オウガ遭遇戦~2月3日の鬼

作者:藤宮忍

 岡山県、吉備津神社もある山の中にある巨石。
 その周辺に現れたのは、人間ほどの大きさの、だが人間ではない者達……オウガ。
 なぜなら彼らには『黄金の角』が生えている。
 コードネーム「デウスエクス・プラブータ」……鬼神と呼ばれるデウスエクスだ。
 全員が生まれながらに、体躯に関わらず、他のデウスエクスを圧倒するほどの凄まじい腕力を持っている。
 オウガは雄叫びをあげ、周囲の木々を怒りのままに薙ぎ倒してゆく……。
 長槍をふりまわして、或いは拳を叩き付けて、暴れ始めた。
 オウガは、グラビティ・チェインの枯渇状態だった。
 このままグラビティ・チェインを補給せずにいれば、コギトエルゴスム化してしまうことになる。その前に、人間を殺してしまえば、グラビティ・チェインを奪い、飢餓が解消されて活動可能となるだろう。
 オウガは、狂ったように暴れながら、殺す為の人間を求めて住処を目指そうとしていた……。

●依頼
「こんにちは、ケルベロス様。お疲れさまでございます。……新しい、情報ですね」
 凌霄・イサク(花篝のヘリオライダー・en0186)は単刀直入に話を切り出した。
 リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)さんをはじめとしたケルベロスの皆さんが捜索を進めてくれていた事で、オウガに関する予知を得ることが出来た。
 岡山県、中山茶臼山古墳周辺に、オウガが多数出現する事が予知されたのだ。
「オウガが出現するのは、2月3日。出現日は判ったのですが、ゲートの位置は特定する事が出来ませんでした」
 出現するオウガは、強度のグラビティ・チェインの枯渇状態である。
 その為、知性のようなものは一切失われている。
 ただただ、人を殺して、グラビティ・チェインを強奪しようとしている。
「この状態のオウガ達とは、話し合う等は行えません。戦うしかないでしょう」
 オウガ達は、多くのグラビティ・チェインを求めて、節分の神事で多くの人々が集まっている吉備津神社方面に移動するようだ。
「皆様には、中山茶臼山古墳から吉備の中山細谷川までの地点で、迎撃を行って頂きたいのです」
 中山茶臼山古墳周辺には、表面が鏡のように平板だという鏡岩をはじめとした巨石遺跡が多くあり、その巨石の周辺にオウガが現れる事が多いようだ。
「故に、巨石の周辺で迎撃するか、あるいは、敵が必ず通過するであろう、吉備の中山細谷川の隘路の出口で迎撃するという二択の作戦となります」

 ヘリオライダーはオウガについて説明を補足する。
 出現するオウガは、グラビティ・チェインの枯渇状態である。このままグラビティ・チェインを補給しなければコギトエルゴスム化してしまうようだが、その前に人間を殺すことでグラビティ・チェインを奪おうと侵攻してくる。
 迎撃地点は2箇所。
 出現ポイントである巨石群で迎撃する場合は、周囲に一般人などもいないため、戦闘に集中することができるだろう。
 ここでの戦闘を行った場合、グラビティ・チェインの枯渇によるコギトエルゴスム化まで、20分程度かかる。その為、コギトエルゴスム化の前に戦闘の決着が付く可能性が非常に高い。
 もう一方の迎撃地点は、吉備の中山細谷川の隘路の出口。
 途中の経路は不明だが、オウガは最終的にはこの地点を通過する為、ここで迎撃することで確実に迎え撃つことができる。
 しかし、この地点は、節分のイベントで人が集まっている吉備津神社に近い。
 突破されてしまった場合、一般人に被害が出てしまう。
 此処で迎撃を行う場合は、突破されないように注意する必要がある。
 ここで迎撃した場合は、戦闘開始から12分程度で、グラビティ・チェインの枯渇によるコギトエルゴスム化が始まるだろうと想定される。
「……オウガの戦闘力は非常に高く、敵は全力で攻撃してきます。わざと戦闘を長引かせるような戦い方は、大きく不利な状況を招く作戦となるでしょう」
 ヘリオライダーは神妙な面持ちで告げた。
 コギトエルゴスム化を狙う場合は、其れ相応の作戦や戦術が必要になるだろうと。
「皆様に迎撃していただくオウガは、長い槍を持っております。薙ぎ払いによる足止めも厄介ですが、単体攻撃の際には一撃の破壊力は高いものと推測されます、充分ご注意くださいませ」
 体長としては、かなり大きめであるが人間程度。見るからに筋肉隆々で体格が良い。
 全身に多数の角を持つ種族だが、今回の依頼で迎撃するオウガは、頭に一本、赤く巨大な角が生えているのが特徴だ。
「オウガの戦闘力は高く、体力もあるデウスエクスです。まずは勝利を第一と考えておいてください。ケルベロス様が敗北するということは、一般の方々に被害が出てしまうと言うことです……」
 しかし、とヘリオライダーは小さく付け加える。
「オウガを滅ぼさずに対処することができれば、今後彼らとの関係が友好になるかもしれません、が」
 無理をして被害を出しては意味が無い。
 過信は禁物だろう。
「皆様、節分に訪れた人々をお守り下さい」
 イサクは一礼すると、貴方達をヘリポートへと導く。
「――それでは、ヘリオンでご案内致しましょう、ケルベロス様」


