病魔根絶計画~希望の灯火

作者:蘇我真

 病室の大部屋に、まとめられた人々がいた。
 ヒュウヒュウと、風の吹くような浅い呼吸音。それとは対照的にそこここで沸く咳は重い。
 ベッドに寝かせられた患者たち。共通しているのは首に黒い手形のような痣が浮き出ていることと、看護師や親族が熱心に介護していることだ。
 そんな人々の中に、うわごとを口にする男がいた。
 痩せこけた頬に無精ひげ、落ち窪んだ眼窩に嵌められた眼球はくすみ、濁っている。
「仕事……仕事、行かなきゃ……」
 枯れ枝のような腕を天に伸ばして、起き上がろうとする男。
「貴弘……」
 その腕を取り、元に戻すのは年老いた男の母だ。
「いいのよ……今はしっかり休んで」
「駄目なんだよ、母さん。あの案件、俺のパソコンの中なんだ……せめて作りかけのファイルだけでも、皆に共有しなきゃ……ゴホッ、ホッ、グッ……!」
「大丈夫、大丈夫だからね……」
 咳こむ男の胸へ手を当てて、落ち着かせる母。その顔は、老け込んで色あせて見えた。


「新たな病気根絶のチャンスだ」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は集まったケルベロスの顔ぶれを見渡すと、そう切り出した。
「皆は『残火病』という病気を知っているだろうか。症状は肺炎に似ており、首に手形状の後天性黒斑皮疹――平たく言えば黒い痣が見られるのが特徴だ」
 この残火病というのは、真面目で責任感が強く、自分ひとりで何でも仕事を抱えがちな人が疲れ果てて心身ともに弱ったときに発症する例が多いという。
「現在、この病気に罹患している者は大病院に集められ、治療および病魔との戦闘準備が進められている。ケルベロスたちの皆には協力して、重篤の患者に巣食う病魔を倒してもらいたい」
 今回の討伐で病魔を根絶することができれば、この世から残火病を消しさることができるだろう。しかし、一体でも病魔を取り逃せば今後も残火病の犠牲者は増え続けてしまう。
「今回、君達が担当してもらいたいのは木島貴弘、37歳独身一人暮らし。IT会社勤務、システムエンジニア。趣味は帰宅後にやっている深夜アニメ鑑賞……」
 どうやら仕事一筋に生きてきた企業戦士らしい。看病してくれる身内も近くにはおらず、田舎から母親がやってきて看護にあたっている。
 彼に巣食う病魔は痩せぎすの白い肌に骨がむき出しになった頭部、身体に黒いローブを纏っている。まるで物語に出てくる死神にも似た容姿をしており、その細腕からは信じられない膂力で首を絞めてくると瞬は語る。
「この病魔に対抗するポイントは、患者のケアにある。看病したり励ましたり……患者を癒すことで一時的にだが巣食う病魔への耐性を得ることが可能だ」
 個別耐性を獲得するとこの病魔から受けるダメージが減少するので、戦闘を有利に進める事が出来るだろう。
「どうか、皆の手で病魔から彼を救ってほしい。よろしく頼む」
 瞬はそう締めくくり、深く頭を下げるのだった。


参加者
物部・帳(お騒がせ警官・e02957)
黒鋼・義次(雷装機龍サンダーボルト・e17077)
サクヤ・ローゼンクロイツ(夢想を綴る者・e19284)
マルレーネ・ユングフラオ(純真無表情・e26685)
レッヘルン・ドク(怪奇紙袋ヘッドクター・e43326)
霧山・優(此岸花・e45265)
コスモス・ベンジャミン(かけだし鹵獲術士・e45562)
ライナー・ハイドフェルド(孤独なる闇剣・e46618)

