黄昏を血の色に染めて

作者:波多野志郎

 太陽が、西の空へと傾いている。黄昏時は近い、だからだろうか寒空の下人々の歩みは早い。吹き抜ける風に背を押されるように、行き交う人の足は止まらなかった。
 しかし、その足が強引に止められることになる。空から舞い降りる『牙』――竜のそれがアスファルトへと深々と突き刺さったのだ。
「――オマエたちの、グラビティ・チェインをヨコセ」
 四本の牙は、骸骨の兵士へと姿を変えていく。二体の竜牙兵は骨の剣を、二体の竜牙兵は骨の鎌を――それぞれを構えて、逃げ惑う人々に襲い掛かって言った。
「ササゲよ、ゾウオとキョゼツ! タソガレをアカくソめあげよ!」
 刃が、無造作に命を刈り取っていく。失われいく命に、慈悲はない――ただ、虐殺を続ける竜牙兵の笑い声と悲鳴だけがそこにはあった……。

「市街地に竜牙兵が現れ、人々を殺戮されることが予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、深呼吸を一つ。表情を厳しいものにして、言葉を続けた。
「竜牙兵が出現する前に避難勧告すれば、竜牙兵は他の場所に出現してしまいます。こうなれば、被害はより大きくなってしまいます」
 だから、事前に人々を逃がしておくことはできない。避難誘導そのものは警察などに任せられるが、そのためにしっかりと竜牙兵達を抑える必要があるのだ。
「竜牙兵は四体です。二体が骨の鎌を、二体が骨の剣を――それぞれ、簒奪者の鎌とゾディアックソードのグラビティを使用してきます」
 個々がこちらの一人よりも強い敵、ましてや複数だ。数で勝っていても、力で押し切られる可能性は高い。
「不幸中の幸い、向こうは連携してきません。そこに付け入る余地があります」
 戦術次第で、戦況を有利にできるはずだ。数の利、連携、それがこちらの大きな武器になるだろう。
「場所は市街地です。戦う分には、十分に広さがあります。人に命でなければ、ヒールで修復できますから全力で戦ってください」
 道路や歩道に、そこそこ障害物はあるが戦う分には問題ない。まずは、人命第一に動いてほしい。
「犠牲が出るか出ないかの瀬戸際です。向こうは最後まで戦う事を選びます、こちらも徹底抗戦になりますから覚悟を決めて挑んでください」


参加者
ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)
篁・悠(暁光の騎士・e00141)
アルフレッド・バークリー(死に損ないのスケープゴート・e00148)
ドールィ・ガモウ(焦脚の業・e03847)
志穂崎・藍(蒼穹の巫女・e11953)
神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)
ザフィリア・ランヴォイア(慄然たる蒼玉・e24400)
ミュゼット・シラー(ヴィラネル・e45827)

