オウガ遭遇戦~至る路

作者:ヒサ

 その日、巨石の点在する山中に金の角を持つひとがた達が現れた。
 ある岩のもとに出でたデウスエクス・プラブータ──オウガの一体は、寂れた山中の景色を見遣り掠れた息を吐く。
「──ァ、……」
 人の感覚で量れば、青年と呼ぶには未だ若過ぎる男の姿をした彼が発した声は言葉ならぬもの。堪え難い飢餓感に依る苦痛は、欲を吐く事以上を彼に赦さない。
 その目に同族の姿すらも映らぬ静かな山の中。彼は独りきりで其処に居たが、それでも判る事があった。この山を抜ければグラビティ・チェインを、己の飢えを満たし得る餌を得られるであろう事。今、摩り切れた彼の意識が捉えるのはその感覚だけで、彼の身を動かし得るのはゆえの殺意だけ。
 彼は人の集まる場所を目指す。行く手を遮る木々を手にした棍で打ち払い彼が駆け抜けたその跡は、嵐の後のように荒れて行った。

 幾名かのケルベロスらによる調査の結果、オウガの動きを予知出来たのだと篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)は言った。岡山県の中山茶臼山古墳周辺に何体ものオウガが出現し、飢餓状態にある彼らは人を襲いグラビティ・チェインを得ようとするのだという。
「彼らは吉備津神社の方へ移動するようよ。節分の日だから、神社には沢山の人が居るわ。なのであなた達には、ひとが殺されてしまう前に、オウガ達を止めて貰いたいの」
 各チーム一体ずつオウガを受け持ち対処にあたって欲しい旨と、眼前のケルベロス達へ託す標的の特徴を彼女は伝えた。それからスマートフォンを操作し、敵の出現地点を表示する。
「ここで、彼が現れたところへ戦いを仕掛けるのが確実だとは思うけれど」
 人気の無い山の中であれば、戦いを妨げるものは無い。だが、飢餓状態にあれどオウガは強敵だ。一拍置いて仁那は提示した画面の表示を動かし、件の神社へ至る手前、細谷川の辺りで止めた。
「この辺りまで移動するのを待って、ある程度弱った所を狙う事も、出来なくはないわ」
 ヘリオライダーが示したのは、神社方面へ移動する中でオウガが確実に通過する事が判っている唯一の地点。そこへ至る直前は細道、過たず迎撃出来ようが、神社に近い位置である為、ここで突破を許してしまえば一般人に被害が出る事は避けられない。どちらを選ぶかはケルベロス達に決めて貰いたい、と彼女は言った。

 やがて、話を咀嚼し終えたケルベロスの一人が口を開き問うた。曰く、共闘し得る相手であった女神ラクシュミの事もある為、彼女の同胞であるオウガ達を殺害する以外の決着は望めないものかと。受けてヘリオライダーは考え込むよう、あるいは迷うよう視線を微かに揺らした後、遭遇するオウガと理性的に話し合う事はまず無理だろうと呟いて。
「もしも、突破されず、オウガを殺さず、あなた達が粘って戦いを長引かせる事が、出来れば。元々グラビティ・チェインが足りない相手だもの、力尽きてコギトエルゴスムになる事も、あるかもしれないわ」
 危険だと、仁那は薦め難い様子ではあったが。ケルベロス達がそれを望むのであればとばかり、彼らを見つめた。
 ──ケルベロス達がそれを望み、目指すのならば。オウガの出現直後に襲撃するのであれば、彼が飢えきりコギトエルゴスムとなるまでに稼ぐべき時間は二十分ほど。飢えを満たす為に障害の排除に全力を尽くさんとする敵の戦闘力とそれに伴う此方の消耗を考えれば、無謀と言うほか無い時間。
 川付近で迎撃する場合も、十二分ほどが必要となろう。不可能とは言わずとも、こちらもまた決して容易くは無く。逃さぬ工夫なり隙の無い戦術なりを用意して貰わねば、死傷者が出かねない。

