オウガ遭遇戦~想いの天秤

作者:小鳥遊彩羽

 そこは、岡山県のとある山中。幾つもの巨石が並ぶ遺跡のような場所に、ふらりと現れた巨大な影があった。
 外見は人間とほとんど変わらないが、頭部や背から『黄金の角』を生やしたその姿はまさしく異形。
 それは、コードネーム『デウスエクス・プラブータ』――鬼神、あるいはオウガとも呼ばれる、生まれながらに、その体躯に関わらず、他のデウスエクスを圧倒する程の凄まじい『腕力』を有するデウスエクスであった。
「オオオオォォオオオ――ッ!!!」
 オウガは苛立った様子で、力任せに巨大な棍棒のような得物を振り回した。力任せに薙いだ一撃で巨石のが砕け散ろうとも、それすら厭うことなく異形の力を振るい続けるオウガ。
 血走った眼は己が食らうための獲物を探すようにぎらりと淀んだ光を灯し、そこに、ひとの言葉は届かないように思えた――。

●想いの天秤
 リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)を始めとする有志のケルベロス達の調査と探索により、オウガに関する予知を得ることが出来た――と、トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はその場に集ったケルベロス達へ説明を始める。
「場所は岡山県にある中山茶臼山古墳。その周辺に、多数のオウガが出現することがわかったんだ」
 オウガの出現日が2月3日であることは判明していたが、これまでは彼らのゲートの位置までは特定が叶わなかった。それが、ついに明らかになったのである。
「ただ、オウガは極度のグラビティ・チェインの枯渇状態……言わば飢餓状態にあって、ひたすら人を殺してグラビティ・チェインを得るということしか考えられない状態にあるみたいなんだ」
 この状態では話し合いの余地などなく、戦うしかないとトキサは続けた。
 グラビティ・チェインを求めてオウガ達が向かうのは、節分の神事により大勢の人々が集まっている吉備津神社方面だという。
「そこで、皆には『中山茶臼山古墳』から『吉備の中山細谷川』までの地点でオウガを迎撃してほしいんだ」
 中山茶臼山古墳周辺には、表面が鏡のように平板だという鏡岩を始めとした巨石遺跡が多く存在し、その巨石の周辺にオウガが現れることが多いとのことだ。よって、この巨石周辺で現れた直後のオウガを迎撃するか、あるいはオウガが必ず通過することになる、吉備の中山細谷川の隘路の出口で迎撃することになるだろう。
「皆に戦ってもらうオウガは1体。棍棒のような武器を持って、力任せに攻撃してくるみたいだよ」
 そう前置きし、トキサは少し考えるような間を挟んで続ける。
 オウガの迎撃地点は2か所。
 出現ポイントである巨石群で迎撃した場合は周囲に一般人などもいないため、戦闘に集中することが出来るだろう。
 なお、ここで戦闘を行った場合、グラビティ・チェインの枯渇によるコギトエルゴスム化まで20分程度かかるため、オウガがコギトエルゴスム化する前に戦闘に決着がつく可能性が非常に高くなる。
 もうひとつの迎撃ポイントは、吉備の中山細谷川の隘路の出口だ。
 途中の経路は不明だが、オウガは最終的にこの地点を通過するため、ここで待ち受けることで確実に迎撃が可能だ。
 そして、こちらで迎撃した場合は、戦闘開始後12分程度でグラビティ・チェインの枯渇によるコギトエルゴスム化が始まると想定される。
 しかしながら、こちらは節分の祭りで多くの人々が集まっている吉備津神社からさほど離れておらず、ここで突破されてしまうと一般人への被害は免れないため、こちらで戦うつもりなら突破されないように注意して欲しい、と、トキサは真剣な眼差しでケルベロス達へ告げた。
「皆がどちらの地点でオウガを迎撃するとしても、オウガの戦闘力は高く、敵は常に全力で攻撃をしてくるだろう。だから、例えば……わざと戦闘を長引かせるような作戦とかで戦闘に臨んだ場合は、こちら側が大きく不利になってしまうだろうね」
 コギトエルゴスム化を狙う場合は、相応の作戦や戦術が必要になるだろう、そうトキサは言い添えた。
「オウガは非常に戦闘力の高いデウスエクスだから、まずは勝って、無事に戻ってくることを考えて欲しい。その上でオウガを助けるかどうかは、……皆の選択次第だ」
 オウガの命運は、ケルベロス達の想いと力に委ねられている――。


