オウガ遭遇戦~外出た鬼の行く末は

作者:天枷由良

●岡山県・中山茶臼山古墳付近
 木々と巨石ばかりで、ひと気のない山中。その一角が轟音と共に揺れた。
 大きな石の一つが割れ、土煙が上がる。――そして成人男性と思しき程度の人影が一つ、ぬらりと姿を現す。
 しかし、それは人でない。
 鬼だ。頭や背中から幾本もの『金色の角』を生やしたそれは、まさしく鬼神と呼ぶに相応しい頑強な肉体から、身の毛もよだつほどの殺意を滲ませていた。
 血走った両眼は飢えと乾きを癒やす獲物を求めて彷徨い、剥き出しにした歯の隙間からは凶暴な唸り声が漏れ聞こえる。行く手を遮るものは全て、腕の一振りで粉々に砕けていく。
 遠からず人里に降りて、その豪腕を殺戮のために振るうであろう彼は――コードネーム『デウスエクス・プラブータ』。
 あの女神ラクシュミと同じ『オウガ』であった。

●ヘリポートにて
 赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)は端的に告げた。
「せつぶんの頃にオウガがあらわれるのです」
「――昨夏の大戦で接触した後、屋久島のミッション破壊でも共闘した女神ラクシュミを長とする種族ね。頭部や背中から『黄金の角』を生やしている以外は人間と殆ど変わらない外見だけれど、種族全員が他のデウスエクスを圧倒する凄まじい腕力を有しているわ」
 鈴珠から話を引き継いだミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)が、手帳を捲りつつ語り始める。
「此方の赤鉄さんを含め、何人かがオウガについて探索してくれていたの。そのおかげで今回の予知を得ることが出来たのだけれど――」
 一度区切り、ミィルは手帳の間から紙片を取り出して広げると、その一点を指差した。
「場所は岡山県の中山茶臼山古墳周辺。点在する巨石の周辺に現れるオウガたちは、どうやら強度のグラビティ・チェイン枯渇状態にあるようなのよ。……飢え渇いたデウスエクスたちがどのような状況に陥るかは、これまでにも沢山の例を見てきたわよね」
「つまり、はなしあいはできない。戦うしかないということです」
 鈴珠の言葉に、ミィルは頷く。
「皆にはオウガ一体の迎撃をお願いするわ。……それじゃあ、作戦内容について説明していくわね」

 地図上の中山茶臼山古墳を囲ったミィルは、続けて少し離れた地点にペンを走らせる。
「今回の作戦で迎撃に適しているのは、この二箇所。オウガが出現する古墳周辺の巨石群と、最終的な通過地点となる『吉備の中山細谷川』と呼ばれる隘路の出口辺りよ」
 巨石群で迎撃した場合、周囲に一般人などがいないため戦闘に集中できる。
 一方、隘路の方は節分で人が集まっている吉備津神社に近く、突破されてしまえば確実に被害が出るだろう。
「それでも後者が迎撃地点の候補となった訳は、オウガたちがグラビティ・チェインの枯渇状態であるという話に関わってくるわ」
 彼らが残った力で戦闘を継続できるのは、最大でも20分ほどと予想されている。それは迎撃地点を隘路に下げれば、12分程度まで短縮される見込みだ。
「力を使い切った彼らに待つのは、死でなくコギトエルゴスム化。……これまでの女神ラクシュミとのやり取りも考えると、今回のオウガたちを滅ぼさずに対処することが出来れば、今後の関係に影響してくるのではないか……と、そういうことよ」
 勿論、これはあくまで可能性の話。最優先事項はオウガの侵攻を防ぎ、人々を守ること。
「オウガの戦闘力は非常に高く、皆が迎撃する個体も強靭な肉体を武器に全力で攻撃してくるでしょう。拳打は強烈な破壊をもたらすだけでなく、自らが負った傷や呪いの類を吹き飛ばす治癒の一撃にも、皆にかけられた術を打ち砕くものともなるわ。……幸いなのは得物を持たない分、攻撃範囲が極々近く狭い範囲に限られるということかしら」
 しかし、それは最前線に立つものたちに攻撃が集中するとも言い換えられる。とにかく此方も全力で当たらなければならないだろうし、もし時間切れでのコギトエルゴスム化を狙うならば、相応の作戦や戦術が必要となるはずだ。
「死を与えるか、力尽きるのを待つか。皆次第だけれど、しっかりと話し合って作戦に臨みましょうね」
 作戦方針の統一も出来ず、無茶無謀をやってしまえば……その代償となるのは、節分を楽しもうと集まっている人々だ。
 それを忘れることのないようにと結んで、ミィルは手帳を閉じた。


