ミッション破壊作戦～未来は今日始まる、だから挑もう

■リプレイ

●降下攻撃
「こことここ、県道３７号線と県道２８４号線を結ぶ線の内側が破風山ですわね？」
　ミルフィ・ホワイトラヴィット（ナイトオブホワイトラビット・e01584）は、床に広げた現地周辺の地図を指でなぞりながら、攻撃後の撤退について話し合っている。
　嘉神・陽治（武闘派ドクター・e06574）によれば、破風山は平時であればピクニックの感覚で登山できる場所だ。そして東や南側の麓は市街地とも接しており、住宅や学校にもかなり近い。
「避難は終わっているのでござるか？」
　当然だ。と、陽治は頷く。直ちにミッション地域への攻撃を開始した有志の旅団や個人の活躍により、現時点では破風山の外への被害の拡大は認められていない。ただし、距離の近さを考慮すれば、行政の避難指示、および民間人の立ち入り制限は妥当である。
　秩父盆地の北の端、皆野町の役場付近を目印にして、ヘリオンは西に進路を変える。
　山頂と盆地の高低差は４００ｍ程度で、目印とした皆野町役場から峰までの距離は直線で４ｋｍほどか。まず攻撃目標の強襲型魔空回廊を視認するために、ヘリオンは峰の稜線に沿うように西進する。
　世界の果てまで続くが如き山並み。冠雪のせいで色の変化は目立たないが、それでも落葉とは明らかに違う、生気を吸い取られ白骨化したような変色域が認められた。
「随分喰い散らかして、行儀が悪いったらねえな。景色を楽しみにやってくる登山客だって、いっぱいいるのによ」
　前回は空中から見たわけではないが、前よりも広がっているような気がする。
　陽治がそう呟いたタイミングで、峰の奥にある小さな谷間に、水滴の膨らみに似た歪みが発見された。
　誰もが、それが強襲型魔空回廊を防護する浮遊型のバリアだと直感した。
　通常の攻撃行程では、決してたどり着くことのできない、ミッション地域の中枢部。
　バリアは直径で言えば６０ｍほどの半球形。現在、通常よりも高い高度で飛行するヘリオンからは、指先ほどの大きさにしか見えず、注意深く見ていなければ、見落としてしまいそうだ。
　ヘリオンはバリアの直上を捉えるため大きく右旋回を開始。外に引かれるような重力の加速を感じる刹那、地図を床に敷いて居並んでいたケルベロスたちの顔に緊張が走る。そして旋回が終わると同時、降下準備を告げるブザーが響く。
　続けて、機体側面の扉のランプの色が変わり、ロックが外れる音がした。
「征くぞ」
　開け放たれた扉から、一番に身を乗り出した、陽治は降下姿勢を取った。
　これが破風山防喰戦史に刻まれる、最初の降下攻撃になる。人類の意地を示す為、絶対に失敗してはいけない。
　陽治は飛び出し、間も無く獲物を狙い定めた隼の如きに、降下して行く。急速に小さくなって行く背中。その距離が離れたことを確認してから、ミルフィも飛び出て行く。地上の状況を早く把握して、撤退の準備をしなければならない。
　次いで、シエナ・ジャルディニエ（攻性植物を愛する人形娘・e00858）が続く、そして残った者も順次降下を開始する。
　程なくして、咲き誇る百合の如くに、大の字に身体を広げるケルベロスたち。身体に受ける空気で落下速度を抑制しながら、遙か眼下に見えるバリアに向け自身を誘導する。
　そして先頭を行く陽治は、両手で握った小剣——グラディウスを掲げる。
　始めは手のひらで包める程の大きさにしか見えなかった、バリアが急速に大きくなって来ていいた。
「——此処に限らずアンタが喰らっていいモンはこの地上の何処にも有りはしない」
　数秒後、今やバリアは巨大な壁としか見えない程になり、衝突の恐怖に身の毛がよだちそうになるが、
「俺達が居る限りこの星の緑を、命を喰い潰させやしないぜ！」
