ぜぇぜぇと荒い息が聴こえる。ここは病院の一室。引き締まった体躯をした長身の青年が、苦しそうな瞳で目の前の男を睨みつけていた。
「通して……くれないか、兄さん……」
「ダメだ。お前、自分の状態が分からないのか?」
「分かってないのは兄さんだよ……。すぐにでも、アトリエに向かわなければ、すべてがダメになってしまう……ッ!」
「クラスメイトに頼めばいいだろう! こんな状態なんだ。誰も断りはしないさ!」
「一度きりなんだ……。卒業式にみんなに配られる記念の小型石膏像……。俺じゃなきゃ……俺がやるべきなんだ……! それが、第一高校のダヴィンチと呼ばれた俺の責任なんだ……」
「でもお前、この間はもう嫌だって言ってたじゃないか!」
「ああそうさ兄さん! 俺は怖い! 本当にこの造形で良いのだろうか? 真に美しい、力強い造形とは!? 未来永劫級友の心の励みとなる造形を、俺はこの世に降ろしたい! しかし、あまりに俺は未熟! ジキルたる俺が歩を止めるなと激励し、ハイドたる俺が今すぐ投げ出せと寝台に囁いている!」
青年は狂気を顔に張り付かせ、舞台俳優のように儚げに両の手を振り上げた。
「だが、やるしかない……。ひとたび信頼を……受けたのだ。さあ、通してくれ。この時間すら俺には惜しい……アトリエに行かなけれ……グッ……ググ……ッ」
そのまま青年は歯を食いしばり、泡を吹きながら崩れ落ちた。兄と呼ばれた男が、慌ててその身体を支える。青年の首には、どす黒いアザが、まるでその首を絞め殺そうとせんばかりに、濃く、色濃く刻まれていた。
「このままだと、俺はお前の石膏像とこの先、人生を生きていかなくちゃいけねぇのかよ……。そんなの、嫌だよ……。頼む。ケルベロス……。助けて……ください……」
一縷の願いが、音もなく青年の頬に零れた。
●
静かな口調でアモーレ・ラブクラフト(深遠なる愛のヘリオライダー・en0261)はケルベロスたちの目を見つめた。
「責任感の強い人物を絞めつける黒い痣『残火病』。ようやく根絶する準備が整いました。病院の医師やウィッチドクターの尽力の賜物です。彼らには感謝を。
皆様には今より『重病患者の病魔』を倒して頂くことになります。今回の一斉掃討作戦にて、重病患者の病魔を一体残らず討ち倒す事ができれば、この病気は根絶され、新たな犠牲者が生まれる事も無くなるでしょう」
「ということは、一体でも残っちゃうと……?」
ハニー・ホットミルク(縁の下の食いしん坊・en0253)がアモーレにお茶を差し出しながら心配そうな顔をした。
「敗北すれば病気は根絶されず、今後も『残火病』は新たな犠牲者を生むことでしょう」
ゴクリとハニーはお茶を呑み込んだ。しかし、それを見たアモーレは柔和な表情を作る。
「とはいえ、デウスエクスとの戦いに比べれば難しい戦いではありません。それに、戦いを有利に進めるための方法もあるのです」
「『個別耐性』だったっけ?」
「その通りです。個別耐性を得ると、この病魔から受けるダメージが減少します。個別耐性を得るには、患者を看病したり、慰問したりし、元気づける事が必要となります。成功すれば一時的に加護を得ることができますので、ぜひ彼の心を救ってさしあげてください」
「患者さんのケアも大切、ってことなんだね」
「彼、吉田次郎青年は、有能ゆえか役割を抱え込みすぎるようです。周りもそれを当然と認識してしまっているようですね。このままでは過労死への道を、プルトニウムを燃料にした車で駆け抜けるようなものでしょう」
「それは……時空を飛び越えそうな勢いだね」