参加者
鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)
ロゼ・アウランジェ(アンジェローゼの時謳い・e00275)
メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)
月海・汐音(紅心サクシード・e01276)
月織・宿利(ツクヨミ・e01366)
茶菓子・梅太(夢現・e03999)
巡命・癒乃(白皙の癒竜・e33829)
月・いろこ(ジグ・e39729)

■リプレイ

 鬼の咆哮が、森を震わせる。
 オウガを迎え撃つ地としてケルベロス達が選んだのは、吉備の中山細谷川。
 抗えぬ狂気に囚われたオウガの姿は、まさしく鬼そのものであった。
「獲物なら神社じゃなくてここにいるだろ。――この先には行かせない」
 飢えを満たすべくいのちを求める、その行く手を阻むように立ち塞がり、鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)は素早く地を蹴った。天空から降る虹の軌跡が一直線に鬼を穿った刹那、もうひとつ空を翔けた虹は冴えた青い焔を伴って。
「……本意じゃない殺しなんて、させたくねぇしな」
 ここで止めると決めた。ならば後は全力を尽くすのみと、月・いろこ(ジグ・e39729)は微かに眉を下げて微笑う。
「耐久戦はあんまり得意じゃないけど……なぁんて、言ってられねぇか」
「奇遇だな、俺もだ」
 小さく肩を竦めたいろこに、ヒノトが肩を揺らして応じる。
 直後、オウガの瞳がヒノトの姿を捉え、手にした得物を振り下ろした。
「いいぜ、来いよ!」
 滾る殺意をヒノトが真正面から受け止めた刹那、金翼を羽ばたかせてロゼ・アウランジェ(アンジェローゼの時謳い・e00275)が空を舞った。
「貴方を殺さず止める。貴方に誰も殺させずに守る。――いくらでも歌って足掻いて掴んでみせる、貴方と歩める可能性を!」
 常磐の瞳に希望と決意の光を灯し、ロゼは翼の名を冠した風靴で星を落とす。
「貴方の苦しみを、ここで受け止めます!」
 ロゼの確かな想いも一緒に届けようとするかのように、今回は回復だけという指示を与えたテレビウムのヘメラは、懸命にヒノトを鼓舞する動画を流して。
 ヘメラが流す動画から響く歌声に目を細めながら、月織・宿利(ツクヨミ・e01366)もまた、盾としての役目を果たすべく真白の鞘から刀を抜いた。
「試してみましょうか。この場所を選んだからには、護りきってみせる。――火依り生まれし傷よ、黄泉への契りを交わせ」
 刀身から放たれたカグヅチの炎がオウガに絡みつき、元より正気でない彼の鬼の意識を殊更に掻き乱す。尽きぬ怒りに燃える瞳が次に映したのは、宿利のオルトロス、成親だった。神器の瞳が炎を躍らせ、オウガがくぐもった声を漏らす。
「鬼さん此方……ほら、余所見しないでね。貴方が見るのはこの先の人々じゃなくて、私達よ」
 宿利は真っ直ぐに鬼を見据える。凄まじい力に圧倒されるような感覚こそあれど、そこに『怖れ』はない。
「オウガ、鬼神……なるほど、アレがそうなのね」
 呟きひとつ、月海・汐音(紅心サクシード・e01276)は金の髪を靡かせながらオウガとの距離を一気に詰め、捕食モードに変形させたブラックスライムを解き放った。
「動きを止めるわ」
 例え厳しい戦いになったとしても、ここを突破される訳にはいかない。そう思うのは汐音も同じ。
 間近に迫った黒い影に視界はおろか全身を飲み込まれ激しく身を捩らせるオウガの元へ、もうひとつ、小さな白い影が迫った。
 望まぬ罪を犯し、命を奪わぬように。
 いつか分かり合えるだろう、その時のために。
 飢えに苦しむ魂がいつか癒され、共に歩める日のために。
(「我々だからこそ、出来ることを為しましょう」)
 巡命・癒乃(白皙の癒竜・e33829)は無我夢中で振るわれるオウガの得物を如意棒で捌きつつ、一瞬の隙を突いて強かな一撃を打ち込む。そして、同時に動いたシャーマンズゴーストのルキノは自らの爪を非物質化し、霊魂への一撃を。
「――ばかね、必要なのは福だけよ。痛い思いをする準備はいいわね?」
 もっとも、ぶつけるのは豆ではないけれど、これもある意味『鬼退治』だろう。
 黒鎖を手繰り、メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)は前衛の仲間達に堅牢な護りの祝福を届ける。
 そこにもう一つ重なる魔法陣は、茶菓子・梅太(夢現・e03999)の手によるものだ。
 メロゥと梅太はほんの一瞬、眼差しを交わして小さく頷き合う。
 想いは、それだけで十分に伝わった。
 鬼へと向き直り、メロゥは星の煌き燈す瞳にその姿を映し出す。
 ここから先は通さない。何があろうと、――食い止める。
「――さぁ」
 手の鳴る方へ、いらっしゃい。

