病魔根絶計画~『残火病』の黒い魔手

作者:砂浦俊一


「うううう、工場へ行かなければ……納期が、納期が近いんだ……工場長の俺がいつまでも休んでられねえ、皆の迷惑になる……」
 病室のベッドの上で、体格の良い中年男性が喘ぎ苦しんでいた。
 男性の首には黒い手形のような痣がある。それはまるで、彼をじわじわと絞め殺すかのようだ。
「お父さん、無理はしないで。今は病気を治すことに専念しましょう?」
 ベッド脇にいる女性が男性の手を取って励ます。
 彼女は男性の一人娘だ。先日成人式を迎えた大学生である。
「おまえにまで迷惑をかけるなんて、俺は情けない父親だ……母さんさえ生きていてくれりゃあ……でも学費の心配はいらねえ、おまえまで働きに出ることはない……俺が今まで以上に働けば済むんだ……」
「そんな体で働くなんて無茶よっ」
 ベッドから起き上がろうとすると父親を、彼女は押しとどめる。
 彼女は幼い頃に母親を病気で亡くし、鉄工所で働く父親の手ひとつで育てられ、大学にも進学することができた。
 病魔に体を侵されてなお働きに出ようとする父親の姿に、彼女は涙する。
 だが彼女を嘲笑うように、父親の首の黒い痣は、その濃さを増した。


「病院の医師やウィッチドクターたちの努力で、『残火病』という病気を根絶する準備が整ったのです」
 ウェアライダーのヘリオライダーである笹島・ねむが話を切り出した。
『残火病』は肺炎によく似た症状の呼吸器疾患だが、『患者の首に黒い手形のような痣ができると共に、絞め殺されるような息苦しさをもたらす』という特徴がある。真面目で責任感が強く、自分ひとりで何でも仕事を抱えがちな人が、疲れ果てて心身ともに弱ったときに発症する例が多いようだ。
 ねむの話では、現在『残火病』の患者たちが大病院に集められ、病魔との戦闘準備が進められているという。その中でも特に強い『重病患者の病魔』の撃滅が、今回の依頼だった。
「『重病患者の病魔』を1体残らず倒せば、『残火病』も根絶されて、新たな患者が出る事も無くなるのです。もちろん敗北すれば病気は根絶されず、今後も新たな患者が出てしまうのです。この病気に苦しむ人たちや、回復を願うご家族のためにも、皆さんには作戦を成功させて欲しいのです」
 続いてねむは病魔の説明に入る。
「病魔はトラウマの効果を持つ破壊攻撃・断末魔模倣、捕縛の効果のある斬撃・首絞め、回復手段・嗤う骸骨を用いるのです。なお病魔への『個別耐性』を得られると、被ダメージが減少して戦闘を有利に運べるのです。『個別耐性』は、患者の看病や話し相手になる、慰問などで元気づける事で、一時的に得られるのです」
 となると、日頃の疲れや仕事についての心配を和らげてあげたり、忙しい中でも手軽にできるリフレッシュ法などを、患者本人が納得できるように伝えるのが有効だろう。
「病魔根絶のチャンスなのです。皆さん、ここは確実に撃破して欲しいのです」
 厄介な病魔は根絶やしにしてやろう。
 ねむに見送られ、ケルベロスたちは『残火病』の患者が集められた病院へと向かう。


参加者
マグル・コンフィ(地球人のキンダーウィッチ・e03345)
時任・綾人(トキハカラス・e36634)
アニーネ・ニールセン(清明の羽根・e40922)
帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)
レーニ・シュピーゲル(空を描く小鳥・e45065)
ソールロッド・エギル(影の祀り手・e45970)
ナザク・ジェイド(美味しいは正義・e46641)

