僕以外の男はいらない

作者:飛翔優

●恋に破れた男の願い
 窓を叩く風の音、時計の針、蛇口と鍋、冷蔵庫やエアコンの駆動音……右から左へと聞き流し、大学生の男・トオルはテーブルの側で膝を抱えていた。
 虚空だけを見つめたまま、しきりにため息を吐き出していく。
「また、ダメだった。僕は、また……」
 口をついて出るのは嘆きの言葉。
 好きになった女性が、手をこまねいている間に他の男に取られてしまったという嘆きの言葉。
「あーあ、こんなことになり続けるなら……僕以外の男がいなくなっちゃえばいいのに。誰か、そんなこと……」
 口をついて出たのは自暴自棄な願い事。
 すると、彼の見つめる先にうっすらとした光が生まれた。
 瞳を見開き顔を上げる先、豪奢な羽を持つどことなく神々しい鳥人間……大願天女の幻影が立っている。
 ぽかんとトオルの口が開かれていく中、大願天女は微笑んだ。
 トオルの体が大きく跳ねる。
 みるみるうちにビルシャナへと変わっていく。
 ビルシャナへと変わったトオルは翼を広げながら立ち上がる。
 鉤爪を握り宣言した!
「そうだ、殺して回れば良いんだ。僕以外の男を! 全員殺せば、僕しか男はいない、全ては僕の思いのまま……そのために……」
 大願天女は優しく見守り続けていく。
 語りながら構築されていくトオルの計画を……!

●救出作戦
 足を運んできたケルベロスたちと、挨拶を交わしていく黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)。
 メンバーが揃ったことを確認し、説明を開始した。
「ビルシャナ菩薩大願天女の影響によって、ビルシャナ化してしまう人間が現れてしまうみたいっす」
 名をトオル。大学生の男。
 今まで何度も恋をして来たが、奥手でアプローチをかけることすらできず、他の男に先を越されてしまう。それが心の中に蓄積していたのか、自分以外の男などいなくなってしまえばいいと願ってしまった。
 その願いを叶えるために、ビルシャナの力を用いて襲撃事件を起こそうとしているのである。
 故に、その事件が起きる前に撃破することが今回の目的となる。
「それから、ビルシャナ化した人間を説得して計画を諦めさせることができれば、ビルシャナ化したトオルさんも救うことができると思うっす。ですから、できれば助けてあげて欲しいっすよ」
 説得の際には先程語られた願いと、その願いをいたるまでに至ったプロセスを踏まえれば、より心に届く言葉になることだろう。
「続いて、どのような結果にせよ戦うことになるトオルさんの……ビルシャナの戦闘能力について説明するっすね」
 戦闘方針は、とにかく相手を倒す事を優先している。邪魔するなら女性も容赦はしない。また、障害は予め排除しておきたいと言ったところなのか、逃亡する気もないらしい。
 グラビティは三種。複数人を威圧するビルシャナ閃光、複数人のトラウマを呼び起こす浄罪の鐘、炎で焼き尽くす孔雀炎。
「最後に場所っすけど……この、トオルさんが一人暮らしをしているオートロック付きアパートの一室になるっすね。ここでトオルさんは計画を練っている最中だと思うっす。だから、管理人さんに話を通して向かって欲しいっすよ」
 以上で説明は終了と、ダンテは資料をまとめていく。
「幸い、今回はうまく行けばトオルさんも救えるかもしれない案件っす。だからどうか、全力での行動をお願いするっすよ」


参加者
ベルンハルト・オクト(鋼の金獅子・e00806)
エピ・バラード(安全第一・e01793)
シヲン・コナー(清月蓮・e02018)
空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)
マリアンネ・ルーデンドルフ(断頭台のジェーンドゥ・e24333)
フレック・ヴィクター(武器を鳴らす者・e24378)
リーゼロッテ・アコノール(サキュバスのワイルドブリンガー・e44293)

