オグン・ソード・ミリシャ～狂奏バトルライン

■リプレイ

●何度目かの
　オウガの世界『プラブータ』へ来て数日。ケルベロス達の足取りはすっかり慣れたものになっていたが、それでもこの世界に広がる風景は珍しい。
　空は黒と紫が鮮やかに混じった色をしており、そこには月のような衛星が浮かんでいた。夜には星も見えていたが、その配置は地球とは大きく異なっている。そして。
「……翼飛行は不要だな」
　遮るもののない荒野を前にリノン・パナケイア（借り物の力・e25486）は呟き、両目に双眼鏡を当てる。足元に向け『このまま行く』と伝えれば、鳴いて返したのは小さな黒猫、のように見える月鎮・縒（迷える仔猫は爪を隠す・e05300）だった。
　オグン・ソード・ミリシャに破れ、コギトエルゴスムとなったオウガ達を救うべく、ケルベロス達は広がり過ぎず、纏まっての行動を常としている。それは今も変わらず、２人が隠密気流と動物変身を利用して一歩先行する間、他をカバーすべくティアン・バ（つめたい裸足・e00040）は横や背後に意識を向けていた。
　雨月・シエラ（ファントムペイン・e00749）も、後方や頭上に気を配り――濃く鮮やかな空に笑みを浮かべる。
「ケルベロスになって色んなとこ行ったけどさ、まさか地球の外まで来ちゃうなんてねー」
　その言葉に、メイザース・リドルテイカー（夢紡ぎの騙り部・e01026）は小さく笑みを零し、まったくだと同意する。
「まあ心配ばかりしても仕方ないし、未来の同胞の為にも頑張ろうか。ねえ、キルケ？」
　愛らしいふさふさもふもふ猫が、小さく『にゃー』。それをＢＧＭに、サイガ・クロガネ（唯我裁断・e04394）は双眼鏡をじ、と覗き込む。
「あっちにゃ敵さんもコギトエルゴスムもねぇな」
「そっか。だいぶ保護できたけど、もう少し見つけてあげたいよね」
　フィー・フリューア（赤い救急箱・e05301）は『ポケット』をそっと撫で――もう片方の手から伸びているロープの感覚が変わった事に気付いた。それは先行していたリノン達と繋がっていた筈。前方へ目を向ければ丁度２人が合流する所で。
「見つけたぞ」
「３ｍ級が５体！」
　変身を解除した縒へ、最後尾にいたサイファ・クロード（零・e06460）はしっかりと頷き返した。始めの頃にあった少しのうきうきは落ち着いているが、事の責任に対するどきどきは健在だ。
（「この依頼がうまくいったら、地球の種族がまたひとつ増えるんだよな。その為にも頑張らないとな」）
　この想いはプラブータへ来る前からずっと在る。これは、決して消えはしない。
『おぐん　そーど　ほろわろ　りむがんと　みりしゃ　なうぐりふ！』
『みりしゃ　かるする　ぷらぶーた　なうぐりふ！』
　ここへ来てから何度か聞いた鳴き声が響き渡る。宝石と化して眠るオウガ達の、地球の為、ケルベロス達は臆せず挑んでいった。

●オグン・ソード・ミリシャ
「３ｍ級なあ。２ｍ級２体分ぐらいの強さだっけか？」
　呟いたサイガの大鎌が旋回しながら飛び、ざくりと斬った所をティアンは縛霊手の掌を向ける。
「確か、それくらいだ。でも、２体分だろうと問題ない。倒せばいい」
　鳴き声を激しくさせた１体を中心に捉え撃ち出した『光』が、衝撃と共に敵陣をすっぽりのみ込んで――軽い地響きの中に誰かの噴き出す音。サイファは慌てて違う違うと首を振って手を振って、笑顔で瞳に魔力を宿す。
「頼もしいな、って！　俺も玄人として負けてらんないな！」
　もし正気を失いかけたら心を込めて声をかけちゃうよ。そう言って敵群を凝視すれば、２体が視線を遮るように飛び出し、波打つ海草のように全身を震わせた。
