シュリの誕生日~廻る刻の歯車

作者:朱乃天

「キミ達は、懐中時計に興味はあるかな?」
 ヘリポートの片隅で、玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)がいつもと変わらぬ調子で言葉を掛ける。
「どうやらオーダーメイドの懐中時計を作ってくれるお店があるらしくてね。今度そのお店に行ってみようと思うんだ」
 シュリの話によると、そこは使われなくなった洋館を改装して建てられた時計店らしい。
 その洋館は小高い丘にある2階建ての建物で、屋上には時計台が設置されていて。どこかノスタルジックな雰囲気漂う造形は、建物が刻んできた永い時の流れを感じさせられる。
 そして扱っている商品は、全てハンドメイドの時計のみという、そこにはこの店ならではといった拘り方があるようだ。
 1階には通常の店舗と工房があり、腕時計や懐中時計といった小型の物なら、オーダーメイドで作ってもらえるらしい。
 もし自分だけの時計を望むなら、その時計に対する思いを添えてほしいとシュリは言う。そうすれば、職人さんがより心を込めて時計造りに専念してくれるから。
 また、2階はカフェが併設されていて、時計や歯車をモチーフに装飾されたアンティーク調の空間が、来訪客を幻想的な世界に案内してくれる。
 店内は古めかしいランプの明かりが仄かに燈り、時計の針が時を刻む音だけが聞こえてくるのみである。
 静かに時間が流れ過ぎて行く、ところがいつしか過去に巻き戻されていくような、ここではそんな不思議な錯覚に囚われるかもしれない。
 過去の記憶を遡り、未来を想像しながら想いを廻らせて、自分だけの時間を愉しむのも偶には悪くないだろう。
 それに何よりも、シュリにとってはこの日が特別な一日なのだから――。

 ただ淡々と、時の流れる侭に想いを馳せながら。
 日常的にありふれた、何でもない時間を過ごすだけの世界。
 時計の針は正確に、世界の時を休まず刻む。変わらぬリズムで耳を掠めるその音は、まるで鼓動に合わせるかのように、ここに今ある生を気付かせてくれるようでいて。
 窓から外を眺めれば、鮮やかに赤く色付く夕陽の景色が視界を眩しく彩って。
 人影が朧気に霞む夕暮れ時の空間は、過去と現在との境界線として、どこか懐かしく感傷的な気分に誘われる。
 茜色に染まった夕焼け空は、やがて深藍色の夜の風景へと色を変え。
 薄暗闇の空を数多の星が明るく照らし、煌めく光の群れは時を忘れる程に人の心を魅了して、見果てぬ遠い未来に夢を抱く。
 移ろい廻る刻の狭間が視せる刹那の幻に、貴方はどんな世界を想い描くだろう――。


■リプレイ

●刻廻りの館
 年代を感じさせるアンティークな洋館に、シンボルともいえる大きな時計台。
 建物の中に一歩足を踏み入れたなら、ノスタルジックな空気に出迎えられて。
 店内中を見回せば、壁掛け時計や腕時計、多くの種類の時計の姿が目に映り。
 一瞬言葉を失い見惚れる志苑の口からは、歓喜の溜め息だけがただ漏れる。
 現実から切り離されたような空間は、今過ごす世界とは別の時間が流れているようで。
 時計が時を刻むのは、胸の鼓動と似ているような感覚がすると語る志苑。
 彼女の言葉を、宿利は確かめるように時計の音に耳を傾け、暫しの間聞き入った。
 不思議と落ち着く気がするのは、その所為なのかなと、自分の鼓動を深く感じつつ。
 そんな二人が頼んだ、世界に一つだけのオーダーメイドの懐中時計。
 今日から刻み始める時計の時間は、これからも一緒に過ごしていく時間。
 今より少し大人になった時、どれ程多くの想い出が、時計と共に刻まれているのだろう。
 宿利は未だ見ぬ未来に想いを廻らせながら、楽しみを待ち侘びるように微笑むと。
 志苑も釣られるように笑顔を浮かべ、二人は互いに顔を見合わせる。
 先の未来、その時この時計が見せてくれる表情が、幸せなものでありますように。
 そうした時間と想い出を、一緒に刻んでいこうと約束交わした手が触れたのは、自分の胸の鼓動であった。
 懐中時計なら、着物の帯に差した時、心の近くにあって確かな生を感じられるから、と。

