ヒーリングバレンタイン2018~グラス&ショコラ 

作者:柊透胡

「昨年より開始したミッション破壊作戦は、ケルベロスの皆さんのご尽力で、大きな成果を上げました」
 生真面目な表情で、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は慇懃に会釈した。
「現状、約50のミッション地域が奪還されています。それで……この、取り戻した地域の復興も兼ねて、バレンタインのチョコレートを作ってみませんか?」
 デウスエクスに侵略されていたミッション地域は、基本的に住人はいなくなってしまっているが、引越しを考えている人などが下見に来ていたり、ミッション地域の周辺住民が見学に来る事はある。
「ですから、一般の方でも参加出来るイベントにすれば、解放したミッション地域のイメージアップにも繋がるでしょう」
 創が見せたタブレット画面の地図は――福井県嶺北地方の中央部。
「福井県鯖江市は、最近奪還されたミッション地域です」
 ミッション4-1『鯖江眼鏡戦線』――眼鏡フレームの日本シェア96%を誇る鯖江市は、螺旋忍軍の一派『コンタク党』に長らく包囲されていた。
「鯖江市は『眼鏡』を『ふるさと名物』として『応援宣言』しており、『眼鏡の聖地』と呼ぶ方もいるそうです。故に『コンタク党』の目の敵とされて、眼鏡製造に関する工場や商店が被害を受けています」
 比較的初期のミッション地域であった為、特に最前線となった郊外の施設の被害は相当に深刻だ。
「皆さんには、鯖江市郊外の眼鏡製造施設のヒールを中心にお願い致します」
 ヒールは時にファンタジーが混じる。精密機械の修復には不適な場合もあるだろう。その点に配慮して、必要な箇所に的確なヒールを。或いは、ヒールを用いない作業が必要な場合もあるだろう。
「尤も、私達の担当箇所はさして広くはありませんので、復興作業自体は午前中で完了すると思われます」
 タブレット画面を確認しながら、創は粛々と説明を続ける。
「その後ですが……『眼鏡チョコ』を作ってみませんか?」
「眼鏡チョコ……?」
「まあ、食べられる眼鏡なんて、面白いわねぇ」
 何処かコミカルな響きに、小首を傾げる結城・美緒(ドワっこ降魔巫術士・en0015)。貴峯・梓織(白緑の伝承歌・en0280)はいっそ無邪気に笑み零れる。
 創が取り出した見本は、一見して焦げ茶色のサングラス。クラシックなデザインがお洒落で、ひっくり返すと丁度眼鏡を折り畳んだように、テンプル(弦)もしっかりとチョコレートで作られている。フレームが鼈甲柄なのも、手が込んでいる。ちゃんと眼鏡ケースに収められており、ユニークなプレゼントに打って付けだろう。
「まず眼鏡の型にチョコレートを固め、フレーム部分は転写シートで好きな柄を貼り付けます。その裏側に、折り畳んだテンプル型のチョコレートをくっつければ完成です」
 チョコレートの種類は、ビター、ミルク、ホワイトの3種類。フレームを彩る転写シートの種類も豊富に用意される。
「勿論、眼鏡のお洒落の命ともいえるフレーム型の種類も、数多く取り揃える運びです」
 眼鏡フレームといえば――レトロ感溢れるウエリントンと人気を二分するボストン、優しい印象のオーバルにラウンド型、対照的にキリッと顔の輪郭を引き締めるスクエア型やシャープな印象のフォックス、サングラスのフレームとして人気の高いティアドロップ等々。
「後は……エレガントな雰囲気のリムレスとか、知的に印象付けるブロウ、アンダーリムにはフェイスラインをより引き締める効果があるとの事です」
