オウガ遭遇戦～剛腕の鬼神

■リプレイ

●欲望と苦痛
「ウゥゥゥ……アガ……グガァ……ッ」
　緑豊かな山を下っていく、飢餓の苦しみに耐える呻き声。
　木々のざわめき、川のせせらぎ。平穏極まるそれらの音も耳には入らず、とり憑かれたように斜面を下る男は、やがて隘路に辿り着く。その道の先に、渇きを癒す手段を求めて。
　しかしそこには、八人の人影が立ちふさがっていた。
「止まれ。進むべき道は此方ではない」
　リューデ・ロストワード（鷽憑き・e06168）はクールに制止の言葉を投げかけた。
「この先は静謐なる社。鬼は通せぬ」
　眼光鋭く、日本刀を男に差し向ける吉柳・泰明（青嵐・e01433）。
「己が道を見失い暴虐に走るならば、阻むのみ。厄除けを、成し遂げてみせよう」
　ケルベロス達は我が身を盾に、オウガの進路を封鎖し待ち伏せていた。
「ググゥ……アグァァァァ……」
　隙なく敷かれた陣営に睨まれた男――燃え立つ赤毛に黄金の角を生やした屈強なオウガは、怒りに似た呻きを漏らす。
「ジャ、マ――ダァアアアアァァァッ！！」
　辛うじて言葉の態を成していながらも、狂気に満ち満ちた咆哮。
　鎧に覆われたオウガの拳が燃え盛り、思いがけぬ素早さで、ケルベロスの陣営を突破せんと突進してくる――！
「ここより、先へは……行かせません」
　たどたどしくも折り目正しく宣言し、唯織・雅（告死天使・e25132）がその進路に割って入った。業火を帯びた拳が、凄まじい衝撃で雅の細身を吹き飛ばす。
　その横合いから飛び込む人影。
「こうなるまでは略奪に走ったわけでなし。まずは理性を取り戻せるよう協力しようか。――じっとしていたまえ」
　ラクシュミへの恩返しのためにも。そう胸中に零しながら、フリードリッヒ・ミュンヒハウゼン（ほら吹き男爵・e15511）の流星煌めく蹴撃が炸裂した。
「グゥ……ッ」
　本能的に飛び退くオウガ。その隙に、ケルベロスの陣営を強化の輝きが次々に満たしていく。
「在りし日の残光。栄光の記録。血塗られた記憶。我が手に宿りし数多の覚悟よ。この痛みを誓約として剣を成す」
　神喰らう血濡れの剣。カタリーナ・ラーズグリーズ（偽りの機械人形・e00366）は思い出す。ダモクレスであった頃の反逆の記憶。数多の英霊との戦いの経験。それらが、次の一手における最善手を脳裏に閃かせていく。
「「鬼は内」と言うヤツだな！」
　光輝く粒子を放出しながら、尊大に言い放つレッドレーク・レッドレッド（赤熊手・e04650）。
「俺様も嘗て助けられた身だ。必ず助ける。我々にはラクシュミへの恩もあるし、何よりこのつわものを敵に回すのは厄介だからな！」
「とは言っても、このオウガへの義理はないし、個人的にはどうでも良いんだが」
　九石・纏（鉄屑人形・e00167）はマイペースにごちながら、ゲシュタルトグレイブに雷を纏わせる。
「ピルグリムの件もある、今後の余計な戦いを避けられるなら、どうにかしてみるか……」
　超高速の突きが、敵の神経回路を貫く手応え。……憐れなばかりのこの命を、刈り取らねばならなくなったとしたら。その瞬間の感触をありありと思い描いて、纏は静かに閉口した。
「やはりのぅ……。倒さずに回収してやるしかないのぅ」
　皆の心意気を汲み、マリー・ビクトワール（ちみっこ・e36162）は笑みを浮かべた。地獄を隠す特別なさらしを巻いた両腕で、自分より大きな愛斧『チェリーブロッサム・アックス』を振り回しながら、果敢に超高速突撃を仕掛けていく。
　飢餓の苦しみに乗算されるように刻まれていく、戦傷の苦痛。
「ガアッ……ヌゥゥゥ――ゥルガアアアアァァァァアァァッ！！」
　錯乱の絶叫が、辺りをこだました。