 方針や作戦はケルベロス達の判断に頼らせて欲しいと今一度ヘリオライダーは口にした。
 オウガを殺害せず済ませる事が出来たとすれば、いずれラクシュミと対話等を試みる際に有利にはたらく事も期待出来ようが。まずは今脅かされる人命を最優先に考えて貰う事が望ましい──そうで無くては、強敵を相手取る以上、ケルベロス達もただでは済まない。
「あなた達も、神社に居るひと達も、無事に済ませて貰えるとわたしは嬉しいわ。あなた達ならば大丈夫だとは、思うけれど……どうか気をつけて」


参加者
シルク・アディエスト(巡る命・e00636)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
罪咎・憂女(憂う者・e03355)
二藤・樹(不動の仕事人・e03613)
神宮時・あお(壊レタ世界ノ詩・e04014)
ククロイ・ファー(ドクターデストロイ・e06955)
ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)
グレッグ・ロックハート(泡沫夢幻・e23784)

■リプレイ


「本当にすまん」
 明瞭に謝罪を告げて後、ククロイ・ファー(ドクターデストロイ・e06955)は鴉を思わせる仮面を被った。オウガが不服に思う事全て、後に聴く機会を得られたら良いと願う。
「今のあなたには、仮初めの死を」
 囁くシルク・アディエスト(巡る命・e00636)の武装が雷を纏う。ケルベロス達の戦意に呼応するよう、オウガは敵意に低く唸った。
 彼が動くより先にと距離を詰めたグレッグ・ロックハート(泡沫夢幻・e23784)が白銀の弧を描き蹴りを見舞う。不意を突いたがゆえに捉え得たと見て、為し手は眉をひそめた。その憂いを裏付ける如く、続く攻防は波を示す。
(「いつか本来の彼と手合わせ出来れば」)
 理性を失いなお、との驚嘆と共に夢を見て。先駆けた仲間が彼の注意を惹く間に罪咎・憂女(憂う者・e03355)は竜眼の呪力で敵を冒した。
「粒子展開ッ!」
 先んじて爪を研ぐその前方、盾役達へ向け敵が棍を振るう。出でた風刃が辺りを薙ぎ、身を斬る苦痛に洩れる吐息は二つ色濃く。
「ご無事ですか?」
「とは、言い辛いけど。まだ大丈夫よ、ありがとう」
「私達以外は……大事ないか」
「次があったらオレら使って」
 盾役達は各々、得手や備えが違う。適材適所だとキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)は口の端を上げる。障害を迅速に排除する為だろう、攻撃、それも火力偏重の戦い方を見せる相手に無理は禁物と、既に誰もが理解していた。
 ゆえ、ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)が護りのドローンを御した。そうせず切り込めばあるいは自身の活路を早々に拓く事も出来たろうが、己だけでは無為と彼女は共に戦う者達を想う。
 軽やかに指示を入力する二藤・樹(不動の仕事人・e03613)の手に依りオウガの間近に爆発が生じた。が、相手が発した気がその殺傷力を減じた。あー、と息が零れ。
「ごめん、三分の二超え程度じゃやっぱなかなか」
