風が吹けば桶屋が儲かる。
これは様々な要因が積み重なって、まったく別のところに影響が出ることを示す慣用句だ。バタフライエフェクトとも言う。
雪が降ればビルシャナが生まれる。
これは言葉通りだ。とある都市の交差点の信号待ちで、曇天を見上げる男がいた。
「まだかな……まだ降らないかな……」
焦点の合わない瞳が、ぐるぐると天を見回している。
「雪は最高だよ……雨と違って傘もいらないし、その結晶はふたつとして同じ形にならない。とてもミステリアスでセクシーで……子供は雪だるまを作り、大人は雪を肴に杯を傾ける……温泉で、山で、都市で、川で……どこで見ても雪ってのは最高なんだ、へへ、へへへ……」
主張めいた欲望をダダ漏れにする男を、周りはお近づきになりたくないとばかりに遠巻きに眺める。
そして、それは信号が青になった瞬間だった。
男の鼻先に冷たいものが舞い降りる。それは、小さな雪のひとひら。
「きたああああああ!!! 雪!!!! 雪だあああああ!!!!」
待ちに待った雪の到来に、男は宙に舞うかのように喜んだ。
いや、もしかしたら本当に少しは浮いていたかもしれない。
彼の全身には羽毛が生え、ビルシャナへと変化していたからだ。
突然怪物と化した男を見て、通行人や通りがかった車はパニックを起こす。
「さあみなさんご一緒に! ゆーきやこんこん!!!!」
ビルシャナとなった男は構わず雪を受け止めるように両の手を広げ、交差点の中央へと躍り出る。
そして、同志を増やすべく自らの主張を叫ぶのだった。
「みんなも雪をあがめよう!!!!」
●
「なぜビルシャナは些細なことで悟りを開きがちなのか。迷いの中に悟りがあるというが、もう少し迷ってほしいものだ」
星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)はいきなり愚痴からスタートした。
「それはともかくとして、天気は雪が大正義だと固く信じている男が、降雪を目の当たりにしてビルシャナに変化してしまった。このままでは彼の強力な主張により一般人が説得され、雪大好き信徒になってしまう」
ビルシャナ勢力の拡大を許す訳にはいかない。一般人に被害が出る前に件のビルシャナを退治する、それが今回の依頼だった。
「大正義ビルシャナはケルベロスが戦闘行動を取らない限り、自分の大正義に対して賛成する意見であろうと反論する意見であろうと、意見を言われれば、それに反応する性質を持っている。その習性を利用すれば、誰かが議論を挑んでいる間に別の者が周囲の一般人の避難などを行うこともできるだろう」
被害拡大を防ぐためには、ケルベロス側の役割分担がカギになると瞬は告げる。
「なお、賛成意見にしろ反対意見にしろ、本気の意見を叩きつけなければビルシャナはケルベロスでは無く他の一般人に向かって大正義を主張しはじめる。ビルシャナはどんな意見でも反応するとはいえ、気を逸らし続けるにはそれなりの根気がいるだろう。引きつけ役は一蹴されないように神経を注ぐ必要がありそうだ」
また、避難誘導組のケルベロスにも注意すべき点があると瞬は続けた。
「パニックテレパスや剣気解放など、能力を使用したのにビルシャナが気づいた場合は戦闘行為と判断してしまう可能性がある。能力はなるべく使わずに避難誘導を行えるよう、試行錯誤してみるといいだろう」
まだ信者はいないため数は一体、雪好きということで氷の攻撃をしてくるだろうと瞬は予想する。
「場所は都市の駅近くにある交差点、時間帯は夕方前、小雪がぱらつき始めた時間帯。人通りと車の通行量もそれなりにある。被害を最小限に食い止めるため、頑張ってほしい」
そう締めくくり、瞬はケルベロスたちへと頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740) |
デフェール・グラッジ(ペネトレイトバレット・e02355) |
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879) |