　叫びと共に小剣を突き出した瞬間、閃光が爆ぜて、風景が真っ白な光で満たされる。一瞬遅れて橙色の火焔と雷が噴き上がり、衝撃波が山肌を、森を、田畑を、街を揺さぶった。
　森が燃える、建物の窓ガラスも微塵に砕け飛んだ。凄まじい破壊力を目の当たりにした、頭上から流れ落ちてくる灰色のスモークに打たれる陽治の胸に複雑な思考が過ぎる。合理的に考えれば、悪性腫瘍の如くに現れたミッション地域、魔空回廊は破壊する過程で、正常な森や街にも被害が出てしまうのは当然のことだ。そして、これから先攻撃を繰り返す度に、被害は大きくなることも。それが自身も好きだった場所だと思うと、妙に癪に障った。
「これ以上喰らわせるわけにはゆかないんだ」
　山がざわめく気配、無数の咆哮が周囲に満ちる直中、陽治が降り立つとほぼ同時。
「山……特に日本の山は、美しく、雄々しく……、古くから人々の信仰の対象ともされてきた神聖なものでもあるのですわ……」
　上空からミルフィの叫びが響いてくる。直後、揺れる水面の如きバリアに、翼を広げた影が突っ込んで、白い光が爆ぜる。そして、この日二度目の衝撃が山を揺さぶる。
「山を……そして、人々の営みを……自らの『食い物』にしようなど、させませんわ……！　神なる山の怒り、そして自然の怒りを……。禍々しいその身にお受けなさいまし……！！」
　流れ落ちてくる爆煙（スモーク）が急速に濃度を増す中、輝く龍の如き軌跡を引いて稲妻が煌めき、スモークの中で蠢く気配に向かって、次々と爆発を起こす。
「Ecraser（潰れなさい）！　Salut（救われよ）！」
　それは攻性植物たちが倒され続け、普通の植物たちが生死の境を彷徨い続ける日々に終止符を打ちたいシエナの願い。矛盾を孕んだ想いを小剣に托し、落下の加速と共に叩きつければ、バリアは鳴動し、大樹の如き光の塊が天に向かって枝を伸ばす。直後、光は無数の針となって降り注ぎ、地上にあるありとあらゆる物に突き刺さるように見えた。
（「Remarquer（気をつけたいの）……山が丸裸になったらあの子たち、凄く弱ってしまいそうですの」）
　大樹が枝を広げるが如きに伸びた、光の筋の間を縫うようにして、カテリーナ・ニクソン（忍んでない暴風忍者・e37272）は降下を続ける。
「緑豊かな山々の木々を喰らい尽くさんと企てるとは不届き千万！　お主のような悪食は細切れに斬って捨てて、春芽の肥やしに、バラまいてやるでござるよ！」
　大樹の如き光が消えると同時、カテリーナは後ろ向きに回転して姿勢を整えると、巨大な面にしか見えないバリアに向かって刃を突き出した。人々が住み慣れた街に戻りたいように、山々の動物や植物も……以前と変わらない日常を返して欲しいと願っているはず。声なき気持ちに想いを巡らせ、それらも刃に込めて。
「自然を貪る暴食の権化を討ち、今こそ自然に帰さん！」
　叫びと同時、刃は衝突して、金色の輝きが噴き上がる。凄まじい衝撃に宙に投げ出される刹那に、カテリーナが目にしたのは雪崩のように流れて行く輝きが山肌を焼いて行く様だった。
「豊かな自然……この美しい国、美しい星。それを荒らすのハ、見過ごせまセン。この星の生命は美シイ、山を満たす樹々に花、葉や芽の一かけらに至るまデ。寿命ヲ得た俺には尚わかりマス」
　淡々と言葉を紡いで、エトヴァ・ヒンメルブラウエ（フェーラーノイズ・e39731）は、小剣に想いを込め、そのグラビティを高め、美しいと思えた自然が燃え行く様を感じながら、振り下ろす。
「……必ず護らせテ、頂きマス」
　叫び共に叩きつけた刀刃から強烈な力が跳ね返って来て、思わず手放しそうになって、力を込め直す。直後、爆発音と共に橙色の炎が膨れあがり、黒い煙が立ち昇る。
「環境保護ってのも、ガラじゃねェが、てめェのエサになってンのは、気に食わねェ」
