●解放された地に光あれ
「お久し振りです──いえ、いっそ初めまして、でしょうか。俺はチロル。後ろに居るのはヘリオンのハガネ。どうぞよろしくお願いします」
背後に留まったヘリオンを見上げて、暮洲・チロル(夢翠のヘリオライダー・en0126)は口角を緩めて頭を下げる。
「Dear達の活躍の結果、ミッション地域となっていた場所のいくつかを奪還・解放することができました。ただ……まだ避難した人々の不安は拭い切れていないので」
そこで、と彼は鞄からパッケージされたままの板チョコを取り出し口許に添えた。
「時期が時期ですから。地域の復興も兼ね、バレンタインにちなんだイベントを開催したいと思います。チョコ作り、……ちょっとしたおまけ付きの、ね」
●夜華とチョコレヰト
さて。
その前に、地域のヒールをしなければひとを呼べません。彼はそう言い、仲間を見遣る。
「今回、Dear達にヒールをしてもらい、イベントを開催するのはここです」
広げた地図の一部を指した先。──千葉県市川市、江戸川河川敷。
歴史を紐解けば縄文時代にまで遡る証としていくつかの貝塚が現存し、万葉集に詠まれた市川の植物を鑑賞できる万葉植物園なども有名だ。
「他にもたくさん見どころはありますが……俺としては、市川と言えば、花火かと」
市川市民納涼花火大会。江戸川を挟んで東京側では江戸川区花火大会と呼ばれる、8月の盛大な催し物だ。
「市川に花火あり。その風景が、もう一度見たいんですよ」
「……チョコの話は」
ぽつり、50cm近く高い宵色の三白眼を見上げて、ユノ・ハーヴィスト(宵燈・en0173)が問う。上がらない語尾も、彼女の疑問文だ。
少女の瞳に、「もちろん」と彼もこくりと肯いた。
「ヒールして、チョコ作りもしますよ。ただ、──俺も時折お菓子作りはしますが、チョコ作りって思ったより時間が掛かるんですよね。冷やして、固める時間とか?」
そしてひとつ悪戯っぽく笑う。
「待ち時間に、花火をしませんか。かの有名な大会を再現することはできません。つまり、打ち上げ花火なんかはできませんので、線香花火ですが。たくさん用意しますから」
「でも、この季節だと……寒いよ」
ユノの心配げな声音が小さく忠告を告げる。花火を野外でのんびりと楽しめるのは、夏の気温の高さがあるからこそだ。
時期はバレンタイン直前、寒さも厳しい頃。いくら温かな格好をしていたとしても寒さに震えてしまう。
「はい。だから手を温めるためにホット・チョコレートを用意します。もし入れたいなら、マシュマロもどうぞ? 甘過ぎるものが苦手なら、チョコレートの香りのする紅茶もご用意しますから」
「チョコ、飲んじゃうの」
「だって、イベントで準備するチョコは誰かにあげるためでしょう?」
そう言って、チロルは幻想帯びた拡声器をひと撫で、スピーカーを口許に当てる。
「目的輸送地、光の花咲き乱れる河川敷、以上。楽しんでもらえたら、幸いです」
線香花火と言えば!
「勝負ですよ! 一番の方にはさっき作ったチョコケーキを進呈です!」
ぐっと拳を握る唯梨に、
「ならば最下位は罰ゲームで巫女服を着ることにしましょう」
さも当然と夕雨が告げ、
「いやいや、罰ゲームが唯梨のチョコケーキでご褒美が巫女服だろう」
倖が見事な緋袴を既に用意し、
──なんでケーキが罰ゲームなんだ……?
インレはひとり、首を捻る。いや待て突っ込むところは他にもあるぞ!
