町が人の営みであるならば、夜の眠りは町にも等しく訪れる。
それは例えば学校だったり、公園だったり、あるいはショッピングセンターであったり。
それが人々の生活に近いほどに、人の営みに合わせて町は眠りと目覚めを繰り返す。
音もなく、夜の風が粉雪を連れて人気の絶えた通りを過ぎてゆく。
そろそろ日付も変わろうかという頃合い。
夜空に光る月明かりを雲が覆い隠せば、夜闇の中で眠るような静寂が辺りに満ちる。
また日が昇り、人々が営みを始めるまで、この地はしばしの眠りの中にある。
――キィ、キィ――。
無人の道を、船がゆく。
黒塗りの船体をわずかに宙に浮かべ、微かに船体をきしませながら滑るように道を行く。
船の上にあるのは、小さな小屋。
固く閉ざされた扉からは滲み出るように無数の影が現れて、触手とも腕ともつかない形へと姿を変えながら船の周囲へと伸びてゆき。
ぐずり、と影が触れた街路樹が黒く染まって崩れ去る。
続けて、車が、家が、そして眠りについている人々が。
影が躍るたびに、全てが静かに消えてゆく。
――キィ、キィ――。
町の眠りを妨げることなく、影の船は道を行く。
ただ、その眠りを永遠のものへと変えながら。
●
「波乗り船の音の良きかな……と言うには、姿も行いも不吉すぎますね」
そう、小さく呟いて、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は集まったケルベロスに向き直り一礼する。
「栃木県の佐野市で、封印されていた巨大ダモクレスが復活することが予知されました」
このダモクレスは先の大戦末期にオラトリオによって封印されたものであり――大戦末期に稼働していただけあって、その戦闘力は相当なものを持っている。
「本来の性能を発揮されれば勝利することは難しい相手ですが……封印から目覚めた直後の今なら勝機があります」
封印の中でダモクレスの持つグラビティチェインは大半が失われ、枯渇した状態にあるために、その戦闘力は大きく低下している。
ここで逃がしてしてしまえば、多くの人々が襲われ命を奪われた上に、ダモクレス勢力に強力な戦力が加わることとなってしまう。
「ですので、力を取り戻す前に、今ここで確実に撃破をお願いしたいのですが……」
そこまで説明すると、セリカは小さくため息をつく。
相手はグラビティチェインが枯渇した状態にあってなお、ケルベロスたちを相手取って戦える力を持ったダモクレスであり……ダモクレス勢力にしてみれば、自勢力を大きく強化してくれる大事な戦力である。
「皆さんとダモクレスが戦闘に入って七分後に、ダモクレスを回収するための魔空回廊が開かれます」
濃厚なグラビティチェインに満たされ、内部でのデウスエクスの力を3倍に高める魔空回廊に逃げ込まれてしまえば、相手を倒すことは不可能になると見ていいだろう。
故に、魔空回廊が開かれるまでの7分が、勝利を得るために使える時間のすべてとなる。
「目覚めたダモクレスの姿ですが、船型……家くらいの大きさの黒塗りの木造船の上に、小屋を乗せた形を想像していただければよいかと思います」
船上にある小屋の扉は固く閉ざされているものの、その中からは揺らめく影がにじみ出ていて、この影がダモクレスの武器として襲い掛かってくる。
腕や触手のように形と特性を変えながら襲い掛かる影は、腕状の時には触れた相手の生命力を奪い取り、触手状の時は相手に絡みついて動きを鈍らせる。
「どちらも軽視してよいものではありませんが……特に、腕状の影は無策で挑めば、倒しきれずに時間切れで逃がしてしまう結果にもなりかねません」
と、そこまで話すと、セリカは表情を改める。
ダモクレスの基本的な攻撃手段はその2つ。
だが、もう1つ。切り札と呼ぶべき攻撃手段が、このダモクレスには存在している。
「先ほど話したとおり、このダモクレスはグラビティチェインの枯渇によって性能が大きく低下しています。ですが、一度だけであれば全力の攻撃を行うことができます」
それは、閉じている扉を吹き飛ばして、内部の影を周囲にあふれさせる自爆とも呼べる攻撃手段。