 彼らの眼には正しく、かの敵が決して容易い相手では無いと視えていた為に、仲間内に広がるのは主に共感。
 ただ、決して届き得ぬ相手でも無く。
「隙を突ければって感じだけど」
 問題は、それだけの余裕が今は無いに等しい事。未だ状況を整えるのに誰もが手一杯。
 だが。
「隙が無いなら、作ろう」
 神宮時・あお(壊レタ世界ノ詩・e04014)が振るった星辰の加護を纏いグレッグは口を開いた。無茶を通すならば被害が軽いうちにしか、とも、皆が知っていた。
「では、援護はこちらで」
「フォローは引き受ける、頼んだぜ!」
 その声に背を押されるようにして、動ける者達が駆けた。知覚を強める銀の色が二つ、追い掛ける。放つ技は確実に当てる為のものでもある。ゆえに此度は決して過たず。鋭く切り込み、雷は轟音を伴い、圧したところを畳み掛ける。その間に仕込みを終えた不可視の爆薬が標的の体を捉えて刻む。例えば、動ける機会を敢えて遅らせる、等と小細工を試みる余裕は元より無いけれど、想い合い助け合う彼らだからこそこの時は、今望み得る理想に近い動きが叶った。
「っ! 全員退がれ!」
 だが脅威は未だ健在。ククロイが叫ぶと同時にあおが護りの盾を織る。それら警告は、血を零しながらも踏み込む敵の動きを皆へ報せ、即座に動けぬ者達に危機感を抱かせた。
 標的を狙い振るわれる棍の質量。避けきれぬと見て身構えた樹の前へ寸前で割り込み得たキソラが、その衝撃を受けて重い音を響かせた。
「ヘーキ?」
「そりゃもう」
「そ」
 笑うだけの余裕は未だあったものの、間に合わねばただでは済まなかったであろう威力。
(「ヤッパ危なそな相手から潰しに来るよネ」)
 先の此方の連携の手応えのほどが推測出来た。であればやはり敵を自由には動かしてやれない、せめて攻撃の精度くらいは急いで下げねばと、彼らは改めて気を引き締める。それは備えにおける判断にも関わる重要事項。魔葉を御し癒しを紡ぐシルクもまた、悩む。仲間達と分担して過剰を避けたいとは思えど、全てが上手く回らぬ事とてあると思えば安全策を採らざるを得ない。
 敵の攻撃を凌ぎ、護りを固め、少しずつ前へ進める。そうして徐々に攻勢へ。グレッグの蹴りが、強い衝撃で以て敵を打ち据える。標的の挙動そのものを封じる策はこれまで、疎かにせざるを得なかった。だが、皆で敵の反応を少しずつ鈍らせて行ってようやく、手を届かせた。
「もう、少し」
「ン」
 疲労に乱れ始めた息が乞う意を解してキソラが、敵をより捉え易くすべく銀光を操る。だが前衛はそれで良くとも中後衛への手助けは攻撃で以て調えるのがより確実と、刻み抉る技の使い手達──より確実にそれを成し得る者達へと、彼は依頼の声を飛ばした。
 応じてまず憂女が短刀を抜いた。敵の警戒を散らす為にヒメが援護に動く。追ってシルクが隙を突くよう、実弾と雷を撃ち放ちかの牙を手折りに。
 そうした連携を厭うてか敵の攻撃は再度広範囲を薙ぎ払いに来たが、初めのそれに比べれば危険の度合いは低いもの。ヒメなどは白の衣裳に宿る護りの力を用い、辛々とはいえ迫る苦痛から逃れ得た。
「待ってろ、今すぐ──頼むぜ、ドローンちゃん!」
 とはいえ盾役達の身に積もり行く疲労は楽観を許さない。皆の様子に目を配ったククロイが急ぎ治癒を為し、あおは欠けつつあった護りを補う為に祈りを紡いだ。


