意味において、今回の戦いは重要なものとなります」

 セリカが、現時点で判明している情報を纏めた資料を、ケルベロス達に手渡す。
「多くのオグン・ソード・ミリシャは、オウガさん達との戦いから時間が経過していることもあって、体長2mと、初期の状態に戻っているため、戦闘力も高くはありません。ですが、その外見は冒涜的で、私達の心を蝕むに十分な狂気を宿しているため、その点は注意が必要です。――といっても、ケルベロスの皆さんなら、戦闘に影響が出る程でもなく、軽い錯乱状態に陥る程度ですむと思います」
 もし様子のおかしい仲間に気づいたら、周りがフォローしてあげるといいだろう。
「攻撃手段としては、攻性植物に近いようです。また、時折オークの触手にも方法で接触もしてくるかもしれません。基本は先程言ったように2m級が大半ですが、最大で7m級までと接触する可能性があるので、頭に入れておいてください」
 先程のラクシュミの言葉を思い出したのか、説明を終えた桔梗が「ふふっ」そう小さく思い出し笑いをする。
「失礼しました。オウガの皆さんが、どうやらとっても……ええ、個性的な方達なのだと分かって、少し笑ってしまいました。きっと仲間になれば、心強く、楽しい方達なのだと思います。必ず、オグン・ソード・ミリシャの魔の手から、救い出してあげましょう!」


参加者
ペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)
弘前・仁王(魂のざわめき・e02120)
獅子鳥・狼猿(スペースカバ・e16404)
鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)
植田・碧(ブラッティバレット・e27093)
クリスティーナ・ブランシャール(抱っこされたいもふもふ・e31451)
ヴィクトリカ・ブランロワ(碧緑の竜姫・e32130)
ウーゴ・デメリ(ヴィヴァルディデメリ家現当主・e44460)

■リプレイ


「カバ……宇宙へ……なんてワクワクしてたオレッちの純真な気持ちを返して欲しいもんだな」
 獅子鳥・狼猿(スペースカバ・e16404)が、憔悴したように呟く。
 その元凶は、オグン・ソード・ミリシャとの戦闘による疲弊ではなかった。……無論、毒のダメージも少なからずあるのだが、それ以上に――。
「何もない……わね」
 隠密気流で気配を消し、先導役を務める植田・碧(ブラッティバレット・e27093)は、分かりきった事を口にした。口にせざる終えなかった。この……どこまでも果てなく続く、無の荒野を前にして……。
 もちろん、プラブータは広大だ。探せばまだ無事な場所も残っているのかもしれない。だが、ケルベロスが求めるコギトエルゴスムの存在する範囲には……。
「……おじさま……」
 あらゆる生命が簒奪され、汚染し、浸食された地域では、マッピングも困難だ。紫にも似た異様な光を放つ、空に浮かぶ月……のようなものを見上げたクリスティーナ・ブランシャール(抱っこされたいもふもふ・e31451)が、ウーゴ・デメリ(ヴィヴァルディデメリ家現当主・e44460)に手を伸ばす。
 ウーゴは、その手をしっかりと握りしめながら、
「大丈夫ですよ、クリスティーナ」
 ――そう、あの地獄のような数年間を思えば……。
 ウーゴは、昼も夜もなく暗黒に包ませた大地に夜目を光らせながら、いつも通り、のほほんと頬笑んで見せた。
「まさか私の人生で、宇宙に来ることになるなんて……分からないものね。でも、私も……碧さんや仁王さんが一緒で、良かったわ」
 クリスティーナとウーゴが手を繋ぐ姿を横目に見ながら、鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)は素直にそう思う。
「それは、お互い様ですよ」
 すると、ドリンクバーの準備をしながら、弘前・仁王(魂のざわめき・e02120)は眼鏡の上の暗視ゴーグルを指先でクイッと持ち上げながら言う。
「そうね」
 同意するように、碧も頷いた。
「さて、状況を整理するわよぉ?」
 すると、場の雰囲気を変えようと、ペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)が手を叩いて皆の注目を集める。
「目立たないように心掛けた結果、これまでの戦闘では、小型のオグン・ソード・ミリシャの各個撃破に成功したわぁ。この調子で、消耗を抑えるわよぉ」
 これまでに撃破した敵は、2m級と3m級で合わせて3体だ。周辺に散らばるオウガのコギトエルゴスムは、20前後を確保し、仲間全員で分担している。
 そして、プラブータに実際に踏み込んで、心の奥の奥まで刻み込まれたこと。
「未来の仲間を助けるのはもちろんだけどぉ――」
 ペトラが、この状況でも軽かった足取りをふいに緩め、知的な金の瞳を一瞬だけ細める。
「地球の未来を守るためにも、オグン・ソード・ミリシャはここで止めねばならん……という事じゃな」
 ペトラの言葉尻を引き引き継いだのは、ヴィクトリカ・ブランロワ(碧緑の竜姫・e32130)。邪神の侵略を容認した時、あらゆる世界は、死と混沌の世界へと堕する。
 ヴィクトリカが、「まさか地球から眺めた星空の一つが、このようになっていようとはの……」そんな風にボヤいていた、その時――!!
「みつけたの!」
 望遠鏡を覗き込みながら、オグン・ソード・ミリシャの影を探していたクリスティーナが、叫ぶ。
 だが、クリスティーナがオグン・ソード・ミリシャを目視した瞬間、同時に向こう側もクリスティーナの存在を捕捉しており、彼女の心を酷くザワつかせ、狂気へ誘おうとしていた。
「ひっ! ご、ごめんね……ごめんなさいなの! で、でも、わたしはオウガのひとたちをたすけなくちゃいけなくて……あれ? ほんとうにそうだったの? あれ、あれ? えっ?」
 迸る汚泥にも似た、邪悪な気配。
「大丈夫?」
 胡蝶がクリスティーナを落ち着かせようと背中を撫でてやることで、「……ありがとうなの、こちょうおねぇさん」本格的な戦闘が始まる前に、クリスティーナは我を取り戻すことができた。
 プラブータを訪れて、何度目かの狂気の伝染。それを間近で見せつけられた仁王は、改めて、
「新しい仲間のためにも、そして自分達のためにも、とても大事な戦いになりそうですね」
 そう思うのであった。


