●猛る命、燃える刻
巨大な岩。
ああ、腹が減った、腹が減った、腹が減った。
つま先から角の先まで空腹を訴える身体。
引き締まった腹筋の上に乗った大きな胸を揺らし、彼女は空に吠える。
「が、あ、ああああ、あああああ!」
喉から漏れる声は意味を成さず、飢餓に狂う瞳では空すら血の色に染まっているように見えた。
腹が減った、腹が減った、腹が減った。
腹が減った。腹が減った。腹が減った。
「……じゃ、ま!」
言葉と共に鉄棍棒を振り抜くと、目の前の邪魔な巨岩が発泡スチロールのように爆ぜ抉れる。
バラバラと石粒が散って鬱陶しそうに瞳を細めた彼女は、突然誘われたかのように歩きだした。
「ほしい」
グラビティ・チェイン、グラビティ・チェイン、グラビティ・チェイン。
「ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ほしい、ああ、あああああああ」
黄金の角を生やした女。
コードネーム「デウスエクス・プラブータ」――オウガ。
意味を成さない言葉を漏らしながら、彼女は歩く。
この飢えを癒やすであろう、唯一の方法。
グラビティ・チェインを求めて。
●飢餓に狂う鬼神
集まったケルベロス達に資料を差し出すボクスドラゴンのイド。
「というわけで、オウガの大量発生が予知されたわ」
畳んだ翼に大きな角。椅子から垂れた尾がゆらゆら揺れる。
リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)は椅子から立ち上がる事も無く、皆に視線だけ向けると資料と口を開いた。
「2月3日。場所は岡山県中山茶臼山古墳周辺。現れるオウガはグラビティ・チェインが枯渇状態で考える力は完璧に失っている感じ。人間を見つけ次第グラビティ・チェインを奪おうとするわ」
「日付と場所は解ったんだがなぁ、残念ながらゲートの位置までは解らなかったんだ。力及ばず、すまんな」
資料を読み上げるリィの前に座ったレプス・リエヴルラパン(レプリカントのヘリオライダー・en0131)がゆるーく言葉を継ぎ、片目を瞑って立体資料を展開する。
掌の上に映し出されたのは、吉備津神社だ。
「それでも向かう場所はバッチリ解っているぞ。節分の神事で賑わう吉備津神社方面にオウガ達は向かおうとしている、そりゃ人が多ければ多いほど奴サン達も潤うだろうしなァ」
うんうんと頷いたレプス、リィは指を2本立てて見せた。
「私達がオウガを迎撃可能な場所は二箇所」
一つ目は鏡岩を始めとした巨石遺跡が多く存在する巨石群。
この場所で迎撃した場合は、周囲に一般人も居ないため戦闘に集中する事ができるだろう。
次いでリィは指を折り、1を作ってみせる。
「そして、もう一つ」
二つ目のポイントは、吉備津神社へたどり着く為に必ずオウガが通ると予知された場所。
吉備の中山細谷川の隘路の出口だ。
この場所は人が多く集まっている吉備津神社がほど近くに有る為、突破されてしまうと一般人の被害は免れないであろう場所だ。
「被害の可能性を考えれば巨石群で戦う事が鉄板なんだろうが……、今回のオウガ達は枯渇状態にある。つまり、戦闘を長引かせる事ができればコギトエルゴスム化する事も考えられるンだよなァ……」
オウガと言えば思い出せる顔。
そう。
オウガの女神ラクシュミだ。
彼女はケルベロス達と共闘を行ったり説得に応じたりと、友好的に動いてくれる事も多い。
「今回現れたオウガ達が死んでしまうより、コギトエルゴスム化した方がまだラクシュミに良い顔できるって事ね」
「平たく言えばそうだが、リィクンめちゃめちゃ平たく言うなァ……」
レプスは頭を掻き、あー、と声を漏らした。
「ま、そういう訳で。巨石群で戦った場合は20分程、隘路の出口で戦った場合は12分程でグラビティ・チェインが枯渇してコギトエルゴスム化すると思われる。……が、現れたオウガはかーなーりー強い」
その為、チームごとに割り当てられているオウガの数は1体ずつだ。
このチームが対応するオウガも、飢餓を癒やす為ならば力任せに全てをぶち壊さん勢いで立ち向かってくるだろう。
「奴サン達は飢えているからな、こっちの事情なんてお構い無しだ。常に全力で殴りかかってくる。つまり無理に戦闘を長引かせようとすれば――」
敵を倒せる時に倒さない事は、自らの命を捨てる事と直結する可能性もある。
