ビルシャナ流ダイエット法

作者:七尾マサムネ

 勤め先からの帰宅後。
 スーツを脱いだ女性は、自分のお腹を見て、溜め息をついた。
「正月太りって都市伝説じゃなかったんだ……」
 独り暮らし、誰も観てないのをいいことに、ふっくらしたお腹の肉をつまんでみる。
 ぷにっ。
「これはダイエットする時が来たか……!」
 しかし、まっとうな方法だと時間がかかる。面倒くさい。
「お手軽ダイエット法ないかなあ……」
 あるよ。
 そんな声が聞こえたかどうか。
 女性の前に、神々しい鳥の神様が現れたではないか。鳥神様は「全てわかっている」というように優しく微笑むと、女性はビルシャナと化した。
「そうだ、他の人をどんどん殺しちゃえば、私が太ってるかどうかわかんなくなっちゃう……これよ!」
 しょせん外見など他者との比較でしかない。どうよこの計画! と自慢げに語る女性を、鳥神様は微笑ましげに見守り、消えた。

「菩薩級ビルシャナ『大願天女』により人間がビルシャナ化してしまう事件を予知しました」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)が、新たなビルシャナの脅威を報せた。
「ビルシャナ化されてしまった人間は、大願天女により、個人的な願望を叶えるためには他人を殺害する事が必要だ、と刷り込まれています」
 そこで、ビルシャナが事件を起こす前にうまく説得して、計画をあきらめさせてほしい。
 成功すれば事件を防ぐ事が出来、ビルシャナ化した人自身も救う事が出来る、とイマジネイターは言う。
 今回、イマジネイターによって提示された解決策は、主に2つ。
「1つ目は、人を殺害しても願いは叶わないと示す事です」
 大願天女の影響で、殺害こそ最善の方法と信じ込んでいるので、相手がわかりやすく、納得しやすい説得内容が求められる。
「そして2つ目は、ダイエットなどしても仕方ない、と思わせる事です。ダイエットに意味がない、無駄だ……と思わせ、願い自体を捨てさせるんです」
 どちらの方法を選ぶかは、ケルベロス次第だ。
 今回の介入タイミングは、ビルシャナ化の直後。突入現場は、ビルシャナ化した女性の住むマンションの一室。1人暮らしなので、家族などに配慮する必要はない。
 ビルシャナの攻撃方法は、氷輪、炎、そして鐘だ。
「ある程度以上うまく説得できれば、戦う事で女性を元に戻す事ができるようです。できれば、助けてあげてほしいと思います」


参加者
生明・穣(月草之青・e00256)
オルネラ・グレイス(夢現・e01574)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
六・鹵(術者・e27523)
春夏秋冬・零日(その手には何も無く・e34692)
霧郷・千晴(晴天を望む金狐・e44393)

