病魔根絶計画~またスマイルを届けるために

作者:桜井薫

 とある病院の個室にて、時計の針が十二時を指した、その瞬間。
「ああ、昼ピークが……あの子たちだけじゃ、回らない……!」
 ベッドに身体を横たえていた若い女性は、ゼエゼエと息を切らしながら、よろよろと身体を起こそうとして、しかし再び力なく倒れ込む。
「ミユキちゃん、お店のことなら大丈夫だって、店長さんも言ってくれてるから……! だからお願い、今は、休んで……」
 ミユキと呼ばれた女性の母親は泣きそうな顔で娘に語りかけるが、彼女の思い詰めたような表情は変わらない。
「そんなこと言ったって、絶対、人が足りてないのに……私が、休んでなんか……っ!」
 ミユキは苦しそうに咳き込んで、黒い手形のような痣が痛々しい首元に手をやり、絶望的な顔で壁の時計を見つめる。
「ああ、こうしている間にも、お客さんが……私が……私が、行かなきゃ……!」
 苦しい息の中、ミユキはひたすらに、店への心配を口にする。
 病魔のみならず、自身の体力が限界に近づいていることさえ気付かないほどの焦燥感が、彼女の小柄な身体をひどく痛めつけていた。

「押忍! 今回皆に頼みたいんは、病魔の退治じゃ」
 円乗寺・勲(熱いエールのヘリオライダー・en0115)は、まずは気合いを一つ入れ、集まったケルベロスたちに依頼の説明を始める。
「と、言うのものう。病院の医師やウィッチドクターの努力で、『残火病』という病気を根絶する準備が整ったんじゃ」
 今までもケルベロスたちが根絶してきたいくつかの病魔との戦いと同様に、現在、『残火病』の患者たちが大病院に集められ、病魔と戦う準備が進められている、と勲は言う。
「皆には、こん中でも特に強い、『重病患者の病魔』を倒して貰いたか。皆のチームを含めて、重病患者の病魔を一体残らず倒すことができりゃあ、こん病気は根絶され、新しか患者が現れることはなくなるんじゃ」
 一方で、もし病魔に敗北すれば『残火病』は根絶されることなく、今後も新たな患者が現れてしまうことになる。
「一刻を争うデウスエクスとの戦いに比べたら、決して緊急の依頼というわけでは無いじゃが……今まさにこん病気に苦しんじょる患者を救うため、皆の力ば貸してつかあさい、押忍っ!」
 勲はびしっとケルベロスたちに一礼し、続いて今回の敵に対する詳しい説明に移る。

「こん病魔が得意とするんは、断末魔のような悲鳴や、首絞めや、骸骨の嗤いば模したような攻撃じゃ」
 そう言って勲は、ケルベロスたちに資料を回し、それぞれの攻撃についての詳細を確認するよう促す。
「それとのう。こん戦いでは、病魔への『個別耐性』を得られると、病魔から受けるダメージを減らして、戦闘を有利に運ぶことができるんじゃ」
 勲によれば、該当する患者の看病をしたり、話し相手になったり、様々な手段で元気づけることによって、この病魔への個別耐性を得られるという。
「こん『残火病』は、真面目すぎて独りで仕事を抱え込む性分の者が、疲れが限界を超えた時にかかることが多くてのう。今回の患者も、オフィス街のファーストフード店でマネージャーとしてえろう忙しゅうしとって、急に休んだりした仲間の分まで働き詰めの状態が、ずうっと続いとったらしいんじゃ」
 なので、日頃の疲れや仕事への心配を和らげてあげたり、忙しい中でも手軽にできるリフレッシュ方法を伝授するなどして、患者本人が納得して休めるように導くのが良いだろう。
「頑張るんは大事じゃが、頑張り過ぎて倒れたんじゃ元も子もなか。皆ならきっと、良か『頑張り方』を伝えて、病魔を追い払うことができる……そう信じちょるでの」
 押忍! ともう一つ力強いエールを切って、勲は皆を送り出すのだった。


