オウガ遭遇戦~餓鬼

作者:長谷部兼光

●鬼神堕つ
 腕を払えば空が裂け数多ある巨石を薙ぎ、地を叩けば土砂が爆ぜ一瞬にして地形が変わる。
 それを成すのは、頭部に一対の角を持つ小柄な少年。
 彼の振るう力は正しく鬼神と形容できるほどに凄まじいものだった。
「……ううぅぅ……!」
 しかし、あらゆるものを破壊する自慢の腕力を以てすら、その身を蝕む飢餓には抗えぬ。少年の理性は最早無いに等しい。
 野生の獣を縊り喰むも腹は膨れず、泥水啜ろうとも渇きは満たされない。
 遂には石を齧り思い切り噛み砕く。堪らなく不味かったが、歯ごたえがあるだけ幾分は良かった。

 だが。
 ああ。
 やはり『命』が欲しい。

 人の形を維持できる時間は既にごく僅か。
 永遠を生きるデウスエクスにとってそれは、ほんの瞬き程度の猶予だろう。
 残された力を振り絞り、ゆらりと少年は動き出す。
 その足取りに善意は無く。悪意も無く。
 ただひたすらに、命を求めて。

●飢餓再び
 皆の探索の甲斐あって、デウスエクス・プラブータ――オウガに関する情報を得る事が出来た、とザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)はケルベロス達に切り出した。
「二月三日。岡山県中山茶臼山古墳周辺に、オウガが多数出現する事が予知された。残念ながら、彼らのゲートの位置までは特定する事が出来無かったが……」
 出現するオウガは重度の飢餓状態である為、知性が失われている。
 彼らが欲するものはただ一つ。人間がその身に宿すグラビティ・チェインだ。
「彼らの現状は、過日のローカスト達よりも深刻だ。話し合いどころか意思の疎通ができるかどうかすら怪しい」
 ともかく、彼らの対応をしてほしい、とザイフリート王子は言った。
 オウガ達は多くのグラビティ・チェインを求めて、節分の神事を見ようと多くの人で賑わう吉備津神社方面へ移動を始める。
「迎撃候補地は二つ。オウガ達の出現地点である中山茶臼山古墳――巨石遺跡周辺か、その先にある吉備・中山細谷川の隘路の終点だ」
 接触地点にもよるが、彼らが人型を保ったまま活動できる時間は最長で二十分程度。それが過ぎれば精魂尽き果てコギトエルゴスム化すると言う。
 オウガを滅ぼさずに対処する事ができれば、彼らの長である女神ラクシュミ、ひいてはオウガという種族と良好な関係を築ける切っ掛けになるかもしれない。
「ただし、一筋縄では行かないぞ」
 古墳周辺・巨石群で迎撃する場合、一般人もおらず、周囲を気にすることなく戦闘に集中することが出来るが、オウガ達のコギトエルゴスム化を狙うなら二十分間持ちこたなくてはならない。
 極めて戦闘力が高く、尚且つ理性というリミッターが外れている状態の鬼神相手に、だ。
「断言するが、彼ら相手に二十分間持ちこたえるのは至難の業だ。余程緻密な作戦を持って連携を尽くさない限り、二十分を待たずして殺されるか、さもなくば殺さざるを得なくなるかだろう」
 吉備・中山細谷川の隘路の終点で待ち構える場合、途中の経路は不明だが、オウガは、最終的にこの地点を必ず通過しようとする。
 この地点で戦闘を始めた場合、オウガのコギトエルゴスム化までは十二分程度。
 迎撃するには格好の地点だが、すぐ近くにある、吉備津神社の存在がネックだ。
 先に説明した通り、二月三日当日、神社には節分のイベントで多くの人が集まる。
「こちらの場合、突破防止策は必須だろう。それが無くては――突破するアクシデントが起こってしまえば、やはりオウガの命を奪うより外に道はなくなる」
 先んじて一般人を避難させることは出来ない。人が、グラビティチェインが豊富にある場所だからこそオウガ達は吉備津神社を目指す。
 神社付近ががらんどうになってしまえばオウガの行動は読めなくなる。そもそも隘路の終点には現れなくなるかもしれない。
「伝えるべき情報は出しつくした。後は全て……お前達の手に委ねられる。いずれにせよ、悔いは残さぬように、な」