『みあ　みあ　おぐん　そーど！』
　巨体がうねる。だが、メイザースの癒しとフィーの攻撃の方が早い。
「重度の場合でもお手柔らかに頼むよ」
「疲れた人には後で飴あげるね。まだあるから大丈夫」
　眩い粒子が前衛を包み、煌めきの中を水晶剣の群れが一気に飛び出していく。刃は空を裂き、オグン・ソード・ミリシャの触手を突き、刺し、斬ってと削っていく。
　地球外での、異質な生命体との戦い。それでも軽口を叩きながら存分に動けるのは、正気を失いかけた時いち早く気付けるよう、マメに言葉を交わして交流を深めてきたからだ。
　ぴんと立てた尻尾の先をふるふるっと揺らしていた縒は、アーモンドの金眼を和らげ――。
『おぐん　そーど　ほろわろ　りむがんと　みりしゃ　なうぐりふ！』
『みりしゃ　かるする　ぷらぶーた　なうぐりふ！』
　振り上げられた触手の前へサイファと共に躍り出る。
「っ……ちょっと敵さん、うちの相棒に何しようとしてるの？」
「縒ちゃん……！」
　絆を見せた２人に『みりしゃ　みあ　おぐん』と鳴き声が被さった。しかし、全てを『強制的』に極限まで高めたシエラがとんでもない軌道を描きながら、凄まじい一撃を叩き込んでカットして――うわあ、と零す。
「流石にアレが更に大きくなると気色が悪いなぁ……」
　目の前で衝撃にぶにゃりと揺れた３ｍ級で『こう』なのに、これが４ｍ７ｍとなれば、冒涜的な見た目をより拡大した状態で見る事になる。というわけで。
「早いとこ片付けなきゃね……主に食欲とか夢見の為に！」
「賛成！　チロちゃん！」
「異論は無い」
　赤リボンを巻いた黒猫が青い目を瞬かせ、しゅるんと杖へ戻ってすぐに放たれた火球が敵群のど真ん中で爆ぜ、リノンの撃ち出した竜砲弾が、標的とした個体だけでなく、その周りの空気も震わすほどの威力で炸裂する。
　確かな連携と威力に、オグン・ソード・ミリシャ達が、ゆらりぬらりと体を揺らした。うねる触手の先端を小刻みに揺らし、ひとの物とよく似た口から不気味な鳴き声を吐き出し続ける。
『みあ　みあ　おぐん　そーど！』
『みあ　みあ　おぐん　そーど！』
『みりしゃ　かるする　ぷらぶーた　なうぐりふ！』
　無数の触手が一斉に奔った。前衛へ向け一塊となるようなそれは、武器で受け止めようとしても暴力的な威力でのし掛かってくる。ぐぐ、と押してくる触手の下、サイファは冷や汗をかきつつも納得した。
「うん、成る程確かに２ｍ級２体分だ」
　その横でサイガは複雑に絡み合う触手の『奥』に目を向け、ニィ、と笑う。
　ここは地球外で、目の前には精神に作用をもたらす異形の群れ。それでも、自分達ケルベロスのやる事はどこまでも明白だ。皆でとにかく殴って斬って爆破して撃って――勝てばいい。
「面白えな」

●ケルベロス
　重厚な一撃と不信芽生えさす『声』が重なり、ぷつ、と薄皮に穴を開けたような感覚の後、オグン・ソード・ミリシャの肉体が一部弾け飛ぶ。一部、といってもそれは欠片と形容するほど小さいものではない。
「そこ！」
　シエラは、ぐら、と傾きかけた巨体の前へ飛び込み、急ブレーキをかけると同時に竜槌を振り抜いた。
　繰り出した衝撃は、オグン・ソード・ミリシャの『これから』全てを喰らう冷たさで巨体を駈け抜ける。響いた衝撃が薄れるより早く、リノンから溢れた影の煙がオグン・ソード・ミリシャ達を包み込んだ。
「凍て付け」
　声と共に１体の表面を冷気が覆い尽くし――止める。そのままぐらりと他のオグン・ソード・ミリシャに倒れ込むが、ぶつかられた個体はそれを触手の海に一瞬沈めた後、ぐい、と押し出した。支えを無くした巨体が倒れ――。
「割れたね。おっと、断面は見ない方が良さそうだ」
