●鬼
岡山県の山中。そびえ立つ巨石の横を、小柄な男がよろめきながら歩いていた。
しかし、ただの男、というには奇妙な点がある。
頭部と背中から生えた、金色の角。胴体に纏わせた、流体金属。
男はそれらを全く気にすることなく、口を半開きにしながらただただ歩いて行く。
「ああ、あ……あぁ……グラビティ・チェイン……足りない……」
不意に、男が枯れた木に手をかけた。男の指先がわずかに動く。と、そこから木が折れ、音を立てて倒れた。
男はそれも気にすることなく、歩く。
ただただ、グラビティ・チェインを得るために。
●ヘリポートにて
リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)をはじめとしたケルベロスが探索を進めていたことで、オウガに関する予知を得られた。そう説明するウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)の表情は厳しい。
「2月3日、岡山県中山茶臼山古墳周辺にオウガが多数出現することが予知された。……残念ながら、ゲートの位置特定まではいかなかったが、な」
出現するオウガは、強度のグラビティ・チェイン枯渇状態にある。知性が失われており、ただただ人間を殺してグラビティ・チェインを強奪しようとしているようだ。
「この状態では話し合いは不可能だ。遭遇したならば、戦うしかない」
飢餓状態にあるオウガたちの行動はひとつ。多くのグラビティ・チェインを求め、節分の神事で多くの人が集まっている吉備津神社方面への移動だ。
「君たちにはは、中山茶臼山古墳から吉備の中山細谷川までの地点でオウガの迎撃を行って欲しい」
オウガが現れる地点には、表面が鏡のように平板な「鏡岩」をはじめとした巨石遺跡が多くある。どうやら、オウガはその巨石の周辺に現れることが多いようだ。
「つまり、選択肢は二つ。巨石周辺での迎撃、あるいは敵が必ず通過する吉備の中山細谷川の隘路の出口で迎撃、だ」
出現地点である「巨石周辺」で迎撃した場合は、周囲に一般人もいないため戦闘に集中できる。とはいえ、グラビティ・チェインの枯渇によるコギトエルゴスム化まで20分程度かかるため、オウガがコギトエルゴスム化する前に決着がつく可能性が非常に高くなるだろう。
オウガが必ず経過する「吉備の中山細谷川の隘路の出口」は、まず確実に迎撃できる。ただ、この地点は節分のイベントで多くの人が集まっている吉備津神社に近く、突破されてしまうと一般人に被害が出てしまう。そのため、突破されないように注意する必要がある。この地点で迎撃した場合は、戦闘開始後12分程度で、グラビティ・チェインの枯渇によるオウガのコギトエルゴスム化が始まると想定される。
「戦闘となるオウガは1体のみで、オウガメタルを装備している。戦闘力は高く、常に全力で攻撃をしてくるため、わざと戦闘を長引かせた場合はかなりの不利になるのは間違いないな」
コギトエルゴスム化を狙う場合は、相応の作戦や戦術が必要になるだろう。
「無理は禁物だ。……とはいえ、オウガを滅ぼさずに対処できれば、今後のオウガとの関係を良好なものとすることができるかもしれないな」
微笑み、ウィズはケルベロスたちを見渡した。
参加者 | |
---|---|
マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462) |
烏麦・遊行(花喰らう暁竜・e00709) |
アルルカン・ハーレクイン(灰狐狼・e07000) |
英・揺漓(花絲游・e08789) |
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812) |
十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151) |
藍凛・カノン(過ぎし日の回顧・e28635) |
ライガ・アムール(虎さん・e37051) |
●迎撃
中山細谷川。それは、ケルベロスたちが選んだ、オウガを待ち受ける場所だ。
烏麦・遊行(花喰らう暁竜・e00709)は到着とともに地図を広げ、念入りに現在地や周辺を確認する。
「うん、ここで大丈夫そうですね。カノン、時計合わせをお願いできますか?」
腕時計「Gear Fortune」を示し、遊行が話しかけた。
「そうじゃな、大きな被害になる前に吾輩達の手でなんとか食い止めねばいかんのぉ……どれ……頑張ってみるかのぉ」