■リプレイ

●病室訪問
 その病室は、面会謝絶とでも言わんばかりにキープアウトテープが貼られていた。
「必要もないとは思うけど……」
「念のため、ですね」
 手分けしてテープを貼っているのはマルレーネ・ユングフラオ(純真無表情・e26685)と物部・帳(お騒がせ警官・e02957)だ。帳は警官という職業柄なのか、手慣れた様子で出入り口を封鎖していく。
「んー……こんなんでいいんか?」
 アニメのDVDや漫画を抱えた咥え煙草の男がいる。ライナー・ハイドフェルド(孤独なる闇剣・e46618)だ。
「ちょっと、病院内で煙草は――」
「てめぇも一本吸ってみるか?」
 一応注意しようと口を開くコスモス・ベンジャミン(かけだし鹵獲術士・e45562)だが、そこへDVDを置いたライナーの手により別の煙草が放り込まれた。
「僕は未成年……あっ、甘い」
「シガレットラムネだよ」
 人を喰ったように笑うと、ライナーはコスモスの持っていたアニメのDVDを奪い、自分の用意したDVDと重ねていく。
「おら貴弘クンよ、好きそうなアニメとか漫画、持ってきたやったぜ」
 ライナーとコスモスの取った患者の励まし方法は、奇しくも同じものだった。見慣れた深夜アニメのパッケージ絵に、落ち込んでいた患者の目が吸い寄せられる。
「俺はこういうの疎いんだがよ、気に入ったのあるか?」
「疎いのに、どうやって選んだんですか?」
「店員に適当な深夜アニメのやつ見繕ってくれーっつったら、ソッコーで包んでくれたぜ」
「その眼光でにらまれたら、まあ、萎縮するでしょうね……」
 コスモスは、思い浮かんだちょっとした疑問を口にしたことを後悔した。ちなみにコスモスのDVDは友人に選んでもらったものだ。
「パッケージになる前の録画分です。入院していて見られないものもあると思って」
 コスモスは更にポータブルプレイヤーも患者へと差し出す。患者はそれを受け取ると、わずかだが確かに頭を下げた。
「ありがとう……病院は消灯時間が早いから、助かるよ」
 男は二人の差し入れに感謝している。差し入れ路線は効果があったようだ。手ごたえを感じた二人は、小さく頷き合う。
 続く2人もアニメ路線だ。サクヤ・ローゼンクロイツ(夢想を綴る者・e19284)は白とオレンジを基調としたコスチュームを身に纏っている。
「病気で辛いのに誰かのため立ち上がろうとするなんて、なかなか出来ることではありません。あなたはとても勇敢な人です」
 へそや太ももが露出したショートパンツルック。変身ヒロインのようないで立ちのサクヤに励まされ、患者は相好を崩した。
「そんなあなただから、僕たちも安心してお手伝いをお願いできます。同じ病気で苦しんでいる人たちのために、何よりお母さんのために、あなたの力を貸してください」
 優しい笑顔と柔らかい口調を務めて意識しつつ、指抜きグローブを嵌めた手でそっと患者の手を握り込む。
「ありがとう……なんだか、アニメから出てきたみたいだね」
 そう呟く患者へ、マルレーネは告げた。
「休むのも戦士の仕事よ」
「ん、そのセリフは……」
 マルレーネは患者が見ていた深夜アニメのセリフを引用したのだ。
「そうか、君も好きなんだね、企業戦士デスマーチ」
「ええ……」
 本当は事前に調査しただけなのだが、それを告げる必要もない。マルレーネがこくりとうなづくと、患者は嬉しそうに目を細めるのだった。
