オグン・ソード・ミリシャ~蛮勇来たりて

作者:小鳥遊彩羽

●オグン・ソード・ミリシャ
 混沌に覆われた空の下で、激しい剣戟の音が響き渡っていた。
「そら、どうだ!」
 大剣を振り回し、蠢く触手のような何かを叩き斬りながら声を張り上げたのは、身体から多数の角を生やしたオウガの戦士だ。そして、彼の他にも合わせて8名ほどの戦士達が相対しているのは、まさしく化け物と呼ぶに相応しい異形であった。
 例えるならば、触手を縒り合わせて作られた一本の木。全長30メートルほどのそれには至る所に口が開いており、見ているだけで正気を失いそうになるほどの冒涜的な姿をしていた。
「これで何回目だ?」
「さあねえ、3回目くらいから数えるのを止めちまった!」
「なあに、何度復活しようとたたっ斬るだけさ! 完全に息の根が止まるまでね!」
 満身創痍になりながらも、オウガ達の表情に陰りは見られない。それどころか、この状況を豪快に笑い飛ばしさえする気質は、彼らという種そのものと言えるだろう。
「これで、トドメだ!!」
 そして、化け物が倒される。真っ二つに斬られ、叩き潰され、地面に転がったそれは完全に死体と呼べるものであったが、勝利の時間はそう長くは続かなかった。
 死体がずるりと動き、ぐちゃりと蠢いて、更に大きな化け物が産声を上げたのだ。
『みりしゃ かるする ぷらぶーた なうぐりふ!』
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!』
 異形の姿も、狂気に満ちた鳴き声も、何ということはないというようにオウガの戦士達は再び武器を構える。
「やはり、さっきよりもデカくなったなあ、化け物!」
「デカイ方が倒し甲斐があるってもんだ! さあ、かかってこい!」
 決して怯むことなく直向きに、戦い続けるオウガの戦士達。
 だが、一人、また一人と異形の魔の手に蹂躙され、ついに彼らは皆コギトエルゴスムと化してしまったのである。

●蛮勇来たりて
 ステイン・カツオ(剛拳・e04948)の予期により、クルウルク勢力がオウガの主星『プラブータ』を襲撃し、オウガの戦士達を蹂躙していることが判明したと、トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)は、その場に集ったケルベロス達に告げる。
「オウガ遭遇戦で現れたオウガ達は、どうやらこの襲撃から逃れて地球にやってきていたらしい。詳しくは『彼女』が……この度、新たにケルベロスとして覚醒した、オウガのラクシュミさんが説明してくれるから、皆、……心して聞くように」
 おそらく、疑問符を浮かべているケルベロス達もいただろう。そんな彼らの視線を感じたヘリオライダーの青年は、俺だって驚いたんだよと小声で答える。
 そして、紹介を受けて皆の前に立ったオウガの女神――ケルベロスとなったラクシュミは、ふわりとお辞儀をしてから説明を始めた。

「こんにちは、ラクシュミです。
 このたび、定命化によってケルベロスとなる事ができたので、皆さんの仲間になる事ができました。
 オウガの女神としての、強大な力は失ってしまいましたが、これからまた、成長して強くなる事が出来ると思うと、とてもワクワクしています。
 オウガ種族は戦闘を繰り返し成長限界に達していた戦士も多かったですので、ケルベロスになる事ができれば、きっと、私と同じように感じてくれる事でしょう。
 皆さんに確保して頂いた、コギトエルゴスム化したオウガも、復活すればケルベロスになるのは確実だと思います。

 ここからが本題なのですが、オウガの主星だったプラブータは、邪神クルウルクの眷属である『オグン・ソード・ミリシャ』に蹂躙されて、全てのオウガ達がコギトエルゴスム化させられてしまいました。
 オグン・ソード・ミリシャの戦闘力は、初期時点ではそれほど高くないのですが、『撃破されると周囲のグラビティ・チェインを奪い、より強力な姿で再生する』という能力を持つ為、オウガの戦士にとって致命的に相性の悪い敵だったのです。
 とにかく殴って倒す。再生しても殴って倒す。より強くなっても殴って倒す……を繰り返した結果、地球に脱出したオウガ以外のオウガは全て敗北してコギトエルゴスム化してしまったのですから。
 地球に脱出したオウガも、逃走したわけではなく、オグン・ソード・ミリシャにグラビティ・チェインを略奪された為に飢餓状態となり理性を失い、食欲に導かれるまま地球にやってきたのです。
 彼らも、理性さえ残っていれば、最後まで戦い続けて、コギトエルゴスム化した事でしょう。

