スウィートショコラ・ビター

作者:七凪臣

●薔薇の行方
 床に花、壁にも花。天井にも。
 目につくあらゆる面をショコラ色の花で彩った催事場は、混沌の甘い香りに支配されようとしていた。
「此方です、皆さん押さないで!」
 注意を促す必死な声は、幾人の耳に届いただろう? でも、仕方あるまい。壁が崩れ、天井が崩落する場にあって、いったい誰が平静を保てるというのだ。つい先ほどまでは、磨き上げられたショーケースの中に並ぶチョコレート達に目を輝かせていたとしても、だ。
 多くは着飾った女性たち。
 誰もが、この場を生き延びたくて懸命だった。ならばどうすればいい。落ち着き、助け合うのが一番だ。
 だのに。
「邪魔なの!」
 真っ赤な薔薇が描かれた匣を大事そうに抱えた女は、他には目もくれず出口を求める。
「退いてっ」
「私は、これを、絶対に……!!」
 制服姿の少女を体当たりで突き飛ばした。幼い子供を抱いた母親は、割り込ませた体で押し退けた。そしてようやく辿り着き掛けた非常口の間際、
「――っ!」
 女は倒れてきたショーケースに潰された。
「いいですね、その自分だけが良ければ他はどうでも良いという醜悪さ。大好きですよ」
 殆ど動かぬ腕で、尚も匣の無事を確認しようとした女は、遠退く意識の中でコールタールの瞳を見た。
「エインヘリアルにして差し上げます――さぁ、死になさい」
 繰られた炎の結末を、匣の女は知らない。
 先ほど押し退けた少女や母親らが、別の出口から無事逃げ果せる事も、当然知らない。
「あら、外れでしたか。残念、では次を探すとしましょう」
 だって女は。誰かを犠牲にしてまで生き延びたいと欲した女は、そこで絶命してしまったのだから。

●スウィートショコラ・ビター
 バレンタインが近付く季節、街にはチョコレートの宣伝が溢れ、華やかなショコラを扱う店は何処も賑わう。
 ――そんな場所を、シャイターンは狙うんじゃないかな?
 頭にちょこんとひよこを乗せた八雲・廿楽(ウェアライダーの妖剣士・e44091)の読みは、正しかった。さるデパートの催事場で行われていたショコラフェスにシャイターンが現れると、廿楽の懸念を元に警戒していたリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)が予知したのだ。
「花の形をしたものだけを扱っているようで。沢山の女性たちが訪れるようです」
 ヴァルキュリアに代わり死の導き手となったシャイターンは、エインヘリアルを生み出す為に意図して『死にかけの人物』を作り出す為に事件を起こす。予知を覆させぬ為に、客らを事前に避難させる事は叶わない。
「皆さんには、前もって建物内に潜伏して頂きます。その上で、シャイターンの襲撃が発生した後に対応を開始して貰いたいのです」
 まずはシャイターンに択ばれる人物以外の避難誘導、そして崩壊しそうな箇所のヒール。
 その後、『真っ赤な薔薇の匣を大事そうに抱える女』が襲われる地点へ赴き、シャイターンの撃破を行う。
「該当する匣を扱う店舗は一か所のみ。そこを見張っていれば、問題の女性は分かる筈です」
 悪目立ちする程に、匣を大事に扱う女性。本人は地味めの印象だが、匣と同じ薔薇柄のバッグは見間違えようがない派手さ。この二点を見落とさなければ、ケルベロスが目標を誤ることはないとリザベッタは断言する。
「丸々ワンフロアーを使っているので、催事場には相応の広さがあります。非常口は東と西に二か所。エレベーターもエスカレーターも止まっていますが、エスカレーターの方は階段代わりに使えるでしょう」
 そのうち、東の非常口付近が惨劇の場になること言い添え、ヘリオライダーの少年はケルベロス達の無事の帰還を祈りながら、事の全てを託す。
「シャイターンは一体。避難誘導もスタッフの力を借りられますので、全員で役割分担がきちんと出来れば何とかなると思います。全ての人が、幸せなバレンタインを迎えられますよう――どうか、宜しくお願いします」


