私以外の女はいらない

作者:飛翔優

●彼氏を奪われ傷心中
「ごめん、こいつと付き合うことになってさ。お前とは別れようと思うんだ……か」
 自室のベッドの上で枕を抱き、高校生の少女・メイコは震えている。瞳に一杯の涙を溜めてここではないどこかを見つめている。
「何なのよそれ……私は、私は……あんたのこと好きだったのに……」
 唇からとめどなく溢れていく男との思い出。
 未だ消えることのない男への想い。
 ……自分への呪詛にも似た願望。
「もし、もしも私がもっと魅力的だったら、一緒にいることができたのかな。もっと、魅力的になりたいな……?」
 子供じみた願いが部屋の何処かへと消えた時、前に何かが立っているかのような気配を感じた。
 顔を上げれば、孔雀のような羽を持ち神々しさが感じられる鳥人間……大願天女の幻影が立っている。
 呆然とメイコが見つめる中、大願天女は微笑んで……。
「っ!」
 メイコがビルシャナへと変わっていく。
 やがて翼を震わせ、鉤爪を固く握りしめた。
「……そうよ、簡単なことよ。私以外の女を殺せばいいじゃない。そうすれば、私が一番魅力的な女になれるわ! だから……」
 楽しげに計画を練り始めるメイコを、大願天女はただただ暖かな笑顔で見守っていて……。

●救出作戦
 足を運んできたケルベロスたちを出迎えていく黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)。メンバーが揃った事を確認し、説明を開始した。
「ビルシャナ菩薩大願天女の影響によって、メイコさんって言う高校生の少女がビルシャナ化してしまうみたいっす」
 メイコは知り合いに奪われるという形で彼氏を失い、傷心の中にいた。その時に口から出た、もっと魅力的になりたいという願い。ビルシャナ化した後はその願いを叶えるため、自分以外のすべての女を殺せば自分がもっとも魅力的になると、殺戮計画を立てているらしい。
「幸い、その計画が実行に移される前に接触することができるっす。だから、その前に撃破してきて欲しいっすよ」
 また、ビルシャナ化した人間を説得し、計画を諦めさせることができれば、ビルシャナ化した人間も救うことができるだろう。
「説得の言葉は先程説明した、メイコさんの願いやそれを抱くことになった経緯を考慮して考えると良いと思うっす。どうか、助けてあげて欲しいっすよ」
 続いて、いずれにせよ戦うことになるビルシャナの戦闘能力について。
 防御面に秀でたところは見られないが、とにかく的確に一撃一撃を叩き込んでくる。また、邪魔者は排除するという方針なのか、逃走することはないようだ。
 グラビティは三種。
 複数人を凍てつかせる八寒氷輪。
 焼き尽くす孔雀炎。
 心を奪うビルシャナ経文。
「最後に戦場っすけど、メイコさんの家になると思うっすよ」
 地図を広げメイコの家を示していく。
 幸い、共働きの両親は仕事場に行っており兄妹もいないため、戦いだけに集中する事ができるだろう。
「以上で説明は終了っす」
 ダンテは資料をまとめ、締めくくった。
「きっかけはほんとうに他愛のない願い。それが歪められてしまった結果だと思うっす。だからどうか、できれば助けてあげて欲しいっすよ」


参加者
ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)
伊上・流(虚構・e03819)
シャルロット・フレミス(蒼眼の竜姫・e05104)
ローレリーヌ・ピュージェ(メイ道を極めたいもの・e30037)
紅楼夢・紫月(オラトリオの妖剣士・e44322)
ベリリ・クルヌギア(不帰の国の女王・e44601)
死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)
クローヴィス・ニーズヘグ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e45293)