 オーダーメイドで作ったハンチングを嬉しそうに被る要は、鍔を摘んで持ち上げて、少し使い過ぎているかなと、気にする素振りを見せたりするが。
 似合っているから大丈夫だと、迅が年の離れた妹みたいな彼女を宥めるように、帽子に掌を乗せて軽く撫で。少女はありがとうと元気に声を上げ、満面の笑みを覗かせる。
 懐中時計はどう動いているのだろう? 店内に足を運ぶなり、要が抱く疑問を尋ねれば。迅は懐中時計の一つを手に取りながら、きっと先人の叡智で回っているのさ、と。掌の中で懐中時計を揺らし、それが発明された過去の時代に、思いを馳せていた。
 二人がオーダーメイドを依頼する時計。迅は青みがかった銀色に、サッカーボールを思わせるような幾何学模様的な外装で。内装は機能性重視のアナログタイプの懐中時計。
 サッカー好きだからといった理由が形になった、如何にも彼に似合ったデザインだ。
 片や要が込めた思いは、『無駄な事なんて何もない』。そうして作られた懐中時計には、『双葉と太陽のレリーフ』が刻まれている。
 双葉の芽はこの先大きく成長するかもしれないし、途中で折れてしまったり、萎えたりすることだってあるかもしれなくて。
 でもどんな時でもこの太陽が、明るく照らしてくれると願いを込めて――。
 少女は臙脂色のジャケットを着た青年の顔をふと見上げ、面映ゆそうに笑うのだった。

 人の縁はどこで繋がるものか分からない。
 環がアンセルムと初めて知り合ったのは、ミッション破壊作戦で一緒になった時である。
 それから二人は意気投合し、色んなイベントにも出掛けるくらい仲良くなっていた。
 そしてもう一人、イヴリンはたまたま店で二人と出会っただけの関係ではあるが、互いに会話をしているうちに興味を抱き、気付けば二人の買い物にも加わるようになったほど。
 こうして三人は、和気藹々と話に花を咲かせつつ、それぞれオーダーメイドの懐中時計を頼むのだった。
 環は猫のウェアライダーらしく、文字盤が猫モチーフになったとても可愛らしい一品だ。
 こうした細部まで気配りのある拘り方が職人らしいと、金色の瞳を輝かせて感動する環。
 一方イヴリンの時計には、真鍮製の外装に緑色の石が飾られている。一見シンプルそうだが、よく見ると細かい植物の意匠が施されていて。
 元ダモクレスという身であるが故、有機体の身体に人としての心を持っている、自分自身の象徴として形に残したいという想いが、この時計に込められていた。
 そんな二人に対して、アンセルムが注文した懐中時計はと言えば。蓋に蔦の透かし加工を施した、ハーフハンターケースの白い懐中時計だ。
 植物繋がりで、自分と似ているところがある気がすると。イヴリンはアンセルムに少し親近感を抱いて、彼の顔を改めてじっと見て。
 見た目はイケメンで凄く綺麗なはずなのに、ちょっと変わっているよねなんて。軽く冗談交じりに言われた青年は、よく言われると、聞き慣れたとばかりに苦笑する。
 とにかく三者三様ではあるが、その何れもが、自身の存在を表現したかのような、細工を入れた時計に仕上げられていた。
 そこには世界で唯一つの懐中時計を自分の分身として、離さず持っていたいと願う気持ちがあったのかもしれない。
 三人がこの場所で共に過ごした時間は、ほんの僅かの束の間でしかないが。
 異なる時間が重なり合ったその刹那、人と人との縁が結ばれて、新たな時間が刻まれる。
 彼等がこれから歩む時間は、ここから針が動き出し、始まりを告げていくのだと――。

●刻む鼓動
 カチリ、カチリと、時計の針がゆっくり時を刻む音だけが、静かな店内に響き渡る。
 規則正しいリズムは寸分違うことなく一定で、耳を澄ませば確かに鼓動みたいだと。
 でも自分と違った穏やかな心地好さがある。イェロは店舗に並んだ懐中時計を眺めては、連れて歩ける子がいないものかと見回した。
 存在自体はさして珍しくもない『彼等』だが、されど姿形は千差万別で、人のように個性豊かだと。キースも同じように耳を傾け、規則正しい音に心音を重ねつつ、飾られた時計達を見比べる。
 文字盤や針、組み合わされた歯車と。どれも違った顔をした子らと、心音と重ねて相性探しをするイェロ。
 キースはどう? と連れ添う友に振り向きながら問いかけてみれば。黒髪の彼は、繊細で透明感のある懐中時計を手にして耳を欹てていた。
 時計が刻む音を聴き、自分の勘を信じてふと目が合った子は。びびっと一目惚れした運命の出会いなのだと、胸元指差し微笑んで。
 成る程、彼らしい表現だなと感心しながら、イェロが耳を欹てた先。不意に目を引き、音に惹かれたのは、飾り気のない角型の懐中時計。
 熟れた果実色の眸に映るその子に手を伸ばし、触れた瞬間、掌の中にしっくり収まり、何となく馴染むような気さえして。
 この子にしよう――満足そうに大事に包み込み、静かな鼓動に安らぎながら。
 それぞれ刻む時間はどんなものだろう。針が廻ったら、そっと教えてくれないか。
 二人はそんな風に会話を交わし、手にした懐中時計の世界に想いを廻らせた。