けれどツッコミ不在のまま冬空の下で四つの火花が弾け、
「ううー揺れる……」
「……って結局運勝負じゃねぇのか、これ?」
風を読むのは得意だと意気込んだインレは防風を図り──それ以上にすることがない。
「確かにそうですね」
そんな身も蓋もない夕雨の微動だにしない花火へ倖が息を、
「団長?」
「いや京極に巫女服をとかなにも」
地獄の炎が宿るはずの夕雨の左目が氷のようで、唯梨は「……ふふっ」。
元より風情を楽しむ旅団ではない。結局普段通りのこの夜も、大切なひとつの思い出だ。
「思ったよりも小さいのだな」
こそり線香花火は初となるティノの傍で橙の華が咲く。小さく灯り、火球が爆ぜ──次第に火花の勢いが褪せて移り変わる。
「この状態を『柳』って言うらしいぜ」
「嘘か真か、昔の職人はこの音も美しく自然に聞こえるように気を遣ったそうであります」
「ほう……名付けた者は美しい音を、職人は美しい姿を識っていたからこそ、そう呼んだのだな」
ヒノトと秋津彦の豆知識に、ティノが素直に感心しながらも、火華に見惚れ──てばかりも居られない。
寒い。凄く寒い。寒過ぎる。
顔を合わせたのも一時のこと。誰からともなく笑うと一斉に駆け出して、向かう先は湯気立つホット・チョコレート!
そしておなかと心が温まったなら、さあ、もう一度!
傍にはコートを着た人形と、親友と、銀の流動体。
「最後にやったのは夏だったか……懐かしい」
「水屋敷に行ったときでしたっけか」
仲間との花火やかんざらしの思い出に、和希も拳を口許に添えて表情を和らげる。今度のお供は初にまみえる、甘いチョコの香りの紅茶だ。
「あのとき、本当にすぐに落としてしまって」
「お、教えてもらったやり方、しっかり覚えてるよ」
ほら。アンセルムが火を灯し弾ける橙の華は牡丹に、松葉に、柳に、
「──ああ、本当だ」
性に合わないかと思った冬の夜華は、思わず伏せがちの左目を開く程度にはローデットの興味を惹いた。もの珍し気な彼の様子に、クラレットは口角を上げる。
「一本きりじゃ物足りんな」
「……そうだな。こうなりゃ寒さにめげるまでやるか?」
「寒さには強いぞ、私は」
くいと小さく顎を上げ、心ゆくまで光の華を咲かせ尽くしたあとで。
「ほら、君にはこれをやろうなあ」
「、」
年に一度は良かろうと、渡されたマグには柄にもない星型のマシュマロが放り込まれた。
コレ全部合体させりゃ最強なんじゃね?
サイガの一声に「華やかに成りそうだけど……」シィラは首を傾げ、一十が「おお」瞳を輝かせ──たのも一瞬のこと。
「合体させればさらに派手……にはならんのか」
ひとつ、ふたつ、火球は合わせた途端、地面へと落ちて消えた。
「くっつけるほど落ち易くなるンだぞ」
けらり笑って肩を落とす姿へキソラがカメラを向け「ということは、キソラもくっつけたことがあるのだろうか」とティアンが変わらぬ表情でぽつり零す。
ちりちり、ぱちぱち。
赤橙色の炎が散って華へと彩る。移ろう華の姿を──「じっと動かねばよいのだろう?」「ティアンを見ろ。動かずいても無意味らしいぞ」「……今のは、風」「そこだけにぃ?」──くだらなくも愛しいやりとりの中で堪能して、
「ふふ。でも、本当に綺麗──、くしゅん」
小さな声と同時、「寒っ」身震いした一十の火球も手許を離れ、仲間達が顔を上げた。
「おいおい、本番前に風邪なんざ拙いんでない?」
「色の所為かな。見てる分にはなかなかあったかそうだケドねぇ」
手早くホット・チョコレートを運ぶサイガの気遣いをありがたく受け取り、ほぅとマグを吹き吹き心身を温めつつも、彼等は花火に手を伸ばした。
できるだけ永く、その燈火を共に眺めていられるよう。
会えなかった分の誕生祝いにと、メイからはさくさくのシューラスク、滉からはソルティクラッカーをチロルとユノに差し出して。
「どんなに遅れても、やはり直接祝いたいと思ってた」
真っ直ぐにそう言われては、照れるよりない。
「ありがとうございます、Dear」
「あり、がと。お返しじゃないけど、僕からも」
「わぁ、ありがとう!」