「語り合いたいところだけど……そうだね、今はひとまず休もうかな……休むのも仕事だからね」
「ええ、おやすみなさい。目覚めたら、またあなたの力を借りるわ」
 励ましは、患者が食いつきやすいアニメの話題から始まり、徐々に本来の応援へとシフトしていく。
「今は休んでおいて大丈夫ですよ。今の健康状態で同僚に引き継いで、重大な見落としがあったらそれこそ迷惑が掛かってしまいますし。同僚に引き継ごうとしているファイルだって、引き継ぐ前提で作っていないわけでしょう?」
「そう、なんですけど……」
 帳が仕事の話題を振ると患者の顔が暗くなる。仕事の話は地雷だったか、と帳はすぐに笑い飛ばすように続けた。
「休んだって大丈夫ですよ。本官だってよく運転で始末書を書いたりとかしておりますから、ははは……!」
「そうだな、溜まった有給休暇を消化するということで、聖地巡礼でも行ってみるのはどうだ。どこか行ってみたいところはあるか?」
 黒鋼・義次(雷装機龍サンダーボルト・e17077)も帳をフォローするように言葉を引き継ぐ。別の質問をすることで仕事のことを考えさせないようにするねらいだ。
「どこか……キャンプに行きたい」
「ああ、いいですね。キャンプはいいですよ、癒されます。マイナスイオンで森林浴ですからね」
 レッヘルン・ドク(怪奇紙袋ヘッドクター・e43326)はその二つ名の通り紙袋を頭にかぶっている。そのおかげでまあうさんくさかった。
 患者が訝し気な目でレッヘルンを見ると、レッヘルンはすかさず用意していたテープレコーダーのスイッチを押す。
「木島、おまえが抜けたのは正直痛いけど、なんとかやってくから、まずは直してくれ」
「また昼休みに一狩りいこうぜ」
「みんな……」
 同僚からの励ましを聞き、患者は困ったように笑った。
「みんなに迷惑かけてるな、同僚にも、母さんにも……」
「ああ。時間を作ったら親孝行するのもいいかもしれないな」
 義次は念のため仕事関係とは違う、母親に焦点をずらしていく。
「今は避難してもらっていますけれど、お母さまもあなたの残火病が治るよう、すぐ近くで祈っていてくれてますからね」
 その流れに霧山・優(此岸花・e45265)も乗る。
「先程お母さまにもご挨拶させていただきましたけど……やはり心労で疲れているご様子でした」
「そう、ですか……そうですよね。気づかなかった……」
「気づいていたけれど、気づかないふりをしていたのではないのですか?」
「それは……」
 患者の顔が曇る。
「あなたも本当は、今のご自分の状態を、わかっているのではないですか?」
 優としては自身の健康状態や働き方を見つめ直すきっかけにしてもらえれば、という思いだった。
 しかし、責任感の強いこの患者の場合には逆効果だったかもしれない。
「そうだ、治さなきゃいけない……母さんのために、病気をしっかり治さなくちゃ……!」
 追い込まれた患者は強迫観念にも似た呟きと共に、黒い手形の痣がついた喉を掻きむしろうとする。
「いけない……!」
 その腕を、素早くコスモスが止める。
「自傷行為は痛いだけですよ。そんなことしなくても切除いたしますから、病魔だけをね」
 拘束帯で患者を縛りつけると、レッヘルンは患者の身体から病魔を引きずり出す。
「ウゥ……ジャマヲ……スルナ……」
 死神に似た病魔がその場に現れる。ケルベロスたちは一斉に武器を構えた。