参加者
巫・縁(魂の亡失者・e01047)
凪沢・悠李(想いと共に消えた泡沫の夢・e01425)
白波瀬・雅(サンライザー・e02440)
十守・千文(二重人格の機工巫女・e07601)
鷹野・慶(蝙蝠・e08354)
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
カッツェ・スフィル(黒猫忍者いもうとー死竜ー・e19121)
赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)

■リプレイ


 激しい音と大地の揺れを感じ取り、ケルベロスたちは足を止める。
 視界には割れた巨石が一つ。そしてもうもうと上がる土煙。やがてうっすらと浮かんできた陰りは人の形を成していたが、靄を抜けたところで人の身には有らざる何本もの角を曝け出した。
 オウガだ。血走った目で此方を見据えて、凶暴な唸り声を漏らすその姿は話に聞いたものと相違ない。だが言葉と、実際に相対するのとでは肌を撫でるものの質が異なる。
「飢餓ローカストと戦った時を思い出すね……」
 四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)が刀を抜きながら呟く。それを耳にした白波瀬・雅(サンライザー・e02440)は、僅かに表情を曇らせて拳を構える。
 苦い記憶を思い起こしたのだろう。けれども最終決戦を経た後に成り行きで拾い上げた先例と違い、今回は作戦立案の段階から「オウガたちを滅ぼさずに対処できれば」と明言されている。どこぞの太陽神と比べれば遥かに物分りが良さそうなオウガの女神然り、あれの二の舞を防ぐ余地は十分にあるはずだった。
(「手を差し伸べることが出来るのに、ソレをしないってのは……寝覚めが悪くなるのです」)
 機械化した髪と繋がる兵器を起動しつつ、十守・千文(二重人格の機工巫女・e07601)も思う。
 だからこそ――未来を少しでも明るいものとするためには。
「ともかく止めないと」
 赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)が言った。
 そう、まずは目の前の飢えた鬼神を止めなければならない。
 しかも死を与えるのでなく、相手が力を使い果たすまで耐え抜くという手法で。
 必要とされる時間は20分。デウスエクス戦としては明らかに長丁場だ。
「慣れない役割に慣れない武器……さーて、どこまでやれるかな」
 凪沢・悠李(想いと共に消えた泡沫の夢・e01425)が、置いてきた愛刀の代わりに槍を握る。
 本気で殺すつもりがないのなら馴染みの武器は不要。そう考えるのは悠李ばかりでなく、例えばカッツェ・スフィル(黒猫忍者いもうとー死竜ー・e19121)は双鎌の片割れを。巫・縁(魂の亡失者・e01047)も空の鞘を、それぞれ違うものに持ち替えている。
 彼らなりの心遣いであった。もっとも、相手がそれを解することはないのだが。
「……来るぞ」
 じりっ、とオウガが一歩踏み出したのを見やり、鷹野・慶(蝙蝠・e08354)が杖をついたまま翡翠色の羽扇を広げた。
 引き寄せられるように、破壊の化身は速度を増して来る。


