鬼が、来た。
「あぁぁぁぁー……アァァァ!」
中肉中背、手入れもなおざりそうな赤毛。ただ人混みに立てば埋没しそうな青年の背、側頭部からは黄金の角が生えていた。
それこそはオウガ……コードネーム『デウスエクス・プラブータ』、数多のデウスエクスも恐れる腕力の持ち主の証。
丸太の如き鉄塊、金棒とも剣ともつかぬ『戦』と刻まれた凶器を片手に、鬼は山を下りていく。
「メシ……メシダァァァァァーッ!」
オウガの青年の思考は単純明快だった。グラビティチェインを詰め込みたい。バチバチと殴り合えれば更に良い。雑魚狩りはつまらないが『食事』を選ぶほど贅沢な育ちでもない。
邪魔な木々、建物には得物を一振り。手早くどかして先を急ぐ……元に戻すにはどれだけのヒールグラビティが必要か? そんな細かいことをオウガはいちいち気にしない。
彼が下る山道は岡山県が山中、巨石の前から吉備津へと至る道。奇しくも桃太郎ゆかりの地の一つとされる吉備津神社が、その先にはあった。
「鬼が来るぞ、ケルベロス」
集まるケルベロスたちに、リリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)はリィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)たちが探索を進め、得られた予知を説明する。
「場所は岡山県中山茶臼山古墳周辺、時は二月三日……偶然かはわからないが、節分だな」
残念ながらゲートの位置までは特定できなかったが、迎撃するには十分な情報だ。そして、絶対に迎撃しなければならない。
「出現するオウガは極度のグラビティ・チェインの枯渇状態で、知性を失っている。説得や話し合いは全く無理だ。放置すれば欲求のままに人間を殺し、グラビティ・チェインを強奪しようとするだろう」
出現した場所と時期も悪い。オウガたちの向かった先は吉備津神社……鬼と桃太郎ゆかりの地では、節分の神事で多くの人々が集まっている。
グラビティチェインを求めるオウガたちが辿り着けば、想像を絶する惨劇が繰り広げられてしまうだろう。
「考えられる迎撃ポイントは二箇所。オウガたちが出現する中山茶臼山古墳近くの巨石遺跡か、オウガたちが必ず通過する山中……吉備の中山細谷川の隘路出口だ」
場所はどちらも一長一短。
オウガたちはグラビティ・チェインの枯渇状態であり、侵攻を食い止めれば戦闘中にもコギトエルゴスム化しかねない状況だ。
山道を移動した吉備の隘路で戦う方がグラビティ・チェインの枯渇を狙えるが、逆にここを突破された場合は後がない。
出現してすぐに巨石遺跡で迎撃した場合はグラビティ・チェインが戦闘中に枯渇する事はないだろうが、ケルベロスたちも後背を気にせず戦える利点がある。
「どちらを選ぶにしろ、油断はするな。隘路で待ち構える場合でもグラビティ・チェインが枯渇するまで十二分はかかる。十二分あれば、オウガはここにいる全員を叩きのめせる」
人々の犠牲を防ぐという目的からすれば、コギトエルゴスム化を狙う利点は殆どない……全力で殺しきるよりも厳しい戦いとなる。
「皆が遭遇するだろう赤毛のオウガ……月並みだが武器の銘から『戦鬼』とでも呼ぶが、コイツの鈍器じみた剣で、三撃だ。三撃喰らって耐えられるケルベロスはいない」
最高に防御を固めて、三撃。その威力は想像に難くない。防御を重視しなければ二撃目も耐えるのは厳しいだろう。
「攻撃は技という程でもない……殴る、薙ぎ払う、武器ごと叩き潰す。多少マシなのは薙ぎ払いだが、そのぶん広範囲が一度に狙われる」
鉄塊剣とバスタードソードの相の子とでもいうような能力だろうか? 恐らくヒールグラビティも使えるだろう。
遠距離攻撃がないのは救いだが、距離を取って攻撃を誘うような真似に乗ってこないだけの知性と戦略眼もある。要するに強い。
「個々で思う所、考えはあるだろう。判断には何も言わない。ただ、覚悟を決めろ」
作戦、戦術、知恵と勇気。耐える戦いは倒す以上のものが必要になるだろう。
「オウガを滅ぼさずに対処する事ができれば、今後に繋がる……という希望もあるにはある。だがまずは勝利する事だ」
ケルベロスが敗北する時は、多くの市民に被害が出る時であり、ケルベロス自身の身に危険が及ぶ時でもある。
よく考え、決断してほしいとリリエは表情を引き締めた。
参加者 | |
---|---|
クロエ・アングルナージュ(エルブランシュガルディエンヌ・e00595) |