参加者
シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
槙島・紫織(紫電の魔装機人・e02436)
ルーク・アルカード(白麗・e04248)
端境・括(鎮守の二丁拳銃・e07288)
兎塚・月子(蜘蛛火・e19505)
トープ・ナイトウォーカー(影操る戦乙女・e24652)
鳳・小鳥(オラトリオの螺旋忍者・e35487)

■リプレイ

●接触
 荒ぶ風、ざわめく木々。
 苦悶の呻きは何処までも隘路に木霊して、命を求む忘我の足音が『彼』の到来を告げる。
 頭に金の二本角――オウガの少年。
 セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)は白銀の騎士剣を構え、餓えた少年を見据える。
 己の意思で此方に牙を向いたのであればともかく、このような状態の彼と刃を交える事に躊躇いが無いと言えば嘘になる。
 互いを知り、語らう機会があれば、命のやり取りをせずに済む未来がきっとある筈だ。
「我が名はセレナ・アデュラリア! 騎士に名にかけて、貴殿を止めてみせます!」
 だからこそ、その未来を切り開くためにも、今は敢えて剣を抜く。
 セレナは一足地を蹴ると同時、自身の肉体に魔力を巡らせる。瞬間的に運動能力を限界まで引き上げ放つ剣の一振りは、閃光の如く冴え瞬いて、大気に銀の月を描く。
 セレナの一撃を受けた少年はそれでも、身体を引きずるように歩きながら腕を払う。
 たったそれだけの動作で空間は容易く断裂した。
 木が裂け、空が割れ、あらゆる物を問答無用で真二つにする衝撃波が前衛を、セレナを飲みこもうとするものの、その間際シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)が立ちはだかって盾となる。
「可愛らしい子鬼だね……まぁ可愛いのは見た目だけっぽいけど」
 シェイは軽口混じりで衝撃波を受け切って見せるが、実際のところ、威力の程は笑えない。
「『八分』の差……想像以上に大きいかもね……」
 鮮やかに彩られた手甲・花龍に魔を這わせ一発叩き込み、攻撃と同時に回復を図る。
 仮に戦うとしたら速攻を心しなければ勝てない相手。
 十二分ですら長丁場だろう。
 同じく前衛、ルーク・アルカード(白麗・e04248)は影より偏在を生み出して、衝撃波の対処を任せる。偏在と衝撃波は激しくせめぎ合い、拮抗の果てに双方が消滅したと同時、白麗は偏在ならぬ分身を造り朧に霞む。
「絶対に、助ける。少しだけ我慢してくれよ」
 シェイの言うとおり、少年の姿形は十前後。デウスエクスである以上、見た目と実年齢が合致しているとは限らないが、餓える鬼の姿は一人ぼっちで泣きじゃくる子供そのものだ。
 印象そのまま、見た目通りの歳だろう。
 前方より二つの銃声。ルークの分身を左右を抜けた銃弾が模るのは、生へと繋がる参道。
「やここのたりと。くさぐさ祓い清めし我が参道、脇目くれずに疾く来やるのじゃぞ?」
 端境・括(鎮守の二丁拳銃・e07288)は道の終点で少年を待ち構え、銃に御業を込めて撃ち祓う。
