ミッション破壊作戦～竜殺しの理

■リプレイ

●豊後水道を穿つ剣
　潮騒が聞こえてくるようだった。
　だが、眼下に広がる其れは、海ではなく荒れ地。砂と岩で構成された海底が、大分県と愛媛県の境にある豊後水道の今現在の姿だった。
　その理由はひとえに、侵略者ドラゴンによる物であった。その尖兵の一員たる暴食餓竜の群れが、その海域を喰らい続けているが故、海は本来とは異なる姿を晒し続けている。
　海が本来の姿を取り戻すのはいつの日か。
　その答えを知る者は無い。今は、まだ。

　豊後水道の上空を過る影は、その答えに至る可能性を持つものだった。
　ヘリオライダーのヘリオンから射出された影は全部で11。8人のケルベロスと3体のサーヴァントからなる影は、各々が光り輝く決戦兵器――グラディウスを構え、そこにグラビティを込め始める。
　全てはこの海域を取り戻す為に。
　全ては侵略者デウスエクスの脅威を地球から排する為に。
　光剣を構えたケルベロス達は叫ぶ。彼奴等の侵略拠点と化した魔空回廊を穿ち破壊する為に、己が魂の咆哮を剣に乗せ、振るうのだ。
「今回こそ、このゲートに破壊と炎の華、咲かせてみせます！」
　旋堂・竜華（竜蛇の姫・e12108）の決意は空を焦がすほどの紅炎と化し、グラディウスを覆っていく。
　過去二度に渡り、彼女はこの地に舞い降りている。魔空回廊破壊が三度目の正直と言う訳ではないが、今回こそはそれを燃やし尽くすと言う気概は高かった。
「一体どれだけ飲めば気が済むんだろうな」
　ルルド・コルホル（恩人殺し・e20511）の想いは唾棄に近い。
　彼の危惧はおそらく正しい。ドラゴンに侵略され、滅茶苦茶にされたこの土地が以前と変わらぬ姿を取り戻す事はないだろう。だが、それでも彼は思う。致命的な事態にはまだ間に合う、と。
　その為にケルベロス達は来た。その為にグラディウスを携えやって来た。ならば叫びは一つだけだ。
「命が棲めなくなる前に――いい加減返してもらうぜ、クソ爬虫類！」
「ああ。そうだ」
　ルルドに呼応し、岡崎・真幸（脳みそ全部研究に費やす・e30330）は強く頷く。
「ここは俺の故郷、親同然なんだよ！　これ以上好きにさせてたまるか」
　視線の先にはうっすらと愛媛の海岸が、四国の大地が見える。自身の故郷と定めたその地が被る不利益を許す訳に行かないとの叫びは、確かな力をグラディウスに灯して行った。
「私が守りたいのはこの地球の全て。全てが私にとって大切なものだから、それを喰らい、壊してしまう奴らになんて負けない」
　そんな奴ら負けられないと、天羽生・詩乃（夜明け色のリンクス・e26722）は自身の意気込みをグラディウスに重ねる。
　暴食餓竜の放置はこの海域だけの被害に留まる筈はない。全てを喰らい尽くしたドラゴンの向かう先は近隣地域、そして地球そのものだろう。今はまだその時ではなくとも、そんな未来の到来を許せないと断じていた。
「いくよ、グラディウス。この海を、命を、守る為に――力を貸して！」
　叫びは輝きへと転じていく。溢れる力が、バチバチと弾け、刃に閃光と雷鳴すら呼び込んでいた。
　そしてアウラ・シーノ（忘却の巫術士・e05207）は瀬戸内に住む人々への想いに心を焦がしていた。
　喰われた豊後水道に流れ込む大量の瀬戸内の海水は、その急流故に生態系を破壊し、海洋資源を、そして観光資源をも削り取っていくだろう。豊後の国東には国東オイスターと銘打たれた美味なる牡蠣が、そして姫島には姫タコと呼ばれる名産品が未だ、残されているのだ。
　そして、その破壊は豊後水道だけに留まらない。福岡、山口、広島、岡山、愛媛、香川、兵庫と、様々な海域に同様の被害が齎される事となる。
　脳裏に浮かぶのは、その地を愛した知人の姿だった。
「そのような凄惨な未来は、必ずや打ち砕かねばなりません！」
　全てを奪われた海洋など、地獄にも匹敵すると、アウラは叫ぶ。
「生きるって事は色々な幸せの積み重ねで、俺が取り戻したいのは、そんな当たり前の人間が生きていく場所なんだ」
　ノル・キサラギ（銀架・e01639）の叫びは自身の存在理由に重ねられていた。
　例えば関サバが美味しかった。例えば別府湾から望む海が綺麗だった。例えば湯煙と青い海の対比が。例えば。例えば。
「必ず取り戻す。ここは俺達人間の、誰かの大切な故郷だ！　食い荒らさせはしない！！」
「そうなの！」
「そうだ！」
　同意の声はフィアールカ・ツヴェターエヴァ（赫星拳姫・e15338）、そして富士野・白亜（白猫遊戯・e18883）の二者からも零れた。
「美味しい関サバとか、臼杵のリッチな河豚だとか！　大分のカボスぶりにカボスヒラメ、日出の城下カレイに国東の車エビ！　たっくさん沢山食べたいの！」
「この地がどんな地か知らないお前らドラゴンは、この場所の本当の楽しみ方を知らないと見える。季節によって様々な海の幸を私たちに届けてくれるのが、この豊後水道だ」
　フィアールカの叫びに喉を鳴らしながら、白亜は言葉を続ける。
「関アジ関サバと言った海の幸は元より、温泉から見上げる広大な海だとか、日の出で煌く朝風呂とか、そう言うのも全て取り戻す！」
　その想いは二人共同じだ。
　食い物の恨みは恐ろしい。楽しみを奪う所業は許しておけない。
　故に、同じ言葉を二人は紡ぐ。
「「豊後水道を返せーーーーっ！！」」