「っ、気をつけて下さい、来ます!」
 稲妻帯びた超高速の突きを見舞ったロゼが注意を促した直後、オウガの渾身の力と共に振り抜かれた棍棒が唸り、吹き荒れた風が前衛陣を襲う。
「……わっ」
 範囲外であっても届きそうな勢いに、梅太が小さく声を漏らし。
「……盾で守られているとは言え、確かに何度も受けられる威力ではないわね……でも、こういう戦い方も苦手じゃないわよ?」
 ディフェンダー達が受けたそれはまだ完全に力を封じ切れてはおらず、汐音は小さく零すと、昏く赤い瞳で確りと鬼の姿を捉えた。
「狂い咲け黒蓮。命を喰らい尽くすまで」
 汐音の瞳に咲く、美しくも禍々しい外法の黒蓮。それを見たオウガが僅かに身を強張らせた隙に、ヒノトが澄んだ耀きの赤水晶を戴くロッドをファミリア――大切な相棒たる小さなネズミの姿へ戻し、魔力を籠めて射ち出した。
「頼りにしてるぞ、アカ!」
 ヒノトの声に応えるように素早く跳んだアカが、オウガの身体をジグザグに走ってこれまでに刻んだ戒めの幾つかを増幅させる。
 すぐさまメディックとして立ち回る梅太が、前衛を護る雷壁を編み上げた。
(「大丈夫、――守る、から」)
 可能な限り犠牲を出さないよう癒し続けたいという梅太の想いは、確かに仲間達の背を押し、支えていた。
 ルキノの物言わぬ祈りに守られながら、盾の一人として同じく役目を共有する宿利へ向けて、癒乃はすっと息を吸い込んだ。
「わたしの中の人ならざるモノ、古言に伝わりし神代の息吹をここに……」
 神代の古龍の気を纏う、癒乃の息吹。零れ落ちたそれは生命を癒す風となり、神龍の気を孕む護りの外套となって宿利を護る。
「ありがとう、癒乃ちゃん」
 礼を紡ぎ、宿利は成親と共にオウガへと向き直った。
 成親が放った地獄の瘴気がオウガに纏わりつくのを見て、宿利も抜身の刀を手にオウガの元へ踏み込んでいく。
「貴方程ではないかもしれないけど、私も腕力と、諦めの悪さにも自信があるの」
 白刃と無骨な棍棒がぶつかり合い、火花が散る。卓越した刀の技量は、細身の宿利でもオウガの強靱な力と対等に渡り合えるほど。
 攻防は一瞬。宿利とオウガの距離が開いた次の瞬間には、いろこが舞うような身のこなしで踏み込んでいた。
「お付き合い下さい、死の舞踏。特等席でご覧あれ」
 いろこの芝居がかった声に誘われ、巨大な鎌とそれを持つ白骨の腕が現れる。骸の腕が振るう大鎌の刃に切り裂かれて思わず膝をついたオウガへ、メロゥが差し向けたのは避雷の杖。
 杖から迸った雷光が、網のように広がってオウガへと纏わりつく。
(「誰かを救うことで、メロは救われているの。それが叶うのなら、何だって受け容れるわ」)
 メロゥの心を奮い立たせるのは、揺るぎない覚悟。
 この背の向こうにいる、多くの人々も。そして、目の前にいる『鬼』さえも。
 救えるならば、守れるならば、どんな痛みも苦しみも。
(「――こんなやり方しか、私は知らない」)
 ケルベロス達の攻撃に、オウガが吼える。正気を失いながらも本能のままに生きることを求める鬼の一撃がいろこを弾き飛ばした直後、清らかな絢爛の歌声が響き渡った。
「私はけして、倖いを諦めない――!」
 道は続き、生命は廻る。幻想的なハープの音色に乗せて紡がれる歌声はロゼのもの。そしてヘメラの画面にも同じ歌を歌う彼女の姿が映り、幻想的なユニゾンが戦場を翔けていく。
 束の間の邂逅の中で、ラクシュミに救われた同胞達は多い。そして、自身もまたその一人。だからこそ『彼女』の大切な仲間を助けたいのだと、ロゼは想いを込めて歌を紡ぐ。
 狂乱の中、言葉は通じなくとも、歌で飢えを満たすことは出来なくとも。
 きっと心を満たすことは出来ると信じて、ロゼは歌い続ける。
 ――『私』の歌は、その為にあるの。

