音々子の誕生日~そして猫になる

作者:土師三良

●にゃんこかく語りき
 ある日の午後、ケルベロスたちの前に直立型の大きなサビ猫が現れ――、
「にゃあー!」
 ――と、鳴き声を響かせた。
 獣人型のウェアライダーではない。猫の着ぐるみに身を包んだ何者かだ。
『何者か』といっても、それがヘリオライダーの根占・音々子であることは明白だった。声に特徴がありすぎる。
「……なにやってんだ、おまえ?」
 皆を代弁するかのようにヴァオ・アーミスラックスが呆れ顔で尋ねると、音々子は(着ぐるみを着たまま)語り出した。
「今月の二十二日は猫の日! そして、私の誕生日! というわけで、自分への誕生日プレゼントとして、知り合いがやってる猫カフェを一日貸し切りにする予定なんですよ。そこに皆さんもご招待しようと思いまして」
「そりゃどーも。で、参加費はいくら?」
「無料でーす。その代わりといってはナンですが、件の猫カフェで新しいサービスを導入する予定なので、皆さんにサービステスターになっていただきたいんですよ」
「どんなサービスだ?」
「猫の着ぐるみとか猫耳とか尻尾とか肉球手袋を貸し出すサービスです。つまり、その店ではお客様も猫ちゃんになれるんですよー。猫ちゃんの目線で猫ちゃんと触れ合える猫ちゃん天国! とっても素敵でしょ? にゃおーん!」
 高らかに鳴くサビ猫の音々子。
 一方、ヴァオのテンションは低かった。
「ようは猫っぽい仮装をするってことか? そんなサービスに需要があるのかよ?」
「正直、判りません。だからこそ、皆さんにテスターになっていただきたいわけです。でも、そういうのに抵抗のあるかたは猫にならずに普通に猫カフェを満喫していただいても構いませんよ」
 今回はあくまでもテストなので、猫になりきる場合でも着ぐるみ等を店から借りる必要はない。自前の着ぐるみを持ち込んでもいいし、表現力に自信があるのなら『素』の状態で猫を体現してもいいのだ。
「では、当日に備えて、猫になる練習をしておきましょー。りぴーと・あふたー・みー! にゃお~ん!」
「……にゃお~ん」
 言われるままに復唱するヴァオ。
 そのやる気のない声音が火をつけてしまった。
 音々子の熱い指導欲に。
「声が小さすぎます! もう一度!」
「にゃお~ん」
「そんなんじゃダメです! もっと猫の気持ちになって!」
「にゃお~ん」
「ぜっんぜん可愛くない! 語尾にハートマークが付いている心持ちで!」
「にゃおぉぉぉ~~~ん(はぁと)」
 かくして、地獄の猟犬たちはにゃんこになるのであった。


