顔を上げると窓の外。まぶしいくらいに青い空が目の中に飛び込んできて、少女は本を置いた。
ぬいぐるみに囲まれた部屋。レースのカーテン。ピンクのベッドカバー。しかし本棚には陸上関係の本が行き場もないくらいにあふれていた。几帳面に整頓されたファイルにはどれも背表紙がついていて、彼女が陸上部のマネージャーであることが察せられる。
一部、本を乱雑に出し散らかした跡があった。足の怪我に関する本が、無造作にカーペットの上に投げ出されている。そう。今しがた少女がベッドの上から投げたものだ。
「誰か……」
そう、誰でもいい、誰か。空に向かって少女は疲れたようにつぶやいた。
「センパイに、つたえて……。もう、諦めてください、って……。これ以上頑張るのをやめてくださいって。……誰か、センパイを、諦めさせて」
口に出しただけで声が震える。涙が頬を伝った。
「どれだけ、がんばっても。……がんばっても。部長に勝てるわけ、なんて……」
誰かお願いと、もう一度彼女はつぶやいた。……すると、
「え……?」
ふと。
見えるはずのないものが視界をよぎった。
何、と彼女が声を上げるより早く、それは優しく彼女に微笑みかける。
……それ。大願天女が微笑を向けた瞬間、少女の姿がみるみるビルシャナへと変化していった。
その変化に、気づいていたのかいないのか。少女は顔を上げる。
「そっか……。じゃあ、あたしが殺しちゃえばいいんだ。殺しちゃえば、センパイはもう頑張らなくて済む。絶対無理なのに、苦しくて、悲しくて、つらくて、そんな努力、しなくて済む。かなわないって、泣きそうな顔しながら笑うこともない。……そうだ」
殺しちゃえばいいんだと、少女は立ち上がった。その声はどことなく晴れやかで、そんな少女を大願天女は優しく見下ろしていた。
●
「乙女の恋を、こんな風に利用するなんて……」
「うん、まあ、古今東西乙女の恋はある種面倒くさいと相場が決まっているからね」
アンジェリカ・アンセム(オラトリオのパラディオン・en0268)の言葉に浅櫻・月子(朧月夜のヘリオライダー・en0036)はいたって冷静に、ひらと片手をあげる。
「とにかく、ビルシャナ菩薩『大願天女』の影響でビルシャナ化してしまう人間が現れた。このままでは彼女は自分の願いをかなえるためにビルシャナの力を使って人間を襲撃する。……だから、その前に撃破してほしい」
撃破、とアンジェリカが繰り返すと、月子はうなずいた。
「とはいえ、ビルシャナ化した彼女を説得し、その計画を諦めさせることができれば、彼女を救うこともできる。……できれば、助けてやってくれ」
それから彼女は簡単に今回の敵のことを伝える。
戦闘場所は彼女の自室になること。特に戦闘に支障となる障害物等は存在しないこと。家には彼女以外の人間はいないこと。また、強さはそれほど強くないこと。
「それと、今回の敵は逃走の心配はない。説得に失敗しても、きちんと倒しさえすればいい。……まあ、推奨はしないけれど、一応心に留めておいてくれ」
そうして月子は苦笑いをする。
「いいかい、間違えてはいけない。今回の話は『努力は報われない』話なんだ」
「頑張っても……どれだけ頑張っても、それはかなわないのですか?」
その言葉に、アンジェリカの瞳がわずかに曇る。けれども月子はうん、と頷いた。
「残念ながら叶わない。彼女の先輩がどれだけ苦しみ悩み努力しようと、部長を打ち倒してレギュラーになることはできない。……そして、好きな人の悲しむ姿を見たくない。というのは、至極真っ当な考え方だとわたしは思う」
「それは……そう、かも、しれません。頑張っている方は素敵です。応援することはきっと幸せです。けれども絶対それが叶わないと知っていたら……、やめてと、叫びたくなる気持ちも、わかります」
胸の前に手を組んで、祈るようなしぐさをアンジェリカはした。それで月子は人差し指をひとつ、立てた。
「彼女に願いを放棄させる方法は二つ。センパイに努力を諦めさせること。もう一つは、彼女に諦めさせることを諦めさせること。そんな方法では、彼女の本当の願いは叶わないと気づかせることだ」
前者は簡単だと彼女は言う。先輩のところに行き、経緯を説明するだけでいい。いかに鋼の精神を持つ努力家でも、自分の可愛い後輩がそのためにビルシャナ化するなんて話しを聞いたら平気ではないはずだと。
「後者は……さて。はるかに、難しいと思うよ。彼女だって悩んで『諦めさせたい』その結論に達したんだ。生半可なことじゃない」
それから、ふとアンジェリカの表情を見る。真剣に彼女も考え込んでいるようで、月子はふっと苦笑を微笑みに変えた。