■リプレイ

●願いの暴走
「さあ、ダイエット作戦、開始よ!」
 大願天女に利用されているとも知らず、ビルシャナが部屋を飛び出そうとした時だった。
 窓に天使が現れた。彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)である。
 と同時に、玄関から音がした。借用したマスターキーを使い、生明・穣(月草之青・e00256)たちが入室してくる。
 人払いの処置のお陰で、人が駆け付けてくることはない。
「何よアンタたち!」
「人を殺しても痩せられたりはしないよ」
 不審よりも、邪魔された憤りの方が勝ったのか。怒った様子のビルシャナに、六・鹵(術者・e27523)が、説得を試みた。
「どうしてそれを……」
「みんな殺しちゃえば、太ってるか分からないって発想らしいけど……そんな事しちゃったら、誰が、君のこと、褒めてくれるの。誰が愛してくれるの?」
「そ、それは……」
 ビルシャナが口ごもる。
「そうやって、誰よりも痩せた君は、そこから何するの? 何のために痩せたいのか、考えて、みなよ。ひとを殺してしまったら、ひとりぼっちの世界で、君は、ただのモンスターになる」
「そう、痩せたい理由、答えられる?」
 戸惑うビルシャナに、オルネラ・グレイス(夢現・e01574)がたずねた。
「健康の為なら他人を殺すのはおかしいし、異性に自分の体型を見てもらう為なら相手を殺してちゃ意味が無いわよね。それに、誰もがスタイル抜群の女性が好きとは限らないわ? ぽっちゃりや痩せすぎの人が好きだという人は一定数必ずいるの」
 オルネラの言葉に、一部の仲間たちが、うんうんと頷いている。
「そして、自分らしさを出す為なら、体型なんて二の次よ。まずは見た目よりも中身を意識しなきゃね」
「左様。人間を皆殺しにしたならば、主が痩せたとて、その姿を見る者が居らぬ。無駄に人を殺め、誰にも理解されない。ただただ主が苦しむだけである」
 春夏秋冬・零日(その手には何も無く・e34692)も、ビルシャナへ語り掛ける。
「それに、少しは肉付きが良くないと、健康的には見えぬぞ? よく食べて、よく運動して、よく寝る。これが痩せる秘訣だと儂は思うぞ」
「人を殺す事に意味はないって言いたいの?」
「うむ。苦労せずに痩せられる方法などありはせぬ。人を殺めるなどという愚かな所業に手を染めるのはやめよ」
 迷うビルシャナ。零日の論は理解できるが、まだ認めたくない様子だ。
 しかし、説得が効いているのは間違いない。
「それに、太っていることがわかるのは、他の人から見た時だけじゃないよ。それまでは普通に着られていた服が入らなくなったり、きつく感じたりしたらどう感じるかしら?」
 問い掛ける霧郷・千晴(晴天を望む金狐・e44393)。
「あなたが持っている服が、勝手にサイズが大きくなったり、小さくなったりすることってある? あなたの体が変わったからよね?」
 そしてその事実は、他者を殺めたとしても、変わらない。
「それを認めないで同じ服を着ていたら……服が破れちゃったりするかも。それでもまだ太ってないって言えるの?」
「う……」
「でも大丈夫、少し気をつければ、また問題なくお気に入りの服が着られるようになるよ」
 千晴に見つめられたビルシャナから、当初の勢いは失われていた。

●ケルベロス流ダイエット法
「ダイエットが必要かは、男に聞くのが良いのです! そして男の私から見て、貴方は必要は無し!」
 葛藤するビルシャナに、ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)が断言した。
「結局のところ、男にとって女が弱点と思っている部分なんて、フェロモンでしかないんですよ。安易に自分が有利な所に居たがりますからね男は」
「そ、そういうもの?」
「そうですとも。少し太った程度で劣等感を持つなど愚の骨頂! それこそ女の武器! もし指摘されたら、少し恥ずかしがってやや上目遣いで男性を見るくらいでなくて如何しますか!」
 ジュリアスの熱弁に、ビルシャナはたじたじである。
「俺も人を見た目で判断するのは良くないと思う。でも強いて言うならぽっちゃりしてる子が好みです」
 ビルシャナに反論の時間を与えないよう、櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)が言った。真顔で。
「痩せぎすな女性より余程……等と比べる気は毛頭無い。言うなればこれは絶対的ぽっちゃり評価。西洋絵画の女性とか、若干ふくよかだろう。愛と美の女神とかですら、だ。つまりぽっちゃりは至高。それが今、目の前、現実にいるなど奇跡」
「でもそれはアンタの個人的な趣味でしょ。一般的にはそうじゃない」
「なら、街の声も聞いてみよう。賛成な人ー」
「はーい」
 鹵から、そっと返事がくる。
「ご賛同どうもどうも。良い子だ。……ホラ、皆そう言ってる」
「ええ、大丈夫です。ダイエットなんていらないですよ」
 ぽっちゃりが至高かどうかはさておいて、説得の主旨には、悠乃も同意する。
「お正月という特別な時期による体調の変化でしたら、普段の生活で過ごせば戻ります。むしろ、あわててやせようと無理をしたらリバウンド等で悪化しかねません」
「僕も、そう思う」
 鹵が控えめながら、うなずいた。
 そしてビルシャナに、悠乃は鏡を向けた。そこに映るのは、人間とは似ても似つかない鳥人。
「その羽毛……あなたの素肌は普段からそうでしたか? 戻ってください、『普段のあなた』に」
「う、うう……」
 ビルシャナ化した事で、物事に対する認識も歪められているのかもしれない。それでも、今の自分の姿にはショックを隠せないようだ。
「イトウさん、でしたか」
 そして穣が、事前に確認していた、女性の名を呼んだ。
「ダイエットは時間が掛かる、面倒臭いと考えましたね。ですが、解決法として示された殺人は、他の皆さんもおっしゃっていたように、高リスクで手間も掛かります」
「手間はイヤ」
 即答。
「皆が貴女より痩せているかは、貴女の主観でしか確認できない事だということは、これまでの説得でおわかりのはず。結果、いくら殺しても満足できなくなってしまいます。何より、日本にすら一億人以上居るのに」
「め、めんどくさい」
 穣の示した数字を聞いて、げんなりするビルシャナ。
「人殺しの世界へ一歩踏み込めば、後戻りは出来ません。大好きな服やお気に入りの店、好きな人達……楽しい日常の全てを失う事になるんです。ですから、戻りましょう、いつも通りの世界へ」
 穣から差し伸べられた手と言葉。ビルシャナの瞳が揺れる。