「そ、そう……」
 拘りについて専門用語を多用して語ってしまうのは、創の悪癖かもしれない。相変わらずの真顔ながら、その立て板に水を流すが如くの弁舌に、美緒は明らかに腰が引けている。
「あらあら」
 いっそマイペースな梓織の関心は、既に眼鏡ケースの方に向いている。
「このケースは……デコパージュね?」
「そうです。シンプルにそのままの眼鏡ケースを用いるのも悪くないですが、折角ですので、ケースも思い思いに飾ってみるのも楽しいかと」
 デコパージュは、色とりどりの紙ナプキン等をベースに専用ノリで貼り付け、その上から再度ノリを塗布して仕上げる。乾燥後はマット調の仕上がりになり、コーティングする事で、模様がはがれ難くなるのだ。
「パターンペーパーも各種用意しますが、写真や自作のイラスト、新聞紙等を転写する事も可能です」
 眼鏡チョコも眼鏡ケースも、アイデア次第で、オリジナリティ溢れる作品となるだろう。
「会場は、担当エリアにある公民館を押さえています。午前中は主に『ヒール』、その間に『道具や材料の搬入』。イベントは午後からで、一般からの参加もありますから『イベントの進行や参加者のお世話』担当もいますと、ありがたいです」
 当日はケルベロス達も忙しくなるだろうが、『眼鏡チョコ作りに挑戦する』時間は十分にある筈。きっと参加した人の数だけ、様々な眼鏡(チョコ)&ケースが鯖江の復興に花を添えるに違いない。
「それでは、宜しくお願い致します」
 ヒーリングバレンタイン2018――眼鏡の聖地で、ヒールと眼鏡チョコを作る一時は如何?


■リプレイ

●聖地復興
 福井県鯖江市――眼鏡の聖地に雪が舞う。底冷えの寒さの中、コンタク党から奪還されたばかりの地に集まったケルベロス達は、吐く息も白くヒールに勤しんだ。
「……承知しました。では、この一帯に、ヒールドローンを展開致します」
 眼鏡を愛する有志『メガーヌ』として参加したテレサ・コール。常ならばアンニュイな風情が、いつになく真剣な面持ち。鯖江に帰って来た眼鏡の技術者の意見を聞きながら、これを機に眼鏡の生産性を向上させようと意気込んでいる。
 ちなみに、『メガーヌ』は旅団「眼鏡真教」と「近眼の鷲」のスペシャルメガネコラボらしい。今回は10名もの大所帯だ。
「増永先生……人類にメガネの光が戻りました」
 福井県に眼鏡枠製造業の基礎を築いた、増永五左衛門に想いを馳せるメロウ・グランデルもその1人。鯖江の復興を願い、工作設備の搬入や調整を手伝う。
「心技体、全て鯖江でがんばりますよ!」
 赤銅金ツギ眼鏡を掛け、合間の栄養補給は「サバフェス」に因んで焼き鳥という気合の入れようだ。
「イベントが盛り上がるようにがんばりますー」
 作業服を着込んだ朴実・木蓮は、瓦礫やごみを撤去する。攻性植物を平和利用出来ないかと、こっそり試行錯誤してみたり。
「よし! ドンドン直すぜ」
 軋峰・双吉はオラトリオヴェールを編んで回る。不器用を自覚しているので、大雑把でも何とかなりそうな建物の外壁を集中的に。
 橘・相も朝からビール、もといヒール。
「おのれ親戚の子め、私までお酒な感じになってきたじゃまいか」
 こう、ジョブレスな感じでだらだらと。ペースは人それぞれだ。ヒールの要請は最前線であった郊外が主ながら、破壊された物も多ければあちこち駆け回る者も少なからず。
「お疲れ様です」
 ケルベロス忍軍眼鏡党……もとい、通りすがりのウェイトレス眼鏡系の巻島・菫は、胸元(ドリンクバー)から栄養ドリンクを出しては配って回る。お味は多分、ガラナ味。