ここでオウガを逃すようなことがあれば、付近の神社を訪れた一般人に被害が及んでしまう。それだけは避けたいと、誰もが願っていた。
やがて一陣の風が、ケルベロスの間を抜けて行く。
ライガ・アムール(虎さん・e37051)は虎の耳をぴくりと動かし、表情を引き締めた。
「どうやら、おいでなすったようだよ」
ライガの言葉に、一同はオウガの進行方向上に展開する。突破はさせないという意思を示す、半円の陣形で。
遊行と藍凛・カノン(過ぎし日の回顧・e28635)は時計に視線を落とした後、視線を交わす。時間の計測、開始だ。
そしてオウガは気付いた。ケルベロスの布陣が、自身の進行を邪魔立てするものだと。
「……あ、……あぁ……!」
オウガの身体に纏わり付いた流体金属は黒い太陽を具現化した。
前衛を勝者する黒光は、体力を削り、同時に動きを鈍らせるものだ。真正面からの光は、たとえるなら台風ばりの突風。あまりの威力に、攻撃を受けた前衛のケルベロスたちはたたらを踏む。
「……列攻撃で、この威力ですか」
アルルカン・ハーレクイン(灰狐狼・e07000)は、いっそ楽しそうにオウガを見遣る。
「獣とヒトに差があるとするならば……弱肉強食、弱いものを蹂躙して奪うもの、デウスエクス自体がそういう生きものなのかもしれません。……今のオウガという種族も然り」
しかし、未来を我々の手で作れるというならば。
「ケルベロスとしての仕事を果たしましょうか」
そう言って、アルルカンはドローンを前衛の前に展開した。
「ああ、そうだな。……戦力増強、他種族との関係の改善もだがそれ以前に……一つでもその命を助けたい」
それだけだ、とつぶやくマルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)の意思も強く。撃ち出した弾丸は、的確にオウガを貫く。
「そうじゃな。吾輩もできる限りのことをするぞい」
カノンの撃ち出した弾丸が、オウガの角を打ち砕いた。
「オウガの方々と協力できる可能性が少しでも残っているのなら……私達は彼らを救いたい」
右の脚に銀の毛並みを宿し、深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)はオウガに衝撃を与えた。ボクスドラゴン「紅蓮」は、癒し手としてライガへと炎の属性を注入する。
それに、と英・揺漓(花絲游・e08789)が黒鎖で魔法陣を描いた。
「折角の節分を血で穢さぬ様、あらゆる力を尽くしてみせよう。救える命があるのならば、じっと耐え忍んでみせよう。兎にも角にも先ずは……止めねば」
止めるだけならば、撃破すればいい。しかしケルベロスたちの目的は――。
「できることならコギトエルゴスム化、だよね!」
仲間の方針を遵守するつもりであるライガは、ゴールデン・バトルガントレットを打ち鳴らしてオウガに迫る。
左手のガントレットでオウガを引き寄せ、右手のガントレットで粉砕せんばかりの打撃を。
仲間が攻撃を仕掛けながらも、耐えられるように。十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151)は「紅瞳覚醒」を歌い上げ、前衛の加護とする。
また、遊行による「不香の花に埋もれぬ三色菫」は、後衛へ。
「まずは1分経過、ですね」
誰も倒れずに終わるのが最上とはいえ、列攻撃ですら凄まじい威力を見せたオウガだ。ならばせめて死者だけは出ないように。
汗の滲む手を握りしめ、出来うる限りの力を振るおうと遊行は誓った。
●鬼
グラビティ・チェインを求めて応戦するオウガの姿は、妙に痛ましい。
胸が締め付けられる思いで、マルティナは事に当たる。とはいえ今は交戦中、感情的にはならず、もちろん表情にも出さず、至って冷静に対処する。
「行くぞ」
マルティナはフェアリーブーツを履く脚に魔力を集中させ、オウガの正面、と見せかけて身体を翻し、腰から背中を狙って星型のオーラを蹴り込む。
ライガも勢いよく飛び出し、自身の爪に気を籠めた。
「あたしの爪はどんな物でも切り裂くよ!」
金色の髪をがなびき、同じ色のオーラが立ち上る。地面を打つように黒と黄の縞模様をした尻尾も動けば、オウガの身体に爪痕が刻まれる。
「どんなもんよ! ……っ、あいたたた……」
仲間を庇って受けた傷の痛みは、相当のものだ。ある程度の体力を維持しようとしていたライガであったが、自身の回復手段は持たない。
