オウガ遭遇戦~鬼神闊歩

作者:澤見夜行

●鬼神降臨
 岡山県山中。人の居ないその場所は、ただ静謐を湛えた巨大な石が鎮座しているだけだった。
 動植物が生命の鼓動を響かせながら、静かに生を謳歌する。
 そんな平和の象徴たる場所に、突如男が現れる。
 外見は人間と変わりは無い。しかし決定的に違う差異がその男にはあった。
 頭部や背中に『黄金の角』を生やし、筋骨隆々なその身体は人にあらず――コードネーム『デウスエクス・プラブータ』。鬼神と呼ばれるデウスエクスに他ならない。
 鬼神は大きく口を開く。
 それは自らの活動に必要なエネルギーが枯渇し、求めるときの代償行為だ。
 身体を十全に動かすためのエネルギーが足らない。大きく口を開け――求める、求める――!
 今鬼神の目には何も映らない、耳には何も聞こえない。ただグラビティ・チェインを補給し自らの存在を確かな物にすることだけだ。
 大きく右手を振るうと、金棒が生み出される。それを一息に振るった。
 鎮座しその場所を守護するようにあった巨石は瞬く間に粉々に砕け、その存在を消滅させる。
 鬼神は何処までも轟く咆哮をあげた。餌だ、餌がいる。
 そうして、鬼神は歩き出す。
 人々の集まる場所を求めて。グラビティ・チェインを奪う為に――。


「お集まり頂きありがとうなのです。リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)さんを始めとした皆さんが探索を進めてくれていた事でオウガに関する予知を得る事ができたのです」
 集まった番犬達にクーリャ・リリルノア(銀曜のヘリオライダー・en0262)が説明を開始する。
 クーリャによれば岡山県中山茶臼山古墳周辺に、オウガが多数出現する事が予知されたらしい。
 オウガが出現するのは、二月三日。しかし彼らのゲートの位置までは特定する事はできなかったそうだ。
「出現するオウガは強度のグラビティ・チェインの枯渇状態である為、知性が失われているようなのです。ただただ人間を殺してグラビティ・チェインを強奪しようと試みるようなのです」
 この状態では話し合いなどは全く行えず、戦うしかないとクーリャは言った。
「オウガ達は、多くのグラビティ・チェインを求めて、節分の神事で多くの人が集まっている吉備津神社方面に移動するようなのです。
 皆さんには、中山茶臼山古墳から吉備の中山細谷川までの地点で、オウガの迎撃を行って欲しいのです!」
 中山茶臼山古墳周辺には、表面が鏡の様に平板だという鏡岩を始めとした巨石遺跡が多く有り、その巨石周辺にオウガが現れる事が多いようだ。
 迎撃するならば、その巨石周辺、或いは、オウガが必ず通過する、吉備の中山細谷川の隘路の出口で迎撃することになるだろう、とクーリャは説明した。
 続けて敵の詳細をクーリャは伝える。
 こちらの班で担当するオウガは一体。二メートル近い金棒を持ち腕力に任せた格闘戦を仕掛けてくる。鬼神と呼ばれ恐ろしい腕力を有した強敵だ。油断をすれば一瞬で命を刈り取られてしまうだろう。
「出現するオウガは、グラビティ・チェインの枯渇状態なので、このままグラビティ・チェインを補給しないとコギトエルゴスム化してしまうようなのですが、その前に人間を殺してグラビティ・チェインを奪おうと侵攻してくるようなのです」
 迎撃地点は二カ所。出現ポイントである巨石群で迎撃した場合は、周囲に一般人などもいないため、戦闘に集中する事ができる。
 ここで戦闘を行った場合、グラビティ・チェインの枯渇によるコギトエルゴスム化まで時間にして二十分程度かかる為、コギトエルゴスム化の前に戦闘の決着がつく可能性が非常に高くなるだろう。
「もう一方の迎撃ポイントは、吉備の中山細谷川の隘路の出口での迎撃なのです」
 途中の経路は不明だが、オウガは最終的にこの地点を通過する為、ここでなら確実に迎撃する事ができる。
 ただ、この地点は、節分のイベントで人が集まってる吉備津神社に近く、突破されてしまうと、一般人に被害が出てしまう為、突破されないように注意しなくてはならない。
「ここで迎撃した場合、戦闘開始後十二分程度で、グラビティ・チェインの枯渇によるコギトエルゴスム化が始まると想定されているのです」
 オウガの戦闘力は高く、敵は常に全力で攻撃を仕掛けてくる。なのでわざと戦闘を長引かせるような戦闘を行った場合、番犬側が大きく不利になってしまうだろう。
 コギトエルゴスム化を狙うのであれば、それ相応の作戦や戦術が必要になってくるだろうとクーリャは説明した。
 最後にとクーリャは資料を置き番犬達に向き直る。
「オウガは戦闘力の高いデウスエクスなのですから、まずは勝利する事を第一に考えるようにして欲しいのです。皆さんケルベロスが敗北すれば、多くの一般人に被害が出てしまうのですよ。
 けれど、オウガを滅ぼさずに対処する事ができれば、今後のオウガとの関係を良好なものにすることができるかもしれないのです。が、無理は禁物なのですよ!
 大変な依頼かもしれませんが、どうか、皆さんのお力を貸してくださいっ!」
 ぺこりと頭を下げたクーリャはそうして番犬達を送り出した。