■リプレイ


「工場に戻らねえと……月末まで仕事が詰まってんだ……貧乏ヒマなしだ……おまえのためにも、もっと稼いで……」
 苦しみ喘ぐ父親は、自分が横たわるベッドの傍らの娘を見て、力なく笑う。
「お父さん。今はお金の心配よりも、病気を治すことに専念しましょう?」
 娘は父親の手を取り、涙混ざりに説得する。
 その時、病室のドアがノックされる。
 ドアを開けた娘は、10歳ほどの愛らしい少女の姿を見た。
「こんにちは、はじめまして。レーニたちはケルベロスだよ」
 レーニ・シュピーゲル(空を描く小鳥・e45065)が丁寧に頭を下げて挨拶する。その後ろに彼女の仲間たちの姿。
 そういえば、と娘は思い出す。
 残火病対策としてケルベロスが派遣されてくる――そんな話を彼女は医師から聞かされていた。
「私はウィッチドクターです。さっそくですが患者を見せて貰えますか?」
 役者モードの時任・綾人(トキハカラス・e36634)は、ベッドの父親の姿に目を細めた。
 首にドス黒い手形状の痣、顔に色濃い死相。
 病魔が患者の体を蝕み、残る生気も奪い去りつつある。
「父の容態は……どうなのでしょうか?」
 不安げな顔の娘が、ケルベロスたちに小声で尋ねた。
「心配はいりません。私たちはこれまでにもいくつかの病魔を根絶してきました。お父さまの病気も、私たちが治療します」
 娘を安心させるようにアニーネ・ニールセン(清明の羽根・e40922)が微笑む。
「そう、大丈夫ですよお父さん。あなたの病気は必ず治ります」
 ソールロッド・エギル(影の祀り手・e45970)は父親と視線を合わせ、力強く頷く。
「いつもの医者の先生とは違うみてえだが……」
 しかし父親は訝しむような目。まだ半信半疑なのだろう。
「ええ、残火病対策で派遣されてきたケルベロスですので。あ、話をしやすいようにしますね」
 マグル・コンフィ(地球人のキンダーウィッチ・e03345)はベッドに歩み寄り、手早くハンドルを操作した。ベッドが斜めに起き上がり、父親は上体を起こす形になる。
「それよりも俺を工場へ連れてってくれ、納期の近い仕事が多くてよ……」
「待て待て、そんな状態じゃ尚更仕事はさせられない。鉄工所で働いているなら、些細な事で大きな怪我や事故に繋がる事くらい、分からない訳じゃないよな?」
 ベッドから抜け出そうとする父親をギルフォード・アドレウス(咎人・e21730)が制止した。
「まずは落ち着いてください。これをどうぞ。リラックスできますよ」
 帰天・翔(地球人のワイルドブリンガー・e45004)が父親に差し出したのは温かなハーブティーである。
 受け取った父親は一口飲んだが、それ以上は喉が苦しむのか無理な様子だ。
(こいつは相当、酷いな。間に合って良かったぜ……)
 ナザク・ジェイド(美味しいは正義・e46641)は一口饅頭の菓子折りを持参していたが、これでは喉を通りそうにないだろう。それほど父親の病状は悪化している。
「ゴホッゴホッ……これまで病気とは無縁の人生だったが、ざまあねえ……」
 ハーブティーのカップをベッド脇のテーブルに置き、父親は天井を仰いだ。


