人を殺すのに武器はいらない

作者:久澄零太

 とある山中、木に掌を当てた男性が軽く力を籠めると、表面がわずかに削れて木片を散らす。
「足りない……」
「お前の、最高の『武術』を見せてみな!」
「ん?」
 突如聞こえた声に男性が振り向いた時だった。その身が見えない糸で操られているかのように、勝手に技を繰り出し始める。緩急付いた独特の動きを見せるその一撃を、幾度となく受けてなお、声の主、幻武極はビクともせず残念そうに笑った。
「僕のモザイクは晴れなかったけど、お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ」
 なおも拳を放とうとした刹那、先に幻武極の鍵が男性の胸を穿ち、倒れゆく彼の代わりに細身の道着姿の男性が立ち上がった。
 ゆっくりと構えをとり、自分の体を確かめるように滑らかに動くと、急に構えを解いて頷いた。
「お前の武術を見せ付けてきなよ」
 とん、と背中を押されたドリームイーターは、町に向かって山を下り始めた……。

「皆大変だよ!」
 大神・ユキ(元気印のヘリオライダー・en0168)はコロコロと地図を広げて、とある山を示した。
「ここに幻武極が現れて、発勁に憧れる武術家さんのドリームイーターを生み出しちゃうの!」
「ほほぅ、つまりあちきの出番っすね?」
 猫パンチのシャドーを始める鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270) 。お前降魔拳士っぽい格好してっけど、鎧装騎兵だよな?
「敵は発勁を操るんだけど、これが凄く厄介なの。触れられたら最期、防御を貫通してくるから気を付けて!」
「今回はフォローとして私が同行します。幸い、型は似ているようですから……三発までは、なんとかしましょう」
 四夜・凶(生きてる暖房器具・en0169)を、五六七がじー。
「四発目はないんすか?」
「私の腕は二本しかありませんから」
 苦笑する凶から、番犬達は察した。こいつは捨て駒なのだと。
「敵は発勁しか使ってこないから接近戦しかできないんだけど、その分一撃は強力だよ。さっきも言ったけど、基本的に避ける以外に対処法はないと思って。それに、距離を取って戦おうにも、向こうが物凄い速さで距離を詰めてくるから、遠くから一方的な攻撃っていう事もできないからね」
「その上で、敵は近接特化……フットワークの方も警戒した方がいいでしょう」
 ユキが釘を刺したところで凶が懸念を述べて、番犬達は今回の敵がわりと面倒な相手なのだと再認識する。
「今回はどれだけ早く相手を倒せるかが鍵だよ。強力な攻撃を、確実に当てる作戦を立てておいてね。じゃないと……」
 チラと、ユキの視線が凶へ向けられる。まずはコイツ。凶が倒れた後は……。


参加者
暁星・輝凛(獅子座の斬翔騎士・e00443)
叢雲・宗嗣(夢う比翼・e01722)
ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)
上里・もも(遍く照らせ・e08616)
除・神月(猛拳・e16846)
鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270)
フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)
クロウ・リトルラウンド(ストレイキャリバー・e37937)

