バレンタインには和菓子を!

作者:七尾マサムネ

 ずいぶんと前に住職を失い、廃れた寺に、ビルシャナとその信者たちの姿があった。
「バレンタインにはチョコでなく和菓子を贈りましょう」
 和服に身を包んだビルシャナが、物腰柔らかく言った。
 その前で正座する信者たちの前には、団子やようかん……様々な和菓子が並んでいる。
「郷に入っては郷に従えと言います。ならばバレンタインという文化もそれに合わせて変化すべきです。ゆえにチョコは廃止。和菓子こそ親愛の情を伝えるのにふさわしい」
 そして、ビルシャナはつまようじを手に取った。信者たちもそれにならう。
「では実食」
 ぱくり。
 皆で頬張った和菓子は、確かに美味しかった。このままでは、ビルシャナの思うつぼである……!

 月・いろこ(ジグ・e39729)が任務の途中で得たのは、バレンタインチョコ廃止、日本は和菓子だと主張するビルシャナの情報だった。
 そしてこのたび、イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)がその出現の予知に成功したという。
「このままでは、信者たちが配下となり、やがては新しいビルシャナが誕生してしまうかもしれません。信者たちの目を覚まさせ、ビルシャナの勢力拡大を阻止してください」
「そのためには、私たちの説得が必要なんだよな。インパクトのある説得……やってやろうじゃんか」
 いろこが、自信ありげな笑みをのぞかせた。
 寂れた寺の奥に、ビルシャナとその信者たちがいる。
 信者の数は8名。
「用意された和菓子の美味しさにひかれてのことでしょうか。みなさん、それなりに教義を受け入れている様子ですから、しっかりとした説得が必要となるでしょう」
 念を押すイマジネイター。相手が食べ物で信者を釣ろうというのなら、こちらもそれなりの対応をしてみるのもいいかもしれない。
 ビルシャナが得意とするのは、経文による攻撃。それを聞いたものに美しく美味しい和菓子の幻影を見せ、催眠状態に陥らせるのだ。
 他にも、チョコなど一瞬で溶かすだろう閃光や、和菓子が食べたくなる鐘の音でケルベロスたちを翻弄する。なお、ポジションはジャマーである。
「バレンタインとは不思議な風習ですね。時代や国によっても内容が変わっていく……その柔軟さも、こうしたイベントの魅力なのかもしれません」
 1つに決めつけてしまうのはもったいないと思います、とイマジネイターは言うのだった。


参加者
日生・遥彼(日より生まれ出で遥か彼方まで・e03843)
熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)
セレネテアル・アノン(綿毛のような柔らか拳士・e12642)
フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)
仁王塚・手毬(竜宮神楽・e30216)
鬼灯・こよみ(カガチの裔・e39618)
妙篷煉・鳳月(うつろわざるもの・e44285)
アメリー・ノイアルベール(本家からの使い・e45765)

