ヒーリングバレンタイン2018~レッサーパンダと梅

作者:緒方蛍

 集まった多くのケルベロスたちを前に、御門・レンは一同を見回し、口を開いた。
「これまでの皆様のご活躍により、ミッション地域となっていた複数地域の奪還に成功しました。そこで、取り戻したこの千葉県市川市の復興も兼ねて、バレンタインのチョコレートを作るイベントを開催してみたいと思いますが、いかがでしょうか?」
 この地域は解放したばかりで住人はほぼいないが、ここへの引っ越しを考えている者や周辺に住んでいる者たちが見学に来ることもある。そういった人たちが気軽に参加できるようなイベントにすれば、地域のイメージアップや振興に一役買うに違いない。
「この市川市の特産品は梨です。野菜はニンジン、青梗菜や蕪などがあるようです。南は東京湾に接していますが、埋め立て海岸で港はありません。元々は住宅が多い地域でした。大企業の倉庫も数多く立地した土地です」
 頷くケルベロスに、レンはイベントを開催する場所として定めた場所をさらに教えてくれた。
「今回のイベントは、『市川市動植物園』で行います。ここの動物園には猛獣はいません。レッサーパンダが多くいることで知られていたようですね」
 植物園もあるし、作る会場のメインはそちらになるだろうから、もしかしたら梅を眺めながらのイベントになるかもしれない、と情報を付け足してくれる。
「参加される人々にはかわいい動物たちと触れあい、花々を愛でて頂きながら、多くのチョコレート菓子を作ったりして楽しんで頂きたいのです」
 材料の搬入、会場のヒール、司会進行、子連れを含めた参加者の補助、人手はあって困るものでもない。それに、きっと誰かのためにこっそりとチョコ菓子を作りたいケルベロスもいるだろう。
 会場にいる皆が楽しめればいい。レンはそう言う。
「皆様にはどうかそのためのご助力を頂きたく思います」
 どうかよろしくお願いいたします、とレンはケルベロスたちに一礼した。


■リプレイ


 ここのところの冷え込みは少しマシになり、日向はあたたかさを感じる、晴れた昼下がり。
 街がそわそわと浮き足立ち、誰も彼もがどこか落ち着かない。都会からは少し離れた街・市川市にある動植物園。今日はここで復興支援という名目で、ケルベロスたちがイベントを催し、近隣住民との交流を図ることになっていた。
 折しもバレンタインデー。
 バレンタインと言えばチョコレート。
 市川市動植物園といえばレッサーパンダ。
 そんなわけで、市民や近隣住人へ前もって告知されていたイベントはその日、文化祭のような専用のゲートまで作られ屋台も出店し、さながらお祭りのようだった。
 飾り付けられたゲートの前で、園内をきょろきょろと見ているのはヒメノ・リュミエール(オラトリオのウィッチドクター・e00164)、隣で彼女に優しい視線を注いでいるのはギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)。
「ヒメちゃん、動物や植物が無事で良かったね」
「そうですね、皆無事でよかったです」
 園内は先日までの荒廃、戦闘などなかったかのように綺麗になっていた。ふたりと同じように動物を見に来た人々の表情も、明るさを取り戻しているように見える。
 人々の強さを感じられた。
 たとえ戦時中、動物だけはと避難させ、この場所が廃墟のようになっていても、今は植物たちや建物そのものにその影響が見えるくらいで、動物たちはのんびりと檻の中で暮らしている。
「これからこのあたりにも人が戻ってくるというし……また活気のある場所になったらいいよね」
 ギルボークの言葉にヒメノはこくりと頷いた。
「早く皆さんや動物が安心できるように、頑張ってヒールしますね」
 優しく微笑むヒメノにギルボークが心ときめかせているそばにいたのは深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)とホリィ・カトレー(シャドウロック・e21409)だ。
 レッサーパンダ舎に近付くにつれ、雨音の興奮がヒートアップしていく。そうして正面に見えた檻を前に、彼女の表情がぱあああっと明るくなった。
「レッサーパンダにゃ!」
 すぐさま駆け寄り、檻の前に設けられた柵から身を乗り出して彼ら彼女らにぶんぶんと手を振る。雨音のテンションがハイになっている理由のひとつが、彼女がレッサーパンダのウェアライダーであるということ。だから目の前にいる彼らはある意味で同類だ、と認識しているのかもしれない。
 その隣でにこにこと雨音の様子を見守っているホリィは、勢いよく振り返った雨音に、何故か悲しそうな目を向けられた。
「……どうしたの?」
「檻が……ぼろぼろにゃ……」
 自慢のしっぽまでしょぼくれさせた雨音に言われてよくよくレッサーパンダ舎を見てみれば、明らかにあちこち戦火の名残と思われる傷やヒビ、へこみがあちらこちらにある。
 ホリィは頷いて、あえて明るく微笑んだ。
「じゃあ、ヒールに力入れなきゃねー」
「……! そうにゃ! ヒールするにゃ!」
 ホリィの言葉に元気とやる気を取り戻した雨音。ちょうどそこへヒメノとギルボークもやってきた。
「雨音さん、ホリィさん、こちらにいらっしゃったんですね」
「そっちはどうだったー?」
「サル舎と小獣舎、綺麗になったよ」
「そっかー。じゃあここはみんなで……」
「やるにゃー!」
 気合いとともに雨音が天に突き上げた拳。やる気に溢れた彼女に、3人は微笑んで頷いた。


