●妄想大爆発
チェーン系列居酒屋や赤提灯、バーやクラブが並ぶ繁華街の一角。
平日の夜であるが、それなりの賑わいを見せていた。
そんな中でビルの地下にあるバーで飲んでいたと思われるスーツの男性2人が出てくる。
「飲みすぎですよ」
「このくらい平気らって!」
呂律が回っていない体格のいい30代前半男性と、心配そうな眼鏡をかけた細身の20代後半男性。
「あ!?」
ふいに体格のいい男性が足をもつれさせて倒れそうになった。
「っと!」
力のなさそうに見える眼鏡の男性が、倒れてきた男性の胸元に腕を出してしっかり支える。
その時――、
『細いのに実は鍛えてます系! インテリ年下攻め大正義!!』
突如通りかかった女性の体から羽毛が生え、みるみるうちにビルシャナになってしまった。
●ビルシャナの教義を広めるな
「男性同士の恋愛を好む方がいらっしゃるのは理解しているのですが……」
祠崎・蒼梧(シャドウエルフのヘリオライダー・en0061)が少し言い難そうに口を開く。
偶々見かけた男性2人組に『大正義!』と、妄想を爆発させた女性がビルシャナになってしまうようだ。
放置すれば通りかかった人々が感化され、信者になったり、場合によってはビルシャナ化してしまう恐れがある。
この大正義ビルシャナは、ケルベロスが戦闘行動を取らない限り、自分の大正義に対して賛成でも反論でも意見を言われれば、それに反応してしまう習性があるようだ。
「その習性を利用して、議論しながら一般人を避難させるのが得策です」
但し、本気の意見を叩きつけなければ、ケルベロスでは無く他の一般人に向かって大正義を主張し始めてしまう。議論を挑む場合は、本気の本気で挑む必要があると付け加えた。
また、避難誘導の際に剣気開放やパニックテレパス等の能力で避難させようとすると、戦闘行動と見なされて避難完了前に戦闘を始める可能性がある。
「極力能力は使わずに一般人の安全を確保して下さい」
ビルシャナの習性の説明を終えると、一度息を吐く。
「この大正義ビルシャナは、スポーツマンタイプや体格の良い方が受け? 女性役という組み合わせが好きな方のようでして……議論をする際にはそちらを覚えておくといいかもしれません」
続いて、光を放ってきたり、薔薇の形をした炎を放ってきたり、男性同士の恋愛が如何に素晴らしいかを語って催眠をかけようとすると能力を持ち、その精神攻撃はかなりのものだと説明を締めくくった。
「平日の夜とはいえ、周囲に一般人も多くいらっしゃいます。能力を使わず避難誘導は大変かと思いますが、大正義の心が周囲に伝染して大惨事になる前に、どうかビルシャナを撃破して下さい」
参加者 | |
---|---|
シルフィリアス・セレナーデ(善悪の狭間で揺れる・e00583) |
岩櫃・風太郎(閃光螺旋のガンカタ猿忍・e29164) |
ソルヴィン・フォルナー(ウィズジョーカー・e40080) |
惟任・真琴奈(白昼独り百鬼夜行・e42120) |
黎薄・悠希(憑き物の妖剣士・e44084) |
リアナ・ディミニ(一人ぼっちのアリア・e44765) |
慈次・スラッグ(己を問え・e45239) |
賛然・スラッグ(己に問え・e45240) |
●主張のぶつかり合い
女性がビルシャナ化したその瞬間――、
「貴様の大正義に物申す!」
頭上から声が聞こえたビルシャナが上を見ると、忍者――岩櫃・風太郎(閃光螺旋のガンカタ猿忍・e29164)が上空から降ってきた。
「ドーモ、エイプニンジャでござる」
着地するなり丁寧に軽く会釈する。
『これはご丁寧に……』
ビルシャナも元はOLであり、条件反射で会釈を返した。
「古今東西、男女同士の恋愛物語が世の人々の心を打ち続けてきたのは歴史的にも明らか!」
しかし、すぐにビルシャナに向けてビシっと指を突き出す。
平安時代に流行ったとされる貴族の恋愛物語や江戸時代には心中騒動を巻き起こした浄瑠璃、西洋では有名な戯曲や映画に童話。
次々に並べ立てて反論の隙を与えない。
「男女の恋愛が正に王道、真の大正義なり!」
『それは認めるわ。私だって男女の恋愛が嫌いなんじゃない。でも、萌えとは違うのよ! 王道で似たり寄ったりな話ばかりで飽き飽きなの!』
風太郎が拳を握り締めて力説すると、ビルシャナはバサッと翼のようになった右腕を広げた。
「人の趣味はそれぞれ十人十色。他人に指図されるようなものじゃないものね」
そこへ黎薄・悠希(憑き物の妖剣士・e44084)が互いに大正義をぶつけ合う2人の間に割って入る。
「でもね、ダメよ。仮に、男性同士の恋愛、BLがまかり通る世の中で、この世に存在する全ての男性が男性に興味を持ったら、世界は成り立たないんじゃないかな?」
あまりヒートアップさせず、しかしこちらに注意が向くように、ゆっくりとビルシャナの目を見て小さく微笑んだ。