 その後ケルベロス達は、相手の傷を増やし深める事を主軸に動く事が出来た。声を掛け合い補い合い、敵の動きを読む術をも見出して行き、徐々になれど治癒の加減を合わせる事も叶いつつあった。敵の戦法ゆえに、広げた加護を維持する事もさほど難しくは無く。
 ただ、不測の事態を避け得るとは言えぬまま、稼ぐ時間と共に彼らの疲労が嵩んで行った。
 綱渡りに似た状況の中、とうとうヒメが膝をついた。護りたいと願う想いと、護らねばと務めを担う冷静さが交ざり力を尽くした末、負傷に耐えきれず。未だ役目を終え得ず中衛に留まる樹を護れた事に少女は安堵して、ごめんなさいね、と微笑んだ。
 長引けば危うい事など最初から知っていた。けれどそうする事をこそケルベロス達は望んでいて。各々の消耗を彼らは改めて確かめて、ならばと噛み締める。負けられないのだと。勝ちに来たのでは無く、敵を屠りに来たのでは無く──元より眼前の相手は正しく『敵』とは未だ呼び得ぬと、彼らは選んでいた。
 かつて、望まず敵対行動を取っていた者達を、他の路を選べず死へ走った者達を、知っているからこそ。此度の事は、オウガ達がしている事は、『違う』のではと。
(「なら、誰のせいだろね」)
(「可能性があるならば」)
 今は『その時』では無いと、彼らは思う。叶うのならば手を伸ばしたいと望んだ。この苦しみを超えた未来に答えを得られる筈と。
「憂女さん、も一回斬って来て貰って良い?」
 携える画面に表示した大量の数字を見遣りながらの依頼の声は、それの操作音と交じる。同じ事を考え、推量を多分に交えつつも彼が算出した各種確率を信じ、彼女は応えて駆けた。
 重ねに重ねた呪詛が此方の有利と働く様を、しかと目に映し得るまでにはもう暫く掛かるだろうと樹は見立てた。それでも辿って来た道を思えば、あと少しではあって、
「っ! ……ご無事、ですか」
「ああ、感謝する」
 護った仲間を案じる問いを再度口にしたシルクが頽れる様に、けれど足りないと焦る。敵への有効打をより確実に与え得る剣士を倒れさせるわけには行かぬと、少女自身は冷静に判断した上での献身ではあったが。抑えた綻びはそれでも、零には出来ない。
 だが。無謀を承知で成し通したいと、心だけは未だ折れずに彼らは突き進む。殺意で以て臨んだならば既に終え得たであろう戦いをしかし引き延ばす。
(「解っては、下さらなく、とも……お助けしたい、と、……お二方の、分も」)
 仲間が傷つく事に憂えながらも、護られる立場のあおは必死に治癒を続ける。早く時が過ぎれば良い。既にオウガとて疲労を見せていた。飢餓ゆえか負傷ゆえかを判別し難い事が難点で、万一が無いようにとグレッグが敵へと護りの盾を結んだ。届いた様子である事に彼はほっとして、駄目押しとばかり樹の連鎖爆破がもう一巡。
 数える時が十分を超えて、そろそろ、と彼らは視線を交わす。検証用のデータは絶対的に足りなくて、各人の経験頼りではあったけれど、敵の脅威度は可能な限りに減じ得たのではと判断し、中衛が前へ。待てる限界に近付きつつもあって、決して油断は出来ない状況なれど、瓦解には未だ。なお残る不安要素は、互いに補い合う覚悟は皆最初から出来ている。キソラが敵の注意を惹くべく距離を詰め、ククロイがその援護に医術を為し、過渡を乗り越えた。護りをより厚く、敵の様子を観察する。
「簡単にはやらせねえ、任せとけッ!」
(「お守り、したい、です……皆様が、して下さる、ように」)
 凌ぐ間に癒し手が治癒を重ね、許される限りに万全にと力を尽くす。比較的平穏に、二分を保たせた。
 乱れたのはその後。骨を砕く如き音を伴い、強打から仲間を護ったキソラが歯を食い縛る。
(「耐えろ」)
 未だだと己を叱咤する。眼前の相手にも届けば良い。望む終わりまでの路は遠く、だが着実に近付いているから。終わりの先に連なる続きがある筈と、頽れる事を拒んだ。
 しかし負荷は確実に彼の体を蝕んで、長くは保たない。それでも諦めたくはないからと、痛みの中で青年は、仲間へと託した。
 オウガの棍が空を裂き、術弾が飛ぶ。幾度か見たその攻撃に、憂女が身を晒した。獲物を正しく撃ち抜かんとする暴力へ正面から向き合い、癒し手を護る。その背後であおが目を瞠ったのは、眼前の細い肩、そこから繋がる腕も胸もが灼けついて力を失くしたから。震えた少女は治癒をと動いたが、それは未だ立ち得ている者へと憂女自身が止める。過ぎる苦痛に重く、彼女の体が傾いだ。
 包囲の密度は減じ、残る者達が危惧を抱く。それは杞憂などでは無く、先の勢いそのままにオウガはケルベロス達を蹴散らさんと迫る。
 決して諦めたくはない。けれど。ケルベロス達は突破を警戒していたが、最早、それが起こり得る状況に至った事そのものが致命的。障害とはなり得ない倒れた者達を彼が構う筈も無く。
「阻、んで……!」
 勝つだけなら、彼らには決して難しくは無かった。此は命を脅かす危機とは言い難い。しかし看過は出来ないと、動く事を拒む傷ついた体に鞭打って憂女が声をあげた。厳しい色をしたそれは、最悪彼を殺してでも、との決断。彼を諦めたくなくて力を尽くした、それでも、彼女達は選択を迫られた時、護るべき無力な人を損なう道を選べない。
(「あなたはこんな……いや、これ以上の苦痛に堪えていたのだろうな」)
 血を吐く如き言の痛みに彼女が堪え得たのは、尊い、眩しい、哀しい、先を往く人が残した想い出ゆえ。
 相手を慮って心を砕いて、それでも、それだけでは、掴み得ぬものもある。今在るもの達だけは取り零さず済む道が残されていた事は幸いだろう。
 かの人を追うに似た、理想と現実の狭間に在る苦しさに、憂女は目を伏せた。