 一方、こちらは園内でも少し奥まった場所、ミニ鉄道が走ったり遊具がある、ちょっとした広場。
 大きな立て看板に『チョコレート広場』と書かれたそこは、今日はミニ鉄道はお休みで、テントの下に白い布が敷かれた長いテーブルが何列か、整然と並べられている。テーブルのそばには大きな段ボールがいくつもあり、中身はといえばカセットコンロやボウル、シリコン型など様々な調理器具だ。
「っ、と……」
 右手に持ったシリコン型、左手に持ったシリコン型を見比べているのは四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)。その隣で製菓用チョコレートの塊を各席へと置いていっているのはパティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)だ。
「ん……こっちの席にはお花の形で……こちらは動物……」
 ハートや星の形の型ももちろん置いてあり、それとは別に、と千里が手配し、持ち込んだものだ。
 千里が主に担当するのはチョコレート教室だ。
「なあなあ千里」
「どうした……?」
 自分より小柄なパティへと答えると、彼女は困ったような顔をする。
「……チョコレートが、たぶん足りないのだ……」
「えっ……」
 振り返って並べられたテーブルを見る。調理器具とともに並べられた製菓用チョコレートたちは、多少多めに配っているとはいえ何種類か作るならその量でちょうどいいと思えた。けれどパティが見せる段ボールたちはすっかり空っぽだ。
「これは……」
「……困ったのだ……」
 難しい顔でふたりして腕を組んで考えていると、やってきたのはレッサーパンダ舎をヒールしていた4人。
「困った顔してるねー」
 ホリィがふたりの顔をそれぞれ覗き込む。千里とパティは一度顔を見合わせると、4人へ事情を説明した。
「ああ、それなら」
 ぽんと手を叩いたのは雨音だ。
「他にも運んできたトラックがあったにゃー。雨音がホリィちゃんと一緒に取りに行ってくるにゃー!」
 ねー、とホリィに同意を促すと、彼女も快く頷く。
「他に足りないものはありませんか?」
「もしあるようなら……チョコレートの型も……」
 たくさんいろいろな形があったほうが楽しいから、と言う千里に頷いたのはギルボーク。
「わかりました。そちらは私たちが持ってきましょう」
 同意を込めてギルボークを見れば、彼も当然だと快く頷いてくれる。
 4人の協力に、千里とパティはほっと胸をなで下ろした。