舞原・沙葉(ふたつの記憶の狭間で・e04841) |
九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690) |
アリシア・クローウェル(首狩りヴォーパルバニー・e33909) |
千種・終(虚ろの白誓・e34767) |
ミュゼット・シラー(ヴィラネル・e45827) |
●交差点を封鎖せよ
ビルシャナの変異に悲鳴が上がる交差点。そこに別の声が混じった。
「死にたくねぇ奴は今すぐここから離れるんだな!」
バリケードフェンスを担いだ、眼光鋭い男の声だ。
「や、ヤーさんだ!」
「違うわ! オレぁケルベロスだ。ヤの付く自由業じゃねーぞ!」
男は喧噪を吹き飛ばさんばかりに声を張り上げる。デフェール・グラッジ(ペネトレイトバレット・e02355)その人だ。
「こいつはオレらがなんとかすっから、おら、さっさと散れ散れ!」
バリケードを車道に降ろし、交差点の一方を通行止めにする。
「何だお前ら―――」
文句を言おうとしたビルシャナだが、ギィィィンというハウリングの轟音にかき消される。
「だからケルベロスだよ!」
ボリューム最大のスピーカーから、かき鳴らされるエレキギターのメロディ。
「鳥野郎は俺達に任せて、交差点から離れてくれ! 車は置いていってくれよな!」
ビルシャナのペースにはさせないと、木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)はギターを弾き終わると、インカムで人々を誘導していく。
「雪で電車が止まるかもしれません、ひとまず駅以外の方へ避難してください」
九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690)も雪で電車が止まる可能性について言及しつつ、避難誘導を行っていく。
現場が駅前の交差点ということもあり、電車が止まるかもというのは逃げる方向を分散させるのに効果を発揮した。
「近くの建物に避難するか、交差点から離れてね! すぐに終わらせるから! 大丈夫だよ!」
千種・終(虚ろの白誓・e34767)も喧噪や混乱に負けじと声を張り上げていた。
4方向ある交差点、それぞれにデフェール、ウタ、櫻子、終がついて避難を促していく。誘導完了までにはまだ時間が掛かりそうだ。
「時間稼ぎ、お願いね……!」
終はちらりと交差点の中央を見る。そこにはビルシャナを取り囲んで主張する4人の仲間がいた。
●交差点の中央で雪を叫ぶ
終の視線の先、ミュゼット・シラー(ヴィラネル・e45827)がビルシャナに異論を挟む。
「雪は綺麗だけど、困っちゃうことも一杯あるよねぇ」
「むっ……? 貴様、俺の雪を否定する気か!」
「だって寒いし。寒いのはまだいいけど、電車止まったり。雪かきも大変だし、水道管壊れちゃったり」
ミュゼットは駅の方へ腕を向け、実例を紹介する。
「そんなこと、止まらないようにすればいいだろう、企業の営業努力が足りないだけだ!」
暴論を口にするビルシャナだが、ミュゼットはそれを肯定も否定もしない。目的は論破ではなく、時間稼ぎだからだ。
「それに、雪だけじゃだめ。お日様をしっかり浴びて、時々雨も降って。そういう日があるから、雪が綺麗に見えるんじゃないかなぁ」
舞い落ちる粉雪を掌で受け止める。ミュゼットの手の上で、雪が溶けて消えていく。
「他の天気の時だって、いいこといっぱいあるし。お日様にあたってると幸せだし。雨はお花とかお野菜が育つには必要だし。ね?」
「そんなものは必要ない! ずっと雪だけでいいんだ!!」
子供の用にかんしゃくを起こし、地団駄を踏むビルシャナ。まだ暴れだすには早い、アリシア・クローウェル(首狩りヴォーパルバニー・e33909)が言葉を引きつぐ。
「は、まさか貴方雪じゃなくて汚いものが好きなのでは?」
ビルシャナの鋭い視線がアリシアに向けられる。インパクトの強い言葉を口にしてうまくビルシャナの意識をそらしたのだ。
