オウガ遭遇戦~黄金の分岐

作者:成瀬

 岡山県の山中にて。
 巨石群に紛れるようにして、目を血走らせ息を荒くしたオウガが辺りを見回している。グラビティ・チェインが枯渇しているようで、余裕など少しも無いようだ。これでは話し合いなどできる筈もない。
 コードネーム「デウスエクス・プラブータ」。
 人とほとんど変わらない。背中や頭から『黄金の角』が生えている事を除いては。
 オウガに生まれた者は全て、他のデウスエクスを圧倒する程の凄まじい腕力を有している。力強い筋肉を纏った腕は硬く太く、遊ぶように払えば一般人の骨など小枝のように砕かれる。
 その戦闘力は非常に高く、ケルベロスであっても油断すれば敗北は必至だ。
 ――オウガは進み始めた。人間を殺し、己の糧とする為に。

「ケルベロスよ。オウガに関する情報を得ることができた」
 と、ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)はリィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)を始めとした探索協力者の名前をあげる。
「場所は岡山県中山茶臼山古墳周辺。オウガが多数出現する事が予知できた。日付は2月3日なのは分かったのだが、彼らのゲートの位置までは特定することができなかった」
 更にザイフリート王子は続ける。
「出現するオウガは、強度のグラビティ・チェインの枯渇状態だ。知性も失われている。まず第一に人間を殺しグラビティ・チェインを奪おうとするだろう。こんな状態では話し合いなど不可能だ。戦うしか道は無い」
 出現後はより多くのグラビティ・チェインを求め、吉備津神社方面へと移動するようだ。節分の神事で多くの人が集まってきている。
「中山茶臼山古墳から吉備の中山細谷川までの地点でオウガを迎撃して欲しい。中山茶臼山古墳周辺には鏡岩を始めとした岩石遺跡が多くあり、巨石周辺にオウガが現れる事が多いようだ。鏡岩とは、表面が鏡のように平板になっているのだとか。……迎撃地点は、巨石周辺にするか。或いは、敵が必ず通過する、吉備の中山細谷川の隘路の出口にするか。このどちらかとなる」
 対峙するオウガは一体で簒奪者の鎌を両手に持っている。ポジションはクラッシャー。出現した時点でグラビティ・チェインの枯渇状態の為、このまま補給できないとコギトエルゴスム化してしまう。それを避ける為に人間を殺してグラビティ・チェインを奪おうと侵攻して来るようだ。
「出現ポイントである巨石群で迎撃した場合は、周囲に一般人などもいない為、戦闘に集中できるだろう。しかし此処で戦闘した場合、グラビティ・チェインの枯渇によるコギトエルゴスム化まで20分程度かかる為、コギトエルゴスム化の前に戦闘の決着がつく可能性が非常に高い」
 そしてもう一つの迎撃ポイントに関しても説明する。
「もう一方の迎撃ポイントは、吉備の中山細谷川の隘路の出口だ。途中の経路は不明ながら、オウガは最終的にこの地点を必ず通過する。ゆえに、確実にこの地点で迎撃することができる。ただし此処は吉備津神社に近い。もしも突破されてしまうと、一般人に被害が出てしまう。十分に注意が必要だ。このポイントで迎撃した場合、戦闘開始から12分程度でグラビティ・チェインの枯渇によるコギトエルゴスム化が始まると想定されている」
 ザイフリート王子は一呼吸置いてからオウガの危険性について注意を促す。
「オウガの戦闘力は高く、常に全力で手加減など無く攻撃してくる。わざと長引かせるような作戦で戦闘を行った場合、ケルベロス側が大きく不利になってしまう」
 コギトエルゴスム化を狙うのなら、相応の作戦や戦術を練る必要があると付け加えた。
「もしもオウガを滅ぼさず対処できれば、今後良い関係を築けるかもしれない。しかし無理は禁物だ。まずは勝利することを第一に、皆無事に戻ってきてくれ」