■リプレイ


 風吹き抜ける山林地帯。逃げ惑うように冷たい風が木の葉を揺らす中、駆けるは獅子と兎の影二つ。
「フィオ、合わせて!」
「輝凛くんこそ遅れないでよ?」
 木々の合間を縫うように、交差する暁星・輝凛(獅子座の斬翔騎士・e00443)とフィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)。この奥に続く道か、不意に視界が開けた瞬間、二人の間に武術家の姿あり。
「もらった!」
 背後より上段回し蹴り。対空したまま、靴に仕込まれた機構が大気を飲み、圧縮して推進力に変換する。
(一流の武術家は初見でも見切るというけれど……)
 自身の脚力に重ねて武装の加速。風切音を響かせ狙うは後頭部下方。
(そもそも、見られなければいい!)
 急所を捉えた、そう確信した瞬間。
「見ずに対応した……!?」
 拳の裏側で受け止めた武術家は軌道を逸らしたばかりか、彼の足首を掴むとフィオに殴りつけて、二人まとめて叩き落とす。
「私たちの動きが、見えてる……!?」
 ふらつきながら、フィオが信じられない物を見る目で立ち上がった。元々フィオは並外れた瞬発力を、類まれな持久力で維持し続ける。それに唯一追随できる輝凛と連携してなお、奇襲は叶わない。
「笑止」
「フィオ!」
 引かれた拳からフィオを庇うように、輝凛が立ち塞がるが。
「チィ!」
 凶が滑り込み、武術家と拳をかち合わせた。それを輝凛が目撃した次の瞬間には破裂音が彼とフィオの耳朶を打ち、やや遅れて凶の左腕が爆ぜ、鮮血を噴き出す。
「え……?」
 呆然とするフィオは微かな震えを覚えた。それは、彼女を連れて距離を取る輝凛の物。
「あれはただの発勁なんかじゃない!」
「それどういう事!?」
 上里・もも(遍く照らせ・e08616)は輝凛とフィオを下がらせながら武術家と瞳を重ね、その空間を写真のように固定しようとするが、先に敵が踏み込んでくる。その軌道に叢雲・宗嗣(夢う比翼・e01722)が奇妙な形状の鍔をもつ刃を挿し、寸前で足止めしながら首を刎ねようとするも刃は届かない。
「輝凛、説明……できるんだよね?」
 敵と対峙したまま問う宗嗣に彼は頷き。
「発勁は脚を起点に筋肉の動きを一点集中させて放つ、人体砲撃みたいなものなんだけど……あいつ、凶さんが踏み込んだ瞬間に起点を変えてきた……あれじゃ防ぎようがない!」
「凶おにーさんそんなの凌いだっすか!? 実は武術の使い手さんだったりするっすか!」
 目を輝かせる鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270)に、凶は粉砕された骨が皮膚を裂き、外部に飛び出した腕を地獄で覆って苦笑する。
「興味があれば喧嘩仁義、でしたっけ?そちらでお話しますよ。もちろん……」
 チラと、武術家を見やる。
「無事に帰れれば、ですが」


「いくっすよ!!」
 チャイナドレスにお団子頭の五六七は腰を落として片腕を伸ばし、片手を握って引く。
「アチョー!」
 低い跳躍で距離を詰めて小刻みにジャブ。ヒラヒラといなされるが、狙いは最後の足払い。
(跳ばないっすか)
 跳ぶなら中空への追撃もできたが、敵はステップのみで隙がない。
「アチョチョチョ!」
 片脚立ちで機関銃のような連続蹴り。躱しようのない面の攻撃に対し、五六七の脚を掴む武術家に自ら投げられにいく五六七が体を丸めて。
「ハイヤッ!!」
 引き込まれる力に乗り込んで顔面に膝蹴りを叩きこみ、握力が緩んだ瞬間にすり抜けて後退。
「なるほど、運動エネルギーを効率的に相手に伝える技術か……!」
 クロウ・リトルラウンド(ストレイキャリバー・e37937)が腕を延ばし、紙竜ワカクサは開いて一枚の紙になると、クロウの手を中心に織り込まれて竜の頭を形作る。
「吼えろ、ワカクサ!」
 竜の頭蓋が空気を振るわせて、振動が生み出す音の砲弾が武術家の体を吹き飛ばした。その先で待つはビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)。大地に重力鎖を流す彼女は、足枷でもつけられたかのようにゆっくりと脚を上げた。
「お見せしましょう、ご当地鎧装騎兵の力は、ご当地名物だけにあらず……」
 掲げた脚で地面を打ち、溜めた重力鎖を一気に解き放てば、伝う力は山の幸へ。
「山ウドゲイザー!!」
 薄緑の無数の槍は武術家を打ち、更に上空へと弾き上げた。それを見上げて不敵に笑うは除・神月(猛拳・e16846)。
「あたしらさえ一発で潰す拳って事なんだよナー……面白ぇジャン!なんかワクワクしてきたゼ、あたシ!」
 狂気に染まった瞳を爛々と輝かせ、ピッと伸ばした片手の指を、揃えて手前に揺らす。
「かかって来いヨ。あたしはこの身一つで相手してやっからサ!!」
「私に格闘戦を挑むか……」
 武術家は除の間合いに着地、互いに後方に引いた脚で土を踏みにじる。ピンと張り詰めた空気の中、静寂を引き裂くは除の一足。懐に飛び込むも初動は敵の方が速い。
「……ッ!」
「オラオラその程度カ!?」
 脇腹に直撃を貰い、口の端から血を流しながら笑う除の拳が武術家の横っ面を捉えた。自ら食らいにいって発勁を振るわせず、重傷を負いながら即死を回避した喧嘩殺法……その戦術に、武術家が一瞬の驚きを見せた。
「ボサッとしてるとぶっ飛ばしちまうゾ!?」
 武術家の足を踏みつけて、脚運びを邪魔しながらも撃ち込まれる鉄拳に、除はこみあげてくる鉄臭さを吐き捨てながら、顎を拳で打ち上げ続けざまに殴り飛ばす。
「……けほっ」
 小さな咳に、血飛沫が混じり、意識は朦朧とした。それでもなお。
「あは……アハハ!」
 除は楽しそうに、笑う。
「発勁自体は受けてないのに……」
 既に倒れる寸前にも関わらず笑う、除の戦闘狂ぶりにクロウは不安を覚えながらも、バイクのギアを変えるように地面を踏み鳴らす。
「ギアシフト……」
 心臓の鼓動のように、ビートを刻むはクロウの脚甲。クラッチを繋ぐように踏み込めば、小型エンジンの生み出す動力が踵のミニタイヤへ伝う。
「アクセル全開、自分だって……!」
 高速回転するローラーに撃ち出されるように、クロウが武術家へ肉薄。翼を纏い滑空する父とは異なり、地面を削りながらスライディングチャージ。翼を持たない鴉は武術家の体を撥ね飛ばし、急制動。巻き上げた砂煙の中、跳び出してきた武術家目がけて拳を握る。
「そして、こんな感じ……!」
 見よう見まねで後ろ足で自身の重心を前方へ送り出しながら、拳に回転をかけ……。
「あっ……」
 その拳が敵に届くより先に、撃ち出された発勁は彼女の体を捉えようとしていて。
「っ!」
 衝撃に備えてギュッと目をつぶるが、痛みはない。
「覚えておけ」
 クロウが目を開けば、凶の背があり。
「半端な戦い方は、怪我するだけだ」
 彼の右腕は軋むような悲鳴を響かせ、圧潰した水道管のように鮮血散らしてひしゃげた。