天尊・日仙丸(通販忍者・e00955) |
嵐城・タツマ(ヘルヴァフィスト・e03283) |
因幡・白兎(因幡のゲス兎・e05145) |
湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659) |
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983) |
アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895) |
マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176) |
●鬼が山からやってくる
鬼が山からやってくる。探すまでもなくやってくる。
「予知通りとはいえ、凄いペースね……会敵まで三十秒!」
リズムをとる湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)のギターに合わせ、山なりが響く。力任せにぶち壊し進む音が。
「進行は予定丁度。なかなかできる配達員とみる……が、破壊の押し売りはノーサンキューでござるよ」
「ラクシュミも躾がなってねぇな。いきなりやってきて飯を喰わせろとは」
あきれたものか、感心したものか。天尊・日仙丸(通販忍者・e00955)と嵐城・タツマ(ヘルヴァフィスト・e03283)が感想と共に得物を構えるなか、件のオウガ『戦鬼』は林をぶち破り飛び出してきた。
「ラクシュミもそうだけど、本当に見た目は普通なのよね……ヒールドローン、アンからキャトルまで展開。死なない様にはしてあげるから、精々踏ん張ってね!」
「十分だ。SYSTEM COMBAT MODE」
間を置かずユニットより展開されるクロエ・アングルナージュ(エルブランシュガルディエンヌ・e00595)のヒールドローン。戦闘システムを起動したマーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)が『RED EYE』を起動し、誘導を開始する。
「フヌッ!」
「……なにぃ!?」
……開始しようとした。
横殴りの突風に跳ね飛ばされた因幡・白兎(因幡のゲス兎・e05145)が顔を上げた時、四人の前衛ことごとくが跳ね飛ばされ、山に木に叩き伏せられていた。
「破られ、た……?」
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)は必死に事態を把握する。間近で小さな爆発。クロエの展開したヒールドローンだ。彼女の一手に助けられた。
構えた『アメジスト・シールド』は割れガラスのように欠け、白銀に輝くブレスト・プレートが痛々しくひしゃげている。
「一撃……冗談でしょ、ちょっと」
「あぁ、悪い冗談だよくそ!」
血ごと悪態を吐き捨て、タツマはその身を魔人に変える。更に吐血。
あまりに壮絶な戦場。白兎はぷるんと首と兎耳を振って頭を切り替えた。
この序盤こそが最難関だ。味方の強化、戦鬼への状態異常……どちらも準備途中の今こそが、オウガの膂力は最大火力を発揮する瞬間。全力を注ぎ込まなければ生き残れない!
「見た目はいい子みたいなんですけど……!」
「とにかく、私たちは守りを!」
美緒の護殻装殻術がフローネに御業の鎧を重ね着させる。
早々に叩き落とされたヒールドローンをアーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)が再展開する。
その間にも戦鬼は動く。凶器を振りかぶり、獲物を見定め、跳躍。
「やることはやった、頼むよ!」
山野に埋もれた白兎が叫ぶ。その声にマークの目が明滅した。
「このパワー、ディザスターキングを思い出す……SYSTEM REBOOT!」
衝撃に停止したシステムを再起動。半身を傾け、剣とも金棒ともつかぬ鈍器を『HW-13S』ショルダーシールドで受けとめる。
かつてマークを追い詰めた指揮官型ダモクレスは装甲ごと両断にしてきたが、それに匹敵する衝撃。腕力だけをみれば上回るほどかもしれない。
「ヌゥゥゥッ!」
「……なんて、ね。お見通しだよ、そういうの」
だが切れない。
断ち切ろうとした瞬間、戦鬼の踏み込んだ草むらが勢いよく陥没したのだ。お伽話よろしく、『悪戯兎』の罠に戦鬼はまんまとはまった。