■リプレイ

●ぴーとん
 吾輩は猫である。名はぴーとん。
 今日はこの猫カフェの雰囲気がいつもと違う。客の大半が猫に扮しているからだ。
「にゃーん!」
 と、顔出し型のキジトラの着ぐるみの尻尾を揺らして猫たちに挨拶しているのは虎丸・勇だ(なぜ、名前を知ってるのかって? 猫の情報網を甘く見るな)。猫好きだけあって、張り切っているな。
 隣のアイカ・フロールの着ぐるみも顔出し型。色は白だ。
「……にゃ、にゃーん?」
 こちらは少し照れているようだ。しかし、楽しそうでもある。彼女も猫好きだからな。
「ごろにゃーん?」
 二人と一緒にいた雅楽方・しずくが吾輩に声をかけてきた。着ぐるみ姿ではないが、ブルーグレーの付け耳が頭髪から突き出ている。ロシアンブルーを意識しているのだろう。
「にゃあ」
 と、吾輩は答えた。愛想は安売りしない主義なのだが、今日は特別だ。
「お返事してくれました! 嬉しい……」
「猫さん、ボクの耳も見てよ。みゃーん♪」
 しずくに並んだのは那磁霧・摩琴。ボリュームたっぷりの髪を猫耳のような形に結っている。
 そこに斑模様の猫がやってきた。いや、よく見ると、猫ではない。雪豹に動物変身したアイラ・ロークトゥカだ。
「にゃあーん!」
 背中で床を拭くような仕草とともに腹を晒し、『撫でれ』というアピールを始めるアイラ。堂に入った猫っぷりだ。
「よーし、撫でちゃうぞー!」
「私にも撫でさせてください」
 摩琴とアイカがアイラを撫でまくる。
 その様子を見ながら、しずくがスマホを構えた。
「お? 写真を撮るのか?」
 真っ先に猫らしいポーズを決める勇。摩琴がそれに続き、アイカが吾輩を抱き上げ、アイラがちょこんと前足をあげた。
『ぱしゃり!』という音(猫カフェでは聞き慣れた音だ)が響いた後、吾輩はアイカの手から離れ、クールに去ろうとした。
 だが、またもやロシアンブルーが目の前に現れた。今度は着ぐるみだ。中の人はエルモア・イェルネフェルト。なるほど、自身の飼い猫の『こゆうざ』に扮しているのだな。
「にゃたくしはフィンランド出身のレプリカント猫ですにゃ」
 エルモアは吾輩に挨拶すると、きょろきょろと四方を見回した。
「この店にどら焼きはないですかにゃ? にゃたくし、どら焼きが大好物なのですにゃ」
 ネズミに耳を齧られるぞ。
「コケーッ!」
 誰だ? 素っ頓狂な声をあげたのは?
 ああ、ペテス・アイティオか。しかし、何故に鳥のような恰好をしている?
「あ? 間違えちゃいました」
 慌てて猫の扮装に着替え始めるペテス。まったく、なにをやっているのやら。
 あちらにいる進藤・隆治を見習え。奴はちゃんと猫の恰好を……していなーい! あれは黒獅子の着ぐるみではないか! 鳥ほどかけ離れてはいないが、鬣が余計だ!
 嘆かわしいことに鬣が付いているのは隆治だけではない。店の隅で鳴いてる黒猫にもソフモヒじみた鬣が生えている。まあ、本物の猫ではなく、黒豹に動物変身した玉榮・陣内なのだが。
「ぎゃお~ん」
 豹ゆえに鳴き声も濁り気味。一方、奴のウイングキャットは『にゃお~ん』と可愛く鳴いている。
 いたたまれなくなったのか、陣内はとぼとぼと立ち去り、温かそうな隠れ家に潜り込んだ。
 その『隠れ家』というのは――、
「ちょ……え? タマちゃん?」
 ――新条・あかりの着ぐるみの中だ。猫たちと戯れていた彼女の背中に飛びつき、器用にジッパーを下ろして、もそもそと潜り込んだという次第。
「かくれんぼかな? ふふっ」
 あかりは微笑し、小さな黒豹を受け入れた。天使か? この娘は天使か? ……いや、待て。一見、ほのぼのしているが、これはかなり問題のある光景だぞ。
 おまわりさーん! 女児(十一歳)の衣服に成人の男(三十歳)が潜り込んでますよー!

●ぐりぐり君
 ぴーとんが向こうで喚いているけど、僕は釣られて騒いだりしないよ。オトナだからね。
 でも、ケルベロスたちはオトナじゃないから、すごく浮かれてる。たとえば、ほら――、
「にゃーん!」
「にゃーん!」
 ――ユニゾンで鳴いてるロゼ・アウランジェと鮫洲・蓮華。どちらも着ぐるみ姿だ。ロゼは白猫で、蓮華はウイングキャットのぽかちゃん先生と同じ黒と白のツートンカラー。そのぽかちゃん先生はロゼの着ぐるみに肉球マッサージをしてる。
「ぶにゃー!」
 虎に動物変身して、『構ってー』とばかりに鳴きまくってるのは古峨・小鉄だ。太い尻尾で床をぺしぺし叩いてる……と、思ったら、別の尻尾に猫パンチを食らわせ始めた。
 そのボリューム満点のふかふか尻尾の持ち主は、狐に動物変身した御子神・宵一。猫カフェに狐か……シュールな光景だね。
 千手・明子と空国・モカも店内をシュール色に染めてる。二人とも黒い全身タイツを着て、猫になりきってるんだ。猫耳をつけた橘・楓もそれにつきあってるけど、ちょっと恥ずかしそう。
「にゃあー!」
 モカがいきなり猫タワーに飛びついた。どうでもいいけど、この人と隆治は一言も人語を喋ってないぞ。
「ダ、ダメです、モカさん! 壊れちゃいますよ!」
「やるわね、モカ。わたくしも負けてられないわ!」
 驚き慌てる楓の横で闘志を燃やす明子。わー!? 足を頭のほうに伸ばして、耳をかこうとしてる! ちょっと無理があるんじゃないの?
 その点、深月・雨音は凄い。動物変身して、無理なく猫を演じてる。ごろんと寝転がったり、他の猫たちにほっぺをすりすりしたり、どこからどう見ても本物の猫だ。
 レッサーパンダであるという点を無視すればの話だけど。
「癒したっぷりの映像を撮って、SNSにアップしようか」
「いいですね。画面越しに癒しをあげられるなんて素敵です」
 蓮華とロゼがスマホで撮影を始めた。空いてるほうの手でぽかちゃん先生と小鉄を撫でながら。小鉄め、すっかり気を許して、ほわほわ状態になってるじゃないか。コドモだな。
 でも、オトナの僕もなんだか眠くなってきちゃった。あっちで宵一が丸くなってなるな。狐のふかふか尻尾をベッド代わりにして、一眠りしようっと。

