温泉街に迫る影

作者:零風堂

 宿から外へと足を踏み出せば、硫黄のような独特の香りが漂ってくる。
 幾つもの旅館や土産店、出店の立ち並ぶこの街は、九州地方のとある温泉街だった。
 なるほど浴場も多々あるらしく、道を行く人々の身体からは、湿気を孕んだ湯気がほんのりと上がっているようでもあった。
「ねえパパ、あれ買ってー!」
 家族連れの観光客も多いのか、どこからかそんな声が聞こえてくる。
 大切な人や家族と、のんびり過ごす静かな時間……。
 ささやかではあるかもしれないが、そんな小さな幸せが、この街にはあるようだった。
「へえ、けっこう人がいるじゃねえか。こいつはいい」
 灰色に汚れた鎧を纏った戦士は、唐突に現れたように見えた。
 一瞬、何かの夢か幻かと錯覚するほどに、あっけなく平穏は打ち崩される。
 戦士の振るった斧が、易々と父親の首を断ち、娘に鮮血の雨を浴びせかける。
「……!」
 何が起きたか理解できなかったのか、目を見開く少女を見て、戦士は薄く笑みを浮かべた。
「ああ、悪い。驚かせたな」
 言いながら斧を真っ直ぐに振り下ろし、血に染まった少女の身体を縦に両断する。
「まあ一撃で殺してやったから、勘弁してくれや」
 戦士は血濡れの斧を軽々と振り上げると、温泉街の人々を襲い始めるのだった。

「温泉……、人々が疲れや傷を癒したり、大切な人と静かで穏やかな時間を過ごしたりする、とても良いものだと聞いています」
 リリア・カサブランカ(グロリオサの花嫁・e00241)はそう言って、ヘリオライダーのセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)と共に、集まった一同への話を切り出した。
「ですが、リリアさんの調査をもとに予知を行った結果、九州地方にある温泉街で、エインヘリアルによる事件が起きることがわかりました」
 セリカの言葉に、ケルベロスたちの間にも緊張が走る。
「このエインヘリアルは、過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者らしく、放置すれば多くの人々の命が無残に奪われるばかりか、人々に恐怖と憎悪をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えられます」
 それがエインヘリアルたちの作戦なのだろう。
「けれど、事件が予知できた今なら、わたしたちの手で止められる。……そうでしょう?」
 リリアの言葉にセリカも頷いて、事件の情報を説明し始める。
「事件が起きるのは温泉街の中央辺りの通りで、かなり人通りも多いようです。見通しは良いので戦闘が始まれば新たに近づく人はいないでしょうが、エインヘリアルが現れてすぐの頃は、まだ近くに通行人がいらっしゃるかもしれません」
 何とか怪我をさせずに済ませたいところだとセリカは言う。
「現れるエインヘリアルは1体で、灰色の汚れた鎧を備え、大振りの斧を武器として扱うようです。この斧はルーンアックスらしく、そのグラビティを自在に操りますので注意して下さい」
 それから、と言ってセリカは説明を続けた。
「このエインヘリアルは、どうも撤退するつもりはない様子です。その命が尽きるまで戦うつもりなのか……、かなり凶暴な性格をしているようですね」
 話を聞いていたリリアも、どこか悲しげに青い瞳を下に向けていた。
「アスガルドでも凶悪な犯罪を起こしていたエインヘリアル……。こんな危険な存在を、野放しにしておくわけにはいきません。温泉街の平和を取り戻すためにも、必ず打ち倒して下さい」
 セリカはそう言って、ケルベロスたちを激励するのだった。


参加者
リリア・カサブランカ(グロリオサの花嫁・e00241)
フレナディア・ハピネストリガー(サキュバスのガンスリンガー・e03217)
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)
マリアンネ・ルーデンドルフ(断頭台のジェーンドゥ・e24333)
ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)
シデル・ユーイング(セクハラ撲滅・e31157)
シャイン・セレスティア(光の勇者・e44504)
ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615)