■リプレイ

●和菓子主義者の巣窟
「バレンタイン業界は大変だよねー、近年はハロウィンにシェアを奪われて。自分的には商戦は如何でもいいけど、美味しいチョコを手軽に楽しめるのは有り難いね」
 入り口に『チョコ禁制』という看板が掲げられた寺の前。熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)が、正直な想いをつぶやいた。
(「和菓子は私も大好きですけど、チョコレートを贈る、という華やかさも好きなんですよね。『これしかない』という視野狭窄は、もったいないって思っちゃいます」)
 それを信者たちに伝えるために。意を決し、鬼灯・こよみ(カガチの裔・e39618)が、境内へと立ち入め。
 そしてフィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)が説法会場に入ると、中は一種の試食会場になっていた。
「お邪魔しまーす……おや、和菓子ですか、風流ですね。上品で繊細で、大切な日本文化の一つだと思います……思うんですけどね」
「入信希望者ですか?」
 やってきたフィオたちケルベロスを見て、ビルシャナが和菓子をすすめた。
「では、この和菓子をお食べなさい。ただし、和菓子以外の菓子……特にチョコを永劫捨てなさい。チョコを」
(「何か、バレンタインのチョコに嫌な想い出でもあったのかしら?」)
 チョコを集中的に目の敵にするビルシャナに、日生・遥彼(日より生まれ出で遥か彼方まで・e03843)は、ふと思った。
「甘い、甘いぞ信者諸君!」
 何かに憑かれたように和菓子の摂取に勤しんでいた信者たちを、妙篷煉・鳳月(うつろわざるもの・e44285)が叱咤した。
「時は常に流れて動いているのだ、私はケルベロスになってそれを知ったぞ。和菓子が美味しいのは認めよう! 私もたまに作るからな。だからと言って、誰彼構わず押し付けるのは如何なものか……」
 これを見るがよい、と鳳月があるものを取り出した。
「和菓子スイーツと呼ばれる、バレンタイン用の和菓子とチョコレートのコラボ商品である。其方たちも見たことはあろう?」
 和菓子の匠が手掛けたチョコが用いられただけあって、もう見た目からして美味である。
 ファーストアタックが強い。だが、信者のプライドやビルシャナへの信望が、チョコに伸びそうになる手をためらわせる。
 しかし、ケルベロスの説得は、1つで完結するものにあらず。
「ふむ。どれも美味そうじゃな。良ければ儂のもどうかの」
 ビルシャナが用意した和菓子を眺めた仁王塚・手毬(竜宮神楽・e30216)が、持参した大福を信者たちに勧めてみる。
 なんだ、和菓子なら……と、それを口にした信者たちの目が、かっ、と見開かれた。
「こ、これはっ!」
 大福の中には、あんこではなくチョコが入っていたのだ。
「うまいもんじゃろ?」
 手毬は、ちゃっかり和菓子を1ついただきつつ。
「んむ、うまい。……儂はお山の生まれでの、最近まで和菓子以外の菓子を知らなんだが。街に出て、美味い物は美味いと知った。それではいかんのか?」
 手毬の問いに、信者たちはチョコ大福を見つめた。口に残るチョコの味を噛みしめながら。
「日本のバレンタインデーはチョコレートを贈る……『そういう行事』なのだと聞きました。多くの方が『チョコレートがもらえる』ことを期待しているでしょう。その気持ちに応えるのも思いやりではないでしょうか」
 そう言ってアメリー・ノイアルベール(本家からの使い・e45765)も、まんじゅうを差し出す。
「もちろん、何を贈るかよりも、気持ちが第一です。でもビルシャナの主張は自分本位で、相手のことを考えているわけではありません。何よりも、和菓子とチョコレートは両立しうるものです」
 まんじゅうを割って見せるアメリー。中には、これまたチョコ。
「これも立派な和菓子です。和菓子もチョコレートも美味しいのですから、仲良くしてほしいです」
「うう、不覚にも美味しいと思ってしまったわ」
 和洋コラボ……しかもチョコ入りの三連続攻撃に、早くも信者たちから脱落者が出る。
 しかし、頑なにビルシャナの教えを守ろうとする者も少なくない。
「皆さんが和菓子を好きな事は分かりますが、それならなおの事、バレンタインに和菓子を渡しちゃうというのは勿体なくないでしょうか~?」
 セレネテアル・アノン(綿毛のような柔らか拳士・e12642)の発言に、首を傾げる信者たち。
「つまりですね。普段から和菓子を好きと言っている人が、バレンタインの時はあえてチョコを渡してくる……そうすれば相手は、普段とは違う特別な何かを感じる訳ですっ」
 バレンタインで大事なのは『お菓子の美味しさ』ではなく『普段は伝えられない想い』なのだと、セレネテアルは力説した。

