オウガ遭遇戦~屠りし者

作者:蘇我真

 それは、突如出現した。
 山中、奥深い森の中に立ち並ぶ巨石群。ストーンヘンジを思わせるその巨石の傍に、筋骨隆々の鬼が姿を現したのだ。
 巨石にも引けをとらないその巨躯の、素肌に鎖が巻き付いている。特に目を引くのは、額から生えた2本の漆黒の角。それと腕につながれた鉄球だった。
 ひどく大きく、直径は1メートルはある。薄汚れた表面の向こう、あちこちに歴史が刻まれている。ひっかき傷や刀傷、そして赤黒いシミ……。
「――――!!!」
 男は声にならない叫びをあげる。白目を剥き、乱杭歯を剥きだしにする。理性を失っていることは明白だった。
 男が歩を進める度に、周囲の森すべてがざわめく。
 何かを求めるように、ひたすらに前進する男。
 男の進路を塞ぐように立つ大木へ、腕を一撫でする。繋がれた鉄球が大木をなんなく破壊した。
「――――!!!」
 男は再び声にならない叫びを上げ、歩行を再開する。その歩みの先には、何があるのか……。


 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)の言葉を、ホンフェイ・リン(ほんほんふぇいん・en0201)は待っていた。
 いつも真剣な瞬だが、今回は特に真剣だと肌で感じていたからだ。
「……岡山県中山茶臼山古墳周辺に、オウガが多数出現する」
 オウガ、それは鬼神と呼ばれるデウスエクス。額や背中に角を有し、とてつもない怪力が特徴だ。
 そんなオウガの出現を、リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)を始めとしたケルベロスたちが探索を進めてくれていた事で予知できた。
「出現するのは2月3日。そこまではわかっているが、彼らのゲートの位置まではわからなかった。また、彼らは皆グラビティ・チェインが枯渇した状態だ」
 オウガは知性を失い、飢餓状態にある。凶暴な獣と化して人間を襲い、グラビティ・チェインを奪取しようとするだろう。
「話し合いは無理ということなのですね……」
 戦うことしかできない、と知ってホンフェイはごくりと唾を飲む。
「彼らは多くのグラビティ・チェインを求めて、吉備津神社方面に移動していく」
「? 神社に多くのグラビティ・チェインがあるのですか?」
 首をかしげるホンフェイに、瞬は出現日を再度告げる。
「日本では、2月3日に節分といって豆をまいたり、神社仏閣にお参りに行くんだ」
「あっ、神事だから人がいっぱいいるんですね!」
 納得して膝をポンと打つホンフェイ。
「そういうことだ。オウガが神社に到達する前に、どこかの地点で迎撃しなければならない。候補地は2つある」
 瞬の説明によると、まず最初の候補地はオウガが出現した巨石地帯。ここで迎撃した場合は周囲に一般人がいないため戦闘に集中することができる。
 もうひとつの候補地は吉備の中山細谷川、隘路の出口。途中の経路は不明だが、オウガは確実にこのポイントを通過するために迎撃が可能だという。だがこの地点は、節分のイベントで人が集まっている吉備津神社に近い。突破されれば一般人に被害が出てしまうだろう。
「だったら、巨石地帯で迎撃したほうがいいじゃないですか。出口で待つメリットとかあるんですか?」
 ホンフェイの質問に、瞬は首を縦に振る。
「ああ、あるぞ。オウガはグラビティ・チェインが枯渇した飢餓状態だ。このままグラビティ・チェインを補給しないでいるとコギトエルゴスム化してしまう。出現地にほど近い巨石地帯で戦った場合はおよそ20分、出口で迎撃した場合は約12分といったところか……」
「おお、なるほど! 守りに専念にしてコギト玉にしちゃえば戦わなくて済むうえにコギト玉ゲットできちゃうのですね!」
 簡単にできそうな口ぶりのホンフェイだが、そう上手くはいかないだろうと瞬は釘を刺す。
「相手にするのオウガは1体とはいえ強敵だ。飢餓状態も相まって、理性を失い獣のように全力攻撃をしてくる。そんなのを相手にして下手に戦闘を長引かせようとしたら、戦局は大きく不利になり、最悪、待っているのは敗北だろう」
「ただ耐える、だけじゃなくて何かしら上手いことやれってことですね……」
 ホンフェイは腕を組み考えるが、特に名案も思い付かないようでグルグルと首を回し始めた。
「……まあ、まだ出発までには時間がある。参加する者同士で話し合ってみてくれ。人々を護るためにも、頼む」
 瞬は、ケルベロスたちへと頭を下げるのだった。