参加者
氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
八崎・伶(放浪酒人・e06365)
ガロンド・エクシャメル(災禍喚ぶ呪いの黄金・e09925)
アトリ・セトリ(スカーファーント・e21602)
セレネー・ルナエクリプス(機械仕掛けのオオガラス・e41784)
鋳楔・黎鷲(天胤を継ぐ者・e44215)

■リプレイ

●まがねふく吉備
 中山細谷川。備前と備中の国境にある丘陵。
 東に吉備津彦神社、西に吉備津神社。南には両神社の祭神、大吉備津彦命陵墓がある。細谷川は大吉備津彦命陵墓付近を源とする川だ。
 本日は2月3日、吉備津神社方面に節分の神事で多くの人々が集まっている。にもかかわらず、古墳周辺の巨石群ではなく、ここ中山細谷川の隘路の出口付近を迎撃地点として選んだ理由は、
「目的はオウガ殲滅に非ず」
 鋳楔・黎鷲(天胤を継ぐ者・e44215)の声に皆が頷く。
 オウガを救う事、且つ人々への被害阻止。その両方を目指す為に此処を選んだ。
 ケルベロス達は、オウガのコギト化をめざすつもりだ。
「命は失わせない」
 黎鷲たちの背後は神社方面。ここで敵を防がねば被害が出てしまう。
「気持ちを入れ替えて、オウガの確保に全力を注ぎましょ!」
 ヘリオンでの移動中は少々ぴりぴりとした雰囲気だったセレネー・ルナエクリプス(機械仕掛けのオオガラス・e41784)だが、今はその刺々しさも見当たらない。滲むのは戦いの前の僅かな緊張感のみだ。
「飢餓状態のオウガの襲撃か……ローカストの時を思い出すな」
 リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)が当時の事を思い出す。
「こうしてチャンスがあるんなら、生まれ変わらせてやりてぇんだよな」
 八崎・伶(放浪酒人・e06365)が隣で答えた。
「ああ。ローカストの時は彼らを救う手立てがなかったが、今回は何とか助けたい。ラクシュミの件を聞く限り、オウガ自身に邪悪な意図はなさそうだ」
「そうだな。俺もダモクレスに生まれてレプリカントに落ち着いた身なんで。なんつーか……境遇が似てるから」
 伶の言葉に、リューディガーが成程と頷いた。
「もしオウガたちと共闘することが出来れば、こんなに心強いことはない」
「だな」
 伶の目がまっすぐに路の先を見据える。
 冬の山の空気と、川の音のさやけさが包む。
 ケルベロス達の布陣は、ここから先へは絶対に突破させない為に考え抜いた配置だ。
「ラクシュミと接触しようというタイミング、加えて節分。何ともタイミングが良いというか悪いというか」
 ガロンド・エクシャメル(災禍喚ぶ呪いの黄金・e09925)は落ち着いた様子で口を開く。
「どちらですか?」
 こちらも落ち着いた雰囲気のアトリ・セトリ(スカーファーント・e21602)が訊ねた。
 ウイングキャットのキヌサヤには前方でディフェンダーを務めるように指示する。
「ふむ。オウガという種族自体には興味がある。アポロンはオウガの角からデウスエクスを作ったというし、何かしらの力や歴史があるのだろう」
 ガロンドの話に、アトリが耳を傾けた、その時だ。
 路の先から近づいてくる気配と共に、騒音が響き渡る。
 ――来る。
 玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)の耳がぴくりと動いた。
「来るぞ。絶対にここは通さん」
 バキリと隘路の木が倒れる。
 雄叫びを上げて向かってくるのは、頭部に赤い角を一本生やしたオウガ。
 グラビティ・チェインの枯渇により知性を失い暴れるその姿は、節分の鬼のよう。
「ラクシュミさんほどの強さは無いとしても、簡単には行かなさそうね」
 氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)はガトリングガンを向けた。