　黒煙を払い退けるように突っ込んで来る、伏見・万（万獣の檻・e02075）は言い放ち、真っ直ぐに小剣を構える。その姿は天から落ちてくる裁きの矢のごとし。そして高空からは小さくしか見えないバリアも間近では巨大な壁か面にしか見えない。普通の感覚なら、落下の勢いのまま、高速で突っ込むのは、怖いことだ。
「あァ、イラついてンぜ。何モンでも、汚らしく食い散らかす奴ァ嫌いでね。これ以上、てめェらには何もくれてやらねェ、返してもらう！」
　満身の力を込めて叫び、小剣と一体となった万はバリアに突入した。瞬間、爆発で生じた爆炎が巻き上がる風を生み出し、既に広がっていた爆煙を巻き込んで、巨大な茸雲を発生させる。そして雲の中で生まれた雷光が、山から巻き上げられた異物を次々と灰に変えてゆく。
　熱気に追い立てられるように、巻き上げる強風は何処までも上昇して行く。
　その煙の圧力に舞い上げられそうになりながら、ローレン・ローヴェンドランテ（影夢・e14818）は降下を続けていた。その脇を、リュセフィー・オルソン（オラトリオのウィッチドクター・e08996）が、煙を裂くようにして追い抜いて行く。その小さな翼を開き、金の髪を靡かせた姿との距離はたちまち広がって行く。
「せっかくの絶景を荒らすな――――――――っ！！！」
　次の瞬間、叫びと共に衝撃が広がり、山並みを揺さぶった。
　態勢を立て直したローレンの目にスモークが霧のように広がって行く様子が見える。
「困る。困るんだ。お前が山を食べちゃったら皆の思い出が無くなる。——ボクはね昔の記憶がちょっとないんだよ。ただ木がたくさんある所にいたのはわかっているんだ。つまりさ、あったかもしれないボクの思い出も帰る場所もなくなっちゃう」
　自分がこの日最後の攻撃を加えると知り、否が応でも気合いが入る。たとえこの一撃で壊れなくとも、少しでも多くダメージを与えれば、次に攻撃する仲間の助けになるのだから。
「だから許さない。今も、死んでも、絶対に許さない！！」
　圧力を感じるほどの煙を抜けた先、ローレンは過去への想いと未来への祈りを込めて、強大な防壁を目がけて、握りしめた小剣——グラディウスを叩きつけた。

●撤退戦
　果たして、頭上に浮かぶ魔空回廊の圧迫感は変わらず、破壊には至らなかった。
「ごめん。力及ばずだったね」
「なにダメージは与えているんだ。戦果は上々だぜ」
　ローレンの合流をもって、一行は撤退を開始する。スモークに満たされた谷間は夜のように暗い。
　だが、先導するのは土地勘もあるという陽治とミルフィ。地図で方向も確認済み。ランドマークも把握し、『隠された森の小路』まで発動する念の入れようだ。
　しかし、一番の難関は高い戦闘力をもつ、『山喰い』の存在である。
「足元、来るぞ！！」
　燃える木々をも取り込むようにして、現れた猪の如き巨影を持つ攻性植物が、進路に立ちはだかる。
　次の瞬間、巨体に飲み込まれた霊樹の牙が雹の如くに降り出した。
「大丈夫でござるかっ？！」
　嫌な予感がして、カテリーナが後を振り向けば、地面から噴き上がる触手の如き光る根に守るべき後衛の者たちが蹂躙される中、為す術も無く膝を着くリュセフィーの姿が見えて、冷や汗が噴き出た。
「どうして気づけなかったでござるかっ！」
「こりゃあマズいが、今更どうしょうもねえ。やるしかないんだよな」
　綻び始めた糸を繋げるように、陽治の放った気咬弾が巨体に喰らいつく。続けてミルフィの放った主砲弾が、巨体の脇を掠めて飛びぬけて大爆発を起こした。
　機を逃さずに、シエナの操る攻性植物ヴィオロンテが、その大顎を開いて癒しの咆哮を上げる。
「Das Zauberwort heisst Mut」（魔法の言葉は勇気だ）
　次いでエトヴァの澄んだ声が響き渡って、癒やしをもたらす中、敵に肉薄したカテリーナは囁き、忍法虚仮威しの術を叩き込む。
「さァて、今度はてめェが食われる番だぜデカブツ」