■リプレイ

●世界に1人だけならば
 締め切られたカーテン、ベッド周りを除いて落とされた電灯、色のないテレビ。
 ビルシャナと化したトオルは部屋の中、1人弾んだ調子で練っていた。
「絶滅させるためにも、可能な限り気づかれちゃいけないよね。だから……」
 自らの願いを叶えるための計画を。
 男を絶滅させるための計画を。
 だからだろう。
 彼が気づくことはない。
 音もなく玄関扉が開け放たれた事に。
 ケルベロスたちが侵入を果たしたことに。
「……」
 熱の篭った言葉とペンが走っていく音を聞きながら、ケルベロスたちはトオルとの距離を詰めた。
 一歩踏み込めば光の中へと踊り出る。そんな距離まで到達した後、一呼吸。
 互いに確認しあった上で、最初にエピ・バラード(安全第一・e01793)が飛び出した。
「好きな人を取られて負けたって思っていませんか? それは違います。貴方は見ていただけで、まだ何もしていません。戦ってすらいないんです!」
「ッ!?」
 自分に世界に浸っていたトオルに聞かせるため、エピは畳みかけていく。
「嫌われたくない、フラれたくないって気持ちはわかります。でもぶつかっていかなきゃ何も変わりません! 好きって思うだけじゃ好きになってもらえないんです」
 トオルが目をそらしているだろう事柄を。
 トオルをこちら側へと引き戻すために。
「貴方が今の貴方のままなら、男がひとりだけになったって、誰も貴方と恋に落ちたりしませんっ!」
 詰め寄り、真っ直ぐに瞳を見つめ、締めくくる。
「誰にも好きって気持ちを伝えないままビルシャナになんてならないでください!」
 部屋中に声がこだまする。
 消えぬ内、リーゼロッテ・アコノール(サキュバスのワイルドブリンガー・e44293)も切り込んだ。
「あるいは、相手の女性はあなたの告白を待っていたのかもしれません」
 今となっては慰めにしかならないかもしれないけれど……それでも、希望はあったかもしれない可能性。
「結果はどうとしても、まずは自分の気持ちを相手に伝えるべきです」
 男性からアクションがないために、恋を諦めてしまう女性もいるのだから。まずは、勇気を出してアタックしなければ始まらない。
 心のどこかではわかっていたのだろう。トオルはくちばしを震わせながら、ベッドの方角へと後ずさる。
 追うことはせず、ただ、イルルヤンカシュ・ロンヴァルディア(白金の蛇・e24537)は告げていく。
「此の世の中に君以外の男性がいらないというのなら、君の父親すら必要ないというのかな? 今の君を必死で此処まで育ててくれた、君のルーツでもある男性だ」
 想定していたのか、あるいはそこまでは想像が及んでいなかったのか。
 息を呑む音が響いた。
 返答と判断し、イルルヤンカシュは告げていく。
「其れを否定し、殺すということはほかならぬ君の存在を否定することになる。君に必要なのは殺すための一歩を踏み出すことじゃない、好きな女性に好きっていう為の一歩だ!」
 気持ちは分かるけれど、それはそれ、これはこれ。
 誰一人殺すことなく止めたい、そんな強い思いと共に。
 強い意志と共に見つめる中、トオルは……逃げるように目をそらした。

 逃げ道を塞ぐかのように、ベルンハルト・オクト(鋼の金獅子・e00806)が目をそらした先……窓の側へと回り込む。
 体をビクつかせたトオルを見つめながら、落ち着いた声音で告げていく。
「例えお前以外がいなくなったとしても、誰かがお前に振り向いてくれるとは限らない。自分ら変わろうとせず、誰かに責任を押し付けるその姿に惹かれる者がいると思うか?」
 今のトオルが、そしてビルシャナとして活動しようとしているトオルが魅力的かと聞かれたら、多くの人間がNoと答えるだろう。
「己を知り、己を変え、自身で勝ち取れ。それを成し得ない者に、誰もついてこない」
 すべきことは他の男の殺害ではない。
 自らを磨き、高める事。
「だが、それでも。手遅れになる、その前に君を止める。次のチャンスを無に帰す、その前に」
 戻らなくてはならない、人の世に。
 トオルがいずれ、本当に望む未来を掴むためにも。
 けれどなおトオルは沈黙を保った。けれどそれは、決して強い意志がもたらしたものではないのだろう。
 落ち着いた足取りで、マリアンネ・ルーデンドルフ(断頭台のジェーンドゥ・e24333)が一歩近づいた。
 顔をあげる事もできないトオルに、ただ静かに語りかけていく。
「喩え貴方以外の全ての男性を殺したとて、貴方が満たされることはない」
 恋い焦がれた者へ思いが届かぬ苦しみ、痛いほど理解している。
「世界に男が貴方一人としても、今の侭の貴方では女性にお声を掛けることすら侭ならぬのでは御座いませんか。それでは、何も変わらぬ侭です」
 同時に知っている。
 他を恨んだとしても、それもまた詮無きことであると。
「それに、女性なら誰でも佳いのではなく、焦がれた方に振り向いて欲しいのでしょう」
 トオルも、きっかけはそうだったはずなのだ。
「そうであれば尚更、必要なのは誰かを排することではなく、自身を磨き、臆病を克服することでは御座いませんか」
 重ねる言葉は同じ言葉、同じ意志。
 自分を磨き、高め、克服しなければ先へは進めない。
 ……相変わらず言葉が帰ってくることはないけれど。それでも……翼の震えが、握りしめられたかぎ爪が、ケルベロスたちの声が届いていることを教えてくれていて……。