「え、あ……」
 固まったクロウを地獄で補強した腕で抱き、追撃を躱して距離を取る凶に、ため息が落ちる。
「まったく、無茶をするものじゃないですよ四夜さん……」
 計都が呆れかえった顔をして、彼をみたクロウがポカン。
「父さん!?」
「お前もだぞ、クロウ!」
「そういうの今はいいから!」
 あせあせ、計都を追い払おうとするクロウだが、帰るわけがない。
「おう、まぁ、仲間なんだし助けもするぜ」
 ふと、周囲を霧が包む。武術家の視界を封じた中、陸也がため息をついた。
「気概は買うけど援軍が来たんだ、無理すんなよ」
 苦笑を返した凶だったが、わかなが彼の耳元で囁く。
「ここで私と陸也くんの恋バナを一つ」
「今!?」
「うん。倒れたら最後まで聞けないね?」
 小悪魔の微笑みを浮かべるわかなに凶は死んだ目。
「短期決戦なら火力を上げていかねぇとな。多少なりとも助けになるだろ?」
 紫音のばら撒く色彩豊かな煙幕は霧の中で武術家を混乱させ、その隙に番犬達の重力鎖を補強、修繕する。
「ちょっと時間を作るお手伝いするっすよ」
 佐久弥が大剣で地面を打つ。その切っ先は土を穿たず、波紋を広げた。
「盾が諦めるなんて、論外っすからね?」
 凶に微笑みかけ、広がる波紋は後衛に伝わり、重力鎖に複雑な魔術回路を形成する。
「うぉおおおなんかやれる気がするっす!」
 五六七は左手の人差し指と中指を揃えて立て、ドロン。
「正義のケルベロス忍軍!出動っす!」
 唐草の風呂敷被ったまねぎと共に、霧に溶けて消える五六七の影が、武術家の背後を取る。されど気配を読む武術家に意味はなく、拳が霧を引き裂いた。そこには。
「いらっしゃーいっす」
 にこやかに微笑む五六七と、火薬玉をばらまくマネギの姿が。
「な……」
「忍法変わり身っす!」
 咄嗟にマネギを身代わりにする五六七と、武術家を爆炎が包み込み、ついでに霧を吹き飛ばす。晴れた視界の中、武術家へ迫るはビスマス。膜状に広がるソウエンを通過するようにして纏い、握った拳は魚型のガントレットが覆う。
「行きます、ご当地が正義の鉄拳……」
 踏み込み、重心を傾けながら大型化した腕を重量に任せて大きく振り回し。
「なめろう超鋼拳っ!!」
 抉り込むようにして打ち上げて、無防備になる空へ。
「この状態なら避けられないはず……スサノオ!」
 白焔に似た相棒を肩に乗せて、重力鎖を注ぎ込む。
「いっけー!!」
 伸ばしたももの腕をレール代わりに跳びたつスサノオは一時的に巨大化し、その身を包む白焔を用いて刃を大剣に変え、武術家と交差。その肉体に深い傷を残して動きを鈍らせながら元のサイズへ縮みつつ、ももの胸元へと舞い戻る。
「よし、このまま……」
 トドメの一撃を放つべく剣を抜こうとした輝凛の手を、武術家の手が押さえていて。
「武具など無粋。振るえなければ、何一つ守れはしない……」
 引き絞られるは武術家の眼光。驚愕と焦燥に見開かれるは輝凛の瞳。
「散れ……!」
 押し当てられた拳、来る衝撃は正面ではなく側面から。
「……カハッ」
「ごめん、凶さん。無茶を頼んで……」
 突き飛ばした凶に直撃、血溜まりに沈んだ。