「けれども、それこそ諦めなければ思いが通じることも、きっとあるはずだ」
どうか、気をつけていっておいでと。月子は話を締めくくった。
参加者 | |
---|---|
メイア・ヤレアッハ(空色・e00218) |
鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632) |
ミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579) |
千世・哭(睚眦・e05429) |
彩瑠・天音(スイッチ・e13039) |
凍夜・月音(月香の歌姫・e33718) |
メィメ・ドルミル(夢路前より・e34276) |
天羽・蛍(突撃戦闘機・e39796) |
●
開くはずのない部屋の扉が開いた。
少女は。いや、ビルシャナと化した少女は驚いたように振り返る。そのまま立ち上がり窓に手をかけようとして、
「待って! 違うんだよ。……あ、いや、違うわけじゃ、ないんだけれど」
天羽・蛍(突撃戦闘機・e39796)が片手を挙げて声をかける。ぴた、と少女の手が止まった。
「突然お部屋に上がりこんでしまってすみません。ですが、お話しを聞いて頂けませんか?」
アンジェリカ・アンセム(オラトリオのパラディオン・en0268)が胸の前に手を組んで、丁寧に一礼する。話。と少女が声を発するのを確認して、
「うん、あのね……」
鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)が口を開く。開きかけて、少し戸惑う。
(「このこのねがいはとても重くて苦しい、ね……」)
諦めさせる。そんなことが救いになってしまうだなんて。痛ましげに目を伏せるハクアに、そっとメイア・ヤレアッハ(空色・e00218)がその手を握った。
(「わたくしはまだ、恋を知らない……」)
知ることはできない。
だからこそ、あこがれるものがある。
だからこそ、それを利用するビルシャナが許せない。
だからこそ、幸せになってほしい。
ハクアもその手を握り返す。大丈夫だ。いつものように、二人で越えていける。メイアは口を開いた。
「間違えたら、だめなの。殺してしまうのでは何の解決にもならないの」
その言葉に、少女は瞠目する。
「知っているの」
「モチロン。だってアタシたち、恋する乙女の味方のケルベロスなのよ」
彩瑠・天音(スイッチ・e13039)が一歩踏み出す。優しい笑顔で少女と目線を合わせる。
「頑張ったのね。大好きな人を、応援したいと思って、懸命に頑張ったのね」
「違う……」
「ちがう?」
「本当に頑張ってるのは、センパイだから……」
それから、少女は訥々と語り始めた。大体のことはあらかじめ聞いていたことだったけれど、遮ることなく彼らはその話を聞いた。
「叶わねえ望みで、身を滅ぼすのは勝手だけどな。ひとの望みを奪っていい理由にゃならねえよ。たとえあんたの望みのほうが、重かったとしても」
そんなことを言いながら、最後まで話しを聞いて。メィメ・ドルミル(夢路前より・e34276)は肩を竦めた。どいつもこいつも、なんて言いたげな目で、けれどばかだなぁ、なんて言いたそうで冷たい色はない。
「好きな人が苦しいの見るの辛いもんなあ。泣いてるよか笑ってて欲しいっすよね」
最後のほうは涙声になっていた。しみじみとした千世・哭(睚眦・e05429)の声に、少女は小さくうなずく。
「あたし、もうこれ以上、センパイに苦しんでほしくなくて……」
「でも……頑張って頑張って、でも叶わずに終わるのは辛いことだ。けど……先輩が叶わなかった事の為に重ねた努力は無駄なものだろうか」
ミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)がぽつ、と言った。
「……え?」
「努力さえすれば報われるなんて、そんなに世界は都合良くないものね。でも障害になるものを消しても長い人生、いつか別の障害が現れるわ。それでも、続けるの?」
凍夜・月音(月香の歌姫・e33718)の問いかけに、そうだよ、と、ハクアも続けた。
「ずっとずっと殺し続けるの? 先輩の為にずっと殺し続けること、できるの……。ねがいを繰り返し叶えることはできる……?」
「センパイは、そんなこと望むような人じゃない……!」
「だったら、部長を殺したことで一番になったとして、先輩はそれで喜んでくれるような人かな? あなたが自分のせいで、ビルシャナになっちゃったって知ったら悲しむんじゃないかな」