参加者
コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
進藤・隆治(沼地の黒竜・e04573)
鈴原・瑞樹(アルバイト旅団事務員・e07685)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)
アドルフ・ペルシュロン(塞翁が馬・e18413)
バジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)
キャロライン・アイスドール(スティールメイデン・e27717)

■リプレイ

●闊歩する鬼神
 吉備の中山細谷川。中山茶臼山古墳より西に続く隘路は森に囲まれた狭い道だ。
 目と鼻の先には吉備津神社がある。そこでは、節分イベントが行われ、足を運んだ一般人が数多くいる。
 グラビティ・チェインを欲するオウガに突破されるわけにはいかない。まさに背水の陣だ。
 困難な作戦になることは承知の上だ。番犬達は覚悟を決め、オウガの出現を待っていた。
 吉備津神社からの歓声が聞こえてくる。平和を謳歌する人々の声だ。
「守ってやろうじゃないか。あの楽しげな声の主達をさ」
 ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)が口の端を釣り上げながら言った。
「それにオウガの命もだ! 大丈夫、いつも通りの動きが出来れば、簡単に圧殺されはしない」
 ハンナの言葉に頷きながらアドルフ・ペルシュロン(塞翁が馬・e18413)が仲間達に声をかける。その言葉に頷く番犬達。
 事前の準備として、バジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)が隘路に一般人が入らないようにとキープアウトテープを張り巡らせた。
 そうしてしばらく緊張の波に揺られていると、遠くから重い何かの音が響き始めた。
「――来たね」
 ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)が手にした武器を握り直す。
 徐々に近づいてくる音。それは腹の底まで響いてくるような重い、重い音だった。
 Uの字を描く隘路から古墳側を眺める。その視線の先にソレは現れた。
 一歩。踏み出す毎に大地が揺れる。
 ほぼ人と変わらない姿のソレは、だが人では無いなにかだ。頭部や背中に『黄金の角』が生えている。
 そして、どこにそれだけの質量が保存されているのか。踏み出す足が地割れを引き起こし地響きを打ち鳴らす。
 飢餓状態にあるとは思えないほどしっかりとした足取りで、隘路を闊歩するオウガ。
 肌で感じる強力なプレッシャーに、しかし臆する事無く番犬達は武器を構えた。
(「私達がここで失敗したら、オウガさんを助けられないだけでなく、一般の人にまで被害が出てしまいます……。この作戦は絶対に成功させます……」)
 胸の前で強く拳を握りオウガを見据える鈴原・瑞樹(アルバイト旅団事務員・e07685)。
「恨みはないし、あなたのこと色々知りたいけど、今は通すわけには行かないの」
 バジルがオウガに語りかけるように言葉をかけながら、武器を構え殺界を形成する。
 敵意を感じ取ったオウガもまた、手にした金棒を構える。
「ジャマをスルナァ――!」
 大きく開けた口から逼迫した声が発せられる。そして足に力を込めると弾けるように飛び込んでくる。
 金棒を振りかぶるオウガが番犬達に襲いかかった――。
 ――コギトエルゴスム化まであと十二分。