■リプレイ


 太陽が、西の空へと傾いている。黄昏時は近い、だからだろうか寒空の下人々の歩みは早い。吹き抜ける風に背を押されるように、行き交う人の足は止まらなかった。
 しかし、その足が強引に止められることになる。空から舞い降りる『牙』――竜のそれがアスファルトへと深々と突き刺さったのだ。
「――オマエたちの、グラビティ・チェインをヨコセ」
 四本の牙は、骸骨の兵士へと姿を変えていく。二体の竜牙兵は骨の剣を、二体の竜牙兵は骨の鎌を――それぞれを構えた、その瞬間だ。
「待ていッ!!」
 高らかな制止の声に、竜牙兵達が見上げる。空から舞い降りたのは、アルティメットモード起動済の篁・悠(暁光の騎士・e00141)だ。
「轡を並べる悪鬼達よ、その仁なき刃で何かを成せると思うな。過信から生まれる過ぎたる欲望は、ただただ身を滅ぼすのみなのだ……人それを「猿猴取月」という!」
「ダレだ!?」
「人々の平穏な時間。それを血で染めようなんて許せるはずがありません。竜の牙より生まれし傀儡どもよ、ボクたちケルベロスが相手です」
 逃げ惑う人々の中から現れ、アルフレッド・バークリー(死に損ないのスケープゴート・e00148)がそう真っ直ぐに言い放つ。竜牙兵達が気付けば、周囲には既にケルベロス達が集っていた。
「悪逆非道の行いもそこまでにゃ。志穂崎藍参る」
「黄昏の彩は、そこを行き交う人々の数だけ存在します。それを勝手に朱に染めないで貰えますかね?」
 志穂崎・藍(蒼穹の巫女・e11953)が高いところ着地し言い放ち、ザフィリア・ランヴォイア(慄然たる蒼玉・e24400)が人々を背に竜牙兵と対峙する。
「そちらはお願いしますね」
「お任せください」
 ミュゼット・シラー(ヴィラネル・e45827)の言葉を受けて、人々の誘導を開始していた警官が首肯する。少なくとも、ケルベロス達が間に入った事で失われずにすんだ命は多い。
「……一般人を襲撃するデウスエクスの事件は、常に絶え間ないな。我らの仕事も日々続くと云うものだ。ひとつひとつ、少しずつでも解決していかねばなるまい」
 これはその大事な一歩だと、ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)は気怠げに呟く。
「誰そ彼ーー黄昏時に招かれざる客か。空の茜は好きだが、血の赤の匂いは胸糞わりぃ」
「フン、マネかれざるキャクはおタガいサマだ――」
 神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)の敵意に、竜牙兵も敵意を返す。ジリジリ、と互いの戦意が拮抗する――それをあえて崩すように、ドールィ・ガモウ(焦脚の業・e03847)が言い捨てる。
「とっととかかって来い、ぶっ潰してやるからよ」
 直後、その言葉を合図に双方が地面を蹴った。


 蠍と獅子のオーラが、亡霊の群れが、ケルベロス達へと襲い掛かる。鈍い爆破音が鳴り響く中、ミュゼットがタタンと舞い踊り仲間達を癒やす花びらのオーラを降らせた。
「みんな、気をつけて!」
 ウイングキャットのエクローグも清浄の翼で風を起こし、ミュゼットのフローレスフラワーズを鮮やかに舞わせる。その中で、悠が神雷剣を地面に突き立てた。
「ピスケスよ輝け! 勇者の戦いに勝利を!」
 カッ! と悠の背に双魚宮の紋章が描かれ、光る。その光と花びらを背に、ドールィが地面を蹴った。
「悪ィな」
 回復に礼を告げ、ドールィは加速を得る。指ぬきグローブに包まれた拳に炎を宿し、骨の剣を持つ竜牙兵を全力で殴打した。竜牙兵はそれを剣で受け止めるが――ドールィは構わない。強引に拳を振り抜き、剣を弾いた。
「やれ!」
「背中は任せたぜ?」
 ドールィの言葉に応え、雅が竜骨から鍛えた超重量の大鎚を振りかぶって駆ける。ゴォ! とドラゴニック・パワーを噴射、その加速を乗せて雅は竜骨鎚・九罪を振るった。
「さあ、吼えろーー『九罪』!」
 竜の咆哮のごとき打撃音と共に、竜牙兵が宙を舞う。そこへ、ディディエが右手をかざした。
「……火力には自信が有るのでな」
 音もなく現れたのは、竜の幻影だ。ディディエのドラゴニックミラージュを受けて、竜牙兵の一体が地面へと叩き付けられた。
「ガハ――!?」
「ふんっ! にゃ」
 タイミングを合わせ、ダン! と藍が地面を踏みしめる。裂帛の気合を重力震動波に変換、竜牙兵達へと炸裂させた。
「これだけ攻撃を重ねても、まだ動きますか」
 小型治療無人機の群れを操作しながら、アルフレッドは立ち上がる竜牙兵に呟く。一撃一撃が致命傷にならないよう、防御を重ねていた事を見抜いたのだ。
「簡単に倒させてはくれないようですね」
 己に破壊のルーンを刻み、ザフィリアは武器を構える。竜牙兵達も武器を構えなおして、かんらと骨を鳴らして前に出た。
「ケルベロスどもめ――キサマらのゾウオとキョゼツをイタダく!!」
「させるとでも?」
 アルフレッドの返答に、竜牙兵達は言葉ではなく行動で返す。すなわち、全力の攻撃を持って力尽くで成し遂げる、と。
 それをケルベロス達は、真っ向から迎え撃った。