レプスは喉を鳴らし、細く細く息を吐いた。
「……くれぐれも気をつけて作戦は選んでくれ。敵の命を拾うにはそれ以上の強かさと知恵が必要だ。もしその選択をする場合は相応の作戦や戦術を練って欲しいぞ、お前たちの命が持っていかれる所は俺ァ見たく無ェからな」
「そうね。私もまだ死にたくは無いもの」
だって、まだリィは自分で自分が好きだと思えるような素敵な大人になってはいない。
だからこそ、だからこそ。
いつの日か――あなたに誇れる私であるために。
「さぁ、皆行きましょうか」
リィはイドを抱えると、ケルベロス達に首を傾いだ。
参加者 | |
---|---|
一恋・二葉(暴君カリギュラ・e00018) |
フェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357) |
アルケミア・シェロウ(トリックギャング・e02488) |
朔望・月(既朔・e03199) |
シィ・ブラントネール(祝福のヌーヴェルマリエ・e03575) |
リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674) |
ピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330) |
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432) |
●熱
肌を刺すような風が冬枯れの枝を揺らす。
漏れる呼気は荒く、背より伸びた黄金の角は歪な翼のようであった。
「あ……」
棍棒で地面を掻きながら歩む女はケルベロスの姿を認めた瞬間。
一気に地を蹴り、踏み込んだ。
彼女達の間に音もなく立ちはだかるのは、モノクロームの執事シャーマンズゴースト、レトラだ。
彼が両腕を交わして固めたガードに棍棒が振り下ろされ、衝撃に後退りする身体の両足の形に地を削る。
裂傷が走り、自らに祈りを捧げるレトラ。
「いい子よ、レトラ」
間髪入れず、シィ・ブラントネール(祝福のヌーヴェルマリエ・e03575)の構えた砲台より放つエネルギーの矢。
「――はじめまして! オウガのお嬢さん!」
「見た目以上に力強いね、怖いから動けなくしちゃうよ」
合わせて一瞬で懐に飛び込んだプラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)が、紫電纏う槍を叩き込んだ。
「ぎ……ッ」
絞り出すような声を上げて傷を庇うよりも次撃に構え。棍棒を上げながらバックステップを踏むと、ケルベロス達より距離を取る彼女。
間合いを取りながら、プランは彼女を観察する。
身体から多数伸びる特徴的な角、圧倒的な腕力。
オウガ――、女神ラクシュミに関係するデウスエクス。
「出来るだけ殺さずに無力化できれば良いのだけれど」
プランのそんな思いを知る事も無く。飢餓に支配された彼女は殺気を撒き散らし。
もっと食べやすそうな『ごちそう』を本能的に感じているのであろう、道の奥を狙って瞳をギラギラとさせて殺気を迸らせる。
「ぜってぇー、通さねえからな、です!」
蒼晶剣を握りしめた一恋・二葉(暴君カリギュラ・e00018)は、朗々と宣言した。
ポジションを指示されなかったテレビウムのふたばちゃんねるが少しだけパタパタしたが、ジャマーに収まり。
ケルベロス達は神社に続く道を背に、守勢に回る形で隘路を塞ぐ形で二重に組まれた陣形を保つ。
「その為の2重食べかけドーナツ作戦っ! 絶対に成功させよーっ!」
くるんと杖を一度回転させたフェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357)は、神様(志望)らしく厳かに杖より閃光を放った。
「はいはい、食べかけドーナツね」
生み出したリンゴ型のエネルギーを手のひらで跳ねさせるリィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)が無表情に応じ、イドと同時にレトラへ加護と癒やしを与える。
「うんうん、食べかけドーナツだね。……さてと、時間稼ぎだよね」
リィと同じく、軽く流したアルケミア・シェロウ(トリックギャング・e02488)はエアシューズを踏み鳴らした。