参加者
泉本・メイ(待宵の花・e00954)
松永・桃李(紅孔雀・e04056)
天見・氷翠(哀歌・e04081)
白藤・織夜(この花を君と・e04812)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
エドワウ・ユールルウェン(夢路の此方・e22765)
八雲・廿楽(ウェアライダーの妖剣士・e44091)
藤林・絹(刻死・e44099)

■リプレイ

●スウィートショコラ
 デパートなんてない、あるのはせいぜい『商店』くらい。そんな片田舎で育った藤林・絹(刻死・e44099)は思わず零す。
「本当にあるんだ」
 磨き上げられたガラスケースの中で咲くのは、本などでしか見たことのない繊細なショコラ達。煌びやかな照明や甘い香りも相俟って、違う世界へ迷い込んだよう。
「まぁ……! 宝石みたい、ね?」
 買い物客に紛れた白藤・織夜(この花を君と・e04812)は藤色の眼を輝かせ、少女のようにはしゃいでしまう。
「お花の形のチョコも素敵だわ?」
 一つ一つ、ゆっくり眺めて回れればいいのに。しかし蕩ける憧憬とは裏腹に、織夜の意識はピンと張りつめる。
 嫌な気配がした。果たして彼女の勘は正しく、不意の轟音が催事場に響き渡る。
「大丈夫です、か? 落ち着いて下さいね」
 始まった崩壊に、織夜は周囲の人々を気遣い始めた。

 フロアーの中央付近。西の非常口へ流れる人波を、松永・桃李(紅孔雀・e04056)は冷静に誘導する。
「番犬がついているから、どうか慌てずに助け合って行動を」
 転びかけた年配の女性の手を取り、そのまま学生服の少女へ託す。
「必ず護ると約束するから、ね?」
 何処からどう見ても艶やかな女性――実は、立派なお姐――から送られたチャーミングなウィンクに、少女は頷き繋いだ手に力を込めた。
 そうして彼女らが目指す地点付近では、泉本・メイ(待宵の花・e00954)が小柄な体躯をジャンプで補いながら声を張る。
「焦らないで下さいね。押さなくても大丈夫。順番順番が一番早いですよ」
 どこにでもいるような可愛らしい少女の警鐘に、混乱から解放される人々も現れた。そうだ、助かりたいなら正しい判断が重要。混乱こそが、この場の最大の敵なのだ。故にノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)はサキュバスとしての能力を活かし、惑う女性陣を焦りから遠ざける。
「エスカレーターも階段として使える。ゆっくり、落ち着いて」
 崩落する天井から脱出口の一つを、細身の体躯からは予想もつかない怪力で守る、宵空を思わせる青年の姿に年頃の女性たちは急く足を緩めた。

 事前に打ち合わせをしておいた店舗側スタッフも、よく動いてくれている。
「Aブロック避難完了、了解だよ。引き続きCブロックをお願いするね」
『分かりました。其方もお気をつけて』
 インカム越しに伝わる冷静さに天見・氷翠(哀歌・e04081)は僅かに胸を撫で下ろし、今にも落下しそうな天井へヒールを施す。
 やや東寄りの中央付近。氷翠を視認出来る位置にいる八雲・廿楽(ウェアライダーの妖剣士・e44091)も、織夜のアイズフォンで齎される情報に頷く。
 スタッフを含めた連携は完璧にとれている。お陰で悲鳴こそ飛び交うものの、大きな混乱には至らず、避難は順調に進んでいた。
 それに。
「避難はこちらへ。経路はケルベロスが確保しています。スタッフの指示に従って下さい」
 メイや氷翠、そして廿楽の声は悲鳴に勝り。人々へ耳から理性を送り込む。

