ヒーリングバレンタイン2018~平穏の甘味

作者:寅杜柳

●脅威の去った地にて
 去年から今年にかけて多くのミッション地域がデウスエクスから奪還され、平穏が訪れつつある。
「それも全部皆の活躍の成果だな!」
 にっ、と笑顔で雨河・知香(白熊ヘリオライダー・en0259)が感謝の言葉を述べる。
「だけれども完全に復興するにはまだ時間がかかる。……そこで、取り戻した地域の建物へのヒールと、復興とイメージアップも兼ねて一般の人でも参加できるイベントをやってみないか?」
 知香が言うには住民は基本的にいないが、引っ越しの下見に来る人やミッション地域周辺の住民が見学に来ることはあるのだという。
「時期的にバレンタインも近いし、菓子作りのイベントを楽しくやれればヒールで形の変わった街並みも合わせていい感じになると思う」
 今回彼女は熊本県天草諸島に向かおうとしているのだという。
「かなり広い島で人口も多い。歴史的に色々あって、教会がいくつかあるな。現代だと人口比的にはそんなにいないらしいが」
 エインヘリアルの襲撃で破壊された地域にも教会がある、と知香は言った。
「ヒールで教会とその周辺の建物をまず修復して、それから付近の公民館とかも併せて厨房を借りて、材料や道具を運び込んでお菓子を作る。作る数は多ければ多いほどいいかもしれない。一般の人たちも参加するから一緒に作ったりするのもいいと思う」
 基本的にはイベント向けだが材料を少し使って個人的に作っても大丈夫、そう言って知香は笑う。
 それが終わればイベント本番だ。
「教会の前に特設の会場がセットされるから、お菓子配ったりしつつ交流したりして雰囲気を盛り上げてみてほしい。事件関係なしにゆっくりケルベロス達と話せる機会はあまりないだろうから色々聞かれるかもしれないけど、まあ、大丈夫だろう」
 そこまで説明すると白熊の女は、一緒に皆で一緒に楽しめるように、どうかな? と一同に尋ねた。


■リプレイ

●祈りの場は癒されて
 デウスエクスの蹂躙を許していた熊本県天草諸島のとある教会。
 信仰の篤い人々も侵略の前には逃げざるを得ず、けれどもその障害も除かれた今、澪歌たちや【Ruine】の面々といったケルベロスがヒールグラビティで修復していく。多少幻想的な装いになるも、これからのイベントにはうってつけなのだから問題はないだろう。

「大分片付いてきたね」
「ああ」
 ノルとグレッグは談笑しながら、それでいてテキパキと破損跡を修復し、続くイベントのための飾り付けをしていく。全て元通りとまでは行かないまでも、誰かの楽しい思い出や祈りの場所になるように一つ一つ丁寧に。ノルはそんなグレッグの見えづらい所を補うように、確実にするように片付ける。こういう場所を直すのも、何かの縁だと思いながら。
「……そういえばさ、以前教会に行った時、一瞬足を止めたのが気になってたんだけど」
 どこか躊躇いがちにノルが尋ねる。あの時、教会に嫌な記憶があったのかな、とノルは思った。オリーブグリーンのコートの青年も足を止める。
「ずっと気になってた。何があったのか、もしよければ、今までの事を聞かせて欲しい」
 これから、一緒に歩いて行くと決めたのだから。
「そのことも、俺は一緒に背負うから」
 それはどこか、誓いにも似た言葉で。
 対するグレッグは苦笑を返し、
「教会があまり好きじゃなかったのは、小さい頃に教会の施設で育ったからで……」
 思い出すようにゆっくりと語り始める。
 ――昔からこんな性格だから、上手く馴染めなかった。
「いつも一人で過ごす広い建物がひどく寒く怖い場所のように感じられて……その時は分からなかったが」
 当時の自分はきっと、寂しかったんだろうな。穏やかに、そう言った。
 ノルがグレッグの手を取り、胸の前に引き寄せ抱く。そこに光る、親愛の花と十字架モチーフのペンダントに近づけるように。
「……今、傍にいられて良かった」
 今はひとりじゃないから、その想いを伝えるように優しく包み込む。レプリカントの彼の温もりに、架せられていた重荷が軽くなったような、そんな安堵がオラトリオの青年の心に安堵が広がる。
「……今はもう一人ではないし、こうして人の役に立つ為の仕事が出来るのも嬉しいと思えるから……」
 だから、大丈夫。グレッグはそう答える。
 二人は底冷えするような寒さの中の、お互いの手のあたたかさに暫しの間浸っていた。