「相手は1体よぉ! こちらから仕掛けましょ!」
 ペトラがオグン・ソード・ミリシャに駆け出すと、異論の無い仲間達もその後に続く。
 見た限り、眼前の触手を蠢かす、腐った木のような造詣をした邪神の眷属は、大型の6~7メートル級であると推測される。これまで仕留めてきた個体よりも一回り、二回り大きいが、目立つ行動を極力控えたおかげで、幸いにも各個撃破の形で遭遇する事ができた。
 ペトラの掌が、邪神に触れる。同時、狂気の念がペトラを包み込もうとするが!
「我、全てに破滅を与える者なり。――全部持って行きなさぁいッ!」
 それを吹き飛ばすようにペトラが一喝すると、魔力の奔流を邪神へと一気に流し込んだ。
「みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!」
 その瞬間、辺りを満たすはオグン・ソード・ミリシャの邪気、臭気、混沌。まるで水が流れ出すように、ただでさえ昏いプラブータに、漆黒の闇が広がり始める。その闇は、ケルベロス達を混迷の【催眠】に誘うもの。だが、ケルベロス達にとって、すでにその狂気は初見ではない。
 ゆえ――。
「この身に宿るは戦場の力!」
「この絶対防御の構え!!」
 後衛に迫る闇の前に、仁王がグラビティをオーラ状に組み、狼猿が顔の前で両腕を庇うように構えながら、立ち塞がった。
「……やっぱり、今までの個体とは格が違うようね?」
 闇に触れ、見る見る間に衰弱していく仁王と狼猿。胡蝶は認識を改めるように黒髪を耳の後ろに掻き上げると、女医としての手腕を最大限に発揮し始める。
「この追跡を逃れられるかしら?」
 想像もしていなかったプラブータの惨状を前に、――いえ、逃さない! 逃す訳がない! 言外にそういった感情を滲ませながら、碧が弾丸を放って攻め立てる。
「さっきはすこしおかしくなったけど、わたしがオグンさんたちとなかよくなれるとおもってるのは、うそじゃないの! だけど、いまだけは、ごめんなさいなの!」
 右側から責める碧とは対照的に、クリスティーナはオグン・ソード・ミリシャ……その巨体の左側面に回って雷を帯びさせた紅桃を突き刺す。
 ――がっ!
「っ……あ゛あ゛!」
 瞬きの内に、夥しい数の這い寄る触手が四方八方から碧に迫ったかと思うと、避ける余地もDFが庇いに入る暇も無く、彼女の身体が宙づりにされてしまう。
 その際に碧を襲ったのは、オークが与えるような単純な刺激ではなく、まさに人外の悦楽。精神崩壊を引き起こしかねない程のそれが、触手を伝って碧を狂的に染め上げようとする。
「碧君! 今助けます!」
「我も援護するのじゃ!」
「ヴィクトリカ君、お願いします! 碧君を触手から解放してあげてください!」
「任せろなのじゃ!」
 ウーゴとヴィクトリカが頷き会う。
「――大丈夫。まだ行けますよ」
 ウーゴが父方に伝わる特殊な歌を口ずさむ横をすり抜け、ヴィクトリカは拳にオウガメタルを纏わせる。
「オグン・ソード・ミリシャとやら、我を甘く見ぬ事じゃな!」
 鋼を纏うヴィクトリカの鬼の拳は、視界を覆う程の触手を蹂躙し、碧をその海から解放した。
 一瞬遅れて、ウーゴの歌の効果が発現し、碧は再び鎌を構えるのであった。