■リプレイ

 横薙ぎに振るわれた斧の一撃は鋭く、容易く男性の首を斬り飛ばしてしまうかと思われた。
「パパ……」
 少女の目の前で、父親が殺されるという悲劇。それが――。
 がきんっ!
 硬く鋭い金属音で、食い止められる。
 飛び込んで来た緋色の刃はマリアンネ・ルーデンドルフ(断頭台のジェーンドゥ・e24333)の『Jane the Ripper』だ。
(「――重い」)
 敵の一撃を止められないと判断し、マリアンネは自分から後ろに飛んでいた。衝撃を散らしながら男性と共にその場に倒れ、身を反らすような形で敵の斬撃を空振りさせる。
「こっちへ!」
 刹那の攻防の最中、ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)が女の子の手を引き、その場から離れさせた。
(「まずは、街のひとたちを!」)
 ルチアナはそこから声を大にして呼びかけ、観光客や商店の店員を避難させ始める。
「何も心配はいりません。私たちにお任せを!」
 ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615)も逃げ惑う人々を落ち着かせるべく、プリンセスに変身して励ましていた。そのまま導くようにして戦場となる場を離れ始める。
 ちらりと視線の端にエインヘリアルと仲間たちを捉えてから、ガートルードは先を急いだ。

「あら、どちらへ? 余所見は命取りで御座いますわ」
 マリアンネは喰霊刀を握る手の痺れを感じながらも、それを感じさせない冷静な口調で話していた。簒奪者の鎌に虚無の力を集め、相手の肩へと突き立てる。
「なんだ? おまえたちが遊んでくれるのか?」
 エインヘリアルは無造作にマリアンネの鎌を掴み、放り投げる。
「!?」
「なら、愉しませろ!」
 ぐらついたマリアンネの身体に斧が叩き込まれ、商店の入り口まで吹っ飛ばされた。ガラスが割れて盛大に飛び散り、温泉饅頭を蒸していた蒸籠が倒れ、蒸気が立ち込める。
「ごきげんよう。貴方のお相手は私達が務めさせて頂きます……♪」
 旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)が入れ替わるように飛び込んで、無数の鎖を敵へと放つ。
「さぁ、この一時の逢瀬、楽しむと致しましょう♪」
 一条、二条と迫り来る鎖を弾き、エインヘリアルは横に跳ぶ。しかし竜華の精神力によって操作された鎖はまだ残っており、その四肢に絡みついていった。
「我ら主の敵に鉄槌を下す者。汝、怒りを放ち、戦場に嵐を起こす脅威になれ」
 リリア・カサブランカ(グロリオサの花嫁・e00241)が誓約を謳い、光を起こす。その輝きは邪悪なる存在を討つための道しるべとなり、仲間たちを祝福していく。
「折角の温泉に殺戮を持ち込むなんて無粋にも程があるわ」
 フレナディア・ハピネストリガー(サキュバスのガンスリンガー・e03217)が、ぶるんっと大振りな得物を振り出した。自慢のガトリングガンに爆炎の魔力を注入し、一切の躊躇なくトリガーを引き絞る!
 炎の弾丸が爆裂し、盛大に赤い華が咲き乱れる。両腕を交差させて耐えていたエインヘリアルは、ひゅうっと息を吐き出した。
「こいつは、派手にやるつもりだな!」
 ニッと笑みを深めるその表情には、狂気の影が潜んでいるように思えた。
「光の勇者として、人々の平和を脅かす邪悪なエインヘリアルは見過ごせません!」
 シャイン・セレスティア(光の勇者・e44504)が剣を構え、朗々と言い放つ。貫く意志を力に変えるかのように、ぐっと地面を踏み締め『気』を纏う。
「この手で退治してあげましょう!」
(「……べ、別に事件が解決したら、のんびり温泉に入りたいなー、とか思ってませんからねっ!」)
 屠竜の構えはそのままに、シャインはちょっとだけ目を逸らして、胸中だけで呟いた。
「業務連絡、承りました」
 シデル・ユーイング(セクハラ撲滅・e31157)は短く言って、携帯電話の通話を切る。
 そして眼鏡を軽く掛け直し、敵を見据えて殺気を纏う。
「随分と汚れた鎧ですね。……ああ失礼。汚れを落とし甲斐が有りそうだと思いまして」
 言いながらも膨らみ続けるシデルの殺気は、近寄り難い雰囲気を孕んで戦場を覆っていった。