「一人で抱え込む生き様を変容するよう、アドバイスを贈れれば良いのですが……。他者の考えを受け入れるには心のエネルギーが必要であり、今の彼にはそれがありません。まずは励まし元気づけることこそ肝要なのかもしれません。また、元気づけた後にアドバイスを贈る場合、彼のような人間は共感や肯定から入ることが有効だと思われます。否定から入っては逆効果でしょう。経験談は受け入れやすいと思われます。また、有用な知識であれば耳を傾ける公算は大きいでしょう。ただ、今の状況でアドバイスを贈ることは諸刃の剣ともいえますので、慰問に留めるか、踏み込むかは、慎重に判断下さい」
アモーレは頷くと、立ち居振る舞いを整え、ケルベロス達に向き直った。その漆黒の瞳は貫くような真摯さを湛えている。
「本件は他のデウスエクス案件と比べ、優先度は低くなっております。しかし、病室で戦う彼の姿は、助けたいと思わせられるものでした。どうか皆さま、彼の苦しみを拭い去り、彼と、彼の家族、友人を救い出してください」
アモーレは真摯な声で、深々とお辞儀をしたのだった。
参加者 | |
---|---|
モモ・ライジング(鎧竜騎兵・e01721) |
デニス・ドレヴァンツ(花護・e26865) |
レスター・ストレイン(終止符の散弾・e28723) |
イーサン・ダグラス(病の克服を望む機械人間・e32688) |
蛭犂・詠巳(記憶の固執・e43382) |
水町・サテラ(サキュバスのブラックウィザード・e44573) |
ステラ・フラグメント(天の光・e44779) |
ベルーカ・バケット(チョコレートの魔術師・e46515) |
●ダヴィンチの問答
部屋に入ると、青年がベッドから立ち上がった。びっしり脂汗を浮かべながらも礼儀正しく腰を折り、そのまま倒れるようにベッドに崩れ落ちる。
この律義さこそ彼の病気の原因なのだろう。多くの役割を託され、命を削りながらすべてをこなそうとしているという。このままでは、近く燃え尽きてしまう。ケルベロスは、それぞれに用意してきた助言を胸に秘めた。
一通りの挨拶が済み、慰問が始まった。
水町・サテラ(サキュバスのブラックウィザード・e44573)の持ってきたお饅頭。モモ・ライジング(鎧竜騎兵・e01721)がポケットから取り出したチョコレート。ハニー・ホットミルク(縁の下の食いしん坊・en0253)が持参したお茶が、病室に湯気と香りを振り撒く。サイドテーブルにはデニス・ドレヴァンツ(花護・e26865)が用意したプリザーブドフラワーが、黄色や橙、元気が出る色合いで心を楽しませている。
饅頭を一つ摘まみ、次郎が屈託なく笑った。
「もちもちした皮に、しっとりとした餡。甘味以上に触覚が脳を刺激してくれますね。素晴らしい」
「それは良かったです。個人的にファンで、よく行くお店のお饅頭なんですよ。甘いものがお好きなんですよね」
「ええ。思考にはブドウ糖が効きますから」
「良いと思います」
サテラは次郎の心をリラックスさせるよう寄り添った。年下の自分が偉そうなことを言えない。そう考える彼女の謙虚さは、その立ち居振る舞いに清廉さを与えている。
「次郎さん。これから皆さんが、あなたに助言をしてくれます。頭の良い貴方が一杯悩んでる間考えた事も言われるかもだけど、今は焦る事なく、落ち着いて聞いてみましょう」
「賢人は歴史に学ぶといいます。人に歴史あり。人の話は他山の石です。ましてケルベロスから戴ける言葉なんて……勿体ないことです」
最初に口を開いたのはベルーカ・バケット(チョコレートの魔術師・e46515)。初陣故の緊張だろうか。モノトーンの服をギュッと掴んでいる。それでも彼女は、努めて温和な口調で、隣人力を駆使しながら語りかけた。
「責任を持つのは尊い。それは、そのとおりだ。しかし、万全の物を仕上げられる状況では、正直言って今の君では難しい、とは思うが? 最終的に残るのは作品。出来の悪い石膏像と共に、君の思い出が残るのは君の本意であるとは思えぬが?」