あふれる影は巻き込まれたもの全てから生命力を奪い取るために、直撃を受ければそれだけで戦況が逆転することにもなりかねない。
その一方で、影を生み出す小屋にも少なくないダメージを受けるため、この攻撃を行った後は通常の攻撃の精度も威力も大きく低下することになる。
「危険な攻撃ですが、これをしのぐことができれば勝機も見えてくるはずです」
周辺の住民にはあらかじめ避難勧告を出せるために避難誘導を行う必要はなく、街灯や建物の明かりで戦場の視界も十分に得られている。
町の被害も、後でヒールをかければ治すことができる。
周囲に注意を向ける必要はない。
全力で戦い、倒すことが全てとなる。
「…………」
そうして一通りの説明を終えると、セリカは目を閉じて小さく息をつく。
船は何かを運ぶもの。
異国から自国へ。
彼岸から此岸へ。
どこかからどこかへと、形の在るものも無いものも運んでゆく。
だけど、この船を故郷へと帰らせるわけにはいかない。
「旅路をここで、終わらせましょう」
参加者 | |
---|---|
古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248) |
キサナ・ドゥ(イフェルスの信管・e01283) |
ミステリス・クロッサリア(文明開華のサッキュバス・e02728) |
レミリア・インタルジア(蒼薔薇の蕾・e22518) |
空舟・法華(回向・e25433) |
服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027) |
梅辻・乙女(日陰に咲く・e44458) |
マギー・ヴェイル(嘘と棺・e44972) |
――キィ、キィ――。
夜の街に、音が響く。
静かに、染み渡るように。
「……」
知らず力を込めていた拳をゆるめて、すぅ、と深呼吸をすれば、冷たい夜気がマギー・ヴェイル(嘘と棺・e44972)の胸を満たしてゆく。
これから始まるのは、デウスエクスとの――マギーにとっては初めてとなる戦い。
そこに緊張はあるけれど……今まで一人だった自分でも誰かを救うために出来ることがあるのだと思えば、緊張と共に嬉しさも胸に満ちる。
もう一度息を吸って集中を高めるマギーの隣で、レミリア・インタルジア(蒼薔薇の蕾・e22518)は自分の手を見つめる。
力に目覚めなければあの時失っていた命。ならば今更この身を惜しむこともなく、力無き人達を守るために命を捧げることにも躊躇いはない。
(「――だけど、今は……」)
じっと小指を見つめ、大切な人へ祈りにも似た想いを紡いで、
(「……どうか見守ってて下さい」)
そう、心の中で呟いて、レミリアは手にしたコルセスカを握り締め、
――キィ、キィ――。
夜闇の中から浮かび上がるように、巨大な影が姿を見せる。
揺らめく影をまとった、漆黒の船――封印の眠りから解き放たれたデウスエクス『ダモクレス』。
「船を見るとどこへ行くのか、どんなお客さんが乗っているのか気になりますが……」
「あれはまるで幽霊船。よくないものを運ぶ船だわ」
言葉を交わす空舟・法華(回向・e25433)と古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)の視線の先で、船から伸びた影の腕が街路樹を侵食する。
音もなく、静かに、この船が運ぶのは永遠の眠り。
「異星から来た虚船(うつろぶね)、ですか」
ぽつりと法華が呟くのは、古い伝承にある異界からの船『虚船』の言い伝え。
「船が運ぶ眠り、なんて幻想的な響きだけど……それが人の生活を壊してなされるものなら、幻想なんかじゃなくて悪夢よね」
「この船はここを終着地点にしなければいけないようですね」
マギーの呟きに法華も頷いて。
同時に、ケルベロス達に気づいたのか、影の動きが変化する。
獲物を探すように四方へと伸びる動きから、一方向に集まるように。
――獲物と見定めたケルベロスたちを逃がすことの無いように。
「はっ」
そこから向けられる敵意に、キサナ・ドゥ(イフェルスの信管・e01283)は口の端を上げて笑みで応える。
その一方で、