子を成すのは女の役目であり、そのためには男性との関わりも必要。どちらか片方だけでは、決して成り立たないと続ける。
「そんなことになってしまったら、貴方の言う年下のイケメンさんも、年を取って貴方好みじゃなくなってしまうわね。そして、新たな生は育まれないのだから、それっきりで途絶えることにもなる。そんなことになったら、困るのはあなた自身じゃないかしらね?」
『愛のない政略結婚なんて珍しくないでしょ? 恋愛と結婚は別とすれば問題ないわ!』
悠希の言葉も理解はしているようで、その上で、やはり男性同士の恋愛がいいと主張した。
「いいっすか、こういうのは美少年が襲われるって相場が決まってるんす!」
シルフィリアス・セレナーデ(善悪の狭間で揺れる・e00583)が力いっぱい力説して割り込む。
『弱々しい美少年なんて見飽きたわ!』
「見飽きたからこそ、年下攻めがいいと思ったんすよね? 邪道には邪道のよさはあるっす。しかし邪道が光るのは王道があってこそっす!」
ビルシャナの言葉を逆手にとっての主張。
「貴女の空想、詰めが甘いです。大甘です」
そこへ惟任・真琴奈(白昼独り百鬼夜行・e42120)が畳み掛けるように口を挟んだ。
現在において、同性愛とは白眼視されやすいもので、濃厚な愛憎劇は表舞台からは秘されるべきものと主張する。
「真に美しき愛は秘匿された場所にあり、また秘匿されることで美しさを増す。断じてそれは、日常に転がってなどいないのです……!」
更に違った意見でビルシャナの注意を向けさせた。
●注意を逸らしている間に
突然化け物になってしまった女性を目にした通行人達は驚いて足を止めてしまう。
誰かがパニックを起こして騒ぎになる直前、
「わしらはケルベロスじゃ! まずは落ち着いて建物の中に避難するんじゃ!」
ソルヴィン・フォルナー(ウィズジョーカー・e40080)が声を張り上げた。
「私達はケルベロスです。ここは戦場になります。建物の中に避難して、中の人にも暫く外に出て来ないように言ってもらえますか?」
リアナ・ディミニ(一人ぼっちのアリア・e44765)も、客呼びをしていた何処かの店の関係者と思われる男性に声をかける。
「ごめんねぇ。この先は危ないから回り道してくれるかい?」
飲み屋街の入り口ではファラン・ルイ(ドラゴニアンの降魔拳士・en0152)が、ケルベロスだという身分を明かしてから、これ以上人が来ないようにと頼み込んでいた。
「うだうだ言いましたが、ボク個人としての見識を述べましょう」
真琴奈は、避難状況をちらちら見ながら、もう少し時間を稼ぐべきだと言葉を続ける。
「貴女の持論を輝かせる為に、先ず体育会系はその頼もしさを示す。これは必須です。その後にインテリは秘した力を示し、逆転する。これぞ様式美」
『そうよ! それ! 普段頼れる男を、言いくるめて見かけによらない力で押し倒す! いいわ!』
ビルシャナのテンションは上がり、真琴奈の両手をガシッと握り締めた。
「こういうのはどうだ?」
慈次・スラッグ(己を問え・e45239)がビルシャナに写真を見せる。長身の偉丈夫の手を引いて歩いている青年の写真や、着崩れした偉丈夫の服を直している青年の写真。
「青年の方は私達の弟だ。所謂攻め。年の差は親子ほどある。弟は幼少期から彼を狙っていた」
『ほうほう!』
ビルシャナが食いついた。
「こっちは私達のリアルの嫁だ」
その隣から、慈次と髪の色でしか見分けがつかないくらい瓜二つな賛然・スラッグ(己に問え・e45240)が違う偉丈夫の写真を見せる。
『ん? 私達? 2人の嫁?』
「そうだ。共有嫁だ」
身を乗り出したビルシャナに賛然が答えた。
『いい! 双子もいいけど、双子に挟まれる偉丈夫! 取り合うではなく共有! 更にいい! 詳しく聞かせてくれるかしら!』
「こういうのもあるぞ。お前は特定推しのようだが、他にも目を向けると違う世界が見える」
想像以上の食いつきを見せたビルシャナに、慈次が更に家族や部下の仲よさそうな写真を次々と見せる。
「男女だがこういうのもいる」
更に慈次が偉丈夫な母と華奢美人である父の写真を見せた。
「避難誘導完了です」
そこへ、リアナが駆け寄ってくる。
『何!?』
議論に白熱していたビルシャナがふと我に返って周囲を見渡すと、気付けば誰もいなくなっていた。
『謀ったわね!?』
●大正義に殉じろ
『こうなったら邪魔者を消して布教活動よ!』
ビルシャナは薔薇の形をした炎を風太郎に向けて放つ。
「これがBLへの萌え……しかし! 拙者の大正義を燃やすことはできんでござる!」
風太郎は分身の術を使って自らの火傷を治すと、シルフィリアスは自分に電気ショックを与えて戦闘能力を向上させた。