弱さを見せては患者を不安にさせかねない。ベルーカは堂々と胸を張った。
「極めて同感です。私も無様な創作をしたくありません。この病気を退治してくださる貴女方は、私にとってジーザスのような存在だと言えましょう」
「君の中の「病魔」は退治させていただく!」
次に口を開いたのは、蛭犂・詠巳(記憶の固執・e43382)。中性的な風貌をした小柄の青年は、飄々とした態度で話し始めた。
「ま、ウチも芸術に理解はある。より高みへ、現状に満足でけへんってのも、これで良いのか、違うのでは? という疑念が常付き纏うのもわかる。でもそれを含めて芸術やろ? 先達も苦悩し、もがいてきた筈だ。未熟ってわかってんなら、駄作を生み出す恐怖を受け入れて、時間を捨てる覚悟を決めるしかあるめぇよ」
「おっしゃる通りです」
「それに作り手だけじゃねぇ、受け手も含めて芸術サ。受け手から見ても今の状態じゃア、到底傑作にゃ程遠いってぇのがわかっちまう。一つに絞って極めるか、手広くやってレベルを下げるか、誰かに頼るも良しだ。全部高水準てぇのは無しだぜ無し」
次郎は考えるようにその手をアゴに当てた。そんな次郎の姿を見ながら、詠巳はフッと微笑む。
「あんたの創り出すもんは美しゅうてな、見てたいんよ、まだ。ケルベロスに見せるんやろ? 珠玉の芸術を」
次に、次郎の横に腰を下ろす者がいた。ステラ・フラグメント(天の光・e44779)は仮面をつけた金髪の青年。相棒の黒いウイングキャット『ノッテ』を肩に乗せ、イタヅラっぽく笑う。
「今宵孤独な天才を守るために、怪盗は戦わせて頂きます。今宵盗みだすものは……天才の瞳、なんてな」
芝居がかったステラの仕草に、次郎は楽しそうな目をしている。趣味が合うのだろう。
「仕事に責任を持つことは大事だけど、それで体を壊しても仕方ない、さ。自分にしか出来ない仕事と他人にもできる仕事と分けるられるか? それが出来て、真に仕事の出来る人間なんだと思うよ」
ステラは真っすぐな瞳で次郎を覗き込んだ。こいつは凄いやつだ。それだけに1人で孤独に辛くなるのは……悲しいから。すこしでも自分の言葉が響けばいいと願って。
「誰にも頼らない人間には、みんな心の底からは頼れないんだ。周りの人間が、仕事を頼みづらそうにしてるときは……ないかい? 少し周りの人間にも、目を向けて見てくれたらいいな。
ケルベロスのために劇を作りたいと思ってるって聞いたぜ。そんな君に元気がなければ、周りは元気もらうどころじゃなくなるぞ。そのために、俺らは来たんだ」
次郎は、真剣な眼差しで頷いていた。
「少し疲れたかな? 甘いもの食べて休憩しましょう」
モモ・ライジング(鎧竜騎兵・e01721)は桃色の髪をフワリと揺らし、ポケットからチョコレートを取り出した。次郎は感謝しますと、それを口に含む。
「周囲から信頼されてるって自覚はあるし、夢を成し遂げる精神は素晴らしいよ。
あなた、未熟や本当に良いのだろうかって言ってたけど、自分を信じてる? 自分で決めた回答に胸を張って「これでいいのだ」と言える自信はある? 私達はあなたの病魔を絶対に倒せる自信がある。迷っても良いんだよ。「これでいいのだ」と一言呟けば、気分は楽になるから」
凛とした風を纏いながら、隣人力を駆使してモモが優し気に微笑んだ。
次郎は、『これでいいのだ』、か。と呟くと、考えるように目を閉じた。
暫くして次郎が目を開けると、レスター・ストレイン(終止符の散弾・e28723)が気さくな空気で口を開いた。
「キミはダヴィンチと呼ばれてるそうだね。知ってるかい? レオナルド・ダ・ヴィンチは確かに偉大な芸術家だ。けれども彼一人で天才になった訳じゃない。
