オウガ遭遇戦~藤夜叉

作者:七凪臣

●渇いた鬼神
 その異形の外見は、人間と大差ないものだった。
 だが、絶対に見間違えることはない。何故なら、その頭部や背中からは『黄金の角』が生えているからだ。
 彼の種族はコードネーム「デウスエクス・プラブータ」。つまり、オウガ。生まれながらに体躯の大小に関わらず、他のデウスエクスを圧倒する程の凄まじい腕力を有するデウスエクス。「鬼神」とも称される者たち。
 一切の癖のない長い藤色の髪をもったそれも、そんなオウガの一体。
 顔立ちは大層美しく、和装めいた衣服も相俟って、深窓の姫君を思わせる。
 されどその華奢に見える手が握るのは、武骨な大刀。身の丈ほどはありそうな得物を、髪と同じ色の無地の袖を躍らせ悠々と振り回す。
 一見すれば、よく出来た日本人形のようなオウガ。されど狂気に濁った赤い眼が、全ての印象を塗り替える。
「――、ッ、アァア」
 声というより最早『音』に等しい呻きを漏らし、藤の鬼神は荒れ狂う。
 巨石に臨む、岡山県の山中。
 渇き果てたデウスエクスが求めるのは、命の潤い――ただそれだけ。

●迎撃作戦、開始
 リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)らの探索の結果、予知できたのはオウガに関する事変。
 岡山県中山茶臼山古墳周辺に、多数のオウガが出現するのだ。日付は2月3日。だが、彼らが使うゲート位置の特定にまでは至っていない。
「現れるオウガは極度のグラビティ・チェインの枯渇状態にあるせいで、知性は失われているようです」
 つまり、話し合いの余地など一切ない、只管にグラビティ・チェイン強奪の為に人を殺めんとする状態だと、苦々し気にリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は言い、急くように後を続ける。
「オウガ達は多くのグラビティ・チェインを求め、節分の神事で賑わっている吉備津神社方面へ向かうようです」
 故に刃を交えるのは、中山茶臼山古墳から吉備の中山細谷川までの地点。
 出現ポイントは、表面が鏡のように平板だという鏡岩を始めとした巨石遺跡が多くある中山茶臼山古墳周辺の、巨石周辺。
「この出現ポイントか、もしくは必ず通過する吉備の中山細谷川の隘路の出口か。この二か所の何れかで皆さんにはオウガを迎撃して頂きます」
 グラビティ・チェイン枯渇状態にあるオウガは、このままグラビティ・チェインを補給しないとコギトエルゴスム化してしまう。
 これを回避したいオウガ達との戦いは、出現ポイントでの迎撃の場合、周囲に一般人などいないお陰で戦闘に集中することが出来る。
「ここでの戦いだと、グラビティ・チェインの枯渇によるコギトエルゴスム化まで20分程。つまり、コギトエルゴスム化までに決着がついてしまう可能性が非常に高いでしょう」
 ならば、吉備の中山細谷川の隘路の出口はどうか。
「こちらでの迎撃ならば、戦闘開始後12分程度でグラビティ・チェインの枯渇によるコギトエルゴスム化が始まると想定されます。しかしながら節分イベントで人々が集まっている吉備津神社に近いので、突破されてしまうと諸々被害が拡大してしまう恐れがあります」
 途中経路は不明だが、最後は間違いなくこの地点に出て来ると力強く断言し、リザベッタはケルベロス達に選択を委ねる。
「皆さんに相対して頂きたいのは藤色が特徴の美貌のオウガです。武器は見た目は鉄塊剣のようですが、性能的にはチェーンソー剣に近いと予測されます」
 数は一。
 とはいえ、オウガの戦闘力は非常に高く、しかも常に全力で攻撃を仕掛けてくる為、意図的に戦闘を長引かせるような策をとった場合、ケルベロス側が大きく不利になるのは火を見るより明らかだ。
「コギトエルゴスム化できれば……つまり、滅ぼさずに対処する事が出来たなら。今後のオウガとの関係は良好なものになるかもしれません。けれど、相応の戦略と戦術を要するのは必定。どうか無理をせず、皆さんの無事を第一に、対処を宜しくお願い致します」