 人々の避難は終わり、そこに残されるのは戦う者だけだった。だからこそ、その戦いを見るものも、傾きいく太陽だけだった。
 ギィン! と夕暮れの中、火花が散る。竜葬の大鎌・朔日――竜骨を削った冷気纏う刃の大鎌が、竜牙兵の剣と激突を繰り返した。互いに一歩も引かない斬撃の応酬、その刹那、雅は鎌から手を離した。
「ッ!?」
「ディディエ!」
 ガキン! と大鎌が宙を舞った瞬間、雅が鉤爪を硬化させて竜牙兵の骨を砕く! 雅の呼びかけに、ディディエは小さくため息をこぼした。
「……人使いの荒い」
 即座に反応したディディエが放った横薙ぎのルーンディバイドが、竜牙兵を吹き飛ばす。ヒュン、と雅は何事もなかったように落下してきた竜葬の大鎌・朔日を受け止めた。
「ドールィ、やれ!」
「おゥ!!」
 ガン! と他の竜牙兵の鎌を弾いたドールィが、背中向きのまま答える。振り向くことなく、太陽が作る長く伸びた影から吹き飛んでくる竜牙兵の位置を察し――。
「歯ァ喰いしばれェ!!」
 ドラゴンサマーソルト、その変形の一撃。跳躍からのバク宙。その出だしではなく着地の瞬間に、地獄の炎をまとう足で竜牙兵をアスファルトごと、粉々に踏み砕いた。
「オノレ!!」
 竜牙兵が、剣を上段に構えて踏み込む。ガチャリ、と構える剣が夕暮れに染まる。ヴィン! と刀身に星座の重力を宿した剣を、渾身を込めて振り下ろた。
「させません!」
 その斬撃を回り込んだアルフレッドが受け止め、ガシャガシャガシャ! とアームドフォートを展開――零距離で、全砲門を叩き込んだ。零距離のフォートレスキャノンが、ことごとく命中。たまらず竜牙兵が後退、そこへザフィリアが電撃をまとわせたゲシュタルトグレイブを構えて突撃する。
「グ、ヌ……!」
 ガガガガガガガガガガガガガガ! と竜牙兵の足が火花を散らして、ザフィリアに押されて行く。その先に待ち構えていたのは、藍だ。
「お願いします!」
「お任せにゃ!」
 ザフィリアが寸前で、急ブレーキ。吹き飛ばされて来た竜牙兵を、藍は後ろ回し蹴りで迎撃した。鋭い蹴りは背骨を蹴り飛ばし、そのまま竜牙兵を地面を転がす。ガキン! とアスファルトに剣先を突き立て、竜牙兵は強引に止まった。
「有象無象の竜牙兵なんか怖くないニャ」
「ヌかせ!」
 二体の骨の鎌を構えた竜牙兵達が、レギオンファントムによって亡者の軍勢を疾走させる。オオオオオオオオオオオオオオオオオオ! と地響きを立てて襲ってくる亡者達に前衛が飲み込まれ、しかし、エクローグが羽ばたきで邪気を祓っていく。
「本当に面倒だね!」
「みんな、大丈夫?」
 悠のスターサンクチュアリが、ミュゼットのフローレスフラワーズが、仲間達の傷を癒していった。一撃一撃の返しが重い、だからこそ竜牙兵達を押し切れないでいた。
「それでもこっちが有利なのは変わらないわ、頑張りましょう」
「みんな、負けるなー!」
 殊更明るくミュゼットが、悠が応援する。自分達が攻撃に加わる隙がないのだ、それほど竜牙兵の反撃が苛烈なのだ。
「……中々に、血が逸る」
 地を這うような声で、ディディエが吐き捨てる。これは一種の我慢比べなのだ、互いに相手を落とそうと全力を尽くし、相手の速度に振り落とされれば負ける――チキンレースに似ている。
 一進一退、だからこそ先に一体落とせた事の意味は多い。わずかな天秤の傾きが、戦況を大きく左右するのだから。やがて、この差はもう一体の竜牙兵の撃破によって明確なものとなる。
 時間が、戦況と太陽を傾かせて行く。激突を繰り返す双方共に、損傷は大きかった。しかし、誰一人としてその動きを止めようというものはいなかった。
「カアアアアアアアアアアアアアア!!」
 ダン! と地面を蹴って、横回転の遠心力を利用した竜牙兵の虚ろの刃の一閃――それをドールィが迎え撃つ。自身の胴を両断しようという骨の鎌を、ドールィは膝蹴りの一撃で蹴り上げたのだ。