「わたしが引きつけるから、援護お願い。――さぁおいで」
私が相手だ。
下がる皆と入れ替わりに、アルケミアが突っ込む。
反射的にオウガが振り抜いた棍棒を、躱す形で滑り込み。
振り返りに合わせて死角に回り込んだアルケミアは、握り込んだ拳を叩き込む。
うっとおしそうにオウガは逆水平に棍棒を薙ぐが、アルケミアはぴたりと張り付くようにステップを踏んで避ける。
オウガの瞳に、飢餓の奥に怒りの色が宿る。
「アルケミア。……回避を失敗しても庇ってあげる、でも」
その分仕事はしなさい、と悪童の名を持つオウガメタルを身体に張り巡らせるリィ。
「了解」
感じる圧に頷くアルケミア。
蒼晶剣を両手で握りしめた二葉が、すう、と息を吸った。
「剣よりい出て守り給え」
全力で地に叩きつけられ、割れ弾ける日本円で八千五百万と二千五十円たる蒼晶の剣。
簡単には作れぬ剣。
――二葉はそれだけ本気だという事だ。
「ここから先は誰も立ち入れぬ、二葉だけの領域!」
小さな暴君。
空を舞い散る蒼晶の破片は、仲間達の加護と化し。攻防一体の自立兵器として展開される。
重ねる形で鎖を地に張り巡らせ、加護の形を描く朔望・月(既朔・e03199)。
「が、あ……っ!」
オウガの呻きは言外に語る。
何故邪魔をするのか。
私はただ腹が減っているだけなのに。
苦しいだけなのに。
彼女の戦い方を見極めようとする月の視線と、彼女の視線が交わる。
言葉にならぬ言葉は、オウガの瞳に宿る狂気の色となり揺れる。
「……っ」
感情が湧く前に足が震えた。
これが『怖い』ということなのだと、心よりも先に体が勝手に警鐘を打ち鳴らす。
ビハインドの櫻が主の様子に、服の裾をぎゅっと掴んでから金縛りを放ち。
息を吐いた月は恐怖を振り払うように首を振ってから、鎖を引き絞った。
立ち竦んでいる暇は無い。
この背には誰かの日常を背負っているのだ。
「ありがとうございます、櫻。……怖がっている場合じゃない、ですね」
怖がらない、逃げない。今自分ができる事を、する。
余裕は無いが、退くつもりも無い。
月はオウガを睨め付ける。
●狂
「そーれ、鬼は外です」
黄色いひよこファミリアのピヨコを、投げつけるピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330)。
仲良しでも投げる時は投げる。
むしろ得意と言えよう。それがピヨリだ。
豆の代わりに投げられ飛んでいったピヨコが叩きつけられ、わたわたしながらも熱を放つ。
「じゃ、ま!」
「ピヨッ!?」
顔に張り付いた熱源に思い切り噛み付くオウガ、ぴきゃっと跳ねてピヨコが慌ててピヨリの元へと逃げ出した。
「おのれ、ピヨコを食べようとするとは卑怯ですよ」
緊張感の薄い表情と口調で、ピヨコを持ち上げるピヨリ。
「じゃま、を、するな」
唾と羽毛を地に吐き出したオウガは、拒絶を表す。
「苦しいよね、辛いんだよね。でもごめんね。今から私たち、君に酷いことすると思う」
真っ直ぐに彼女を見据えて言葉を紡ぐフェクト。
首を振ると、十字架が跳ねた。
「だまって、よこせ」
短く切り捨てたオウガが、張り付くアルケミアに向かって捻りを加えた棍棒を薙ぎ払った。
アルケミアの身体は身軽だ。
しかし、それ以上にその破壊的な力は速く暴力的であった。
避けきれず、受け身を取ろうとしたアルケミアを突き飛ばす竜尾。
リィの駆動する竜牙の刃が棍棒と噛み合い、モーターの空回りする音が響いた。
「……フェクトの言う通り、今から私達はあなたに酷い事をするわ」
放たれた衝撃波が、内蔵を貫く痛みを生む。
「向こうの人混みよりも、私達のほうがグラビティ・チェインは多い。欲しいなら奪ってみなさい」
ぎり、と奥歯を噛んで言葉を紡いだリィの背後より、シィが飛び出した。
「――問答無用の力技、行かせてもらうわ!」
その姿は、平行世界の『オウガとして生まれ育ったシィ』の姿だ。
『仲間』の姿に目を見開くオウガ。
もみ合う形で二人の鬼神は絡み合い、地面を転がり殴り合う。
「……中々早いじゃないの」
直ぐに立ち上がり軽口を叩くアルケミア。
「いてて……」
放射状の衝撃波はフェクトをも貫いていた。
身体は痛い、でも。
「大丈夫だよ。神様を……私たちを信じて! 君を、助けさせてほしい!」