「そらよ!」
 大上段から振り下ろされた斧の一撃が、シデルに迫る。
 闘気を纏った手甲で受け、シデルは奥歯を噛みしめた。
「一撃とは申しませんが、キッチリ貴方を濯がせて頂きますので。ご勘弁ください」
 しかし揺らいだ様子など見せず、あくまでも冷徹に、シデルは気を集中させた如意棒で、相手の肩を突き返す。
「誰も倒れさせない!」
 ガートルードが光の盾を生み出して、シデルの傷をカバーする。続いて竜華が突っ込むも、相手の斧が迎撃に向けられていた。
「さぁ、罪人の勇者様。心行くまでこの戦いを踊りましょう♪」
 衝突の直前に竜華は鎖を伸ばし、斧の柄を支点にぐるんと回る。
「炎の華と散りなさい……!」
 半円を描き、鉄塊剣に炎を伸ばす。敵の背中に一撃をぶつけたタイミングで鎖を外し、反動で敵との距離を取った。
 リリアがその間に杖を掲げ、雷光の障壁を展開していく。視界を遮られないように目を細め、その向こうからフレナディアが銃を抜いていた。
「さっさと退治して温泉を楽しみたいわね」
 ウインクでもするかのように軽く言って、フレナディアは弾丸を撃ち放つ。反動で金の髪と紫の衣に包まれた胸を揺らしながらも、素早く次の狙撃ポイントに移動していく。
「こんなにすてきな街で乱暴するようなわるい子は、おしおきよ!」
 ルチアナが駆け戻ってきて、銀の腕で思い切り敵の顔面を殴り付けた!
「っこの……!」
 堪らず相手が斧を向けるが、その軌道が、衝撃と共に逸らされる。
「させません!」
 シャインが獲物を砕かんばかりの勢いでぶん殴っていた。左右からの攻撃に、相手の正面が一瞬だががら空きになる。
「狂える魂に救済の刃を。――在るべき死に還りなさい」
 マリアンネが緋色の刃を突き立てて、その命を啜り始める。苦しみ歪んだ相手の身体から、血と共に刃が引き抜かれた。
「授けられし御業にて。肉を削ぎ。骨を断ち。血を啜りましょう。……さあ。ご照覧あれ」
 そのままマリアンネはひと振りの刃で肉を削ぎ、骨に亀裂を刻み付けていく。噴き上がる血と刃の輝きが美しく感じられるほど、マリアンネは無駄な動きなど無く動き続けた。
「ああ、狂ってるのさ。とっくにな!」
 大量の血を流しながらもエインヘリアルは吼えて、鋭い斬撃を振り下ろす。ずばんとマリアンネの胸が袈裟懸けに薙がれ、赤く染まりながら倒される。
「仲間の援護を……。しっかり務めるわ!」
 リリアが駆け寄り、治癒の魔力を注ぎ込む。止血と同時に損傷部位を確認。重要な血管と神経を縫合し、傷口を塞いた。
「我が最強の必殺技を受けてください! 光の勇者の力よ、我が剣に宿り敵を討ち滅ぼせ!」
 シャインが駆け込み、剣からまばゆい光が溢れ出す! そして繰り出され一撃が、ぽふっと敵の肩を叩いた。
「な、なんで必殺技が効かないんですかー? っていうか、なんか怒らせちゃってますっ!?」
 攻撃はあまりダメージを与えられず、敵がシャインに向かってくる。まあ、注意を引けたのなら結果オーライなのだろう。
「神さまの景色を見せてあげる」
 ルチアナから閃光が放たれ、一瞬敵の動きが止まった。そこにフレナディアも、冷気の光を叩き込んだ。
 ガートルードが指輪から光を伸ばし、剣を生み出す。一撃は斧に阻まれるも、続いたシデルがその隙に懐へと潜り込んだ。
「そろそろ片付けましょう」
 如意棒が振り回され、相手の膝を叩きまくる。
「私の最大の炎で焼き尽くしてさしあげましょう……」
 そこに竜華が、炎を伸ばす。八尾の大蛇の如き鎖が敵に絡み付き、轟々と燃え盛った。
「炎の華に呑まれ、舞い散りなさい……!」
 剣に炎を集中させ、竜華自身も斬りかかる。斬撃と共に解放された炎が華を咲かせ、敵の命を跡形もなく焼き尽くしていくのだった。

