なまおと!

作者:猫目みなも

 繁華街の外れの外れ、今はもう潰れて営業していないライブハウス。
 そのステージ上に、極彩色のビルシャナが立っていた。電源の入らないマイクを手に取って、彼は客席に立つ八人の男女に呼びかける。
「音楽と言えば――!?」
「生演奏!!!!」
 拳を突き上げて叫ぶ男女の目は、ビルシャナを異質なものとは認識していない。既にその教義に感化され、信者と化しているためだ。
 そんな彼らへ満足げにひとつ頷き、ビルシャナは再び嘴を開く。
「そうとも、特にロックの生演奏こそ至高の音楽! 圧倒的なボリューム! 腹にズンズン来るビートとドラム! 耳まで直に届くシャウト!! 何より生演奏は、編集とか修正とかそういう小細工がされていない純粋な存在!! 故に録音などは真の音楽に非ず!! 生ロック、最アンド高!!!」
 絶叫気味の主張が、廃ライブハウスに響き渡る。八人の信者たちは、それを拍手喝采で讃えるのだった。

「とりあえず、生演奏しか音楽がない世界は嫌だな。少なくとも、おれは」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)が予知したそんなビルシャナの話を聞いて、新藤・ハヤト(シャドウエルフの降魔拳士・en0256)は開口一番そう言った。その手の中にある携帯音楽プレーヤーは、幾分古いモデルの割には傷も汚れも目立たない。
「生で聴く音楽は確かに胸に響くものですけど、録音された音楽にもいいところはありますものね。……という訳で、皆さんにはこのビルシャナの撃破をお願いします」
 曰く、このビルシャナはかつて別のビルシャナの信者だったものが、新たに『悟り』を開いてビルシャナ化した元人間だという。これを放置すれば、いずれ彼と同じような形でビルシャナとなってしまう人は増える一方だろう。
「ですが、ビルシャナの主張を覆すようなインパクトのある説得を行うことができれば、今ビルシャナに付き従っている人たちの配下化は阻止できます。戦闘に巻き込んでしまわないように、という点でも、できる限り説得してあげられるとよさそうですね」
 生演奏にはない、録音や配信という形で提供される音楽のいいところを叩きつけられれば効果的だろうと付け足して、イマジネイターは敵戦力の説明に入る。
「プレッシャーを与える閃光、催眠をもたらす経文、そして傷と異常を癒す光。この三つを駆使して、ビルシャナは戦うようです」
 ライブハウスの照明を思わせる閃光も、シャウトじみた発声で唱えられる経文も、ともに距離を選ばず複数の相手を巻き込んでくる。状態異常への対策があれば戦いを有利に進めやすいだろう。
「そして、信者となっているのは若い男女八人。とにかくロックバンドのライブに参加するのが好きな人、大きな音が近くで響くのが気持ちいいと感じている人、生演奏を聴くためにならどこへでも出かけられる人、嘘やごまかしが許せないために『編集された音源』も許せないと思い込んでいる人……ビルシャナに賛同している理由は、それぞれのようです」
 こちらも、それぞれの好みや元々の主張に合わせて説得を行えればより有効となるだろう。そうも、イマジネイターは告げた。
「ビルシャナとなってしまった人は救えませんが、彼のような人を増やさないためにできることはあります。皆さん、どうかビルシャナを倒し、被害の連鎖を止めてください」


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
月海・汐音(紅心サクシード・e01276)
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)
伊庭・晶(ボーイズハート・e19079)
レイチェル・アーヴァンベルグ(あなたのために鐘を鳴らす・e19960)
カンナ・プティブラン(男装妖剣士・e46592)

