オウガ遭遇戦~鬼が居た!

作者:土師三良

●戦鬼のビジョン
 森の中。
 ロープで囲まれた奇妙な形の巨岩の傍に長身の男が立っていた。
 整った顔立ちをしているが、心を許せる者はいないだろう。
 目に正気の色がなく、代わりに凶悪な光を放っているのだから。
 仮に目付きがまともだったとしても、心を許せる者はいないだろう。
 二メートルを超えるグレイブを手にしているのだから。
 仮に武器を持っていなかったとしても、心を許せる者はいないだろう。
 額と背中から黄金の角が生えているのだから。
 そう、彼はオウガだった。
「ぐっ……がっ……ががが……」
 角のある背中を震わせて、人間ならざる男は呻き声を漏らした。
 苦しげに。
 苛立たしげに。
「がぁぁぁーっ!」
 呻きが叫びに変わり、グレイブが横薙ぎに払われた。
 刃は何物にも触れていない。ただ風を切っただけ。にもかかわらず、離れた場所に立っていた木が両断され、ゆっくりと倒れた。

●音々子かく語りき
 二月三日。この日もヘリポートの一角にはケルベロスたちの姿があった。
「リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)さんを始めとする有志の方々が調査をおこなってくれたことで、オウガに関する予知を得ることができました」
 と、皆の前で語り出したのはヘリオライダーの根占・音々子。
「岡山県中山茶臼山古墳の周辺に多数のオウガが出現するようです。オウガについてはまだ判らないことがいっぱいありますけど、そのオウガたちが危険な存在であることだけは間違いありません。グラビティ・チェインが枯渇して理性を完全に失っていますから」
 当然のことながら、理性なきオウガに言葉は通じない。スパイラル・ウォーの際にはオウガの貴人たるラクシュミとそれなりに良好な関係を築くことができたが、今回はそうはいかないのだ。
「今日は節分の神事で沢山の人が吉備津神社の界隈に集まっています。オウガたちもグラビティ・チェインを求めてそこに向かうでしょうから、皆さんの力で食い止めてください。迎撃ポイントは二カ所。一つは、オウガたちが現れる中山茶臼山古墳の周辺。もう一つは、吉備津神社に至る途中でオウガたちが必ず通過する吉備の中山細谷川の隘路です」
 オウガの数は多く、一対一で勝てる相手でもない。そのため、複数のケルベロスで構成されたチームが一体のオウガに対処することになる。
「皆さんのチームに担当していただくターゲットは、背が高いイケメンのオウガです。長柄武器を持っていて、カマイタチみたいな遠距離攻撃ができるみたいですね。それと、ヒール系のグラビティは使えないと思われます」
 そこまで言ったところで音々子は複雑な表情を見せた。
「このことを伝えると、皆さんを迷わせることになるかもしれませんが……そのオウガには活動限界点とでも呼ぶべきものがあるんです。つまり、長期戦を仕掛ければ、殺さずに勝つことができるかもしれなということですね」
 オウガたちはグラビティ・チェインが枯渇しているため、人を殺すことができずに時間が経過すると、コギトエルゴスム化してしまうのだ。
 一つ目の迎撃ポイントで戦った場合、コギトエルゴスム化するまでにかかる時間はおよそ二十分(もっとも、それまでに戦いの決着はつくだろうが)。二つ目のポイントの場合は十二分。コギトエルゴスム化を狙うのであれば、後者で戦うべきだ。ただし、オウガの戦闘能力は非情に高いので、攻撃の手を抜いて戦いを長引かせるのには大きなリスクが伴う。それに二つ目のポイントは吉備津神社に近い。万が一、オウガに突破されてしまったら、神社に集まっている人々が虐殺の餌食になるだろう。
「敵を殺さずに無力化できれば、ラクシュミさんやオウガ全体との関係をより良好なものにすることができるかもしれませんが、そのために一般の人たちの命を危険に晒していいものかどうか……私には判りません。でも――」
 迷いを吹き飛ばすかのようにグルグル眼鏡のヘリオライダーは声を張り上げた。
「――どのような方針で戦うにせよ、決して負けられないということに変わりはありません! だから、頑張ってください!」