ユノが渡すのはチョコレートクッキー。一緒に作りましたのでとチロルも笑う。
「滉君、線香花火って燃え方がどんどん変わって面白いね」
「ん、長く咲かせていられるようになってきたな」
「メイ、これおいしい」
「もう食べてるんですか」
そして、夜華と共に笑顔も咲かせて。
弾ける火花に微笑んでキルシュトルテは隣のエクレールへと身を寄せた。ひくり、彼女の肩が震えたのは気付かぬふり。
「なんだか貴女みたいね、雷電皇帝さん」
「確かに余の煌めきにも負けておらぬ。まあ余が本気を出せば夜空一面にこれ以上の輝きを彩ってみせるがなっ!」
ふふんと彼女は胸を張る。けれど、
「あら、落ちちゃうわ」
寒風から守るべく更に近付いた距離に、互いの花火に、熱くなったのは頬。
「う、うむ、消えても困るし、もう少し近付こうかっ」
「あ! 急に爆ぜ始めたぞ!」
初の線香花火に戸惑った途端、蕾が落ちた。次こそはと慎重過ぎるくらいに見つめ続けるレッドレークに、クローネはくすと笑う。
「派手ではないけれども……ぼくは好きだよ」
「ああ。繊細だが、非常に綺麗だ」
穏やかな銀の視線。少女は顔を上げ、「ぁ」すぐにフードを被った。
「花火のこと、だよね、うん」
「……クローネのことでも、間違いではないぞ」
「! ……じゃあ、」
ずるい君に吊り合う、少しずるい提案をしてもいい?
夜気に咲いたいくつめかの火の華。
昔から好きでな。零すヒコの瞳は温かく。
「打ち上げ花火も粋だが、こうして手中に収められるのが良い。なにより、花咲かぬ冬にも華を魅せられるだろう」
冬に咲う花の乏しさも、この華を識ればこそ窘められもするはず。
──見守ってくれるひとを咲き照らし、その掌の中で終れる。
なんて贅沢な話だろう、と、
「オルテンシアと比べると見劣る様な奴だけどな」
「っ、」
耽った途端の軽口に、お供の紅茶をむせ込んだ。
どちらが長く華を咲かせられるか、また勝負しよう。
せーので弾ける火花に、ブリュンヒルトはちらと虎次郎を見遣る。あのときは、結婚して初めての夏だった。今は、初めての冬。
──さて、どうやって心乱してやろうかなぁ♪
たくさんの思い出を、これかも作っていきたいから。なんて、
「「!」」
突然手を握られ彼が肩を跳ね上げ、絡んだ視線。自ら仕掛けておいて、ぱぁっと色付いた彼女の頬の愛おしさに彼が笑うのと同時。
ふたつの華も寄り添って。
「染の、巧く焼けてるといいなあ」
落とさぬよう長生きするようと祈るあまりに凍ったようだったラカの強張りが解けてきた頃、ぽつり零された声。
オーブンに入れたブラウニー。ラカの生チョコも美味そうだったと染が言えば、彼は自信なさ気に少し視線を落とす。だから染は新緑の瞳を覗き込んだ。
「……なあ、この火花をお前より長く生かせたら、チョコ、俺に頂戴?」
「、……ああ。では、俺が勝ったらあのブラウニーは俺のものだ」
笑み交わすそれは、愛しき只の戯れだ。
ホット・チョコレートを両手に包み光の華を見渡す。意中の相手も特にないリィにとってそれは、どこか別世界のことのよう。
ぱちぱち、ぱちぱち。
「きっと空から眺めれば、星屑の集まりのようにも見えますよ」
「、」
不意の声に視線を上げれば柘榴石のような角。マグを手にして遠巻きに華を眺めるさまは同じなのに、どこか彼──いぶきは満足気で。
僕には見られませんが。道化た声音が告げて立ち去る背中を見送って。
「……イド、飛んでみる?」
元気の良い火の子。空に咲くより身近で可愛い、星に似た子。
互いの抱くイメージを語り合う傍で、そう言えばとキースが思い出す。
「線香花火はくっつくらしい」
「……くっつく?」
こうやって。掴んだ手首、寄せた火球はまんまるひとつに──光も音も、心なしか大きく嬉しそうになったような気がして。
「ふたつの力には敵わないかなぁ」
次は落とさぬようにと慈しむひとときに。
「……イェロ」
あたたかいな。零す言葉に、そうだなと穏やかな笑みが返った。
夜の底に点いては消え、生まれては死ぬ、ひとときの光。
「まるで、共に過ごした日々のようですね」