 13時頃から始まったチョコレート教室。おおよそ1時間ずつの交代制。
 女性だけ、あるいはカップル、あるいは男性、と様々な参加者たち。手つきが慣れている者、おぼつかない者、さまざまだったが、危うげないか見て回っているのは千里だ。
「そうそう……そんな感じで……」
 湯煎しているチョコレートをボウルの中でなめらかにしている参加者が、これでいいかと千里に中身を見せる。一度くるりと生地を混ぜて、頷いた。
「うん、上手く出来てる……」
 頷くと、参加者の女性はほっとした顔で礼を言う。
 くるりとテーブルを一周する間に、参加者の様々な質問や型に流すのを手伝っていく。
 難しそうな顔、楽しそうな顔、不安そうな顔。
 けれどどの顔もチョコレートが固まり、型から取りだした一口サイズのチョコレートがきれいに仕上がっているのをみると、誰もが嬉しそうな顔をする。人々のそんな顔を見ると、千里も嬉しく思えた。
 そうして次の準備をする前に、千里は手早くチョコレートを湯煎で溶かす。脳裏に浮かぶのは、ある友人の顔だ。
「誕生日にプレゼントを忘れてしまったから……お詫びも兼ねて気合いの入ったものにしないとね……」
 型はどれがいいだろう。
 ひとつひとつ吟味して、型は草花や動物の型を多くしたことを思い出す。それなら動物がいい。それにこの動植物園にちなんだ動物ならなお良い。
 となると、サルやモルモットもいるようだが、やはりレッサーパンダか。
「たしか……」
 あったような気がする。記憶を頼りに型を見ていけば、記憶は正しかったと満足できた。少し大きめの型でレッサーパンダと思われるものがあったのだ。これをメインに、せっかくだからいくつか他のものも作っておこうと型に流し込む。
 千里のこだわりは、ただ型へ流し込むだけではなかった。
 ミルクチョコ、ビターチョコの色の違いで毛色を表現するのはもちろん、型から抜いた後にホワイトチョコでもデコレートしてかわいらしく装飾を施したのだ。
 細かなところまでこだわりを見せたチョコレートを、友は喜んでくれるだろうか。喜んでくれるといいな、と思いながら、女の子らしいかわいさを見せてラッピングした。


 チョコレート教室が最後の回を迎えようとしている頃、千里以外の5人はレッサーパンダ舎にいた。
「レッサーパンダー!」
 小さな体でぴょんぴょん跳ねて小屋の全体を見ようとしているのはパティだった。
「上にいるのは見えるけど……」
 小屋の下のほうにいる個体のほうが明らかに多い。立ちはだかるコンクリートの壁の上にある柵から彼らを見たいと飛び跳ねていたのだ。
 そんな彼女を、背後から軽々と抱き上げた長身の女性がいた。彼女の顔を見て、パティは驚いて――すぐに喜びに表情を変えた。
「ありがとうなのだ♪ レンは他の動物は見ぬのだ? パティはカワウソさんとエミュー見たいのだ♪」
 かわいらしいわがままに頷くと、彼女はパティが満足するまでレッサーパンダ舎に、それから小獣舎のほうへ、最後にモルモットのふれあい広場へと回る。
 最初は小さな生き物におっかなびっくりだったパティも、膝の上に彼らが乗れば「おお」と小さく驚く。
「暖かいのだ。かわいいのだ。もふもふなのだ♪」
 嬉しげに彼らを抱き上げ、撫でてかわいがる姿は年齢相応。パンダ柄のモルモットもおとなしくしていた、と思った。
「……あ、逃げた! ま、待つのだ!」
 膝から降りて、とととっと仲間たちの輪の中へ行ってしまう。パティは慌てて追いかけたが。
「……ど、どれ!?」
 この子だろうか、と思っても模様が違う。あの子は三毛だから違う、こっちの子ほど黒は多くなかった、と見て回るが、わからない。
 結局、パティの様子を見ていた飼育員に先程のモルモットの特徴を教えてもらい、クイズか神経衰弱のような気持ちで一匹ずつ見、5匹目を見たところで「あ!」と見つける。
「くふふっ、この子はやっぱり気持ち良いのだ♪」
 パティが上機嫌でいる頃、千里とは別のテントでチョコ作りに精を出していたのはヒメノだ。
「ヒメちゃん、チョコを作るの? ボク手伝おうか?」
「大丈夫です、1人で作ってみます」
「わかった、出来上がりを楽しみにしてるね!」
 気合いを入れた様子でチョコレートの塊に向かうヒメノを残し、ギルボークは片付けの準備やヒールのやり残しがないか見回りに行く。
 彼のためにも、とヒメノは刻んだチョコレートを湯煎にかけて。溶かしたものを型に流して――。
「これを……こうして……こう……」
 装飾したチョコレートを前に、やりきった感がある。あとは、彼がこのチョコレートの形が何だかわかってくれればいい。シンプルなラッピングでチョコレートを包むと、ヒメノは知らずのうちに微笑んでいた。
 さらに別のテントには雨音とホリィもいた。
「チョコレートって、さっきのレッサーパンダっぽいよねー。後でレッサーパンダ型のチョコレート作ろうかな」
 何が似てるって色合いが、と呟くホリィ。
 耳ざとく他の参加者の会話を聞きつけたのは雨音だ。
「レッサーパンダの型があるにゃ? ……雨音も作るにゃ!」
 他の参加者に特定の人がいるのかと問われると首を横に振る。
「今のところいないけど。雨音さんはー?」
「うーにゃ、スイーツが大好きな友達にあげたいにゃ!」
 邪心のない純真な笑顔に、ホリィもにこにこと微笑む。
「そっか、お相手はスイーツが好きなんだ」
 どことなく会話がズレていることに気付かないふたりは、それぞれチョコレートに向き合いつつ、他の参加者とコイバナに話を咲かせる。皆いろいろ悩んでるねー、とホリィは感心した。
 そうして、この回を最後にチョコレート教室は盛況のうち、無事に終了した。