参加者
千手・明子(火焔の天稟・e02471)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)
ルーチェ・プロキオン(魔法少女ぷりずむルーチェ・e04143)
狼森・朔夜(迷い狗・e06190)
月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)
有枝・弥奈(滑稽にやって来る乱れ鴉・e20570)
一羽・歌彼方(黄金の吶喊士・e24556)

■リプレイ

●鬼炎万丈
 長大なグレイブを杖のように突きながら、細い山道をオウガが行く。
 その口から漏れ出るのは苦悶と狂気の呻き。
「がっ……ぐががっ……」
 獲物の匂いがする。濃密なグラビティ・チェインを感じる。あと少し。あと少しで満たされる。この苦しみから解放される。
 本能に導かれ、飢餓に背を押されて、オウガは歩き続けたが――、
「……ぐっ?」
 ――開けた場所に出たところで歩みを止めた。
 八人の男女に行く手を塞がれたのだ。
 判断力がまともに働かない状況であるにもかかわらず、オウガには理解できた。
 この八人は獲物ではない、と。
 自分と同様、戦士なのだ、と。

「なるほど、なるほど。音々子様の仰る通り、イケメンですわ」
 商品を鑑定する美術商のごとき眼差しでオウガを見ながら、サキュバスの琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)が縛霊手を天に突き上げた。祭壇部から無数の紙兵が噴出され、前衛陣に降り注いでいく。
「シングルのままアラサーを迎えようとしている音々子様のため、このイケメンを連れ帰ればいいのですね」
「趣旨を思い切り勘違いしてないか、淡雪?」
 狼の人型ウェアライダーである狼森・朔夜(迷い狗・e06190)が如意棒を構えた。
 いや、よく見えると、如意棒ではない。
「っけねー! 間違えて、恵方巻を持って来ちまった!」
 わざとらしく自分の頭を小突く朔夜。
 しかし、彼女の手の中のそれは恵方巻でもなく――、
「――ロールケーキやないかーい! ジブンこそ、いろいろと勘違いしすぎやろー!」
 人派ドラゴニアンの有枝・弥奈(滑稽にやって来る乱れ鴉・e20570)が手の甲で朔夜の胸を叩くジェスチャーをしてみた。一見、切れ味鋭いツッコミの動作だが、実は命中率を上昇させる『レイザースラップ』なるグラビティだ。
 それを受けて、オウガとの間合いを一気に詰める朔夜。漫才じみたやりとりの直後だが、表情は真剣なものに変わっている。もちろん、武器も変わっている。恵方巻風ロールケーキから如意棒に。
 そんな彼女を光が追い抜いた。投げ捨てられたロールケーキを受け止めて、テレビウムのアップルがテレビフラッシュを放ったのだ。オウガに怒りを付与するために。
 アップルだけでなく、千手・明子(火焔の天稟・e02471)とドラゴニアンの神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)も敵に怒りを与えるべく攻撃を仕掛けていた。前者はその場に立ったまま。後者は跳躍して。