参加者
マイ・カスタム(バランス型・e00399)
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)
館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)
七星・さくら(日溜りのキルシェ・e04235)
月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)
ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)
紗・緋華(不羇の糸・e44155)

■リプレイ

●デウスエクス・プラブータ
「うぅう、節分だからって本物の鬼さんが出てくるなんて……」
 こ、怖い。と、月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)は両の手で頭を抱え込む。
 ケルベロスたちは全員で相談の結果、オウガのコギトエルゴスム化を目標として、隘路の出口の出口で迎撃すると決定したのだった。全員ヘリオンから降下し、後はオウガと接触しすぐに戦闘に入るだろう。キープアウトテープや警察への連絡をするには残念ながら余裕が無い。舞やお神酒も土地へ捧げることはできなかった。
「オウガ達、こんなになるまでどこにいたんだろ……」
 仲間たちと共にヘリオンから降下したシル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)は、浮かんだ疑問を小さく口にする。
 張り詰めた空気は仲間たちの緊張ゆえか、それともオウガが近くにいるせいだろうか。ぴりりと肌を刺激するようなこの感じは、決して心地良いものではない。
「ラクシュミさんは、来るべき時がきたら力になってくれると、そう言ってました。本来なら戦う必要の無い相手の筈。此処は皆で何とか耐え切って、コギトエルゴスムを持ち帰りたいですね」
「……オウガか。私は会ったことないけど、女神ラクシュミはこちらに加勢もしてくれたらしいから。ケルベロスとして、地球に住む者として。借りは、返す」
 そうしなければならないとまで思うのは、紗・緋華(不羇の糸・e44155)の気質がゆえ。一旦借りだと認識したものは、返さなくては落ち着かない。
「良い鬼さんに悪いコトさせるわけにはいかないし、ライオンさんになった気分で頑張る!」
 ライオンさん……ともう一度呟いた縒の視線がある一点で止まる。その先には、筐・恭志郎(白鞘・e19690)の背中を飾っていた存在感のあるマント。他の仲間も二度見する者がちらほら。当の本人はマントの最終チェック中で、そんな視線には気付かない。恐らくその方がいいのだろう。
「全員いるね。これからオウガと戦うわけだけど、さて……此方側にあって今のオウガには無いものとは何だろう。一つはユーモアだ」
 教壇に立つ講師のように、マイ・カスタム(バランス型・e00399)が仲間たちを見渡してひとつ、問いを投げかけた。
「オウガクイズ? 何だろう。あっちは一人で、僕たちには仲間がいる」
「もちろんそれもあるね。たった一人でオウガと戦うなんて、ちょっと洒落にならない事態になる」
 館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)の答えに、マイは頷く。
「――理性」
 場を見守っていた緋華が、短く言葉を投げ返した。鋭い眼光を受け止め、いつもの調子でマイは口角を持ち上げる。
「ご名答」
「それが敵の強さでもあり、ウィークポイントともなり得るというわけか。困難は承知の上だ。勝機は必ずある」
 そんなやり取りを聞きながらヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)は目を閉じ、軽く腕を組む。問い掛けとその意味、言わんとすることは察しがついていた様子だった。そうしてもう一度目を開けた先には、七星・さくら(日溜りのキルシェ・e04235)の姿。
「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、か」
「え? ごめんなさい。今何か言った?」
「いや、……風の音でも聞こえたのだろう」
 さくらは立ち止まり耳をすませてみる。
 静かだ。
 鳥の鳴き声さえ、僅かも聞こえて来ない。
(「あの神社に鬼が攻めて来るなんて、なんだか不思議な巡り合わせね」)
 きつい戦いになりそうだとさくらは思う。
(「大好きな人と一緒に、気合入れていくわよ!」)
 ぐっと手を握ると、身体中に熱い血が力と共に巡っていくのが感じられた。