蛍の言葉にはっと少女は顔を上げた。それがきっかけだった。
「悲しむ……? センパイが? なんでもない、あたしみたいなただの後輩を……?」
「それは違うよ!」
いまだ、と蛍は思った。戦闘ならば『整備は万全! いつでもいけるよ!』なんていいながら突撃するタイミングであるが、そこは何とか踏みとどまる。ちらりと視線を仲間のほうに流すと、メイアがそれに気がつき小さく視線を返す。
「あなたが沢山悩んで悩んで……、絶望するぐらい悲しかったのよね。でも、それでも。だからこそ、あなたが先輩に諦めてもらいたいのなら、あなたの想いを込めた、あなた自身の言葉で。あなたの全力で届けなくちゃいけないものなの」
ねえ。わかる? と問いかける言葉は真剣だ。
「誰か、じゃない。ビルシャナでもない。本当の、いつも先輩を見ていたあなたが、するの。あなたは、ただの後輩なんかじゃ、ないの」
「でも、それでも、諦めてくれなかったら……。ううん、きっと諦めてくれない。センパイはきっと、頑張り続ける」
「けれども、部長とやらを消して、目標を失って空っぽになった先輩を見るのがあなたの望み? 向き合うべき相手を、間違えてない?」
月音が静かに、問いかける。
「あなたは先輩に叶わないから努力を止めて欲しいのではなくて、足に負担をかけるような、自分を痛めつけるだけの行為を止めて欲しいんじゃないの? 今あなたがすべき事は、障害物を消す事ではない筈よ本当にその人の事を想うのなら、言葉にしなければ何も伝わらないわ」
メイアの呼びかけに続いて言われた月音の言葉に、哭が説得を引き継ぐ。
「それにさ、頑張ることさえできなかったら、先輩は結局泣いちゃうんじゃないすかね。目標がなくなって、永遠にもう挑戦もできなくなるなんて」
視線はそらさず諦めない。そんな筈はないのに背中が痛んだ気がして、内心で少しだけ自分に苦笑した。
「泣くことすら諦めたら、きっともう、どこへも飛べない。もう少しあと少しだけ。もう頑張れない。やっぱり無理だったってとこまで……一緒には、行けないかな」
苦しむことを、薦めるなんて。そう思う自分もいる。けれど薦めてしまうのは、己のことを思うからだろうか。後悔は決して無いと。
「追わずにはいられねえもんを望みって言うもんだ。その望みを奪われたら、まっすぐ歩けない奴だっている。これまで費やした、あんたの先輩の努力を考えろ」
そして。と、話を受け取ったメィメがどこか苦い顔をして考え込む。
「……そして、それを想ったあんたの気持ちも、よく考えろ。悲しさもつらさも、まだ持たせてやれ。それでもそいつは望んでる。あんたがその荷物を手放すかどうかはあんたの自由だが、あんたはそれを手放したいのか?」
「あたしは……」
少女は口ごもる。手放したくないのは明らかだ。だったら、と彼は話を続ける。
「いいじゃねえか、かなわぬ望みだったとしても。それさえ失ったら、どこに向かって歩いたらいいかわからなくなる。弱い生き物だ、あんたみたいな奴が、支えてやれ」
「……」
俯いた少女は願いの破棄を認めない。なぜだろうかとミルラは思った。そして、先ほどの自分の質問に返った。
「……努力は、無駄だろうか。俺はそうは思えない。一つの思いには届かなくても。その先で、遠いところで、違う場所で、その努力が実を結ぶこともある。違う形でその努力が力になってくれることだって……」
かなわない苦しみは知っている。だからこそ、この結末は彼女が選ぶべきではないと思うから。ミルラも言葉を尽くす。
「君はそれすらも無駄だというのだろうか。それは、君の思う先輩を否定するのと同じじゃないのか。君が先輩を見ていて辛かったのは、それだけの思いがあったからだろう。……なら彼の為に出来ることは、殺して終わらせることなどではない筈だ」
「……でも、そんなのじゃセンパイは何一つ救われない! どれだけ努力しても報われないなんて、そんなの、間違ってる! がんばってる人が、幸せになれない世界なんて、おかしいじゃない……!」
「そんな……」
堰を切ったように、少女は叫んだ。思わずアンジェリカが考え込むように、
「諦めさせるために、殺すのでしょう?」
その言葉に、はっと気がついたようにハクアが顔を上げる。周囲もそれで、気がついたように目を見合わせた。
少女の願いは、センパイを諦めさせる事だと言っていた。
けれども部長を殺すのなら、センパイは夢を諦めないで済む。
最初から矛盾していた。彼女はずっと最初から、