●あらがいし番犬
 荒れ狂う暴風のようにオウガが滅茶苦茶に金棒を振るう。その速度、威力の前に前衛の三人が受け止めた武器ごと吹き飛ばされる。
「なんて怪力――!」
 想像以上の力の前に冷や汗が流れていく。これほどの力を持つ相手の攻撃を耐え凌げるのか。不安が頭によぎる。
 だが、すでに戦いは始まってしまっている。やるしかない。
「とにかく時間を稼がないとね」
 ヴィルフレッドが魔法の木の葉を生み出しハンナへと纏わせジャマー能力を高める。
 すぐさまオウガの側面に移動すると、構え、技を放つ。
「ふははーくらえ、まめでっぽう! 空腹だ? 食べると良いよ、年のぶん!」
 それは用意していた豆だ。豆を礫を飛ばすように放つとオウガの弱点へと叩きつけていく。グラビティを伴う豆はオウガの身体に影響し神経を痺れさせていった。
「とんだ暴れ鬼だな。いいぜ相手になってやるよ」
 ハンナが竜砲弾を浴びせながら大地を駆けオウガへと肉薄する。
 オウガの振るう金棒を紙一重で躱しながら、そのスラリと伸びた足を鞭のようにしならせ振るう。流星のグラビティ纏う蹴りが重力の楔を打ち込んでいく。
 足を止められる事を嫌がるオウガだが、ハンナはさらにもう一度間合いを取ると駄目押しの竜砲弾を浴びせ釘付けにしていった。
 猛威を奮うオウガの攻撃の前に番犬達が傷ついていくのを後衛に位置するキャロライン・アイスドール(スティールメイデン・e27717)はしっかりと見ていた。心を揺り動かす想い。仲間達を支え助けたいという想いをハッキリとキャロラインは自覚していた。
「……なるほど、私にもやっと守りたいものができました」
 その想いをグラビティに乗せ歌い上げる。『紅瞳覚醒』。立ち止まらず戦い続ける者達の歌は味方を奮起させた。
「良い歌だ……我輩達も気合いを入れねばな――!」
 進藤・隆治(沼地の黒竜・e04573)がオウガへと立ち向かいながら身につけた指輪から光の剣を具現化させるとオウガへと斬りつける。オウガの筋骨隆々の肌が切り裂かれるも、浅い。反撃の殴打を歯を食いしばりながら受け止め弾き飛ばされる。
 開いた間合いに即座に対応し、隆治はアームドフォートの主砲を一斉発射し行動阻害を与えていった。
「動きを鈍らせて、ついでに動けなければ……。どうだ」
 積み重ねられていく行動阻害の呪縛は、しかし今だオウガの動きを衰えさせるまでには至らず、荒れ狂う暴風のごとき勢いのまま番犬達を苦しめる。
 そんなオウガの攻撃をその身に喰らい耐える男が居た。コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)だ。
 ディフェンダー仲間と共にオウガを半包囲し、仲間達に被害がでないよう庇い合いながら耐える。まさに肉壁と言える様だ。そんな中にあっても二メートル近い身長と分厚い筋肉の束を併せ持つコロッサスは主力の盾といえた。
「我、神魂気魄の剛撃を以て獣心を断つ――」
 顕現するは闇を纏う雷の神剣。抜き放たれた『黄昏』がオウガの身を斬り裂き神経を麻痺させていく。
 身体を痺れさせながらオウガが反撃を試みる。その一打をコロッサスはヌンチャク型の如意棒で受け流しながら、流れるようにカウンターを決めていった。
 だが、オウガもただではやられない。カウンターを喰らいながらもその腕を伸ばしコロッサスの野太い腕を握りつぶしてくる。なんという握力か。丸太のように太いコロッサスの腕がメキメキと軋み悲鳴をあげた。
「すぐに治癒します!」
 オウガ粒子を放ちながら中衛の集中力を高めていた瑞樹が、前衛の被害を見てすぐさま回復に移る。
「聖王女様どうかお力をお貸しください」
 聖王女に祈りを捧げ、自身のグラビティ能力を高めていく瑞樹。大幅に引き上げられた癒やしの力がオウガと肉薄する前衛を癒やしていった。
 アドルフが天高く舞い上がりながら虹を纏う蹴りでオウガの注意を引いていく。
 一手では届かず、二手でも及ばないが、三手の差があれば覆せる程度の格上。そう考えるアドルフは油断も慢心もなく自らに出来る事を迅速に、的確にこなし、声をあげる。
「化物みたいに強いがあれは金棒であり、拳だ! 相手の足場を崩せ、体勢を崩せば射線はそれる! 肉体を操作しろ、一回も間違えずに全力で捌き続けろ!」
 仲間達を鼓舞するように声をあげながら、電光石火の蹴りを見舞い、反撃の拳をギリギリのところで躱しながら弧を描く斬撃を放った。斬撃はしかしオウガの鼻先を掠るに留めるが、その鋭さにオウガが息を巻いた。
 サーヴァントのカブリオレもまた、オウガと肉薄しながら激しいスピンでオウガの足を轢き潰していった。
「ごめんなさい、ちょっと我慢してね」
 手にした杖から雷を放つと同時に側面へと走るバジル。駆けながら地面に向かい黒影弾を撃ち込むと、影が毒を帯びてオウガの足下から侵蝕を始める。
 さらにもう一度雷を放ち牽制すると、一気に肉薄して視認困難な斬撃を持ってオウガの傷口を切り開いていく。
「ガァァァ――!」
 痛みに咆哮をあげるオウガがその拳でバジルへと殴りかかる。しかし間に割り込んだ隆治が庇い、その身で攻撃を受け止める。弾き飛ばされた隆治にバジルが駆け寄り「ありがとう。大丈夫? あまり無理はしないでね」と声をかけた。
 ――戦いは一進一退の攻防ながら、防戦を強いられている番犬達が圧倒的に不利だった。
 振るわれる暴風のような金棒が前衛陣を薙ぎ払い、近づく者をその重厚無比な拳で討ち斃す。逃げる者あれば破壊を帯びた手で握りつぶし、圧倒的なパワーを持って番犬達に要求する。その道を通せ、と。
 幾度となく、仲間達が膝をつき倒れそうになるのを見ただろうか。キャロラインと瑞樹は必死に仲間を支えながら戦線を維持していた。
「みなさんをここで倒れさせるわけにはいきません……!」
 キャロラインがグラビティに歌を乗せ熱唱する。
 ――立ち上がる勇気を 思いやるやさしさと 戦い続ける意思を――。
 ――運命の鎖を 断ち切りし その牙を 今ここに 咆哮をあげよ――。
 『あらがいし番犬』。運命にあらがいし番犬達の数奇な運命を歌い上げたロックナンバーが傷つき倒れる仲間達を鼓舞し立ち上がらせる。
「まだ……皆さんは倒れさせません――!」
 瑞樹もまたキャロラインと共に仲間達の治癒に集中する。
 二人の回復役が、荒れ狂う鬼神の攻撃を耐え続けるだけの力を与えていた。
 番犬達に時間を確認する余裕はない。だが、あと少しだと膝を叩き力を込め大地を走る。
 戦いはさらに激化する。
 ――コギトエルゴスム化まで、あと五分。

