●鬼哭啾々
しぃんと静まり返った森のなか、陽の光だけが巨石を照らしている。
葉を落とした木々、朽ちかけた落ち葉が混じる土、そしてじっとそびえる岩々。
がさり。
「ウゥウゥウウ……」
獣めいた唸り声が突如響き、ぬうっと人影が現れる。
一見、人間の女に見える。だが長い髪を分けるように、地球人では在りえない黄金の角が生えている。言うなれば伝承にある鬼のような女。
やつれた顔の『鬼女』はずるずると両手につけた巨大な爪を引きずって、ガリガリと地面に傷をつけながら、ふらふらと人里へと降りていくのだった――。
●デウスエクス・プラブータ
香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)は、オウガの出現を予言した。
リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)を始めとした多数のケルベロスが、オウガに関する探索を進めた結果である。
「出現する日は二月三日、場所は岡山県、中山茶臼山古墳周辺や。しかも数は大量というね」
しかしゲートの位置までは予知できなかった、といかるは項垂れた。
オウガは、中山茶臼山古墳付近の巨石遺跡周辺に現れ、吉備津神社へと向かうルートをとるという。
「吉備津神社では、節分の神事が行われるんや。そのために集まった人らのグラビティ・チェインに引かれているとみえるな」
巨石遺跡付近もしくは、オウガが必ず通過する吉備の中山細谷川の隘路の出口で迎撃するのが良いだろう。
「せやけど、オウガはみんな、めっちゃグラビティ・チェインに飢えとる。超飢餓状態や。飢えきって知性が失われとる。言葉は通じひん。とにかく人殺してグラビティ・チェインを奪いたい! っていう一心で移動しとる」
問答無用で戦うしか無いようだ。
「君らに迎撃してもらいたいのは、ロングヘアのオウガや。額に金の角が生えてて、両手にはデッカイ爪を装備しとる」
そのオウガの巨爪は、零式鉄爪に酷似しているという。
「さっきも言うた通り、オウガは極度の飢餓状態に陥っとる。このままやとコギトエルゴスム化してしまうから、その前に何としてでも人間からグラビティ・チェインを奪おうっちゅーことやね」
巨石群で迎撃した場合は、オウガのコギトエルゴスム化まで二十分程だろうといかるは予測する。
「コギトエルゴスム化より、君らがオウガを殺すほうが早いやろうね」
巨石群の周辺には一般人はいないので、戦闘に集中できるだろう。
一方、中山細谷川での迎撃の場合、オウガのコギトエルゴスム化は十二分程に短縮される。オウガを殺さず、コギトエルゴスム化させることができれば、今後のオウガとの関係を良好なものにできる可能性は高まるだろう。
「せやけど、中山細谷川は吉備津神社の目と鼻の先や。一歩間違ったら、吉備津神社の参拝客が惨殺されてしまうリスクがあるってこと、忘れんといて」
いかるは人命を軽視せぬようにと忠告する。
それに、といかるはもう一つ付け加えた。
「飢えててもオウガの戦闘能力はめっちゃ高い。向こうは必死やから常に全力や。殺さんとこうとするあまりに、こっちが壊滅したら元も子もないで」
オウガは生まれながらに、他のデウスエクスを圧倒する程の凄まじい腕力を有している種族だ。コギトエルゴスム化を狙うには、それ相応の作戦・戦術が必要だろう。
「オウガを殺すかどうかで決まってくるやろう今後のことも大事やな。せやけど、まずは目の前の人を守るのが最優先やで。それにこれは僕個人の想いやけど……君らにもあんまり大きな怪我してほしくないしな……」
いかるは複雑そうに顔を曇らせるのだった。
参加者 | |
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エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027) |
白神・楓(魔術管理人・e01132) |
一式・要(狂咬突破・e01362) |
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435) |
メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634) |
シナト・ワール(ストーム・e04079) |
マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289) |
ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591) |
●餓鬼
吉備、中山細谷川。
狭い道に立ちふさがるようにケルベロスは布陣している。
茂る木々の奥、光が入らず昼の今もなお闇となるその先を見据えている。
びりびりと緊張で痺れていくような重い空気に耐えかねたか、ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)はフッと笑いを零した。
「なんてったって女神サマがあの美貌だからな。オウガっつー種族も期待出来るよネー」
嫁には聞かせられない軽口を叩くダレンに、シナト・ワール(ストーム・e04079)が頷く。
「女神なァ、ラクシュミーだっけ? アレは良い女だ、覚悟と意志がある」
男二人のやり取りで緩んだ雰囲気に、知らず息苦しいまでに緊張していたエレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)は、ほっと息を吐きつつも、気合を入れ直した。
「オウガの女神様のためにも、絶対に止めてみせましょう!」
「うん。今回は絶対に引けないんだ……」
マイヤ・マルヴァレフ(オラトリオのブレイズキャリバー・e18289)は、
「ラーシュも頼んだからね」
と相棒のボクスドラゴンと顔を見合わせ、深く頷きあった。
(「分かり合えるかもしれない……か」)
それでも、守るべき人々と同じ天秤にかけた以上は。
一式・要(狂咬突破・e01362)は目を眇める。
「まあなんだ……大人の役割って奴ね」
ざりざり、ざりざり、と地面を引っかく音が聞こえてくるのを要の耳はハッキリと捉えていた。
「……ちゃんと、守らないとね」
悲しい話には、したくない。
ぬうっと現れた、オウガの女を要は見つめ、羽織っていたコートを脱ぎ捨てた。
オウガの両手に嵌まる、巨大な爪がギラリと陽に反射するのを見て、白神・楓(魔術管理人・e01132)は首をすくめる。
「ははは、綺麗だけれど恐ろしいね」
「腹減ってるとこ悪いが、ここから先は通行止めだ」
ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)はそう言いながら、ぐっと身を沈める。
次の瞬間、足を鋭く振り上げたウルトレスは、オウガに宣戦布告とばかりに七色の光を軌跡に踵を見舞った。
「ガアッ」
蹴られ、よろけたオウガは飢えて理性の無い獣めいた目でケルベロスを睥睨する。
「どいて………………」
唸るように威嚇されても、ケルベロスは一歩も退く気はない。
メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)は構わず詠唱する。
「緞帳が降りて、『魔法』が解けて――」
影絵がオウガの影に混じって彼女の下半身を奈落へと引きずり込もうとする。
「ウゥ……ゥワァアアアーーッ!!」
オウガは癇癪のように泣きわめきながら爪を振りまわした。
ばりばり、とまるで障子紙を破くかのようにあっさりと、楓とメリーナの胸が開く。
まるで深紅の花が開くように噴き出す血を浴び、マイヤはその苛烈なる攻撃に戦慄するが、
「……必死なんだね。でも、それは同じ。被害は出させないよ!」
ラーシュと共に、マインドリングを光らせて、中衛の傷を癒やしていく。
●渇望
想像してみてほしい。暑くて喉がカラカラなとき、目の前に汗をかくグラスに氷を浮かべた満タンの冷水があるのに、大勢の人が君をそのグラスに近づけまいと実力行使に出てくる。君は、どう思うだろうか。
オウガも今、そんな状況にある。憤り、悲しみ、焦り、半狂乱で、グラビティ・チェインから遠ざけようとするケルベロスを排除しようと必死にもがく。
ケルベロスの挑発に熱に浮かされたようにオウガは爪をブンと振る。
飛ぶ真空をエレの肩から飛び出したウイングキャットのラズリは、オウガの攻撃を主人の代わりに受け止めた。
一撃で相当なダメージを与えてくるオウガの爪に、ケルベロスは息を呑みながらもヒールを絶やさない。だが、この一戦……オウガのコギトエルゴスム化まで耐える十数分を、全員が立ったまま終われるとは到底思えない。それくらいの威力がある。
