●成れ果て
「っへ、これくらい余裕だぜ」
一人のオウガが言った。
「そうね。まだまだだわ」
別のオウガが重ねる。
「そうですよ」「全く以てその通り」――次々と口にされる強気に嘘はない。例え我が身は目に見えて満身創痍であろうと。戦い続ける相手が、屠る度に再生を繰り返し、巨大化しているにも関わらず!
「倒すと益々強くなるなんて、最高の相手じゃないか!」
「いつか終わりはあるんだろうけどね。その瞬間が残念だよ」
――おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!
彼ら彼女らの眼前には、30メートルに届くだろうサイズになったオグン・ソード・ミリシャが居た。
――みりしゃ みあ おぐん そーど ぬい くるうるく!
触手じみた器官をうぞうぞと蠢かせる様は、瞳に映しただけで正気を奪われそうになる。
禍々しい混沌が形に成ったような怪物。同じ場所にあるだけで、魂までをも蹂躙される――宇宙的な狂気の権化。
「さて、そろそろ片を付けようか」
壮年のオウガの高らかな声に合わせ、8名のオウガは巨怪へ渾身の一撃を繰り出す。
衝撃に、爆風が逆巻いた。
対峙していたオグン・ソード・ミリシャは、ぐちゃぐちゃになって四散した。
しかし。
べちゃべちゃ、ずるずる、ねちゃねちゃ。寄り集まった狂気の肉片達は、再び形を成し。
――みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ。
「さぁ、行くぜ!」
同胞での成れの果てであるコギトエルゴスムへは目も呉れず、若いオウガは40メートルに届くだろう怪物へ斬り掛かる。
殴り続ければ、いつか必ず勝てる。弱気を知らぬ戦士たちの強き意思は決して挫かれることなく。
――みりしゃ かるする ぷらぶーた なうぐりふ!
ころん。
そうして彼らは最後の一人まで、物言わぬ石に成り果てた。
それはステイン・カツオ(剛拳・e04948)が予期していた凶事。
クルウルク勢力によるオウガの戦士達の蹂躙。オウガの主星『プラブータ』への襲撃。
先だってのオウガ遭遇戦で出現したオウガ達は、この難を逃れ地球へやって来ていたらしいとリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は説明し、詳細を別の人物へ託す。
その人物こそ、オウガのラクシュミ。新たにケルベロスとなった者。
●ラクシュミ、参ず
こんにちは、ラクシュミです。
このたび、定命化によってケルベロスとなる事ができたので、皆さんの仲間になる事ができました。
オウガの女神としての、強大な力は失ってしまいましたが、これからまた、成長して強くなる事が出来ると思うと、とてもワクワクしています。
オウガ種族は戦闘を繰り返し成長限界に達していた戦士も多かったですので、ケルベロスになる事ができれば、きっと、私と同じように感じてくれる事でしょう。
皆さんに確保して頂いた、コギトエルゴスム化したオウガも、復活すればケルベロスになるのは確実だと思います。
ここからが本題なのですが、オウガの主星だったプラブータは、邪神クルウルクの眷属である『オグン・ソード・ミリシャ』に蹂躙されて、全てのオウガ達がコギトエルゴスム化させられてしまいました。
オグン・ソード・ミリシャの戦闘力は、初期時点ではそれほど高くないのですが、『撃破されると周囲のグラビティ・チェインを奪い、より強力な姿で再生する』という能力を持つ為、オウガの戦士にとって致命的に相性の悪い敵だったのです。
とにかく殴って倒す。再生しても殴って倒す。より強くなっても殴って倒す……を繰り返した結果、地球に脱出したオウガ以外のオウガは全て敗北してコギトエルゴスム化してしまったのですから。
地球に脱出したオウガも、逃走したわけではなく、オグン・ソード・ミリシャにグラビティ・チェインを略奪された為に飢餓状態となり理性を失い、食欲に導かれるまま地球にやってきたのです。
彼らも、理性さえ残っていれば、最後まで戦い続けて、コギトエルゴスム化した事でしょう。
このように、オウガとオグン・ソード・ミリシャの相性は最悪でしたが、ケルベロスとオグン・ソード・ミリシャの相性は最高に良いものになっています。