 まるで赤子を抱くが如く。薔薇の匣を抱えた女の動きは、他とは一線を画していた。
『今、柱を曲がりました』
「おれからも、確認できました」
 女性の動向を見張る同じ役目の絹からの一報に、エドワウ・ユールルウェン(夢路の此方・e22765)は瞑らない方の瞳で件の女を追い続ける。
 さながら迷子札な薔薇柄のバッグ。崩壊前に発見する事の出来た女性から、エドワウも絹も目を離さない。
 そのせいで幼い子らは、女性の汚さにも直面することになった。
 匣ばかりを大切に、他人を粗雑に扱う。体当る事にも、押し退ける事にも、心を痛める様子は僅かもない。
 それは、鬼の所業と言えるかもしれない。でも。
(「私達が介入できる状況がある。ならば、あの女性が死ぬべき時は今ではないのかもしれません」)
 きっと運命が、そうなっているのだ。
 逐次情報を仲間へ伝達しながら、絹は『彼女』の『さだめ』を想う。
 そして女は、ヘリオライダーの予知通りに動き、やがて東側の非常口付近に辿り着く。
「退いてっ! 私は、これを、絶対に……!!」
 女の怒号を、エドワウは間近に聞いた。その直後、ガラスケースが倒れ、女に圧し掛かる。
「いいですね、その自分だけが良ければ他はどうでも良いという醜悪さ。大好き――」
「させ、ないの」
 飛来したタールの翼の主が炎を放つより、飛び出した織夜が下敷きになった女性の元へ駆けつける方が早い。

●乙女の戦場
「今、助けます、ね?」
 防具の力を借りた絹が、重いガラスケースを勢いよく持ち上げる。その隙に、ノチユが女性を引きずり出した。
「え? え?」
「よくも私の邪魔を!」
 痛みと混乱に状況を飲み込めない女性。対し、シャイターンの反応は早かった。邪魔に入ったのがケルベロスだと理解したのだろう、編み出したばかりの炎を怒りに任せ振り被る。
 けれど。
「大丈夫だよ、すぐ怪我も治るから」
 膨れ上がる脅威に氷翠は迷わず背を向けると、薄く青味掛かった白翼をふわり広げた。
「……争いに舞い落ちる悲しみは、命の糧へ……生きて欲しいと……」
 願いを込めた癒しの舞。呼応したグラビティ・チェインは淡く輝く六花の結晶となり、あらぬ方向へ曲がった女性の腕などをたちどころに元に戻す。されど今の氷翠は無防備。だが、
「おれたちは、ケルベロスです」
 シャイターンと氷翠の間にエドワウがすっくと立ち、自らの身で衝撃の全てを受け止めた。
 灼かれる熱に、球体関節が歪む。それでもエドワウは、怯まなかった。
 恋心というものは、まだわからない。でも、此処にいる全ての人には――おそらく、この女性にも――大事な人、待っている人たちが、いるはずだから。
「この人たちを死なせません。おれたちが、かならずまもります」
 ぼんやりとした表情は常と変わらず。されど決した覚悟は、固く強く。それに中てられたように、矢張り匣を抱えた儘の女性も起き上がる。
「避難しよう。すぐそこにスタッフが待ってくれてるよ」
 華麗に札を捌いて半透明の御業を守護の鎧へと転じた廿楽は、よろめく女性の腕をやんわり掴むと、転ばせないよう気をつけ乍ら移動を促す。見れば、織夜に手招かれ、ヘルメットを被った男性スタッフが駆けて来ていた。
 絹とエドワウが逐次齎した情報によって、全てのケルベロスが最良のタイミングで動き。結果、唯一の被害者となる処だった女性の命は救われた。その他は言わずもがなだ。勿論、助成してくれているスタッフにも怪我人は出ていない。
 あとはこのシャイターンを倒すだけ。されどここまで順調に出し抜いたとは言え、相手はデウスエクス。エドワウが同道したぬいぐるみのような箱竜、メルが夢と星の属性を煌かせながら主へ注がせるのを横目に、絹は青の眼差しに微かな焦りを滲ませた。
「必殺技のようでしたけど、当らなければ意味はありませんよね?」
 怒りから薄い笑みへ表情を張り替え、シャイターンが喉を鳴らす。躱すに長けた敵は、どうやら一筋縄ではいかぬらしい。しかし絹が継いだ間に、メイが跳ねる。
「なら、当たりやすいようにしてあげるの!」
 普通の家より高さはあるとは言っても、やはり屋内。常より控え目なジャンプは、それでも無数の希望を宿す。
 美味しいチョコ、大好き。
 甘い香りは、幸せの香り。
 キラキラした想いが、いっぱいの場所!
「此処を、哀しい場所になんてしないんだからっ」
 軌道は低くとも、流星は流星。重力に招かれる侭に喰らわせる蹴撃に、優男風のシャイターンの足が地に付き鑪を踏んだ。
 そこへ艶めく衣を翻し、桃李が颯爽と走る。
「全く以て、その通り。ここは乙女の戦場であって、命を奪い合う戦場じゃないのよ」
 白粉をはたき、紅を差し。華やかな粧いで様々を覆う桃李だが、乙女の敵は許さないという想いは恐らく本物。
 ――確かに、彼女の行いは誉められない。
(「……けれど、それ程に大きな想いが在ったのでしょう」)
 人は時に、我儘な生き物だ。願いを叶えたい余り、他が目に入らなくなることもある。だがそれは、命で贖うべき罪悪なのか。
「バレンタインは乙女にとって一大決戦。其れを利用しようなんて……花やぐ女性達の想いを滅茶苦茶にしようなんて」
 許さないわよ。
 踏み込みは鋭く。長い睫毛で縁取られた瞳も強く。桃李は空絶ちの刃で、メイがつけた傷を更に深く抉じ開けた。