　8条の光は収束し、豊後水道に穿たれた魔空回廊を貫く。
　発する爆炎と雷鳴は、過去三度に渡って、そして四度目となる破壊の牙だった。
　黒き煙が覆い隠すその光景を幾度となく見送っただろうか。その煙が晴れた姿を何度、見送っただろうか。あの日、仲間を逃がす為に暴走の道を選んだ竜華は、確かにその光景を目撃していた。戦いへの高揚に身を任せる自身が覚えた感情は、確かに無念の気持ちだった。
「今日は、その気持ちを抱かずに済みそうですわね」
　それは虚勢ではなく、事実だった。その緋色の目は確かに捕えていた。崩れゆく魔空回廊の姿を。ケルベロス達の想いが、魔空回廊の破壊を成した光景を。
「――魔空回廊、破壊完了。リベンジ完了、なの！」
　フィアールカの喜色に染まった声が響き、そして。
「あとは逃げるだけだな！」
「ああ。無事に戻る事を考えよう」
　白亜の言葉にノルが笑顔で応じる。

●暴食餓竜の牙
　爆炎と雷光に紛れ、逃亡するケルベロス達はしかし、それが容易な道で無い事を充分に理解していた。
「詩乃！」
「判ってる！」
　巨影が自身らの進路を塞いだ瞬間、彼らの胎は決まっていた。故に、光を失ったグラディウスを詩乃に託す。後衛を担っていた詩乃もまた、それを受け取り、自身のアイテムポケットへと収納して行った。
　ドラゴンの咆哮が響く。全ての暴食餓竜より一回り大きな個体は、群れを統べる長と言った処か。
「真相を調べる暇はないけどな」
　侵略者達の生態は謎に包まれているし、その全てを理解するつもりは無いと、真幸は皮肉気に笑う。
「突破します！」
　敵を打ち砕き、この場を後にする。
　いつもとやる事は変わらないとアウラは鬨の声を上げた。