それはフェクトの紛れもない本心。
神様を目指す彼女には、救えるかもしれない命を見捨てる事はできない。
プランの白く長髪が跳ねた。
シィを弾き飛ばして立ち上がった、オウガの背に抱きつくように白い指が彼女の頬を撫でる。
「貴女を夢で捕らえてあげる、……この夢は私の思い通りだよ」
耳元で囁くサキュバスの蜜のように甘い声。
紫瞳が怪しく揺れ、オウガの夢と現実の境を曖昧と化す。
狂おしいほどの飢餓は癒やされることも無い。
自分の身体は――。
獣のように吼えた彼女から、ウサギのように跳ね離れるプラン。
「腹がへった、いたい、くるしい」
その姿は故郷を失い路上で生きていた頃のリィの姿と重なる。
永遠に続く飢餓。
その苦しみを、リィは誰よりも理解できる。
「飢える事は苦しいと思う。でも、こちらも命が懸かっているし、大人しく喰われてあげる気は無いわ」
けほ、と血を吐き出して。リィは彼女をまっすぐに見据えた。
●庇
「わたしは歌う。わたしは願う」
あなたへと繋がる「奇跡」があるならば、いつか。たどり着くその未来に。この歌が、祈りが、届くように。
月の紡ぐ歌は暖かな光となって、味方を癒やす。
ケルベロスたちは守勢を保ち、重ねるヒールで戦線を保っていた。
隙あらば包囲網を掻い潜ろうとするオウガの前に、ピヨリは立ちはだかる。
「通せんぼです」
放つのはピヨコ。ぴ、と鋭く鳴いたピヨコが一直線にオウガを貫き駆ける。
貫かれながらも、更に押し込むオウガ。
櫻が腕をぐいと退くと、少しだけ勢いを殺され。首を振った瞬間。
棍棒を構えなおした視界の端に、アルケミアが写り込んだ。
幾度も繰り返された拳による挑発が脳裏に過り、血が昇る。
揺らめく狂気めいた怒りの色。
低く構えた体勢から、回転を乗せて棍棒が叩き込まれる。
軌道を見てから、地を蹴るアルケミア。
これまでの攻撃も半分程は避けられただろうか。
今回も避けようと身を捩るが、蓄積されたダメージは身体を鈍らせていた。
「くっ!」
「アルケミア!」
二葉が庇いに入るが、一歩遅い。
幾度目かの衝撃にアルケミアの意識はぐらりと薄れる。
「ぐ、っ、……後は、頼んだよ」
最後の力を振り絞り、間合いを取った彼女はそのままぐったりと倒れ込む。
「ええ、ええ。任せろ、です」
追撃を重ねようとしたオウガの腕を、二葉はがっちりと掴んでいた。
仲間をやらせる訳にはいかない。
一瞬交わされた視線。
敵ながらに意図を酌み交わしあったオウガと二葉は同時に頭を振りかぶると、頭突きを叩き込みあった。
「痛えですけど、……この程度じゃねーだろ、ですっ!」
衝撃にぐわぐわと揺れる頭蓋。
吠える声音は自らを奮い立たせる。
ふたばちゃんねるが走り込んで凶器を振り回した。
瞬間。
腕を離した二葉はグラビティすら籠めぬ両足を彼女に叩き込み。その衝撃で彼女達は同時に後ろに飛んだ。
アルケミアが倒れた事で、少しだけ薄くなった包囲網。
祝福の矢を放つシィは意識を失った友達に一瞬だけ視線を向けて、『目的』を達成するために前を向く。
「少しだけそこで眠っていて頂戴!」
「もう少し、……もう少しだよ。頑張ってきてね」
杖に軽くキスをしたプラン。
杖が解け、白い蝙蝠と成ってオウガへと飛び込み。
オウガは苦しげに呻いた。
飢餓が強くなっているのであろう、重ねられたバッドステータスも身体を引きずらせる。
「少しドーナツが食べられちゃったけれど、あなたを――私が祝福してあげるっ!」
魔力を渦巻かせたフェクトがライトニングロッドを振り抜き、その声に応じたオウガは反転してガードを固めようとする。
が、思うように身体が動きはしない。
「お腹が空いているのよね。……もう少しだけ辛抱なさい」
首を傾いだリィは、自らのエネルギーを凝縮したリンゴを齧って見せる。
もちろん結晶体は食べる事はできない。
瞬く間にリィの魂に溶け込む癒やし。
しかし、それですらどこかオウガは羨ましげに口を開いた。
「ア」
零れる音。
「アアアアアアッッ!」
ビリビリと木々を震わせるオウガの絞り出した音。
手負いの獣という言葉を体現したかのような彼女は、瞳に揺れる飢餓という狂気そのままにケルベロス達を睨めつけた。
「喰わせろ」
狙いは――アルケミアだ。
金の糸のような髪。
シィは天使の翼を大きく広げると風を飲んで加速し――勢いそのままオウガへと飛び込んだ!