「今度眼鏡を新調する時は、是非とも鯖江のフレームで拵えたいですね」
 談笑を交えながら、ヒールにも勤しむ。
「なるほど。用途に応じて、エッジが利いてたり曲線が計算されているんですね」
 流石に精密機械のヒールは遠慮されたが、機械について職人に聞きながらの作業は色々と興味深いものだ。
「さあ、一息入れたら続きをやりましょう! あ、街の案内看板なら眼鏡のかたちでもいいですよね?」
「んー……再ヒールとかって必要かの?」
 ヒールによるファンタジー化は無作為の筈だが、眼鏡型の花が咲いた花壇があれば、色違いのパネルを踏むと「眼鏡最高!」なるお題目が聞こえてきたり。思わず頬を掻くケルン・ヒルデガントだが……まあ、実害は無いので良しとしよう。
「納品チェックは任せて!」
 ヒールの間にも、イベント会場の公民館には「眼鏡チョコ&デコパージュケース」の材料が続々と搬入されていく。熱心に納品書と首っ引きなのは、小車・ひさぎ。
(「へっへっへ、この材料がチョコになるのか……楽しみだなぁ。一体、今日はどのくらいのチョコが貰えるかな」)
 夢と期待で胸一杯の佐藤・非正規雇用は、嬉々として材料が詰まったダンボールを重ねる。
「俺は男だし、力仕事にでも勤しむぜ! ほーら、こんなに大量に運べるのは俺ぐらい……」
「どんどんいきますよー」
 得意げに荷を抱えようとした非正規雇用の後ろを颯爽と通過した木蓮は、器用にもその3倍のダンボールを積み上げていた。怪力無双の賜物である。
「……まぁ、最近は男女平等って言うしね。別に俺より力持ちな女の子がいても不思議じゃないさ」
「……何? それ?」
「チョコレートですよ! 勿論!」
 一方、何か絶句した結城・美緒の前を、巨大眼鏡が通過する。レンズを受け皿にチョコレート各種のお徳用袋がてんこ盛り。某漫画の名シーンの如く、巨大眼鏡を背負うのはメリッサ・ニュートンだ。取り敢えず、眼鏡的アピールと某漫画は無関係と言っておこう。
「いっぱいお客さんが来てくれたら嬉しいよね」
 ウォーレン・ホリィウッドは机や椅子を並べて、会場の設営に勤しんでいる。
「光流さん、重たそうだね。手伝うよ」
 そこへ美津羽・光流が大きな台車を押してきたので、並んで押し始めた。
「この辺、全部チョコかいな」
「うん、ほぼ全部そうだね。眼鏡チョコ、たくさんできそう」
「えらい人気やな」
 台車から、ダンボールを順に下ろしていく2人。チョコの種類毎に整理する。
「俺も作ってみたいけど……どんなんが良えやろ」
「うーん……眼鏡の事を考えると、僕なら仲の良い友達や家族みたいな家主さんが浮かぶから」
 お世話になった人の中で、眼鏡を掛けている人を考えながら作ってみるとか?
「ほら、ヘリオライダーの創さんも眼鏡掛けてるし。モデルはたくさん」
「世話になった人なあ……あまり眼鏡の知り合いおらへん」
「あれ、いない?」
 考え込む光流の様子に、小首を傾げるウォーレン。
「そういえば、レニ先輩もたまに眼鏡かけてたな。目悪いん?」
「僕のは伊達眼鏡。眼鏡してると頭が良さそうに見えるからね」
 ほら、と掛けて見せれば、ウォーレンの用意周到さに光流も思わず笑みを浮かべる。
「俺、先輩のそういうとこむっちゃ好きやで。ほんま知的に見えるし、フレームが赤いのが可愛え」
 傍から見れば、青年2人が見詰め合っている状況で、今度は照れ笑いが漏れる。
「決めた。レニ先輩の眼鏡をモデルにチョコ作るわ」