 それは敵意の矛先を自身に集める奥義。
 少年の意識が多少なりとも神社ではなくこちらに誘えれば成功だ。
 バイオガスの使用も考えたが、あれは例えるならマジックミラーのようなもの。
 外から内の様子は隠せても、内から外は丸見えだ。
 少年の視界を遮断することは出来ないだろう。
「鬼やらいの時分に、飢える鬼神……とはのぅ。いつぞや、因幡の山中にてローカストを迎え撃った時を思い出すのじゃ」
 眼前の鬼はあの時の彼らよりも餓えている。
 それ故救ける道が――コギトエルゴスム化させることが出来る可能性がある。
 ……何とも皮肉な話だ。
「さて、ラクシュミの事もあるし、可能な限り助けてあげたいところだが……先ずは」
 鳳・小鳥(オラトリオの螺旋忍者・e35487)は胸元より黒色の折り紙を取り出す。
「お主の狙っておる神社にはわしも少々縁がある。身内の合格祈願に詣でたりな。ここから先には、行かせんよ」
 出来上がった折り紙の鳥はオラトリオの秘術でかりそめの命を得、さらに小鳥が創出した螺旋の回廊を飛翔して、オラトリオと螺旋の合わせ技、『鵲』の嘴は少年の右足に突き刺さる。
「折角友好的に接触できた種族だ。ローカストと同じ結末にはしたくないものだな」
 ただ、理由がわからない、と、トープ・ナイトウォーカー(影操る戦乙女・e24652)は訝しむ。
 オウガがここまで餓えた理由は何か。主星のグラビティ・チェインが枯渇した為か、それとも……。
「いずれにせよ……近いうちに何か動きがありそうだな」
 日本刀・流星を引き抜いたトープは、鵲の軌跡をたどり、流れるような斬撃で少年の機動力を奪う。
 残心に、流星が起こしたつむじ風。
 木の葉が上に下に舞い踊り、兎塚・月子(蜘蛛火・e19505)はその一つをはしと掴む。
「夢か現か幻か、さては」
 木の葉に気魄を込め、それを媒体に出現するのは前衛達を模した多数の分身。
「神社まで行かんでも人ならぎょーさんおるわさ、ココにね」
 微量ながら確かな質量と気配を持って敵を惑わす。即ち、偽怪『刑部』。
 ……遺跡群、隘路、どちらを選んでもこちらが負ければあちらは人を喰らう。
 だから月子は少年を殺害するとなれば躊躇わないが、それはいざとなればの話だ。
 限界まで試行錯誤した後でも遅くはないだろう。
 少年は獣の如く此方に吠えたて、威嚇する。
 邪魔するな。退け。殺す。殺したくない。助けてくれ。楽にしてくれ。生きたい。死にたい。苦しい。苦しい。苦しい。
 飢餓にのたうつ彼を見て、何とか出来ないか、と槙島・紫織(紫電の魔装機人・e02436)は切に思う。
 けれども、彼の渇きを癒すために、人々の、仲間の命を差し出す訳には行かない。
 結局、今、彼を救うためには飢餓を強いるより他無いのだ。
(「できるだけ、痛くしないようにするから……ごめんなさいね。今は、眠っていてちょうだい」)
 胸中でそう謝りながら、紫織はドローンを展開して前衛の守りを堅固なものにする。
 ようやく、一分。全てがない交ぜになった慟哭を、果たして鎮めることが出来るだろうか。