「よし。ティアンは見ない事にする」
「それがいい」
　メイザースは微笑みながら自らの魔力を煌めく銀に分け与え、流体盾がサイファにくっつくと同時、ティアンの起こしたカラフルな爆煙が前衛陣の背後から一気に駈け抜ける。
　その色を打ち消すように、オグン・ソード・ミリシャ達が触手を激しく揺らし、ドゴンと荒野へ突き立てた。
『おぐん　そーど　ほろわろ　りむがんと　みりしゃ　なうぐりふ！』
『みりしゃ　かるする　ぷらぶーた　なうぐりふ！』
　奇妙なものをぶら下げた触手を持ち上げ、左右にぐねぐねと動き出す。踊るようなその動きでいくつかの傷がほのかに薄れたのを見て、縒は『あっ！』と声を上げた。
「ヒールグラビティ……！　で、でも！」
　耳に、瞳に、全身に。獅子にも負けない気魄こめた『獣』が１体に食らいつき、フィーもすかさず攻撃を繰り出す。闘気と共に如意棒は一瞬で宙を駆け、突くと同時にサイガの放った大鎌とパワーのままに奔ったシエラの挟撃が２体目を喰らい尽くした。
「これでグロいのはあと３体！　つまりあと３体もグロいのと付き合わないといけないんだねー」
　シエラはそう言いながら、得物を手に笑ってみせた。
　空の光をぬらりと映す３ｍの巨体が３つ、不気味な鳴き声を上げながらひたすら蠢いている。心身共に軽快な相手ではないが、それは表に出したくない年頃な訳でして。
　戻ってきた大鎌をキャッチしたサイガも、意味がさっぱり理解出来ない鳴き声を耳に、軽く首を傾げた。
「とっとと倒して帰りたいトコだな。けるべろサマが増えんなら俺も楽出来るってもんよ」
　失伝者。オウガ。『自分』が彼らのようにはなれずとも――勝って、戻るだけだ。
「オウガ達と同じ戦線に立つの、楽しみだよね」
　伝え聞いた脳筋っぷり――もとい、凄まじい戦意を思い出しながら、フィーは白紙の絵本を手に再び水晶剣の群れを呼び出し、向かわせる。
　煌めく雨のように降る刃。メイザースは静かにそれを見つめながら、いっておいでとオウガの粒子放出した。
　楽になる感覚にサイファは笑顔を返し、オグン・ソード・ミリシャ達へ『瞳』を向ける。心に浮かぶのは、今共に戦っている仲間達と、目覚めの時を待つオウガ達。自分だけではない、誰かの事を思うと不思議と力が湧き続けるような。そんな気がした。

●プラブータの空の下
　数分経って３体目が倒れ伏し、ケルベロス達はその攻撃を容赦なく４体目へ注いでいく。
　前のめりといって良いほどのグラビティ構成は、オグン・ソード・ミリシャをより早く、より確実に屠る為。彼らは与えた傷も呪いも思いきり広げるようにして、戦い続けた。
　そして存分に動けていたのは、前のめりな中に、戦い続ける為の手段をきっちり盛り込んでいたからこそ。
　癒し手として常に状況を見ていたメイザースは、オウガメタルの力で仲間達を支え続け、誰かが深手を負わされれば、すかさず動けるものがヒールグラビティを飛ばす。自分は大丈夫と、自身を癒す術を用意してきた者も多い。
　勝つ為に、オウガ達と共に帰る為に練ってきた作戦は、常に確かな支えとなって作用していた。
『おぐん　そーど　ほろわろ　りむがんと　みりしゃ　なうぐりふ！』
『みりしゃ　かるする　ぷらぶーた　なうぐりふ！』
　歯の並んだ口が鳴く。濡れた触手が伸縮しながら暴れ回る。冒涜的だと聞き、確かにその通りだと感じる巨体だが、皆で与えたものの成果を目に映し、感じた縒は恐れない。
「お願いチロちゃん！」
　しゅるり、と杖が青目の黒猫に変化する。赤いリボンが舞って見えたのは一瞬。魔力のこもった一撃に巨体が揺れ、体中にある口からよくわからない飛沫が飛んだ。そこを捉えたシエラはだん、と荒野を蹴って肉薄する。