ライガはよろめきながら再びオウガの進行方向を遮るように立った。の、だが。
「! 危ない!」
うつほに向かう、金属を纏った拳。
それを、ライガが受け止め。そして、弾き飛ばされた。ライガは気に背を打ち付け、立ち上がろうとする――が、身体が言うことをきかない。
「まいったね、こりゃ。オウガのこと、頼んだよ……」
あたしは少し休んでるから、と、ライガはゆっくりと目を瞑った。
紅蓮はライガの姿を見遣り、小さく声を上げる。その後は、アルルカンへとヒールを。
「やはり、一筋縄ではいかなそうですね」
味方を庇うとしう仕事がある以上、盾役から戦闘不能になるのは承知しているアルルカンである。
それにしても、オウガの戦闘力はずば抜けて高い。指輪から光の剣を生成するアルルカンの瞳孔が開く。本気でやり合ったのなら、どんなことになるのか。そう傾く思考をすぐに消し去り、剣を一閃する。
惨殺ナイフ「Roter Stosszahn」を手に、ルティエがオウガへと駆け寄った。その身のこなしは、森を征く狼を彷彿させる。
素早く飛び込んだのは、オウガの懐。ルティエは刃に右腕の地獄を移し、オウガへと叩き込む。
「我牙、我刃となりて、悪しきモノを縛り、その罪を裁け…紅月牙狼・雷梅香」
刃を、地獄を標として言葉を紡ぐ。地獄は紅の飛電に変わり、梅香を纏う大狼の形を成した。大狼顎が開き、オウガを噛砕せんばかりに食らい付く。
ルティエは右耳のカフスとピアスに触れる。リボンと指輪に触れる。どうか守ってくれますようにと願えば、遊行の降らせるオーラの花弁がどこか暖かく感じる。
揺漓は素早く仲間の状態を確認する。
「盾は、十分そうだな」
ならば、揺漓が次に成すべきことは決まっている。揺漓は真白きオーラを纏わせた。
「打ち砕け―俺に咲きたる、白き花」
流れるような動きでオウガの眼前まで迫り、渾身の一撃を叩き込む揺漓。一重の花は、オウガの攻撃力を低減するものとして作用する。
「ふむ、続こうかの。さて…お主の動き、少しばかり止めさせて貰うとしようかのぉ? 吾輩と…この蝙蝠達の歌でのぉ…」
カノンが言うが早いか、無数のコウモリがオウガに群がり始めた。羽ばたきか鳴き声か、コウモリから聞こえる音はまるで音楽のようにも聞こえる。
「十六夜さん、援護はまかせたぞい」
コウモリたちの仕事を見届け、うつほへと告げる。
「藍凛殿に頼まれたら……嫌とは言えないのう」
光る粒子を後衛に降り注がせ、うつほはカノンを見遣った。オウガを撃破する方針になった際は、彼は攻撃手として前衛に出る算段だ。そのタイミングなど難しかろうと、うつほは常に気を配っていた。
当のカノンはといえば、いつもと変わらず、飄々とした様子で。うつほの不安げな視線に気付けば、いつでも笑顔を向けてくれる。
依頼や旅団で共に過ごすことが増え、交流する度にあたたかな気持ちになっていることを、うつほは自覚し始めていた。
●目標
命中率を重視した攻撃を繰り返すカノンがチェーンソー剣を振りかぶると、オウガの肌をすべる刃が傷を刻む。
「あまりご無理をなさらぬよう」
「ふふ、若者からの気遣いは嬉しいのぅ」
「いやいやそんな……って、あれ? 俺よりひとつ年上ですよね?」
そうだったかのぅ、とうそぶくカノンに笑い、遊行は雪とパンジーを掛け合わせたグラビティを使用する。
「パンジーの花は思考の花。物思う姿は乙女の如く」
遊行による集中力を上げるグラビティは、どことなく年寄りくさい先輩を含む、後衛へ。
対して、ひとり応戦するオウガの負う傷は一度も癒されることはなく。
オウガは自身の回復をせず、ひたすらに攻撃を仕掛けて来る。グラビティ・チェインを得ることでしか癒されないとでも言うかのように。
「……何せ俺たちの都合でコギトエルゴスム化させようとしてるのですから、一般の人たちに何の被害も行かぬようにしなくてはなりません」
遊行は真剣にオウガを見つめ、確かにうなずいた。端な気持ちでやってるつもりは、まるでないのだから。
「今のところ、オウガは無理矢理突破するようなそぶりを見せませんね」
アルルカンは如意棒でオウガの腕を捌き、強かな一撃を加える。
「終わったら、喫茶店にお邪魔して何かいただきたいところですね」
攻撃を受け、あるいは攻撃を肩代わりしつづけてなお体勢を崩さないアルルカン。友人の姿に、揺漓は小さく息を吐いて。
「その時には、いっとう美味しいものを出そう」
応え、揺漓は続ける。