「……汗をかいてしまいましたね」
 シデルは眼鏡の縁をツイっと上げてから呟く。
「折角ですから湯を頂いて、流していきますか」
 残業はしないが、業務終了後なら問題ないとばかりにシデルは浴場を探し始めた。
「戦闘も終わったし、お風呂でのんびりしたいわね。露天風呂とかないかしら」
 フレナディアは少し乱れた金髪をかき上げると、手頃な浴場に視線を向ける。年季は入っているが、決してくたびれてはおらず、手入れによって整然とした佇まいを、歴史の重みと共に伝えてくれているようであった。
(「温泉では、あまりみせたくないから……」)
 ガートルードは胸中だけで呟いて、左手の手甲を取り外した。
 ワイルド化したその腕は、ガートルードが絶望の底を歩いた記憶でもある。
「…………こんな手じゃあ」
 湯船に身体を沈めながら、異形の指を眺めて思う。指の狭間からぽたり、と滴が落ちて水面に波紋を広げていた。
 もしもあの時、力を掴み取らなかったら。
 この力を得ずに、全てを捨てて諦めていたら――。
 ひとりきりの個人風呂の中で、ガートルードは灰色の瞳を閉じて、ゆっくりと沈んでいく。
 音も光も無い、静かな、『無』の世界。
 このままずっと、辛い戦いも苦しい想いも、味わうことがない世界――。
「……いけないいけない!」
 ざばっと水音を立てて、ガートルードが立ち上がった。ぽたぽたと滴を落とす桃色の髪が額に張りつき、その表情は見ることが出来ない。
「もう、弱気はみせちゃだめ」
 濡れた髪を手でかき分けて、ガートルードは目を開く。
 ――その奥には、強い意志の光が宿っているようだった。

「……いい景色ですね」
 うっすらと広がる湯けむり越しに、立ち並ぶ山々が見えている。
 緑が深く、人々の営みから遠ざかるように自然は雄大に構えている。眺めているだけでも胸がすっと爽やかになっていくような、そんな風景。
「この美しい景色を、そこに住まう人々を護れたこと」
 マリアンネは浴衣を着たままで、足だけを湯につけていた。それでも身体はじんわりと温まり、胸がぽかぽかしてくる。
「しかとこの胸に刻み込み、明日への糧と致します」
 微かに頬を赤らめながらマリアンネは、安堵と共に穏やかに微笑むのだった。