 ここには初めて来たのにどこか懐かしく。
 最近慌ただしさを感じていたウォーレンは、零れ落ちていく時間が止まったような不思議な感覚に、まるで時の流れの中に迷い込んだみたいだと。
 静かな場所で、時をゆっくり刻む時計の針の音は、思わず時間を忘れそうになるようで。
 恭志郎も彼と同じような気持ちになりながら、懐中時計に対する思いを口にする。
 自分が求めているのは、鼓動を刻む音。ぽつりと呟く恭志郎の声に反応し、ウォーレンは無意識に彼の心臓辺りに視線が行って、不思議そうな顔をする。
 毎日必死で生きているのに、恭志郎は自分だけ前に進めず止まっているようだった。でも今は、こうして友達同士で出掛けたり、笑い合える時間がある現実に、ちゃんと時計の針は進んでいるんだなって思えるようになってきて。
 些細な日常の、一つ一つを心に留め、記憶を重ねていこうと恭志郎は密やかに想う。それは嘗て失くした心音を、懐かしみつつ新たな時間を築いていく為に。
 止まった時間を動かす心臓の音。
 歯車仕掛けの心臓からは、未来が体中に送られていくのかもしれない、と。
 ウォーレンは、黄昏色の瞳に映る気のおけない彼と、共に過ごす時間がとても愛おしく。
 ――今日はお互いに、その記念の『誕生日』になりますね。
 そんな風に喩えて、嬉しそうに語る少年に。人当たりの良いお兄さん的な青年は、時計が赤ちゃんみたいに思えてきてしまい、思わず頬が緩んで柔和な笑みを携えた。

 ショーケースに並んだパーツを眺める、二人の男性。
 レスターは自分よりも一回り以上年上の友人であり、父のように慕うデニスに日頃の感謝を述べると。薄灰の髪の紳士は軽やかに笑って肯いて、暫しの世間話に興じるのであった。
 年頃の娘がいるデニスは、我が子を深く溺愛している良き父親で。その理知的な愛情と、寛大な包容力に溢れる彼の姿は、父を知らないレスターの、理想とする父親像そのものだ。
 だからこそ、家族という存在には人一倍強く憧れていて。彼のようにいつか愛する人と結ばれて、子供を作って幸せな家庭を築きたい――。
 青年の描く未来に、デニスは眦下げて微笑んで。そっと手を伸ばしてレスターの頭の上に添え、金色の髪を梳くかのように優しく撫でながら。
 娘が出来たら、溺愛することになる、と。
 少し揶揄うように囁いた、その表情は充実した幸福感に満ちていた。
 しかし我が子と共に歩んだ道程は、様々な苦難もあったことだろう。
 今日に至るまでに刻まれた時間の歳月は、時計と共に新たな未来に繋がれていく。
 魂の化身である蝶が、時を渡って全てを一つに結んでいくように。
 金の懐中時計に装飾された蝶の彫り物は、この日を記念の一日にという、レスターの想いが注がれていた。
 デニスはそんな息子のような青年に、静かに言の葉落とし、時計が刻む明日という日に、多くの幸があらんことを願う。
 ――必要な時はいつでも『父親として』君の力になるよ、レスター。

 其処彼処に落ちて来るような、歯車達が奏でるハーモニー。
 職人の想いを映す時計達の唄声に、うっとり聞き惚れているラウルの傍らで。
 シズネは懐中時計を手に取りながら、揃いの時計なら、同じ時間を歩んでいるように思えると。二人の考えは、言葉に出す前から決まっていたようだ。
 掌の中に乗せられた懐中時計には、蓋に星と太陽が描かれて、優しい光を帯びていた。
 蓋を開けば文字盤が透けて見え、二つの歯車が、互いを支え合うかのように稼働して。
 まるで自分達のようだねと、選んだ時計の意匠に、ラウルは彼と自分の姿を重ね見る。
 このまま時が止まってくれたなら……束の間の永遠を、同時に心の中で願いつつ――。
 抱く想いはシズネもまた同様で、この幸せが壊れることなく、ずっと続いてくれたらと。
 けれどもそれでは、いつまで経っても前には進めない。彼と一緒なら、どんなに辛い道程だって歩めるはずだ。
 懐中時計の歯車みたいに、二つが廻って力を動かせば、時が進むのだって怖くない。
 力強い口調で語るシズネの一言に、ラウルは黙って大きく頷いた。
 前に進むということが、痛みを伴うものだとしても。彼が隣にいてくれるなら――。
 もしも倒れそうになったなら、その時は支えてあげるから。
 そして自分が立ち竦んでしまったら、代わりに手を差し伸べてほしい。
 共に廻る二つの歯車が、そうして未来の時を刻んでいくように。
 君と手を取り合い、歩む調べは、きっと幸せな音を響かせてくれるだろう。