 日が暮れそうな動植物園、片付けも終わって6人が眺めているのは、雨音が気合いを込めてヒールを施したレッサーパンダ舎だ。
「ずいぶん……大きくなった……?」
 千里の呟き通り、元の小屋の1.5倍は広くなっただろうか。そうしてどこかメルヘンチックな形状になっているが、これはこれで子供受けするかもしれない。
「雨音さんのヒール、気合い入ってたからねー。レッサーパンダ舎が広くなったとこにも気合い現れてる感じ」
「広くて、樹がいっぱいで、住みやすい、気持ちいい舎になるようにがんばったにゃ!」
 少しやり過ぎたかもしれないが、同胞(?)が快適に暮らせるならそれでいい、と満足していた。
 彼女らの少し後ろのほうで、作ったチョコレートを渡したのはヒメノと受け取ったのはギルボーク。包みを開けて取り出した、その形を「わぁ」と嬉しそうに見つめる。
「これは……ウサギ……いや、違う……!」
 きりっとした顔で「ボクにはわかる!」と言い切ると、レッサーパンダ舎を指さした。
「このレッサーパンダだね!」
「そうです、レッサーパンダです……!」
 不安そうな表情から一変、花がほころぶように明るい笑顔に変わったヒメノが小さく拍手をする。
「さすがボクくん……! ……可愛かったのでレッサーパンダを作りたかったんですけど、なかなか難しいですね……」
 ギルボークが手にしているウサギ改めレッサーパンダのチョコレートは、装飾されたホワイトチョコレートの流れ具合や耳の大きさ(型からはみ出したらしい)で一見ウサギのように見えたが、正体を言い当てられたのはギルボークのヒメノへの想いの強さのおかげかもしれない。
 そんな恋人たちの様子を、また抱き上げられてちらりと見ていたパティは、レッサーパンダたちに視線を戻すとホリィや雨音たちと同じように彼らへ手を振った。
 彼らが暮らすこの場所が、ずっと平穏でありますように。
 平穏であるように、努めていきたい。
 空を流れた一筋の光が、その思いを叶えてくれればいいと誰かが思った。

作者:緒方蛍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月13日
難度:易しい
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。