参加者
天矢・恵(武装花屋・e01330)
天矢・和(幸福蒐集家・e01780)
アルト・ヒートヘイズ(写し陽炎の戒焔機人・e29330)
雨後・晴天(本日は晴天なり・e37185)
火縫・千狐(天然っ狐・e40533)
大神・小太郎(血に抗う者・e44605)
サフィ・サフィ(青彩・e45322)
リリィ・ポー(愛に飢えた怪物少女・e45386)

■リプレイ

●カンファレンス
 ケルベロスたちは件の病室に急行し、患者に対して己の身分と目的……病魔『残火病』を倒すべく訪れた旨を伝える。
「菊池ミユキさん。君の病魔『残火病』は、私たちケルベロスが責任を持って退治しよう」
 一同を代表して患者への説明を担ったのは、ウィッチドクターでもある雨後・晴天(本日は晴天なり・e37185)だ。
「はい……どうか、よろしくお願いします!」
「…………」
 患者であるミユキに付き添う母は一も二もなく頷き、すがるような思いでケルベロスたちに病魔との戦いを一任する姿勢だ。
 だが、そんな母とは対象的に、ミユキ本人の表情は、暗い。
「今アンタが考えてること、わかるぜ……店のことが心配なんだろ? 慣れてない奴らに任せるのって、勇気が要るだろうしな」
 アルト・ヒートヘイズ(写し陽炎の戒焔機人・e29330)が少しぶっきらぼうに、しかし根は決して悪い人間ではないことを伺わせる響きを持った声で語りかけると、ミユキはビクッと肩を震わせ、かすかにうなずく。
「ミユキさん。あなたのぉ、責任感はぁ、とっても大事だと思うわぁ……だけどぉ、今のあなたがお店に立っていたらぁ、お客さんはどう思うかしらぁ?」
「……! それは……」
 そんな彼女を否定することなく、かと言ってこのままでは仕事に戻ることはできない事実を示唆しながら、リリィ・ポー(愛に飢えた怪物少女・e45386)もバツ印のついたマスク越しに語りかける。
「皆、君を心配していたよ。君の身体の方が大事だ、と」
 事前にミユキの職場で話を聞いてきた晴天は、同僚たちも皆彼女の回復を望んでいることを伝え、今ミユキがすべきことが何なのか……頑なな患者の心の壁に、治療への道標を刻んでゆく。
「確かに自分がやった方が早いかもしれねぇが、自分という人間は一人だけ。全部をやろうとするとパンクすんだろ? 少しぐらい任せてみてさ、ゆっくり休んでから、後でどうだった? って聞いてみるのも、教え方の一つだと、俺は思うぜ?」
 自らも人に教える身として、自分にも言い聞かせるように、アルトが言葉をつなぐ。
「そうじゃ、焦っても仕方が無いからの。部下を大事にすることも重要じゃし、元気なお主でなければ、逆に皆に心配かけるだけじゃぞ」
 火縫・千狐(天然っ狐・e40533)は極力柔らかい言い回しを心がけながら、『元気なお主』になるためすべきこと、すなわち休むことを勧めるように、温かい麦茶をミユキに差し出した。
「あんま気ぃばっか張ってると疲れ切っちまうぜ? 辛い時は辛いって、悲しい時は悲しいって口にしちゃえよ。姉ちゃんのSOSに気がついてくれる人は絶対居るからよ」
 元気にまっすぐに、大神・小太郎(血に抗う者・e44605)も同調し、心配せずに休んでほしいとミユキに訴える。その瞳は力強く、俺たちが来たんだからどーんと大船に乗ったつもりで任せとけ! とばかりに堂々としていた。
「たくさん、がんばられたのですね。みなさんのおちからになりたくて……サフィは、そのこと自体はとても立派だと、おもいますの。だからこそ、ほどよい癒やしが大事……」
 それでもまだ休むことに罪悪感を捨てきれていない様子のミユキに、サフィ・サフィ(青彩・e45322)は頑張り自体は肯定しつつ、気持ちを癒しに向けてもらおうと、ふわふわの毛並みで彼女に寄り添った。
「甘いものでも食わねぇか、ほっとするぜ」
「華やかなベリーを合わせた香り高い珈琲はどう?」
 天矢・恵(武装花屋・e01330)は真摯に、天矢・和(幸福蒐集家・e01780)はにっこりと優しく微笑んで、差し入れのお菓子と珈琲を差し出す。親子で対照的な雰囲気の中に、望むことは一つ……ミユキが少しでも癒されることだ。
「あ、かわいい……」
 恵が差し出したお菓子は、彼お手製の、熟れたイチゴを添えた甘酸っぱいムース。それも平凡なものではなく、猫をかたどったキュートな桃色のスイーツだった。
 ぷるぷるとした猫の愛らしさにつられるように、思わずミユキは差し入れに手を伸ばした。