「……流石だな、アルルカン。俺も頑張らねばな」
友人であるアルルカンには聞こえない声でつぶやいた後、揺漓は裂帛の叫びを上げて自らを癒やした。盾役として、少しでも長く耐えられるように。
まだ余裕があると踏んだマルティナは、少しでも多くの状態異常を重ねようと動く。
「――そこだ。動いても無駄だぞ」
自己流と軍仕込みをないまぜにしたマルティナの射撃は、大したものだ。オウガの脚を貫きいた弾丸が、また地面に落ちる。
と、カノンのセットしたアラームが鳴り響く。
「6分経過じゃ。この様子だと、コギトエルゴスム化を目指した方針続行じゃのぉ」
「あ、ああぁああ!!!」
時を告げる音と、カノンの声を打ち消すほどの咆吼。オウガの飢餓状態は、時間とともに進んでいるのだろう。
纏った流体金属が何度目かの黒い太陽を現出させる。
盾役が、常に庇えるとは限らない。うつほが振り返るよりも早く、紅蓮が消え、カノンがくずおれる。防具の属性が違えば、あるいはもう少し耐えられただろうか。
「藍凛殿……」
「なに、心配は無用。ちょっと休憩するだけじゃ」
穏やかに告げて、カノンは少し離れた所に腰を下ろした。
被害状況はまだ撃破方針に切り替えるほどではない。ルティエは歯噛みしつつ、改めてオウガを見遣る。
「一般人に手出しはさせない。けれど、不要な戦いも増やしたりはしない」
低く、呻くように言って、ルティエは日本刀を抜いた。
「この手で救える命があるなら可能な限り手を伸ばす! お前はここで止める! そして眠れ!!」
ルティエの叫びが、強く、つよく響く。
そう、今はここに集まったケルベロスたちは、オウガを撃破するのではなく眠りに就かせるために集まったのだ。
「そうじゃのう……こちらが眠るには……まだ早かろうて……」
うつほは唇を噛み、後衛の背後で鮮やかな爆発を起こした。
●ケルベロス思う、ゆえにあるもの
時間は無慈悲に過ぎて行く。あと数分耐えれば、オウガはコギトエルゴスムとなるだろう。タイムキーパーを務める遊行の声は、時間が経過するごとに緊張を帯びて行く。
そうして、訪れた残り時間は。
「残り1分です!」
かといって、安堵できる状況ではない。付与した状態異常で多少のは抑えられても、オウガはやはり強敵。
オウガの纏う金属が彼の脚に纏わり付き、うつほを庇ったマルティナに叩き込まれる。
今は耐えた。が、次は耐えられるかどうか。白い軍服ごしに腕を押さえるマルティナを気遣うように、揺漓が鎖で加護を描く。
「大丈夫か、マルティナ」
「これしき、軍での訓練に比べれば大したことはない」
笑みを向け、マルティナは応える。
マルティナにとって、自分が傷つくより他の誰かが傷つくことの方がよほど辛い。だからこの痛みがまだ強くなろうとも――。そう思い、視線を上げたマルティナを二つの光が照らす。うつほの放ったオウガ粒子と、遊行の飛ばした光の盾だ。
「先ほど庇ってもらった礼としてこれしか出来ぬのは心苦しいが……」
「予定どおりにいけばオウガはコギトエルゴスム化します、あと少し耐えられますか?」
「……ありがとう。ああ、耐えられるとも」
癒しと援護を受け、マルティナはオウガにオーラを刻む蹴りを加える。
ルティエの流星の蹴撃が、アルルカンの如意棒による突きも続けざまに。
そうして迎えたものは。
「――12分が経過しました! 時間です!」
遊行の声に、ケルベロスは動きを止める。
同時に、オウガの動きも止まった。
誰もが無言でオウガの姿を見守る。金色の角を生やした男は、握り拳ほどの宝石となって地面に落ちた。
コギトエルゴスム、だ。球形のそれは転がり、ケルベロスたちの足元で止まる。
「オウガ達に一体何が起きたのでしょう……。ラクシュミは……」
コギトエルゴスムを拾い上げ、ルティエがつぶやく。が、コギトエルゴスムは何も答えない。
うつほは戦闘不能となったカノンの元へと急ぎ、ヒールを施す。
「十六夜さん、すまんのう……そうじゃ、岡山と言えば吉備団子じゃろうか? 十六夜さん、良ければこの後共に吾輩とお茶でもどうかのぉ?」
「ふむ……それは良い。戦い後の疲れも癒されそうじゃ」
少しのんびり出来れば良いが、とつぶやくうつほに、カノンはいつもと変わらぬ様子で微笑んだ。
作者:雨音瑛 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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