「だってそうでしょう? ずっと天気が雪だとお洗濯も乾かないし、水も凍ってお風呂や荒いものもできなくなりますよ? 雪だけでいいということは、つまり自分やその周りが臭くて汚くてもいいと宣言してるのと同意ですが」
刺すような視線を受けてもアリシアは平然としている。本当の殺意は今のビルシャナの燃えるような怒りとは違う、今まさに舞っている雪のように冷たいものだと知っているからだ。
「そんなことはない! 雪が綺麗にしてくれる! 色の白いは七難隠すって言うだろ!」
「なるほど確かに雪は美しい。それは認めよう」
否定ではない同意の言葉にビルシャナはおっと耳を傾ける。
「だが……雪は嫌いだ」
そう逆接する舞原・沙葉(ふたつの記憶の狭間で・e04841)の脳裏に浮かぶのは血に染まった故郷の雪景色だった。幼い頃は雪に親しんでいたが、白が鮮血の赤を余計に引きたてていたあの光景を思い出してしまう。だからこそ、肯定も否定もする。胸中は複雑だった。
「なんだと……」
そんな感傷など知らないビルシャナは、持ち上げておいてから落とすような言動をする沙葉へ怒りを向けた。
「雪が綺麗だと言えるのも子供の頃までだ。リアルを生きる現代社会では、そんな幻想に浸ってはいられない。道路や水道管の凍結、交通機関の乱れ等、雪は生活する上で害となるもの……真冬のスキー場ならともかく、こんな都市部で雪を称えても、多くの者の心を逆撫でるだけだ」
「そんなの、やってみないとわからないだろう! やる前からあきらめてどうするんだ!!」
雪をも溶かさんばかりなビルシャナの熱い主張。
「いやまあそうかもしれないけどな、こんなことで言われても困るって」
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)は思わず苦笑していた。
「ほんと、出現も主張も何もかも、唐突で無理矢理すぎやしないか? ずっと雪が続けばいいってミュゼットに言ってたけど、そんな訳ないだろうに」
エリオットは首を左右に振ると、自身の趣味である写真のことをまじえつつビルシャナへ主張する。
「確かに雪は綺麗だし、写真映えするけど、それは他の空の風景があってこそだ。いつも同じ雪景色なら、人はそれが当たり前になって感動しなくなってしまう。『好き』だけに焦点を合わせ続けるのは難しいんだ。色々な空模様があって、その中に雪もあるからいいんじゃないか」
人というのは良くも悪くも慣れてしまうものだ。ずっと雪が降るようになればそれに気を留めることもなくなるだろう。
「……例えだよ例え! 実際はずっと雪なんか続かないだろ!!」
「本当に、主張が一貫してないな……」
やれやれと肩を竦めるエリオット。ビルシャナの主張は舌戦に勝つことが目的になってきていた。
「やっぱ拳でケリつけんのが一番だよなァ?」
言葉のキャッチボールならぬデッドボールに割り込んできたのは避難誘導を担当していたデフェールだ。それはつまり、もう時間稼ぎは必要ないということを意味する。
他の避難誘導組の3人も役割を終えて交差点の中央に集結、ビルシャナを包囲する。
「ああ、俺が勝って雪こそが正義だと証明してやるよ!!!!」
雪の中、ビルシャナは咆哮した。
●本当の雪
「雪の素晴らしさを、身をもって教えてやる!!」
ビルシャナの生み出した、雪の結晶を模した氷塊がケルベロスの後衛へと放たれる。
「くっ……何が素晴らしいんだよ」
全身に叩きつけられる礫。終は腕で顔をガードするも、目を開けることすらままならない。横にいるはずのミュゼットへ声をかける。
「ミュゼ、そっちは大丈夫?」
「うん、エクロが守ってくれてるから」
前衛のウイングキャットが身を挺してミュゼットを庇っていた。
「エクロ、ありがとね」
お礼にとばかりに、ミュゼットは星の力を込めた聖域を解放した。
凍りつかんとする後衛の身体を、聖域の星光が和らげ、護っていく。
「使ってくる技も雪関係か……こうなる前に救ってやれなくて悪かったな」
エリオットを庇っていたウタは、ビルシャナにそう詫びる。その腕には地獄の炎を纏わせていた。
「青炎の地獄鳥よ、我が敵をその地に縛れ」