●カウントダウン
 少し進むと、それはすぐに見つかった。
 黄金の角を持つデウスエクス、オウガ。血走った目がケルベロスたちを捉えた。進行方向を塞ぐように八人が素早く散らばり陣を展開させる。先には吉備津神社があり、節分ということもあり、たくさんの参拝客がいることだろう。突破されてしまえば、神社の辺りは間違いなく地獄絵図と化す。
(「節分を間近にして、鬼人と戦うことになろうとは」)
 意識を戦いに切り替えつつヴァルカンが、ほとんど口も動かさずそう零す。
「人を襲うのを黙ってみているわけにはいかないよね……ここは、通さないからっ!」
 戦いの直前シルは殺界形成を試みるが、戦場はともかく神社に向かう人まで遠ざけることはできない。きらりと陽の光に指輪が光った。約束の、指輪が。
(「いつでも一緒だよ」)
 今此処にいなくても、心は常に。
 指輪ごと片手をそっと包み込むと、微かに身体が震えた。恐怖の為ではない、それは身を駆け巡る想いと勇気。
「うちらを倒さなきゃこの先には行けないよっ」
「そうですね。縒さんが言うように、進みたければ俺達を倒す以外ありませんよ」
 恭志郎も突破口が作られないよう、配置に気をつけて道を塞ぐ。
(「女神ラクシュミとその眷属オウガ……対話は既定路線だが」)
 互いの今後の為にも、一般人の被害は出せない。マイも戦闘準備を整え、深く息を吸い込む。こんな状況では話などできそうにない。飢えて死にそうな人間に世界平和をと訴えたところで、聞き入れられるだろうか。否。だが、理性さえあれば。まだ希望はある。
(「……次は間違えない、絶対に」)
 オウガの咆哮が空に響き、地を揺るがせた。
 此処を超えれば人間がいる。糧がある。この飢えを、渇きを癒すことができる。邪魔するものは殺す。言葉はなくとも、獣じみた眼がそう語っていた。
 最初に仕掛けたのはオウガだ。両手に持った鎌が明るい太陽の光を受けてぎらと煌めく。放たれた亡霊の群れが、前衛四人を襲った。守り手たちは防御体勢を取りダメージを軽減させる。
「……大丈夫ですよ。怖いのは、俺も一緒です」
 縒を襲った亡霊どもを恭志郎はその身で受け止め庇う。痛みもある、衝撃に息が詰まる。けれどあるべき苦痛の声は音も無く飲み込まれ、吐息にすら混じりはしない。ただ振り返り、ふわりと微笑んで見せる。広範囲に渡る攻撃だ。自分が受けたダメージの他に、盾として受けた傷もかなり響いた。
 一撃が、重い。ヴァルカンは沈黙し、じっと敵を見据えた。短く息を呑む気配を視線と共に感じるが、振り返ることはしない。己が傷付くことで、淡い桃色の眼の持ち主もきっと、辛い思いをするのだと分かっているから。せめて大丈夫だと、地を踏み締め背中で示したいと願うのだ。