「うぅ……見ておると気がどうかしてしまいそうじゃ」
 一進一退の攻防を繰り広げるケルベロス達。そんな中でも、やはり慣れないのがオグン・ソード・ミリシャが迸らせている狂気である。ヴィクトリカが、眉根を寄せ、口元を抑える。
「ふ~~ん?」
「ペトラ君も気付きましたか?」
 しかし、ただ戦っていただけではない。ウーゴの問いに、唇をペロリと湿らせながら、ペトラが頬笑む。
「みりしゃ みあ おぐん そーど ぬい くるうるく!」
 と、邪神が甲高い声で囀った。
「ぐっ!」
 強烈な退廃へ誘う念は、仁王の身体からあらゆる意欲を奪い去ろうとするが!
「……相棒ッ、頼みます!」
 仁王の背後に位置するボクスドラゴンが属性を注入する事で、毒の影響を緩和する。……ある程度緩和できるという事は、オグン・ソード・ミリシャのポジションがジャマーである線は低い。変わりとばかりに、先程から邪神の攻撃を避けられる気配が微塵もない事を鑑みると。
「アタシのお仲間さんってことかしらぁ?」
 ペトラの音速の拳が、邪神の触手を【BS耐性】諸共吹き飛ばす。
「どうやらそうみたいね」
 続けて、碧の翠玉の大鎌が、触手を根元から纏めて薙ぎはらった。回避の面では、ペトラと碧が上位である。狙われる頻度を考えれば、碧がそう感じるならば、ほぼ間違いはないだろう。
「仁王さん、まだ倒れるには早いわよ?」
「無論です!」
 仁王に発破をかけながら、胡蝶がウィッチオペレーションで補助に徹する。仁王は、その発破に応えようと、ケルベロスチェインにグラビティを乗せ、オグン・ソード・ミリシャへ鞭のように叩き付ける。
「オグンさんも……めいれいされて、しかたなくプラブータにきてるんだよね? やってるのよね!?」
 クリスティーナの問いに、しかし返礼は――冒涜的な触手の大群。触れられれば直接脳髄から侵してくる触手に、クリスティーナは空の霊力を帯びさせた紅桃で対抗する。
「オレッちに任せろ!」
 狼猿も、攻撃手に触手が迫れば、積極的にカバーを。その際に、狼猿の脳裏に蘇るのは――。
『カバに伝わりし、芸術的伝統工芸を見よッ』
 そう言って、巣作りを行ったみせたある夜の記憶。だが、木陰も物陰も存在しない虚無の荒野で生み出した巣は、狼猿の思い描いていたものからは程遠く、仲間から「カバは巣作りをしない!」……なんて楽しい突っ込みが入ることも当然の如くなかった。
「カバを舐めるな!!」
 だからこそ、狼猿は怒りを込め、クリスティーナと共に、触手を重厚感に満ちた河馬の手足で押し返す。
 すると、見上げるばかりのオグン・ソード・ミリシャの巨体が、僅か傾いた。積極的に攻撃にブレイクを交えた結果、少しづつではあるものの、BSが重なり出しているのだ。
(後衛のお三方の様子には、注意しておかなければなりませんね)
 均衡がケルベロス側に傾こうとしている中でも、ウーゴは冷静に、いつも通りを心掛ける。邪神の狂気は、毒や病原体に似ている。そしてウーゴは、それらがどれほどの脅威をもたらすかを重々承知しているのだ。浸食する狂気で狙われるのは、主に後衛だ。特に胡蝶が【催眠】に囚われてしまえば……。
「あの頃の二の舞は踏みません!」
 ウーゴが、後衛に花びらのオーラを降り散らせる。
「助かるのじゃ!」
 ヴィクトリカは、確かな癒やしを感じながら、シャーマンズカードを掲げ、
「出でよ! ゴールド・シンクロドラゴン!」
 召喚術により、追撃を仕掛けた!
「あの日の誓いを忘れない。もう――何であろうと、奪わせない」
 胡蝶が瞳を伏せる。戦況が優勢になったとはいえ、僅かなもの。現在のこと星で有数の巨大さと力を誇る7メートル級の敵戦力を考えれば、胡蝶が倒れれば一気に瓦解する程度のもの。胡蝶は悪夢の中、悔恨を噛みしめる。自分も生き残り、誰の命も邪神などに奪わせないために……。