ダヴィンチにはサライという生涯の弟子がいる。天才の最大の理解者にしてよきアドバイザー。彼の言動にインスピレーションを得て描かれた作品も沢山ある。
芸術家に付き物の孤独と孤立は別だ。キミを心配して今もそばにいる兄さん。よき理解者の存在を忘れたら、視野狭窄の作品しか生み出せなくなる。元デウスエクスの俺も、よき理解者に恵まれたからここにいるんだ。
俺が多くの人に出会って、彼らの善意によって生かされているように。同じ旅団で父のように慕ってるデニス。同じ旅団でよき友人のステラ。彼らもまた俺のアドバイザーさ」
レスターは二人を見ると、ニコリと穏やかに目を細めた。
次郎はその様子を見て、優しいような、羨むような瞳で頷いていた。
最後に口を開いたのは、最年長の男、デニス。壮年の落ち着いた空気を纏っている。
「三種の神器とはまたすごい異名だね。君の努力と才能はどれほどのものなのだろう。これからも豊かに育っていくのだろうね」
デニスは父親のような温かみのある口調で笑った。
「……なあ、次郎。頼まれた事を成し遂げたいのもわからぬわけではないが、あまり家族や兄さんを心配させるのはどうかと思うよ。……出来ない時や、動けない時は誰かに――友に、頼ったって良いと私は思うのだけれど」
次郎は目を瞑り、なにかを考えている様だった。
「それとも」
少し間を置き、
「君は頼ることが苦痛だったりするのかな」
次の瞬間、次郎の目が開いた。
「話してくれないか。君の力になりたいんだ」
穏やかに、その目を見つめる。次郎もその目を見つめ返し、微動だにしない。
どれだけ見つめ合っただろうか。次郎が口を開いた。
「頼ることに苦痛はありません。実際私は多くのことを兄に頼っています。愚痴を零すのも、甘えた態度をとってしまうのも、すべて兄を信頼しているが故です」
「では、友には頼れないのかい?」
「頼るという行為は自動販売機に硬貨を入れる行為とよく似ていると思います。期待通りのものが出るならば、必要な時に硬貨を入れます。しかし、間違ったものが出てきたり、なにも出なかったりすると、硬貨を入れることはなくなるでしょう。多くの自販機においてそのような体験をしてしまうと、もう自販機に硬貨を入れるという行為自体に虚無を感じるようになるのです」
「つまり君は、人に頼るということの結果について、失望を感じていたんだね」
「それに……頼らなければ人を傷つけることが減ります」
「傷つける?」
「人は比較が好きです。同じ仕事をすれば、必ず比較が生まれる。必ず相手を傷つける結果になる……」
ふむ。とデニスは息をついた。
「君のお兄さんは有能なのかい?」
「極めて有能だと思います。私という人間を最も理解しているのは兄でしょう。仕事ができるかといえば、そうでもありませんが」
「しかし、君はお兄さんを信頼している」
「そうです」
「つまり、仕事の出来不出来と、君の信頼は、相関していないということではないかな?」
「……」
次郎の瞳が、徐々に見開かれていった。
「そろそろお時間です」
病院のスタッフの声が聴こえ、部屋を移すことになった。移動中、次郎はずっと何かを考えている様だった。
●本心
特別に用意された広めの個室。イーサン・ダグラス(病の克服を望む機械人間・e32688)が病魔の召喚を始めようとしている。
その様子を見るレスターの口から、不意に想いが零れた。
「俺にも弟がいた。螺旋忍軍に身を落とし、宿敵となった弟をこの手で討ったのは去年の出来事。次郎はまだ手遅れじゃない……。同じ想いを彼の兄にさせたくない」
見つめる虚空に映る者はいったい何か。デニスはそんな友に、
「頼りにしているよ」
と肩を揉んだ。
いよいよとなった時、異変が起こった。震えている。次郎が。
「情けない……」