 対して、ケルベロスたちの中から真っ先に飛び出したのはカッツェだった。
「先には行かせないよ!」
 そんな台詞で気概を見せながらも口元は歪む。
 理性の箍が外れた鬼神、どれほどの強者であるのか。好奇心が無いと言えば嘘になろう。
「本気でやり合えたらよかったんだけど――ねっ!!」
 迫る拳を恐れもせず、螺旋の力を込めた掌で真正面からオウガにぶち当たる。
「カッツェ!!」
 響く雅の声。程なくオウガの腸あたりから何かが潰れるような音が聞こえたが、岩石の如き拳で殴りつけられたカッツェの身体も軽々と吹き飛ばされる。
「このっ!」
 友の身を案じつつも、雅が宙から降って強烈な蹴りを繰り出した。
 その一撃が強靭な肉体を捕らえたところで続けざま、地を滑るように跳んできた悠李が目にも留まらぬ速さで突く。稲妻を帯びた穂先は、にわかに動きの鈍ったオウガの脇腹を裂く。
「んー、やっぱいつも通りとはいかないな……っと、危なッ!?」
 浅い手応えに傾げた首を逸らすと、悠李の眼前を丸太のような腕が通り抜けていった。
 あんなものを喰らってはひとたまりもない。すぐさま大地を蹴って間合いを取ろうとすれば、雅もそれに追随。
 そして二人が離れるや否や。
「鬼機之操戦術、その身に受けよ、だよ。――機操、砲」
 千文の髪と同化したアームドフォートが、胴の高さで砲口を形作って力を吐き出した。
 一直線に伸びる光はオウガを飲み込んでいく。
 だが。
「――――ッ!!」
 裂帛の叫びが奔流を穿ち、鬼神は再び前進を始める。
「おっと……」
 すかさず詰めていったのは千里だ。
 緋色の瞳で相手を見据えたまま行く手を阻み、豪腕が振るわれると共に蝶の翅を象ったオウガメタルを広げて後方へ跳躍。そのまま鬼の名を持つ刀を振って刃から鏡のようなエネルギーを放つ。
(「そういえば千鬼も鬼ってつくけど……何か関係が……?」)
 などと刀へ問いかけている間に、直撃。
 強く弾き飛ばされたオウガは屈強な両足を地面に打ち付けて踏みとどまる。だがそれを見越していたか、静止点に向かって縁が動力剣を振りかざす。
 龍咬地雲――大地を叩き、生じた衝撃を刃で飛ばす技の質は、得物が鞘であれ剣であれ変わりない。立て続けの攻撃に晒されたオウガは進むに進めず、暫しその場に囚われた。
「此処で私達が倒れるか、お前が力尽きるか。我慢比べと行こうではないか」
 剣先を突きつけたまま言ってから、縁は従えていたオルトロスのアマツを片手で制する。牙を封じて盾になることだけを命じたのは申し訳なくも思うが、主人の心中を察してかアマツは小さく首を振って佇むばかり。
(「では、いまのうちに」)
 鈴珠は強撃を浴びた仲間を見やると、そちらに向かって手を翳した。
 小さな指輪から光の盾が具現化されてカッツェを覆う。慶もウイングキャットのユキに指示を出してから同じものを作って重ね、二枚の輝きに守られたカッツェは口元を拭うと再びオウガの元に駆けた。
 まだ少し世界がぐらついている。だが引き下がるには早すぎる。
 前衛の名に違わぬ距離まで間合いを詰めつつ――今度はある程度の余裕を残したまま、片手に握ったものを振る。一瞬で黒い塊に変じたそれはしなやかな動きで空を裂き、オウガの横腹に開いていた傷を抉るようにして抜けた。
「――――ッ!!」
 ぎろりと理性の欠けた眼が二つ、カッツェを睨め付ける。
 だが、その視線を雅が遮って立ち、眩い光を纏った片腕を力いっぱいに振り抜く。
 目には目を、友を殴り飛ばした拳には拳をと言わんばかりの一発は蹴り技を主体とする彼女らしからぬ、しかし何かを護る事に己自身を賭す彼女らしい一発。殴打を受けたオウガの身体は、錐揉みするようにして地に打ち当たった。
 そこに向けられる、縁のバスターライフルと千文のアームドフォート、そして砲撃形態に変形した千里の巨大ハンマー。三種の砲口は一斉に火を噴き、グラビティ中和弾と大量のミサイル、竜砲弾でオウガの姿を覆い隠していく。
「……クロは何か感じていたりする……?」
 土煙に沈む影から目は離さず、千里は背の翅にも尋ねる。
 奇しくも同じオウガの名を持つもの。何かしらの繋がりがあると考えるのは当然のことだろう。
 だが戦の真っ只中、悠長に問答をしている暇はない。旋風と化した気迫で靄を振り払ったオウガが、また猪のように突っ込んでくる。
 悠李が空の霊力を纏わせた槍で斬り抜け、ユキが尻尾の輪で攻めかかっても、その勢いは衰えず。これまでの攻撃で受けたはずの不調すら感じさせないまま、鬼神はグラビティ・チェインを奪い取るために腕を振りかざした。
 標的は――既に一度痛打を与えた少女だ。理性はなくとも、いや理性がないからこそ、オウガは戦士の本能として確実に一人を仕留めようとしたのかもしれない。
「君の思い通りには――」
 させない、だよ。そう確固たる意志を叫びながら千文が進路を遮る。
 程なく襲い来る衝撃。ぴしりと何かが割れるような音。破壊という言葉の意味を知った身体からは悲鳴も嗚咽も零せない。意識を繋ぎ止めることに集中しなければ、両膝は今にも折れてしまいそうだ。
 すぐに治癒を施そうと、鈴珠がウィッチオペレーションの用意を整える。
「一度下がれ!」
 慶が呼び掛けながら、左足を引きずるようにして前衛に立とうと動く。
 その瞬間が、一つの契機となった。