●分岐点
 戦闘開始から四分終盤。
 少年は僅かであろう力を振り絞って傷と悪性(バッドステータス)を癒し、
「皆さん、気をつけて!」
 少年の行動を察したセレナが叫ぶ。
 仕切り直しか、とケルベロス達が思考した刹那、少年は身を翻し逃走に転じたのだ。
 最大の『障害物』を避け、多少回り道をしてでも、と本能的に考えたのだろう。
 しかし。地を踏みしめたはずの少年の足が地に沈む。
「ちょいビックリしたやろか、堪忍え」
 月子がにまりと意地悪く笑う。
 それは『八分』の猶予を使い、ケルベロス達が隘路に仕込だトラップだ。
 罠に足を取られ、少年は、一瞬、足を止めた。
 ……一瞬だ。時間にして数十分の一秒にも満たない。グラビティを伴わぬトラップ等、デウスエクスにとってみれば米粒を一つぶつけられたようなもの。
 だが一瞬で充分だ。超極小の隙を突いて、ルークが少年へと飛び掛かり、二人はそのまま地を転げ、取っ組み合う。不測の事態に対応できるように扇形に布陣した、陣形の妙と言えるだろう。
 数秒に渡る攻防の末に少年がルークの上を取ると、そのまま振り絞った力を叩きつけた。
 ケルベロス達の足を攫うほどに地が揺れる。ルークと言う緩衝材を挟んでも、地は爆ぜ轟音と共に巨きな穴が出来上がる。
 駄目だ。この力をそのままにしておけば勝ち目はない。
「その手を、人々の血で汚させはしません!」
 セレナは即座ゾディアックソード・星月夜にグラビティを疾らせ、一刀、少年の力を断ち切った。
「お腹を空かせているところ申し訳ないけど、もうちょっと付き合ってもらうよ」
 電光石火の蹴撃で、シェイは少年の急所を突く。
 ……恐らくは、『まだ保つ』。お互いに。
「彼奴め、暴れおる。だが、まだだ。諦めはせんぞ!」
 小鳥が分け身を纏いながら、少年を観察する。鵲に続き、左足にも傷をつけたが彼の動きが落ちたようには思えない。真の意味で足を止めるとしたら、やはり殺すか宝石化を待つしかないのだろう。
「さぁさぁ名も知らぬ鬼の子よ。今この時ばかり、鬼は外じゃ。いざや此方へ、手の鳴る方へ!」
 響く声は木々を抜けたはるか上。括はフェアリーブーツに虹を纏い、クレーターの中心目掛けて急降下する。
 煌く虹は少年に剝れた怒りを再び喚起させ、彼が虹に魅入っている隙に、
「出し惜しみする余裕はなさそうだな……気を抜くと持って行かれるぞ」
 トープは倒れたルークの身を起こす。
「けど、全力でやり合えば……殺してしまう」
 よろよろと、しかし、自前の足で立ち上がったルークは口元から零れた血を拭う。
 攻撃を受けた瞬間、内臓が全て吹き飛んだのかと思った。だが、やはりまだ『保つ』。血が流れるとはそういう事だ。
 ルークが螺旋を掌に集めて少年に流し込む。応報、地にめり込むのは少年の番だった。
「……難題だな。しかし、この程度成して見せなければケルベロスの名折れ、か」
 ならば受けて立つ、と、トープは流星棍をヌンチャク型に変え、グラビティの籠らぬ駄々のような拳を捌きながら一撃を加える。
「おやまぁ何たる馬鹿力。おかげでせっかくの罠が全部台無しになったわいな」
 爆発物や罠類の扱いに長けているってあたいの自負まで吹っ飛んでしまいそうやわ、とぼやきながら、月子はめげた様子もなく、携帯端末型爆破スイッチ・FL-M00Nのスクリーンに手を伸ばす。
「いえ、それでも効果はありました」
 紫織は再びドローンを前衛に展開しながら、システマティックな固い口調で戦況を告げる。
 証拠は彼の、濁った眼差し。憎悪すら帯びたそれが物語るのは鏖殺の意思。
 一人残さず倒さなければ、決して欲するものには届かないと、ほんの一瞬作り出した隙がその認識を呼んだのだ。
 紫織の分析を聞き、月子は準備した価値もあったと頷いて、不可視の爆弾を起爆させる。
 気付けば戦闘開始から、六分目。