参加者
寺本・蓮(幻装士・e00154)
鵺咬・シズク(黒鵺・e00464)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)
ルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)
井関・十蔵(羅刹・e22748)
デニス・ドレヴァンツ(花護・e26865)
氷月・沙夜(白花の癒し手・e29329)
病院坂・伽藍(隠された秘密・e43345)

■リプレイ

「やれやれ……いい女との手合わせは布団の中だけで願いたいもんだがねぇ……」
 にやりと好色な笑みを佩いた口下に蓄える白髭を弄り、井関・十蔵(羅刹・e22748)が嘯いた。
 迫り来る藤色のすらりとしたシルエットは柳のようにたおやかで、白い頬は輝くが如く。歳も肌の張りが失われぬ頃に見える。
 ――しかし。
「美人さんっすね。どうしてあそこまでの枯渇状態に陥ったのか教えて貰えないっすかね」
 病院坂・伽藍(隠された秘密・e43345)が零すよう、遠目にも明らかな紅い瞳の濁りが、その鬼の印象を狂気一色で塗り潰す。
「そういえば、吉備津神社といえば桃太郎と所縁あるんだったな」
 間もなく斬り結ばんとするオウガと対になりそうな黒と銀朱に金色が映える和装の袖を払い、鵺咬・シズク(黒鵺・e00464)が陣形を確かめ刃を構えた。
 背後には人の賑わい。一歩たりとて抜かすつもりはないけれど。
「何の因果か、鬼退治どころか鬼を助けるための戦いだ」
 ここから先は、あらゆるものを救う為の修羅の道。
 そうとも知らず藤夜叉は、全てを屠り尽くさんと鈍重な剣を片手に加速する。

●『覚悟』
 数メートルを一気に詰める跳躍。そこから振り下ろされる鉄塊じみた大剣。けれどその圧に押される事なく、デニス・ドレヴァンツ(花護・e26865)は宙へ跳ぶ。
(「……鬼の姫、か」)
「美しいが、先へ行かせるわけにはいかないよ」
 紫電の髪を靡かせ空を切る様は、稲妻にも似て。そうして敵の足を止めにかかったデニスは、オウガの至近距離に着地した。故にシズクは、彼を守る位置へと迷わず走り入る。
 このままでは鬼の一撃を自分が喰らうのを、シズクは当然とばかりに覚悟して、何食わぬ顔で残霊刀を翻す。
「藤夜叉とやら、てめえの太刀筋を見せてもらおうじゃないか」
 同胞へ支援を求めず、シズクは守りを飛散させる敵の刃を受けた。けれど返礼がてら、踏み込みに合わせて空の霊力を帯びさせた得物を払い抜く。
「……?」
 斬撃そのものよりも、己が体が鈍るのを感じたのだろう。理性なき眼が、ことりと揺れた。すかさずランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)が、銀毛と白毛に覆われた獣の手でリボルバー銃を構える。
「さーていくぜ! 俺より年上かもしれねえお嬢ちゃん!」
 狼型の獣人であるランドルフの年齢は、若干読み難い。それは研ぎ澄まされた美に彩られた相手も同じこと。だからランドルフは相手をいつも通りに軽く呼び、照準を定めるより早く引鉄をひく。
「その物騒な得物はしまってくれねえかなあ……ま、ダメならコッチにもやり方はあるぜ!」
 銃の腕前にもつ誇りは、師と仰いだ男譲り。命中を確信した弾丸は、目にも止まらぬ速度で藤夜叉の得物握る腕を貫いた。
「、っ」
 今度は自らが発揮し得る攻撃威力に歪みが生じたのに気付いたのか、藤夜叉の眉間に深い溝が刻まれる。不快を顕す、怒りの表情。
「あなたはそういう貌さえも絵になるのですか」
 茶化したのではなく有りの儘を評しただけのルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)も、妖精の魔力から生まれたという靴で天へと躍った。
(「空腹による飢えであるなら、もう少し単純な話で終わったのでしょうが……多少手荒な手段とはなりますが、此処で一度止めさせて頂きましょう」)
 全ては致し形無し。
 実直に腹を据えた黒翼の男は、虹の尾をひきながら藤夜叉に蹴りを見舞う。
 どくり、藤夜叉の裡に怒りが芽生えた。それは意識を奪う罠。
(「被弾は上手に分散させないとね」)
 着々と進行する策に、寺本・蓮(幻装士・e00154)が目元を和らげる。シズクが庇いを求めなかった理由も、そこだった。そして蓮が放つ彼だけが有すグラビティも、ルイと同じ狙い。
「来い、壱式!」
 召喚するのは、特殊な配合により精神を昂らせる効果を持つ弾と、それを射出するマスケット。一度握り締められた弾丸は、グラビティを込められ藤夜叉の頬に傷を走らせた。
「あぁあぁ、せっかくの顔に勿体ねぇことを。どうせなら、あっちを癒したいもんだねぇ」
 刹那、手首に巻いた腕時計へ視線を落とし、されどそんな仕草などなかった風に十蔵が九尾の扇をはらりと振る。生み出された怪しく蠢く幻影は、シズクが負った傷を癒した。
「本当に、傷付けるのが申し訳ないな」
 十蔵に続き、浪人風のシャーマンズゴースト――竹光がヒラヒラと踊るようにシズクの為の祈りを捧げたのを見止め、伽藍は先程までとは口調を一転させて藤夜叉に差し向う。かくして繰り出された一撃は、三人目となる敵の意思を自分へと導く蹴撃。
 ケルベロス陣営の盾を担うシズク、ルイ、伽藍、蓮。その三人までもが、藤夜叉の怒りを望んで買いに征く。
 射線を決してランドルフが居る中衛まで届かせない為に。果たして目論見は、早くも功を奏している。
(「もう私たちの事は、気にもしていませんね」)
 半円を成す陣形を最後方から眺め、氷月・沙夜(白花の癒し手・e29329)は白い吐息を漏らす。
 盾の五人、間に一人、そして後ろに三人。三重構造の並びは、藤夜叉を受け止める器のよう。正しくは、逃さぬ檻であるのだが。
(「理性を失う程の苦しみ……地球の者である私には、想像する事しか出来ませんけど」)
 前に立つ者らへ護りの加護を授ける力を編みながら、名家の令嬢たらんと己を律する少女は、美しき鬼へ慈愛の眼差しを送る。
(「今回の事が彼女の意思でないのならば」)
 ――手を差し伸べたい、滅び以外の未来の為に。