●リラクゼーション
「おいしい。こんなお菓子、初めて……」
 ムースをひと口味わい、ミユキがつぶやく。
「……来週から、イチゴのシェーキが始まるんだっけ。それよりずっとおいしい、なんて言ったら、店員失格かなあ……」
 彼女が口にするのは相変わらず仕事のことだったが、その口調からは幾分険しさが取れ、リラックスしたものになってきている。
「店、大変なんだな。俺も花屋兼、喫茶店を経営している。個人経営の店になるのでその気持ち、解るぜ」
(「うん、僕の息子は頑張り屋さんだからねぇ……」)
 ケルベロスでなければむしろ患者側だったかも知れない、他人事とは思えない……と内心思う息子の気持ちを読んだように、和は恵の傍らで柔和な笑顔を浮かべ、彼の言葉を静かに聞いている。
「だがな、たまには任せたほうがいい。乗り切ろうと周りが頑張り成長する。育成も大事だろ」
「そうだ、任せるってのも新人とかに勉強させるって意味では大事だと思うのさ」
 恵の言葉にアルトもうなずいて、プレッシャーにならないように気遣いつつも、『任せる』ことの大切さを説く。千狐も狐耳を揺らしてうなずき、仲間たちの説得に無言の賛意を示していた。
「ああ。君の見てきた、そして育ててきた仲間達は本当に、そこまで心配するほど頼りないのだろうか?」
 そこに言葉を続けたのは、晴天。
 ミユキはハッとしたように顔を上げ、そしてゆっくりと頭を横に振る。
「……! いいえ、それは……ダメなところはいっぱいある子たちだけど、頑張ってくれてるのは、確かです。きっと、今も頑張って、私の留守、支えてくれているはず……」
「……そうだろう。一度ね、深呼吸してみてごらん」
 晴天は、文字通り息が詰まるように苦しい彼女の強張りを解くよう、穏やかな笑みを浮かべた。
「すぅ……はぁ……」
 素直に深呼吸したミユキの表情は、だいぶ落ち着いたものになっていた。
「疲れた時は、可愛い物とかもふもふした物を触るといいらしいぜ。って事で、よっと……!」
 仲間が彼女の心を解した今ならすんなり受け入れられると見て、小太郎はくるりと動物変身も鮮やかに、もふもふした狼の身体でミユキの前に降り立ち、口にくわえたブラシを差し出した。
「小太郎さまだけではなく、よければ、サフィも、なでてみてくださいですの!」
「あ……ありがとう……」
 いきなり現れた子犬サイズの狼に一瞬ぽかんとしたミユキは、小太郎を後押しするように加勢したサフィに意図を察し、遠慮がちに毛並みに手を伸ばす。
「ん……ぬくい……」
 動物を撫でるようなゆったりした時間は、随分久しぶりだったのだろう。小太郎が柔らかな肉球で膝の上に乗ると、ミユキはぼつりとつぶやきながら、少しぎこちなく、しかし幸せそうに手を動かした。片手を小太郎、片手をサフィに置いて撫で続けるうちに、彼女の顔は随分とすっきりしたものになっていた。
「ここに来た時はぁ、そぉんな身体でぇ、いつもと同じようにぃ、笑えると思うのぉ? ……って、思ってたんだけどぉ。その調子ならぁ、大丈夫そうかしらぁ?」
 リリィに応えて、ミユキはにっこりと笑顔を浮かべてうなずいた。まだ身体が辛く満面のスマイルとは行かなくても、普段店で振りまいてる笑顔をうかがわせる、吹っ切った表情だ。
「菊池さん、よかったら今度一緒に出かけない? 折角こんなに可愛く笑う女の子なんだもん。着飾ってお出かけしておいしいもの食べて元気になって、ああ明日も仕事頑張ろうって……オンオフ切り替えてリフレッシュ、大事だと思うよ。これ、治ったら、気晴らしにどうぞ」
 和はふわりと笑って小説や漫画雑誌などの本を差し出し、病魔を叩き出した後のことに彼女の意識を向ける。あえて名乗りはせず、自分の著書である恋愛小説も混ぜておいたのは、彼の茶目っ気というものだろうか。
「大丈夫だ、君の責任感を利用して心を苛む、こんな病など、他の病と同じように、必ず私達が治してみせるよ」
「それを助けると思ってぇ……自分の体をいたわってね」
 晴天とリリィが、力強く請け合う。
「はい……よろしくお願いします!」
 患者本人が納得して、信頼して、病魔と戦うケルベロスたちを送り出す。
 恐ろしい病との戦いは、憂いなく万全の状態で始まろうとしていた。