●暖かな時間
 修繕を終えた教会の調理場は多くの人々で賑わっている。素材は十分、お菓子作りにかける情熱も十分。友情や親愛をこめて、お菓子が次々に作られていく。
「教会という事で十字架のチョコを作るのだ!」
 そんな中、パティは元気に宣言し、チョコ作りを始めようとするが、
「へ、へるーぷ知香!」
 少々小柄な彼女の視界に広がるのは台所の側面。
「これでも使ったほうが良さそうだねえ」
 救援を求められた白熊もとい知香がすすっと台を持ってくる。
 お礼を言って台に乗り、気を取り直してチョコを作り始めるパティ。
「型は用意したのだ!」
 工作で作ってきたのだ! と彼女は得意げな顔で言う。
「ここに溶かしたチョコをいれて冷やせば完成! 簡単なのだー♪」
 軽快に刻んだチョコをボウルに入れ、お湯で溶かす。チョコの入ったボウルに直で。
 水と混ざったチョコは当然の如く固まらない。
「知香、知香、どうしよう、パティのチョコなんか変なのだ……」
「あー……まず、湯煎っていうのはだね……」
 知香がパティに見本を見せつつ説明を始める。

「……こんなものか?」
「ありがとなー皇士朗さん♪」
 確認し合いながらクッキーを焼いているのは皇士朗と澪歌。料理はそこそこの腕前だが、お菓子づくりの経験のない皇士朗が澪歌の手伝いをする形だ。普段とは違って完璧にこなせないのが少しもどかしく、それでいてもう少しこのままでいたいような、悪くはない時間。
「二人で暮らすならこんな感じになるのか」
 ぽつりと皇士朗が呟く。穏やかな時間に柄にもない言葉が溢れてしまったのだろう。その言葉を耳に捉えた澪歌は思わぬタイミングの言葉に顔が赤くなってしまう。
「……! 知香ちゃん、ちょっと今手、空いてへん?」
 丁度近くを歩いていた知香に手伝いを要請したのは照れ隠しかもしれない。

「ココアパウダーはこのくらいで大丈夫ですの?」
「……それで大丈夫だ」
 ヴォルフとユリアナはチョコクッキーの生地をじっくりと作っている。料理好きなヴォルフの丁寧な仕事ぶりは、味もおそらくいいものに仕上がるだろう。ちなみに朔耶は作ってる途中で食べたくなってしまうから、と二人に任せている。

「沢山作るのだ♪」
 やり方を聞いたら後は実行するだけ、パティは元気に溶かしたチョコを型に流し込んでいく。そして冷蔵庫に入れてワクワクしつつ待機、時間が経って、十分冷えたチョコを型から外す。
「あれー……?」
 十字架型になるはずのチョコレートは、何故か十字の棒が向かい合うどちらの組も同じ長さ、これでは十字架と言い張るにはちょっと厳しい。
「そろそろできた頃かい?」
 澪歌の手伝いを終えて戻ってきた知香が尋ねる。どうしたものか……とパティが白熊の方へと視線を向ける。
「……とりあえず、今冷やしてる分は棒を一本切って調節すればいい、かねえ」
 残りの分については、と知香がクッキー生地を手袋をつけた手で取って、捏ねて空になったチョコ型の棒の端の方に詰める。
「こうやって、こんな感じでどうだい? 冷ますだけなら大丈夫だと思うよ」
「おお! そんな手が!」
 これで大丈夫! とパティがはしゃぐ。まだまだ型に入ってないチョコは沢山あるが、やり方を覚えた彼女にはさしたる問題にはならない。
「そういえば知香はどんなチョコ作ったのだ? パティも味見――見て見たいのだ♪」
「手伝ってばかりだったから自作はそんなにないけどねえ」
 そう言いつつ、知香は先程焼いたと思われるビスケットを取り出す。それと共に、湯気立つマグカップも差し出される。その中身はホットショコラ。先程お湯が混ざって固まってしまったチョコレートをホットミルクで溶かし、甘味を加えて味を整えたもの。
「良ければ、味見してみるかい?」
 その問いに、パティは満面の笑顔でこくこくと頷く。