諦めることが、できないだけだった。
諦めないセンパイが、好きだった。
「頑張っている姿を苦しいと感じるように、キミの願いを叶える姿も苦しそうに見えるよ。受け入れることは苦しいことだね。……けれど、それも彼を支える覚悟じゃない……?」
ならば精一杯、ハクアたちは声をかけるだけだ。それがもしかしたら救いにならないかもしれないことは、ハクアにだってわかっているけれど。
「努力をどれだけしても報われないことって確かにあるよね。……でもやらなきゃ可能性はゼロだよ。全力で頑張らないと納得できないし、後悔する」
拳を握り締めて、蛍も声を上げた。翼を広げ、空を飛び、戦うこと。それが彼女の生き甲斐で、でももし空が飛べなくなったとしても、蛍はきっと飛ぶのを諦めないだろう。
「その結果勝てなかったとしても、全力で打ち込めば絶対に自分の中で何かが変わるんだよ。そして、そこで得たものはその後の長い人生で絶対その人の力になる。だから、がんばることが無駄なんてことはないんだ!」
……だから、
「私はそう信じてるよ」
そう信じ続けると自分にも誓うように蛍は言い切った。
「超えられなくとも距離を縮めることは出来るかもしれない。先輩が納得できるところまで頑張るのを応援したって私はいいと思うけれど」
手伝いに来ていたアリシスフェイルも、どうにか手伝いたくてそっと声をかける。
「確かに、がんばってる人が幸せになれないのはおかしいわね」
彼女たちの言葉を聞いて少女は泣いていた。天音はその顔をもう一度しっかりと見つめる。今はただビルシャナのその姿。向こう側に顔が目に浮かぶようだった。
「そんな風に、叶わない願いのために悩み苦しむ先輩を解放してあげたいって思ったのよね。もう苦しい思いはさせたくないって思ったのよね」
でも。ここでひとつ、言葉を切る。
目を細める。がんばっても、努力しても、報われなくてかなわなくて。それは天音にも覚えがないことではない。やけになったことも……ないわけでは、ない。
「でもね。先輩の今苦しみから解放するためだけに、誰かを傷つけて諦めさせようとするのは、それこそ先輩の頑張り全てを踏みにじる行為なんじゃないかしら。それは、先輩の頑張りを否定するだけじゃない、アンタの今の頑張りも全て否定する事にならないかしら。……それは、アンタが望んでいる事じゃないんでしょう?」
けれども、天音にとってはその苦しみさえも、あってよかったと笑えるものなのだ。かけがえのないものだから。……だから、
「諦めないで。諦めさせる事じゃなくて、応援する事を。頑張ってる先輩を、これからもちゃんと見ていてあげて」
その手をとる。その手に触れて。
少女は、小さくうなずいた。
「あたし……」
少女の体から、突然光が溢れた。光は少女の体を包み込む。
「センパイに苦しんでほしく、なくて。センパイを見ているのが、つらくて」
「うん」
「でも、……そう。頑張ってるセンパイが好き。あたしが、ずっと、頑張っているセンパイを見守りたい。一緒に、行けるところまで応援して、たとえそれでセンパイがいつか諦めても。誰かが無駄だったって言ったとしても。あたしは、絶対、この思いが無駄だったなんて思わない……!」
とたん、光が弾けた。光はビルシャナ自身の体を貫き、そして少女の声が沈黙する。
一瞬後、立ち上がったそれはもはや壊れかけの機械のようであった。……意識は邪魔だとビルシャナは判断したのか、少女の意思を封じたそれはふわりと浮かび上がり……、
問答無用で戦いを開始した。
●
勝敗はすでに決していた。
少女が諦めないことを決めた時点で傷を受けていたビルシャナは、さしたる脅威ではなくなっていたのだ。
「さあ、返してもらうよ! ルシファーーーーーードライブ!!」
翼の地獄を全身に纏い蛍が突撃する。まるで流れ星のような輝きの、その影に隠れるように月音がナイフをひらめかせた。
「こっちよ。少しだけ、遊んであげるわ」
まるで暗殺者のような動きでビルシャナを切り裂く。ぎこちなくよけようとするビルシャナに、
「させない、よ。その身体から、出ていってもらう、から」
ハクアが鎖でその足を捕らえた。ハクアのドラゴンくんも一緒に攻撃する。
ビルシャナが動いた。口から炎の炎弾を吐き出す。後方に向かったそれを、哭が即座に立ちふさがり手で掴むようにして受けた。
「うん。これはもう、遠慮はいらないっすね」
身の焦げる音。しかし哭はどこか嬉しそうな顔をしていた。唇をゆがめて、地獄の炎を纏ったシューズでビルシャナの体を蹴りつける。