「ちょっと照れるけど光栄。後で一緒に作ろうね」

●グラス&ショコラ
「鯖江にようこそ! イベント会場は此方です!」
 徐々に集まってくる参加者を、ゴーストスケッチも使って量産したメロウ作可愛い案内イラストがお出迎え。参加者に眼鏡と鯖江を好きになってほしいという願いが、沢山込められている。
「お待たせしました! それではスタートです!」
 お昼も回って、いよいよイベントが始まる。イベント進行を担当する篠村・鈴音の開催宣言に、パチパチと拍手が起こった。
 参加者は、ケルベロスより一般人の方が多いだろうか。内容がユニークなチョコ作りの所為か、家族連れも少なからず。子供の声がよく聞こえる。
「お母さん、捜しているのですか?」
 早速の迷子は、幽舟・雪が心配した通り。泣きべその女の子に、ペイントブキで落書きを描いて慰める。
「これ、なぁに?」
「えっと……ウサギ、です」
 墨絵は、子供にはちょっと渋かったかもしれない。気恥ずかしさでついついマフラーで口元を隠しながら懸命に相手してあげていると、程なく母親らしい女性が駆け寄ってきた。
「ありがとう! タヌキのお姉ちゃん!」
(「アライグマ、なんだけど」)
 女の子に手を振り返したけれど、訂正出来ないもどかしさ。胸のもやもやを抱えながらも、雪は引き続き会場を巡る。
「まずは、チョコレートの種類と眼鏡の型を選んで下さいね。チョコは直火、じゃなくて湯煎で溶かします」
 アシスタントは尾中・ビビ。テレビウムのヴィヴィも解説のボードを掲げてお手伝いだ。
 眼鏡チョコは、眼鏡の型にチョコレートを固め、フレーム部分は転写シートで好きな柄を貼り付ける。その裏側に、折り畳んだテンプル型のチョコレートをくっつければ完成――結構お手軽だろう。
 忽ち、会場にチョコの甘い匂いが漂い、和気藹々の談笑がさざめくよう。
「むむ……」
 割と専門的な話もついていけるくらい眼鏡好きのテレサは、眼鏡チョコも愛用のアンダーリムを模して。難易度は高めで、眉を顰めて転写シートを吟味している。
「細かい料理は苦手なんだぜ……」
 やはり愛用のPC眼鏡を模して、ビターチョコでスクエアフレームの黒縁眼鏡を作ろうとする双吉だが……こちらは無理せず、同志に援けを求めている。
「うおお、そうだ! チョコレートボンボン!」
 特に凝った物を作る気はなかった相だが、ふと思い付いたのは、チョコのテンプル部分を空洞にしてアルコールを仕込む仕掛け。
「……って、またお酒に走ってる! おのれ、お酒大好きな親戚の子め……」
 責任転嫁しながら、どうにかこうにか試行錯誤を始める相。上手く出来たら、親戚の子にプレゼントしよう。お酒とか好きそうだし。
(「眼鏡と聞いて黙ってはいられませんね! 保存用観賞用と合わせて3つは作りたいところです」)
 自らも手際よく眼鏡型にチョコを流し込みながら、イベント進行も卒の無い鈴音。だが、あんまり淡々と進めるのも面白くない。
「おおっ、これはトンボ眼鏡! お下げの女の子に似合いそうです! そう言えば、ビビさん! ショタッ子に似合う眼鏡は何でしょうか?」
「え、あ、それは……」
 まるでプロレス実況のノリで、鈴音は現場レポートを始める。無茶振りされたビビは、あたふたしながらも生真面目に考え込む。
「……丸顔に敢えてスクエアフレーム、とか?」
「それは素晴しいチョイスです!」
「ああ、でも、ボストンも捨て難い……」
 ビビの悩みがディープな深淵に沈む前に、次行こう。
「チョコの形はウエリントンにしようかな。食べ応えありそうだし。フレームは……」