●お誘いの言葉は甘く
 屈しそうになる信者たちを、ビルシャナが一喝した。
「心を強く持つのです。チョコという煩悩に囚われているようでは、バレンタインに心のこもった贈り物などできるはずもありません」
(「ううむ、阿頼耶識に至った私にとってもビルシャナは、なんというか……」)
 無茶を説くビルシャナを見て、鳳月の胸中は複雑なようだ。
 強情だねー、とまりるは、信者にチョコレートようかんにかぶりつく様子を見せ付けながら、
「美味しいものと美味しいものが融合すれば、更に美味しいよねー。この美味しさの前にはそちらさん方の主張ってチッポケなものじゃない」
 そして、まさに美味と美味の融和したお菓子を配るアメリーから、お裾分けをもらうセレネテアルたち。どれも美味しい。
 仲間の披露する菓子の数々に、こういうものもあるんじゃなあ、と手毬は感心するばかりである。
「親愛の情を伝えるのに和菓子を贈るってなら、バレンタインとか関係無く、自分自身の意志で贈ればいいじゃない。チョコがー、和菓子がーって言ってる時点で、バレンタインに囚われている証拠だよ!」
「うっ」
 信者の胸に、まりるの言葉が突き刺さる。
「そも、郷に入っては郷に従えっていうなら、バレンタインなんて外来の行事を受け入れること自体がおかしくない?」
「うっ」
 追い打ち。
「それに、バレンタインデーに贈るものとしてチョコレートにこだわるのは日本だけだと聞きます。西欧では必ずしも、チョコレートに限らないのだとか」
 こよみが、信者1人1人の顔を見ながら、語る。
「『郷に入っては』といえば聞こえはいいですけれど、気に入らないやり方を適当な理屈で排除したいようにしか思えません。そうやって、バレンタインという楽しいお祭りの日を台無しにするんですか?」
 こよみの主張に、信者たちはぐうの音も出ない。
「まあ、万人が和菓子好きかと言うと、そう言うわけじゃないですよね」
 普段とは違った丁寧な口調で、フィオは、和菓子派信者たちに喋りかける。
「良いものだと分かっていてもどうしても苦手な人だっているわけです。その人の苦手なものを、贈り物として無理に押し付けるのはただの嫌がらせだと思うんですよ」
 かく言う私も、あんの舌触りがどうしても好きになれなくて……と遠慮がちに告白するフィオ。
「もちろん、チョコ以外贈るなとは言いませんよ。ただ、カテゴリがなんだって気にせずに、相手の好みそうなものを贈って喜んでもらう。それでいいんじゃないですか?」
 それを受けるようにして、信者に遥彼が差し出したのは、菓子ではなかった。2月14日の誕生花でもあるという……春蘭。
「ね、これはチョコでも和菓子でもないけれど……心を込めて贈られた気分は、どんなものかしら。素直な貴方の心を、聞かせて?」
 花言葉である『素直な仕草』にならった素直な笑顔を向けられ、言葉に詰まる信者。
 そして遥彼は、ビルシャナの方を向き、問い詰めた。
「ビルシャナは悟りの化身ではあるけれど……さて、あなたは何を悟ったのかしら? それは果たして、本当に悟りなのかしらね?」