 ケルベロス達は、オウガがコギトエルゴスム化まで耐えることを選んだ。
 そのために必要な時間は、約12分。常に全力を賭して戦うケルベロス達にとって、それは過ぎ去ってしまえばほんの一瞬で、過ぎ去るまでは永遠のようなひとときと言っても過言ではなかっただろう。
 なりふり構わず攻めてくるオウガに対し、ケルベロス達はディフェンダーを多く配した。そして、ディフェンダー全員がオウガに対し『怒り』を付与することで、オウガが標的をディフェンダーの誰かに定めさせるよう仕向け、なるべくディフェンダーだけで攻撃を受けるという作戦に出た。
 無論、ディフェンダーと言えどオウガの強力な攻撃には何度も耐えられないため、盾や耐性の護りも念入りに重ね――これにより、攻撃の矛先を安定して読むことが出来るようになった。
 その間にも、攻撃手達はオウガの攻撃の威力を削ぎ、或いはプレッシャーや足止め、捕縛を重ねて命中と回避を下げ、パラライズも用いてそもそもの動きを封じることも怠らなかった。
 オウガを倒さずにその命を守る。そのために12分を耐える。
 それだけを目標として綿密に練り上げた作戦を、着実に実行に移していく。それはある意味とても堅実と言えただろう。
 堅実に、ひたむきに――僅かな綻びもすぐに繋ぎ合わせて、オウガと向かい合ったケルベロス達の想いは、彼らを戦場に立ち続けさせるに足るものであった。

 我を忘れたオウガは、きっと己の目の前に立ちはだかる者達が『誰』であるかも、理解していなかっただろう。
 己を屠る力を持つと同時に、救う力も持っている――ケルベロスという存在を。
「ごめんなさいね、これでも往生際が悪い方なの。簡単に、やられてあげないんだから」
 メロゥは言う。その瞳に燈る星の光は未だ失われてはおらず、彼女の決意を、想いを抱いて輝き続けていた。
 暗闇にきらめく一つ星は、ひとりではないと囁きかける。宵空に手を伸ばせば、きっと届く。孤独な夜など、ないのだから。
 ――『あなた』はひとりじゃない。
 だから、『あなた』も簡単に、やられないでちょうだい。