「この道は――」
 明子の胸から花のような炎が噴き上がり、オウガに向かって伸びていく。
「――絶対に通さない! 貴方のためにもね!」
『瞋恚(シンイ)の炎』という名のそのグラビティが命中した次の瞬間、宙を舞っていた晟が降下し、オウガに蹴りを浴びせた。ファナティックレインボウ。
「ぐがっ……!?」
 オウガの体勢が崩れた……と見えたが、それは攻撃のために身を撓めただけだったらしい。一瞬だけ丸まった長躯が勢いよく弾けた。
 地を蹴り、ケルベロスたちに突進するオウガ。その過程で彼は新たな傷を負うことになった。正面から迫っていた朔夜とすれ違った際、斉天截拳撃を叩き込まれたのだ。だが、止まらなかった。手にしたグレイブを突き出して、凶悪な形状の刃を抉り込むまでは。
 抉り込まれた相手はアップル。攻撃を受けた際の衝撃で手からロールケーキが飛んだが、小さな影が空中でキャッチした。ボクスドラゴンのラグナルだ。
 ロールケーキを齧りながら、ラグナルはいまだ無傷の朔夜にあえて属性をインストールし、異常耐性を付与した。たとえアップルを治癒しても、もう一撃食らえれば終わり――そう判断したのだろう。実際、アップルが受けたダメージは大きかった。消滅こそしていないものの、頭部の液晶にはグロッキー気味の表情(目がグルグル模様になっていた)が表示されている。
「斬撃耐性のある者に斬撃で大ダメージを与えるとは……たいしたものだ」
 敵の攻撃力に舌を巻きながらも、晟がオウガに追いすがり、回り込んだ。
「でも、負けるわけにはいきません!」
 レプリカントのルーチェ・プロキオン(魔法少女ぷりずむルーチェ・e04143)が叫び、オウガメタル『ラスター・ルイテン』を解き放った。
 黄金の生体金属がオウガに纏わりつき、動きを鈍らせる。
 その隙をついて、ルーチェはオウガを抱きしめた。力の限り。愛の抱擁で魂を浄化(と、当人は主張している)して攻撃力を低下させるグラビティ『シンチラート・エンブレイス』。
「ええ、絶対に負けられません。私もフル回転でいきますよ!」
 ヴァルキュリアの一羽・歌彼方(黄金の吶喊士・e24556)が『守護の颶風・黄金の一枚羽(ウタカナタシキ・イクサオトメノシュゴ)』を発動させた。対象は無傷のルーチェ。ラグナルと同じ判断をしたのだ。
 ルーチェが抱擁を解いてオウガから離脱すると、光り輝く翼の形をした盾が両者の間に生まれた。
 その盾に向かって、オウガは突っ込もうとしたが――、
「げぐ……ががっ!?」
 ――すぐに足を止めた。いや、止められた。
 頭上から降り注ぐ不可視の雨によって。
 オラトリオの月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)が『驟雨の陣』を用いたのだ。
「正気を失った相手を加減して斬るなんて、趣味にも主義にも反するんだよねえ」
 悠然と翼をはためかせて、イサギは舞い降りた。その手の中で鈍い輝きを放っているのは愛刀の『ゆくし丸』。
「早く、おやすみよ。私が本気を出して、その首を落としてしまう前に……」