『みりしゃ　みあ　おぐん　そーど　ぬい　くるうるく！』
「っ……！　まだ、まだ……」
　――踏み込める。
　全身にかかる負荷も押し退けるくらい、一撃に全てをこめて叩き込む。ブチブチブチィッ、という嫌な音が聞こえた気がしなくもないが、ズウンと音を響かせ巨体が倒れたからシエラはそれでいい事にした。
　あと１体。これが最後。サイファは顔についた汚れと汗を拭い、荒野を踏み締める。
「もうちょっとだ、頑張ろう！」
「おーおー、ぶちかますか玄人サン」
「おうっ！」
　直後に轟いたのは、不気味な鳴き声。
『みあ　みあ　おぐん　そーど！　みあ　みあ　おぐん　そーど！』
　口がぱかぱかと開閉し、触手が上へ下へと踊る。しかし一斉に動いた触手は途中で軌道をガクンとずらし荒野にめり込んだ。その瞬間を大鎌と氷結の螺旋が捉え、食い破った所をリノンの喚んだ氷結騎士が穿つ。
「キルケ、私達も行こうか」
「にゃー」
　メイザースの言葉に、意志に杖が答え、道中仲間達の心を癒した白猫に変じる。鮮やかな空を翔た白猫の軌跡を追って、フィーは不敵に笑った。
「それじゃあ最後に――栄養満点に育った果実をあげる」
　バスケットから溢れた危ない果実が巨体へ触れた途端に凄まじい威力で爆ぜ、ティアンの『力』がそれを繰り返し見せ、痛みの底へと捕らえていく。
（「もう少し」）
　茫洋とした瞳に煌めきが映る。撃破してきたオグン・ソード・ミリシャの骸は、戦っている間に崩れて消えて、コギトエルゴスムだけが残っていた。
　故郷を奪われるなど、自分には耐え難い。だからこそ、戦い続ければ勝てると信じたオウガ達の為、取り戻せたらと――その想いが、今、実をなすのだとティアンは感じた。
『み、りしゃ　かるする　ぷらぶー、た』
　最後の１体がゆっくりと倒れ、水分を無くすように乾き始める。こうなれば早い。数分と待たず崩れて消えて――フィーは８つのコギトエルゴスムを拾い上げた。
「待たせちゃったかな」
「大丈夫だよフィーちゃん」
　はい、と縒は拾い集めたコギトエルゴスムを渡し、にっこり笑う。だって。
「オウガさん達って気持ちのいい人達っぽいよね。仲良くなれたらいいなぁ」
　そこにころん、ころん、とリノンもコギトエルゴスムを追加し――。
「どうした、メイザース」
「お土産よろしくねといわれたのだけどこれでいいかな……？」
　男の手には、足元に転がっていた小石１つ。あー、と何か思いついたような声を上げたサイガも、暫し足元を見つめた後、１つ拾い上げていた。
「土産にしたるか……」
「プラブータの石かぁ。何か月の石っぽくてロマンかも？」
　でも誰にあげるんだとサイファが首を傾げる中、シエラはぐっと伸びをする。少しひんやりとした空気が胸いっぱいに入り、気持ちがいい。
「この人達も地球を気に入ってくれるといいねー」
「そうだな……」
　ティアンは共に空を見上げ、地球とは異なる空を見上げた。
　オウガ達が目覚めたら、今の自分のように見知らぬ風景、吸った事のない空気を知るだろう。
　遠くまで来たと、思うかもしれない。
　だが、遠くまで来れたのなら――きっと、何処まででも生きて行ける。
　未来は、ひらけたのだから。

作者：東間	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年2月20日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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