参加者
ラティクス・クレスト(槍牙・e02204)
ユーリエル・レイマトゥス(知識求める無垢なるゼロ・e02403)
月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)
マロン・ビネガー(六花流転・e17169)
四方堂・幽梨(義狂剣鬼・e25168)
ゲリン・ユルドゥス(白翼橙星・e25246)
モモコ・キッドマン(グラビティ兵器技術研究所・e27476)
浜咲・アルメリア(捧花・e27886)

■リプレイ

●暴風との遭遇
 巨石群と中山細谷川、ケルベロスたちが選択したのは中山細谷川のほうだった。
「なるほど、オウガがコギト玉になるまで耐えるのですね。了解です」
「ああ、ホンフェイは済まないが向こうを頼む」
「オウガが近づいてきたら、無線機で連絡するから、絶対来てね!」
 ホンフェイ・リン(ほんほんふぇいん・en0201)は月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)とゲリン・ユルドゥス(白翼橙星・e25246)の指示を受け、サポートの面々と共に吉備津神社へと向かう。
 参道にも似た中山細谷川に残った面々は、準備を整えオウガの到着を待ち構える。
 やがて、道の向こうから轟音が聴こえ始めた。
「これが、オウガの圧力ですか……」
 僅かに鳴動する大地。モモコ・キッドマン(グラビティ兵器技術研究所・e27476)の眼鏡も震える。
 参道に広がるケルベロス8名とサーヴァント。参道をひとりで埋める巨体がのっそりと姿を現した。
「―――――!!!!」
 欲していたグラビティチェイン――ケルベロスを見つけて声にならない咆哮を上げるオウガ。衝撃波にも似た空気の波が広がり、ラティクス・クレスト(槍牙・e02204)はその音量に思わず眉をしかめる。
「完全に、我を失ってやがるな……」
 その言葉には失望の色がある。力だけでなく知力も尽くした戦いを好む彼にとっては、知性のない状態での戦いは本意ではないのだろう。
「今後、全力で戦う為にも……今回は足止めさせてもらうぜ」
 もちろん、だからといって手を抜くわけはない。
「アルメリア、気合入れていけよ」
「わかってるわよ。ここを抜かせるわけにはいかない……!」
 兄妹弟子に当たる浜咲・アルメリア(捧花・e27886)と共に、左右に分かれて半円状にオウガを包囲していく。ケルベロスたちの後ろには、一般人がいる。
「ここを抜かれるわけにはいきません!」
 正面、矢面に立ったモモコは自分へと喝を入れた。
 ケルベロスが選んだのは複数のディフェンダーによる半包囲陣形。薙ぎ払いで一掃される危険はあるが、苛烈なダメージでなければ被弾の心配がない後衛の面々からの回復で間に合わせられるという判断だ。
「申し訳ありませんが、この先に通す訳には行きません……」
 オウガはケルベロスたちを見下ろし、手首にぶら下がる鎖を掴む。ユーリエル・レイマトゥス(知識求める無垢なるゼロ・e02403)は毅然とオウガを見上げ、宣言した。
「『滅ぼし』はしません、『阻止』させていただきます」
「ッッッ!!!」
 それは、台風だった。空気が暴れ、うねるような一撃。
 振り下ろされた腕。鎖がしなる。その先端、重力に遠心力も上乗せされた鉄球がモモコの頭上から迫る。
「っ!!」
 斬霊刀イズナを横に構え、空いた手を刀の峰に添えて鉄球の一撃を受け止める。鋭さだけなら刀の方が強い。だが、点でなく面で押しつぶしてくる。
「困り、ましたね……」
 刀に添えたモモコの手が、糸が切れたかのように力なく垂れ下がる。
 それは、想像以上に苛烈な一撃だった。