●オペレーション
 ミユキをすぐに避難させられるようストレッチャーに乗せ、晴天は施術黒衣のまとう力を解放し、病魔を召喚する。
「……クケケ!」
 果たして施術は速やかに効果を表し、ミユキの身体から、嗤う死神のような禍々しい姿が顕現した。
「こんなふうに……いえ、必ず倒して……根治いたしますの!」
(「サフィにとって……この仕事をやり遂げてくださる方は、英雄ですの。今度は、サフィがそうなれれば……とても、とても素敵ですの、がんばりたいですわ!」)
 サフィは目を見張り、現れた病魔を必ず滅ぼすと、決意を新たにする。彼女はかつて、結核の病魔で死にかけていた身だ。今度は自分が救う側になってみせると、サフィは全力でストレッチャーを押し、患者を安全な場所まで避難させる。
「ぬしの相手は、わしらじゃ。この一撃、その身に刻みつけるがよいわ」
 千狐は患者をかばうように病魔の前に割って入り、妖しくきらめく虹をまとう蹴りを勢い良く繰り出した。
「さァ……お前も今日で根絶だ。火の粉一つ残さずに、潔くこの世から消えてくれたまえ」
 患者への穏やかな様子から一変して、晴天は冷静さの中にも病魔という存在に対する憎悪と激情をたたえた辛辣さで、デウスエクスの回復を妨げるウイルスのカプセルを残火病に解き放つ。
「ケケ……!」
 病魔は禍々しく筋張った指先で身体をかすめたカプセルを払い、その手を前に立つ千狐の首に伸ばす。
「……!」
 千狐の首をぎりぎりと締め上げようとした指先は、しかし、勇敢に飛び込んできた翼ある猫・アルトの『アイゼン』が、そのサバトラ模様の身体でがっちりとガードしていた。かばった痛手をその羽ばたきでリカバーしつつ、アイゼンはシャーっと病魔に牙をむいてみせる。
「『戒焔剣:焔讐』、斬り刻めェ!!」
 相棒の頑張りに、主人の闘志も燃え上がる。アルトは炎のオーラを纏った鎧装を揺らして激しく力を凝縮させ、得意な体術を活かして練り上げた焔の刃を、思うさま病魔に叩きつける。高い練度と命中を高める戦術は、強烈な一撃となって死神の衣を切り裂いた。
「通さねぇ」
「もちろんだよ」
 感情の繋がった連携でたたみかけたのは、恵と和だ。和は病魔の禍々しい指先の勢いを削ぐように目にも留まらぬ速射を撃ち出し、恵は手にした竜の力を秘めた大鎚を振るうと見せかけ、フェイント的に掌から竜の幻をかたどった炎を撃ち出した。
「アアァアァァァァアァァ……!!」
 攻め手の猛攻に苦悶の声を上げるかのように、断末魔を模した病魔の叫びが響き渡る。災いそのもののような声は、後衛に陣を敷く多数のケルベロスとサーヴァントたちをまとめて包み、自らの心が生み出すまやかしの敵をまとわりつかせる。
「アハァ、こんなハシタナイ姿ぁ……でもぉ、やめられないのよぉ」
 普段は服装で隠しているワイルドスペースを解き放ち、力を開放したリリィに見えていた幻は、歯止めの効かない『はしたない』自分に溺れる姿だろうか。だが身を苛む幻影にひるむことなく、リリィは砲撃形態に変化させたドラゴニックハンマーから、轟く竜の砲弾を撃ち出す。
「そんな幻など、所詮はまやかしだ、残火病くん」
「おそくなりました、サフィも、みなさまを……!」
 攻撃に巻き込まれたケルベロスの数こそ多かったが、皆、十分に『個別耐性』を得ていたのが幸いし、戦線はしっかりと保たれていた。そんな頼もしい味方たちを力づけるように、晴天とサフィは幻に囚われた後衛たちを、まとめてしっかりと癒してゆく。
「さぁ出番だぜ、月喰ぃ!」
 さらに味方を援護せんと、小太郎はいかにも禍々しい気配を放つ喰霊刀『人喰い刀月喰』に左手の親指を這わせ血を捧げる。銀色の刀身が赤黒く染まり、喰霊刀は今までに捕食した魂のエネルギーを賦活させ、攻撃の構えに移っていた和の『愛し君』を癒し、命中を補った。精度を上げた金縛りはあやまたず病魔に絡みつき、その動きを妨げんとする。
「負けてはおれんのう」
 千狐が言葉通り負けじと呪われた斬撃を放ち、こちらは病魔の魂を啜り上げる。
「……クケ、クケケ!」
 奪われた体力を呪われた嗤う骸骨が回復させるさまは禍々しいが、その勢いは確実に弱まりつつあるのが見て取れた。
「おっしゃー! 俺の中に流れるこの災いを受けてみろ!」
 勢いづいて、小太郎は血にいろどられた刀身を振りかざし、病魔の傷口をジグザグに切り裂いた。仲間たちが今までに与えた状態異常がさらに積み重なり、いっそう戦況はケルベロスたちに傾いているのが明らかだった。
「頑張ってる人に付け込むのも、もう終わりだよ」
「ああ」
 和の生命進化を凍結させる超重量の一撃が、残火病に襲い掛かる。
 そして恵はみなまで言わず、斬華一閃、秘伝の一刀を召喚し、父の一撃に神速の一太刀を重ねる。
「……アァ、……アァァ!!!」
 模したものではない、本当の断末魔が響き渡る。
 それは、死神のごとき病魔が、残火ひとつ残さず消える瞬間だった。