「ぐうっ!」
苦痛に、飢餓に歪むオウガの表情。
「ワタシの友達に――、アルケミアに手をださないでほしいわ!」
『Systeme Solaire』をひたりと構えると、シィはオウガを睨めつけた。
●風
未だ重ねられる剣戟。
倒れたふたばちゃんねるとイドは、ピヨリによってアルケミアと同じく遠くに放り投げられていた。
桃色の霧を纏ったプランが、巫女の服を揺らして踊るように。ステップを踏みながら瞳を細めた。
ずいぶんと弱った様子のオウガに、白い蝙蝠が小さく鳴き声を上げる。
「そろそろ時間だね」
「そのはず、です」
月は息も絶え絶えに呟く。
たった12分、しかし地獄のように長く感じる12分であった。
「あ、あ、あぅ、ぐっ!」
今にもまろびそうな足取りだが、オウガは闘志を削がれた様子も無く構える。
その様子に月は身体の痛みでは無い痛みに眉根を寄せて、拳をぎゅっと握りしめた。
「――そろそろ本気出します、だから、あなたも本気だして下さい」
同じく息も絶え絶え、ピヨリが宣言する。
彼女の闘志に応えるように。
「そうですね。そろそろ二葉も本気、です。さあ、かかってきやがれ、です!」
二葉も応じ、同じく惨殺ナイフを構えた。
最初に出会った時と同じく、全身の筋肉をバネのように撓らせ。地を踏みしめてオウガは跳ねる。
「させないわ」
リィもその意志には本気の意志で返す。
たとえ庇わねど、終える戦闘だとしても。
腕を這う悪童。
十字に構えた腕に飛び込んできたオウガの棍棒が、直前で溶けた。
ガードを解き、差し出したリィの掌の上に黄金の宝石が零れ落ちる。
デウスエクスの結晶――コギトエルゴスムだ。
「……今度会うときはゆっくり、いっぱい話そうね」
フェクトは、黄金の宝石へと語りかける。
神様は、人々を守るものだ。
「あーーっ、つかれたじゃねーか、です!」
裂傷、骨折、出血。力を重ね、歩ける程度に身体を癒やす。
「本当よーーっ」
ふたばちゃんねるを抱きしめて、ぐてっとその場に座り込んだ二葉とシィ。
アルケミアを拾ってきたレトラがお姫様抱っこから、片手に座らせる形に変えると。
シィを逆の手で同じく抱き上げた。
「まぁ、レトラったら本当に良い子」
優しい腕に抱かれ、シィはほうと息を吐く。
「羨ましいですね」
ピヨリも疲れているのだ。お姫様だっこ。ピヨコをじっと見る。
勿論無理だ。首を左右に振るピヨコ。
だってひよこだもの。サイズが既に無理である。
「少しくらい大丈夫じゃないかしら?」
「リィ先輩!」
「ピヨコチャレンジ!」
イドを雑に持ったリィが首を傾ぎ、フェクトがおーっとテンション高く腕を突き上げてみせた。
「いや無理じゃねー、です?」
小さな声で二葉が呟くが、じりじりとピヨコは追い詰められていた。
「これで大丈夫かな」
壊れた橋柵やアスファルトにヒールを施しながら、仲間の様子にプランは肩を竦める。
「……ゆっくり眠ってね」
コギトエルゴスムも夢を見るのであろうか。
なんて少しだけ考えて、プランは瞳を閉じる。
吉備津神社に集まる人々の声は、ココからは聞こえはしない。
他のチームも戦闘を終えたのであろう。
聞こえるのは川を流れる水音。
木々のさざめく音。
「――……」
風の音を聞きながら、月は櫻と手を繋いで川を眺めていた。
冬の匂いのする風はとても冷たい。
戦闘に火照った身体をすぐに醒ましてくれそうであった。
作者:絲上ゆいこ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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