ケルベロスの攻撃で撃破されたオグン・ソード・ミリシャは、再生する事も出来ずに消滅してしまうのです。
オウガの戦士との戦いで強大化した、オグン・ソード・ミリシャも、今頃は力を失って元の姿に戻っていると思います。
オウガのゲートが、岡山県の巨石遺跡に隠されている事も判明しましたので、一緒にプラブータに向かいましょう。
●『ケルベロス』救出戦
ラクシュミが挨拶を終えるのを待ち、リザベッタがゆっくりと口を開く。その瞳には、希望があった。
何故なら、ラクシュミがケルベロスになったのだ。コギトエルゴスム化しているオウガ達がケルベロスとなる可能性は非常に高い。
「ですので今回の戦いは、デウスエクスとしてのオウガを救出するのではなく、ケルベロスの同胞を救出するものになると思って下さい」
オウガは既に敵に非ず。ケルベロスの一員。その言葉の何と心強いことか。
プラブータを邪神クルウルク勢力の制圧下においた侭にすれば、いつ邪神が復活し地球に攻め入って来るか分かったものではない。そういった意味でも、この戦いは非常に重要なものになるはずだ。
オグン・ソード・ミリシャの多くは、体長2m程度の初期状態に戻っている為、さほど強敵ではない。
「ですが――」
付け加えるリザベッタの表情が険しくなるのは、オグン・ソード・ミリシャが持つ外見特性ゆえ。彼の異形は非常に冒涜的な姿をしており、長く見続けていると狂気に陥りそうになるのだ。
「戦闘に影響は出ないと思いますが、軽い錯乱状態になってしまうかと……」
そうなってしまうと不可解な行動に走る恐れがあるので、周囲の仲間のフォローは欠かせないだろう。
「オグン・ソード・ミリシャの攻撃方法は、攻性植物に近いものがあります」
戦法は、主に触手を利用したもの。基本は2メートル級だが、中には一回り大きい個体も存在し、最大7メートル級のオグン・ソード・ミリシャも存在し得る。
未知の地での戦いだ。不安は残る。それでもリザベッタは、ケルベロス達を笑顔で送り出す。
「ちょっと力任せな所がありますが、オウガの皆さんはきっと心強い仲間になってくれる筈。だから、皆さん。宜しくお願いします」
参加者 | |
---|---|
アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143) |
鵺咬・シズク(黒鵺・e00464) |
エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027) |
楡金・澄華(氷刃・e01056) |
アルディマ・アルシャーヴィン(リェーズヴィエ・e01880) |
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112) |
神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167) |
シエラ・ヒース(旅人・e28490) |
「手出しはさせん。貴様の相手は私だ!」
宙を奔った触手へ、アルディマ・アルシャーヴィン(リェーズヴィエ・e01880)が竜の誇りを胸に身を晒す。意思あるように蠢いたそれらは、アルディマの足を穿ち落とそうと鋭く貫く。
「わたしが、」
多くを語らないのは常と同じに。短い一言で役割を負うと、シエラ・ヒース(旅人・e28490)はアルディマへ分ける気力を練り始めた。
「助けを求める者に手を差し伸べてこその『英雄』だ。そうだろう?」
見知らぬ空を竜翼で叩き、神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)が狂気を掻き立てる巨体へ肉薄する。
「今宵語りしは雷剣携えし英傑の譚――」
多くの戦場を放浪する雅にとっても、此処は未踏の『地』。だが亡き友から継いだ意思は何処であろうと変わらず、故に雅の切っ先は迷わない。
「彼は切り開く者、導き出しは希望への光」
――みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!