「みりしゃ かるする ぷらぶーた なうぐりふ!」
「この絶対防御の――!」
 すでに満身創痍といっていいはずのオグン・ソード・ミリシャが退廃の念を撒き散らす。威力の倍加したその念は、狼猿の防御を一切問題にせずに、連戦での疲労もあった彼の意識を一瞬で刈り取った。
「おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!」
「うぐっ!?」
 Dfが仁王一人だけになってしまうと、狂気に対する耐性を有さず、同じく消耗していたヴィクトリカが、触手に囚われ全身を大きく痙攣させると、そのまま荒野に叩き付けられて崩れ落ちる。
 だが、オグン・ソード・ミリシャの反撃も、
「そこまでよぉ」
 ペトラがオグン・ソード・ミリシャに手を添える。
「我、全てに破滅を与える者なり。――全部持って行きなさぁいッ!」
 そして、数度目の奔流爆発を引き起こす。ただでさえ威力の高い攻撃に、追撃とアサルトが乗れば、邪神の勢いを殺すには十分なもの。
 とはいえ、仁王は当然、クリスティーナと碧、ウーゴに至るまで、それほど余力はない。
「クリスティーナさん、もう一息よ!」
 胡蝶はその中から、自己回復の手段を持たないクリスティーナへと緊急手術を施した。
「まだまだですッ!」
 仁王が咆哮を上げ、相棒の援護も受けながら、ウーゴへと迫る触手の前に立ち塞がる。
「この辺りのゴキトエルゴズは、一つ残らず私達が回収させてもらうわっ!」
 碧はオグン・ソード・ミリシャの至近へ。触手が突きだし、ヘドロのようにうねる悍ましい口蓋にハンドガンの銃口をねじ込むと、ありったけのグラビティ弾を発射した。
「仁王さん、助かりました。それとクリスティーナ、後は任せましたよ!」
「おじさま……! わたし、がんばるの!」
 ウーゴが、仁王に父方から継承された歌を歌い上げる。
 その歌をバックに、仁王だけでなく自分まで――大丈夫。まだ行けますよ……そう励ましてもらっているように感じながら、クリスティーナは。
「オウガのひとたち……かえしてもらうの!」
 傷だらけの身体で踏ん張りながら、鞘に収めた太刀を抜刀する。光速で一閃された紅桃は、復活する余地を一片すら残さず、オグン・ソード・ミリシャを虚無へと帰すのであった。

 10分の休憩を経て復帰した狼猿とヴィクトリカ。
 復帰早々、狼猿が、
「宙返りできない河馬は唯の馬鹿だ。だからオレッちは爪を隠すのさ」
 なんて意味不明な事を言って仲間達を困惑させたのは、とりあえずオグン・ソード・ミリシャの狂気の名残ということにしておこう。
「どれ、我がマッサージをしてやろうぞ!」
「はいはい、あなたはまず自分のマッサージから始めなさいな。さっきまで倒れていたのよ?」
「むぅ……」
 こちらも元気一杯のヴィクトリカ。胡蝶は、そんな彼女を宥めながら、気分転換のためにクリーニングを皆に施していく。
「鏡さん、ありおがとう」
 清潔なのはいいものだ。邪神の澱みが一掃されたようで、碧がフッと息をつく。
「ふふっ」
 そんな様子を、ペトラは眺め、ノートにメモを。未だ邪悪な月を眺めた彼女は――。
「早くお酒が飲みたいわねぇ」
 そう呟いた。
 やがて、夜が訪れる。景色はそう変わらぬが、午後8時。ヴィクトリカの策定したタイムスケジュールに従い、見張りを立てたケルベロス達は、交代で身を休めるのであった。

作者:ハル 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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