 こうしてたくさんのお菓子が準備されていった。

●賑やかに楽しんで!
 デウスエクスから解放されて傷痕も生々しかったこの地に、多くの人々が集まっている。
 ケルベロスと実際に話してお菓子も貰える、そんなイベントに、移住を考えている人や近辺地域の住人が興味を持つのも当然だろう。
「お姉ちゃん達ケルベロスなんだよね? お話して!」
「ああいいとも。まずは――」
 元気に話しかけてくる子供たちに、格好よくお話を語りながら義兄妹の作ったチョコクッキーを配るのは朔耶。お菓子作りを義兄妹に任せた分、張り切っている。
「その子達も戦うの?」
 子供の一人が朔耶の傍らの白い犬と梟、オルトロスのリキ、ファミリアのコキンメフクロウのポルテに目をやり、問う。
「そうだよ。戦いの時は俺達に負けないくらい勇敢に戦うんだ」
 そう語る朔耶の姿はどこか誇らしげ。主はユリアナだが、ボクスドラゴンのメルヴェイユは主の傍に居つつ、主の意を汲んでちまちまお手伝い。
 ユリアナが誘った知香も、一般の人たちの勢いにやや押され気味になりながら彼女達を手伝いお菓子を配っている。

「はいはーい、順番やでー」
 澪歌と皇士朗はゆっくりとお菓子を配っている。配るのは先程焼いていたクッキーに、溶かしたチョコをつけたチョコクッキー。
「おねえちゃーん、それでどんな感じに戦ってたの?」
「そうやなー、あれは確か……」
 澪歌は集まった子どもたちに皇士朗と共に戦った時の武勇伝を語る。ウイングキャットのヒナタも側にいて、主の合図で羽ばたいたり色んな仕草を見せている。澪歌は最初こそ普通に語っていたものの、
「それで、もうアカンって思った時に皇士朗さんが守ってくれてなー。すっごくカッコよかったんやでー」
 いつの間にやら武勇伝は惚気話に変化していた。
「皇士朗さんはうちのヒーローなんや」
 そう、当然のように言い切る澪歌。大人たちへとお菓子を配りつつ話をしていた皇士朗の額には汗。
「いや、流石にそれほどのことは……」
 多少盛られた評価に、皇士朗が訂正しようとするも、子どもたちの瞳は既に彼へと向けられている。
 夢を壊さぬように皇士朗も語り始める。

「くっ……お……おいしそう…、!」
 少し人の波も収まった頃。配る為のお菓子を食い入るように見つめているユリアナ。よく見ると朔耶の方も配るお菓子を見る視線が危なげになっている。
(「あ、いけない! いけない!! ここは我慢なのです」)
 でも、美味しそう、と理性と欲望の天秤がふらふらが揺れている彼女。
 そんな彼女の口元に飴玉一つ、朔耶にも一つ。
 お菓子を会場へと運んだり裏方で働いていたヴォルフが二人の元へと戻り、差し出した。
「え……ヴォルフちゃん、飴をくれるのですか……ありがとうございました」
 もごもご、ぼりぼり、ごっくん。すぐに無くなってしまったけれども、二人は落ち着いた様子。つまみ食いが防げたのならば問題なし、そうヴォルフは二人をどこか優しげな眼で見やる。

 少女の二房の金色の髪が風に靡き、鋭い蹴りが青年を襲う。
「こんな風にアタシ達はカッコよーくデウスエクスをぶっ飛ばしたっス!」
 レスターと実演交えて武勇伝を語っているのはコンスタンツァ。グラビティは使わずともその切れのある動きと、フレンドリーに語る姿は子供受けもバッチリで拍手喝采、あこがれに満ちた瞳が釘付けになっている。もっともっととねだる声にも応えていく。レスターもそれに合わせ、熟練の技量でコンスタンツァの演武を受け止めている。
「ここまでで一旦休憩っス!」
 勿論本来の目的も忘れていない。そう言うとすぐさま山積みになったチョコを配る準備をする。演武で人目を引いていた分、すぐに人が殺到してくるが一人一人丁寧に配っていく。
「ええっと、握手もお願いできませんか」
「ええ、勿論」
 青年にそう請われたレスターは快く手を握る。少しでもこの地の人々の励みになればいい、握手した青年の笑顔に心を和ませながらそう思った。