■リプレイ

●傷ついた心、歪んだ願い
 閑静な住宅街の中にある、こじんまりとした一軒家。
 閉ざされたカーテンの向こう側。電灯が優しく輝くリビングで、ビルシャナと化したメイコははずんだ調子でペンを走らせていた。
「やっぱり、一気にばーん! ってやっちゃったほうが良いよね。1人ずつ……なんて、何年かかるかわからないし。それなら……」
 口ずさんでいるのは自分以外の女性を滅ぼす計画。
 集中しているのだろう。音もなく家の中に入り込んだケルベロスたちに気づく様子はない。
 だから、死道・刃蓙理(野獣の凱旋・e44807)は真っ直ぐに歩み寄った。
 ソファに腰掛けるメイコの正面に立ち、気づくのを待った。
「それから……え」
 メイコが気づいたのは、刃蓙理を含むケルベロスたちが待ち始めてからおおよそ30秒の時が経った後。思考を深めるためにか、メイコが顔を上げた時。
 驚き見開かれていく瞳を見つめながら、刃蓙理は切り出していく。
「ええと……あなたのことを聞いて、色々とお話をしに来ました」
 言葉を選びながら、本題へと移っていく。
「そうですね……良ければ聞かせてください。彼との馴れ初めとか、彼の人となりとか……」
「……」
 しばしの間、メイコは訝しげにケルベロスたちを見回してきた。しかし、少なくとも自らに害をなそうとしているわけではないと感じ取ったのか、翼から力が抜けていく。
「ま、いいわ。まだ計画の段階だしね……。それで、さっき言ってたことだけど……」
 馴れ初めは高校の体育祭。全員参加の二人三脚でペアを組んだ時。それから友人として付き合い、メイコから告白し……結ばれた。
「裏表がないって言えば良いのかしら、とにかく明るいやつだったわ。……だから、恥ずかしげもなくあんなことを言えたんだろうけど」
 どことなく遠くを見つめながら、くちばしを閉ざしていくメイコ。
 受け止めた上で、改めて刃蓙理は伝えていく。
「失恋の経験は次に活かせばいいと思いますよ……。なんたって若いんですから……」
「……次なんてないよ」
 ふてくされたようにメイコは目をそらす。
 くちばしを難く結んでいく。
 だから伊上・流(虚構・e03819)が切り出した。
「それだけ好きだったんだね。彼のことが」
「……」
 返答はない。
 けれどきっと、沈黙が何よりの答えと受け止め、新たな言葉を投げかけていく。
「自分以外全て居なくなれば確かに比較対象は居なくなるけど、それをやってる時の君は果たして魅力的な人として映るのかい?」
 返答はない。
 わからないのか、わかった上でやりたいのか、それともわかった上で止まれないのか。
 いずれにせよ、すべきことに違いはない。
 止めるために投げかける。
「奪われる苦痛を知った君だからこそ、俺の親友が遺してくれたこの言葉を君に送るよ」
 ――世界は優しくはない。だから、人は優しくなれるんだよ。人は生まれた時点で死への時は進んでいく。なら、今を楽しまないと損じゃねぇか。
 流れが語り終え、しばしの後。メイコは首を横に振った。
「いい人ね。でも、私には関係ないわ。私は……」
「愛だの恋だのは永き時を過ごした妾には未だによく分からぬ」
 すべてが語られる前に、ベリリ・クルヌギア(不帰の国の女王・e44601)が割り込んでいく。
「だが、それ故に分かることもある。何故そちは好いておるその者に今すぐ声をかけに行かぬ、抱きしめに行かぬ?」
 詰めるように、責めるように。
「1度、2度裏切られた? だからどうしたというのだ。その感情は、その衝動は、そちの感じている狂おしき全ては紛れも無くそちの想いなのであろう?」
 人の持つ愛情はわからなくても、人の持つ想いがどれほど強いのかは知っているから。
「傷つく事を恐れ道を逸れるな、戦う事を恐れ目口を閉ざすな。なればこそぽっと出の女でも、本当の願いを霞ませるだけの戯けた鳥でも、そちの望む1歩を、振り翳す刃意を、止めること等できぬのだ」
 メイコも、その想いを持っているはずだから。
「それにたとえ全人類の半分を殺そうと、そちの求るたったひとつの恋は手に入らぬであろうよ」
「……」
 すぅ……と、メイコが目を細めていく。
 興味を失ったかのように、ケルベロスたちから目をそらしていく。
 それでもなお拒絶する意志を見せていないのは、きっと、少しでも言葉が届いているから。
 だから……。

