オウガ遭遇戦～節分に鬼が来る！

■リプレイ

●飢える、鬼。
　吉備、中山細谷川。
　そのあい路を、１人の少女が歩いている。
　ふらり、ふらりとした足取り。衰弱しているのは、見てわかる。
　事実少女は飢えていた。グラビティチェインの枯渇による飢餓。そう、少女は人間ではない。デウスエクス・オウガ。鬼神とも呼ばれる存在。
　そんなオウガの前に、８人の男女が立ちはだかった。オウガである少女を止めに来た、ケルベロスだ。
「オウガ様……！」
　ミルフィ・ホワイトラヴィット（ナイトオブホワイトラビット・e01584）が、思わず声をあげた。憔悴しきったその様子は、あまりにも痛々しい。
　だが、それに反して、オウガの眼光は爛々と輝いていた。ろうそくが燃え尽きる最期の瞬間に激しく燃え盛るという物の例えのように、最後の力を振り絞り活動していることの証明だろうか。
　オウガが、ケルベロス達を睨みつけた。輝く双眸に理性の色はない。
「オウガさん、何故このような場に……」
　翡翠・風音（森と水を謳う者・e15525）が呟く。飢餓状態に陥った理由も、吉備へ現れた理由も、今の所は不明だ。だが、その目的ははっきりしている。飢えている以上、食事はとらなければならない。食事と言うのは、つまりグラビティチェインであり、罪なき人々の命だ。この先には、節分の行事の行われている吉備津神社がある。止めなければ、犠牲が出る。
「……ひとまずは止める事からですね」
　風音の言葉を合図にしたように、ケルベロス達は戦列を組んだ。オウガを包囲するケルベロス達の意図を理解したのか、それとも、単に行き先を阻まれたことに怒りを感じたのか、オウガの少女が呻く。
「ここは通行止めや。行きたければおばちゃんたちを倒していくしかないで」
　小山内・真奈（おばちゃんドワーフ・e02080）が言った。オウガは答えない。というより、飢餓状態である故に、言葉の意味もろくに理解できていないのだろう。
　ただ、ケルベロス達に戦意がある事は、本能的に理解したらしい。
「ウ……ガ――ァ！」
　オウガが吠えた。耳をつんざくような大声だった。威嚇か。いずれにしても、向こうもこちらを完全に敵と認識したようだ。
　都合は良い。少なくとも、目的を、人々から逸らすことはできる。
　後はこのまま、ここでオウガを足止めし――。
「鬼は外、倒さず追っ払うのが流儀って奴でサー！　コギト化、狙うわよ！」
　板餅・えにか（萌え群れの頭目・e07179）。その言葉に、ケルベロス達が同意する。目的は、統一されていた。
　ケルベロス達は、人々と、オウガ、両方を守る事を選択したのだ。
「難しいかもだけど……ボクらならやれるよね」
　夢山・蒼矢（明るい蒼・e40188）が言う。困難な道だが、やり遂げるしかない。
「さぁて、じゃあ、どっちの命も……守ってやろうじゃないか」
　槙野・清登（棚晒しのライダー・e03074）が言った。
　オウガが再度吠えた。ケルベロス達が、それに応じるように各々獲物を構える。
　かくして、全てを守るためのケルベロス達の戦いが、幕をあげた。