宙に描いた魔法陣より喚んだ長大な剣は雷を帯び、多くのオウガ達をコギトエルゴスムに変えて来ただろう相手を斬り払う。
此れは頂きの片鱗。
されど至る道程も決してなだらかではなく。
ケルベロス達は考えつく限りの策を以て、未知なる星での『救出』に挑む。
彼らは光。
やがて共に歩む者たちを迎えに来た、希望そのもの。
●序、一時
コギトエルゴスムを探す旅路は、荒野と共に有った。
オグン・ソード・ミリシャがグラビティを奪った末路が、そうだからだ。終末を体現したかの如き世界は、心慰める色彩に遠く、異彩を放つ空も奇怪に見える。
「一先ず終わりましたね」
魔法を繰るに長ける筈なのに、時折拳に物を言わせるカルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)は手首を撓らせながら、殴り倒した異形の残骸を足元にのんびりと表情を緩める。
また一つ、戦い終えた。可能な限り避けてはいるが、そうはいかない事もある。だが忍ぶに長けた鵺咬・シズク(黒鵺・e00464)と楡金・澄華(氷刃・e01056)が斥候役を買って出てくれているお陰で、交戦する相手の選定も出来ていた。お陰で、不必要な苦労はせずに済んでいる。気になると言えば、今回の件が常より長丁場なことくらいか。
「休憩は戻った方が良いわね」
荒野を少し戻った個所にあった高低差は、周囲から身を隠すのに丁度良い。目印となるものがほぼない中でも懸命にマッピングを続けるアリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)は、記憶にも新しい地を振り返る。
「その前に、アルディマさんの傷を治しておきましょう」
感情に怒りを根差させ敵の攻撃対象をコントロールするアルディマの負荷を案じ、エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)は天青石の持つ力を借りて竜人の男の傷を清め癒す。
「では私たちは」
「待って」
シズクと頷き合い早々に周囲警戒に赴こうとする澄華を、シエラの声が引き留める。二人はより多く『敵』を視認する事になるのだ。
「簡単に狂っちまう程、柔なつもりはないんだけどな」
肩を聳やかしてみはするものの抱えた苛つきは誤魔化せず。シズクが赤い瞳を眇めれば、雅はニッと口の端を上げる。
「狂気なんざ全部吹き飛ばしてやるさ。絶望も何もかも切り開いてこそ、だ」
それは仲間を正気に引き戻すようであり、自分へも言い聞かせる音色となって響いた。
(「まさか、別の惑星を訪れる日が来るなんて、夢にも思いませんでした」)
拾い上げたコギトエルゴスムをアイテムポケットへ仕舞いながら、エレは気を引き締める。
野営中でも、緊張を解くわけにはいかない。カルナに至ってはインソムニアの連続使用で、文字通りの不眠不休の番を続けてくれているのだ。無論、地球に帰還した後には「めちゃくちゃ爆睡してやる」と覚悟を決めているのだが。
「不思議な縁もあったもの……なのだわ」
手分けして持参した携帯食料を食み、アリスが呟く。味気ない食事にも慣れて来た。時折、シエラが胸元から取り出してくれる栄養ドリンクも、活力を損なわないのに一役買ってくれている。
そうした時、訪れるのは思考の波。
(「クルウルクとあれば攻性植物、レプリゼンタ……。そのクルウルクもカンギの様に自身の軍勢を持っている……として。カンギ戦士団とは経路が大分違うわね」)
新たな仲間を救うのは勿論のこと、未知の敵の姿を己が目で捕らえる為にも、アリスはこの地へ渡ったのだ。鷹の名を冠する一族に在って未熟を自認する少女にとり、プラブータで過ごす時間は全てが研鑽の一時。対し、記録用にと録画を続けるシエラの裡は浪漫と希望で溢れていた。
「よその星に来れるなんて、素敵ね」
荒野であろうと、新天地であるには変わりない。いつか気儘に歩く事が出来たらと願うシエラの真の想いは、シャドウエルフである自分たちの母星がどんな所であったのかということ。
「いつか、行けたらいいわね」
「そうですね――あ、」
年長であるのに同年代、或いは少し年下にも見えるシエラの感嘆にカルナは同意を頷いた――かと思うと、アルディマへ近付くとチョコレートの包みを手渡す。
「アルディマさん、盾役で敵を沢山見るでしょう?」
甘い物を食べればいつでも幸せになれるという青年のマイペースぶりは、こういう局面だとリラックス効果を発するらしい。どこか浮世離れした少年が醸す雰囲気と、差し出された善意に、礼儀を弁える青年は素直な礼を述べる。
「ありがとう、気が休まる」
と、そこへ。
「それなら、ラズリの効果抜群です」
エレが自己主張したのは、肩に乗ったウイングキャットの存在。もふもふは須らく癒し効果をもつもの。ならば精神の安定に一役買うに違いない。
「良ければお貸ししますよ」
どうやら甘えたなお嬢さんらしい翼猫を撫でるエレの手つきは優しく、そんな仕草にもケルベロス達の心はふわりと和む。