●願いという名の牢獄
 やがてビルシャナは、翼を胸に当て、目を閉じた。
「人を殺してまでやせる事に意味はない……わかった、私はこんな方法でダイエットなんかしない」
 ケルベロスたちの説得が、決意の言葉を引き出したのだ。
「うまくいったみたいでよかった」
「さ、後はブタメタボドリの始末ですね」
 千晴やジュリアスが、成功を確信した瞬間。
 光がビルシャナの体を包みこむ。
「やめてよ、もうこんな力なんていらない! 私は自力でやせてみせる……きゃああっ!」
 抗おうとするビルシャナを、光が撃ちすえた。大願天女の天罰か。
 光はすぐに収まった。だが、その中から現れたビルシャナを目の当たりにしたオルネラが、あらまぁ、という顔になる。
「殺す……」
 瞳を支配する殺意。意志を奪われ、殺戮マシーンと化したのか。
 だが同時に、天罰の光はビルシャナを大きく傷つけていた。弱体化した今なら、簡単に女性を救い出せるはず。
「己の欲望に抗った気概を無駄にせぬためにも、救い出してやらねばな。さあ、戦い始めの合図じゃ!」
 ぱん、と零日が、両手を打ち鳴らした。
 響き渡った快音が、皆の耳を打つと同時、戦意が鼓舞され、高揚感に包まれていく。
 天翼の力も借り、悠乃が跳躍する。刹那、空中で翼を持つもの同士が交錯する。競り勝ったのは、悠乃。そのキックが、相手を床へと叩きつける。
 続けて、穣が打撃と共に繰り出した霊糸が、ビルシャナの羽ばたきを封じんと縛り付ける。
 不意に、ジュリアスの姿が掻き消える。次にビルシャナがそれを視認した時には、身を包む羽毛が裂かれた後だ。
 傷つきながらも殺意の消えぬビルシャナを、千梨が切り裂いた。返り血がその身を染めるが、これも戦化粧、むしろ気力が充実してくるくらいだ。
「やせる……殺す……」
 一心不乱にビルシャナが鳴らす鐘の音が、怪し気に響く。ダイエットの執念が、ケルベロスたちの心をも取り込もうとする。
 だが、千晴が風を起こした。心霊治療の一環であるそれは、肉体の損傷だけでなく、ビルシャナによって乱された心も鎮めてくれる。
 敵の標的から逃れるように走りながら、鹵が魔導書を開いた。口の中で詠唱した呪文に応え、足元に展開した魔法陣の力を乗せ、敵を足止めする。
 動きを止めたビルシャナを、オルネラの二振りの雷杖が、交差するように打撃した。共振増幅された電撃が敵の体を貫く。
 その間に、ウイングキャットのノイアが、広げた翼の守りの力で敵の反撃に備える。女性の解放は、もうすぐだ。