「ワタシは、ビターチョコで黒っぽくしようっと。フレーム部分はピンクの転写シート、だね」
 並んで楽しそうなピジョン・ブラッドとマヒナ・マオリを肩越しに見やり、羨ましそうに溜息を吐く八王子・東西南北。
「どうした、しほう。遠慮してるのか?」
「い、いえ……」
(「くっ、リア充オーラが眩しい……」)
 2人は恋人同士。ひょっとしなくても、自分はお邪魔虫では……とびくびくしながらも、友達と来られてとても嬉しいのも本当で。取り敢えず、作業に専念する事にする。
 東西南北の眼鏡チョコは、スクエア型のゴツいフォルム。デコパージュケースには、大好きな萌えアニメの美少女キャラを転写した。
「よし、うまくできたかな?」
 自身の出来栄えに満足そうに頷いて、さて2人はと振り返れば。
「デコパージュは初めてだったけど……ピジョンはやった事あった?」
「僕も初めてだよ。紙も色々あるんだね」
 にこりとしてピジョンが差し出してきたのは、宝の地図柄のデコパージュケース。開けば、金縁のウエリントン眼鏡チョコ――金色は、東西南北の翼の色に似て。
「これは僕からしほうへ。地図の柄のケースは、ワクワクする1年でありますように、ってね」
「メガネって聞いて、シホウが浮かんだんだよね」
 笑み満面のマヒナのケースは、白黒のモンステラ柄が彼女らしい。ハワイ感を出しつつ、シックでお洒落な雰囲気だ。中の眼鏡チョコは、東西南北の眼鏡に似ている。ちなみに、フレームのピンクは、彼の瞳の色だ。
「シホウ、ハウオリ・ラ・ハナウ! 誕生日おめでとう! バレンタインデーが誕生日だもんね」
「えっ、ボクにですか!?」
 誕生日の事なんて、当人もすっかり忘れていた……それを、彼らが覚えてくれていたなんて。お祝いしてくれて、その上プレゼントまでも――感激で、東西南北の眼鏡が曇る。
「あ、ありがとうございます……」
 涙を拭って、笑み零れた。

●デコパージュケース
 眼鏡チョコは、きちんとケース付き。とはいえ、シンプルなプラスチックケースなので、このままでは少し寂しい所。それで紙を切って貼るだけの『簡単デコパージュ』で、思い思いにアレンジだ。
「判らない時は、気軽に声を掛けて下さいね!」
 一般参加者にも配慮して、デコパージュを手伝うメリッサ。
「世界に眼鏡を、眼鏡に光を。世に眼鏡の有らん事を」
 パターンペーパーに海外のオサレな眼鏡カタログとか、いっそ眼鏡真教のチラシまで混じっているのは、教主の勤め……という事にしておこう。大丈夫、やり過ぎたらヘリオライダーが粛々と対処するし。
「あたしも手芸好き。刺繍とか、楽しくて時間忘れちゃうよね!」
「そうねぇ。枕カバーの刺繍とか……お客様の当ても無いのに、何枚も仕上げてしまったものだわ」
 ひさぎの快活な言葉に、高峯・梓織はおっとり目を細める。
「あらあら。あんまりカラフルだと若者向けかしら……お父様に贈るのでしょう?」
「う、うん。成人式の着物のお礼に、偶にはね? バレンタインって言い訳もあるし」
 ともすれば派手に走る傾向を自重して、シックな色使いを心掛ける。パターンペーパーを並べては考え込むひさぎを見やり、梓織は微笑ましそうだ。
「おばさまも眼鏡掛けたりする?」
「わたくし? いいえ、時々ルーペを使うくらいかしら」
「あたしはライフル持った時にシューティンググラス使うぐらいかなー、ゴーグルタイプの!」
 気泡が入らないよう慎重にノリを塗り重ねながら、2人並んでお喋りの花が咲く――。

●鯖江においでませ!
