竜牙兵は楽器を叩かない

作者:飛翔優

●とある冬のコンサート
 朗らかなる歌声に導かれ音色は集う。
 大きな波紋となりて広がりゆき、やがて寒々しい風に吹かれざわめく木々の狭間へと混ざりゆく。
 冬を厭うではなく、しかし駆り立てるでもなく、あるべき空気と調和し紡がれていく野外ステージでのコンサート。防寒具を着込む聴衆に見守られながら、歌手も演奏家も冬の一日を彩り続けていく。
 大太鼓の音色が高らかに響いた時、観客席の後方から爆音が轟いた。
 歌手は口を閉ざし演者は手を止め、聴衆は驚いた顔で振り向けば、最後列の向こう側に5本の牙が突き刺さっている。
 誰ひとりとして動けぬうちに、牙は竜牙兵へと形を変えた。
 2体はバトルオーラをたぎらせ、3体は簒奪者の鎌は振り回しながら、カタカタと顎を鳴らしていく。
「サア、ハジメよう」
「サツリクとゼツボウのオーケストラを」
 ……人々が竜牙兵たちに抗うすべは、ない。
 野外コンサート会場は絶望の宴に染まっていく……。

●竜牙兵討伐作戦
「……そうか。ならば」
「はい、そのために……と」
 葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830) と会話していたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、足を運んできたケルベロスたちと挨拶を交わしていく。
 メンバーが揃ったことを確認し、説明を開始した。
「影ニさんの予想から、冬のコンサートが開かれていた野外ステージに竜牙兵が現れ、人々を殺戮することが予知されました」
 急ぎ現場へと向かい、凶行を阻止する必要がある。しかし……。
「予め避難させてしまうと、竜牙兵は別の場所に出現してしまうようで……ですので、具体的な行動を起こすのは出現後になるかと思います」
 竜牙兵は、目の前に障害物たるケルベロスたちを認識すれば戦闘を優先するだろう。
 また、竜牙兵さえ抑えておけば避難誘導などは現地の警備員などに任せられるため、戦いに集中することこそが人々の安全に繋がる可能性は高い。
「ですので、予めコンサート会場内に待機し、出現した瞬間に仕掛ける……といった流れになりますね」
 セリカはコンサート会場の周辺地図に竜牙兵の具体的な出現場所がコンサート会場の観客席最後列の真後ろであることを記しながら、敵の戦闘能力についての説明に移っていく。
「総数5体。2体がバトルオーラを、3体が簒奪者の鎌を武器として扱うようです」
 バトルオーラの2体は仲間の盾となる役割らしく、気力溜めによる治療を中心に立ち回り、隙をみて気咬弾やハウリングフィストを叩き込む……といった立ち回りをしてくる。
 簒奪者の鎌の3体はアタッカーらしく、ドレインスラッシュとデスサイズシュートを軸に、隙を見せた相手をギロチンフィニッシュで確実に刈り取る……といった戦い方をしてくるようだ。
「また、連携を取ってくることも予想されます。その代わり逃亡する危険もないようですので……決して油断せず、確実に討伐できるよう戦って下さい」
 話は以上と、セリカは資料をまとめ締めくくる。
「冬を彩るコンサート。それを殺戮で染めようとしている竜牙兵、決して許すことはできません。どうか、全力での戦いをよろしくお願いします」


参加者
エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)
神宮時・あお(壊レタ世界ノ詩・e04014)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
シリル・オランド(パッサージュ・e17815)
ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)
鋳楔・黎鷲(天胤を継ぐ者・e44215)
風穴・湊(レプリカントの妖剣士・e45288)
兎之原・十三(首狩り子兎・e45359)