●遭遇
「ガァァ……!」
 その瞳は明らかに知性を欠いていた。
 オウガは、ここに居るケルベロス達の中では一番の長身であるリューディガーよりも僅かに高く、2メートル弱の背丈。薙ぎ倒した樹木を跨ぎ越え、迫り来る。
 まずは真っ直ぐに長槍を繰り出し、薙ぎ払う。
 伶とリューディガー、それから3体のサーヴァントである猫、アドウィクス、キヌサヤへ斬撃。
 迎撃のケルベロス達もすぐさま行動に移った。
 アトリの放つメタリックバースト、輝くオウガ粒子が伶たちを癒して覚醒させた。
 伶は小型治療無人機の群れを操り、自分たちの前方を警護させる。
 足元に描かれる守護の魔方陣は、陣内が地面に展開したサークリットチェイン。
 続いて描かれるのは守護星座、リューディガーによるスターサンクチュアリの輝き。
 ガロンドもヒールドローンで前衛を癒しつつ盾をつくっていく。
 かぐらの轟竜砲、砲撃形態に変形したハンマーが、竜砲弾で敵を破壊する。
 ダメージは与えるものの、鬼の動きが鈍った様子はない。
 セレネーのメタリックバーストの光が、前列で仲間達を包んだ。
「そこを動くな」
 黎鷲の打楔(ウチクサビ)が発動する。グラビティ・チェインで形成した楔、それを敵の影へと打ち込んで動きを封じる。その場に磔にする呪術。
「……かかったか?」
 黎鷲は整った形の眉を上げた。
 鬼が吼えて、槍を振りかざす。

●1分経過
 鬼は素早い動きで槍を繰り出し、強く突き出す。
 狙いはリューディガーだ。
 眼前で最も邪魔な障害を排除したいかのよう、奇声と共に迫る長槍。
 いなすには困難な重い一撃を、防具と銃身を使って最大限に軽減し、受け止める。
 鈍い痛みが骨に響いた。
「……っ」
(「あの時の胸の痛みに比べれば、この程度の傷……!」)
 アトリは空砲を撃つ。リューディガーの周囲に、木の葉が舞う。
「舞い上がれ、快癒の風!」
 アトリの快癒再活の陽風(ブリーズリジェネレイション)。
 リューディガーの足元に起こる木の葉を伴うそよ風。風に乗った木の葉はすぐに霧散。傷を徐々に癒すと共に治癒能力も高める。
 じんわりと痛みが和らいでゆく。
「……助かる」
 予想通りかそれ以上か、ともかく単体を狙った一撃は強烈だ。
 そんな一撃を集中させないよう、伶の斉天截拳撃が鬼へ一撃を与えて引き付ける。
「死にもの狂いなのだろう。小手先でぐだぐだ考えずに、全力で相手を引き止めに掛かるぜ」
「……ああ」
 陣内はマインドシールドでリューディガーを癒し、光の盾に彼を防護させる。
 リューディガーはスターサンクチュアリを中列へ。
 ガロンドはヒールドローンを続けて操り、前方に盾を追加する。
「なんて火力なの……」
 かぐらはサイコフォースの理力で、爆破を起こした。
 鬼のつり上がった目が、かぐらの方をぎろりと睨んだ。
 セレネーのゼログラビトンによるエネルギー光弾が敵へと射出される。ダメージは浅い。
 黎鷲もサイコフォースで爆発を起こし、武器封じを狙っていく。
 ケルベロスたちは守りの態勢と突破を防ぐ陣を整え、戦闘を続行する。