●『願い』
 藤色の髪が、龍のように冬空を泳ぐ。あぁ、美しい。そう見入るより先に、低く唸る刃にシズクの体が動く。
 意図的にルイへの射線を遮り受けた一撃は、本気で骨を砕きに来た痛打。貰った肩は、痛いと言うより熱い。だがギリっと奥歯を噛み締め呻きを殺したシズクは、気概の咆哮を上げる。
「人だろうと鬼だろうと、一度守ると決めたら絶対に引かねぇ!」
 裂帛の気合いがシズクの傷を癒し、纏わされた不和を消し飛ばす。
「オマケしとくぜ! 大丈夫、痛みは一瞬だ……多分」
 そこへランドルフが畳み掛けるのは、リボルバー銃を屠る為だけでなく、癒す武器にするべく編み出した銃魂技<ガンソウルアーツ>。生成し実弾の如く撃ち出された気弾は、シズクを含む盾を担う者らへ自浄の加護を幾重にも与える。
(「陣形に崩れは……ありませんね」)
 一つ前の藤夜叉の一閃を被ったルイは、既に傷が塞がっているように、瞬間的な陣の崩れもすぐさま細かい各人の動きで補正されているのを確認し、仲間達へそれを伝える為に目配せした。
 一人にダメージが偏らないよう、器用に立ち回れている。負うダメージも、十蔵、竹光、沙夜を中心としたヒールで癒されている。
「ですが、貰いたくないものは貰わないに限りますので――結びし誓約の元、我が呼びかけに応えよ。東方を守護せし者、東海青龍王敖広」
 四神が一、蒼き龍を召んで武器へと雷光を宿し。そこから繰り出す一撃を、ルイは藤夜叉へ動きを縛る楔とする。
 額と背に金色の角を持つ鬼の足は、確実に鈍ってきていた。
 細かい変化を具に観つめ、蓮は希望を胸に抱く。
(「オウガとは仲良くなれそうな気がするんだよな~」)
 楽観的な考え方かもしれない。だが未来が定まっていないのなら、努力する甲斐は幾らでもある。
(「その為にも、ここで必ず食い止めないとね」)
 アンダーリム眼鏡に二月の光を弾いて高々と跳んだ蓮は、戦斧を藤夜叉の頭上へ叩き込む。