■リプレイ

●開演
 廃ライブハウスの客席へと続く通路は狭く、薄暗い。その幅ギリギリの台車に積み込んだ『それ』に何かを頼むように一度手を触れて、結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)は小さく呟く。
「……行きましょう」
 微かに震えているようにも聞こえたその声に頷いた伊庭・晶(ボーイズハート・e19079)が、呆れたふうに眉根を寄せて最後の扉を軽く睨んだ。
「こういうメンドクサイのいるよな。こういう自称ホンモノ志向のマニア連中の方が、かえって業界の邪魔になってる気がするんだが……」
「生演奏も良いけど、それだけじゃ良くないってことを教えてあげないとね」
 青い瞳を煌かせるレイチェル・アーヴァンベルグ(あなたのために鐘を鳴らす・e19960)の続けた言葉が、これからケルベロスたちの成すべきことをはっきりと言いまとめていた。仲間たちとひとつ頷き合って、彼女はボロボロのポスターやシールに覆われた扉に手をかけ――そして。
「うわっ!?」
「な、何だ!?」
 ビルシャナの説法に聴き入っていた信者たちが、耳を塞いで振り返る。無理もない。何せ扉が開くと同時に突入したレオナルドの台車の上では、巨大アンプを繋がれたレコードプレーヤーが爆音のロックを流し始めていたのだから。
(「こういうのは言葉じゃなくて音楽で語った方が良いからね」)
 この後タイミングをみて流そうと考えて持ってきたCDケースの束をしっかりと握り締めて、カンナ・プティブラン(男装妖剣士・e46592)がまっすぐにステージ上のビルシャナを、そして彼の信者たちを見つめた。未だ白黒している彼らの目は、確かにこちらへ向けられている。
(「ビリビリ来るわね」)
 すぐ近くにいた新藤・ハヤト(シャドウエルフの降魔拳士・en0256)に囁きつつ、鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)は自分の耳にかかる髪に指先で触れる。心臓が高鳴る感覚、パフォーマーと観客がひとつになる感覚。そんな生演奏の魅力は充分に認め、愛しつつも、それだけではないだろうと彼女は思う。
 なおもがんがんと鳴り響くレコードの音声の中、レオナルドが声を張り上げる。防具の力も借りて信者に届けと放たれるその言葉は、果たして届くのか――その結果や、いかに。
「どうでしょうか、これこそは編集無しの『生の音源』をそのままレコードに落とした嘘偽りの無い本物の音楽です! 本物に拘るからこそ、自分の奏でられる最高の音をレコードに込めた魂のロックです!」
「――!」
 大音響の中、ビルシャナが何事か叫ぶのが見えた。流れるロックのあまりの音量に掻き消され、細かいところはよく分からなかったが、『粗製乱造されたレコード盤に価値などない』というような内容のようにも聞こえた。気がした。
 白獅子の手がすっと機械のスイッチをひねり、音楽のボリュームを落とすのに合わせて、日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)が一歩進み出る。巨大アンプとビルシャナが片足を乗せているスピーカーを交互に見つつ、彼は心に浮かんだ突っ込みを淡々と口にした。
「ロックでも電子楽器を使っている場合はあるだろう。そういうのは突き詰めれば電子音だし、生演奏でもアンプやスピーカーを介してある程度は調整しているだろうに……」
「……あ」
 その言葉に、信者の一人がぽかんと口を開ける。そう。小細工のない生演奏、と彼らは言っていたという。だが、たとえ演奏は生であっても、アンプやエフェクターを介して『細工』を施した音楽というのはとても多い。ロックの華、ギターなどはまさにその代表例だ。
 それに。
「編集や修正は誤魔化しじゃなくて、より良い音楽にしたいっていう歌手側の誠意だって思うな!」
 おためごかしを、と叫びかけたビルシャナを遮って、レイチェルが笑う。毒気を抜かれたように、二人の若者が顔を見合わせた。
「確かに……ディストーションの入ってないギターとか、物足りないよな」
「俺の追っかけてるバンドも、機材とかすごいこだわるって言ってたわ……」
 細工、修正、いいじゃないか。晴れ晴れとした表情で頷き合って、彼らはもう一人の派手な男――最も間近で爆音ロックを叩きつけられた為か、幸せそうな顔でひっくり返ったまま動かない――を引きずってライブハウスを後にする。
「そもそも何故生音が聞けるのか知っているか」
 未だビルシャナを取り囲むように立つ五人の男女に向き直り、ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)がそう切り出す。
「それは勿論、熱いライブのおかげで……」
「ああ、そうだ。そしてその為の会場を押さえるのにはな。どういう音楽をやっているかまず知らせないといけない」
 そして、そのためには何が必要か? ――答えは、そう。
「……音源?」
 呟いて首を傾げた少女に、ルビークは大きく頷いてみせた。
「つまり、録音がなければ……?」
「あなたたちの好きな生音も聴けない」
「……!」
 それは嫌、と目を見開いて叫ぶ彼女にもう一度深く深く頷きつつ、それに、とルビークは更に続ける。
「生音やライブは俺も大好きだ。だが、試験や仕事移動費諸々の都合どうしても行けない時は?」
「何を投げ打ってでもライブに行く!!」
「考えろ! 行くのは無理だ! 録音は何時でもあなたの傍に!」
 一人の青年から元気よく迷いなく返された答えを一刀両断して、彼はぐっと拳を固める。そのまま神妙な表情で録音機器があることの素晴らしさをつらつらと説き始めるルビークに、この少女と青年は任せてよさそうだ。うんうんと外套のフードを揺らして、月海・汐音(紅心サクシード・e01276)はまた別の信者に視線を向ける。
「私は生演奏だけの世界なんて嫌よ。カフェで生演奏されていたら落ち着かないもの」
 特に、彼らが最も喜ぶような類の生演奏は。時には人を昂らせ、時には人を癒すのが音楽ならば、そのあり方が一つだけというのはいただけないのではないだろうか。そんな風に、汐音は思う。
 まだ納得いかない様子の信者たちを見て、纏もふわりとそこへ言葉を添える。
「例えば、だけど。あなた達の初めての歌は、或いは触れた音は、どんなものだったかしら」
 母の子守唄。友達と歌った童謡。そうした音楽を果たして今ここで鮮明に思い出せるかと、彼女は続けて。
「一日、一日限りの音楽だけでずぅっと人は生きていけるのかなぁ。懐かしみたい時、頼りになるのが記録媒体ではなくて?」