 このように、オウガとオグン・ソード・ミリシャの相性は最悪でしたが、ケルベロスとオグン・ソード・ミリシャの相性は最高に良いものになっています。
 ケルベロスの攻撃で撃破されたオグン・ソード・ミリシャは、再生する事も出来ずに消滅してしまうのです。
 オウガの戦士との戦いで強大化した、オグン・ソード・ミリシャも、今頃は力を失って元の姿に戻っていると思います。
 オウガのゲートが、岡山県の巨石遺跡に隠されている事も判明しましたので、一緒にプラブータに向かいましょう」

 説明を終えたラクシュミに代わり、再びトキサがケルベロス達の前に立つ。
「ラクシュミさんがケルベロスになったことで、コギトエルゴスム化しているオウガ達がケルベロスとなる可能性は非常に高い。つまり、この戦いは、言わばデウスエクスとしてのオウガを救出する為の戦いではなく、皆の同胞であるケルベロスを救出する戦いになる」
 また、プラブータを邪神クルウルク勢力の制圧下に置いたままでは、いつ邪神が復活して地球に攻め込んでくるかわかったものではなく、地球の危機を未然に防ぐ為にもこの戦いは重要なものとなるだろう。
 オグン・ソード・ミリシャの多くは体長2メートル程度の初期状態に戻っており、その状態であればそれほど強敵ではない。だが、オグン・ソード・ミリシャの外見は非常に冒涜的で、長く見続けていると狂気に陥りそうになるため、気を付けて欲しいとトキサは続けた。
「戦闘には影響は出ないはずだけど、軽い錯乱状態になって、若干おかしな行動を取ってしまう場合もあるみたいなんだ。その場合は、周りの皆でフォローしてあげてほしい」
 なお、オグン・ソード・ミリシャは、攻性植物に近い戦闘方法と触手を利用した攻撃等を繰り出してくる。基本は2メートル級だが、中には3~4メートル級や最大7メートル級のオグン・ソード・ミリシャも存在する可能性があるので注意が必要だ。
 一連の説明を終えたトキサは、改めてケルベロス達を見やり、告げる。
「これから向かうのは、まだ皆が足を踏み入れたことのない世界だ。そこでは何が起こるかわからない、けれど、ケルベロスの新たな仲間となるオウガ達を救うために、皆の力を貸してほしい。――でも、決して無理や無茶はせずに、皆、無事に帰ってきてね」


参加者
十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)
イェロ・カナン(赫・e00116)
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)
チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)
天羽・舞音(力への渇望・e09469)
ステラ・ハート(ニンファエア・e11757)
巡命・癒乃(白皙の癒竜・e33829)
人首・ツグミ(絶対正義・e37943)