■リプレイ

●冬を飾る前奏曲
 寒風と折り重なるように紡がれて、冬を煌めきあふるる世界へと変えていく音色たち。コンサート会場の座席にゆったりと腰掛け聞きながら、神宮時・あお(壊レタ世界ノ詩・e04014)は静かな思いを巡らせる。
 冬場のコンサートはあまり聞いたことがないけれど、空気が澄んでいて音がよく聞こえる。あるいは、とても素敵な催しなのかもしれない。
 それを破壊せんとする者がいる。
 竜牙兵たちが現れる。
 だから、あおは仲間たちとともにここにやって来た。
 彼女から少し離れた場所に座る風穴・湊(レプリカントの妖剣士・e45288)は、緩やかに変わっていく冬の調べを聞きながらも周囲に視線を走らせていた。
 警備員などに協力は取り付けてある。後は自分たちが迅速に動き、竜牙兵を抑えるだけ。
 出現後直ぐに動けるよう、常に警戒のアンテナを張り巡らせ……。
 ――最初に立ち上がったのは、鋳楔・黎鷲(天胤を継ぐ者・e44215)。
「来たか」
 空に小さな黒点を見出すや、今まで座っていた場所を飛び越えた。
 客席最後列の向こう側、少しずつ異質な影が濃くなっている場所へ向かっていく。
 その背中を追う形で走りながら、兎之原・十三(首狩り子兎・e45359)は吐き捨てるように呟いた。
「無粋、だ、ね」
 眠そうな目に剣呑な光を宿した時、影を中心に5本の竜牙が大きな音を立てて突き刺さる。
 演奏が止まる中、それぞれが竜牙兵へと変わる中、ケルベロスたちは人々を護るための戦いを……。

●戦いという名のオーケストラ
 ケルベロスたちの指示と警備員や職員の誘導に従い、人々は舞台の側から森の方角へと避難していく。迅速な行動とケルベロスたちの存在が安心を与えたのだろう。誰ひとりとして焦ることなく、時に協力して逃げくれているようだった。
 後は任せても大丈夫と、エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)は人々を意識から外し空に力を注いでいく。
「自然の恵みよ、癒やしの力を持ちて、降りそそげ!」
 静かな雨が前衛陣に降り注ぐ。
 広がる香気を嗅ぎ力が高まっていくのを感じながら、ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)はドラゴニックハンマーを握りしめた。
「せっかくいい演奏だったのに……ね!」
 一跳躍で距離を詰め、左右に視線を走らせる。
 簒奪者の鎌を持つ個体が3体、バトルオーラを滾らせている個体が2体。
 後者のうち右側に立つ竜牙兵へと狙いを定め、ドラゴニックハンマーを力任せに振り下ろした。
 交差する腕に阻まれるも、ほとばしる冷気がその竜牙兵の体を侵食した。
 直後、雷かの如き轟音が会場中に響き渡る。
「今日はいい天気、あなたのための舞台よ」
 ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)が落ち着いた仕草で示すがまま、稲妻でできた翼竜が励起を浴びたバトルオーラ竜牙兵のもとへと滑空。
 直後、シリル・オランド(パッサージュ・e17815)が翼竜の後を追いかける。
 すれ違いざまに骨身を焦がされた竜牙兵の懐へと入り込み手を掲げ、開いた。
「こんにちは、乱入者グループその2だよ。……これじゃオーケストラっていうより、対バンだね?」
 口元に笑みを浮かべる中灰がこぼれ、竜牙兵に纏わりつく。
 いつしか灰は蛇へと代わり、冷やされ焦げが蛇を喰らい始め……。
「っと」
 負けじとばかりに放たれた正拳を、シリルはエネルギーでできた円盤で受け止めた。
 直後、右側に殺気を感じて距離を取る。
 今まで自分がいた場所を簒奪者の鎌が切り裂くように飛んでいった。
 更に続いていく竜牙兵たちからの反撃に呼応し、ウイングキャットのラズリが翼を広げた。
 滞りなく治療が行われていくさまから今は大丈夫と断定し、エレはミサイルポッドを展開し始める。
「なるべき早く倒しましょう。素敵なコンサートだけでなく、会場も護ることができるように」
 簒奪者の鎌竜牙兵が若干後ろに位置し、バトルオーラ竜牙兵が前を固める……そんな陣形を組んでいく彼らの中心をロックし、上空めがけてミサイルを発射。
 太陽に紛れる形で降り注がせれば、爆煙と爆風が白き体のすべてを覆い隠した。
 視界も聴覚も奪われ下手に動けぬのか、竜牙兵たちが体をこわばらせていく気配がする。
 今のうちに……とシリルは左右に視線を走らせ声を響かせた。
「本物の演奏の前座、というわけではないけどね」
 戦いの中でも変わらずに澄み渡る空の下、響く歌声は前衛陣の痛みを拭う。
 足かせとなりうる呪縛を消していく。
 より鋭い足取りでケルベロスたちが攻撃を仕掛ける中、竜牙兵たちもまたバトルオーラを用いた治療を行っていた。