 おやつの時間も過ぎれば、完成品も並び出す頃合。眼鏡チョコとケースをお土産として大事に仕舞う者、早速美味しそうにチョコを頬張る者、それぞれの楽しそうな様子に、イベントを手伝ったケルベロス達の表情も和らぐ。
 ――大きな眼鏡チョコを、この町にプレゼントしたいのだ♪
 特別製の眼鏡型を持ち込む程の意気込みながら、問題はパティ・パンプキン自身が料理出来ない事。
「だ、だから、その、手伝って欲しいのだ……ダメ、なのだ?」
「……私も、そこまで詳しくありませんが」
 チョコレートの溶かし方も知らないと聞いて、相談された都築・創は流石に困惑を浮かべたとか。それでも、きちんと計量して丁寧にチョコレートを砕き、湯煎の温度を守れば、何とかなるものだ。
「お湯をボウルに入れないようご注意下さい」
「む、難しいのだ……」
 チョコレートのボウルをひっくり返してやり直したり、お湯の熱さに飛び上がったり……主にパティの試行錯誤の末、やっと固まった特大眼鏡チョコレート。後は、ホワイトチョコのデコペンでレンズ部分に「日本・No1!」と書けば。
「これからは安心して暮らして欲しいのだ♪」
 そろそろ後片付けという時間になって、漸く完成。絞り袋を台に置いて、パティは思わず快哉の声を上げる。
 イベントも終盤。作業着のままながら自分の眼鏡を模したチョコと紅茶でくつろぐ木蓮を始め、『メガーヌ』の面々ものんびりとした雰囲気。
「皆さん、鯖江は好きになってくれましたか?」
 一般の参加者に問えば、楽しそうに頷く者、少し不安げな者、反応もまだ様々。
「だーいじょうぶ! 何かあったら私たちがすぐ来ますから!!」
 メロウが自信を持って請合えば、メリッサも相も雪も笑顔で胸を張る。
「チョコ、貰えなかった……」
 そんな中、何だかガックリしているのは非正規雇用だ。本番は明日というのは、さて置き。このままでは寂しいので、ひっそり自作した眼鏡チョコを持って双吉に話し掛ける。
「軋峰君……これ、俺の気持ち。良かったら、受け取ってくれる……?」
 見詰め合う竜派ドラゴニアン33歳&ブラックスライム滴るオラトリオ25歳。(どっちも男)
「イエス、油脂と糖分! ゴー、高カロリー!」
 お互い明らかにホッとした表情で、交換が成立する。
「しかし、折角の眼鏡型。あまりガツガツ食べるのも……ここは、ゆっくり観賞しながら……」
 グゥゥゥゥ――双吉の殊勝な心掛けを、木っ端微塵に粉砕する腹の虫の音が響き渡る。
「何だかんだで、チョコ貰ったら嬉しいもんですよね」
 此方でもチョコ交換。同志に眼鏡チョコを渡して回る鈴音に、チョコ大好きで思わず笑みを浮かべるビビ。続いて、お返しのアンダーリム眼鏡チョコを差し出すテレサは、その出来栄えにドヤ顔だ。5分前まで、誰に渡そうかとおろおろしていた気弱は既に明後日の方向に投げている。
「妾はモノクルを作ってみたのじゃな!」
 ケルンは美緒と力作を見せ合いっこ。片眼鏡なら食べ易そうだし、商品化出来るだろうか?
「モノクル型もあったのね……アンティークな感じが素敵よね」
 ちなみに、モノクルは顔の彫りの深い西洋人用に作られた眼鏡。眼窩にはめる方式は、東洋人には難しいという。
「美緒姉様は何を作ったのかの?」
「私は……セルフレームをイメージしたんだけど」
 ホワイト眼鏡チョコは太縁のオーバルフレームで、可愛らしいギンガムチェック。ケースのデコパージュもアーリーアメリカン調で、美緒はちょっぴり得意げだ。
「片付けが終ったら、一緒にティータイムは如何じゃろうか? いい紅茶と美味しいタルトを用意してるのじゃ」
「じゃあ、もう一仕事、早く済ませましょ♪」
 折角の眼鏡チョコ、すぐ食べてしまうのも勿体無いから。ケルンのお誘いに笑顔で肯いて、美緒はいそいそと片付けに取り掛かった。

 鯖江のヒーリングバレンタインは、盛況の内に終了を迎える。
 遠からず、眼鏡の聖地は復興への道を歩み始めるだろう。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月13日
難度:易しい
参加:19人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 6
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