「ガ――!?」
「っおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 そして、ドールィは硬化させた爪先で大きく蹴り上げる。竜爪撃に蹴り上げられ、竜牙兵の喉笛に炎の狼が駆け込んだ。
「祈りは焔に、慟哭は牙に。我従えしは炎神の僕――さぁ、灰燼と化せ」
 燃え盛る紅蓮の焔――狼の形をした焔が、竜牙兵を飲み込む。雅の炎神の篝火(ウルカヌスノカガリビ)だ。まさに貪り喰らう炎だ、炎の狼は命あるものかのごとく、竜牙兵に喰らいついて疾走する。その先で待ち構えていたのは、ディディエと悠だ。
「……失せろ」
「炎凰招来! ジャスティーンよ、不死鳥を纏い天を駆けよ!! ジャスティィィィィンッ!ダイブッ!!」
『もきゅきゅーッ!!』
 静と動、古い伝承に残る告死の妖精と高速回転して氷嵐の嵐を引き起こしたジャスティーンの合わせ技が、竜牙兵を捉えた。炎と氷が爆発を巻き起こし、告死の妖精の魔力の波紋がその衝撃を撒き散らす!
「成敗!」
『きゅきゅッ!』
 悠とジャスティーンがポーズを決めた瞬間、ゴォ! と爆発が起きて竜牙兵が粉微塵に粉砕される。それを見て、最後の竜牙兵が動いた。
「ケルベロスゥ!!」
 怨嗟と拒絶の念と共に、竜牙兵が駆ける。ギギギギギギギギギギン! とアスファルトを鎌の切っ先が引きずり、火花の道を描いた。加速を込めた鎌の一撃を、藍が阻む。
「呪われし槍よ、敵を射殺せ」
 藍の瞳が蒼穹の色に輝き、視線の槍となる! ゴォ! と左腕が、見えざる槍に穿たれ消し飛んだ。竜牙兵が、思わず体勢を崩した――その隙を、決してミュゼットが見逃さない。
「エクロ!」
 ミュゼットの声に、エクローグが尾のリングを投擲。紙一重で竜牙兵は骨の鎌で受け止めるが、その瞬間にミュゼットのゲシュタルトグレイブによる稲妻突きが貫いた。
「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 それでも、なお竜牙兵はもがき足掻く。己の役目を果たすそのためだけに――その妄執を前に、ミュゼットが言う。
「お願い!」
 その願いを叶えるために、ザフィリアとアルフレッドが動いた。
「志半ばで斃れし想念よ、残影となりて今一度その力を此処に示せ。汝に代わりて潰えし想いを果たさん。今、我と共に!」
「おまえたちは微塵に砕く! 死後の眠りすら与えません! 永劫の虚無へとただ消えろ」
 ザフィリアがヴァルキュリアの幻影と共に三方向から迫り、アルフレッドが竜の幻影を持って――竜牙兵を、粉々に粉砕した。


 ――戦いが終わったころ、夕暮れの太陽が沈もうとしていた。
「黄昏の後には禍時が待つ。何が来ようが、手に届く範囲のものは護りたいもんだ」
「ああ、違いねェ」
 夕日に目を細める雅に、ドールィもうなずく。この夕日が血で染められず、素直に美しいと思えることこそ、最高の報酬だろう。
「ドラゴンめ……未だ時間稼ぎを続けるか……」
 悠の呟きに、アルフレッドが朱の空を見上げる。
「竜牙竜星雨。一体どんな竜が放っているものか。いつかは竜十字島に再び乗り込まないといけませんね」
 それは、いつのことになるだろう? 少なくとも、一朝一夕で行なえる事ではないはずだ。
 まだまだ、終わりの見えない戦いだ。だが、決して無駄な戦いではない。竜の牙一本を砕く、その小さな積み重ねこそが未来の勝利を呼び込むのだ、とケルベロス達は信じて明日も戦うのだ……。

作者:波多野志郎 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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