●剛鬼果断
 ケルベロスたちの目的はオウガを倒すことではない。ここに足止めして、コギトエルゴスム化するまで時間を稼ぐことだ。
 力押しでいけば、息の根を止めることもできるだろうが、そういうわけにはいかない。
 かといって、自分たちが倒されてしまっては元も子もない。
 そのため、彼らは攻撃よりも防御と治癒を優先した厚みのある布陣で望んでいた。前衛は二体のサーヴァントを含めた全員が盾役。うち二人と一体が敵に怒りを付与して、狙いを引きつける。彼らの傷を癒す回復役は二人。
 敵を通さず、倒さず、なおかつ自分たちも倒されない。今のところ、三つとも上手くいっている。
 当然のことながら、無傷では済まなかったが。
「がぁーっ!」
 グレイブが怒号とともに繰り出され、晟の前面で爆発が起きた。歌彼方の『黄金の一枚羽』が攻撃に反応して炸裂したのだ(この頃にはサーヴァントを除くすべて前衛の前面に『黄金の一枚羽』が展開していた)。
 その爆風で威力を減じられながらも、グレイブの切っ先は晟の胸を斬り裂いた。
 しかし、彼は表情一つ変えない……と、想われたが、眉が少しばかり動いた。痛みに顔をしかめたわけではない。アラームが背後から聞こえてきたからだ。
 発生源は弥奈のタブレット『fire blust HD』。
「六分経過!」
 皆に伝えながら、弥奈がバスターライフルのトリガーが引いた。
 銃口から飛び出したのはゼログラビトンのエネルギー球。
 それを目で追いつつ、淡雪が『聖女の抱擁(ピンスラチャンノホウヨウ)』を発動させ、ピンクのスライムで晟をヒールした。このグラビティは共鳴効果を有しているだけでなく、メディックのポジション効果によってキュアも伴っている。
「ようやく、半分ですか。それにしても、改めてよく見ると――」
 淡雪の視線の先で、ゼログラビトンがオウガに命中した。
「――最初に思ったほど、イケメンじゃありませんね。音々子様も採点が甘いですわ。まあ、ギリギリ八十点台といったところでしょうか」
「そうねー。晟ちゃんさんやイサギさんには遠く及ばないわ」
 明子がサークリットチェインの魔法陣を地に描き、自分を含む前衛陣の傷を癒すと同時に防御力を高めた。
「色男、金と力はなけりけり、か……」
 ピンクのスライムの残滓を撒き散らしながら、晟が斬殺ナイフを振り下ろした。
「ここにいる色男たちは皆、力はあるほうじゃないかな」
 晟の巨体の陰からイサギが飛び出し、『ゆくし丸』を横一文字に振るう。
 ジグザグスラッシュと絶空斬の軌跡が十字を描き、二人分のジグザグ効果がオウガの状態異常を悪化させた。
「でも、金には縁がなさそうだな。男に限った話じゃないが」
 朔夜がそう言い捨てて、指先を弾くようなジェスチャーをした。燐光を纏った礫が飛ぶ。パラライズを有するグラビティ『宿リ氷(ヤドリビ)』だ。
 礫はオウガの右上腕部にめり込んだ。傷口から燐光が漏れたが、次の瞬間には別の光にかき消された。ルーチェのファナティックレインボウが生み出した虹色の光。これで前衛のケルベロス全員が怒りを付与したことになる。
「愛があれば、お金なんていりませーん!」
 蹴りの反動を利用して、オウガの間合いから離脱するルーチェ。軽口を叩いてるが、目は笑っていない。それは彼女以外の面々も同様だ。
 誰もが真剣に臨んでいた。
 吉備津神社の周辺にいる一般人たちを守るために。
 目の前で怒り狂うオウガを救うために。
「ぐごっ、ぐごごっ!」
 オウガが苛立たしげに吠え、ルーチェを追って攻撃を加えた。彼女たちが自分を救おうとしていることも知らずに。
「私がいる限り、誰も倒れさせませんよ!」
 歌彼方が叫び、バイオレンスギターの弦を弾く。奏でるは『紅瞳覚醒』。
「仲間たちも! それに貴方も!」
 その勇壮なメロディに合わせるように弥奈がライトニングロッドの『ブリンクスラッパー』を突き出した。黒い杖部が白く変色し、ライトニングボルトが迸る。
(「そう。誰も倒れさせやしない。たとえ相手がデウスエクスでも、命を取り合いをしなくて済むなら……それに越したことはないんだ」)
 鋭い目で電光を見ながら、弥奈は心中で呟いた。そんな自分を俯瞰して冷笑する別の自分がいたが、その『別の自分』を彼女は更に高い視点から見下ろし、笑い飛ばした。
 そして、想いを声に出した。
「目標は犠牲ゼロだ! 自己満足ぅ? 上等だよ! こちとら、ハナっから自分のためにしか戦えない奴なんでね!」
「そういう自己満足、嫌いじゃないですよ」
 歌彼方がより激しく『紅瞳覚醒』を演奏した。
「右に同じ!」
 朔夜がヌンチャク型の如意棒を旋回させ、オウガの横っ面に斉天截拳撃を叩き込んだ。