 如何に複数が入り乱れる場であっても、戦いの最中に隊列を大きく変えることは難しい。
 不可能ではないが必ず隙が生じる。命を懸けた応酬において、デウスエクスがその隙を見逃すはずもない。だからこそ、それは特殊な行動の一つと枠外に据え置かれている。
「っ!」
 後衛から前衛に移りきったところで。誰に遮られることもない強烈な拳撃が、慶を待ち受けていた。
 どうにか盾役としての備えを間に合わせても、破壊の力を半減する防具を身に着けていても。そこに渾身の一撃を叩き込まれては元も子もない。
 血反吐が足元を汚す。ただ一発で命を極限まで削り取られたであろうことは、誰からも容易に見て取れた。
「……成程。こんだけ強けりゃ確かに武器はいらねえな」
 辛うじて放り投げはしなかった杖を支えに、慶は悪態をつく。
 その間に仲間たちがオウガを攻め立て、一先ず難は逃れた。だが、前衛に残ったところで盾役の仕事は果たせないだろう。治癒力を維持している鈴珠が全力で回復を施しても、確実に次はないと言い切れる。
 それならば、まだ後衛に返った方が継戦の役に立てるはずだ。慶はじりじりとオウガから距離を取り、メディックとしての役割に戻った。
 一方、後衛に下がるつもりだった千文も前で留まっている。
 下がっても意味が無いと悟ったからだ。仮に後衛で万全の態勢を整えても、前衛に戻る過程で痛打を受けるのは明白。
「……っは、ははっ……中々きっついなぁ……でも良いよ、偶にはこういうも悪くない……!」
 抑えていたものが少し溢れたか、悠李が何故か楽しげな声で言った。
 けれど、ケルベロスたちは間違いなく苦境に立たされている。隊列の変更は、敵の攻撃を半減できるほどの防御態勢が整えられることを加味してもなお、戦況を不利にするばかり。これ以上は続ける理由も続けられる余裕もなく、戦いは初期の役割を維持したままで続けざるを得ない。
 必然、前衛に立つ者たちは嵐のような連打に晒された。
(「きんせつこうげきだけなら楽に、とは。あまい見立てでしたね」)
 拳を喰らった端から治癒を施しつつ、鈴珠は思う。

 そして。
「まだまだ、倒れるわけにはいかないのです、だよ!」
 そう叫びながら展開していたドローンや護符に依る防御結界陣を突き破られ、千文が豪腕に屈した。
「……鬼如きが!!」
 込み上げてきた血ごと吐き捨て、竜骨の篭手を振りかざしながら攻めかかったカッツェも、再び受けた拳に崩れ落ちる。
 果敢に攻撃を行っていたユキが存在を掻き消されるのも、一瞬だった。オウガの両腕は尻尾の輪で封じたところで、なお余りある威力を有している。
「……ッハハ! もう意識が飛びそうだよ……ッ!」
 次々と倒れる仲間から照準が移り、一発殴りつけられた悠李が興奮を隠さずに言って槍を構える。
 細かに跳び回って相手を翻弄し、体側から繰り出した刺突はオウガの肉体を深々と抉った。だが直後、抜いたはずの槍ごと引き寄せられたところに拳が飛ぶ。人の身体から鳴るとは到底思えないほどの重く鈍い音が響き、悠李は笑みを湛えたまま地に転がった。
「っ……私達の諦めの悪さを――舐めるなぁぁぁ!」
 喉が裂けんばかりに哮り、雅が全力で殴りかかっていく。
 しかし心は折れずとも肉体が限界を迎えた。拳はオウガに触れる寸前で輝きを失い、地面に向かって力なく垂れる。
 オウガは寄りかかるように意識を失った彼女を意に介さず放り捨て、くぐもった殺意を口から漏らした。
 縁の元でアラームが鳴ったのは、その時であった。