●二者択二
　握りしめられた鎧の拳は、目にも留まらぬ速さに絶大な膂力を乗せて、最も手近にいたマリーの腹部に食い込んだ。
「ぐぅ……っ」
　強烈な衝撃が内臓を抉る。視界に火花が散り、小さな体があっけなく吹っ飛んだ。
　副次効果を捨てた一手。戦術などという思考は、オウガの頭からはとうに抜け落ちている。だがその火力は、多少の悪手も呑み込んで余りあるダメージを叩き出してくる。
　どこからか漂ってきた煙がオウガの身を取り巻いたかと思えば、次の瞬間、オウガの背後にフリードリッヒの姿があった。
「その拳、砕かせてもらう」
　嗤う悪霊。煙に紛れ――いや、煙そのものに同化しての接近。脈絡のない声に混乱し振り向くオウガの腕に、鎧の上からナイフが突き立てられる。
「捨て鉢の。狼藉……ご遠慮、願います」
　雅は冷徹に、正面に掲げた爆破スイッチを押し込んだ。その瞬間、不可視の爆弾がオウガの腹部で激しい爆発を起こし、屈強なその身体を後方へと押し込んだ。
「地徳は我が方にあるぞ！」
　レッドレークは片膝立ちになり、掌を勢いよく地面に叩き付けた。YIELD-FIELD：C。攻性植物『真朱葛』の赤く染まった蔦草が地を走り、描き出す魔法陣でマリーの傷を癒していく。
　その間、リューデと泰明のマインドシールドが傷ついた盾役達をフォローし、カタリーナのヒールドローンが守護をさらに厚くする。前衛の強化が整っていく。
「痺れてしまえなのじゃ！」
　マリーは懐から爆弾を取り出し、シンプルに投げつけた。パララズ・ダイナマイツ。爆発は広範囲に広がり、オウガの体をも派手に呑み込んでいく。
　纏は自作散弾銃の銃口を、真っ直ぐにオウガに突きつける。
「こいつで……」
　散弾撃ち。引き金が引かれ、飛び散る散弾。無数の弾がオウガの皮膚に打ち込まれ、戦傷を広げていく。
「ギャアァァァアアア――！！」
　身を裂く絶叫。
　オウガは痛みを振り払うように、腕をがむしゃらに振るって牽制しながら突進を仕掛けた。明らかに突破を意図した動き。不意をつかれたケルベロス達が息を呑む。
　しかしその軌道には、周到に陣を敷いていた泰明が待ち受けていた。
「人々を護るが、第一の使命」
　障害を殴り砕かんと打ち下ろされるオウガの拳。甚大な衝撃に防具の一部を砕かれながら、しかし盾役たるを本望とする泰明は、苦を一切表に漏らさない。
「然れど相手の命も繋げる事が出来るならば――」
「選択肢は、多い方が良い」
　リューデは言葉を継ぎながら、泰明へと緊急手術を展開する。その脳裏に浮かぶのは、飢餓ローカストとの戦い。同じ結末を迎えさせたくはないという、強い思い。
　人々を守る使命感と、目の前で苦しむオウガを救いたいと願う義侠心。
　二つの思いを現実に両立せんと、ケルベロス達は人々の生死を握る分水嶺で、死闘を繰り広げた。