●屍山血河
 恐らく最初に倒れるのならば自分だろうと、覚悟は出来ていた。
 どう足掻いても避けられぬ。故にこそ先程少年に虹をぶつけたのだ。
 そして今も、また。
 可能な限り自身へ攻撃を収束させるために、括は再び、参道に立つ。
「……あの時は討ち倒すしかできなかったけれど、此度は違うのじゃ。救う機会が示されたならば、なんとしてもつかみ取らねば……!」
 あの時の様な苦い思いを再び味わうのは御免だ。
 その為なら、自身が倒れたとしても構わない。
 括は静かに引き金を引き、
「いずれ必ず。きっと必ず福を招いてみせるから……の……」
 そして最大限集めた穢(ケガ)が地を割る暴威となって彼女の意識を奪い去った。
 七分目。小鳥はハンマーを大砲に変形させ、餓える鬼へと狙いを定める。
「わしらの仲間でラクシュミにあったやつがおる。彼奴に会わせてやる……だから今はしばし眠れ!!」
 彼らが奉ずる筈の『彼女』の名を出しても、少年は何の反応も示さない。飢餓とは、そこまで思考を奪ってしまうものなのか。
 竜の如き轟きを立て、砲弾は少年の理性を取り戻させようとする。
 しかし少年は返礼とばかりに空を割り……。
 不意に、こちらへ駆けてくるルークが見えた。
 幽か首を振ると、紫織へ視線を誘導する。
 機会があれば愛する空を散々に千切ったことを愚痴ってやろう。ふとそう思いながら、小鳥は倒れた。
 間一髪。ルークに庇われた紫織は『一番可能性のある人』へと気力を託し、そうして八分目、地を穿つ拳が紫織を襲う。
「ダメージ、許容量を突破……あなたにも……大切な想いがあったはず……どうかそれを、思い出して……」
 堅い口調を解いて、紫織が最後に願ったのは……真心だ。
 九分。
 月子は密刀『截蜘蛛』の刃を変形させ、ジグザグと少年に疵をつける。
 加速度的に増幅する悪性。だが、『怒り』の矛先だけはどうあれ動かせない。
 衝撃波が中衛を襲い、堪え切ることは出来なかったが、無意味ではない。少しでも、可能な限り彼の力を削ぎ落とせれば後に続く。
「家ごとに儺やらふ声ぞ聞ゆなる。いづくに……鬼は……すだくなるらむ……」
 追われた鬼たちが行きつく先は彼岸か。此岸か。
 ……そして、願わくば――。
 ――十分。
 紙一重でトープは立っていたが、確実に、次は、無い。
「月子殿が付けた疵(みち)、吾輩が後に繋ぐとしよう」
 トープは魔力塊を生成し、少年に打ち込む。それは治癒を妨げ、背負った傷をさらに深く刻みつけ固定する『楔』だ。
 楔は確かに少年の膂力を封じ、動きを縛り、炎と氷を一層乱舞させる。
 鬼の拳を受けた直の感触だ。間違いはない。
「――ここまでか……次に目覚めた時は、平和に会話できるといいな……」
 残り一分。トープは確かに、道をつなげた。
 シェイは万全を期すためにシャウトし、ルークもまた叫び(シャウト)ならぬ咆哮を上げる。
 敵の攻撃力は此方の想像を超えていて、されどそれを承知の上で庇い受け止めきらなければならないのがディフェンダー。
 とはいえ、もう『保たない』だろう。シャウトするだけの間も惜しい。
 後は、ぶつかるだけだ。
「おおおおおおお!!!」
 真白の右腕に全てをこめて、ただ真っ直ぐに拳を突き出し、
 同時にセレナは精神を極限まで集中させる。
「私達は何度でも、あなたに手を伸ばします。だから、どうか……!」
 想いは届く。拳が届き、爆発が届き、痛みが届くなら、それだって確かに届くはずなのだ。
 けれども飢餓は操る衝撃波は少年の意思など無意味と荒れ狂い、二人を薙ぎ倒す。
「……いつか、遠くない日に。あなたと……言葉を交わせますように……」
 その未来はきっと、ほんの少し先にある。
 彼に憎しみなどありはしない。
 セレナはただ柔和に笑んで、ルークとほぼ同時、眠るように地に伏した。
 残りは一人。衝撃波を躱したシェイが全てを見届ければ終わる。
 ……筈だった。
 なのに。
 後数十秒にもかかわらず。
 最後の足掻きか、飢餓の動きは止まらない。ゆっくりと、確実に、次撃の殺意で拳を固めている。
 ……まさか。
 このタイミングで。
「……おいおい。冗談だろう?」
 ――ダブル。

●飢餓の終わり
 吹き飛ばされたシェイは土砂を大きく抉り落着する。隘路はしんと、静かになった。
 亡者の如き形相の餓鬼は微動だにしないシェイへ近づき、とどめを刺そうとする。
 その刹那。
「やぁ」

 軽妙な口ぶりとともに、シェイは上体を起こし土壁へ持たれかかる。
「そんな顔、しなくていい。もう全部終わったんだ。縁があれば皆と一緒にご飯食べようか。美味しい店紹介するよ」
「……!」
 残り零秒。
 シェイの言葉にほんの一瞬、彼は笑ったろうか。

 シンプルに、仲間の内で一番頑丈で、尚且つ回復に寄った方針を取っていた。
 だから紫織はシェイに気力を託し、そして仲間の作戦や立ち回りが無ければ死ぬか、殺していたかだろう。
 シェイの意識があるのは、すべての要素が積み重なった結果だ。
 後一撃、耐えられない事もないが、今はこれ以上立ち上がれそうにない。
「まったく、とんだワンパク坊主だったね……」

 そして飢餓は終わる。
 罅一つ無いコギトエルゴスムが、シェイの掌の上できらりと輝いた。

作者:長谷部兼光 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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