●屠りし者
 モモコが倒れたのは戦端が切り開かれてから4分後のことだった。鉄球が、モモコを吹き飛ばす。動かせる片腕でガードをした。したのだが、それ以上に攻撃が強力だった。意識を手放し、倒れ伏すモモコ。
「ちょっと荒っぽいけどごめんね!」
 倒れたモモコを引きずり、後ろへ移すゲリン。体勢を整える。
 前に突き進もうとするオウガの正面、プレッシャーはとてつもない。
「この状況だと、次に狙われるのはあたし、か……」
 正面にいるもうひとりのディフェンダー、四方堂・幽梨(義狂剣鬼・e25168)が緊張しつつ鯉口を切る。
「D・プレゼント射出準備……敵の意識を此方に惹きつけます」
 後ろからのユーリエルによる援護攻撃に合わせて、オウガの足元へと駆けだした。
「上等だよ! ちょいと遊んでいこうや、鬼の旦那!!」
 ユーリエルの爆弾がオウガに直撃し、立ち上る爆炎と煙。
 それらを吹き飛ばすように、幽梨の攻撃が続いた。
「受けきれると思うな……!」
 抜き打ちの切り上げによって生じた剣風。煙と焔の向こう、見えたオウガの肌へ闘気を込めた拳を鞘ごとぶつける。
 桜花型のオーラが舞う。
 そのオーラが、今度はオウガの攻撃によって吹き飛ばされた。
 薙ぎ払いだ。振り回された腕、鎖でつながれた鉄球はオウガの周囲を無慈悲に薙ぎ払っていく。
「チッ、まだこんだけ動けるのか……!」
 舌打ちと共に愛槍を構え直すラティクス。
「いい加減止まれよ!」
 反対側では、アルメリアもゲシュタルトグレイブを構えている。
「疾れ《風刃》! 叢雲流牙槍術、弐式・窮奇!」
「あああぁっ!!」
 同時に槍を繰り出すラティクスとアルメリア。
 射出と突き、毒蛇の牙のようにオウガに突き刺さりその身体を蝕んでいく。
 しかし、まだまだオウガは止まらない。再び鉄球を構え直していく。
「白いの、幽梨を重点的に頼む」
 宝は自らのサーヴァントであるナノナノと共に回復にかかりきりだった。
 範囲に攻撃する薙ぎ払いに対して、範囲を回復するサークリットチェイン。それだけでは回復が追いついていない。
「くっ……、お願い、間にあって!!」
 ブラッドスターで前線を維持しようとするゲリン。攻撃を集中的に受ける前衛のディフェンダーも大変だが、後衛のメディック達もまた、ギリギリの戦場に身を置いていた。
 回復を厚くしてもなお、オウガの猛攻に戦線を崩されつつある。
 オウガの攻撃への構えを見て、ゲリンは本来ならルーンを駆使して崩したいところだった。しかし、回復で手が足りない。
「あの構え、崩せる人いますか!」
「やってみる!」
「ブーストナックル、発動します」
 ゲリンの声に呼応するかのように、幽梨とユーリエルがまたもや同時に動く。
 納刀からの流れるような剣閃。
 オウガは鉄球の鎖で剣を受け止める。
 反対側、死角から飛び込んだユーリエルの拳がアッパー気味に顔面へと突き刺さる。
 回転し、ブーストする拳。勢いに押されてオウガの身体が宙に浮く。完全に構えを崩すことに成功した。
「やっ――」
 やったと言い切るもなく、幽梨はそれに気づく。
 臭いだ。濃い、死の臭い。
 流水撃で伸びきった刀と身体。刀を受けた鎖から火花が散っている。かろうじて動く眼球。下を見た。鎖の先端、鉄球が幽梨へと迫っている。
「ッ!!」
 瞬間、意識を奪われまいと強く奥歯を噛みしめる。鈍い破砕音。
 猛スピードで引き上げられた鉄球が、下から幽梨の奥歯を顎ごと砕いていた。まだ軽傷だと思っていたのに、一撃で致死性の傷を負わされる。
(これが、鬼……あたしの行きつく先、なのか……?)
 構えを解かせてもなお、一撃で意識を刈り取る威力。重傷を負い、戦闘不能に陥る。
「後詰めは、ホンフェイちゃんたちはまだっ……!?」
 ゲリンは現在の時刻を確認する。
 時計の針は戦闘が始まってから8分が経過したことを指し示している。オウガがエルゴ玉化するまではあと4分。はたして防ぎきれるのか?