■リプレイ

 オグン・ソード・ミリシャによりグラビティ・チェインを搾取し尽くされ、荒れ果てた不毛の大地。
 命の息づく気配すら感じられない一面の荒野には花の一つもなく、ただ冷たく乾いた風だけがびゅうと吹き抜けていた。
「……本当に、変わり映えのない景色ですな」
「まあ、進んでるってのがわかるだけでも、まだマシなのかもしれないけど、なー」
 煙草を忍ばせた懐へ伸ばしかけた手を引っ込めつつチャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)が零す傍ら、イェロ・カナン(赫・e00116)が小さく肩を竦めて見やるのは、天羽・舞音(力への渇望・e09469)の服の生地から伸びる一本の糸と、その先に続く唯一の帰り道。
 ゲートを潜り、降り立った異界での探索を始めて数日。事前の準備を入念に済ませてきたおかげで、コギトエルゴスムの回収は順調に進んでいた。これまでに集めたコギトエルゴスムは、全てチャールストンが用意したアイテムポケットの中にしっかりと収まっており、管理も万全だ。
「じゃが、星はきれいなのじゃ!」
 ステラ・ハート(ニンファエア・e11757)は、年相応の無邪気な笑みを覗かせながら仲間達を振り返る。漆黒の瞳に映る異界の空は昏くても鮮やかな色に染まっていて、そこに瞬く星達はどれも名前すらわからぬものだけれど、地球から見る光と同じく眩い煌めきを放っていた。
(「プラブータ、オウガ達の生まれた星……」)
 巡命・癒乃(白皙の癒竜・e33829)は改めて、異星の風景に憧憬とも怖れともつかぬ感情を灯らせ、蔓延る異形達からひとりでも多くの魂と命を救えるようにという想いをより確かなものにする。
「……お話しのところ、恐縮ですがーぁ」
 その時、前方を歩いていた人首・ツグミ(絶対正義・e37943)が、声を潜めつつ皆を振り返った。身振り手振りで合図を送れば、プラブータの空の色のような隠密服に隠密気流を纏って上空からの偵察を行っていたエルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)も、異変に気づいたらしくすぐに降りてくる。
「あちらをご覧くださぁーぃ」
 ツグミがそっと示した先、まだ距離はあるが、悍ましく蠢く巨大な影が確認出来た。
「まだ気づかれてはいなさそうだけど……どうしますか?」
 エルスの言葉に、ケルベロス達は顔を見合わせた。これまでの探索では、どちらかと言えば小さめのオグン・ソード・ミリシャとの戦いが多かった上、適度に休息を挟んでいるので、消耗自体は大分抑えられている。
 まだ気づかれていない以上、戦闘を回避することは不可能ではなかったが、あのオグン・ソード・ミリシャの近くに複数のコギトエルゴスムが落ちていないとも限らない。ならば、結論は一つだった。
「それじゃ、そろそろ全力でいきますか。……って、別に今までも全力で戦ってたけどなー念の為。あと白縹、そろそろ機嫌直して?」
 イェロはつんとすました様子の箱竜に、遠慮がちに声をかける。花が大好きで、おそらく異星に咲く花も楽しみにしていたのだろう彼は、ここに来て全く花に出逢えていないことがちょっぴり、否、大分ご不満な様子であり、常より仲が良いとは到底言えないイェロへの風当たりもとても強かった――のは、ここだけの話だ。
「何、どれほど強大な敵であろうと、余が守り通すぞ。誰一人欠けさせはせぬ! ……特製のドリンクバーもまだまだあるしのう」
 これまでの戦いでも、メディックとして皆を縁の下で支えてきたステラ。彼女がドリンクバーで拵えた栄養ドリンクは、曰く、トロピカルでアジアンテイストな味だというが、実際のところはご想像にお任せ。とは言え、天真爛漫で快活なステラの心を元に作られたドリンクだ、張り詰めた心を和らげるには十分な美味しさなのは間違いなかった。
「はい、十夜さんも頑張りますね」
 そして、もう一人のメディックである十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)も柔らかく微笑んでステラに続いた。
 ケルベロス達はゆっくりと、オグン・ソード・ミリシャとの距離を詰めてゆく。
 大きさは6メートルほど。これまでに彼らが遭遇したオグン・ソード・ミリシャの中では最も大きい個体だ。射程圏内に入った時には、まだ向こうはこちらに気づいている気配はなさそうだった。