「本当に綺麗ね。同じ女の子として憧れちゃうわ」
 リリアはシャインの髪を指でちょっとだけ弄び、その艶と張りに息を吐く。
 柔らかくしなやかでありながら、細く流れるような手触り。まるで人形か、お伽話のお姫様のような髪だとリリアはシャインを褒めていた。
「そ、それほどではありませんよっ。……あっ、ちょっとくすぐった……。ひゃうんっ!」
「あら、くすぐったかった? ごめんなさい。でもこのお肌もしっとりしていて、つい撫でたくなっちゃうのよね」
 シャインの反応にクスッと笑みを零しながら、リリアは彼女の背中を洗い流していく。
「もう……、リリアさんだって、とっても白くてきれいな肌じゃないですか」
 口を尖らせながらもシャインは振り返り、今度は彼女がリリアの背を洗い始める。
(「それに、その……」)
 石鹸を泡立てながら、シャインはリリアの方を見ていた。それから自身の方へ、視線を落とす。
(「…………!」)
 比べるまでもない歴然としたその差に、シャインは戦慄していた。
 例え背中の流しっことはいえ、自分が触れてしまうのは恐れ多いのではないかと思える程の、圧倒的な戦力差! しかし待て、待つんだシャイン。豊かな人とふれあえば、その力を吸収……、とまではいかないまでも、何かしらのご利益というか、良い影響があるのではないだろうか? そうだそうに違いない。ならば恐れるな、行けばわかるさ――。
「……ちゃん」
「…………はっ!」
「シャインちゃん、どうかしたの? ぼーっとして。気分でも悪い?」
「い、いえ! それでは洗いますね!」
 慌ててシャインは泡を手に取り、リリアの背に乗せて広げていく。つい考えすぎてしまったと自戒しつつ、彼女を労わるように、優しく洗っていった。
(「それにしても、いったいどうやったら大きくなるんでしょう……」)
 その疑問は遂に、口にすることは出来なかったが……。

「ああ、とてもいい湯加減ね。のんびりできそう……」
「本当にそうですね。疲れも吹き飛びます」
 湯船に身を預けながら、リリアはゆっくりと息を吐き……、その心地よさに身体の力を抜いていく。
「……♪」
 自然体の中で零れ落ちる、音。あまりの気持ちよさに、リリアは自然と歌い始めていた。
 彼女の想いを音色に変えて、自然の恵みに感謝を、人々の平穏に喜びを、この素晴らしい世界に愛を――。
 そんな気持ちが伝わるような、静かな旋律だった。
「す、すごい……」」
 目を輝かせ、シャインが訊ねる。
「……あら、つい歌っちゃったみたいね。恥ずかしいわ」
「とんでもない、すごくお上手でした! どうやったらそんなに歌えるんですか?」
 勢い込んで聞くシャインに、リリアは少し考えて……。
「特別なことなんて、何もないのよ。ただ自然に、心に思ったことを伝えるような気持ちで歌うの」
「心に思ったこと……」
「そうね、誰か大切な人に伝えるように、そう考えてもいいんじゃないかしら? せっかくだからシャインさんも歌いましょう」
「私もですか? 私、妹に歌を歌うの止められてるんです。それで……」
「それじゃあ、少しだけ」
「は、はい……」

 ボエ~♪

「…………」
 歌が終わると、リリアはぶくぶくと沈んでいった。
「ああっ、湯あたりですか!?」
 シャインは慌てて、リリアを救出するのだった。

「良いお湯ですね……」
 竜華には歌は届かなかったらしく、ゆったりと湯に浸かりながら、腕の感触を確かめるように、指を握ったり開いたりしていた。
「勇者様のお相手も楽しめましたし、良い日になりました」
 戦いに打ち勝った感覚を噛み締めるように、あるいはその熱を溶かすかのように、竜華は目を細め、艶やかな視線で天を仰ぐのだった。
「温泉街っていいところね。のどかで賑やかで」
 ルチアナも空を見上げながら、何処へともなく呟く。爽やかな風が吹いて、どこかから人々の談笑が聞こえてくるように感じられた。
「みんなといっしょのお風呂に入れて、とっても良かったし」
 ルチアナの長い髪が、普段の三つ編みとは違いまっすぐになってお湯に浮かんでいる。ゆらゆらと揺れる感覚を味わいながら、ルチアナは身体を湯船に浮かべていた。
 強敵との戦いで身体は傷つき、疲労は根を張ったように全身に蓄積していた。
 そのひとつひとつがゆっくりと解れ、温まりながら溶けていくような……、そんな感覚。
「露天風呂はすごいわ」
 ルチアナの眼が、きらりと光る一番星を視界に捉えた。陽も傾き、空には藍の帳が降り始めている。
 星も鳥も、雲も飛行機も、空は抱えてどーんと構えている。
 その堂々たる懐の深さが、ルチアナにはなんだかとても、心地よいものに思えてならなかった。

作者:零風堂 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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