口をついた言葉はらしくないとアイヴォリー自身も思えるけれど、傍のウーリも「だから美しいのかもせんね」と肯く。
でもね。きらり、ショコラ色の瞳が光る。
「少しでも長く一緒にって悪足掻きしたいから、何度でも火を点してやるんですよ」
それがわたくし達らしいから! 力強い言葉に「違いない」とまた笑みが返り──、
「あ……っ見てください、ほら!」
「すごいすごい、おめでと!」
おひとつどうと誘われて、チロルはイジュの花火を受け取る。
「あたたまるにはたりないけど、冬空の星みたいだね」
新鮮だと満面の笑みで「そうだ」と取り出したのは、多めに作ったトリュフチョコ。
「お裾分け!」
「おや。では、俺からもどうぞ」
「居た居た。久し振りだなァ、竜のにーちゃん」
たくさん作ったチョコを渡すそこへ、レイニーも顔を出す。
「なんだ邪魔したかァ? てっきり光翼の嬢ちゃんと居るかと思ったが」
「Dearこそお相手は?」やり返してやれば、彼は小さく肩を竦めた。
「あ? 俺ァ、……片思い中でね」
「おや、ではDearにも友チョコを」
いざ、勝負。
囁く声は燈火が消えてしまわぬよう。
「わたし、イルヴァちゃんがとっても可愛くなったと思うの」
元よりだけれどと眼鏡の奥の鈍色が光る、纏の悪戯帯びた笑顔。
「……『彼』のお蔭かしら?」
「っ、」
ぱ、と花火に頬を俯け脳裏に想起するのはどこかまだぎこちない、あのひととのこれまでのこと、それからこれからも。
──これが恋してるってことなのかなって、
「恋のお味は如何?」
「ひぇ?!」
跳ねた肩、儚い花火はもちろん夜闇に消えて。
「……も、もう一回、勝負です!」
「ねえねえ、勝負しない?」
「むむっ」「勝負、ですか」
唐突な提案に眉を跳ね上げるナユタと、こてんと首を傾げる景。任せろとメィメは口角を上げた。花火をもたせるための忍耐強さも、根の真っ直ぐさも、
「正直あんたたちには負ける気がひとっっかけらもしねえ」
「……む。メィメ、えらそうね」
さんにんで鼻を明かしてやろう、と少し口を尖らせたロビン。
「今日はなんだか勝てそうな予感がするのよ」
「勝負事ですからね……わたしも勝ちを狙いますよ」
「これがデキるオトナのふうかく……!!」
きっと違う。
いざと揃えた四つの華。小守と嘯く彼の言う通り忍耐を必要とする勝負はかそけき火薬の音だけが冬の空気を震わせた。
その静けさにカクンと意識の途切れたナユタの火がまず落ち、彼女へ膝を貸した景も当然体勢を整える内にぱたりと火球を落とす。
「ガキはまあ、寝る時間だよな……っと、」
『眠り』に気が逸れたのは逃れ得ぬ獏の習性か──、
「わたしの勝ち、ね」
きらり、翡翠の瞳が満足気に輝いた。
ちりり眩い光の華やぎに瞳輝かせ、散り菊には胸さえ締め付けられるような。
ころころ変わるシズネの表情にラウルが口許を綻ばせるなら、
「なに笑ってんだあ?」
今し方の切なさも火華と共に夜に融ける。互いが互いの道行の燈火、片方のひとつも片方のためになる。内緒と躱して「ねえ、シズネ」。
「静かに煌めく朱い華をどちらが長く咲かせられるか……勝負しない?」
──君が勝てたら甘く蕩けるようなチョコレートをあげる。
「いいぜ。負ける気がしねぇなあ」
久しく見る彼女の横顔を、明るい橙の光がひととき照らして。
「、れーさん?」
「……いや、この時期の花火も、なんというか風情があるね」
気付いたリリスの視線に、零は淡い笑みを向けた。やっとほぼ取り戻した感情をこうして共有できる幸福を噛み締める。
折角だからと提案した勝負にリリスも得意げな表情を返して──けれど負け越しの、最後の一番。
「れーさん、私からのチョコ……受け取って頂けますか?」
「……、」
揺らいだ彼の手から、橙が落ちた。
花火は消えても思い出は残るから。
マグを両手に包んでエルトベーレは笑い、今年もたくさん思い出を作ろうとドミニク──否、ニコラスと確かめ合う。
「そンで、ベーレはなにがお望みじゃ?」
こつんと額をぶつけ、ニコラスが問う。線香花火で勝負した。勝った方の願いを負けた方がきくと。