●与五郎左
 私は与五郎左。趣味は人間観察。今日はケルベロスたちをたっぷり観察してやろう。
 最初に目が合ったのは、白猫の着ぐるみを纏って香箱ポーズを取っているミリア・シェルテッドだ。
「にゃー」
 ミリアは親しげに鳴きながらも、ついと目を逸らした。猫流のコミュニケーション。
 しかし、私が背中に這い上がると、猫のままではいられなくなり、人語を発した。
「背中に乗られたら、撫でることができませーん!」
 はっはっはっ。逆にこっちが撫でてやる。前足で踏み踏みぃー。
 さて、ミリアの背中を踏み踏みしつつ、店内を見回してみよう。

「なんか、こんな感じの写真を見たことあるな……」
 そう呟く旭那・覇漠の視線の先では、グ・バウルが座禅を組んでいる。猫が何匹も膝に乗ってるにもかかわらず、なにも反応しない。まるで仏像だ。
 グの横では着ぐるみ姿の佐久田・煉三が寝転がっている。こちらも猫まみれ。そして、こちらも無反応。熟睡しているらしい。
 そんな二人とは対照的にミミックのヤカ・テ・グルは猫たちと追いかけっこに興じている。
 そのうちの一匹が勢い余って覇漠の体を駆け登ったが――、
「いたた! アフロに登らないでくれ! ふわふわに見えて、意外と地肌が近いんだぁー!」
 ――アフロは愛猫家には向かない髪型のようだ。

「おいでー!」
 ヴァルキュリアのリタ・ホーテンジエが猫たちに呼びかけている。猫じゃらしを振りながら。
 彼女はつい最近までコギトエルゴスムの状態で封印されていたらしく、猫を見るのは今日が初めてなのだという。ならば、この次に起こる展開も判るまい。
「きゃー!?」
 ほうら、猫に飛びかかられて派手に倒れたぞ。だが、楽しそうな顔をしている。猫の魅力にハマったな。
「ちょ、待っ……うわーっ!?」
 着ぐるみ姿の玄梛・ユウマも倒れている。しかも、彼に飛びかかっている猫は一匹ではない。
「『動物の友』が予想以上の効果を発揮したようですにゃー」
 語尾に『にゃー』をつけて猫になりきっているが、ちょっと恥ずかしそうだ。無理しなくていいんだぞ。猫にならずとも、おまえは良い奴なのだから……あ、いかん。『動物の友』の影響で私も好意的になってるな。

「猫のコスプレをされるのなら、これをどうぞ」
 琴宮・淡雪が瑞澤・うずまきに手渡したのは、胸の部分が猫型になったブラジャーだ。
「わーい」
 うずまきはブラジャーを服の上から装着した。しかし、猫型のカップは双丘に触れることなく、だらりと垂れ下がる。そもそも『双丘』と呼べるほどのものがないのだ。
「……」
 絶望的な絶壁に絶句するばかりのうずまき。目が死んでいるぞ。
 そんな彼女から気まずそうに目を逸らす淡雪。人間流のディスコミュニケーション。
「えーっと……」
 と、二人が繰り広げる悲劇を前にして、紫色の猫がおろおろしていた。もちろん、本物ではなく、着ぐるみだ。中身はリーズレット・ヴィッセンシャフト。
 おそらく、このままでは悲劇が惨劇に変わってしまうと思ったのだろう。紫色の猫はおろおろするのをやめて、殊更に明るい声を出した。
「うずまきさん、可愛いにゃん♪」
「……ありがとう」
 うずまきがにこりと笑った。まだ目が死んでいるように見えるが……いや、気のせいだろう。