●繋がれるもの
「そうだよ。それにね」
 レコードの音楽が止んだのも見計らって、カンナがCDラジカセのスイッチを入れる。はっきりとした音量と音質でそこから流れ出したのは――かつて世界中を熱狂させた、そして今は亡き伝説のロックミュージシャンの歌声だ。
「この人達の演奏はもう二度と生で聞く事は出来ないんだ。こんな素晴らしい曲が二度と誰も聞けなくなるなんて勿体ないと思わない?」
「……それは」
 まだ十五そこそこに見える少年が、言葉に詰まる。恐らくは、彼もまたそのミュージシャンに憧れたことがあったのだろう。けれど、彼が生まれた頃には、かのスターはもう。
「想いを叩きつけるようなこの人達の演奏は、生の演奏じゃなくても心を揺さぶられる位素晴らしい物だよね?」
 カンナの続けた言葉に、少年は無言で頷きを返した。きっと、彼の心を最初に揺さぶったものもそうだったのだろう。踵を返して駆け出す彼の背をちらと見た残りふたりの信者に、晶が何気ない調子で語りかける。
「なあ、あんたら、昔ゲームとかやんなかったか?」
 そう言って軽く口ずさんでみせるのは、ゲームが好きな人間なら、いや、ゲームを普段遊ばない人間でも、一度はどこかで聞いたことがあるような有名なゲーム音楽のワンフレーズ。それは少ない音源をフルに活用して生み出された、チープでも耳に残る音楽だ。
「ああいうのって、オリジナルが楽器演奏じゃなくて電子音なわけだけど、それもダメなのかね? 後付けのオーケストラ版の方が偉いのか?」
「それに、テレビ番組でも映画でも良いけど、心に残っている場面というのはあるだろう。そこには映像に合わせた相応しいBGMが流れていた筈だが、あれを全て生演奏でやろうなんてのは無理だ」
 蒼眞も言うように、そうした音楽には場面との僅かなズレや乖離も許されない。故に編集や修正が不可欠なのだと告げられれば、信者たちは押し黙った。
「生音だってエフェクト使ってたりもするというのは、先ほどあなたたちも聞いた通りだろう! 録音にもワンテイクものもあるし、そもそもそれはごまかしじゃない。 録音は音楽家のその時の傑作の証!」
 先のふたりを避難させ終えたルビークも合流し、仲間たちの説得を力強く援護する。録音の配信さえあれば、ライブで新曲や昔の曲に出会ったときも迷わず悩まず盛り上がれるというその後の説得もまた、ライブ派の彼らの胸には深く刺さったように見えた。
 あと一押し。そう見て取って、晶はとどめの言葉を口にする。
「使う道具が何であれ、音楽に貴賤はないだろ。大事なのは、それを使って何を表現するかじゃねーのか?」
 電流が走ったように、空気がびりりと揺れる気配がした。はっとした表情の信者ふたりに、レイチェルが片手で客席の出口を示してみせる。そちらへ視線を向け、次に今の今まで従っていたビルシャナを見、最後にもう一度レイチェルに目をやったふたりに、汐音もまた、後押しするように頷いてみせる。
 ――そして、この場に残る『相手』はただビルシャナただ一体となった。