(「こ、これが残霊ではないデウスエクス……」)
初めて見る本物のデウスエクスの姿に、梅辻・乙女(日陰に咲く・e44458)は小さく息をのむ。
残霊との戦闘経験はあるものの……この船がもつのは、残霊とは別物の存在感。
纏う威圧感に、気を抜けば足は震えそうになるけれど……、
(「だ……だだ、大丈夫。私だってケルベロスなんだ……」)
戦う力は確かにこの身に備わっている。
肩を並べる仲間もいる。
なにより、自分達で手の打てる内に破壊しなければ、より多くの犠牲者が生まれることになる。
「死を運ぶ船があるのは三途の川だけで充分だ」
「うむ。虚船というなら彼岸に往くのがちょうどよかろう!」
こみ上げてくる震えを押し込めて得物を抜き放つ乙女に、服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)は力強く頷くと一歩前へと踏み出して、
「よくぞ参った! だがここより先へは一歩たりとも進ませぬ! 一歩たりとも退かせもせぬ! ここが終点と心得い!!」
「先生! 私はあの船型ダモクレスをラブボートに改装することをここに誓いますのね!!!」
拳を掲げる無明丸に続けて、若干イントネーション怪しくミステリス・クロッサリア(文明開華のサッキュバス・e02728)が宣誓する。
「それでは――」
続く法華の頭には黄色い安全ヘルメット、手にはバール。
胸には地域の皆様の安全のため、解体作業で一役買いたい心意気。
「――これよりダモクレス解体工事を行います」
その言葉を合図とするように、影の船とケルベロス達の戦いは幕を開けた。
●
船からあふれ出る影が、触手にも似た形をとって襲い掛かる。
それは、前衛に立つケルベロス達の視界を覆いつくすほどの規模となって彼らを飲み込み――。
「――止まれ」
乙女の声が響くと同時に、影の動きが鈍る。
それは彼女の相貌が宿す呪いの力。
それによって影の動きが鈍ったのは僅かな時間だけだったが――それで十分。
揺らいだ隙間を縫って、影の中をキサナが走り抜ける。
衣擦れの音も立てることなく、静かに、素早く。
動きを取り戻して襲い掛かる影すらも足場にして、その身を宙へと躍らせて、
ダン、と一際強く足音を鳴らして降り立つ先は船の甲板。影に満ちたダモクレスの舞台。
「……くひひ、舞を奉じるには十分な広さだな」
(「もっとも、見るやつも見せたいやつも、ここには居やしねぇが」)
狙いを変えて、四方から自分に向かってくる影を舞いとともに躱して捌き。
刻む足音は、舞の中で彼女の力をより高みへと導いてゆく。
「――踊ろうぜ、デウスエクス・マキナクロス!」
そうして影の意識がキサナへと向けば、それだけ他のケルベロスへの攻撃は薄くなる。
「今のうちね」
「補強するのね!」
法華の龍笛が響かせる龍の嘶きと共に、マギーとミステリスの放つ光がケルベロス達を包み込んで感覚を覚醒させて。
高められた感覚の後押しを得て、レミリアの打ち出す氷結の螺旋が阻もうとする影を吹き飛ばして船の側面を白く染め上げる。
そうして開かれた道を、無明丸が駆ける。
足を阻もうとする影は、ミステリスのライドキャリバー『乗馬マスィーン一九』が激しいスピンと共に薙ぎ払い。
「影だろうと縫い止めるだけ」
後退する船を、るりの呼び出したレプリカの神槍が縫い留める。
そして、
「ぬぅあああああああーーーッッ!!」
掲げる拳に宿すのは、雪さえも退く凍気。
渾身の力を込めた無明丸の一撃が突き刺さり、轟音と共に船を揺らがせる。
「おっと」
そのまま拳を戻して追撃をかけようとして――飛び退いた無明丸の目前を、影の腕がかすめる。
さらに腕が身をくねらせて追跡しようとするが、
「はっ、やらせねえよ」
キサナが踏み出す足が影の根元を踏みつけて動きを鈍らせ、その間に割り込んだミステリスがなおも襲い掛かる腕を受け止める。
「……っ、お任せなのね!」
体を襲う脱力感をこらえて、ミステリスは笑みを浮かべる。
影の腕が持つのは与えたダメージに応じて自らを癒すドレインの力。
「けったいな船じゃのお」
見る間に修復されてゆく船の傷に、無明丸は呆れたように息をつく。