「では、早速参りますか。……そんなに動くと疲れるでしょう。ですから少しは、――」
 ――休んでみるのも悪くないと思いますよ。
 呟くように落とすや否や、チャールストンが先陣を切った。狙い定めた愛用のリボルバー銃、その銃口が火を吹いた直後、他のケルベロス達が一斉に飛び出した。
 触手、蔓、蔦、何とでも呼べそうな何かが幾重にも縒り合わさって出来た『足』の部分に、弾丸が突き刺さる。
 攻撃を受け、オグン・ソード・ミリシャがケルベロス達の存在を認識した。腕のような触手が唸り、甲高い奇声が響き渡る。
『みりしゃ みあ おぐん そーど ぬい くるうるく!』
「相変わらず気持ち悪いね。……さっさと倒させてもらいます」
 この星に来てから幾度となく遭遇してきた異形の化け物。不快感を隠すことなく吐き捨て、エルスが虚空へと手を掲げた。
 刹那、伸びた触手の一部が突如として消滅した。エルスが放ったのは魂を喰らう禁呪である虚無魔法の一つ。触れたもの全てを消滅させる、不可視の虚無球体だ。
 癒乃は圧縮したエクトプラズムで大きな霊弾を作り、オグン・ソード・ミリシャへと飛ばす。
(「……大丈夫、」)
 一人ではないとそっと胸の辺りを押さえ、魂を繋いだ片割れを想いながら、癒乃は心の揺らぎを静める、
 あれは倒すべき敵。恐れる必要もなく、また、自分達は狩られる存在ではない。
 そして癒乃は心に銘じる。自分達は、その心の臓を穿つ重鎖の使い手であると。
「私達の前に立ち塞がったことを、後悔させてやろう。神妙にしていろ……!」
 女性的、かつどこか儚げな見目にそぐわぬ凛々しい声で舞音は紡ぎ、憎悪の蒼炎を宿した薙刀でオグン・ソード・ミリシャに斬りかかった。無数の斬撃を受け、蹴り上げられたオグン・ソード・ミリシャを追うように舞音は跳び上がり、渾身の力を込めて振り下ろした薙刀で地面に叩きつける。
 オグン・ソード・ミリシャの傷口から、淀んだ液体のようなものがどろりと零れ落ちた。傷口も液体も、それはとても悍ましい見た目をしていて。
「……やっぱこれ、直視はきついなー。……ちょっと失礼」
 イェロが僅かに眉を顰めて目を逸らし、せめて戦闘中だけでもと煙草に火をつける。目聡くそれをチャールストンが肩を竦めて、
「アタシも狂気……と言いますか、煙草があんまり吸えなくて禁断症状に襲われてしまいそうでしたので、便乗してもよろしいですかな?」
「それで旦那の心が落ち着くならなー」
 などと軽口を叩き、同じく煙草を咥えた。勿論戦闘中と言えど未成年や禁煙者に配慮するつもりではいるが、皆が目まぐるしく動く戦いの中では、ささやかな煙草の煙など、すぐに風に紛れて消えてしまっていることだろう。
 気を取り直し、イェロは素早く敵に喰らいつくオーラの弾丸を放った。白縹はイェロに気合でも入れようとしたのか、肩口を足がかりにして跳び上がり、煌めく硝子のブレスをオグン・ソード・ミリシャへ吹き付ける。そこに迫った影はツグミのものだ。
「おいたはだめですよーぅ……♪」
 炎を纏った激しい蹴りの一撃に、オグン・ソード・ミリシャが奇声じみた悲鳴を上げる。
 ツグミもまた敵を直視することを避け、深く何度も呼吸を繰り返す。そうすることで気持ちを整え、倒すべき敵を改めて見定めた。
「すみません、ここはどうか穏便に……って、やっぱり、無理ですよね……」
 泉はオグン・ソード・ミリシャと意思疎通を図ろうと試みたが、言うまでもなく不可能だった。元よりオグン・ソード・ミリシャがケルベロスにとって倒すべき敵である以上、それは向こうにとっても同じ。
『みあ みあ おぐん そーど!』
 すると、オグン・ソード・ミリシャが泉に狙いを定め、反撃に転じてきた。伸ばされた悍ましい植物の腕。けれどそれは泉ではなく、盾として庇いに入ったイェロへと絡みつき、その身体をきつく締め上げる。
「イェロ、少しの辛抱じゃ!」
 すぐにステラがイェロへ小さな世界に息吹く睡蓮の花の癒しを施す。直後、泉が音速を超える拳をオグン・ソード・ミリシャへ叩き込んだ。
 ゆらり、ぐらりと蠢く狂気を前に、ステラは赤銅の腕輪に手を触れさせ、帰りを待つ大切な友を想い出すことで心を落ち着かせる。
(「絶対に帰るのじゃ、新しい仲間を連れて」)
 幼く小さな身体と心に宿るのは、どんな困難からも皆を守ってみせるという強い意志。
 誰も悲しませない。傷つかせない。この手は、そのためにある。