●悟りへの道は苦く、苦しく
「全くうっとうしいさえずりですね」
 ビルシャナが、すっくと立ちあがった。
「バレンタインに贈るべきは愛。そして愛とは一途である事。和菓子一筋ならば、チョコの入りこむ余地がないのは道理。さあ、チョコという煩悩を捨て、和菓子と共に生きるのです」
 だが、ビルシャナの思いが通じる事はなかった。
「和菓子だけはやっぱりつらいよね」
「いいじゃん、チョコでも和菓子でも。この国は割とアバウトなのよ」
 ごちそうさまでした、と次々と部屋を出ていく信者たち。
 こよみの見たところ、ビルシャナの教えに染まった者はいないようだ。
「嘆かわしい……! 悟りへ至る道を妨げるケルベロスには、天罰を下してあげましょう」
 怒りにうち震えるビルシャナの背に、光輪が展開した。
 まばゆい閃光が室内を白く染め、周囲にいたケルベロスたちの体を焼いた。
「痛いでしょう。それこそ罪にまみれた証……おや?」
 あふれるもう一つの輝きに、ビルシャナが目を細めた。鳳月の聖光を浴び、天翼を得たケルベロスたちが反撃に出たのである。
 操る鎖に愛をこめて。遥彼が、ビルシャナの四肢を拘束し、自由を奪った。
 鎖をちぎろうとするビルシャナへ、迫る拳。獣化したまりるの一撃が、鳥人の顎を撃ち、脳を揺らす。
「鳥肉、さばいてあげるよ」
 二刀を、手足のように自在に振るうフィオ。霊体の群れを宿した喰霊刀が、ビルシャナの翼を切り裂く。傷口から霊体による汚染が起こり、その身を蝕む。
 もだえ苦しむビルシャナとは裏腹の典雅さで、手毬が舞う。ビルシャナに傷つけられた者には竜神に奉じる舞いにて魂を賦活し。ビルシャナに隙ありと見れば、己が竜爪にて翼を裂く。
 そして、その舞いに彩りを添えるのは、テレビウムの御芝居様だ。
「無駄な抵抗を。あなたたちも悟りを開くのです」
 ビルシャナの経文による音響攻撃を、味方に重なったアメリーのエクトプラズムが弾く。
 セレネテアルの身のこなしは、タンポポの綿毛のように軽く。ウイングキャットのみるにゃと一緒に翔けると、光輝に包まれた掌を当て、仲間の傷を癒す。
 味方の損耗具合を見極めたこよみが、ビルシャナとの間合いをはかる。タイミングをとらえ、隠していた竜の爪で裂傷を刻んでやる。
 鮮血と羽根が舞い散る中、鳳月が背負う阿頼耶識が、ビルシャナへと光を走らせた。悟りを得たはずのビルシャナが、裁かれるさまを、皆は見た。

●相手の笑顔のために
 室内に響くビルシャナの鐘の音に対し、オーロラがケルベロスたちを包み込んだ。セレネテアルの氣が形成したそれが、ビルシャナの力を打ち払ったのだ。
 即座に、まりるの放ったグラビティが反撃する。着弾ポイントから逃れようとするビルシャナを執拗に追いかけ、これを撃墜した。
 墜落するビルシャナ。日本刀で邪魔な鐘を跳ね除けると、フィオはもう一方の刀で、鮮やかな斬撃を浴びせた。
 続けて、舞いの動作から自然な流れで、手毬の拳が放たれた。その衝撃で、ビルシャナの羽毛が弾け飛ぶ。
 味方の回復を終えたこよみが、攻勢に転じた。シンプルにして究極ともいえる斬撃が、ビルシャナを両断する。
「こ、これがチョコと和菓子の共存を認める者たちの力だというのですか……!」
 ここにいたっては、ビルシャナも自らの劣勢を認めざるをえない。
 鳳月が、掌を胸の前で合わせた。後背から炎が走る。それに全身を焼かれ、もがき苦しむビルシャナの姿は、さながら曼珠沙華のよう。
 アメリーの祈りに従い、その背後から巨大なるサソリの幻が現出した。もたげられた長大な尾が、曼珠沙華……ビルシャナの胸を貫く。
「沢山和菓子を食べて……そろそろお口直しが必要よね? はい、お抹茶よ。あーん」
 遥彼が、ビルシャナの口を強引に開くと、抹茶……混沌なる緑の粘菌を注ぎ込んでいく。
「もごご……」
「ふふ、遠慮しなくてもいいのよ? 私の愛が続く限り、この抹茶はずっと出てくるの……だから――もっと沢山、私の愛で満たされてね?」
 供給過多に耐え兼ね、ビルシャナが散華した。遥彼の愛は、ビルシャナには少々……結構、重かったようだ。
 残されたのは、ビルシャナの和菓子。菓子に罪はない。思わずそれを頬張ったセレネテアルから、笑顔がこぼれた。
「やっぱり和菓子も美味しいです~!」
「美味しいものに貴賤無し、ってね」
 寺内の片付けを終えたまりるが、そう言った。
「贈り物は自分本意ではいけない……肝に命じなければ」
 自身も和菓子を贈ろうとしていたアメリーが、自戒する。
 だが、その気持ちがあれば、ビルシャナのように押し付けるような事にはなるまい。
 大切なのは、贈られた相手の幸せ……なのだ。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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