目を伏せる次郎に、デニスは温かく手を添えた。
「いいんだ。強がる必要はない。心の壁は、壊してしまった方がずっと楽だと私は思うよ」
その手の温もりに、次郎の心が決壊した。
「死ねない。死にたくない。まだ、俺はなにも返しちゃいない。母の愛。兄の愛。恩師の愛。多くのものをもらってきた。返したい、俺は。人を幸せにできる人間になれるはずなのに……」
結局、次郎は人が大好きなのだ。過度な責任感も、誰かを悲しませないため。芸術に心血を注ぐのも、多くの人の支えとなりたいがため。
次郎の背中を、優しく撫でる者がいた。優しい目で見守る者がいた。力を込めて拳を握る者がいた。
「今ここにこれだけ仲間が居るんだからきっとなんとかなりますよ」
サテラが微笑んだ。
「この戦い、心に刻んでくれ」
ステラもニカッとウインクする。
「……お願い……します……」
涙の雫が消えぬまま、次郎は意識を失った。
「出るぞ!」
イーサンの声と共に、ケルベロスは臨戦態勢を整える。
戦いが、今始まる。
●死の舞踏
黒衣がはためいた。カラカラカラカラッと乾いた骨の音が響き、落ち窪んだドクロの眼部が、紅蓮のように激しい光を灯した。
大気に仄暗い塵が揺蕩い、ケルベロスたちの身体を冷気が襲った。気温が下がったわけではない。不浄な存在が発するプレッシャーがそうさせたのだ。
「でかい……。これが次郎さんの責任感の大きさなのかな」
巨大な黒衣の死神を前にして、ハニーは次郎の顔を見つめた。同時にチョコが、次郎の身体を病魔から遠ざけるべく羽ばたいていく。
「アアアアアアアアアアアッッッ!!!」
心臓を握り潰すような、悲痛な音波の障壁が前衛の心に刃を突き立てた。
呑み込まれたイーサンが脂汗を浮かべ、虚空を凝視する。
「お前は……」
まるで、そこに何かがいるかのように。
「いけない!」
暫時、足元に魔方陣が浮かび上がり、イーサンの幻影を打ち砕いた。
「手間をかけた」
現へと立ち戻ったイーサンは、態勢を整え攻撃に転じる。柄の赤いロッドが唸りをあげ、稲光が迸った。
同時に戦局は目まぐるしく動いていく。強化の光が飛び交い、連携を促す声が響き渡り、敵の状態を砕く攻撃が波状のように入り乱れていく。
黒衣の病魔は、息を吐き出すように瘴気をブハァと撒き散らした。
「なにか来る!」
モモの緊張した警告。仲間たちの警戒が跳ね上げられる。
それは音も気配もなく降りてきた。天井から滴るように垂れた闇の雫が、空中で力強くリング状に膨れ上がると、サテラの首を捻じ切るように纏わりついた。
「こんな……」
苦しみに顔を歪めるサテラ。しかし異変が起こった。絞めつけが止まったのだ。痣は、急にそれ以上の行動を許されないようにギシギシと動きを制限された。
個別耐性。次郎がケルベロスを想う心の力であり、ケルベロスが次郎を励ました結晶。
「あなたも一緒に戦っているんですね」
サテラが意識を失っている次郎を見やった。
ベルーカも声をあげる。
「次郎。すぐに倒してあなたを元気にしてみせる! もう少しだけ頑張りなさい!」
檄と共に、ベルーカから紅蓮の炎が立ち昇り、病魔の衣に纏わりついた。不思議な力が満ちてくる。これも個別耐性なのか、あるいは――。
「温かそうやね。もっと温めてあげよか」
ベルーカの後ろから炎龍が病魔に喰いついた。人を喰った声と共に、炎が勢いよく巻き上がる。炎の裏で、蛇のような笑みが揺れていた。
戦局が流れる。銃声が鳴り、光が灯り、瘴気が舞う。優勢。ケルベロスは病魔に対し、圧倒的に優勢に戦局を進めていた。
「いくぜ、俺のガジェット!」
音波の壁を飛び越え、影が翻った。ドクロの頭に華麗な蹴りを浴びせ、怪盗の姿は瞬く間に死角へと溶けていく。肩に乗った黒い猫が落とした翼が、鱗粉のように舞い散り、仲間を癒していった。