●2分経過
 鬼の槍が再び前列へ振るわれる。
 猫とキヌサヤ、アドウィクスも槍の穂先に薙ぎ払われ、足止めを受ける。
 ケルベロスたちと共にサーヴァントも、鬼へ果敢に向かっていく。
 アトリのメタリックバースト、それに重ねるようにキヌサヤの清浄の翼が仲間達を包む。
 伶はヒールドローンを展開しながら、ボクスドラゴンの焔に指示を出す。
 ボクスブレスの炎を鬼へと吹き付ける。
「猫」
 陣内が短く呼ぶ。
 猫は呼ばれなくても判っていたかのように、その場でふわりと羽ばたいた。しっぽのリングがしゃらりと揺れる。羽ばたきと共に散らばる光は癒しの力。その魔力の源は良心の具現化からなるもの。陣内は己の猫から力を借りて、自らの癒しの力をひきだす――ワイルドグラビティ、翠鳥ノ羽根(ソニドリノハネ)。
 碧い羽根が降り注ぎ、前を守る仲間達の癒す力を強めてゆく。
 リューディガーは自分にマインドシールドで盾を施した。
「この調子で行こう、包囲を崩さないように」
 ガロンドは仲間達に声をかけながら、ハートクエイクアローで鬼を撃つ。
 この場所で迎撃しても、コギトエルゴスム化を狙うなら12分はかかるだろうという予知。
 まだまだ、戦線を維持しなければならない……。
 エネルギーの矢を受けた鬼の体躯が、僅かにだけ傾ぐ。
 アドウィクスが武装具現化で敵に突進した。鬼の腕がうるさげに払われる。
 かぐらの轟竜砲がそこを撃つが、些か浅い。
 しかしセレネーのバスタービームが鬼角に近い頭部へジャストする。
「ガッ……!」
「どう…? 効いたかしら」
 敵にプレッシャーを与えたセレネーの表情は、どこかスッキリとしてきた。
 黎鷲の打楔が、鬼の影へと撃ち込まれる。

●3分経過、戦闘続行
「グ、オオォォ……!」
 鬼は地面を踏みしめ力を溜める。
 筋骨隆々とした腕を膨れあがらせ、目をつり上げ、まさに鬼の形相。気合いで己を癒し、浄化する。与えたダメージもバッドステータスも回復する。
 通常ならば、撃破を目標とする任務ならば、厄介な状況だ。
 だが今の目標、ケルベロス達の狙うところを考えるならば――。
「作戦としては重畳では?」
 アトリの声に、陣内が頷く。
 敵の回復を誘うことは、こちらへの攻撃の手が緩まるということだ。
 知性も無く襲ってくる敵を相手に戦い続ける為の工夫としても、有効だ。
「…………殴り合うしか能の無いその有様、無様なものだ」
 オウガの様子に、黎鷲は低く笑う。
「だがその力、その姿……本来ならば、それに似合う心を持ち合わせている筈だ」
 己を回復した鬼は、槍を手に握りしめ、改めてケルベロス達に身構える。
 その間にもケルベロス達は、陣を整え、敵味方へのエフェクトの発動を狙っていく。
「うむ。仕方ないことではあるが――」
 ガロンドの惨劇の鏡像は、刀身に映し出したモノを具現化する。
「何か聞き出せる形で会いたかったんだけどな」
 語尾はサイコフォースの爆音に重なった。
 4分、5分、鬼との戦いは続く。
 6分、7分、互いに消耗してきたはずなのだが、傍目には拮抗しているように見える。
 鬼の振るう槍も、衰えること無く繰り出される。