●刻限
 時間が経つにつれてオウガの攻撃は益々激しさを増していく。
 それは窮鼠猫を噛む、火事場のクソ力。オウガも自身の存在を失いたくないための必死の抵抗なのだと、番犬達は理解していた。
「そろそろこちらも限界だけど――!」
 ヴィルフレッドが疾駆し手にした刀で視認困難な斬撃を繰り出す。オウガの体力にはまだ余裕があるように思える。少しでも弱らせ攻撃の手段を減らさなくてはこちらが持たないと判断していた。
 斬撃を受けながら、しかし怯む事の無いオウガが渾身の一撃を見舞う。絶大な一撃がヴィルフレッドの身体を弾き飛ばした。
 入れ替わるようにハンナが走る。光の盾を生み出し仲間達を守護させながら足下の小石を蹴飛ばし礫として放ち肉薄すると、鮮やかな蹴りを繰り出す。
「ちょいと揺れるぜ」
 オウガの頭部を襲う連続する後ろ回し蹴りが、美しい弧を描き直撃する。脳を揺さぶられたオウガ歯を噛み締め意識を保とうとする。
「チッ……どこまで頑丈なんだよ」
 刈り取れない意識に悪態をつくハンナ。暴虐の拳がハンナの腹部を襲い重圧な一撃に息が詰まり悶絶する。
「甘いとおっしゃられるかもしれません……でも、私はこういう生き方をするとあの方に誓ったのです」
 キャロラインがすぐさま癒やしの曲を奏でる。前線に立たなくとも過酷な役回りだ。疲労は隠しきれない。
 オウガの進撃は止まらない。枯渇するグラビティ・チェインを前にいよいよ後がなくなっている。なりふり構わず突き進もうとするオウガを抑えるために隆治とコロッサスがその身を盾に進路を塞いでいた。
「その身に刻み込んでやろう」
 隆治の左腕の地獄が歪みオウガの傷口を切り刻む。だがもはや痛みすらも感じ取る余裕のないオウガは攻撃を喰らいながら隆治へとその拳を振るう。
「ガアァァァ――!!」
 怒りの咆哮をあげるオウガの一撃は乱打となって隆治に襲いかかった。生み出した光の盾の守護ごと叩き割るその一撃に、ついに隆治の意識が途絶えた。
「それ以上はさせん――!」
 コロッサスの放つ空の霊力の宿る一撃は、正確に傷口を切り開く。しかし、オウガもまたコロッサスに掴みかかり喉元を抉るように握りつぶしてくる。
 巨躯のコロッサスが掴み上げられ地面に叩きつけられる。ここにきて蓄積ダメージが限界へと至る。
「コロッサスさん――!」
 瑞樹の悲痛な叫びが響く。オウガがその声に反応しジリジリと瑞樹へと近づこうとした。
 歯を食いしばりながら立ち上がったコロッサスがその行く手を阻む。もはや限界を超えている。立っているのが精一杯のコロッサスに、オウガは容赦無く拳を叩きつけた。
 刈り取られる意識の最後に移るのは愛情感じる彼女の悲痛な顔だった。
 盾役二人がやられ、いよいよあとが無くなってきた番犬達も必死の抵抗に移る。
 アドルフとバジルが連携しながらオウガの動きを止めようと攻撃を続ける。
 バジルに及ぶ攻撃をアドルフが食い止め、バジルの放つ鎖がオウガを捕縛する。
 ハンナはポジションをスナイパーからディフェンダーへ変更する。本来ポジション変更は不利となる場面が多いがこの場合やむを得ない。オウガを止める盾が必要なのだ。
 攻撃手段が乏しくなった番犬達は防戦一辺倒となる。今はただ時が過ぎるのを耐えて、耐え続けるだけなのだ――。
 長い、長い時が経ったように感じる。死にもの狂いで迫り来る鬼神を前に、限界に近いダメージを負った番犬達に敗北の未来がよぎる。
 だが、そのとき、ハンナに向けて拳を振るっていたオウガが突如苦しみ出す。
 喉を押さえ、呻くように嗚咽を漏らすと、膝を付き倒れた。
 ――十二分。戦いが始まってからついに刻限の時が来たのだ。
 オウガの身体が消滅し、宝石――コギトエルゴスムへと変化する。
 黄金色の丸い宝石がコトリと静かに大地に転がった。
「おわった……?」
 突然の幕切れはあっけなく。重傷者一名、戦闘不能者一名をだした激戦はここに終わり、番犬達の作戦が成功するに至ったのだった――。