「こうなるまで、ずっと耐えていたんですよね……」
雷撃で牽制しながらエレは、狂うオウガを見て哀れに思う。殺さなくて済むなら殺したくない。そして殺されないようにしたい。ケルベロスにはその力があるのだから。
要の鋭い脚がオウガを戒め、楓の狼腕がふっとばす。
地を土煙上げながら転がりながらも、オウガの目は爛々と光っていて、戦闘を放棄する気は全くなさそうだった。
「まるで般若みたいだ」
楓はつぶやく。
「アアアアッ!! どけえええっ」
掴みかからんとする勢いでオウガがはね飛ぶように起き上がる。
「出来れば大人しくして頂きたいンですが……まァ、今は無理だよな?」
青白い閃光を伴うオシオキを見舞おうと腕を振り上げるダレンに、オウガの鋭い双爪が突き出される。
交差する腕。一瞬オウガが早かった。神速かつ乱舞する連爪撃がダレンを蹂躙する。
「! あ、愛が……重い、ぜ……」
なんとか拳を返すだけは果たし、ズルリと崩れるダレン。
「んな早々に倒れてんじゃねえよ!」
シナトがマインドシールドを展開して、ダレンの体を支えた。続き、中身が零れそうなダレンの腹を塞ぐように光盾が具現化する。マイヤが重ねたマインドシールドだ。
「気張ってけ!」
(「これ……気合で立てる範囲、ギリギリ超えてないか……?」)
シナトの叱咤に、格好良く笑って応えようとするも苦笑しか出てこないダレン。防具があの爪の攻撃に合わせたものでなければ今頃重傷だろうから、これでも『軽く済んでいる』のだが。
要やエレの気力やラーシュの属性、ラズリの羽……ヒールを山ほど積まれても、流石に全回復までは到達できない。
一撃で随分持って行かれた――オウガの破壊力を目の当たりにしてマイヤは怯むも、心を折る暇はない。今も目まぐるしく状況は進んでいる。
メリーナのゲシュタルグレイブがオウガを突き飛ばす。ウルトレスが弾くベース弦が奏でる連続音と共にバスターライフルからエネルギー弾がオウガを押し戻すように放たれる。
回復に手数を割かれてしまい、与えているダメージはあまりに少ないが、ケルベロスにオウガを倒す気は毛頭ない。
彼女が力尽きるまでここで戦況を拘泥させる。それこそが彼らの目的なのだから。
●交代
オウガが力尽きるまで、五分を切った。
自身の限界が近いことは、自分で分かっているらしいオウガは、もはや我武者羅に前に出ようとする。しかし、オウガにこの隘路を突破されることだけは防がなくてはならない。
「ああああ、もぉおおお退けーーっ!!」
ケルベロスを押しのけ、出ようとするオウガを要は体を張って止めようと立ちはだかる。
「おっと、通すわけには……」
「ぎゃあああ邪魔だぁあっ!」
ヒステリーを極めたようにオウガは髪を振り乱し、絶叫すると、振りかぶった両爪を渾身の力で要に振り落とした。
バン! と凄まじい音がして、要が墜ちる。
「要ちゃん!」
目を見開くメリーナは、思わず彼の名を叫んだ。赤い鞘からナイフを抜き放ち、メリーナは剣舞のような優雅な動きで無慈悲にオウガの体を裂いた。
ヒールをする間もなかった、シナトとマイヤは顔をしかめた。だがすぐにマイヤが要を後ろに下げ、エレが素早く要の代わりになるように前に出る。
エレが動く間、無防備になるのを隠すように楓は煙草をくゆらせた。
「煙草は獣避けや魔除けに効果があると聞くが、鬼を除ける事は出来るのかな?」
立ち上る煙が蛇になってオウガに絡みついていく。
ベースのネック先端の剣を、ウルトレスがデウスエクスに突き立てる。
こちらの隙を気取られてはならない。そして飢える彼女が突破の暇もなく防戦一辺倒になるように、攻撃の手を緩めてはならない――。
「ラズリ、ここからは私も一緒」
真剣な面持ちでつぶやくエレの肩に舞い戻り、ラズリは心配そうにもふもふとした体を擦り寄せる。その暖かさに、エレは頬を少し緩ませた。
「ありがとうラズリ……大丈夫、まだ私、笑えてます」
笑っていれば、絶対に大丈夫だ。それがエレの信念。
オウガは一向に衰えない攻めに、苛立たしげに爪を振り回す。前衛全体に飛ぶ痛烈な爪の乱舞。
ギリギリだったダレンが声もなく倒れ、ラズリは前線に出たばかりのエレを守って消えた。
ラーシュが粘ろうと自身に属性をインストールする。
「次、行きます」
メリーナは静かに微笑み、前に出る。