●三毛・フジコ
 あたしは世にもレアな雄の三毛猫。でも、心は乙女よ。
 今はお昼寝タイムなんだけど、ケルベロスが騒いでるから、うるさくて眠れやしないわ。
「にゃんにゃん! にゃあーん!」
 あの一際うるさい奴はノル・キサラギね。白猫の着ぐるみ姿ではしゃいじゃって。おまけに可愛く首をかしげて、グレッグ・ロックハートにまで猫耳を勧めてる。
 でも、無駄よ。グレッグが猫耳なんか付けるわけ――、
「……これでいいか?」
 ――って、付けたぁーっ!? さすがに恥ずかしいのか、三秒ではずしちゃったけど!
 なによ、なによ。グレッグったら、クールぶってるくせにノルにせがまれたら断れないのね。妬けちゃうわ。ぷい!
 そっぽを向いたら、でーんと床に寝そべっているオレンジ色の猫の着ぐるみが視界に入った。中にいるのは、ぶりっこの大弓・言葉。ちなみに『ぶりっこ』は死語じゃないわ。猫社会ではめちゃんこナウい流行語よ。
「にゃお~ん」
 と、文字通りの猫撫で声で猫たちの相手をしている言葉だけれど、少し照れが見えるわね。
 一方、ちっとも恥ずかしがっていないのはアラタ・ユージーン。
「猫の身体能力は凄いにゃーん!」
 猫耳と尻尾の付いたパーカーを翻して、猫の後を追っかけたり、飛び上がったり、急に止まったり。元気一杯、ハイテンション。
 それに比べて、二藤・樹はテンション低すぎ。ぼーっとした顔で店内を徘徊してる。猫の仮装も気合いが入ってない。顔の真ん中にひげ袋を付けてるだけ。その仮装の貧弱さを補うための自己暗示なのか、あるいは手抜きに対する自己弁護なのか、ぶつぶつと呟いてるわ。
「それでも猫様だから……心だけは猫様だから……」
 自己暗示といえば、イッパイアッテナ・ルドルフも自分に発破をかけているみたい。
「なー! 戦言葉のおかげで、猫になる恥ずかしさも消し飛びました、なー!」
 オレンジ猫の言葉と同じように寝転がって、猫たちと戯れてる。隣ではミミックが、一時期ネットで話題になった猫転送装置(ただの円だけど)を床に描いてるわ。
 あら? 樹が立ち止まった。猫転送装置に引っかかったから……じゃなくて、サビ猫の姿をした根占・音々子を見つけたからね。
「誕生日、おめでとう」
 音々子に声をかける樹。
 さっきまで向こうで寝ていた宵一も人間の姿に戻り、音々子の前にやってきたわ。それに黒獅子の隆治も。
「どうぞ、お納めください」
 宵一が音々子に差し出したのは肉球型マシュマロの詰め合わせ。
『おめでとう!』
 そう書かれたプラカードを掲げる隆治。喋りなさいよ。
「おめでとにゃん!」
 と、五嶋・奈津美も輪に加わった。身に着けているのは足だけが黒い白猫の着ぐるみ。ちなみに、傍を飛んでいるウイングキャットのバロンは白足袋の黒猫。対になってるのね。
 そして、彼女から音々子へのプレセントは――、
「手製だけど、けっこう自信作よ」
 ――グルグル眼鏡とねじまきが付いた黒猫の編みぐるみ。やーん、本物の音々子より可愛いー!
 オレンジ猫の言葉もやってきて、音々子にプレゼントを手渡した。
「お魚の缶詰よ。もちろん、人間用だからね」
 まあ、音々子は猫缶でも平気で食べちゃいそうだけど。
「おめでとうございます、なー!」
「音々子よ、楽しんでるにゃーん?」
 イッパイアッテナとアラタ、そして、比嘉・アガサも来たわね。アガサはイリオモテヤマネコに動物変身してるけど……ぜっんぜん可愛くない。むしろ、怖い。目付きが悪すぎるんだもの。三白眼よ、三白眼。
「みゃあ」
 でも、鳴きながら音々子の足にすりすりする様は可愛いかも。音々子やアラタに撫でられても不機嫌そうな素振りを見せないし。あたしも一緒にすりすりさせてもらおうっと。女同士(?)のスキンシップよ。
「……」
 無言で睨まれた!? しかも、白目のエリアが増えて、四白眼になってる! やっぱ、怖い!