 残り五分弱、戦いの中にあっては長過ぎる時間を耐えきれぬ事に歯噛みした。
 オウガの足を止められればとククロイが前面に回り込む。無茶は承知と彼は、晒した顔で、瞳で、真っ直ぐに相手を見据えた。
「苦しいのは解ってるつもりだ、けど人を殺させるわけにゃ行かないし、俺もお前さんを殺したくない」
 此度彼の手は、殺す為の術を持たない。言葉を解す余力など相手には無いと解っていて、それでも真摯に向き合った。医師の手はただただ仲間を癒し、嘆く代わりにきつく口を結ぶ。オウガから放たれる力は、眼前の障害を除く為にだけあったから。
 術の護りごと身を砕かれて、ククロイは呻く声を噛み殺す。相手はもっと辛い筈と。時間にして一分弱では未だ不足、それでも喰らいついて、四肢が力を失うまでを彼は耐えた。
 虚を衝くよう蹴りを放ったグレッグは間近で反撃に遭い息を詰めた。残る二人が無事である事には安堵したが、辛い役目を託してしまうと。深手に喘ぐ体に多くを語る余裕は無く、頼む、とだけを。
 迷う時間も選ぶ自由も最早無い。彼を此の手に救えないなら、せめて。
「ごめん」
 悔いるよう、樹が零す。だけど許さなくて良い、とも思えど、今許し難いのは己だと、波立つ思いを胸中に抑え込んだ。『また』など嫌だと、動きたがらぬ手をきつく握った。
「…………、……」
 呼吸を継ぐに似てあおが口を開くが、音は紡がれない。
(「……ボクが、何を言える、の、でしょう」)
 ただ唇だけが先走って望んだと、彼女は己を戒める。そうして何も、涙すら、少女は贈れないでいた。今はすべき事をするほか無いのだと、胸は冷え行く。
 爆発が標的の背を捉えた。衝撃に足を縺れさせたオウガへ小柄な体が迫り、足技を。間近で少女が見た相手の顔は、ただ苦痛に歪む。
 長い時間を耐えた事で、ケルベロス達と同様にオウガもまた限界が迫っていた。ゆえに彼は速やかに、命の色を失くして行く。
 まずは皆の手当をと、言葉少なに二人は踵を返す。ほどなく助け起こされ収束の報告を聞いたグレッグは、空色の瞳を物言いたげに揺らした。
 躊躇って、けれど見過ごせないと、ぎこちなく伸びた大きな手が、あおの頭をそうっと撫でる──色の無い金の瞳が、白い頬が、今にも息する事を止めてしまいそうに見えたから。掌を受けて戸惑い瞬く幼さに、彼はひどく安堵した。
 樹の手を借り身を起こしたククロイは、抱く感情を逃がすように深く一つ息を吐き。
「お疲れさん。ありがとうな」
 最期を看取った二人こそが一番辛い筈と、目に見えては取り乱さぬ彼らを労う言葉だけを口にした。ややの後に顛末を聞いたヒメやシルクも、静かに頷き目を伏せた。
 届かなかったと悔やみながら、それでもかのオウガに罪無き人を殺させずには済んで。彼の誇りくらいは護れたろうかと、グレッグは思う。最善では無くとも、とあおは看取った彼の為に祈った。
 対して樹は、誇りくらいしか護ってやれなかったと視線を落とす。記憶の中の目標に、少しは追いつけたろうかと憂女は複雑な思いを抱えた──こんな形で、との葛藤は、無いと言ったら嘘になろう。
 ただ、誰一人欠ける事無く、共に歩んだ全員で、この結末に向き合えたその事には、きっと意義がある。周囲の自然へ治癒の力を向けながらキソラは、その癒え行く様を見つめていた。
「……無駄にはせんぜよ」
 ククロイが呟く。ヒメが声を追って目を向けた。
「そうね。次が許されるなら、その時は」
 『また』はもう無くて良いのだと、頷く。治癒を手伝いながらシルクはそっと囁いた。
(「草木が命を継ぐように……命の巡りを経て、いつか争う必要の無い形であなたと逢える時が来ると良いですね」)

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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