●戦い終わって
 倒れた者達を癒やしながら、番犬達はコギトエルゴスムを回収する。
「我輩もまだまだだな」
「なかなか男前だったぜ。お疲れさん、っと」
 意識を取り戻し頭を振るう隆治を、紫煙をくもらせながらハンナが軽く小突く。互いに無事に生きていたこと。そして健闘を称え合う。
「コロッサスさん大変な役目お疲れさまでした。大丈夫ですか……?」
 瑞樹が心配そうにコロッサスに話しかける。限界を超えるダメージをその身に受け重傷となったコロッサスは、身体を横たえながらも、しかしハッキリと答える。
「ああ、大丈夫。なにせバレンタインに瑞樹から大切なものを貰う予定だからね」
「もう、コロッサスさんはすぐそういうこと言うのですから……」
 恥ずかしがる瑞樹は両頬を手のひらで覆って小さく呟く。
「でもバレンタインにはちゃんと……」
「ん、なにかいったかい?」
「い、いえ、なんでもありません!」
 瑞樹は頬を染めながらそっぽを向くが、その顔は笑顔だ。愛情抱く相手が重傷とは言え無事で良かったと、心からそう思った。
 耳に届く吉備津神社からの歓声。節分イベントもまたクライマックスを迎えようとしていた。
「イベントも盛り上がっているね」
「今頃豆でもまいてるのかしら」
 ヴィルフレッドとバジルが笑う。
 鬼は外、福は内。
 耳に心地よい喧噪を楽しみながら、番犬達は人々を守り、オウガを殺すことなく済んだ事を喜ぶのだった――。

作者:澤見夜行 重傷:コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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