●囚われた心を救うもの
 ビルシャナの顔をひっかいていたウイングキャットの藍華が、不意に離れた。その時には既に、穣が相手の懐に潜り込んでいた。カスタマイズしたスマートフォンが、アッパー気味に炸裂する。
 ぐらつくビルシャナを、悠乃の攻撃が、銃撃の如く襲った。それほどまでに速い刃が、敵を圧倒する。
 ふと響く気合の声。ビルシャナが声の主を見上げると、ジュリアスが飛び込んでくるところだった。重力をも味方につけた一蹴り。
 頭を振って狙いを定めようとするビルシャナの周囲、いつの間にか、紅葉が舞っていた。千梨の結界に囚われたのだ。舞う葉の間隙をぬって飛来する爪撃が、ビルシャナを翻弄する。
 一矢報いようとビルシャナの投じた氷の輪が、ケルベロスたちの間を飛翔し、切りきざむ。
 一方で、詠唱を終えた鹵が、手を広げた。虚空に描かれた魔法陣から、魔力がほとばしる。それを浴びたビルシャナの肉体が、次第に灰色に染まっていく。石化していくのだ。
 お肌の変化に気を取られていたか、オルネラの拳がクリーンヒットした。音速超過の一撃が、ビルシャナを吹き飛ばす。
 そして四方から迫る千晴の糸が、ビルシャナを束縛する。その様子は、さながら傀儡……操り人形のよう。
「……はっ」
 ビルシャナが感じた気配は、零日のもの。
 解放のため、という目的があったとしても、戦は戦。零日は、嬉々としてビルシャナに蹴りかかると、その急所を撃ち抜いた。
 壁に体を打ち付けたビルシャナの姿が、光に包まれた。元の女性の姿を取り戻していくのを見て、誰からともなく、歓声が上がる。
「それほど太っているかのう……?」
 意識を失った女性をベッドへ横たえながら、その体つきを見た零日が、首を傾げた。
「ともあれ、今の内に後始末に取りかかるとするかのう」
 零日たちが、こぞって室内のヒールを開始した。
 女性が意識を取り戻したのは、作業が終わった頃。
「えっと、私……」
 記憶は若干曖昧なようだが、ダイエット願望はしっかり覚えているようだ。
「結局どうやって痩せれば……」
「ちゃんと気をつければ大丈夫よ。あたしの場合はよく食べるけど、その分動いているからそんなに太らないのかも?」
「生活習慣病などでお医者さまから指示が出ているのでしたら別ですが、普段の生活で問題なかったのなら、それを大切にするのが一番、あなたに合った自己管理になると思います」
 悩む女性に、千晴や悠乃がアドバイスする。
 仲間に労いの苺飴を配った穣からも、励ましの言葉がかけられる。
「やはり最後に大事なのは、気の持ちよう。女の武器だなんだと思わなくなったら、オバハンの悟りの境地です。そういうことにだけはならないよう」
 ジュリアスが神妙な顔で告げると、女性もつられて神妙な顔でうなずいた。
「ダイエットなんてお手軽にできる物なら、私もスタイルの意地に苦労しないわ。私、こう見えて努力家なのよ? なんなら千梨、私のお腹、つまんでみる?」
「いやいやお肉様に触れるなんて恐れ多い」
 悪戯っぽいオルネラの誘いを、やんわりと断る千梨。
「櫟……ぽっちゃりが、好きなの?」
 ノイアの肉球で頬っぺたをムニムニされる千梨に、なんとなく答えを察しつつも、聞いてみる鹵。
「残念なお知らせですが俺はぽっちゃり女神教ではありません」
 千梨は答えた。真顔で。
 嘘も方便、だと、皆は思った。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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