●ビタースウィート
 ノチユの物憂げな貌に、手応えの片鱗が浮かぶ。
 漆黒の筈なのに、蛍光灯の光に星屑のように揺らめく髪を靡かせ仕掛けた蹴りは、標的を誤たず捉えた。
 外さぬ事を最優先に繰り出す技を選んではいるが、この精度は自分の力だけでは出し得ない。
 事実、眼前のケルベロス達の力量を計り違えたらしいシャイターンが、口惜し気に悪態を吐く。
「何てことでしょう! この私を、こんなにみすぼらしくするなんてっ」
「ごめんなさい、ね?」
 地団太でも踏みそうな敵の在り様に、おっとりマイペースぶりを発揮した織夜は、思わず頭を垂れてしまう。何故なら、シャイターンが度々纏おうとする盾の加護は、悉く織夜が仲間に授けた破邪の力によって打ち砕かれているのだ。
 躱す余裕を封じられ、守りの堅固さを奪われる。それはこのシャイターンにとって、文字通りの死活問題。
「――出番だよ」
 放つ銀の粒子で仲間の命中精度の底上げに一役買った廿楽は、今度はその力を破壊に用いるべく、呼び掛けたオウガメタルに拳を預ける。自在に動き形を変える輝きは、鋼の鬼と化した。そうして廿楽は、その拳をシャイターンへ叩き付ける。
「ひぃぃ、痛いぃい」
 ケルベロスの陣営に加わり、日が浅い廿楽。全ての力を余す事無く発揮出来ている自身は未だないが、最善を尽くす少年の一撃は穢れし者には眩く、痛く。堪えきれずにデウスエクスが漏らした悲鳴は、見苦しさを増す。その耳障りさに心霊治療士だからこそ放てる霊弾で織夜がそっと蓋をするのを後ろに、絹は今度こそのグラビティを練り上げた。
「縛るのはその魂」
 幼く平坦な口振りとは裏腹に、形を成した呪詛は黒縄となり。蛇のように地面を這い滑り、シャイターンの身をきつく縛る。
「――、っ」
 自由を奪う効果は覿面。ぐっと歯を食い縛ったデウスエクスが投じる炎は、放たれる前に空に消失の憂き目にあう。
「いこう、メル」
 柔らかい声音で、エドワウが箱竜を呼んだ。盾として、癒し手として奮闘したエドワウとメルにとって、次の一手は結末を近付ける為のもの。だって宝石の瞳には、終わりが視えている。
「まもるって、いったから」
 彼岸に足を掛けたシャイターンへ、エドワウは戦斧を見舞う。繊細な腕で振り被り、振り下ろされた得物は跳躍の力も借りて敵の頭蓋を砕き、続いたメルのタックルにシャイターンはみっともなく尻餅をついた。
「行くよっ!」
 春風のように駆けたメイの、具現化した光剣が続けざまに二度、敵を斬る。
「火遊びじゃ、済まないわよ」
 真に歪んだ狼藉者は、焼き付けにしてあげる。
 桃李が招き翔けさせた地獄の炎纏いし龍が、タールの翼を食み散らし。尚も長い体を巻き付け、烈火の炎で焦がし縛りつけた。
「っ、っ、っ!」
 苦痛の呻きさえ、もう声にならない。命の作り変え手の息がどんどん細くなる。
(「……シャイターンさんの目的も、分かるけれど……」)
 地球の住人にとって、シャイターンの在り様は『悪』だ。けれど彼らにとって、彼らの成す事は全て理に叶った正義。それを理解する氷翠は、悲哀に眉を落とす。
 人や地球は勿論大切だから守りたい。しかし火を恐れる憂いの天使は、火の扱い手であるシャイターンにさえ哀れみを抱く。
 可哀想だと、思ってしまうのだ。ならば、
(「せめて安らかに」)
 込めた願いは時を凍て付かす弾丸と化し、デウスエクスの眉間を貫く。そうすれば、邪を利用しようとした邪は絶命の一歩手前。
(「見苦しいかもしれないけれど、それだけ渡したい相手が居たんだろ」)
 縋る目線の敵を一瞥したノチユは、一度瞼を閉じ、再び開いた碧と紅の交わる冷めた瞳で世界を捉える。
 どんな人間であれ。生きたいと思うことくらい許せなきゃ――。
(「僕が僕を許せなくなる」)
 凪いだ水面に波紋を広げるような吐露は、胸裡にのみ。
「誰かを想う為のイベントなら、自分を省みる機会を与えてやればいい」
 ぞんざいに言い放ち、ノチユは青く燃える翼で翔けデウスエクスへ肉薄した。
「……まぁ、シャイターンにはわかんないか」
 構え、繰り出すのは狙い研ぎ澄まされた一撃。相容れぬ存在へ呉れる、冥府への導き。
「わからないまま、逝けよ――地獄が待ってる」
「  」
 消滅は、音も無く。断末魔一つ残す事無く、凶行の主は永遠の命を地球に散らした。