だが、そこに絶望感はない。
キサナとミステリスがディフェンダーとして攻撃を受け止めれば、それだけ相手の回復量は少なくなる。
だから、後はその回復量を上回るほどに攻撃に専念すればいい。
「これも当時の同輩の後始末。どうせ往くというならば今度こそ彼岸に送ってくれようぞ!」
「七分しかないわ。全力で戦う事以外に使う時間なんて、ない!」
続けざまに放たれる無明丸とるりのフロストレーザーが船を捉えて、修復された傷を凍てつかせ、再度開かせる。
(「……当たった!? そうよ。銃くらい私も扱えるわよ……ちょっと重いけど、引き金を引くだけだもの!」)
純粋な実力にスナイパーとしての立ち位置、マギーとミステリスが重ね続ける加護。
内心では自信がなかったものの、いろんな要素が重なってちゃんと命中したことに、るりはこっそり拳を握る。
「やっ!」
続く法華がフルスイングしたバールは重なる影に阻まれるも、
「――斬る」
乙女の放つのは護る術を破断する一撃――刃毀(コボツハ)。
その一撃は正しく影を断ち切り、打ち払い、
「この場に居合わせたことを悔やみなさい…全ては無へと帰すのです!」
吹き散らされた影を旋風と化したレミリアが槍を振るってまとめて切り裂き、その刃を船まで届かせた。
●
「ぬぅあああああああーーーッッ!!」
気合の声と共に拳を握り、無明丸が打ち込む一撃、
「もういっぱぁつっっ!」
――否、二撃。
「魔法しか使えないと思ったら間違いよ!」
その背中に襲い掛かる影の触手を、戦いの中で銃の扱いに自信をつけつつあるるりがエネルギー光弾を放って撃ち落とし。
なおも抜け出る影をキサナが舞うような動きのままに絡めとる。
「ふっ!」
自分にも襲ってきた影を身をひるがえしてかわし、その動きのままに脚を振るってレミリアが放つ星型のオーラを影の触手は集まることで受け止める。
だが、その脇を駆けて、呼吸を合わせて放たれる乙女の刃と法華のバールが船の外壁を切り裂き、引き剥がす。
そして、攻防の中で傷ついた仲間を、マギーの描き出す守護の魔法陣とミステリスの飛ばす光の盾が癒してゆく。
「……ふぅ」
鎖を手元に引き戻して、マギーは小さく息をつく。
ディフェンダーとしての立ち位置をとることで仲間をかばい、全体の受けるダメージを抑えるように動くキサナとミステリス。
そして、二人に守りを任せて攻撃に専念する仲間達。
メディックであるマギーの回復に加えて、ディフェンダーの二人ともが回復を重視して立ち回っているために、仲間達の体力にはまだ余裕がある。
一方で、ダモクレスは……表情が読めないだけに確実とは言えないが……戦闘開始時に比べて動きの滑らかさは数段低下している。
油断はできないものの、このままであれば勝利を得ることができるだろう。
……このままであれば、だが。
「残り時間は?」
「もうすぐ二分……厳しいな」
マギーの問いかけに、乙女は視線をタイマーに走らせて小さく首を振る。
ダモクレスとの戦いは七分の制限時間のある戦い。
マギー、キサナ、ミステリスの三人が守りと回復に回っている分、ケルベロス達の守りには余裕ができているが……それは攻めの手数が少なくなることと背中合わせでもある。
ダモクレスが逃げ切るか、ケルベロスが捕らえるか。
どちらに戦況が動くかは、まだわからない。
――パキン――。
「――っ!」
直後、耳に届いた異音に乙女の意識が引き戻される。
ダモクレスの船上――固く扉を閉ざした小屋から聞こえてきたその音は、攻撃を受けて砕かれるのではなく、何かを止めている金具がはじけ飛ぶような――、
「――来るぞ!」
「全力攻撃です!」
叫ぶような乙女とレミリアの警告に、ケルベロス達が身構えた直後。
小屋の扉が弾け飛び――闇が、溢れる。
腕でも触手でもない――形にすらなってすらいない影が、視界を埋め尽くすほどの圧倒的な量でもって、津波となって後衛めがけて押し寄せる。
「ちっ」
「こ、のお!」
キサナが銃を乱射し、ミステリスが矢を射って全力で防ぐも――それでも捌ききれないほどの影の氾濫。
だが、
「大丈夫……しろい、しろい、はなが、ふるわ」
その抵抗には意味があった。