●ケルベロスVSオウガ
「があああああっ！！」
　オウガが吠える。同時に走った。先ほどまでのフラフラとした飢餓状態からは想像もできない様な俊敏さ。完全な戦闘モードに入った証と言える。
「来るか！　耐えるぞ、アダマント！」
　常祇内・紗重（鬼神丸・e40800）が叫んだ。オウガメタル『アダマント』にその両手に覆わせて、ブロックの体勢をとる。
　オウガの右ストレートがさく裂。紗重の両手は金属生命体によって覆われていたが、その装甲をものともしないかのように、凄まじい痛みと衝撃が走る。
「くっ……なるほど、まさに鬼かっ！　だがっ！」
　紗重は耐えた。
「生憎と私も頑丈さだけが取り柄みたいな物なのでなッ！　ここで簡単に倒れてはやれないさ！」
　にっ、と笑い、啖呵をきる。
「傷つけたくはないが、一般人に被害を出すわけにはいかんからね」
　真奈がオウガへ、電光石火の蹴りの一撃をお見舞いする。唸りながら飛びずさるオウガ。急所への一撃は、オウガの動きを少し鈍らせることができるはずだ。
「えーい、腕力に物を言わせる！　シンプルだけど故に厄介な感じ！」
　えにかが叫ぶと、その周囲に霧が発生した。刹那、生み出されるのは、いくつもの揺らめく炎。
「まずはその足、止めさせてもらいまサー！」
　『月霧岬の包囲（ツキギリミサキノホウイ）』。霧より生まれた揺らめく炎は、えにかの周囲を漂ったのち、複雑な軌道を描きながら、オウガへと向かってゆく。思い通りに動くその炎で、えにかはオウガを包囲した。その熱でダメージを与えつつ、足を止めるグラビティだ。
「風精よ、彼の者の元に集え。奏でる旋律の元で舞い躍り、夢幻の舞台へ彼の者を誘え」
　風音が歌うように、言葉を唱えた。現れ出でるは風の精霊たち。気まぐれな精霊たちの、美しい踊りと歌声が、オウガの視界を奪う。理性や飢餓状態など関係ない。これはそういう技なのである。
　『風精の幻想曲（シルフィーズ・ファンタジア）』。やがて風の精霊は本物の大風となりて、オウガの足を止めるだろう。ボクスドラゴン『シャティレ』も、主に呼応するように動く。自身の属性を、傷ついた紗重にインストール、その傷を癒す。
「オウガ様……どうか、今少しのご辛抱ですわ……！」
　ゲシュタルトグレイブ『セスルームニル・メイデン』を構え、ミルフィが駆ける。突き出されるは稲妻を帯びた閃光の突き。神経回路を麻痺させると言われるその一撃は、オウガの動きを鈍らせるだろう。
「さて、では先ほどの返礼と行こうか！」
　紗重が言うと同時に、オウガの身体で爆発が起こる。先ほどの攻防の際に取り付けていたのか、見えない爆弾による遠隔爆破だ。
　ボクスドラゴン『小鉄丸』は、主人の傷を癒すことを選択した。啖呵を切った紗重ではあったが、ダメージは決して浅くはない。
「行くぜ、相棒……宣言通りだ。全部守るぞ！」
　ライドキャリバー『雷火』に手をやり、清登が言う。それ応じるかのように、雷火がエンジンをふかした。
「俺に続いて……撃て！」
　清登が精神を集中し、オウガを爆破。同時に、雷火がガトリング砲を掃射する。爆発と銃撃。両方を受けたオウガはたまらず防御姿勢をとるが、ダメージは通っているはずだ。
「今回の作戦……私の責任は重大ですね……」
　香河・将司（魔王を宿す者・e28567）は呟き、紗重に分身を送り込み、傷を癒すとともに援護を行う。
　将司の言う通り、回復役である己が占める役割のウェイトは、かなり重いだろう。先ほど目の当たりにした通り、オウガの攻撃は強い。これをただ倒す、それならまだ何とかなるだろう。だが、ケルベロス達はこの攻撃に耐え、時間を稼がなければならないのだ。
　となれば、必然、回復の重要性と言うものは増してくる。どれだけ将司が的確に動けるかにより、どれだけの時間、ケルベロス達がそのコンディションを維持したまま耐えらえるか、それが変わってくる。
「ですが……やり遂げないといけません。この作戦、必ず成功させなければ」
　決意を改めつつ、将司が言った。
「とにかく動きを止めるよ！」
　捕食形態にしたブラックスライムによる捕縛攻撃を行いつつ、蒼矢が言う。あらゆる意味で、相手を自由に動かすわけにはいかない。
　ウイングキャット『テノール』は、前衛のケルベロス達に清浄なる風を送り込み、援護を行う。
「ア――ガァァァァッ！」
　少女オウガが、叫びをあげる。と、同時に、自分を殴り飛ばした。
　いや、厳密には違う。自分に取り付いた負傷、そう言ったものを殴り飛ばしたのである。殴り飛ばせば、身体から消える。
「なんと……話には聞いていましたが……！」
　驚愕したように、将司が呟いた。
「はは、確かに滅茶苦茶やね」
　真奈が言う。その通り、かなり滅茶苦茶な傷の癒し方である。
「とは言え、これはチャンスでもありますわ……！」
　ミルフィが言う。ケルベロス達の勝利条件は、あくまで耐え抜く事。問題点は、相手の強力な攻撃をいかに防ぐか、そして、如何に此方の攻撃でオウガを倒さぬようにするか、である。
　いくら耐えるためとはいえ、攻撃もせず突っ立っているわけにはいかない。攻撃し、オウガの能力を削がなければ、そもそも耐え続ける事が難しいのだ。
　それに、いざという時は、オウガを滅ぼさなければならない。後ろに待つのは、多くの一般人だ。多大な被害が出る事だけは避けなければならない。
　オウガが回復行動に出たという事は、耐える上での二つの問題点を解決してくる。
　一つ、オウガからの攻撃が、一旦とはいえ止む。
　二つ、オウガが自ら傷を癒すことで、ケルベロス達による、オウガへのダメージコントロールの負担が減る。
　ケルベロス達も、ある程度は期待し、狙っていたオウガの行動である。ミルフィの言う通りチャンスでもあり、上手く作戦通りに事が進んでいることの証拠でもあった。
「後は、ボクたちがどれだけ耐えられるかだね」
　蒼矢が言った。予測によれば、オウガがコギトエルゴスム化するまで、およそ１２分。すでに１分が経過した。残り１１分。短くも、長い時間。
「長い豆まきよねー」
　えにかが言う。
「ですが……私たちは選びました。すべてを守ると」
　風音が言った。
「そうとも。それがケルベロスのやり方だ！」
　清登の言葉に、皆が頷いた。
「さぁ、行くぞ、皆！」
　紗重が言った。応じるように、ケルベロス達は攻撃を再開したのである。