 言葉が届いている以上、必要なのは決意するためのきっかけか。
 空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)はわざと大きなため息を吐き、自らの存在を教えた上で切り込んだ。
「男が自分一人とか、ゾッとしねぇな。あんたドMかなんかか?」
 素か、計算か。
 いずれにせよ、強い言葉で。
「女子高に男子生徒一人だけ放り込むようなもんだろ? そっからハーレム作れるのはラノベ主人公だけだかんな。現実であったら、いたたまれなさすぎて見てらんねぇぞ」
 仮にビルシャナとしての行動が成功した果てに待つ未来の形を告げていく。
「つか、全人類人口分の1の割合とか、もう例外中の例外じゃねぇか、人として扱われるかも疑問だぜ? 人間止めんのに人様巻き込んでんじゃねぇよヘタレドM野郎」
「女の子同士の恋愛だってあり得るしね?」
 フレック・ヴィクター(武器を鳴らす者・e24378)が言葉を引き継いだ。
「だから……男を全て無くしても……結局好きな女の子を奪うのは……男から女に変わるだけじゃないかしら」
 彼の目的は、あくまで自分に振り向いてもらいたかっただけのはずだから。
 男を殺すのは、手段であって目的ではないはずだから。
「だから本当に必要なのは……一歩踏み出す勇気よ!」
 今の計画では決して叶えられないだろうことを叩きつけた上で、微笑み問いかけていく。
「何故貴方は声がかけられないの?」
「……」
 時計の秒針が60ほど音色を奏でるくらいの時間を待った後、トオルはぽつり、ぽつりと切り出した。
 彼女をまばゆく思っていたこと。今の自分では、眩い彼女の隣にはたてないんじゃないかと思っていたこと。自分を磨かなきゃと思っても、方法もわからず立ち往生していたこと。振られたら……と思うと、一歩踏み出すことができなかったこと。
 一つ一つの言葉を確認し、フレックはまとめていく。
「ならば! まず自信を持つ事よ! そして慣れねっ!」
 トオルが正しい一歩を踏み出す事ができるように。
 こうして返事ができるほどに、トオルが意識を向けてくれたのだから。
 後は、その背中を優しく押すだけ。
 シヲン・コナー(清月蓮・e02018)は語りかける。
 優しい声音で、諭すように。
「皆が言うとおり、今のままでは君が女性から選ばれる可能性は低いと思う。仮に選ばれたとしても、他に男がいなかったから妥協した、という事実を、きっと君は受け入れられない」
 そうなった場合にどうなるのか。
「現実を突きつけられた時に君は、今よりもずっと苦しみかねない」
 今よりもより悪い未来になることは、想像に難くはない。
 けれど……。
「今ならまだ、戻れる。玉砕すらしていない今から、玉砕するかもしれない、けれど実を結ぶかもしれない未来へとたどり着ける。だからまだ、自暴自棄になるのは早いんじゃないかな?」
 戻る事ができたなら、その上で進むことができたなら……今よりもずっと良い、いずれは描いた未来へたどり着けるはずだから……。
「……」
 トオルは拳を握ったまま顔を上げていく。
 瞳には強い光が宿っていた。
 その体もまた光に包まれていた。
「……あなたたちの言う通りかもしれない。まだ、心の整理はついてないけど、僕は……っ!?」
 少しずつ力強い声音に変わっていく中、不意に、トオルの体を包んでいた光が爆ぜるように膨らんだ。
 眩い光に抱かれながら、トオルはゆっくりと立ち上がりケルベロスたちを睨みつけてくる。
 もっとも、その瞳に先程までの輝きはない。
 ただ、何かに操られてしまっているような……そんな、無機質な表情だけが宿っていて……。