●証
「私の出番、ですね……」
 4人いたディフェンダーが2人落ち、覚悟したのはマロン・ビネガー(六花流転・e17169)だ。
 中衛、ジャマーとして動いていた彼女が穴埋めをするように前衛のディフェンダーへとポジションを変える。
 その間、一瞬だけ隙が出来る。オウガはそれを見逃さない。正拳突きと、それに遅れて鉄球がマロンへと飛ぶ。
 頼りになる仲間が倒されているのを見ていたマロン、身体が強張る。
 視界が拳でいっぱいになる。衝撃は、訪れない。
「させるか、っての……!」
「マロンは、あたしのっ……!」
 左右に散っていたはずのラティクスとアルメリア。それぞれが拳と鉄球を受け止めて、マロンのポジションチェンジをサポートしていた。
「師匠……ラティさん……!」
「はぁっ……これは、厳しいな」
 前方に多くの攻撃が飛ぶ現状を見て、ラティクスたちは立ち位置を変えていた。これ以上ディフェンダーを各個撃破されるわけにはいかない。
「大丈夫、よ……師匠を……信じ、なさい、よっ」
 鉄球をモロに受けたアルメリア。その口元から血がにじむ。彼女のウイングキャットとマロンは、同時に動いた。
「師匠たちを助けます! すあまさん、いきますよ!」
「ニャ!!」
 清浄の風と理力の盾が、ラティクスとアルメリアを包む。
「オウガさんの攻撃はすごいです、私でどこまで守れるかわかりませんですけど……!」
 武器だけでなく、心まで砕きにくるオウガの鉄球。サーヴァントと手負いのふたり、受けられるのは自分しかいないとマロンは覚悟を決める。
 バトルオーラを纏った両手で、振り下ろされる鉄球を受け止めた。
「う、うああああぁぁっ!!」
 その威力で足元の地面が抉られ、斜め後ろへとずり下がっていく。
 受け止めた両手首は枯れ枝のようにたやすく折れた。
 鉄球が額に触れる。
 冷たい感触が頭蓋を割ろうとする。
 衝撃で明滅する視界。視覚以外の情報が遮断される。
「それ、でもっ……守りますっ!!」
 それまでほぼ無傷だったこともあり、なんとか耐えきるマロン。そこへ、後ろから新たな回復が飛んできた。
「これは……ルナティックヒール?」
 満月に似た光がアルメリアを優しく包む。仲間が持っていないはずのグラビティに癒され、アルメリアは振り返った。
「大丈夫かー!!」
 そこにいたのは冬馬・匡(ヘタレときどきツンデレ・e23084)だ。ゲリンから連絡を受けたホンフェイ率いるサポート組が戦線に加わっていた。
「ひどいな、手首の骨がぐちゃぐちゃじゃないか。任せろ」
 イーサン・ダグラス(病の克服を望む機械人間・e32688)はマロンの現状を一目で把握すると、即座に術式を開始する。
「みんなを護って!」
 雨宮・利香(漆黒の雷刀・e35140)の作り上げた電撃の盾が、前衛のディフェンダーたちを支援し始めた。
「あと少し、耐えましょう!」
 五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707)と彼女のウイングキャットが飛び出し、風と鎖がその盾を更に強化していく。
「守り続ける事が、私の戦いなのです……!」
 機理原・真理(フォートレスガール・e08508)が射出したヒールドローンの群れ。オウガは増え続ける面々に困惑したのか、それとも鬱陶しく思ったのか薙ぎ払いを選択した。
「判断は悪くない。だがその攻撃では俺たちを一撃では倒せない」
 ノル・キサラギ(銀架・e01639)の掲げた掌には、現在の時刻が映し出されている。オウガが力果てるまで、あと1分。
「あと1発耐えりゃいいんだろ!!」
 峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)は後衛を鼓舞し、オウガの行動を阻害しやすくする。
 サポートの面々のヒールで、前衛の回復は必要ない。
「オウガさんも、救えるなら……!」
 なら、ゲリンが癒すべき相手はオウガだった。
「陽は時が過ぎれば沈み、再び新しき心を持って空へと昇る……これより語るはとある星の勇者達の物語! 篤とご覧あれ、『陽光の勇姿』!」
 コギトエルゴスム化する前にオウガが倒れてしまっては意味がない。
「いいヤツもいるっていうの、信じてるからね」
 生み出された色とりどりの綺羅星が、共鳴してオウガを称えるようにその体内へと降り注いでいく。
「雅也からもらった力だ。活かさないとな」
 回復量が充分なことを確認して、宝はロッドを突きつける。
 放たれるライトニングボルト。一筋のか細き雷光だが、それを受けたオウガは手から鉄球を取り落とした。
「今まで蓄積していた痺れだ。ひとまずのところは、休むんだな」
 最後の1分、オウガは何も行動できず、飢えが進行し極限状態を迎える。
 ラティクスは、そこへ声をかけた。
「次はちゃんと戦いをしようぜ。楽しみにしてる」
 オウガの枷が外れ、どさりと鎖が地面に落ちる。遅れて1つ、拳大の玉が転がっていく。
 それは、ケルベロスたちが猛攻をしのぎ切った証だった。

作者:蘇我真 重傷:四方堂・幽梨(義狂剣鬼・e25168) モモコ・キッドマン(グラビティ兵器技術研究所・e27476) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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