 病気とは無縁の人生――なまじ体力があるだけに、この父親は無理を重ねてきたのかもしれない。
「最近の、病魔根絶計画の活動、聞いたことある? あの結核やハゲロフォビアももう無くなったの。今度は、この残火病。一緒に病気をやっつけよー。そのために、治すぞって頑張ってくれるおじさんの力も大事なの。病気を治して、また元気に笑顔で働くおとうさんになろ?」
「先生は『病気を直す仕事』をしてくれ、俺たちは『病魔を倒す仕事』をする。なぁに上手くやるさ。だから先生も協力頼むな」
「けど納期が……」
 レーニとギルフォードが治療への協力を依頼するが、父親は渋る。
「それなら心配いりません。工場の皆さんに確認を取っています。お父さんがいない状態でも皆さん頑張っているの。だから皆さんを信じて少し休んでもいいと思うわ」
 アニーネの話に、父親も少しだけ安堵の息を漏らした。
「そいつぁ助かった……でも俺のせいで、娘や職場の皆に苦労をかけちまってるのが悪い気がしてな……俺が一番しっかりしねえといけねえのに」
「病魔が悪いんです。おじさんは何も悪くないんですよ」
 マグルがフォローするものの、父親は申し訳なさそうな顔。どうも責任感の人一倍強い男性らしい。
「説教臭いのは苦手だが」
 そう前置きして、ナザクが言葉を続ける。
「あんた、工場長なんだろう? 責任感があるのは結構だが、まずは自分がきっちり休むことも上に立つ者の仕事だと思うがな。上司が自分の体に鞭打って働いていたら、部下も辛い時に辛いと言えなくなる」
 誰だって病気になるしケガもする。
 辛い時に休むのは、自分だけでなく周囲の人のためにもなる。
「俺が無理をすれば、かえって工場の連中に無理をさせちまう……?」
 父親は何かを考え込むように口を閉ざした。
「お父さんは元気になったら何かしたいことはありますか? 何か夢や、目標などは?」
 黙ったままの父親に、綾人が別の話題を振る。自分を省みるのも大事だが、何か前向きなことも考えて貰いたかった。
「娘を大学には入れてやれた……あとは花嫁姿でも見れたら、御の字だ」
「良い夢だ。いつかは孫だって抱けるはず。夢が叶う日のために、今は早く元気になる事だけに一生懸命になってくれ。それが今の親父さんの、一番の仕事だろ?」
 父親の手を取って綾人が語りかける。父親の夢に感銘を受けたせいか、彼は役者モードも忘れて素の自分に戻ってしまう。
「娘さんの望みはあなたがお体を労わって元気になることです。無理をしても悲しませるだけ、娘さんのためになりません。それに成人を迎えられたのだからもう立派な大人じゃないですか。あなたを大切に想う人が、いる。一人で走ってしまわないで、ご家族や周囲の方々と共に支え合い苦労を分け合って歩いていきませんか?」
 病弱で長く入院生活を送っていた過去があるソールロッドは、献身的に看護してくれた家族を思い出していた。それだけに娘の気持ちは理解できた。もちろん、この父親の気持ちも。
「あなたが無理をして亡くなれば、娘さんは一人ぼっちです。もっと自分を労わってください。それに男手一つで育ててきたのなら、肉親と死別する辛さも知っているはずです。僕自身も、病気ではないですけど家族を失っています」
「えっ、君も? まだ若ぇのに……」
 翔の境遇に、思わず父親も言葉を失ってしまう。
「あの辛さは今でも忘れられません……。娘さんにそんな苦しみを背負わせないでください。あなたの病気は必ず僕たちが治します。だから、信じてください」
 父親は再び黙りこんだ。
 しかし先程までとは異なり、目に微かながら生気が戻ってきている。
「治る見込みがあるなら……こんな病気は早く治さねえと……俺が駄々をこねてりゃ、それだけ治るのが遅れちまう。おまえの結婚式だって、この目で見てやりてえしな」
 父親が娘に微笑みかける。娘も涙ながらに何度も頷いた。
 そろそろ始める頃合いか。ウィッチドクターたちが施術に取り掛かる。
「召喚いきます。皆、お願い!」
 病魔召喚はアニーネが担当、そして綾人とナザクが彼女をサポートする。
 さあ姿を見せろ、病魔。


 現れたのは、父親の体に乗って両手で首を絞める黒衣の病魔。
 怪異の如き病魔の姿に父親は声も出せず、娘は引き裂くような悲鳴を上げた。
 ウィッチドクターの能力で父親から引き離された病魔は、骸骨の顔をケルベロスたちへ向ける。暗い穴の眼窩から表情は読み取れないが、強烈な殺気を放っている。
「デウスエクスじゃねーが、家族を奪おうとする奴は許せねー! ぶっ潰してやらぁ!」
 戦闘となれば一転して好戦的に、荒らぶる感情のままに翔が叫んだ。
「よいしょっと。では、行ってきますねー♪」
「さあ、君もこっちへ!」
 避難担当組のマグルが素早く父親を背負い、ナザクも娘の手を引く。
「患者さんは優しくて責任感のある人で……とても良い人なの。これ以上苦しめさせないわ」
 避難担当組が病室から駆け出た後、アニーネとレーニがドアの前に立ちはだかる。
 病魔を外へは出させない。
 そして無関係な者をここへは近づけさせない。ソールロッドは殺界形成を行い、そっと深呼吸。
「さあ、『病魔を倒す仕事の時間』だっ」
 先手必勝、愛刀を手にギルフォードが病魔へ斬りかかる。
「レーニは、とうさまが大好き。だから、おとうさんを心配するおねえさんの気持ち、とってもよくわかる……あなたは、ゆるさないんだから……!」
「頑張ってる奴、責任感のある奴が損をする……納得いかないよなっ」
 レーニは紙兵散布で、綾人はウィッチオペレーションで仲間たちの支援に回る。
「仲間の足は引っ張りたくないな……友よ、少しだけ力を貸してください」
 左手に魔導書を持つソールロッドは、歌を控えめに口ずさみながら右手で魔法陣を宙に描いた。妖精魔法、緑の友。蔓のように伸びるグリーンの光が、病魔の体に絡まっていく。
 捕縛から逃れようと病魔はもがく。
 この時、避難担当組が病室へ駆け戻ってきた。敵をこの場に釘付けにするべくアニーネがライジングダークを放ち、マグルが変異性B錠を投擲する。
「オラ! どうした!」
「……さっさと終わらせるぞ」
 エアシューズを履く翔が病魔を天井まで蹴り上げ、そこへナザクの殺神ウイルス。
 敵に回復手段は取らせない。一気に殲滅する。