いや、炎を纏っているのはウタだけではない。守られていたエリオットの足もまた、炎に包まれていた。ウタの炎が紅蓮の赤なら、エリオットの炎は蒼穹の青だ。
気合の一声と共にエリオットが地面を蹴る。纏っていた蒼炎が、モズの姿を成してビルシャナ目がけ飛んでいく。
「せめて、苦しまないよう、一気に……!」
ウタも攻撃に合わせて炎弾を発射する。青と赤、二筋の炎が絡み合うようにして飛び、ビルシャナの腹部へと突き刺さる。
「ぐ、おおっ!!」
腹部が焼け、蒸発する音。嫌な臭いが充満する。
「炎は、やめろ……雪が溶ける、だろっ!!」
ビルシャナの背後から後光が差した。強力な光が明滅してケルベロスたち前衛を襲う。
「ならば、これでどうですか」
日本刀を眼前に掲げ、峰で視界を保護していた櫻子が得物を構え直す。
「古の龍の眠りを解き、その力を解放する」
「ッ!!」
周囲の雪に混じって桜の花びら型の魔力が満ち溢れていく。ビルシャナはこれはまずいと本能的に悟り、回避しようとする。
「好きにさせると思ってんのか?」
デフェールのリボルバー銃が唸る。ここぞとばかりに放たれた銃弾はビルシャナの足元へと撃ちこまれていく。
点ではなく面で制圧する、嵐のような射撃にビルシャナはその場にくぎ付けになるしかない。
「避けんなよ? 向こうのタクシー、運チャンに無傷で返すって約束しちまったんだからよ……!」
「ふざけるな! そんな横暴、まかり通るか!!」
「横暴なのはそちらでしょう」
「え?」
ビルシャナが気づいた時には、すでに櫻子が懐へと潜り込んでいた。
「桜龍よ、我と共に全てを殲滅せよ」
低い姿勢から、伸び上がるように斬り上げる。ビルシャナの右わき腹から左胸にかけて、斜めに刀閃が刻まれると血の代わりに桜吹雪が噴出する。
「きれいだなぁ……よし、わたしも!」
一瞬桜吹雪に目を奪われたミュゼットは、すぐに気を取り直して雪の中で舞う。
生み出された花びらのオーラは前衛の皆を癒していき、戦いを有利に運んでいく。
「くそっ……! なんで、なぜ雪の素晴らしさをわかろうとしないッ!!」
自棄気味に放たれた雪の結晶。
「そのふさふさの羽毛。まずは其れを引きはがしてから雪が好きって言ってみてください。同じこと言えなくなるでしょうけど」
アリシアの声は、上から聞こえた。
「なっ……!」
雪の結晶で遮られた視界の向こう、跳んでかわしたのかと上を向くビルシャナ。上空では、既に身を丸くして攻撃準備に入っているアリシアがいた。
「アリシアが介錯してあげます。大丈夫です、痛みも癒しも一瞬です」
アリシアは空中で前方に回転すると、遠心力をつけてエアシューズを履いた両足を鎌のように振り下ろす。二筋の斬撃がビルシャナの肩へほぼ同時に重なり、纏っていた羽毛を易々と切り裂いていく。
「ぐうっ、こ、のっ……!」
またも雪の結晶を作り、放つビルシャナだがすでにその攻撃は見切られている。終のパイルバンカーが雪の結晶を打ち砕く。
「本当の氷ってのを、教えてあげるよ」
左の頬から手の甲にかけての刺青がほのかに発光し、パイルバンカーへと集まっていく。
「う、ぐううっ……!」
ビルシャナの胸に杭が打ちこまれ、雪さえも退く凍気が直接体内へ注ぎ込まれる。全身が痙攣し、凍っていくビルシャナ。
「そうだな。本場、雪国の冷気はもっと寒いぞ?」
沙葉の達人の域に達した一撃が冴え渡り、ビルシャナの身体を完全に氷の中へ閉じ込める。
「さ、寒……冷た……これが、本当の、ゆ……」
「まだ、終わりではない……!」
沙葉はグラビティで刀を作り出すと、大上段に振り上げる。
「……」
ウタは目蓋を閉じ、拳を握る。
「安らかに眠ってくれ。あんたみたいな犠牲者が出ない世界をいつか必ず手にしてみせるぜ……」
澄んだ空気の中、断末魔は嫌が応にもよく響いたのだった。
作者:蘇我真 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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