「さ、今のうちに立て直しちゃって!」
「委細承知!」
もちろん、この程度で懲らしめられる戦鬼ではない。白兎に応え、日仙丸は稲妻のように突きかかった。
●力が全てを解決する
「ぐがっ……!」
落とし穴から引き抜こうとする足を鉾槍につかれ、さしもの戦鬼もうめき声をあげた。
狂乱が一瞬抜けた顔立ちは地球人とそう変わらぬようにも見えるが、あくまで一瞬。
「ッテェェッ!」
「なんとっ!?」
己を貫く槍をがしりとつかみ、日仙丸ごと投げ捨てる。相応に筋肉質のフル装備の通販忍者がぬいぐるみか何かのようだ。
「各火器、オールスタンバイ!」
このまま突っ込まれれば終わりだ。アーニャにマーク、レプリカントたちのアームドフォートが連射する。地形を抉り、林を平地に変えていく猛砲撃の中、それでもオウガは歩を止めない。
「これだけ単純だと、搦め手は楽でいいけどさ」
「それで止まってくれれば、ね……」
また落とし穴。更にスネア。次々と罠を起動する白兎だが、クロエのいう通り内心穏やかではない。なにせそのことごとくを力任せに突破してくるのだ、この戦鬼は。
「コイツもくれてやる! くたばれ!」
「ルァァァッ!」
タツマの気合が戦鬼の目前で爆ぜる。鈍器の一打がサイコフォースを相殺したのだ。
「まさに『力技』ね……」
美緒の口からも思わずそんな感想が漏れる。特に突出した個体なのか、それともこれがオウガの普遍的な個体なのか……できれば後者であってほしいが。
「ですが、それでも!」
戦鬼との間合いが再び詰まるなか、フローネは美緒のサキュバスミストを吸い込み盾を構える。
常識離れした相手だが、初撃に比べれば動きをは見えてきた。慣れてきたということであり、戦鬼にも異常が蓄積してきているということでもある。
ならば勝算はある。
「全力全開でいきます! アメジスト・シールド」
「フンッ!」
御業にドローン、ありったけの防御を積層化した『アメジスト・ウォール』が、殴りかかる鈍器を受け止める。砕けながらも、抵抗を増す。
「アーニャさん!」
「承知しました! 時よ凍れ! 光よ展開せよ!」
最後の盾は時間の壁。フローネを支えるアーニャからエネルギーと共に放たれた時空干渉機能が、光の盾が砕ける時間を『止め』ていく。
「『時流光学絶対障壁 クロノ・アイギス』……これが私のっ」
「私たちの盾です……!」
力を得て踏み込むフローネの力が戦鬼を跳ね飛ばす。それは戦鬼の暴力的な攻撃が防がれた、初めての瞬間だった。
●カウント4、3
笑っている。
残り時間は六分そこら。狂乱状態かつ必殺の腕力を破られた危機的状況というのに、タツマの目の前の戦鬼は笑っていた。
「まぁ、俺でもそうだろうがよ!」
不快感はなく、むしろ共感すら覚える。同じ『オウガ』の名をを持つ金属生命体とは別の異質さ……異質だが出鱈目な腕力と生き方は、タツマのそれと何処か通じるものがある。
「オォォォ……シャァァァッ!」
手近な岩に鈍器を叩きつけ、ガリガリと削る。いや砥いでいるのか? 乱暴だが、一砥ぎごとに戦鬼には殺意と闘志がみなぎっていくのが見て取れる。
「それがてめーのヒールか! だったらなぁァァァーッ!」
ならばさっさ殴り飛ばすのみだ。タツマは飛びつき拳の速さと振りかぶる鈍器のリーチが拮抗し、変則的なクロスカウンターが生まれる。
「ガァ……ッ」
二人が吹き飛び、戦鬼だけが立ち上がる。再びの薙ぎ払い。ガンガンと叩き込まれる衝撃が、盾を支えるフローネたちを揺るがし、その肉体を消耗させる。
「八分経過……四分、耐えて! ドゥ、トロワ、照射っ」
『ウィ、マドモアゼル』
クロエの顔に汗粒がにじむ。もう残数もないドローンに、叩き落とされた中から無事なものを再起動。歪ながらも円陣を展開し、なけなしの『Misericorde d'Artemis』修復レーザーを照射する。
「ヒールドローン、VFリング展開……これで最後……HBパルス抽出開始。大事に使いなさいよ……っ」
「I HAVE……!」
再起動するマークと入れ替わり、クロエは機能停止したドローンと共に膝をつく。
癒す側、癒される側双方に限界は近い。
「ENEMY DETOURING! MOVE! MOVE!」
警報を鳴らしながらのマークの砲撃。だがここにきてオウガはひときわ大きく飛んだ。壊せないなら避ければいい、とばかりに。
「そういう知恵はあるの!?」
「知恵っていうか、本能かも!」