その横では、モモが地面を転がっていた。デニスを襲う音波の障壁を代わりに受けたのだ。衝撃に弾かれながら、モモは銃を縦横無尽に乱射していく。光が生まれ、硬質な音と共に弾丸は跳ね回り、全ての弾がドクロへと収束し、病魔の身体を揺らした。
「仕上げと行こうか!」
跳弾に踊る病魔の身体を、重い衝撃が貫いた。勢い、病魔の身体が後ろへと跳ね飛ぶ。
「了解」
続けざまに後方から放たれた弾丸が、さらに病魔の身体を跳ね上げた。
レスターが撃ち、デニスが撃ち。二人のガンスリンガーは、曲撃ちでもするかのように敵の身体に銃弾を叩き込んでいった。つり上がった口角に、敵の後ろにいる友への賞賛が浮かびあがる。
そして、病魔の身体が頂点まで撃ち上げられたその時、
『この身に刻みし名の下に集え衛星。雷を纏いて降り注げ!』
サテラの放った雷光が部屋を激しく明滅させた。
無意識に首を撫でる。先ほど、痣に締め付けられた時の恐怖。息苦しさ。次郎はずっとこんな思いを――。サテラは薄嗤う黒衣のドクロを睨みつけ、冷えた心臓を握りしめるように力を限界まで込めていった。
「アアアアアアアアアアアッッッ!!!」
目が眩むような閃光。鼓膜を破らんばかりの断末魔。金切り音。黒の外套が宙に溶け、白の骨が砂塵のように虚空へと失する。最後に耳障りな嗤いが風に飛ばされ、残火病はこの世から泡と消えた。残ったのはただ一つ、静寂のみ。
●all for one
ハッと目を見開いた次郎は、すぐに自分の喉に手を当て、慌ただしく手鏡を握った。
「消えてる……ということは……」
呆けたように虚空を見つめる。その顔からは、涙が線となってポロポロと零れ落ちた。
「ありがとう……本当に、ありがとうございます……」
次郎の目の前には、次郎を救った9人の英雄が笑顔で立っていた。
「兄さんも、済まない。心配をかけたよね」
兄は、弟の頭をゴシゴシ撫でつけることで答えとした。天井を睨む瞳は、大洪水。感極まって声を出せないようだ。
その様子を、過去に弟を失った男が、喜びと哀愁の混ざった瞳で見つめている。
「これでまた、あんたの創り出すもんが見れるわなぁ」
詠巳がクスクスと笑った。
「今度、出来上がった作品を見せていただけますか?」
サテラも嬉しそうに微笑んでいる。
「ええ、是非」
「じゃあ、はい。糖分をしっかり摂らないとね」
モモがポケットからチョコレートをつまみ出した。
「天才の瞳、しっかり盗み出せたみたいだな」
怪盗がうんうんと頷き、肩の上の黒い相棒も満足そうにニャオと鳴く。
「どうだい次郎。頼るというのも、悪くはないものだろう?」
デニスが大人の笑みで、次郎を見やった。
「本当ですね……」
はにかむように笑う次郎。その肩から勢いよく手が生えた。
「私も初陣。仲間に頼らねば、病魔を退治することは出来なかった」
ベルーカだ。すべてが終わり、肩の荷が下りたのだろう。先ほどまでの尊大さは影を潜め、今は弾けんばかりの笑みが浮かんでいた。
「皆さんは行動を以て、私に仲間の素晴らしさを証明してくださいました。私ももう少し、人を信じるように努力しようかと思います」
爽やかな風が流れた。兄がクシャクシャになった顔を、ケルベロス達に向ける。誰の顔にも笑顔が灯っていた。
突出しすぎた才能に呪われた男は、今、ようやくその呪いの沼から、一歩足を踏み出したのだ。
作者:ハッピーエンド |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月13日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
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