「……それで回廊が砕けた後、デウスエクスに囲まれた中から脱出したんだ」
 同じ県の別地域の解放に関わった白兎は身振り手振りを交えつつデウスエクスとの戦いを語っている。
「その時屍隷兵の隙を突き、必殺のウェアライダーキックをかましたわけだよ」
 白いマフラーを靡かせ、空に飛び上がって鋭い蹴りを繰り出す流れは、グラビティではないが屍隷兵のライオンの頭に食らわせたのと同じもの。それを見た一般の人々の間から感嘆の声が聞こえてくる。ケルベロスの身体能力の高さを話には聞いていても、実際に見るのとでは違うのだ。
「お兄ちゃんカッコいいー!」
「ただの可愛いウサギさんだと思ったら大間違いなのさ」
 子供たちの声に、ニヤリと笑う白兎は得意げだ。

 一通り話し終えた皇士朗が一息つく。
「自分もヒーローになれるかな?」
 不意に、キラキラと瞳を輝かせ、少年が尋ねる。
「なれる。まずはお父さんやお母さん、友達と力を合わせてこの町を蘇らせるんだ。それが、きみのヒーローとしての初仕事になる」
 その瞳に負けぬくらい誠実に、真っ直ぐ皇士朗が即答する。その答えに頑張る! と少年は笑顔になり、両親の元へと駆け出す。
(「俺が初めてグラビティを使ったのもちょうどあのくらいの歳で、復興のためだったな」)
 かつての自分の姿を思い出しつつ皇士朗は他に駆け寄ってきた子供たちへと向き直る。

「これで全部っス!」
 山のように積まれていたチョコレートも全て人々の手に渡り、すっかり寂しくなっている。
 他のところを回ろうと人々があちこちに散っていく様子を見ながらレスターとコンスタンツァの二人は一息つく。
「しかしこの教会、大きいな。俺が暫く滞在してたニューヨークにも教会があって、地元住民の信仰と交流の場として機能してたんだ。……なんだか懐かしいな」
「アタシの故郷にも教会あって、子供の頃グランマに連れられてお説教聞きに行ってたっす」
 だからか、なんか親近感を感じるのだとコンスタンツァが言う。
「……アタシの宿敵のハイド神父も教会に勤めてたっす。けれど最愛の妻子をデウスエクスに殺されて、神様と信仰に絶望して闇に落ちたっす」
 彼女が思い返すのは時計草を咲かせた煉獄教の神父。心を無くして苗床になり、植物に奉仕することを幸福とする邪教の使徒だ。
 今回、彼女は張り切っていたが、それは場所こそ違えど彼への弔いも兼ねていたのかもしれない。
「むこうでは家族一緒に暮らせるように祈るのは自由っすよね」
「天国があるかわからないけど、そう願うのは自由だ」
 レスターが頭をぽんぽんと撫でながらそう言った。
「俺の弟、スパロウも……そこにいるといい。生前は敵に分かれても、死後まで貶めることはないんだ」
 レスターの頭に過るのは、昨年螺旋忍軍に身を落とした弟を討った後のこと。弟の最期の重み、教会で冥福を祈ったその時の胸の痛みが蘇る。
「……うん、元気でたっす」
 そんなレスターの胸中を察してか、コンスタンツァがしんみりした空気を打ち切るように伸びをする。
「それじゃ、イベント楽しむっス! 配ってばかりでアタシ達はまだまだ楽しみ足りないっス!」
 跳ねるように人の群に向かって駆け出すコンスタンツァを、レスターはゆっくりと追いかけていった。

「これでー、配り終わった!」
 作っていたお菓子も全てなくなり、朔耶が息をつき、当然のようにヴォルフの鞄から飴玉を一つ奪い取り、口に含んで噛み砕く。
「ふぅ……お菓子は配れたでしょうか……あ、お花がキレイ……猫さんたちもあんなところにいらっしゃる……」
 一段落ついて、ユリアナが周囲を見渡す。ヒールされた教会周りはファンタジックに花も咲き、とても長閑な光景が広がっている。思わずうずうずしてしまうのは、まだ少女だから。
「このまま天草観光にしゃれ込むのもいいな」
 興味惹かれた方へとふらふら歩き出す愛する義妹、そしてそれにつられて行くリキとポテさんの姿を見つつ、朔耶が呟く。
「それもいいな」
 ヴォルフも穏やかな声でそれに同意する。

 こうしてバレンタイン前のイベントは終わりを迎える。託した想いの行方は今は分からない。
 けれども、この日この時あった体験は確かなものとして、人々の心に刻まれてゆくのだろう。

作者:寅杜柳 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月13日
難度:易しい
参加:11人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。