「助けられない、こともあるけど……。こうやって、助けられるときもある。それが、幸せってもんっすよ!」
「そうね。こういうことがあると、やっぱりがんばってよかったって思えちゃう。……さあ、仕上げをしましょう。最後まで気を抜かないわよ。……ね?」
「はい!」
ここで万が一負けてしまえば意味がない。もっとも負けるつもりもないけれど。そんなつぶやきは心のうちで、天音が雷の壁を作り出す。それと同時にアンジェリカと、手伝いに来ていた昇も後方同じ立ち位置で仲間の支援に回った。
「コハブ、わたくしといっしょにがんばりましょう」
ボクスドラゴンのコハブが回復を担う傍らで、メイアが時空を凍結させる弾丸を放っつ。胸を貫かれぼろぼろになりながらビルシャナはなお動いた。
「させねえって」
それを、メィメが蹴り技で止める。足は流星のような軌跡を描き。それでもどこか億劫そうに彼は目を細めた。
「どうにもならないことを。それでも前に進もうとすること。それをひとは愚かだと言い、ときには希望だという。……おれたちはそいつを救う。そいつはおれたちに救われるが、実のところ人助けは、つまり彼女は、おれたちの希望でもあるんだ。だからまあ……なんだ」
相手が悪かったな。なんて、そんなことをメィメが言ったその足裁きでビルシャナのバランスが崩れる。そこに、
「さあ――花開け」
ミルラの言葉と同時に翠炎の花弁が散った。炎はビルシャナに移り、その体を燃え上がらせる。ビルシャナに悲鳴もなければ苦悶もなかった。ただただ炎の柱はミルラの見守る中ビルシャナの全身を包み込みそして……、
炎が消えたときには、少女が一人、その場所に横たわっていた。
それこそ言葉通り、花が開くように。
●
そうして空には青空が広がっていた。
すべてが終わり、片づけをして。少女が皆にお茶を淹れて、それを飲み終わった後くらいに彼女の携帯電話が鳴った。部活の電話だった。
そういうわけで彼らは、グラウンドの片隅にて迎えを待っている。別に立場を吹聴してもいないので、なんとなく奇妙な集団に見えるだろうか。
「あぁっ。彼だね。彼だよね!? そこ、もうちょっと引っ付かないと! あぁ、もどかしい!」
蛍がフェンスに向かって叫んでいる。アンジェリカもその横で興味心身に部活動を見守っていた。
「あぁ。あれだな。あいつの望みのものは、どうやらしばらくは取れなさそうだ」
メィメは興味なさそうに言う。ちょうどこれから走るところだった少年たちは、目の前だけをただ一心に見つめていた。
スタートと同時に走り出す。
優劣は一目見て明らかであった。
「苦しいな……」
ミルラがつぶやく。きっと背中を見て走る彼はそれだけで辛いだろうと察せられる。残酷な現実は目の前にすぐにある。だからこそ心の中で応援する。それはきっと、無駄にはならないと。本当は、叫んでやりたいけれど。でも、それはきっと、彼らの役目じゃない。
少年は後数歩が届かない。前を行く少年はどこか余力すら感じられる。
「ハクアちゃん、わたくしね、とっても悲しいわ」
ぽつん、と、メイアがつぶやいた。
ハクアも、苦しそうに。困ったように微笑んだ。
彼の未来は幸せではないかもしれない。鳥が頭上で彼らを追い越し遠ざかっていく。
少女の息が詰まるような顔が見える。けれど、どちらも最終的に応援していた。……当たり前だ。前を行く彼も、後ろを走る彼も。両方とも平等に、この10代という時間を手に力の限り努力しているのだから。
もう、彼女は決して、道を間違ったりはしないだろう。
「こういうとき、神は残酷ね、とでも言うのかしら?」
月音が嘯く。
だから悲しいのは圧倒的な性能差。それは決して覆ることのない残酷な真実だ。
「そうっすね。誰だって好きで、倒される側に生まれてくるわけじゃないのに……」
哭がそういって、ふっと目を伏せた。
勝敗は決した。彼らにとっては日常の勝敗が。
けれども。
「……大丈夫よ」
そっと、天音がそう言って微笑んだ。もう一回だ。と声がする。ああ、好きなだけ。と応じる声がする。
「でもでもセンパイ、タイム、上がってますよ! この調子です。部長をぎったぎたにしてあげてください!」
背後からの声援。天音は小さく頷いた。
「きっと、ね。アタシのカンは当たるのよ」
空は青く、遠く。そしてどこまでも高く澄み渡った日のことであった。
作者:ふじもりみきや |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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