●協演
 誰を巻き込む危険も心配もないとあって、ケルベロスたちの攻勢はいっそう鮮やかに進んだ。陽炎纏う白刃が、呪いに染まった双刃が、目に痛い色の羽毛を散らす。ありったけのグラビティ・チェインを込められた『銀の腕』の一撃に続き、終焉に終焉もたらす冒険者の力がビルシャナの終焉への道筋を引く。
「前に出るのも良いけど、気を付けなさい」
 待っていたとばかりに敵の眼前へまっすぐ突っ込んでいく背中にそう声をかけつつ、汐音がブラックスライムを放ってビルシャナの足を呑む。笑って頷き、けれど振り返りはしないまま、レイチェルは踊るように床を蹴った。とん、と小さな身体が舞い上がり――そして、強烈な蹴撃をビルシャナの横面に叩き込む!
 表情の読めない鳥顔が、それでも大きく歪むのが見えた。予想通り、脅威と警戒しすぎる必要もなさそうだ。それでも敵の催眠には踊らされまいと、晶はちらつく分身を纏って次の動きに備える。その脇を、緑の風が吹き抜けた。
「いくよ、笹丸友成」
 呟くように妖刀へと語りかけ、カンナがその刃を抜き放つ。描かれた美しい弧月の軌跡そのままに、血潮がライブハウスの宙を舞った。
 信者を全て奪われ、その上そのように攻め立てられたビルシャナが黙っていようはずもない。怒りの声とともに激しい光が後衛を狙い、その目を眩ませようとするが、痛いほどのその輝きは三人のディフェンダーに遮られて本来の目標には届かない。
「ッ」
 それでも金の瞳を押さえてよろめいた少年を、レオナルドが心配げにちらと見やる。大丈夫だ、と強がるように返された言葉に僅か一瞬考えるような素振りを見せた後、彼は指先で軽く胸元に触れた。
「型にはまらないことこそロックの神髄。自由さを失ったその考えこそ、ロックじゃ無いな!」
 声に呼応して蒼炎が膨れ上がり、弾ける。地獄宿せし一撃の残響も消えないうちに、銀色の紋章が戦場に煌いた。ジャケットを翻して飛び込んだ蒼眞が、狙い澄まして敵の急所へと斬霊刀を突き立てる。冷気すら宿したその一撃に、ビルシャナの喉から掠れた声が零れた。
 静かに呼吸を静め、『その時』を待ちながら、纏もまた刃を振るう。さながら演奏が進むごとに熱く温まっていくライブハウスの空気のように、機は確かに満ちていこうとしている。
 気を高め、ビルシャナの光の影響を打ち払うルビークの背に守られながら、汐音がレイチェルへと視線を向ける。全く同じタイミングで振り向いた笑顔が、それだけで理解したとばかりに輝いた。微かに頷いて、汐音はほっそりとした手を眼前に伸ばす。
「担い手よ此処へ……未来を紡ぐ、輝きの剣!」
 赤く翳る瞳が、希望の如き黄金を映す。彼女が一振りの長剣を閃かせると同時に、レイチェルもまた、動いていた。
「二撃必倒! ガンガン行くよー! ゼロッ! ドラァァァァイブ!!」
 重い一打目が敵の体勢を大きく崩し、そこへ貫くようにもう一撃。魔力も含んで打ち込まれた重い衝撃に、ビルシャナが呻く。
「なあ、むしろあんたは音楽好きなのか? 『違いが分かる意識高い自分」が好きなんじゃねーの?」
 問いつつ、けれど答えは待たず、晶はビルシャナの胸倉に手を伸ばす。ふさふさした羽毛を強引に掴み寄せ――そして、渾身の頭突きを見舞う!
 晶自身の眼前にも白い星が舞って見えたが、それは敵とて同じこと。前衛の仲間たちへとヒールを惜しみなく贈りながら、カンナも確かな好機がこちらに生まれようとしていることを見て取っていた。
 自然、ケルベロスたちはさらに勢いづいて攻撃を重ねていく。煌く刃が、音速の拳が、或いは武器に宿された深い闇が、着実にビルシャナの体力を削り取り、奪い取っていく。清めの光では最早塞ぎ切れない。ならばせめて一人でも多くのケルベロスを道連れにとばかりに叫ばれた経文の呪いは、爽やかに駆け抜ける希望の歌に打ち払われた。
 とん、と軽やかな足音。それを聞いた蒼眞が、その意を得たとばかりに半歩だけ下がる。開いた道に飛び込んだのは、足音の主――纏。引いた拳に魔力の波を纏わせて、彼女は甘やかにビルシャナへと告げる。
「――あなたの、最後の声音、とくと生で聴かせて頂戴」
 触れた肌から、波が走る。練り上げられた『火』がその流れを伝い、収束し――そして、最後の合図一つで爆ぜ散った。

作者:猫目みなも 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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