絡ませた鎖ごと引っ張られる白兎を美緒の御業が掴み、何とか離す。だが引き離す間にも戦鬼の凶器は目の前にある――。
「欲しい所に欲しいものを。通販道は届ける事と見つけたり……で、ござるよ」
瞬間、前には日仙丸がいた。今必要なものは、二人を守る盾。届けられる盾は、日仙丸自身。
「送料無料ゆえ、螺旋の極地、最期に存分お見せいたす!」
振り下ろされる僅かな時間にも連打される螺旋掌。二人掛りの拘束に『螺旋瞬身連壊掌』が勢いを受け止めるが、それでも勢いは殺しきれない。このままでは三人共倒れだ。
「死ななきゃ……安いもんだぜ……!」
「ガァッ!?」
その最後の瞬間、戦鬼を巨大な腕が掴んだ。あらぬ方向に曲がる腕を無事な腕で掴み、強引な組み付きから、タツマは凌駕した全てを零距離で叩きつけた。
「グ、ガ……!」
「釣りはいらねぇが、てめぇの『一手』はもらう!」
炸裂する『ライツアウト』。グラビティと魂の爆発が隘路を吹き飛ばす。
戦鬼のコギトエルゴスム化まで、残り三分。
●ようこそ、地球へ
爆風を破って飛び出してくるのは一人、戦鬼のみ。
「こりゃ出番かな。柔軟性を保ちつつ臨機応変に対応……ってね」
「白兎さん!?」
前進する白兎に思わずフローネが声を上げる。一般に戦闘中にポジションを移動するのは推奨されない行為だ。しかしこの状況、強くは言い切れない。
「二人が倒れたら、まとめてドカン……だからね」
既にフローネもマークも満身創痍、一撃で倒されて後衛まで抜かれる危険もある。難しい局面だが、白兎は前進する事を選んだ。
「さぁ、悪あがきといこうか……!」
「OK、ATTAAAAACK!」
気迫の声に重ね、マークの『PG-8000』プラズマグラインダーが唸りを上げる。ここまで散々に叩き込んできた攻撃により、戦鬼の動きは確実に鈍ってきている。今ならば。
「ウ、がッ!?」
果たして回転するプラズマグラインダーは鈍器に競り勝った。鈍器を『戦』の文字ごと二つに割り、戦鬼の二の腕までを大きく切り裂く。
誤算があるとすれば、それでも戦鬼が止まらなかったこと。
「離れてください! 全力で……全開を超えます!」
二人を跳ね飛ばし、強引にも突破を図る戦鬼。迎え撃つ最後の盾はフローネ。
腕の『ココロの指輪』へアメジスト・シールドを同調、自らを巨大な盾と変えたレプリカントの少女は戦鬼の前に立ちふさがる。
「オォォォラァァァァァーッ!」
戦鬼は真っ向から挑んだ。止まれなかったか、あるいはあえて選んだか。短くなった鈍器の先端が菫色の輝きをぶち破り、散らしながら中核へ迫っていく。
「十二分経過! フローネさん、逃げっ」
アーニャの悲鳴を遮り、シールドが鈍い音で割れる。
突き刺さる鈍器、暴発する力がフローネと戦鬼を飲み込んで爆発した。
「間に合わなかったけど、間に合った……の、かな」
荒い息で美緒は倒れた戦鬼へと近づいていく。ボロボロだが、ずいぶんと幸せそうな……やるだけやったという男の顔だ。
その微笑ましくも腹立たしい顔は、ピックを拾い上げる彼女の脇でコギトエルゴスムと化していく。
ケルベロス側で無事なのは後衛の二人だけ。咄嗟に放ったピック……『プラズマピックガン』が決まらなければ、自分かクロエか、更に一人の被害が増えていたかもしれない。
このやりたい放題暴れてくれた顔は必ず書き残してやる。そんな思いで、美緒は消えたオウガの顔を心に強く刻み込む。
「無事じゃないけど、無事っていうのかしらね。彼を運び込んで……任務完了、撤収よ」
まぁ何はともあれ、勝ちは勝ちだ。クロエの言葉に、美緒は心を落ち着けて仲間たちを起こしに向かう。
その間にも半壊したスーツをパージしたクロエは、最後の装備……完全防水・耐圧・耐衝撃『フルプロテクト・スーツケース』を開き、コギトエルゴスムをなかへとそっとしまった。
「ローカストの時の事もあるからね。鬼は外……は一端おいとくわ」
「変な感じもするけどね」
クロエの言い分を察し、美緒は冗談めかして笑う。節分にきた鬼でも、こういう時はこういうものだ。
『ようこそ、地球へ』
作者:のずみりん |
重傷:天尊・日仙丸(通販忍者・e00955) 嵐城・タツマ(ヘルヴァフィスト・e03283) フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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