 戦いは、ケルベロス達が優勢を保ったまま終盤に差し掛かっていた。
 ヒノトが構えたバスターライフルから、エネルギー光弾が放たれる。
 それは敵のグラビティを中和し弱体化するゼログラビトン。一方、体力に欠ける自覚のあるヒノトも肩で大きく息をして。
 背負った人々の命を守りたいのは言うまでもないが、それ以上に縁のある神社という場所を穢したくないその一心が、重くなったヒノトの足を前へ先へと動かす。
「鉋原さん、大丈夫?」
 マインドリングから具現化した光の剣を手に、疲弊した様子のヒノトを見て汐音がぽつりと問う。その声にヒノトはしっかりと頷いてみせた。
「ああ、やれる。あと少しだ、皆、踏ん張ろうぜ!」
 伸ばした手が届くまで、あと少しだった。
 誰もが全力を尽くして戦場を駆け、いのちを守るための戦いを続けていた。
 ケルベロス達の顔には色濃い疲労の跡が見え、特に前線に立って攻撃を受け続けたディフェンダー達は癒しきれぬ傷を重ねていたが、誰一人として倒れることなく、痛みを凌駕する想いの強さで踏み止まっていた。
 宿利が極限まで高めた精神を解き放ち、触れずしてオウガの身体に衝撃を与えると、
「全く、強情な鬼だな。……だが、私は嫌いじゃないぜ」
 は、と大きく息を吐き出し、いろこはジグザグに変形させたナイフの刃を突き立てる。半ば真剣味に欠けているような言葉も、本心から鬼を救いたいと思っているからこそ。
 鬼は、既にまともに動けぬ程に動きを封じられていたが、それでもなお抵抗を止めることなくケルベロス達を屠ろうと足掻き続けていた。
 ――けれど、鬼が放つ咆哮も旋風も、棍棒の痛打さえ、激闘の時間を凌ぎ切ったケルベロス達にとっては最早脅威ではなく。
 その場に膝をつきながらもまだ立ち上がろうとする鬼を、癒乃は翠の瞳で静かに見つめる。
 もし突破されるようなことがあったら暴走してでも食い止めるつもりでいた癒乃だけれど、その必要はなさそうだった。
 もっとも、心から信じられる仲間達と共に今回の作戦を深く練り上げてきたのだ。ケルベロス達が負けるようなことは、きっと、なかっただろう。
「さあ、そろそろ時間よ」
 攻撃の手を止め、汐音が静かにオウガへと告げる。
 そして、ケルベロス達が見守る中、ついにその時は訪れた。
「グ、ア……ッ!?」
 オウガの動きが止まり、その場に崩れ落ちる。
 その光景はデウスエクスが消滅する時に似ていて、けれど確かに違うもの。
 後に残った、一つの『宝石』――それは確かに、コギトエルゴスムと呼ばれるものだった。

 ケルベロス達は、確かにオウガの、そして背負った多くの人々の命を守り抜いた。
「本っ当に長い戦いだったな……!」
 張り詰めた糸が解けたように、その場にどさりと座り込むヒノト。疲労困憊ながらも、その表情は清々しいもの。
「ああ、私もへとへとだ。……皆、お疲れ様」
 と、同じく体力に自信のなかったいろこも、疲労の色は拭えないが、やり切ったと言わんばかりの笑みを覗かせて。
「大丈夫? 流石は鬼神、でしたね」
 オウガの様子を心配そうに見やりつつロゼはそう言うと、怪我をした皆へと癒しの歌を紡ぐ。それから、戦いで傷ついた周囲にも、皆の手によってヒールが施された。
「……あんな風に、コギトエルゴスムになるんだね」
 少しだけ驚いたと、梅太はのんびりとした様子で小さく息をつき、戦いが無事に終わったことに安堵の笑みを浮かべ。
「メロたちの諦めの悪さ、これで、少しはわかったかしら。……ちゃんと、おとなしくするのよ」
 メロゥはそう言うと、地面に落ちたコギトエルゴスムをそっと拾い上げた。
 オウガは生きるために抗い、ケルベロス達は守るために抗った。
 そして、ケルベロス達はオウガの命も、人々の命も、未来へと繋いだのだ。
「――、……大丈夫よ、ルキノ」
 ルキノの案じるような眼差しにふっと柔らかく目を細め、癒乃はコギトエルゴスムを見つめる。
 そうして、いつか分かり合えるその時も、共に歩める日も、きっと来るはずだと――祈り、願う想いを、静かに胸の奥に灯した。
「何にせよ、無事に終わって良かったわ。それじゃあ、帰りましょうか」
 ヒールの効果により、淡い幻想の花が綻び始めた周囲をちらりと一瞥してから、汐音は皆へそう告げる。
 メロゥの手の中にあるコギトエルゴスムへ、宿利は静かに声をかけた。
「何れまた、貴方がその姿を取り戻すかは解らないけれど、今は一時の休息を。……おやすみなさい」

 ケルベロス達が未来へと繋いだ一つの命。
 それはいつか来るであろう目覚めの時を待ちながら、静かに輝いている――。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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