 それは三度用意したうちの一つ、戦い始めてから10分が過ぎたことを示す音だ。
 しかし現状では、ケルベロスたちへ決断を迫る合図と言い換えるべきだろう。
 残る盾役はサーヴァントのアマツのみ。だが中衛や後衛から隊列を変えようとすれば、オウガは間違いなくその瞬間に拳を合わせてくる。
 かといって、このままでも耐えきれない。奇跡を願って無謀をひた走ることもできようが、市民の命を賭けるに等しい行為はケルベロスたちの本意でないはずだ。彼らが困難を承知で巨石群での迎撃を選んだのは『万が一にも民間人を巻き添えにしないため』なのだから。
 つまり、残された道は一つしかない。
「あなたの飢えはとてもくるしいとおもいます。でも、人をおそわせるわけにはいきません」
 鈴珠が改めて決意を告げる。
 けれどもケルベロスの苦悩などまるで理解できないオウガは、己の胸に拳を打ち込んで不調を取り除く。

 それからの攻防に、倒してしまいそうになったら攻撃を止めて時間を稼ぐ、などという猶予はない。
 やらなければ此方がやられる。
「情けない話だが……っ!」
 今となっては忌々しくさえ聞こえる動力剣の音を最大まで引き上げ、縁がオウガを斬りつけた。
 しかし反撃の拳が降り、縁の手から滑り落ちた剣は地面に突き刺さる。そして続けざまにアマツまで屠ったところでは、まだ二度目のアラームもならない。
「くそっ……」
 何をすべきか、何が出来るか。僅かな時間に考えられた状況から最悪を潰すため、慶は唯一残った攻め手の千里に光の盾を纏わせた。
 自分や鈴珠にも攻撃手段はある。だが的確に一太刀打ち込める彼女を残すのが――と、其処に迫る鬼神。梨の礫でもと広げたオウガメタルをぶち破られ、糸が切れた人形のように転がった慶は、最後まで悔しげに敵を睨めながら力尽きた。

「これ以上好き勝手に動かれるのは困る……通られるのは……もっと困るね……」
 倒れ伏した仲間たちを見やり、千里は刀を握り直す。
 オウガが一際大きな声を上げて迫っていた。その気迫はいつまでも変わらないが、身体には仲間たちが残した数多の傷がある。
 落ち着いて待ち構え、刃を振るう――と見せかけ、電光石火の蹴りを一閃。
 鬼神は小さく呻き、前のめりに倒れ、何かを求めるように腕を伸ばす。
「――――」
「……ごめんなさい」
 非力を嘆いてか、俯く鈴珠の前で、金色の角が粉々に崩れだした。


 ケルベロスたちを静寂が包む。
 負傷と疲労で何者も動くことはできず、ようやっと沈黙を裂いたのは雅が歯噛みする微かな音だった。
 半ば這うようにして思わず近寄るも、彼女を知るが故にカッツェは何も語らない。
 また静けさが戻る。しかし立ち上がるには、まだ暫く掛かる。
「話が出来る状態になれば……聞きたいこともあったのだけれどね……」
 千里が口を開いた。鮮やかな緋色は消え失せ、空を見上げる瞳は茶色に沈んでいる。

 この結末が望むものでなかったことは誰にでも分かる。
 オウガを救おうとする彼らの想いは、間違いなく本物だったのだから。
 それが何処かで、あの女神に。
 そしてオウガという種族に伝わってくれるのを、今は祈るしかない。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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