●一新鬼元
 二度目のアラームが戦場に流れた。
「十分経過ですわー!」
 淡雪がまたピンクのスライムを放った。
 その抱擁に癒されながら、ルーチェがオウガに旋刃脚を突き刺す。
「あと少し! あと少しです!」
 戦いは苛烈を極めたが、サーヴァント以外の面々はいまだ健在。敵がパラライズまみれになっているため、何度か攻撃が未然に防がれるという幸運もあった。
 ただし、綱渡りの状態だ。
 そのか細い綱を断ち切るべく――、
「ぐぉぉぉーっ!」
 ――オウガが渾身の一撃を放った。
 狙いは晟。
 グレイブの刃が脇腹に突き刺さった。
 仲間たちのヒールを受ける間もなく、晟の片膝が落ちる。
 青い巨体が沈んだ。
 刹那の間だけ。
 次の瞬間には、晟は音もなく立ち上がっていた。
「がっ!?」
 オウガが驚愕に目を見開いた。初めて見たのだろう。魂が肉体を凌駕する態を。
「あらあら。驚いた顔はけっこう可愛いわね」
 と、明子が言った。血塗れの晟を気遣う素振りをあえて見せず、明るい声で。
「淡雪さんは八十点台と評してたけど、やっぱり九十点台でいいんじゃないかしら」
「どちらにしろ、私には遠く及ばないがな」
 真顔で冗談を言いながら、晟はグレイブに腕をからませて、反対の手で日本刀を逆袈裟に斬り上げた。
 慌てて飛び退ろうとしたオウガであったが――、
「がっげぇぇぇー!?」
 ――真正面から月光斬を浴びることとなった。手にしたグレイブが晟の腕にぴたりと張り付き、一ミリも動かせなかったのだ。
 攻撃を終えると同時に晟の手がグレイブから離れ、オウガの体がよろめいた。
「『私には』じゃなくて、『私たちには』だろう。このチームにはイケメン枠が二つあることを忘れてもらっちゃ困るな」
 イサギもまた真顔の冗談に月光斬を添えて、オウガに追撃した。
 更に明子が絶空斬で、朔夜が獣撃拳で、弥奈がゼログラビトンで容赦なく(しかし、殺さないように)猛攻を加えた。
「ここが歯の食いしばりどころです!」
 歌彼方が大音声を響かせて、新たな『黄金の一枚羽』を発生させた。
「がぁぁぁぁぁーっ!」
 負けじとオウガが叫んだ。
 血を吐きながら。
 そして、グレイブを力任せに叩きおろした。
 武器封じの状態異常を何度も受けて刃こぼれした刀身部がルーチェに迫る。
 しかし、彼女に届くことはなかった。
 明子が盾となったのだ。
 その一太刀によって、明子に残されていたわずかな体力が完全に消失した。今度は凌駕の奇跡も起きなかった。
 にもかかわらず――、
「同士を守って倒れるは……盾の本懐」
 ――明子は胸を張り、ニッと笑ってみせた。
 笑ったままの状態で力尽きて後方に倒れたが、背中を地面に強打することはなかった。歌彼方が抱き止めたからだ。
「そして、これが剣の本懐」
 イサギがオウガの右に回り込み、『ゆくし丸』で絶空斬を見舞った。
「眠ってもらいますよ! ラクシュミさんのためにもぉー!」
 ルーチェが左に回り込み、指天殺を突き入れた。
「うっ……」
 オウガが呻いた。呻き声を発したのはこれが初めてではないが、今までのそれとはどこか違う。
 グレイブが手から離れ、地面に落ちた。
 それを追うようにして、両膝も落ちた。
 そして、本来よりも低い位置に移動した頭部めがけて、朔夜が如意棒を振り下ろしたが――、
「おっと!」
 ――途中で軌道を逸らし、誰もいない地面に叩きつけた。
 朔夜の前にもうオウガの姿はなかった。
 そこに転がっているのは小さな球体の宝石だけ。
 コギトエルゴスムだ。
「やりましたね、皆さん!」
 明子をヒールしながら、歌彼方が仲間たちに笑いかけた。嬉しそうに。誇らしげに。
「ああ……やったな……」
 晟が深く頷き、倒れ込むように腰を下ろした。

「これで音々子様に恩をたっぷり売れますわねぇ」
 淡雪がコギトエルゴスムを摘み上げ、中を覗き込むように目の前に運んだ。
「ここで一句――イケメンは、生かさず殺さず、コギト玉」
「季語がないぞ、おい」
 朔夜が苦笑交じりに指摘した。
「あら、朔夜様。ご存知ありませんの? 『イケメン』はオールタイムの季語なんですよ」
「そんなわけあるかーい!」
 と、弥奈が手の甲で淡雪を叩く真似をした。『レイザースラップ』ではなく、本当のツッコミ。
 軽口を叩き合っている皆の表情も戦闘時のそれと違い、本当の笑顔だ。目がちゃんと笑っている。
 淡雪の指の中で陽光を照り返しているコギトエルゴスムも笑っているように見えた。
 いつか、彼の本当の笑顔を見ることができるかもしれない。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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