●描いた未来へと進むために
「そんじゃ、その存在狩らせてもらうぜ? 悪いが悪く思うなよヘタレ野郎!」
 殺気をぶつけてきたトオルを……トオルを操るビルシャナを倒すため、空牙は銃身から轟音響く砲弾をぶっ放した。
 閉じた翼で受け止めていくさまを横目に、イルルヤンカシュが側面へと回り込んでいく。
「言葉は語った、あとは拳で語るのみ。目覚ますためにも、歯を食いしばれ!」
 守りなき頬に拳を放った。
 吹き飛びながらもビルシャナは炎をたぎらせる。
 すかさずシヲンが踏み込み、広がりゆく炎を受け止めた。
「……軽いな、随分と」
 治療は必要ないと告げ、炎を払う。
 ボクスドラゴンのポラリスが放つブレスがかわされた瞬間に蹴りを放ち、ビルシャナを天井へと打ち上げた。
 落下してくるビルシャナに狙いを定め、テレビウムのチャンネルは凶器を構える。
 エピもまた今は攻撃を重ねるべきと、腕を回転させ始めた。
「さあ、とりもどしましょう。あたしたちの世界に」
 凶器にかっ飛ばされたビルシャナを、回転する腕で床に撃ち落とす。
 弾んだ体を抱くのは、リーゼロッテが奏でる歌声だ。
「大丈夫です。もう、戻ってこれます。あなたにその意志がある限り」
「だから、もう少し我慢してな」
 ベルンハルトがブラックスライムで捕まえて、身動きすらも封じていく。
 にわかに静寂が落とすれた戦場で、フレックは落ち着いた足取りで歩み寄った。
「貴方に必要なのは排除する力ではなく……勇気よ! だから……」
 今を耐え、ビルシャナから抜け出す勇気を。
 言葉とともに紡がれた一閃は、時空間ごとビルシャナの翼を切り飛ばした。
 新たに響くはうめき声。
 歩み寄るのはマリアンネ。
「今、お助けを」
 振るうは鈍色をした一振りの刃。
 中心を衝き、羽根を削ぎ、残されていた翼を断ち……やがて、力そのものを奪い尽くした。
 煌めきを伴いながら鞘へと収められていく刃に誘われ、トオルはあるべき姿を取り戻す。
 それは、安らかな寝息を立てている青年で……。

 ケルベロスたちが部屋の修復を追えた頃、ベッドに寝かしつけていたトオルが目覚めた。
 上半身を起こしていく気配を感じ取り、空牙が視線を向けていく。
「目は覚めたみたいだな」
「元に戻れたようで、何よりだ」
 シヲンが安堵の息を吐く中、マリアンネが微笑んでいく。
「おはようございます」
「……はい」
 視線を落としながら頷いていくさまを前にして、イルルヤンカシュが覗き込んでいく。
「大丈夫か? 体に異常などはないか?」」
「あ、はい。それで、ええと……」
 しどろもどろになる唇から、紡がれたのは感謝の言葉。
 救ってこれたこと、教えてくれたこと、背を押してくれたこと。一歩踏み出すための道を示してくれたことへの感謝の言葉。
 受け止め、フレックは眩そうに目を細めた。
「そうして誰かに焦がれ求める想いを持つ事が、だから……若しもそれを望むなら……暴力ではなくて負けない心と度量を持つ事よ。でないと……振り向いてもらっても其処から未来はない」
「……はい」
 返答するトオルに、微笑みを送り……。
「どんな時でも一歩は辛い…でも歩き始めるときっと、進めるわ?」
「がんばってくださいね」
 リーゼロッテも正面から、トオルにはっぱを駆けて行く。
 力強く頷くトオルの背を、ベルンハルトが強く叩いた。
「その意気だ」
「はい!」
 迷いのない声音が、彼が一歩前へと進めた証。
 これから何度も何度も転んでしまうかもしれない。
 時に心が折れ、膝をついてしまうかもしれない。
 けれど、今日の出来事があれば……投げかけられた言葉を忘れない限り、きっと、何度でも立ち上がっていくことだろう。

作者:飛翔優 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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