彼の火花色の瞳をじっと見つめ彼女は「、」言葉を呑んで、それから笑った。
「これからも、一緒に居てくださいね!」
「おォ? 当然じゃ」
──どこかへ行ってしまわないでとは、言わないから。
「ねぇロロくん。花火、勝負しよっか?」
「お前、勝負好きな……」
ガキかよと呑み込んだはずの言葉が聞こえたか、イチカはふふんと胸を張る。
「男のひとはいつまでもこどもなんじゃなかったっけ?」
……だから、もうちょっと一緒に遊んでよ。
ふ、と鋼色の瞳に差した橙を見れば、断る気など起きなくて。
伸ばした手からふわり漂うあまい香りはさっき彼女と作ったチョコレート。
勝敗ついたら冷えた互いの指先繋いで熱を分け、きっと紅茶を取りに行こう。
夜華は風に手折られノーゲーム。
一抹の淋しさも、過ぎれば悪戯滲ませネロは冷えた指の背を社の頬へ伸ばす。彼も動じずその指先を捕らえ、唇を触れた。
「花火が終っても、まだデートは終りじゃあないだろ」
「……ね、暖めに行こう」
「ああ。こんな冷たい指、おれの唇だけで温めるには、随分と骨が折れそうだからな」
とびきり甘くて温かいホット・チョコレートを、ご一緒しよう。
旨いに決まっていると告げる彼の、指に伝わる笑い声。
「――きっと、初めて飲むくらい甘いさ」
紅い頬は、夜闇に紛れてしまえばいいけれど。
さむさむですねと差し出すホット・チョコレート。自分のはマシュマロ山盛り。
霞もひとつ溶かし、周囲の景色に瞳輝かせるロゼの視線を追う。
「線香花火って派手さはないけれど、一生懸命燃えて綺麗な華を咲かせて……おちたときは切ないけど、光の華は忘れられない。そんなところが好きなの」
霞さんは? 無邪気な問いに霞も微笑して。
「最後に小さな玉が落ちちゃうからさみしげで、でも……そうですね、一生懸命、ですか」
確かに綺麗な華を咲かせて散るなら、それも。
ポケットには彼に教えてもらったカイロのぬくもり。そのときの手の感触が蘇り、東雲はそっと手を握り込む。
線香花火を懐かしむ東雲に、私は初めてだとカフカは砕けて笑う。
「私の思い出と言えば、打ち上げ花火になるね。……夜空に咲く大輪の華は衝撃的で」
ささやかな華も可愛らしいと紅い瞳を見上げれば、東雲は白い息を吐いてマフラーに顔を埋めて、
「カフカさんが見た夜空の花火も……いつか見たいです、ね」
今の距離は、まだ一歩。
「冬の花火は、いつも以上に儚く感じますね。……あ、」
最後の燈火が落ちたのを見遣り、イピナの手を引きラインハルトは立ち上がる。
「もう少し、もらいに行きましょうか」
「……!」
熱くなる頬を俯けて隠しつつ彼女は彼の手を握り返した。彼はそんな彼女の顔を覗き込み首を傾げ、
「ちょっと待ってください。……はい」
これで寒くないですよと自分のマフラーを白百合の少女へ巻き直す。
「あ……」
心まで温かくなったのは、マフラーのお蔭だけじゃない。
落ちちゃった。エリザベスの小さくはにかむ声に、寄り添うトーヤも肯く。こうして静かに過ごすのもいい。
「……寒くない?」
「ん、……そうだな」
彼女の白い手。そっと掴み「少し、こうしていよう」両手に包めば、ベスの頬がぱぱっと赤らんだ。
「……っ、……ずるいなぁ、もう」
ありがとう、と細く告げた瞳を覗き込み、彼は首を傾げる。
「ずるいかな……?」
「も、もう」その眼がずるいのに。
「……このままで、居て」
それもふたりの、しあわせのかたち。
実は初めてなんですと淡く笑うよひらを見上げ、キカはほんの少し得意げに笑って手本を示して──「「あ」」。
でもだいじょうぶ。
まだたくさんあるからと示す花火に、ではと彼も再チャレンジ。
鮮やかな火花がキカの小さなおともだちの頭上で弾ける。それを見下ろしよひらが笑う。 ふたりには儚い華も、キキからすれば大輪だろうか。
「特等席ですね」
「キキいいなぁ」
キカもつられて笑えば自然と零れた次の約束──夏の打ち上げ花火も、また一緒に。
思い出す夏。花火をひとに向けたのはあれが最初で最後だ。
──あれはきみに、どんな思い出?