　万が精神で操る鎖が、山喰いを捉えて、その巨体を強かに締め上げる。
「ははっ、でかいな、随分食いでがありそうだ」
　見た目の派手さとは裏腹にダメージは小さく、荒ぶる巨躯は身震いひとつで絡みついた鎖を振りほどく中、ローレンの放った巨大な竜砲弾が命中して大爆発を起こした。
　爆発の輝きが戦場を埋める刹那、リュセフィーは倒れそうな身体に鞭打つようにして、メディカルレインを発動し、癒しの力を帯びた雨を降らせる。
　直後、山喰いの周囲に淡く光る無数の牙が浮かび上がり、それらは、咆哮とともにシエナに襲いかかる。
「Quoi（なに）?！」
　瞬間、カテリーナは横からシエナに体当たり、入れ替わるようにして、霊樹の牙、その斬撃の雨を一身に引き受けた。無数の牙は容赦なくカテリーナの肉体を破壊する。
「おやめなさい！」
　渾身の力と叫びと共に、ミルフィは主砲を放ち、主砲弾は山喰いを後脚に命中して体液を噴き上がらせる。機を逃さずに、シエナは立ち上がり、破壊され尽くした身体でなおも戦おうとする、カテリーナに癒しの力を送る。続けて万の投げ放ったエネルギー光球が吸い込まれるように当たって、元の少女の姿を取り戻して行く。
「かたじけないでござる」
　そう言い置き、カテリーナはダメージの残る身体で敵との間合いを詰めると、見極めた急所に痛烈な一撃を叩き込む。
　スモークは攻防を重ねる毎に確実に薄くなり、青空が見えるほどに薄まりつつあった。
「随分、疲れて来たじゃないか、そろそろ通してくれないかな？」
　状態異常は充分重ねた、あとは残る命を削りきるだけだ。——弾けろ！　叫びと共に放った振動波が山喰いの体内を揺さぶった。与えたダメージは小さくなかったが、続く効果が無いことに、陽治は舌打ちをひとつ。
　今のまま戦える時間はもう何分も無いだろう。ローレンと万は辛うじて戦える状況だが満身創痍、エトヴァの消耗も大きい。既に倒れた、リュセフィーやカテリーナも連れ帰らなければならない。
「また、派手なのを差し上げますわよ……！」
　ミルフィの主砲斉射の轟きが山を揺さぶり、こだまを繰り返す中、万はローラーダッシュの炎を帯びた蹴りを叩き込み、後に跳んで間合いを空けた。
「そのまま燃え尽きてしまいな！」
　言い放つ刹那、後方と左右の地中から近づくざわざわとした気配に万の背筋に冷たい物が走った。次の瞬間、光を帯びた触手の様な根が湧き上がってくる。
　次の瞬間、腰程までに黒髪を伸ばした、ローレンは手にした槍を地に突き刺すと、その勢いのままに跳び上がり、立ちはだかる山喰いの巨体を貫く。
「ボクが食い止めるから、行って！」
　尚も攻撃を掛ける、エトヴァ。立ちはだかる山食いは未だ倒れず。
「早く！　早く、退けっ！！」
「分かった、急ごうぜ、ドクター」
　ローレンの怒号が飛ぶ。動かないリュセフィーを背負った万が応じ、カテリーナを背負った陽治は顔を向けることも出来ないままに鍔迫り合う、山喰いとローレンの脇を駆け抜ける。
　この後、ミッション攻撃にやって来た有志のケルベロスと会えるまでには、さらに時間を要した。その間新たな敵に遭遇しなかったことは僥倖であった。

作者：ほむらもやし	重傷：リュセフィー・オルソン（オラトリオのウィッチドクター・e08996） カテリーナ・ニクソン（忍んでない暴風忍者・e37272）  死亡：なし 暴走：ローレン・ローヴェンドランテ（影夢・e14818）
種類： 公開：2018年2月16日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 7／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
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