●8分経過
 ケルベロスは勿論、サーヴァント達も善戦していた。
 なかでも、猫とキヌサヤによる清浄の翼は、前線の維持に貢献していた。
 ケルベロスを攻撃の矛先にしていた鬼は、彼らの脇でふわふわと飛び回るサーヴァントを邪魔だと判断したのだろう。まっすぐに穂先を突出した。
「キ……」
 口をひらきかけたアトリの声が止まる。
 パサリと羽の音がしてキヌサヤが落とされた。
 咄嗟に癒しのグラビティのかわりに、古錆びた銀のリボルバーを抜く。
 目にも止まらぬ速さで放たれた弾丸は、鬼の槍を狙う。穂先を僅かに砕いた。
 続けて伶のフォートレスキャノンが鬼の片腕を撃ち抜き、陣内の猟犬縛鎖が締め上げる。
 リューディガーの獣撃拳が鬼の腹を捉えた。
「ガッ……!」
 オウガの身体に無数にある角、そのうちひとつが折れて転がり落ちた。
「流石に……ディフェンダーの攻撃では大して効かないか」
「そうかな? しかしここまで来て、うっかり倒すと苦労が水の泡というか」
 軽口めいたことを言いつつも、ガロンドは心を貫くエネルギーの矢を放つ。
 鬼の動きが一瞬止まって、ガロンドを見た。
 アドウィクスは愚者の黄金で援護する。
 鬼の視線はケルベロス達の間を狙っているようにも見える。
「行かせない……!」
 かぐらの竜砲弾が鬼の足を撃った。
 突破防止は最低限の目標だ、
「オウガの突破を許してはいけない、決して」
 陣内の耳がぴくりと動く。
 敵の行動、僅かな音も聞き逃すまいと。
(「良い結果のために考えたとはいえ、自分たちの都合で民間人を危険に晒している」)
 ――だから、オウガの突破は必ず阻止しなければならないのだ。
 セレネーのバスターライフルが、エネルギー光弾を射出する。
 グラビティ自体は的確に放っているものの、敵への動作がどこか八つ当たりめいていたセレネーだが、今はどこか凛とした面差しで状況を見ていた。
「無事では済まないのは分かっていたけど、なかなかきつい。……だけど、誰かが死ぬのを黙って見ているなんて私にはできないのよ!」
 ここに来る前、セレネーは失ったものがある。その所為でヘリオンでの移動中は些かピリピリしていた。
 作戦に支障が出るほど思考が乱れているわけではない。
 だが、痛む心をすぐに忘れることが出来るほど、大人でもなかった。
 けれどそれを引きずっているわけにはいかないし、
(「――今は、作戦を成功させなくちゃ」)
 セレネーの緑の瞳は、澄んでいた。
 黎鷲の放つ、尋常ならざる美貌の放つ呪いが、鬼を動けなくする。

●9分経過、残り3分
 鬼の狙いは、もう一体のウイングキャットだ。
 槍はしたたかに振るわれ、猫へと突き出される。強烈な一撃を受けて力尽きる。
「……3、か」
「まだ保つ」
 陣内とガロンドが頷き合う。
 サークリットチェインの守護陣が淡く輝く光と共に描かれ、仲間達を包み込む。
 鬼のダメージの様子を見ながら、ケルベロス達は仲間の回復を優先する。
 作戦は順調といえるだろう。
 鬼は包囲を突破することも、倒れることも無いまま、戦闘が続いた。
 10分が経過し、ガロンドとセレネーを狙った薙ぎ払う槍も、アトリと陣内によるヒールが飛んですぐに癒した。
「あと1分? 2分?」
 実際の時間より、長く感じるのかもしれない。
 相変わらず強烈な力で槍を振り回している鬼を前に、消耗したケルベロス達が時間を気にする。
「そろそろでは?」
 11分経過した筈だ。
 鬼はまだ立っている。
 まるで最後の力をぶつけてくるかのように、繰り出した強突が伶へ届く。
「おっと! ……平気だ、なんとかする」
 槍と如意棒がぶつかる。槍を弾こうと下から振り上げたが、重すぎて受けるのが精一杯だ。鋭い穂先が届く。しかし強烈な一撃は、防具と気力で最大限緩和したつもりだ。
「っく……」
 吹っ飛ばされてコッチも怪我するだろう。そんな覚悟は最初からあった。
「でも……今ヤツが感じている苦しさに比べりゃどうってことねぇさ」
 伶は口角を上げた。
「――受け止めりゃ、済む話だ……癒せ、天津風」
 巻き起こすのは癒しの風。それを連弾により倍化させ、吹き抜ける弾幕が己を包み込む。
 伶の天津風による癒し、それに続けてアトリのステルスリーフが木の葉を纏わせた。
 ――12分。
 鬼の動きが停止した。

「終わった、か?」
 ガロンドが興味深げな目を向けた。ケルベロス達は見守る中、静かに静かに……変化がはじまる。
「――……」
 鬼の姿をしていたものは、彼らの目の前で、コギトエルゴスムと化した。
「今は眠れ、狂える鬼よ。……次会う時は力のぶつかりあいではなく、言葉を交わしたいものだ」
 黎鷲の言葉が、長かった戦いの終わりを告げた。
 それと同時に、次の機会への可能性を得た。
 オウガを救う行動を選んだ、それが新たな道へと繋がるだろう。
 周囲にさやけさが戻ってくる。
 コギトエルゴスム化したオウガを確認したのち、ケルベロスは周辺をヒールで修復する。
 吉備津神社では節分の神事が行われている頃だろう。

作者:藤宮忍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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