 病魔がニタリと不気味な笑みを見せた直後、口からおぞましい断末魔の叫びが発せられた。トラウマを呼び起こさせる断末魔模倣である。
『個別耐性』を得ているとはいえ、ケルベロスたちの陣形も乱れる。
「病魔め。悪あがきか」
 綾人がトラウマに苛まれる仲間へ黄金の果実を用い、マグルは敵の攻撃を封じるべくサイコフォースを放つ。
「……邪魔、だ」
 病魔の攻撃が途切れた隙を狙い、ナザグの喰霊殲神剣が病魔の胴を裂いた。そこへアニーネとレーニが時空凍結弾を撃ち、斬撃の傷口から敵の体に氷が拡がる。
「冷たいでしょう。少し温めて差し上げますよ」
 氷責めの次は火責め。ソールロッドのドラゴニックミラージュに全身を呑まれた病魔が、病室の床をのたうち回った。
「苦しいか? だが患者はもっと苦しい思いをした。この程度で済むと思うな。震えろ……! 閉ざせ!」
 猛毒により対象を浸食する、不浄なる凶爪。ギルフォードが投擲したそれが病魔の全身を蝕んでいく。
 瞬く間に体は灰のように崩れ、後に残ったのは床に転がる骸骨の頭部のみ。
 顎だけが、まだカタカタと微かに動いていた。
「さっきは嫌なこと思い出せやがって……くたばりやがれ!」
 甦ったトラウマは、自分の家族が惨殺される光景。おぞましき過去だった。
 怒りを込めて。翔は骸骨の頭部を踏み潰す。

 戦闘が終わり、荒れ果てた病室をギルフォードとソールロッドは見渡していた。
「……派手にやっちまったか?」
「どうせなら入院患者がリラックスできる雰囲気の病室にしましょうか」
 早速二人はヒール作業に移る。病室が修復されていく中、ソールロッドは患者の親子の姿に過去を想う。
 体力の消耗が著しい父親は別の病室で眠ってもらっている。
 だが病魔は倒した、あとはゆっくり休めばまた元気に働きに出られるだろう。
「もしも医療費で困ることがあったらこれを使ってください」
「それと、これはお見舞いだ。お父さんが起きたら、一緒に食べてくれ」
 娘へとマグルがケルベロスカードを、ナザクが渡しそびれていた菓子折りを手渡した。
「これでもう安心ね。天国のお母さんも、喜んでいると思うわ」
「何から何まで……父のために、本当にありがとうございます」
 アニーネの言葉に娘が何度も頭を下げる。
「気にしないでください。これが私たちの仕事ですから」
「そう、ケルベロスの責務を果たしに来ただけです」
 綾人は再び役者モードでクールな青年を装い、翔もまた礼儀正しい少年に戻っていた。
「レーニも、おねえさんのおとうさんが早く元気になりますよーにって、お祈りしてる! 大丈夫、悪い病気は退治しちゃったもの!」
 満面の笑みを見せるレーニに、張り詰めていた娘の顔も綻んでいく。
 父親が倒れてから辛い思いをしてきた彼女の顔にも、明るい笑顔が戻った。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月13日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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