 竜牙兵操る簒奪者の鎌の切れ味は鋭く、重い。
 癒やしきれないダメージもかさむ中、可能な限り万全の状態を保ち続けると湊はオウガ粒子を展開し続ける。
 ラズリらとも協力して治療を行った結果、目に見えるほどの傷が残ることはない。
 一方、竜牙兵の側もバトルオーラの個体は常に治療を行っていた。
 それがわかっているから、ケルベロスたちはバトルオーラ竜牙兵を中心に攻撃を仕掛けている。簒奪者の鎌竜牙兵は概ね自由に暴れているけれど、バトルオーラ竜牙兵をさえ打ち倒せば十分に対処できるようになるはずだから。
 だから、それまで仲間たちが倒れてしまわぬよう。
 それ以後も仲間たちが万全を尽くせるよう、湊は治療を施していく。
「大丈夫、みんなで協力すれば、きっと……」
 頷き、翼をひろげていくラズリ。
 前衛陣の傷跡が塞がっていく中、あおの放つ蹴りがバトルオーラ竜牙兵の膝裏を捉えた。
「……」
 勢い任せに蹴飛ばせば、そのバトルオーラ竜牙兵は受け身も取ることができずに飛んで行く。
 黎鷲のもとへと。
「よくやった」
 半ばから折れ赤く錆びついた刀を抜き放つと共に弧を描き、そのバオルオーラ竜牙兵を打ち上げた。
「行きます!」
 すかさずエレが飛び上がり、姿勢も正せぬバトルオーラ竜牙兵めがけて斜め上から蹴りを放つ。
 つま先は体の中心へと突き刺さり、そのバトルオーラ竜牙兵は地面に激突した。
 バウンドして転がる先には、あおがいる。
「……」
 静かな静かな仕草と音の波紋に導かれ、紡がれし魔力のゆらぎがバトルオーラ竜牙兵へと注がれていく。
 内包する魔力に蝕まれ、そのバトルオーラ竜牙兵はあおへとたどり着くことなく塵と化し、崩れ去った。
「その調子……だね!」
 羽飾りに彫り物の染色を持つ大槌を用いて簒奪者の鎌竜牙兵と打ち合っていたシリルが、彼女を労うと共に目の前の個体をはねのける。
 そんな彼を中心に定め、湊は前衛陣の治療を始めていく。
「さあ、ここからどんどん攻めていこう!」
 異論はないと、黎鷲が残るバトルオーラ竜牙兵へと向き直った。
「……」
 十三が飛びかかり、両腕でバトルオーラをこじ開けようとしていくさまが見える。
 バトルオーラが開いた瞬間に仲間たちが肉薄し、竜牙の体に直接打撃を斬撃を叩き込んでいくさまが見えた。
 肉体にひびは入らない。
 しかし、十三の作り出した空隙が徐々に広がっていた。
 閉ざされてしまう前に、決める……!
「……」
 グラビティ・チェインで楔を形成し、バトルオーラ竜牙兵の影めがけて解き放つ。
 小さな音が響くと共にバトルオーラ竜牙兵は動きを止めた。
「そこを動くな。今その首を落としてやろう」
 カタカタと体を震わせながらも動けないバトルオーラ竜牙兵を見つめながら、黎鷲はゆっくりと距離を詰めていく。
 一歩、二歩と縮まるたび、バトルオーラ竜牙兵の動きは激しくなっていった。
 さして気に留めた様子もなく、黎鷲は折れた刀を振りかぶる。
 冷たい音色が響いた時、バトルオーラ竜牙兵の首は――。