他の六人が暫し腰を落ち着ける頃、仲間たちを十分視認出来る位置でシズクと澄華は息を殺して油断なく視線を馳せる。
彼女らの足元には、無造作にコギトエルゴスムが散乱していた。
(「これでも軒猿の上忍だ、見知らぬ土地での斥候は本業よな」)
闇に溶けそうな漆黒を自身の色とする澄華は、我が身を振り返ると同時に、こくりと喉を鳴らす。
嫌な気配がした。
横を見れば、チョコレートを噛み砕くシズクの眉間にも深い皺が寄っている。
――来る。
二人は本能で察していた。そしてそれは正しかった。
「なぁ、あいつに鏡を見せたらどんな反応すると思う?」
迫る二体の異容を、シズクは果敢に嗤う。今までのどれより確実に大きい相手だが、進路を考慮に入れると、全員で始末にかかった方が難は少ないはずだ。
「自らの狂気に囚われれば、愉快だろうな」
澄華の応えはどこまでも生真面目だが。余裕を失わぬ態度に、シズクは「違いない」と今度は磊落に笑い、仲間の元へ軽やかに踵を返す。
●破、迅雷
蠢く蔓を絡ませあったような体躯は、長身のアルディマであっても首が反り返る程の高さを有している。おそらく、優に彼の倍はあるだろう。
それが二体、無数の触手を差し向けてくるのだ。異様な光景でしかない。
しかし。
「……如何に面妖な姿であれ、巨体であれ。殺せるのなら、何も問題はないのだわ」
アルディマを縛める触手の波を掻い潜り、アリスは練り上げた氷結の螺旋を放つ。ぴしぴしと表面を白く凍て付かせる一撃は、分かりやすい目印になった。
「逝ね、新たなる仲間達のために!」
狙いは各個撃破。澄華は淀んだ気配に煌く冷気を頼りに、多数の魔法陣を展開する。
「この技、避けきれるかな……?」
澄華固有のグラビティ、疾風。持つ名に相応しく、魔法陣が発する閃光は疾く、鋭く、幾重にもオグン・ソード・ミリシャを打ち続けた。
どんな相手との戦闘でも、組み上げた基軸に変わりはない。ケルベロス達は敵の巨大さに恐れることなく、正確に攻勢を積み重ねていく。
「すまない。だが、助かる」
低い姿勢で敵に組み付くことで意識を己へ誘導しているアルディマは、触手の一本を引き受けてくれたラズリに謝意を告げる。小さくとも心強いウイングキャットは、戦線維持に欠かせぬ存在になっていた。
「いや、俺的にはお二人さんに『ありがとう』だけどな!」
盾を担ってくれるアルディマとラズリへ、シズクは惜しみなく言う。破壊者として彼らと並び最前線に在るシズクにとって、攻撃に専念できる体制を整えてくれる二人はこの上なく頼もしい。
「だからその分、こっちも派手にやらねぇとな! ここからは宇宙的にいくぜ!」
鬼救いの結末は、矢張り自身の目で見届けなくては。
その一心で此処に立ったシズクは、新たに得る活力に瞳を輝かせて二振りの残霊刀を振り払う。迸った衝撃波に異星の大地が土埃を上げ、オグン・ソード・ミリシャの根元を切り裂いた。
「……清浄なる力を秘めし、空の石よ」
穢れの権化を前に、エレは柔らかく微笑む。笑顔は太陽。笑っていれば、何時だって、何処でだって絶対に大丈夫。
「……神聖なる輝きで穢れを、祓い賜え!」
憎しみは悲劇しか生まないことを知る少女は、抱える信念の儘に澄み切った空色の宝石の力で、アルディマの傷を癒し塞ぐ。定位置であるエレの肩に戻ったラズリも、清き翼の羽ばたきで自ら等を満たし、自浄の加護を授けた。
弱い相手ではない。だが今のケルベロス達にはそれを凌駕するものがある。
「僕がいるのに迷わずあれこれやれているのですから、これくらい当然です――舞え、霧氷の剣よ」
直接、敵を視認しないよう心掛けているせいか。己の方向音痴を引き合いに出す余裕を覗かせ、カルナもオグン・ソード・ミリシャを凍てさせる一撃を放つ。次元圧縮による冷却から編み出された八本の刃は、獣の牙のように一つの的を掻き喰らう。
「わたしが、」
本当なら敵の感触を肌で感じたいシエラも、金細工のような髪をふるりと震わせ、集約させた活力をラズリへ注いだ。
(「盤石だな」)
仲間一人一人の動向を気配で追い、アルディマは納得を胸裡で頷く。作戦は上手く噛み合っていた。無論、そこには盾役であるアルディマの献身も含まれる。
ノブレス・オブリージュ。貴き血筋に生まれついた彼の本懐は、人々の為に戦う事。仲間の無事を守れるなら、敵に貰う痛みなどそよ風程もアルディマの芯を揺るがしはしないのだ。
そして気力を溜めるアルディマの傍らを、雅が疾走する。詠唱に呼応して発動するのは、一族の秘術でもあるグラビティ。義憤に燃える英雄の人格を宿し、長大な剣を喚ぶ技。
「貴様らが蹂躙したものを――」
漲り膨らむ気迫が、戦場を張り詰めさせる。オグン・ソード・ミリシャの狂気に呑まれているのではない。雅を支配するのは、助ける事への執着。
「返して貰うぞ!」
――みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!