「……うわぁ、これ、当たったらすごく痛そう。みんな、気をつけてね」
 凶悪な一撃の一部始終を目撃したシルが仲間に注意を促す。
(「重いなぁ……これで20分は、正直難しかったかもしれない」)
 過去の失敗がマイの心に暗く影を落とした。
「――アイレーザー照射」
 視界の中心にオウガを捉えその『目』に向けてピンポイントで赤色光線を放ち、注意と敵意を煽る。口から涎を飛ばし、目元を押さえたオウガは見る見るうちに怒りの表情へと変わっていった。次いだ恭志郎も同じく、怒りを誘う。
「――では、参ります」
 水平に構えた刀は霞構え、踏み込みからの所作は水の如く滑らかで最小限。切っ先が刻むのは死合の烙印、烙華。何方かが倒れる迄、決着を望む意思の顕れ。
 ひらりとマントが揺れた。描かれているのは華やかな獅子、またの名を――ライオン。
「動き、止めさせてもらうよっ」
 軽やかな青色が風の如く動いた。
『世界樹よ、わが手に集いて力となり、束縛の弾丸となり、撃ち抜けっ!!』
 指先に集められるのはユグドラシルの力、呼び声に応え森の精霊たちがシルに力を貸す。
「この弾丸の蔦は、簡単には抜け出せないからねっ」
 収束した魔力は弾となり打ち出され、着弾と同時に蔦や蔓となってオウガの太い腕に絡みついた。
「炎による守護、其の精髄を見よ――!」
 力強いヴァルカンの声が戦場に低く響く。
 丹田にて練った氣を息吹と共に解き放ち、紅蓮の防護壁を作り出す。それは敵を焼き尽くす炎ではなく、仲間を守り癒す守護の赤。
 一発目の攻撃はギリギリのところで避けられたが、さくらの次なる攻撃、バスタービームはオウガに直撃する。シルの援護もあって、大きなプレッシャーを与えられたようだ。
「おーにさんこーちら。てーのなるほーへ」
 自分に迫るオウガの鎌はしかし、動きが妙に鈍い。狙いも良く定まっていないようで、縒はその軌道を読みとんっと後方へ下がる。目の前の空気が切り裂かれ、大きな風圧が顔に当たった。すっと息を吸い込んだ縒は一旦攻撃の手を止め、シャウトを使って自らの傷を癒す。
 戦場の血の混じった匂いを嗅いでも、鎌が自分の身を切り裂こうが詩月の表情は僅かに歪むのみ。それさえも淡く、次の瞬間には溶けるように消えて元に戻る。マインドリングに触れて力を込め、光で出来た半透明な盾がマイの眼前へ現れ暖かい光が傷の痛みを消し去っていく。
「捧げ、委ね、砕け散るまで。陶酔に溺れよ、一刹那。『絡糸血界』」
 凛とした声が戦場に響いた。
 不器用な程真っ直ぐで曇りの無い、緋華の声。
 指先から放たれた赤き血は、細く硬く変化しつつ前衛の仲間を囲うよう張り巡らされる。血に込められしは『呪い』、傷を癒しまた衝撃を受け止める脆き盾となる。自己犠牲という自己満足なら、使い捨てには丁度良い。