重なった質問、楽しかったと返す言葉も同じ。
「一緒に遊んでくれるひと達がいてくれてすごく嬉しいなって思うし、……失くしたくないなって」
チョコレートのとろりとした水面を見下ろして口許を緩めるアリシスフェイルの言葉も、熾月の想いとぴたり重なるから。
「ね、アリシス寒くない?」
優しい彼に、彼女はだいじょうぶと微笑んだ。
「今は少し──あたたかいよ」
昨夏は打ち上げ花火を手伝ったのだと笑うベーゼの片手から「あっ」火球が零れ、勝利に跳ねるミクリさん。
思い出す。花火で始まり、終ったあの夏。
「花火みたいないのちのひかりを、護りたいって」
掴み損ねたことも、あったけど。ユノはすんと鼻を鳴らす彼の雫のない目許を擦った。
「今度は僕が止める」
やさしいきみの涙を、きっと。
花火に火をつけるサヤをちらと見遣り、翌桧は思う。
出会って、否、拾ってから五年ほど経つ、その娘。
己が『道具』として扱うこいつは、将来どんな大人になるんだろう。
「なぁサヤ。──お前はいま幸せか?」
唐突な問い掛けに、少女はぱちぱちと光に乏しい青の目を瞬いた。そして、丁寧に言葉を紡ぐ。
「サヤは、ここにあるだけでしあわせですよ」
すべての前提は、あなただから。
「……──だから、あすなろもしあわせであればよいと思っているのですよ、これでも」
彼女の答えに、彼はそうかと呟いた。
宿利へ差し出されたマグのマシュマロ山。「飲めないな?」ふふり笑み交わし温めた片手を重ねて。
河川敷に咲く華々、宵に沈んでは生まれる灯。
「……命の巡りみたいだ」
ひととき輝いて散れるなら幸いかもしれないなんてどこか線香花火に似た彼が言うから。
「君の燈が何度ちろうとしても、必ず救い上げる」
君と過ごすこの瞬間を、私は愛しいと思うから。
離さないとばかりに握り返された手、光る瞳。瞬いた夜は、降参と口許を緩めた。
「強き女神殿だな」
ありがとうとユノが手渡して行ったチョコを眺めるグレインに、チロルは笑う。
「味は保証します、俺が」
「そうか。元気そうでなによりだ」
告げる彼の揺れる尻尾。蒼穹色の双眸が河川敷の華を見て細められる。
「夏が楽しみだな」
今までとこれからの話を、またきみ達と。
光が爆ぜる向こう側、照らされるカノンの瞳。
──真っ先に顔が浮かんだのじゃ。
冬の花火、と聞いて。
暗くて良かったと頬に上る温かみ。けれどそのうつほの表情を、彼は口角を上げて眺める。気付いた彼女が寒くはないかと差し出すマグを有難く受け取り触れた指先。
「明日も、お主を予約しても構わぬだろうか?」
「、」少し見開いた、一対の金色の星。それが、ふ、と緩んで弧を描く。
「……お付き合い致そう」
来たる十四日も、きっとその次も──共に。
作者:朱凪 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月13日
難度:易しい
参加:72人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 2
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