「後は任せて。君の意志に、獅子座の牙で応えよう!」
 奥歯を噛み締めて居合の構えを取る輝凛だが、抜剣よりも敵の踏み込みの方が速い。されど盾は、一人ではない。
「もう打たせねぇよ……!」
「ちょっと頭冷やしましょうか!」
 達也が両手剣を構え、計都が拳銃を構えた腕を逆の手で支えて照準を固定。撃ち込まれた弾丸をいなそうと武術家が触れた瞬間に腕を起点に凍り始め、鈍った隙に達也が袈裟切りで押し返そうとするが留まらず、八奈は混沌化した翼を広げた。
「私はやなだ。いずものやなだ!」
 名乗りを上げればその瞳は鬼灯色に染まる。伝う重力鎖は翼を七頭の大蛇に変えて。
「一点集中、極めた一撃受けてみろ!」
 一つ、二つ、三つを潜り抜け、四つ、五つ、六つをいなし、七つ目を砕こうとして、拳を躱して食らいつく。捉えた大蛇は噛み砕かんとするも武術家の拳に打ち砕かれて、彼の者は再度拳を握るが歩み出す前にファンが脚を絡めるように股下に脚を差し込んで進ませず、振りかぶった拳を阻むように肩を掴んで骨格の回転を止めた。しかし馬力は敵が上。
「後は頼む!」
「任せて、ボクもこいつとは一戦交えてみたい」
 自ら道を開けて退避するファンと入れ代わりにディアサムスが肉薄。互いに軸足を半回転して運動エネルギーを生み、それを脚、腰、肩、腕に伝えて拳に集中。
「推して退き、留めて流るる。さぁ、いくよ」
 ガツッ。お互いの拳の頭を重ねて、インパクト。
「零動衝!」
 一瞬の沈黙の後、二人を中心に周囲を衝撃波が襲う。小柄な番犬と従属を吹き飛ばすほどの反動の中、残ったのは……。
「はは……五人がかりで相殺が精一杯か……」
 倒れ込むディアサムスを見下ろして、武術家は己の拳を見つめる。痺れが引かないのだ。
「腕一本、持っていかれたか……」
「オラァ!次はあたしが相手になってやんヨ!てめーの発勁、あたしにも味わせてみろヤ!」
 倒れたディアサムスに対してずるい!と言わんばかりの幼さを感じさせる視線を投げた除は、ちょいちょい。指先を揺らして拳を握る。次の瞬間には目の前にいた武術家と一瞬笑い合い、互いに拳を引いて。
「頼んだよワカクサ!」
 武術家の拳の前にワカクサが飛び込むも、容易く打ち消されてクロウの重力鎖へ還り、除と武術家の同士討ち。
「これを三発、カ……面白そうジャン……」
 無邪気に笑いながら、除は倒れ伏してしまった。
「サーヴァントが盾にもならないなんて……」
 ビスマスはナメビスをチラと見やる。弟分を危険に晒したくないと思っていたが、それどころの話ではない。そもそも、従属や支援部隊と言った数で押し切れるような相手なら、凶が捨て駒になる必要など最初からなかっただろう。ある意味では敵の強さを見誤ったともいえる有様に、ビスマスは拳を握る。
「これ以上は危険です、一気に決めましょう!」
 ビスマスの装甲が真っ赤に染まり、天より下るは蟹座の装甲。鋏は兜と腕甲に、胴体は甲冑としてビスマスに装備されて、ソウエンの形作る青い鋏が輝きを放つ。
「友情と勇気を司る星霊『化け蟹カルキノス』……その身をなめろうと綴じて流星の如き……勇気とご当地の鋏撃を示さん……」
 体を横に向けて、フェンシングにも似た片手突きの構え。威力や命中よりも、速度を重視したスタイルに武術家は回避は容易いと読むのだが。
「蟹座・沖膾流星刃鋏っ!」
 繰り出されるマシンガンパンチは鋏型の気弾に姿を変えて武術家へ迫る。一つ一つを見切るは易く、それを繰り返せばいいだけの事……そのはずだったのだが。
「……?」
 体が、鈍い。蓄積されてきた傷は武術家の機動力を奪い、躱す事は叶わない。鋏は両脚を食らい、肩を、腕を、胴を、挟んで圧迫し、熱と重力鎖を奪う。
「例え散ったとしても、そこにあった絆を忘れないであげてくださいね」
「言われなくても……!」