「熱くなりすぎてるのう。どれ、少し頭を冷やしてやろう」
『燃え上がるこの想い! 私の生き様!』
ソルヴィンが達人の一撃を放つが、ビルシャナはひらりと左に飛んでかわしてしまう。
「五ノ刻、黎明。十七ノ刻、薄暮。始り、終わりの交わり、来たりて――――宵闇、瑠璃斬!」
悠希は、ビルシャナが避けた先に回り込み、グラビティによって黎明時と薄暮時の異なる時刻を交じらわせて作り出した瑠璃色の世界から目にも留まらぬ神速の一撃を放った。
真琴奈は、周りに浮遊していた人魂――地獄化した姉妹の力を自らの身に下ろし、リアナは血液を噴出させて悪鬼羅刹紋を身に纏う。慈次は賛然に、賛然は慈次に魂うつしを使って力を与え合った。
「風太郎!」
ファランが風太郎に気力溜めを飛ばして、その身に残る炎を完全に消した。
『力のなさそうなインテリな後輩が襲いかかり、逞しい先輩は驚き戸惑う。その間に口で言いくるめながらも手は動き――』
ブツブツ呟くビルシャナの言葉はその文字が形となり、シルフィリアスに向かう。
「いかんでござる!」
風太郎がシルフィリアスの前に立ちはだかり、文字に包まれた。
「く……拙者でカップリングを妄想するのは止せ! 誰得でござるか!?」
『してないわよ!』
焦点の定まらない目で叫ぶ風太郎に、思わずビルシャナのツッコミが入る。
「だいたいっすね、こういうものは想像力で補完するものっすよ。現実におこしたらただのゲイじゃないっすか」
シルフィリアスが風太郎の背後からライトニングボルトを放った。
「失せよ、超常」
ソルヴィンが全ての飲み込む深き虚無を呼び寄せ、ビルシャナを殲滅せんと爆縮、爆裂を繰り返す。
「自身が楽しむ範囲でならどんなものが好きでもいいと思うわ。でもね、周りを巻き込むなら、反論されることも……こうして私達にやられるのも覚悟の上、だよね☆」
悠希が武器に無数の霊体を憑依させて斬りかかった。
咄嗟に避けようとしたビルシャナだったが、足に痺れが走ってタイミングが遅れて斬り付けられる。そこへ真琴奈がスターゲイザーで重力の錘をつけた。
「そもそも、恋愛とか、そういうのよくわからないのですけれど……ともかく、よその事に首を突っ込むのは、野暮なのだと、それくらいなら、わかります」
リアナが怒號雷撃を放って動きを止めた瞬間、
「推しを増やすと人生の楽しみが増えると思うが」
「私達は全てがカップリングたると思う」
賛然と慈次がビルシャナを挟んで同時に憑霊弧月を放つ。
「しっかりするんだ!」
ファランは再び風太郎に気力溜めを飛ばして、傷を癒しながら正気に戻した。
『後輩に言いくるめられてながら強い力で押さえつけられ、戸惑いもあって力が出し切れず強く拒めない先輩! とうと……!?』
先程自分でぶつぶつ言っていたのもあり、その妄想を爆発させて翼のようになった腕を広げて光を放とうとしたが、痺れて腕が上がらない。
「そんなに萌えたくば拙者が『燃え燃え』にしてくれる! 喰らえ! サンライトォッ! フレイムゥッ! ニンジャヒュージシュリケェーンッ!」
風太郎が燃え盛る太陽光の螺旋を籠めたエネルギー光球を圧縮して巨大な黄金の螺旋手裏剣を生成し、ビルシャナに全力でぶん投げる。
「これでもくらえっすー」
次の瞬間、くるりとターンをしてウィンクしたシルフェリアスが、マジカルロッドに魔力を集め、光とともにエネルギーの塊を放射した。
風太郎の手裏剣がビルシャナに着弾して爆発すると、シルフェリアスのエネルギー弾が追い討ちをかける。
『インテリ年下攻め最高かーーーーーーーー!!!!!』
ビルシャナの魂の叫びが夜空を震わし、大量の羽毛が舞い上がった。
●そして夜は更けてゆく
「いかな形であれ愛は世の真理の一つ。惨禍の種にならずに良かったです」
真琴奈が表情を緩めて肩の力を抜く。
「じゃ、お片付けっすー」
「そうじゃな。どれ……」
シルフェリアスが仲間達に明るく笑いかけると、ソルヴィンが戦闘の余波で壊れたり欠けてしまった何かの破片を集めだした。
「私達はあちらをヒールしてきます」
慈次と賛然は焦げ痕がついてしまった建物の壁に向かう。
「私は避難してる人達に声をかけてきます」
「私も行くわ。この辺、結構お店あるみたいだし」
リアナが仲間達に声をかけると、悠希が歩み寄った。
「では、私は向こう側から行ってきます」
「なら私はあちらね」
2人はそれぞれの反対方向を向くと、小走りに向かう。
「……安らかに眠るでござる」
風太郎は、羽毛の散らばる地面を見つめて黙祷を捧げた。元は一般人であった女性に。
作者:麻香水娜 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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