●希望の灯火
 ドラゴニックオーラを噴射したハンマーが、横殴りに病魔を吹き飛ばす。
「軽いな、もっと肉を食え、肉を」
 ハンマーを担いだ義次は、余裕な言葉とは裏腹に警戒態勢を緩めない。気を抜かず、全力で撃退に当たる。
 炎を纏ったライドキャリバーによる突進。病魔をベッドへと突き飛ばした。病魔は体勢を立て直すよりも先に叫ぶ。
 断末魔にも似た金切り声が、精神攻撃としてケルベロスたち、後列へと飛んでいく。
「おっと、病魔の声は届かせませんよ」
 レッヘルンが帳を庇って前に出る。音の攻撃を食らうも、その表情は変わらない……紙袋を被っているからうかがい知ることができないというのが正確なところだろうか。
「なんて声だ……!」
 思わず片耳を塞ぎ、目を瞑るコスモス。初めての依頼、戦場の緊張も相まって震えそうになる。
「大丈夫だ、俺が守るよ」
 その眼前に、優が割って入った。患者を癒せなかった分、戦闘で貢献して穴埋めするとばかりに献身的にかばっていく。
「あ、ありがとうございます……」
 その頼もしい背中を見て、コスモスの瞳に強い意思が宿り、周囲に電気がスパークする。
「生きるためでもなくいたずらに人々を苦しめるなんて絶対に許しません!」
 宣言と共に杖を突きつけ、雷撃を発射する。稲光は守備に徹する優の横をすり抜け、病魔に命中した。
「当たった……!」
「痺れたらそいつの骨が見えるって描写、漫画とかじゃあるけどよ……元から骨だとわかんねぇなぁ」
 ライナーは喰霊刀に向けてそうひとりごちると、その力をいきなり解放する。
「呪弾解放。顕現せよ、死して尚恨みを纏い、怨敵を喰い潰す『死告の弾丸』よ」
 剣がどす黒い、病魔とはまた違う瘴気めいたオーラが発生する。それは呪いだ。ライナーは呪いを纏った剣を携え、突進する。
 それはまさに死を告げる弾丸だった。
「何、首絞めが好きなら自分の首でも絞めてくれ病魔サンよ」
 一閃。死神の首と胴が離れ離れになる。
 宙に舞う病魔の首を見て、ライナーはひとつ舌打ちした。
「まだだ! 手ごたえが軽ぃ!」
 骸骨の顎がカタカタと上下に揺れる。笑い声と共に宙に浮いた頭部が胴体の下へと戻っていく。
「まったく、お化け屋敷にいたら人気者になれるでしょうけどねっ!」
 帳は接近を許さまじとばかりにリボルバー銃を乱射し、死神の足元を狙い撃つ。それでも、リロードの隙間を縫うように病魔は帳へ接近すると、その枯れ腕のような手で首を絞めてくる。
「あの……ちょっ、力強くありません? だ、誰か助けて下さい!」
 その見た目からは想像しがたい腕力に、帳はギブアップとばかりに死神の腕をタップする。だがもちろん、死神がそれで拘束を緩める訳がない。
「大丈夫……?」
 苦し気にもがく帳を救ったのはマルレーネの操る御業だった。半透明の御業を縄のように作り変えると、死神の腕を拘束して引きはがしていく。
「あ、ありが……ごほっ、こほっ!」
 咳き込む帳をネクロオーブ越しに透かして見ているのはサクヤだ。オーブの中、もやのようなものが左へと傾く。
「……予知できました。回復が終わったら、右へ回り込んでください」
「は、はあ」
 オーブとレッヘルンのナノナノの力で癒された後、言われるがままに移動する帳。すると先ほどまで帳がいたところへ病魔の腕が伸びていた。運良く空振りに終わる。
「やられたままでは終わりませんよ!」
 帳も御業を駆使し、伸びた腕を縛り、拘束する。生じたチャンス、サクヤが飛び込む。
「人々を蝕む病魔、残火病。この世界から根絶します!」
 オーラを身にまとうと、地を裂くような強烈なローキックを放つ。
「!!」
 当たらない、と死神はまとわりつく御業にもがきながらも身体を浮かせてかわす。その動きはまた、サクヤにとって想定内だった。
「マルレーネさん!」
「任せて」
 同時に動いていたマルレーネの放った魔法光線が、空中の死神へと直撃する。
 痩せぎすの筋張った身体に石がまとわりつき、その行動を阻害していく。
「今度はお前が冥府に引きずり込まれる番だ」
 優は喰霊刀が捕食した魂のエネルギーをライナーへと分け与えていく。
 ライナーの狙いが研ぎ澄まされ、今度はどこに攻撃を与えれば致命的になるのか、感覚的に理解していく。
「行くぞ弟子共、本場の呪いってのを教えてやんな!」
 狙いすましたかのように、刀が病魔の胸、心臓があった場所へと吸い込まれた。
「オ、オオオォォォォオオオッ!!!」
 今度の断末魔は、攻撃ではなく、患者の残火病を治療できたという凱歌となるのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月13日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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