 長い沈黙はメイコの決意を過った形で固めてしまうだけ。
「先程も言ったが、お前のことは少し知っている」
 させぬため、ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)が切り出していく。
「失恋したんだそうだな。それでも大好きな彼に認めてもらいたい。そのために魅力的になりたいという思い、その気持は女の私にも分かるさ」
 正直、くそったれな彼氏だと思う。同情できる要素はたくさんある。
 それでも、やろうとしていることは行き過ぎている。
「他の女を殺して回ったところで男は振り向くと思うのか? 振り向くわけ無いだろう。心まで汚れてしまったお前に。目を覚ませ、今ならまだ人に戻ってやり直すことが出来る。ビルシャナになったらそれこそ男どころじゃないぞ今の姿を見ろ!」
 鏡を向ける。
 今の姿を伝えるため。
 心を惑わされ汚れてしまった姿を見せるため。
 目を向ける気配すら見せない彼女へと、ローレリーヌ・ピュージェ(メイ道を極めたいもの・e30037)もまた言葉を重ねていく。
「正直自分は、他の女作った男のほうをぶっ飛ばしてやりたいけどね」
 けれど、と鏡を示していく。
「女があなた一人になってもみんなあなたに振り向くわけじゃないでしょ。とりあえず今の姿はあんまり魅力的じゃないしね」
 仮に自分以外は男しかいない世界ができあがった後、どんな光景が描かれるのか想像させながら。
 ローレリーヌが真っ直ぐに見つめる中、メイコはちらりと鏡に目を向けた。
 直ぐにその視線はそらされてしまったけれど、瞳の中には確かにメイコの姿が……ビルシャナとしての姿が写り込んでいる。
 相変わらず心が揺れた様子を見せることはないけれど……。

 一瞬でも、メイコは自分の姿を認識した。
 その上でなら届く言葉もあるはずと、紅楼夢・紫月(オラトリオの妖剣士・e44322)は切り込んでいく。
「魅力的になる努力すんのはええ事やけど、それで人殺しの方に走るんはおかしいんとちゃうかなぁ?」
 返答は待たずに畳みかけた。
「それであんた以外の女がいなくなったとして、男が振り向くとは限らへんで? 私が男やったら人殺しと付き合うんは、遠慮させてもらいたいしねぇ」
 先ほどとは別の、目的を達成した後に訪れるだろう未来を。
「人殺しの末路はブタ箱行きやで?」
「ああ、そうだな」
 クローヴィス・ニーズヘグ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e45293)もそれを肯定する。
「殺人をして、本当に男が振り向くと思うか? 犯罪者に恋する男なんざろくな奴じゃねぇぞ」
 仮に、裏切られた相手に対して起こる程度なら、まだ理解はできたかもしれない。
 けれど、振り向かせるのに殺人に走るのは見過ごせない。
「魅力的になろうと思うならもっと別の努力をしたらどうだ? 相談ぐらいなら乗るぜ」
 締めくくりに誘いの言葉を投げかけ、見つめていく。
 しばしの後、メイコは深い溜め息を吐き出した。
「いいよ、別に。あんたらなんかに、相談しなくても、私は……」
「けれど、決してあなたに魅力がないわけではないと思うわよ」
 締めくくりの言葉は紡がせないと、シャルロット・フレミス(蒼眼の竜姫・e05104)は語りかける。
 意識が自分へ向いたと感じながら、落ち着いた声音で続けていく。
「自分を見定めて、磨き上げて、良くしていくことが大事なのではないかしら。より良くなったあなたを見せつける事の方がいいわよ。きっと……ううん、だって」
 ただ、真っ直ぐに見つめたまま……。
「好きな人に嫌われるのは確かに嫌だけど、他の人を好きになっても嫌いになるわけじゃないのでしょう」
「……」
 初めて、メイコの唇が震え始めた。
 辛そうに目を細め、翼を震わせ……鉤爪を難く握りしめていく。
 迷う素振りを見せたまま、くちばしはゆっくりと開かれて。
「そう、私はまだ……彼を。だから……!?」
 言葉半ばにて、メイコの体が光に抱かれた。
 光はメイコの瞳から輝きを消す。
 ケルベロスたちへの敵意に変えていく。
 ベリリは笑った。
 左手中指の髑髏の指輪に一瞬だけ視線を落とし、告げた。
「さぁ始めよう。故にもう一度言おう、恐れるな。なぁに仮に戦途中に死したれば妾が冥府へ誘ってやろうぞ? 死死死死死っ」
 彼女の笑い声に誘われ、ケルベロスたちは身構えていく。
 未だビルシャナに囚われている彼女を救うため、さあ、戦いを始めよう。