 微笑むビスマスに輝凛は応えるも、まだ抜けない。自分の技量ではまた防がれるのが見えているから。
 宗嗣は木々の合間をすり抜けて、姿を見せたり消したりを繰り返し、不規則に動き回りながらふと完全に消える。武術家が体の氷を砕いて自由を取り戻した瞬間、背後をとった。白刃が閃くと拳が唸るは同時。宗嗣が体をくの字に折り、内臓が引き千切れる音を聞きながらも武術家に刻んだ斬痕から返り血を浴びる。
「悪い……ね……」
 苦痛を感じないはずなのに、体を内側から引きちぎられるような激痛を覚え、宗嗣は口から鉄錆色の炎を吐いた。同時に自らの痛覚を、人としてあるべき物を引き換えに新たな地獄を得て抜き身の得物を鞘に添える。
「俺の斬撃は……」
 立っているのもやっとなのだろう。震える手で少しずつ刃を納めていく。
「一つじゃない……!」
 鞘が刀を飲み込むと同時に宗嗣は倒れ伏し、武術家の背が切り裂かれて鮮血を噴き出した。咄嗟に剣を抜こうとした輝凛をフィオが押さえる。
「まだ。私たちじゃ、届かない」
「……ッ!」
 自分の手の上から柄を抑え込み、奥歯を噛んで必死に耐える。
(振り向くな、皆が繋ぐチャンスを掴め、そして繋げ!僕は……斬翔騎士だろ!)
 もはや声にすらしない。今口を開けば、一緒に感情が飛び出してしまいそうだったから。
「皆、耳塞いで!」
 ももの声に咄嗟に番犬が自分の耳を隠し、彼女は大きく息を吸う。
「――!!」
 旋律闘士たるももの、絶叫。音楽を武器にする者の声はもはや可聴域になく、聴く者の聴覚を破壊する。大気と大地、そして聞いた者の体を震わせるそれは空間ごと武術家の動きを封じて、目を回したマネギに耳を押さえさせた五六七が踏み込んだ。
「ももおねーさんの声を聞けないのは残念っすけど、このチャンスは逃さないっす!!」
 ももの絶叫が止むと同時、武術家の足には手裏剣が突き刺さり、縫いとめる。
「フィおねーさん!」
「いくよ、輝凛くん!」
「うん……!」
 トットットッ。リズミカルに駆けるフィオはそっと目を瞑る。武術家の間合いに入った瞬間、繰り出されるは音速の拳。回避叶わぬ今、敵もまた避けるという選択肢がない以上、反撃に出る。しかし、拳は少女に紙一重、触れられない。ふわり、すり抜けたフィオがすれ違いざまに斬撃を打ち、その場で反転して刃を振り上げれば反撃に振るわれる拳がフィオの脇腹を掠めるがまたも届かず、伸びきった腕に斬痕を増やすのみ。
「何!?」
「風が、音が、教えてくれるの」
 目を白黒させる武術家に、周囲で踊るように一つ、また一つ斬痕を刻んでいくフィオは目蓋を閉じたまま、刺突の構えをとった。
「私はそれを聞こうとしてるだけ」
 正確に心臓を穿つであろうそれを、武術家は『避けた』。
「えっ……」
 目を開くフィオの前に舞うは手裏剣。自らの傷を抉ってなお、敵は動いたのだ。フィオの窮地に、輝凛は叫ぶ。
「限界なんて、ない!間に合え……!」
 拳がフィオを捉えようと……。

 ――レディアントモード!

 光の番犬と化した輝凛が再度粒子化、同じ姿にして異なる者へと再構成。時が止まった世界の中で……否。誰も輝凛についてこられない『刹那』。もはや防御に意味などなく、身動きどころか知覚すらさせずにただ刃を振るう。得物を鞘に納めて元の『輝凛という少年』へと存在を再定義すれば、彼と世界が同期する。元に戻った感覚の中、輝凛が見たものは直撃を予感してへたり込んだフィオと、細切れにされて消えていく敵の最期だった。

作者:久澄零太 重傷:叢雲・宗嗣(伽藍の炎・e01722) 除・神月(猛拳・e16846) 四夜・凶(泡沫の華・en0169) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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