●掴み取ったものは
 コギトエルゴスム化に必要な時間の、半分以上が過ぎた。
 番犬たちは八人全員がまだ自らの足で立っている。ジグザグで増えた怒りによって、ディフェンダー二人が狙われ深い傷を受けるかたちとなるがその分、他メンバーの傷は若干軽減されている。考える頭があったのならこれが番犬の仕掛けた策だということに気付いたかもしれないが、今のオウガにその力は無い。癒し手が二人でなかったら、もっと押されていたかも知れない。
「逃げる様子はないみたい……でも気をつけなきゃ」
「うん、シルちゃん。絶対に、突破させないわ」
 気付いたことは声にして共有しようと、さくらとシルが声をかけ合う。
 いつの間にか息が乱れていることに気付いた。恭志郎も唇を開きかける。が、それは言葉にならなかった。至近距離、目の前にオウガの鎌があった。見上げると不気味に見開いた瞳。死にかけの、虚ろな目はそれでも生を手放そうとしていない。何故、何故邪魔をすると声無き鬼は問う。飢えた、手負いの獣。
 打ち下ろされる刃は、忘れかけていた過去の記憶を一瞬再生させる。
「……っ、恭ちゃん!」
 縒の声が聞こえる。泣いて、いるんだろうか。
 決して油断していたわけではない。しかし死の力を乗せた鎌が、常より倍近くの威力を持って恭志郎の力を刈り取った。泣かないで。すみませんと唇が微かにそう動いた。それが、最後。
 仲間が一人倒れたことで、番犬たちの心に波が生まれる。
 各自体勢を整えようと回復を図り、立て直しの一つとしてシルは代わりにディフェンダーにポジションを変えることにした。けれど入れ替わりには確実に時間を消費するので、一分間は攻撃も回復もできない。
 怒り狂ったオウガの鎌は次にマイへと向けられる。
 今や度重なる攻撃によって身に纏った防具はひび割れ、ところどころ守りを成さないでいる。
(「覚悟はしていた、想定の範囲内。当初の予定通りの時間はこれで稼いだはず。……後は、任せた……!」)
 何処か冷静に、迫り来る刃をマイは見ていた。仲間の幾人かが声をあげる、けれど回復も間に合わない。
 『虚』の力を纏ったオウガの一撃が、残っていた力を削り取りマイを地面に倒した。
 ディフェンダー二人が倒れた後は、ヴァルカンと縒が怒りを誘い攻撃を少しでもひきつけようとする。守り手が減った今、どうするべきかと迷うもさくらもポジションを変えることにして動く。
「……厳しい。でも、あと少し」
 頬についた血を拭い、緋華が呟いた。
 意思によって光の盾を具現化させ、シンを癒すと同時に守護を与える。時間的にみて、次の攻撃がラスト。あと一撃を耐えきれば、タイムリミットとなりオウガはその力を使い尽くすはずだ。
「できれば、何とかしたいと思ってるんだ。僕もある一点では、似たようなものだから」
 詩月はこのタイミングを見逃さなかった。緋華に続いて即座に行動に移る。
「―― 式の早打ちは得意でね」
 簡易的ではあるがこの土地、この時刻に最適な構成となるよう即席で符を織り上げ、巫術士としての力を存分に発揮する。腕が石のように重いが何とか御業を召喚し、ヴァルカンを癒し守護の力を与えた。
 力が残り少ないのを悟ったのだろうか。オウガが二度目の咆哮を響かせる。殺す殺す殺す。溢れんばかりの殺意の衝動が、二本の鎌となってさくらを襲う。反射的に顔を腕で奪い、きつく目を閉じた。
 けれど、いつまでたっても何も起こらない。
「怪我は、ないか」
 耳に馴染む愛しい声が。さくらを守ったのだ。そしてまたヴァルカンも、仲間たちの思いによって生かされた。淡い盾が、役目を果たして霧散し光の粒子となって消えていく。
 12分。
 番犬たちは時間を耐え抜き、見事オウガをコギトエルゴスム化させる事に成功した。
 シルがそっと、左手を伸ばす。
「大事にするからね。ラクシュミさんと会った時に渡せるようにするよ」
 ふわりと浮いた宝石が、その手に落ちてくる。
「ふえぇ……鬼さん、怖かったよぅ……」
 兄貴分の腕をしっかりと掴んで抱き起こし、縒は本気を吐き出す。生きて、いる。
 呼吸もしっかりしており、少し休むとマイも傍で意識を取り戻した。
「恭君。お疲れ様。大丈夫?」
「はい。はは、……仲良く沈んじゃったみたいですね。でも、良かった」
 潤んだ瞳からひとしずく、落ちた縒の涙に驚き恭志郎は慌てる余り、あまり考えもせずによしよしと頭を撫でて宥める。
「皆本当にお疲れ様。節分って確かこう言うんだろう。鬼は外、福は内って」
 白い指先で眼鏡のフレームを直し、ふと思い出したように詩月が言う。
「外か。……鬼が福に化けたのかもしれないな。とにかくこれで、借りは返したと思う」
 丸い宝石を見詰め、緋華はようやく僅かな安堵を覚え息を吐き出した。
「ねえ、ヴァルカンさん。いっぱい守ってもらったご褒美に、帰ったらうんと美味しいもの作るから」
「それは……楽しみだな」
「だからね。……帰ったらもう一回、今度はちゃんと聞かせてね」
 一瞬答えに詰まるヴァルカンをさくらはくすくすと笑い、帰りましょうと手を差し出す。
 昼間の月は白く眠っているようにも見える。
 夜になったらもう一度、静かにひとり、月を見てみようと詩月は思った。コギトエルゴスムの輝きにも似た、あの星を。

作者:成瀬 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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