●歪んだ光を払うため
 機先を制するため、いの一番に紫月が妖刀を振り下ろした。
「呪われた一太刀を受ける覚悟はあるかいなぁ?」
 血飛沫のように細かな斬撃が虚空を走り、外套のように閉ざされたメイコの……ビルシャナの翼を切り裂いていく。
 お返しとばかりに燃え上がる炎にはローレリーヌが飛び込んだ。
「っ……けど……!」
 全身に熱を痛みを覚え、着地と共に自らの治療を開始。
 火傷が消えていくさまを横目に、ベリリは刃に無数の怨霊を宿していく。
「去れ、鳥。貴様の居場所はここには無い。妾を降した人間を侮るな」
 メイコを閉じ込める輝きの牢獄を払うために踏み込んだ。
 足を踏みつけ振り下ろす。
 左翼へと食い込めば、解き放たれた怨霊がビルシャナの体を蝕み始めていく。
 よろめく気配はないけれど、動きが鈍くなる様子もないけれど……。
「そのキレイな羽をフッ飛ばしてあげる……」
 押して行けると判断し、刃蓙理は赤黒いオーブを掲げ熱のない炎を解き放った。
 焼かれる代わりに羽根を散らされ、ビルシャナの形が歪んでいく。
 即座にケルベロスたちは追撃を仕掛け追い込んだ。
 もちろん、反撃が弱かったわけではないけれど……。
「……この程度なら」
 流は炎を振り切り踏み込んだ。
 魔剣の1本を握りしめ、手から肩までを液状の刃で覆い隠す。
 禍々しき刃をビルシャナに押し付け、右の翼を切り飛ばした。
 ビルシャナが、苦悶の声を上げてよろめいた。
 流へと治療のために近づいていたクローヴィスは、ちらりと仲間たちへ視線を送った。
「今だ。ビルシャナをぶっ飛ばし、あいつを取り戻せ!」
 頷き、ケルベロスたちは踏み込んだ。
 斬撃が、打撃がビルシャナを襲う中、ソロは爪を構え――。
「戻ってこい。元の姿に戻り。もう一回やり直せ!」
 ――瞬く間も与えずに、ビルシャナを切り裂いた。
 勢いに負け、ビルシャナは仰け反る。
 音もなくシャルロットが踏み込んだ。
「竜の羽ばたきの如く、敵を圧倒し、翼風と共に散れ!」
 全身にオーラを纏い、紬ぐは幾重にも重なる斬撃の嵐。
 ビルシャナの体を、輝きを、存在そのものを断ち切り、蒼い刀身を持つ刃を鞘に……。
「自分の事は自分で、努力をしないなら結果はついてこないわ!」
 音を立てて収めた時、ビルシャナは床に倒れ伏す。
 ケルベロスたちが見つめる中、ビルシャナはやがてメイコに戻った。
 耳をすませば聞こえてくる、安らかな寝息が。
 無事にメイコが戻ってきた証が!

●今はただ、傷を癒やして
 ソロは武装を解き、胸をなでおろした。
「無事に終わったね」
「結構暴れちまったけど、ま、直せる範囲かねぇ」
 紫月も得物を収め、戦いによって傷ついたリビングを見回していく。
 けれど……と、刃蓙理はメイコを抱き上げた。
「無事に助けることはできました、良かったです……」
 頷き、クローヴィスが促していく。
「では、目覚めるまでにできることをやっちまおうか」
 ……ケルベロスたちがリビングの修復を追える頃、ソファーに寝かしつけられていたメイコは目覚めた。
 メイコはキョロキョロと周囲を見つめた後、下に視線を落としていく。戻ってくる事はできたけど、目覚める事もできたけど、悲しみがすべて癒えたわけではないのだろう。
 だから、ローレリーヌは提案する。
「そうね……気分転換するのも良いと思う。こういう、フリフリの服とかを試してみるのはどうかしら?」
「……ええ、そうね。それもいいかもね」
 顔を上げ、メイコは薄く微笑んだ。
 その瞳は揺れている。
 けれど、確かな光も宿っている気がした。
 だからシャルロットは……。
「……何が最善なのかはわからないわ。でも、きちんと生きていくことが大事だと思う」
「……はい」
 力なく頷きながらも、笑みは絶やさぬメイコ。
 彼女の心の傷が癒えるにはまだまだ時間がかかるかもしれないと、流は窓の外へと視線を向けていく。
 それでも、きっといずれは前にすすめるはず。
 瞳に光が宿っている限り。
 傷ついても傷ついても、庭の中で立派に伸びゆく花たちのように。
 だから祈ろう。彼女が再びあるきだしていくことを。
 今を楽しく生きる大事さを思い出してくれることを……!

作者:飛翔優 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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