　１２分。普段なら短い。だが、今はとても長い時間。
　オウガの攻撃は苛烈である。幾ら何度か回復行為にその行動を割けたとはいえ、一撃の威力は重く、ケルベロス達に襲い掛かる。
　いくらこちらが回復をし続けても、足らない様な、あまりにも強烈な一撃――実際、ケルベロス達はよく耐えていたと言えるだろう。だが、どうしても、倒れる者も、居た。
　だが、それでも、誰もが立ち上がった。
　それは、人々を守らなければならないという思いのなせる技であり、目の前のオウガ……少女を救いたいという思いのなせる技であった。
　傷つき、立ち上がり、耐えて、戦う。
　１２分。あまりにも長い１２分。
　だが、ケルベロス達の想いが結実する瞬間は、ついに訪れたのだ。

　多くの者が傷ついていた。それでも、誰もが諦めず、立ち続けていた。回復グラビティを総動員し、耐える。耐え続ける。
　すべてを救う。すべてを守る。
　欲張りな言葉。
　でもとても勇敢で優しい言葉。
　その言葉通りに。すべてを守るために。ケルベロス達は立ち続けていた。
「動きは鈍くなっとる。もう少しの辛抱やで」
　真奈が言う。その言葉通り、オウガは傷つき、息も荒く、ふら付いているようだった。ダメージ、或いは飢餓状態、その限界が訪れようとしていることは、明らかである。
「う……あ……あ」
　ふと、弱々しく、オウガが呻いた。
　同時に、オウガの身体が光に包まれる。
「オウガ様が……！」
　ミルフィが、思わず叫んだ。
　光に包まれたオウガの身体が消滅していく。死ではない。グラビティチェインの枯渇により訪れた、コギトエルゴスム化だ。
　やがてオウガは完全に消滅し、後に残ったのは、コギトエルゴスム。
　ケルベロス達は、耐えきったのだ。
「よいしょ」
　多種族などの介入はないか……そんなふうに辺りを警戒しつつ、えにかがコギトエルゴスムを回収する。
「……終わった、のですか？」
　将司が呟いた。
「はい……私たちの、勝利です……！」
　風音が、答えた。
　すべてを守る。その宣言通りに。
　ケルベロス達は、戦いを終える事が出来たのだった。

●節分の終わり
「あー、流石にどっと疲れますよええ！」
　思わずへたり込んだえにかが言った。
　誰も同じような気持ちだっただろう。精神的にも肉体的にも、相当な疲労を蓄積したに違いない。
「いや、だが、貴重な経験だった……本物の鬼と戦えるとは」
　にっ、と紗重が笑う。鬼という存在に、どこか思う所があったらしい。
「何とかなって良かったよ……」
　ほっとした様子で、蒼矢。テノールが主を労わる様に、その手をぺろりとなめた。
「いや、ほんと……良かった良かった。僕はもう、色々と限界だよ。休みたいね」
　清登がぼやく。
「おばちゃんもかなわんわー」
　笑いながら、真奈が同意した。
「無事……本当に無事に終わって、良かったですわ」
　ミルフィが、オウガのコギトエルゴスムを、優しく手で包みながら言った。
「少しでも……オウガ様達と解り合える事になれば宜しいですけども……」
　ミルフィの言葉に、ケルベロス達は頷いた。
　オウガたちの真意、そして今回の騒動の真相は、いまだ不明のままだ。
　だが、今回の作戦の成功は、オウガ達との関係を良好に築いていくための材料になる事は事実だ。
「では……折角ですから、吉備津神社でラクシュミとの関係が悪くならないようお参りしますか」
　将司の言葉に、
「良いですね。……でも、もう少しだけ、休ませてください……」
　苦笑しつつ、風音は答えるのだった。

　休憩するケルベロス達の耳に、遠くの方から風に乗って、人々の声が響いていた。
　ケルベロス達が守ったのは、オウガ達だけではない。
　あの場所にいる人々も、確かに守ったのだ。
　ケルベロス達は最良の結果を望み、それを見事勝ち取った。
　誇るべき結果だ。胸を張って凱旋しよう。
　……とは言え、もう少し休んでいた方がいいだろう。
　それほどの激戦だったのだから。

作者：洗井落雲	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年2月3日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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