「俺も出る、こっから先へは行かせるわけにはいかねーかんな」
シナトも同じく前衛へと移動する。
二人分の手数が減り、また倒れた者も当然攻撃できない。移動の際に手薄になったところをオウガが突破しようとするのを、エレとウルトレスが猛攻で押しとどめようと耐える。
移動する際は、それ以外の行動がとれない。耐久のためにディフェンダーを絶やさないことと、移動で手数が減ることを天秤にかけたケルベロスだが、その均衡は既に危うい。ディフェンダーが倒れた数分、手数は減っている。その上に移動する者の手数が減る。これ以上減れば、オウガは制止を振り切ってしまうだろう。そもそももう弾がない。ジャマーとメディックを零人にするのはリスクが高すぎる。
マイヤはこれ以上誰も倒れさせまいと、オウガメタルを輝かせた。
「んー……目ざといな。もしかして、飢餓状態でなければ知恵者だったりするのかな? っと、軽口を叩いてる場合ではないよねぇ。まあ、ふざけてはいないんだがな」
的確に層の薄い場所に突進してくるオウガを認め、楓はそう嘯きながら、空を纏って敵を斬る。ドパッと散る血の中で、楓は呟いた。
「人が大量に虐殺されるかもしれない時に真面目にならない訳がないだろう?」
●終劇
「あと少し、あと少しです……!」
エレが鼓舞のように叫ぶ。叫びに負けぬ大音を伴って轟竜砲が吼える。あと一分耐えればいい、もう全滅の恐れはない。何度も何度も重ねた石化や麻痺の呪いが何度かケルベロスを救ってくれたため、シナト達が前線に移動してからはまだ誰も倒れていない。
「うん、でも気は抜かないように、な」
楓は古代語魔法を放ち、念入りにオウガの動きを制限する。
悲壮な顔でオウガはフラフラしながらも、ただ前に行こうとする。
「どいてよ……どうして……どうしてぇ……! あうっ」
パァンッと眼前が爆ぜて、オウガは悲鳴を上げた。そこを爆ぜさせたメリーナは冷たいともとれる声音で言い聞かせる。
「貴方は致命的な一線を超える瀬戸際、です。踏み留まって――」
「どいてえええっ」
悲痛な懇願とともに神速で爪が振るわれる。メリーナを襲った爪を、ウルトレスが庇う。この技に合わせた防具をまとってきたウルトレスならばこそ、よろめきはすれど耐えきった。
マイヤは安堵した。もう誰にも倒れてほしくはない。
「持ってて、今回復するから」
光の盾をウルトレスに与えて、マイヤは励ます。
「時間だな。頼むぜ、死んでくれるなよ!」
シナトの拳がヒットして、オウガを後退させた。
たたらを踏んだオウガは頭をゆるゆると振ると、か細く息を吐いた。
それでおしまい。一瞬にして女鬼は玉に変わった。
「っと! ……お、おわ。ったぁ」
地に落ちる直前でコギトエルゴスムを手に収め、マイヤはへたへたと座り込んだ。
マイヤほどではないが、立っていたケルベロスも一様に安堵の息を吐く。
なんとか耐えた。ウルトレスはどっと押し寄せる疲労感と達成感に目を閉じた。
「ははは、恐ろしかったね」
楓が苦笑する。
「おい、起きろ。終わったぜ」
シナトは力尽きていたダレンに走り寄り、助け起こしてやった。
「うぅ……は、は。ここで出来りゃぁ勝利の一服でもやりたいとこなンだが……」
意識を取り戻したダレンは苦笑した。今は腕一本も動かせない。
目を巡らせ、マイヤの手の中に大事そうに抱えられたコギトエルゴスムを認めると、ダレンは心の中で話しかける。
(「気が早い話かもしれねーケド、姐さんが生きててまた会えたら……ディナーの相手にいつでも呼んでくれよな」)
メリーナも要に肩を貸しながら、くしゃりと顔を歪めた。口をついて出るのは、湿ったため息。
「あーあ」
オウガを救えた。今まで切り捨ててきた中にも、救える命が紛れていたのだろうか。
でも――助けられるなんて、知りたくなかった?
泣きそうに笑って、メリーナは感情を爆発させた。
「ね、どうしましょう? 要ちゃん。私、いま普通に嬉しい!」
要はメリーナの涙声の歓喜に、目を閉じ頷く。悲しい話にせずに済んだ。今はそれで十分。
「私、単純です。馬鹿ですよ? 何者でも良いんです。誰かが助かるの、嬉しい――!」
作者:あき缶 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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