「あと少し、頑張りましょう?」
 折角だから、あの華やぎをもう一度。受けたカルチャーショックを楽しみに変えようとする絹に腕を引かれ、ノチユは無の表情に微かな困惑を滲ませる。
 この手のイベントは苦手な引き籠りサキュバス。チョコは好きでも嫌いでもないが……。
「おれは、あっちにヒールしてきます」
「じゃあ私は、向こうをしてくるね?」
 メルと仲良く手を繋いだエドワウはトトトと忙しく駆け回り、織夜も花のショコラを飾る空間を優しさで満たしていく。
(「あれはきっと、目の前にチョコがあったら食べるクチね」)
 何だかんだでヒールに加わるノチユを眺め、桃李は気付かれないようくすりと笑むと修復の力を練りながら幸いを祈る。
 願わくば、此処に集った人々に笑顔と共に。勿論、件の彼女も含めて。

 他者に犠牲を強いてまで守りたかった物は何なのか。
 ずっと気になっていた廿楽は、救護室の白いベッドの上に身を起こした女性に軽くジャブを送る。
「シャイターンには好かれちゃったね」
 気分を害するだろうか。抱えていた不安に反し、女性は潰れた匣を手に苦く笑った。
「そうみたいね」
「あのね。大事な想いなら、もっと大事にした方がいいよ。誰かを傷付けて手に入れた宝物、それは本当に喜んで貰えると思う……?」
 年下のメイの言葉に、女性は「ほんと、そう」と自嘲を呟く。我に返った彼女は、理解していた。だからもう、笑って欲しくてメイは両手をぱぁんと打ち鳴らす。
「あのね、14日は私もチョコを大好きな人達にあげるの! 笑顔いっぱいの日にしようね」
 後悔を引き摺る気持ちに終止符を打とうとしてくれるメイの朗らかさに、女性が口元を緩める。そこへ氷翠は、そっと耳打つ。
「一昨年のチョコの日。大切な未来の約束があって……私は、生きていても良いのかなって、少し思ったの」
 だからバレンタインは思い出深い日。
 一緒に助かろうと――皆で幸せになろうと思えるようになれれば良い。
 誰かと、彼女自身の為に。

 2月14日、多くの笑顔が花開きますように。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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