●アフターケアー
 戦いが終わったケルベロスたちを出迎えたのは、首の痣が消え、文字通り憑き物が落ちたミユキの、まだ力は入らなくともさっぱりとした笑顔だった。
「無事で何よりじゃ。また客に笑顔を届けてくれの」
「あなたさまが心配するのと同じくらい、みなさまもあなたさまを心配しておりますの。……ほどほどに、やすんでくださいね」
「……はい!」
 無事を喜ぶ千狐と、元気になるまではゆっくり休むように念を押すサフィに、ミユキは焦りの消えた穏やかな顔で、素直にうなずいた。
「さ、帰って開店準備だ」
「……恵くん、フツーに休んでくれていいんだからね?」
 そんな中、戦いが終わってすぐに仕事に戻ろうとする息子に、和がぼそっとつぶやく。
「何か言ったか。休んだら常連のお客さまに迷惑かけちまうだろ」
 恵の返事はつれないものだったが、ワーカホリックな言葉とはうらはらに、今回の患者から教えられた『無理なく頑張る』心持ちが、確かにその声から感じられる。
(「客の喜ぶ顔が見てぇから店を開ける店員が笑顔になるのは……幸せな店なんだろうな」)
 恵の心に浮かぶのは、自分の店であり、そしてまだ見ぬミユキの店。
 いつもの店から、いつものスマイルが届く。
 何でもないそんな幸せを取り戻したのは、紛れもない彼らの力だった。

作者:桜井薫 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月13日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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