　鋭き牙は全てを切り裂き、噛み砕く為。無数の口は全てを喰らい、飲み干す為。
　それが暴食餓竜と言う個体の全てだ。その旺盛な食欲は自身につけられた傷すら喰らい、それを無へと帰していく。
「相変わらず無茶苦茶だな！」
　彼の竜の一撃は、飛び出したルルドによって遮られている。その彼を飛び越し、流星の煌きを纏う蹴りを刻むノルは、愚痴の様に感想を零していた。
　それはその個体や種別に関してではなく、ドラゴンと言う種に関してだった。彼らを始めとしたデウスエクスに常識と言う枷は当てはまらない。傷を喰らえば傷が無くなる。故にダメージを回復するなどと言う能力は、常識と照らし合わせれば一笑に付してしまう内容の筈だ。
「それがドラゴンと言う馬鹿どもだ！」
　ドラゴンに思う処があるのだろう。ノルと共にドラゴンへ飛び蹴りを交わす真幸は凄惨な笑みを浮かべていた。傍らのボクスドラゴン、チビは自身の属性をルルドに付与し、彼が受けた傷を癒していく。
「地球、人、猫。お前なんか足元にも及ばないな？」
　くすくすと小馬鹿にする笑みは、白亜の生み出した獄炎の猫たちから零れていた。精神を蝕む笑みは格下に向ける威圧。それを受けた暴食餓竜の顔に憤怒が宿る。
「よーし、いい子だ、そのまま離すんじゃねぇぞ」
　その首に絡みつくのは、ルルドが投げ縄の如く放ったブラックスライムだった。猟犬の牙の如く食らいついたそれは、傷口からドラゴンの体内へ侵入。その動きを縛ろうとする。
　怨嗟の瞳がルルドに向けられた。アンカーの如き綱を竜が引く度、ルルドの手足からぽたぽたと血が零れていく。
「内蔵兵装起動、対象の身体状況をスキャンします。……完了。魔術回路接続、多元輻湊術式起動――完璧に癒やすよ！」
　だが、その傷も詩乃の多重の治癒術式が癒していく。先のチビの治癒と合わせ、何とかルルドの傷を完治にまで引き上げる。
　そしてジゼルカの機銃が火を噴いた。主を庇うように前面に立つサーヴァントの一撃に押され、暴食餓竜が踏鞴踏む。
「いっくよーっ！」
　そこに飛び込むのはフィアールカの回し蹴りだった。足に伝わる確かな手ごたえは、暴食餓竜の神経節を潰した為だろうか。動きを鈍らせる彼の竜にびしりと指先を突き付ける。
「魔空回廊へのリベンジは完了した、なの！　次は貴方達に対するリベンジなんだから！」
　一か月ほど前に肋を折られた痛みを忘れたわけではない。その時の個体は討ち滅ぼしているが、復讐に燃える彼女には関係なかった。
　その傍らのスームカもまた、主の痛みを知れとばかりに、エクトプラズムの武器を暴食餓竜に叩き付ける。
「それ、結構、八つ当たり、ですよね」
　だが、それも上等と笑い、アウラは己のカードにて氷纏う槍騎士を召喚。暴食餓竜に氷の槍を投擲する。
「――やはり、この人数では難しかったですわね」
　切り結ぶ仲間達から遅れる事、数瞬。オウガメタルによるオウガ粒子の散布を終えた竜華が眉を顰めた。オウガ粒子により鋭敏になる筈の感覚はしかし、誰にも付与されていないように思える。やはり5人と3体から発した減衰の壁を突破するに至らなかったようだ。
「しかし、足止めは充分。ならば次からは切り結ばせて頂きましょう」
　八岐大蛇の如く、鎌首を擡げた鎖を構え、竜華は艶っぽく微笑む。