「ちょうど半分、6分経過だぁ!」
 威勢の良い十蔵の声に、デニスはそっと丸い息を吐く。
 藤夜叉との戦いは、極めて順調に推移していると言えるだろう。ただ惜しむらくは――。
(「言葉が届かない事が残念だよ……」)
 否。届かないからこそ悪戯に心乱される事もないわけだが。
 鬼が纏う色に溺愛する娘の瞳を想い、デニスは超巨大ハンマーを手に馴染むライフルのような形状へと転じさせると、竜の砲弾を撃ち放つ。
 手加減を悟らせない渾身の一打に、空気が撓む。だが物ともせずに飛んだ藤夜叉が惹かれたのは、伽藍への怒り。しかしてそれは蓮が防ぐ。
「さぁて、根性の見せ所だ! 一般人への被害を出さない為にも、全力で止めるよ!」
 受けた痛みが先ほどまでより軽くなったのを実感し、蓮は鼓舞の声を上げる。
「そうだ! ここは通さないし、てめえも死なせない!」
 極限まで高めた意識を爆ぜさせる際、シズクが口にした言葉。それを理性有る状態の藤夜叉が耳にしていたなら、驚きに目を見開いたかもしれない。
 何故なら『敵』である筈の少女が、『死なせない』とはっきり言い切ったのだ。
 だが今の藤夜叉は、ただ怒りを具現化した人形のように、ケルベロスへ牙を剥く。
「あ、ア……アぁアっ!」
「お前は苦しいだけだよな? わかってる、大丈夫だ」
 どれだけ言葉を注いでも、会話が成り立たないことを伽藍は理解している。それでもなお、伽藍は声を掛け続けることを止めない。
(「まだ敵と決まったわけじゃねぇ。なら――」)
「狂い咲け! 黒百合!」
 呪いの花言葉の体現であり、由縁の再現。重ねた恨みを喰らい、全身からグラビティ・チェインを溢れさせ。膨れ上がった怨念で伽藍は鬼を苛むも、想いは義に篤く藤夜叉を包む。
「沙夜、手厚いヤツは任せたぜ――そぉら、よっと!」
 並び立つ少女へ回復力の大きい癒しを任せ、十蔵は菊の花弁舞う旋風を巻き起こす。吹かれた蓮らは、阻害因子をより強く撒く力を手にした。
 そうして託された沙夜は、望まれるままにウィッチドクターとしての務めを果たしながら藤夜叉を注視する。
 残り時間も、ちょうど半分。美しき鬼は、最後まで立っていられるのだろうか?
(「……大丈夫。必ず立っている筈です」)
 ダメージが過剰だと判断すれば、回復にかこつけて手を休める事を念頭に入れている者もいる。誰もが藤夜叉の一挙手一投足を気にかけている。
(「藤の花言葉は、優しさですから」)
 眼前の鬼の本性が、優しいものなのかは未だ分からない。でも、でも。言葉を交わして確かめたいと願うから。
「藤の花に、血の色は似合いませんよ」
 だから此処で足を止めていて。
 沙夜の願いは、此処に居る全てのケルベロスと同じもの。

「いい仕事をさせて貰ったぜ!」
 十蔵が告げた十分の経過。被らなくとも分かる藤夜叉の攻撃力低下。更に、そもそもを事をしくじる事態の発生に、誰よりもこの状況に貢献したランドルフは獣面に喜色を浮かべる。
 だが、迫るリミットを目の前にして、殊更時間はゆるやかに流れるよう。
(「待ち遠しいとは、こういう事かな」)
 月薙ぎの一閃を放ちながら、デニスは仲間と藤夜叉が交錯する世界をコマ送りで眺めていた。早く、早く。一刻でも早く。
 その時。
「……!」
 事前にセットしておいたアラーム音に、デニスは笑んだ。
「11分経過――あと少しだよ」
 ここからが真の天王山。
 柔らかに告げられた『終わり』の到来に、ケルベロスは踏ん張る足に力を入れた。