二人の奮闘で僅かだが勢いが落ちた影をマギーの生み出す冷気が凍てつかせ、残る影を乙女の刃とるりの放つ槍が打ち払う。
そして、
「やらせないのね!」
ライドキャリバーを飲み込もうとしている影を、ミステリスのロケットパンチャーが吹き飛ばす。
ダモクレスの切り札である影の氾濫の強みは、威力以上に吸収効果にある。
大勢が巻き込まれれば、それだけダモクレスを回復させることになるからこそ、ケルベロスもサーヴァントも犠牲にするわけにはいかない。
そして、長い一瞬を経て影の氾濫は過ぎ去って、
「耐えたのね!」
大きく息をつきながらも、ガッツポーズするミステリス。
受け止めたディフェンダーの二人の消耗は大きくても、そのおかげで後衛の被害は防ぐことができた。
切り札はしのいだ。
ならば、後は決着をつけるのみ。
「さあ! いざと覚悟し往生せい!」
渾身のグラビティ・チェインを拳に籠めて走る無明丸。
それを阻まんと影の手が動くも……その腕には、無明丸の拳を抑え込む力は既に無い。
本来は使えないはずの切り札である影の氾濫を使った反動は、それだけ大きくダモクレスの力を奪っているのだ。
掴む力も弱まった影を吹き散らし、続けざまに撃ち込まれるマギーの振るう槍と化した血染めの包帯と、ミステリスのホーミングアロー、法華の螺旋手裏剣。
「あなたの船旅も此処まで。ただの船ならば良かったのですがダモクレスとなると話は別です」
「――君に、誰も乗せやしないさ」
レミリアの槍と乙女の白刃が走って船体に大きな傷を刻み込み、
「もう沈みなさい!」
続くるりの槍がその傷をさらに広げる。
(「これで終わらせるぜ」)
側面に大穴を開けて、動くたびに船体を引き裂くような異音を立てるダモクレスに銃を向けて、キサナは船体に目を走らせる。
使うのは敵の頭部を素早く撃ち抜くヘッドショットのグラビティ。
(「――で、船のヘッドってドコだ? やっぱり――小屋か!」)
まだ影が色濃く残る小屋の中――その中に見えた『何か』に向けて、直感的にキサナは銃を向ける。
そして――、
「――あばよ!」
放たれた銃弾は影の中にある『何か』を貫いて――。
永き船旅に終わりを告げた。
●
「ふいー……冷たくて気持ちいいぜ……」
船から降りて壁にもたれかかり、夜空を仰いでキサナは大きく息をつく。
吹き抜けてゆく夜風が、先刻までの戦いの熱を静かに冷ましてゆく。
「わははははっ!この戦い、わしらケルベロスの勝ちじゃ!鬨を上げい!」
「お前はこれから私の夜の玩具を楽しむためのラブボートになるの! さあ改装の時間なのね!」
船の上では、高らかに勝鬨を上げる無明丸とミステリス。
「影の正体は何だったのかしら?」
影の残滓も残っていない小屋の中を覗き込んで、るりは小さく首を傾げる。
被害者を仲間に変えてしまう幽霊海賊などは、物語ではよく見かけるけれど……、
「……そうじゃないか」
そこまで考えて、るりは首を横に振る。
小屋の中には、ただ一掴みの灰があっただけ。
たぶん、この小屋の中に詰まっていたのは『虚無』。
そこに宝は存在しない。
「……影は、光をたべても影のままよ。お帰りなさい、静かなところへ」
「ええ……私達も帰りましょう。待っている人の場所へ」
そっと船をなでるマギーの言葉に、レミリアは小指を胸に抱いて応え。
ふと、その言葉に乙女は視線を彼方へと向ける。
(「故郷、か……」)
家出同然で出てきた身ではあるけれど、思い入れがないと言えば嘘になる。
庭に咲く花々も、木陰に留る愛らしい鳥達も。
(「――今はどうしているだろうか」)
「……」
彼らから一歩離れた場所で、法華は自壊してゆく船に敬礼を送る。
虚船は空船と書かれることもある異界の船。
その行いは許すわけにはいかなかったけれど……同じ字の名字を持つものとして、少しだけの親近感をこめて。
「作業終了です。お疲れ様でした」
作者:椎名遥 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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