●世界に再び
 チェーンソー剣を振り回し、簒奪者の鎌竜牙兵と打ち合うミリム。治療を受けても抜けることのない痛みを全身に感じているけれど、表情に出すことはない。
「っ!」
 獣耳を、尻尾を逆立て、好きあらば踏み込まんとする気迫で睨みつける。
 簒奪者の鎌竜牙兵も変わらない。傷だらけの体でミリムとにらみ合い続けていた。
「ミリム!」
 そんな中、湊が操る光輪が振り下ろされた簒奪者の鎌を防いだ。
 弾かれた竜牙兵が仰け反る。
 ミリムは素早く踏み込んだ。
「これで……!」
 唸り声を響かせながら、チェーンソー剣を横になぐ。
 半ばにて簒奪者の鎌が――。
「……」
 ――引き戻されんとした時、あおの放つ砲弾に弾き飛ばされた。
 護るもののなくなった胴体に、ミリムはチェーンソー剣の刃を押し当て……断ち切った!
「次は……この子よ!」
 ルチアナが即座に踵を返し、右側にいた竜牙兵との距離を詰め始める。
 もう、全体的に蝕む必要はない。
 ただ、集中して攻撃を叩き込んでいくだけ。
 懐へ入り込むと共に地面を滑り、簒奪者の鎌を横に構えていく竜牙兵の股下をくぐり抜けていく。
 身を起こすと共に足を上げ、振り向きざまの回し蹴りを叩き込んだ。
 体をくの字に折りながら吹っ飛んでいく竜牙兵を、受け止めたのは一対の刀。
「……一気に……だ、ね」
 交差する斬撃で、竜牙兵を上空へと打ち上げる。
 何とか姿勢を正そうとしていた動きは、黎鷲に楔を打ち込まれてピタリと止まった。
「……」
 落下していく竜牙兵から視線を外し、黎鷲は最後の一体となるだろう個体へと向き直っていく。
 さなかには、動くことのできない竜牙兵にケルベロスたちの攻撃が殺到する。
 抗うこともはねのけることもできず、その竜牙兵は左腕を失った。
「さあ、もう一度!」
 それでもなお立ち上がらんと体を震わせていく竜牙兵をルチアナが指し示す。
 さすれば、稲妻の翼竜が轟音を奏でながら駆け抜け竜牙兵を飲み込んだ。
 凄まじい雷撃に晒された竜牙兵は灰と化し、風に紛れて消えていく。
 残る竜牙兵は、一体のみ。
 仲間を失ってなお戦意を失っていないのか、何もない眼窩に宿る輝きが変わることもない。
「……終わらせる、よ」
 十三が距離を詰める。
 2本の刀でぶつかり弾き合い退けば、守りの開いた竜牙兵へと仲間たちの攻撃が突き刺さる。
 今一度解き放たれたルチアナの翼竜が、竜牙兵を飲み込み焼き焦がした。
 ミリム操る緋色の闘気を宿せし剣が、竜牙兵の体に緋色の牡丹を描き記した。
 十三もまた力を注ぐ。
「月喰み解放……二つの半月……重ねて……満月」
 両腕で一対の刀を握りしめ、濃縮された怨霊に首狩り兎の姿を与えた。
 解き放つと共に地面を蹴り、竜牙兵との距離を詰めていく。
 抗わんとばかりに竜牙兵は簒奪者の鎌を握るけれど、その腕の力は弱々しく震えていた。
 故に阻むものなく。
 故に抗われることもなく。
 重なり合う斬撃は竜牙兵の首を、体を切り飛ばした。
 風の音が聞こえる静寂が響く中、地面に落ちた頭蓋骨は音を耐えて砕け散り……。

 戦いが終わり、ケルベロスたちは武装を解いていく。
 エレはラピスを肩に乗せながら、周囲に視線を巡らせた。
「最後列だったからか、会場にはあまり被害はありませんが……でも、やっぱり少し壊れてしまいましたね」
 最後列の後ろ側、主に通路として使われている場所は、砕けていたり亀裂が入っていたり……と、人が歩くには危険な場所となっている。
 だから、安全を確保するために修復を。
 この場所が、再び笑顔あふれる場所になるように。
 手分けして修復を行う中、ミリムは舞台上へと視線を送った。
「もし、できるのならだけど……コンサートの続きを、今度は最前列で楽しみたいな!」
「奏者の方々の調子にもよるけど……コンサートの続き、開けたら良いわよね」
 ルチアナが頷き、微笑んだ。
 そのことも含め、責任者らとの連絡が取られていく中、シリルは笑う。
「ステージがより映えるよう、この場所をうんと幻想的にしてしまうのも面白いかもしれないね」
 賛同するもの、異を唱えるもの、様々な他愛のない会話を交わしながら、ケルベロスたちはコンサート会場をもとに戻していく。
 やがて人も戻り、あるべき姿が整えられた。
 さあ、始めよう。
 途切れてしまった演奏を、冬の寒空を飾るため。
 世界に再び、優しき調べを……。

作者:飛翔優 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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