●痺れ、眠れ
「久しぶりにこんな重装備したかも……。重い……」
　ぼんやりぼやきながらも、アームドフォートをそつなく操り、主砲を一斉発射するカタリーナ。
「奔れ」
　泰明の声に応えて唸りが響く――刹那、一閃。顕れるは荒々しい黒狼の影、すなわち奔狼。嵐の如く猛然と駆け抜け、雷宿す牙を獲物に剥く。
　稲妻、ミサイル、爆弾、牙。
　隘路を守る攻防のさなか、微かな痺れがオウガの肉体に蓄積されていく。臓腑の深く深くに根付き、潜伏し続ける病のように。
　オウガは暴れ、幾度となく戦線の突破を試みる。しかしそのたび、ケルベロス達は我が身をもって押し止めた。前衛の消耗は激しい。
「まだ……この程度で。告死天使は、墜ちません……！」
　肩で息をつく雅は、なんとか呼吸を整えると、陽光の舟歌を歌い上げる。『活力』と『躍動』とをもたらす朗らかで伸びやかな一編の詩が、ウイングキャットのセクメトのはばたきと共に、自身よりも消耗の酷い仲間を癒していく。
「負傷者が増えてきたな……その傷、俺様に任せてもらおうか！　他の者の守護は頼んだぞ！」
　レッドレークは冷静に戦線の消耗度を見極め、仲間たちとの連携を欠かさずに、真っ赤に光る盾を雅の前に具現化させる。
「耐えろ、倒れさえしなければ、俺が癒す」
　手分けして光の盾を守りの薄い所に付与しながら、リューデは傷つく仲間たちを癒すことしか出来ない歯痒さを押し殺し、努めて冷静な言葉を前衛に投げかけていく。
　治癒と強化で、なんとか戦線を維持するケルベロスたち。
　オウガは徐々に動きを鈍らせつつも、幾度となく果敢に突破を試みてくる。
「ウガァッ！！」
　炎の拳が唸りを上げて、前線の最も弱った所を狙い澄まして打ち下ろされた。
「――ッ！　これは……ちとまずいのぅ……」
　凄まじい膂力にごっそりと体力を削り取られ、マリーは炎に巻かれながら、青息吐息で後衛に声を投げた。
「すまぬ、交代を所望する……！」
「ＯＫ、しばらく休んでいたまえ」
　段取り通り、入れ替わりに前衛に躍り出たのはフリードリッヒ。そう頻繁に使える手ではないが、今回ばかりは前衛の総崩れを防ぐためのギリギリの戦術だった。
　一時的に生じる穴を埋めんと、中衛が猛攻を仕掛けていく。
「……そろそろ、効いてきたんじゃないかな？」
　装備の重さも感じさせぬ身のこなしで敵の懐に飛び込み、ジグザグに変形させた惨殺ナイフで斬りつけるカタリーナ。
（「赤の他人を思いやれるほど、自分が真っ当だとは思ってない。……でも」）
　ひたすらに敵の傷を広げることに徹し続けていた纏は、命を奪うことに対する、とても素直で単純な感情に従って、複雑な形状に変化させたナイフの刃を、オウガの肉に突き立てた。
　彼の命を、助けるための一手として。
「ガァッ！？　グ……ヌウゥゥ……ア、ァァゥ……」
　明らかに、オウガの苦しみ方が変わった。その肉体が、目に見えて痙攣を帯び始めている。神経から来る震えのように。
　潜在していた痺れが、いよいよ目に見える形で表出し始めたのだ。
「来たか……乱れて、散れ」
　皆で抗った時間は、無駄ではなかった。そう零し、リューデは混沌の赤を重ねる。はらりはらりと舞う小さな花弁は、地獄を宿した炎の赤。オウガの全身の、僅かな傷にも降り積もり、内からちりりと焼いていく……。
「ッウァ……ク……カハッ……」
　さらなる痺れの増幅に苦しむオウガ。なんとか拳を握りしめ、打ち下ろそうとするが、体が思うように動かず硬直してしまう。
「追加だよ」
「駄目押しを差し上げよう」
　カタリーナは端的に、フリードリッヒは慇懃無礼に言い放ち、次々に攻撃を仕掛ける。主砲の一斉発射がさらなる麻痺を重ね、惨殺ナイフの軌跡がそれを増幅する。
　オウガの全身が震撼する。咆哮し、喉を掻きむしる。
　飢餓、痺れ、戦傷。今感じているものが、もはやどの苦しみなのか、オウガ自身すら把握していないだろう。攻撃の手は格段に鈍り、三巡に一度、なんとか反撃に出るのがやっと。
「大した力と体力だったが、そろそろ攻撃の控えどころだな！」
　レッドレークはひたすら光の盾を生成する役目に収まりながら、尊大に声を張り上げた。仲間たちも目配せし合い、たちまち自陣に治癒の輝きが満ちていく。
　オウガの余力がいかほどか、正確に推し量る術はないが、これ以上、攻撃を続ける理由は、もはやない。
「ウウゥ……ガァッ！！」
　全身全霊の気力を振り絞り、痺れを掻い潜ったオウガの拳が纏を強襲するも、白と黒の対なる翼が飛び込み、全身で拳を受け止める。
「間一髪、ですね……」
　雅は複雑な安堵を漏らす。すでにセクメトは戦闘不能、体力も心もとない。
　が、今はもう、後を気にする必要はない。
　――刻限だ。
「ガ――……」
　オウガの動きが、唐突に静止した。痺れによるものでも、他のいかなるグラビティの作用によるものでもない、突然の変化。
「飢餓に苦しむ荒魂は、此処にて鎮める」
　泰明は、静かに武具を納めながら、オウガへと語り掛けた。
「鬼神として荒ぶ道ではなく、どうか女神と共に和睦の道を」
　立ち竦むオウガの肉体が、淡い光を帯びた――次の瞬間、屈強な肉体は一瞬にしてかき消えた。
　後には、不思議な輝きを帯びる球状の宝石だけが、残された。

●輝く結晶
「うむ。――成功だな！」
　レッドレークが尊大に胸を張り、誇らしげに声を張り上げた。
　固唾を呑んで見守っていた仲間たちにも、実感が広がっていく。
「良かった……」
「うむうむ」
　静かに胸を撫で下ろすカタリーナと、ご満悦に頷くマリー。
　リューデも安堵の吐息をつき、皆に敬意の視線を送った。
「……見事だ」
　各々が各々の役を全うし成し遂げた、オウガのコギトエルゴスム化。
　不可思議な宝石を、纏は丁重に拾い上げた。
「ここからじゃ、神社、見せて上げられないか……」
　呟きにかすかな無念が混じる。さすがにこのまま神社にまで持ち込むのは不用意だろう。
　コギトエルゴスムからの復活を果たせれば、希望は開けていくはずだ。
「まずは持ち帰って、後はラクシュミに任せようか」
　フリードリッヒの言葉に、皆は頷いた。
「願わくは、次の目覚めは良きものであるように。――穏やかに、仲間として会える事を願っている」
「あなた方も……私達と、同じく。この地球の、民として……生まれ変わる事。心より……お待ちしてます」
　泰明と雅の柔らかな言葉が、コギトエルゴスムに注ぐ。
　たおやかな手に優しく撫でられた宝石は、まるでそれに応えるかのように、きらりと小さく輝いた。

作者：そらばる	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年2月3日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 0
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