●『希望』
 裂けた裾に傷だらけの足をもたつかせ、藤夜叉があらぬ方向へ走る。
 ――突破を試みる気だ!
「こっから先には絶対に行かせねえ。お前が人を傷つければお前らが恨まれちまう」
 素早く走った伽藍は、両手を広げて進路を断つ。
「俺は敵対したくねえし、敵対させたくもねえんだ」
 退けと言わんばかりに振り下ろれた大剣の一撃は、重さはあれど痛みは少ない。そこに藤夜叉の『今』を視て、伽藍は細い眼を更に細めた。
「もうひと踏ん張りだぜっ」
 自分たちへか、それとも藤夜叉へか。何れにも取れる叱咤を吐いて、シズクは鬼の包囲を狭める。ただし揮うのは回復の力。仲間の誰も、もう必要としていないのは分かっているけれど。
「後はもう、時間が過ぎるのを待つだけだからな!」
 必要以上に苦痛を与える必要はあるまい。可愛い顔してキツイとこはキライじゃないぜ、と嘯き乍ら、ランドルフも癒しを与える弾丸の雨を放つ。
(「命を落とさずに済めば、話をし、いずれ味方となり得る可能性を……僅かでも残せるのならば、十分です」)
 手を携えられる可能性が残るなら、それは『仲間』と同様。守るべき相手だと認識するルイも盾の加護を厚くし時を凌いだ。
 過剰な期待はしない。けれど、一縷の希望があるのなら。
「ここから先も俺たちの頑張り次第かな?」
「やるだけやりゃあ、結果はついてくると俺は信じたいがねぇ」
 万一に備え今日の己の最低限の蹴りを見舞う蓮の言葉に、菊の花弁を舞わせる十蔵が呵呵と笑う。はてさて、主は幾度この技を放っただろう? まるでそう考えるようにひょいっと首を傾げた竹光も、こちらは確実に十二度目になる祈りを捧げる。
 完全に捉えた勝利の予感に、緊張が緩んでゆく。
「濁っていない瞳をみせてくれよ? 美人さん」
 ほんのり語調を元に戻し、伽藍は黒の残滓の力を借りつつ、『藤夜叉』の形を保つオウガへ最後の言葉を送り、
「いつか、そう遠くない日に。あなたと言葉を交わせますように」
 沙夜は終いの一瞬を刻み乍ら未だ見ぬ明日を祈った。
 ――これから先の未来で。
 君の同胞と、共に歩むことが出来たなら。
「終わり……いや、『始まり』の始まりかな?」
 直前を告げたアラームから、一分。デニスは至りし瞬間を感慨深く迎えた。

 ころり。
 人の形を失くし、一つの宝石となって藤夜叉が地面に転がる。
「お疲れ様だったね」
 それを蓮は丁重に拾い上げた。
 もうそこに美しき鬼はいない。代わりに在るのは、澄んだ耀き。これが如何なる運命を辿るかは、未だ霧の中。
「でも、まぁ」
 蓮の掌の上に僅かに鼻面を寄せ、ランドルフがくくと喉を鳴らす。
「藤の花言葉には『歓迎』ってのがあるからな。今度会う時があったら、お互い笑顔でいたいモンだぜ。なぁ、嬢ちゃん」
 猛々し獣の姿でありながら、可憐な知識も披露して。ランドルフは愉し気に言う。
「そん時は、是非に艶っぽい話もしたいもんだぜ。折角の華なんだしよ」
 揶揄にも似た野次を飛ばしつつ、十蔵は微塵も悪びれず破顔した。だってこういう日常も、生きていればこそ叶うもの。齢六十を過ぎた男の余裕が生む道化じみた空騒ぎ。

「では、戻りましょうか」
 促す沙夜の声に、ルイは『そうしましょう』と生真面目に先を急かす。
 決して全ての問題が解決したわけではない。しかし、今日は此処まで。
「他の班の戦果にも期待だね」
 蓮は戦いに少し汚れた眼鏡を拭き、クリアーになった視界で残る気掛かりに一先ず蓋をすることにする。
「さぁて、鬼救いの物語の結末はどうなるかねぇ?」
 守り切った賑わいを背後に感じ、シズクは祓われなかった鬼の行末を思い描く。
 願わくば――。
「どうせなら、ハッピーエンドがいいね」
 祈りという無形を、言葉という形で継ぎ、デニスは如月の空を振り仰いだ。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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