雷鳴と共に上段から振り下ろされた裁きの剣に、巨躯は跡形もなく塵と化した。
●急、迎光
片割れを失った狂気の主は、それでも新たな獲物からグラビティ・チェインを奪い尽くそうとするように無数の触手を蠢かせた。
けれど、ケルベロス達はオウガ達とは違う。無限の再生を封じられる。終わりを導ける。
「あなたの連鎖、断ち切ってあげます」
異形の命が風前の灯であるのを察し、エレも攻勢に転じる。手元にあるボタンを押すだけの所作は、然して気取られぬ間に敵の表皮に仕込んでいた爆弾を炸裂させ、オグン・ソード・ミリシャの四肢に値する蠢きを幾本も吹き飛ばす。ずっと羽ばたき続けていたラズリも、可愛らしい前足から鋭い爪を覗かせ、手近な触手を引っ掻き切り。エレ同様に回復に終始していたシエラも、ここぞとばかりに前線に走り出た。
「行きます」
眩い髪に光を躍らせ、シエラは電光石火の蹴りで巨体のど真ん中を蹴り貫く。衝撃に、異形の巨躯が大きく撓む。
「皆さん、頼もしくてありがたいです」
何処までも自分のペースを崩さぬカルナも、撓り返してきた所へ飄々と拳を入れる。
「受け継ぎし魂の炎を今此処に! 竜の火よ、不死なる神をも灼き払え!」
命を喰らおうとする覇気の弱まりを、誰よりも肌で感じたアルディマも竜の顎を大きく開く。武装と術式によって最大限に高められた力は、竜帝の息吹となってオグン・ソード・ミリシャを業火に巻き。その熱が消えきらぬうちに、雅が閃かせた月の如き美しき一閃が敵の形を変えた。
聳え立つ大樹のようだった怪異は、今にも倒れそうな細木にも似て。
「今は至らぬ、小さな牙でも」
アリスの炎帯びた蹴りが、敵の身を傾ける。
「征くは影……」
高く結い上げた髪を流星のように靡かせ駆けた澄華も、拳を固める。死の淵で得た零の境地が載ったそれに、遂にオグン・ソード・ミリシャが後方に大きく傾いだ。
――おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!
「っは! 知ったこっちゃないぜ」
異形が紡ぐ音色に、どんな意味が込められ、何を感じているかは分からない。だが足掻きの咆哮に聞こえた一声を、シズクは笑い飛ばして剣気を研ぎ澄ます。
「正気だろうが狂気だろうが、こいつは平等に喰らい尽くす!」
会得した者が皆無とされる奥義。故に幻とされる術を、シズクは悠然と形にする。
「喰らいつけ! 引き裂け! 咬み砕け!」
解き放った斬撃には、黒き鵺が共に在った。プラブータの大気より電気を吸収、増幅させた物の怪は一気にオグン・ソード・ミリシャに襲い掛かる。
さながら雷獣の蹂躙。黒き嵐にとりつかれ、狂気の権化は荒れた大地に自らの命を散り落とした。
「次の戦いでは少し陣形を変えていった方がいいな」
全員の様子を手早く診て、医者の立場から雅が提言する。
「では、私たちが前に出て……」
対策は事前の取り決め通り。これまで回復を担ってきた者らが盾と化し。狙撃者だった者らが、破壊者と成る。エレと役割が交代になるラズリは、確認の話を詰める主の首筋にごろごろと懐く。
「それも大事だが、今宵の寝床の仕度もせねばな」
いつの間にか、異星の日は陰り始めていた。アルディマの声にそれを思い出したシエラは、旅慣れする者らしく手際よく仕度にかかり、カルナは「今夜も番はお任せです」と胸を叩く。シズクと澄華にも休息は必要だろう。
その時。
「こんな所にも」
光漏れを抑えられるカンテラに火を入れたアリスは、足元に転がる一つのコギトエルゴスムを拾い上げた。
こうして幾つ――いや、幾人を救い上げられるだろうか。
「……また少し、地球が賑やかになりそうね」
待ち受ける未来を想像し、アリスは仄かに笑む。
一人でも多くの『仲間』を連れて帰ろう、命輝く青い星へ。
そして今は小さな宝石と化している彼ら彼女ら自身も、新たな光となるのだ。
作者:七凪臣 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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