 時折、底知れぬ狂気に心を揺さぶられそうになりながらも、ケルベロス達は互いに声を掛け合って平静を保ちながら、オグン・ソード・ミリシャを追い詰めてゆく。
 エルスの根幹を支えるのは、誰一人欠けることなく、絶対に皆で帰るという想い。
 今でも昨日のことのように思い出す、遥か彼方の竜十字島での別れ。
(「敵地に取り残されるのは、もう嫌なの」)
 大切な人を想い、貰った護符にそっと手を触れさせながら、エルスは狂気に飲み込まれまいと唇を噛み締める。そして素早く魔導書の頁をなぞり物質の時間を凍結する弾丸を編み上げ、オグン・ソード・ミリシャへと放った。
「あと少しじゃ、頑張るのじゃ!」
 心を奮い立たせるように、ステラは夜空にいくつもの色を灯す。異星の風と混ざり合いながら翔け抜ける彩り鮮やかな風が、オグン・ソード・ミリシャの攻撃を受けた前衛陣の傷を癒し、力を吹き込んでいく。それを受けた白縹が身を翻し、自らの匣ごと果敢に飛び込んでいく姿を目で追いながら、イェロは煙草を吹かし、胸元に仕舞った懐中時計と自らの鼓動を重ねて帰りを待つ人を想う。
 あちらとこちらでは、過ぎる時間は同じだろうか。帰ったらどんな話をしようかと考えて、イェロはふと目を細めた。
「オウガも含めて、みんな無事に帰ろう。――良いトコ見せて、期待してる」
 囁くように灯した想い。節くれ立った杖を振るえば、形を成した大鷲が翼を広げて飛び立った。
 光の速さで夜空を翔ける、雷の如き猛禽。異形を穿った一筋の流星が煌めき零れて瞬いた刹那、回復は不要と判じた泉が刀を手にオグン・ソード・ミリシャの懐へと踏み込んでゆく。
「フタツメ、当たれば痛いですよ?」
 より速く、より重く、より正確に。最低限の無駄を省いた動きで貫き、斬る、――ただそれだけの一撃に、オグン・ソード・ミリシャが啼いた。
 癒乃は静かに掌を掲げ、想いの言の葉を紡ぎ上げる。
 ――生きることは、死に向かうこと。
「代償なき生は世の理に非ざる欺瞞……あなたは滅びずにいられるかな……?」
 癒乃の掌に宿る、淡い生命の光。命を賦活し、生きる意志を呼び覚ます灯でもあるそれは、同時に命を燃やす光となってただひたすらに命を貪り喰らい続けるだけのオグン・ソード・ミリシャを覆った。
 死に瀕してもなお、その冒涜的で狂気的な姿に心を抉られてしまいそうになるけれど――。
(「見すぎるな動じるな目を逸らせ。元より力に狂っているのだ。これ以上狂っても仕方なかろう、舞音」)
 そう、強く言い聞かせることで平静を保ちながら、舞音は理力を籠めた星の力をオグン・ソード・ミリシャに刻む。
「さて、そろそろ終わりとさせていただきますよ。ラクシュミさんという美人さんが、アタシ達の帰りを待っているのでね」
 冗談めかした言葉と共に、チャールストンは素早く引き金を引いた。
 目にも止まらぬ速さで放たれた弾丸が、蠢く触手を散らし、巨体を地に伏せさせて――。
 小刻みに震える異形を前に、ツグミはすっと目を細めた。
 この身を焦がす狂気は、果たして異形に惑わされたせいか、それとも、
「あなたの全て。余さず残さず有効利用してあげますよーぅ♪」
 ツグミが伸ばした右手。細い指先が、オグン・ソード・ミリシャの体内に深く、深く沈んでゆく。
 それは全てを吸い込んで喰らい尽くす力。想いも願いも、夢も魂さえも、元の形がわからぬほどに砕いて潰して糧とする、悍ましき手。
『みあ みあ ……』
 命を抉られ喰らわれて、跡形もなく消えていくオグン・ソード・ミリシャ。
 ツグミはぺろりと舌で唇を舐めて、ただ静かに、笑った。
「……ご馳走様でしたーぁ♪」

「これで、この辺りに落ちていたものは全部でしょうか」
 拾い上げたコギトエルゴスムについた土の汚れを、舞音は優しく手で拭いながら呟く。
 オグン・ソード・ミリシャを倒した後、辺りに散らばっていたコギトエルゴスムを回収し、ケルベロス達はようやく一息つくことが出来た。
「皆、痛むところはないかのう?」
 ステラが皆にヒールを施す傍ら、泉もブラッドスターを奏でて。
 風下に立ち、新しい煙草に火をつけて、チャールストンは一枚の紙を広げた。
 それは、これまでの道程を記してきた地図。――と言っても、同じような景色ばかりが続く一面の荒野では、敵と遭遇した場所やコギトエルゴスムを回収した場所(他、所々に白縹の小さな足跡が残っている)くらいしか、記すことは出来なかったのだけれど。
「誰にも知られることのない、俺達の大冒険……ってのも何か格好良いなー」
 地図に早速前足を伸ばそうとする白縹を制しつつ何気なく覗き込んできたイェロに、チャールストンはそうですな、と穏やかに頷いた。
 そう、これは確かに自分達がこの世界へ来た証であり、辿ってきた足跡で。必要とされるかどうか、役に立つかどうかなど、些細なことに過ぎないのだ。
「夜も遅いですし、今日はこの辺りで一休みになるでしょうか。それなら、準備に入りますね」
 見える範囲には、オグン・ソード・ミリシャらしき影が動いている気配はない。癒乃が言うとツグミも頷き、
「そろそろ、お風呂が恋しくなってきましたねーぇ」
 と、タオルやウェットティッシュやらを用意しつつぽつりと零したりもして。
 敵の気配がないかと覗き込んでいた遠眼鏡を下ろし、エルスは改めて異星の景色を目に焼き付けるように見やる。
(「――帰るの、皆で」)
 異形の魔の手により、一度は絶望に覆われた世界。
 けれど、この星を統べる女神であったラクシュミは地球と共に生きる道を選び、ケルベロス達に未来の希望を託してくれた。
 そして今、掬い上げたいくつもの希望――コギトエルゴスムという名の生命の鼓動は、確かにこの手の中にある。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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