●竜殺しの理
　暴食餓竜の牙はケルベロスを捉え、打ち砕く。対するケルベロス達の牙もまた、暴食餓竜を捉え、切り裂いていく。
「――っ？！」
　ジゼルカの消失に、息を飲むのは詩乃だった。零れそうになる嘆きを飲み込み、治癒のグラビティを紡ぐ。自身のサーヴァントだけではない。既に同じディフェンダーの役目に殉じたスムーカの姿は無く、フィアールカや白亜、ルルドに刻まれた傷は重い。
　判っている。判っていた。自身らが傷を負う事を躊躇していれば、敵を倒す事が出来ない。その真理を。
　それが竜殺しの理。己の恐怖心を飲み込み、克服した者達だけが到達できる、竜殺しと言う名の勲章の意味。
　戦いは既に終局に差し掛かっていた。暴食餓竜に刻まれた無数の傷は、彼の竜の終焉を指し示す様だった。
「やはり――もう少し、クラッシャーが必要でしたかしら？」
　手傷を負うのはディフェンダーばかりではない。暴食餓竜の見境ない牙は、攻撃を担うノルや竜華をも傷つけていた。防御に偏った布陣では攻撃に劣るのは致し方ない。真幸やアウラによる攻撃も着実にダメージを与えていたが、それでも暴食餓竜を失墜させるのに不十分だった。
「いや、今回ばかりは、そんなことはなさそうだぜ」
　治癒をチビに託した真幸は、その言葉を否定する。
　確かに火力不足は否めない。黒煙が晴れるまでのタイムリミットを考えれば、減衰覚悟での布陣で臨むのであれば、もう一人か二人の攻撃力があっても良かったのではないかと思わなくもない。
　だが。
「私たちも強くなってるの。だから、大丈夫！」
　今、この場所での戦いを押し切るだけの力を皆は持っていると、フィアールカは声を上げる。そしてその激はケルベロス達の力へと転じて行った。
「これなるは女神の舞、流れし脚はヴォルガの激流！　サラスヴァティー・サーンクツィイ！」
　弁財天の名を持つ女神の蹴打は破壊の槌となり、暴食餓竜の牙を襲撃する。砕け、零れた破片が海に、そして彼女の皮膚を切り裂き、血を零すが気にしない。
　戦局は喫した。もはや彼の竜に勝機は残されていない。
　それが竜と番犬による死闘の結末だ。
　ならば、全てを終わらせるだけだった。
「来たれ神性。全て氷で閉ざせ」
　真幸の詠唱は異界の神の片鱗を現出させる。時空の間から零れる氷は、暴食餓竜を凍らせるのに充分な冷気を帯びていた。
　戦いを終わらせまいと暴食餓竜が咆哮する。金色の瞳が映す色は、諦観に達していなかった。喰らえば敗北はならないと、ありとあらゆる口が吠えケルベロス達を喰らおうと牙を剥く。
「やらせない。そろそろお前にも死を与えてやる！」
「こいつは白の分だ。身内が世話んなった分、憂さ晴らしだ、素直に受け止めろ」
　牙を受け止めたのは二本の打撃武器――エクスカリバールだった。勇者の力を秘めた獲物で受け止めた白亜とルルドは同じ笑みを浮かべる。
　それは覇者の笑みだった。そこに込められたものは自分達の勝利への確信だった。
「地獄よ。我、我が身を門として汝を引寄せん！」
　自身の全てを絞り出し、アウラが暴食餓竜に地獄を叩き付ける。皮膚を、鱗を焼く熱に、そして内部から起こる爆発に、暴食餓竜から悲鳴が零れた。
「さぁ、特大の炎の華を咲かせましょう！　これが私の命の炎。燃え尽きるまで御馳走致します……！」
「コードXF-10、術式演算。ターゲットロック。演算完了、行動解析完了。――時剋連撃！」
　それは葬送の一撃となって、暴食餓竜の身体を包み込む。
　竜華の喚ぶ真紅の炎は、竜の身体を切り裂き、命を燃やし尽くしていく。ノルが起動させた行動予想プログラムは自身の神経を焼き切る程に加速。演算と共に叩き付ける銀と青の輝きは、暴食餓竜の全てを貫いていた。
　その集中砲火を受けきる体力は、今の暴食餓竜に残されていなかった。
　断末魔の叫びの後、光と共にその身体は消失していく。
　それが、そいつの迎えた終わりだった。

　波の音が響く。
　別府湾まで逃げ伸びたケルベロス達の目に映るのは、平穏を取り戻した海の様相だった。
　海は、静けさを取り戻していた。
　回復までに時間は有するだろう。もしかしたらここにヒールを施し、全てを癒す作業が発生するかもしれない。
　それでも、今はただ、海を眺めている。
　侵略者に勝利した。ただの一人の犠牲も出さず、勝利を奪い取った。
　それが誇らしいと、ケルベロス達は海の輝きを受け、互いに笑い合っていた。

作者：秋月きり	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年1月28日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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