●ガタム・タムラ
 俺様はワイルドなボス猫であるからして、猫カフェなんて甘っちょろい場所に用はない。
 だが、今日はあえて店内に潜り込んだ。ケルベロスたちが面白いことをやってると聞いたからな。
 早速、面白い物を見ることができたぞ。猫耳を付けた炊飯器型ミミックのヒガシバだ。
 ヒガシバの主人のソフィア・フィアリスは孫の鷹崎・愛奈をのんびりと眺めている。愛奈は猫の着ぐるみを着てるが、本人はちょっと気に入ってないようだ。
「着ぐるみが分厚くて、猫のもふもふ感をタンノーできないよー。もっと薄いのに替えてくるね」
 走り去る愛奈を温かい眼差しで見送るソフィア。
 しかし、ふと床に目をやり――、
「今時の子はこのネタを知らないかもね。まあ、迷信なんだけど……」
 ――水入りのペットボトルを置いた。猫除けか。確かに最近は見なくなったな。
 む? 猫たちの様子がおかしい。なぜだか判らねえが、沢山の雌猫(フジコの野郎も交じってるが)が藍染・夜のところに集まっていく。
「フェロモンでも出してんのか、おまえは?」
 と、楝・累音が夜に言った。夜は猫耳しか付けていないが、累音はフルフェイスの着ぐるみに身を包んでいる。悪い人相を着ぐるみで隠せば、猫が怖がらずに寄ってくる――そんな期待を抱いてのことなんだろうが、猫は一匹たりとも近付こうとしない。
「ほら」
 哀れに思ったのか、夜が黒い子猫を軽く撫でて、累音のところに行くように促した。
 視線を合わせる累音と子猫。だが、距離は縮まらない。
「笑え、累音。笑顔で引き寄せろ」
「顔が見えないから、笑っても意味がないと思うんだが……」
 そう言いながらも、累音は笑ってみせた。見えないが、俺には判るぜ。
 モテモテさんは夜だけじゃない。皆より少し遅れて店に来た巽・清士朗も一匹の雌猫に懐かれてやがる。
「おまえの名前は判らないが……仮にひさぎと呼んでおこう」
 膝の上の雌猫を丁寧にグルーミングする清士朗。気付いてねえな。仮称『ひさぎ』の正体が、動物変身した小車・ひさぎだってことによ。
「ウチのひさぎもおまえくらい素直ならなぁ」
「……にゃあ?」
「あいつは我慢しすぎるんだ。もう少し吐き出させてやれると良いんだが」
 あれ? もしかして本当は気付いてんじゃね?
「ふにゃー」
 ひさぎも疑わしげな目で睨んでいるが、清士朗は我関せずという顔をして彼女を持ち上げ、顔にそっと唇をあてた。仲のおよろしいこって。
 城間星・橙乃と朱藤・環も仲良くじゃれあってるな。
「朱藤にゃん、撫でてもいいかにゃ?」
 白い猫耳を付けた橙乃が問いかけると、灰色の肉球手袋を付けた環はにこりと笑い――、
「いいよー。思いっきり撫でちゃってー!」
 ――スコティッシュフォールドに猫変身して、腹を見せた。
「もふもふもふー!」
「にゃ~ん♪」
 もふる者ともふられる者の至福の一時。幸せそうだな。べ、べつに羨ましくないけどな。俺はワイルドなボス猫だし……うわっ!?
「よーしよし!」
 後ろから声が聞こえたかと思ったら、いきなり抱き上げられた! 誰だよ? あ、落内・眠堂か!
「すごいね、眠堂くん。その猫、ちっとも怒ってないよ」
 俺(を抱いてる眠堂)を見て感心しているのは、白猫のフードを被ったゼレフ・スティガル。確かに俺は怒ってないが、それは度量が広いからだ。断じて人懐っこいからじゃねえぞ。
「ほら、ゼレフ。にゃーん!」
 眠堂はゼレフに俺を差し出した。
「にゃ、にゃーん!」
 と、裏声を出して、おっかなびっくり(それでいて嬉しそうに)俺を受け取るゼレフ。しょうがねえな。ボス猫の矜持を一時的に捨てて、じゃれついてやるか。
 だって、ケルベロスってのはよ。世界を守るために命を張ってんだろ? そんな連中の心を少しでも癒せるなら――、
「皆さーん!」
 ――いい感じに締めようと思ったのに音々子が割って入ってきたぁーっ!
「まだ照れてる人がいるみたいですね。羞恥心を捨て去るため、改めて猫になる練習をしましょー。りぴーと・あふたー・みー! にゃお~ん!」
 にゃお~ん!

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月3日
難度:易しい
参加:45人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 10
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