●刻が奏でる物語
 美人と一緒のデートなら、例え毒を盛られると分かっていても行くなどと。
 ラスキスからの誘いを、独自の言い回しで喩えるヴェルセアに、誘った当の本人は、彼の大胆不敵な所が好いとさえ。冗句交じりに言い合えるのも、気心知れた仲だからこそ。
 時計は手首に付けてジュエリーのように飾るのも、女性独特の楽しみ方ではあるのだが。
 懐中時計のような手巻き式の時代遅れな不便さも、遊びがあって良いのだと。ヴェルセアの語る懐中時計の魅力について、ラスキスも言いたいことは分かると理解を示す。
 自らの手でゼンマイを巻いた時から、自分自身の時が刻まれて。それらが重なり合う時、それぞれの風合いと味が生まれ出る――1つとして同じものがないように。
 互いの意見が一致したのなら、気が変わらぬ内に揃いの懐中時計をあしらってほしい。
 それだけ聞けば十分と、ヴェルセアが迷うことなくオーダーを取りつける。
 オーダーメイド、それも揃いと聞いて。
 どういう意味かとラスキスは、一瞬思考が止まって戸惑うが。
 すぐにサプライズと気付くと目元が緩み、自然と顔が綻んで。
 彼女の喜ぶ顔を見て、青年は八重歯を覗かせながら、満足そうにニヤリと笑んだ。
 ――お互い生き急いでいるからナ。
 だから頼んだ懐中時計には、短針が一周するのを遅らせる仕掛けが施されていた。
 生き急ぐ自分達に必要なモノ。流れる時を遅く感じれば、死ぬまでの時間も悠長に思えてくるだろう。
 短いようでいて、されど何もしないままでは長い人生だ。ならば互いにささやかでも彩りを、時には求めることも――。

 歯車で飾り立てられたアンティークな空間に、ランプの明かりが仄かに揺らめいて。
 そこは機械的に見えるが温もりがあり、芸術品のような美しさも感じられる世界。
 陣内はこのカフェを見て、先ず脳裏に浮かんだのは眸のことだったと告白をする。
 そう言われたレプリカントの青年は、友の心に自分があるというのは嬉しいものだと目を細め。彼の翠の瞳に見つめられると、陣内は自分の言ったことが気恥ずかしくなり、ひと息つこうとアイリッシュコーヒーのカップに手を伸ばす。
 二人はカップを傾けながら会話をする内に、やがて過去の世界へ記憶の捻子が巻き戻されていく。
 眸が発した何気ないただの一言、ケルベロスになった切欠について問われた陣内は、少し間を置き記憶を遡って考えた後、気が付いたらそうなっていた、と呟いた。
 剣術自体も習ったことはない。せいぜいペインティングナイフでキャンバスを滅多刺しにする程度だと、冗談めかして笑いつつ。絵が上手く描けなくて、苛立つ若かりし頃の姿を思い出し。そこから先は言葉を濁し、口を閉ざしてどこか寂しそうに目を伏せる。
 話を聞き終え、眸はそれ以上のことは尋ねようとせず。彼の刀の扱い方も得心したと頷いて、感謝を捧げるように言葉を添えた。
 芸術のことはよくわからなイが――陣内の描く絵は、暖かくて、好きだと思ウ。
 機械の音が静かに時を刻む中、二人だけの時間が緩やかに流れ過ぎて行く。

 ――この時計を、修理できますか?
 しおんはそう言いながら、自ら持ち込んできた懐中時計を差し出した。
 元は金無垢だったと思われる装飾も、どこか色褪せてしまった感があり。
 聞けばどうやら形見の品であるらしく、綺麗に復元したいという、強い想いをしおんは職人達に伝えるのであった。
 幼い少女の願いが篭った懐中時計。文字盤には星座盤が描かれていて、満天の星が煌めくような、幻想的な世界が小さな時計の中にある。
 彼女の心を汲み取るように、職人が時計を受け取り、手にすると。暫く作業に移り、時計に新たな生命を吹き込んでいく。
 こうして修理を終えた懐中時計は、しおんと共に再び時を刻んでいくことであろう。

 腕時計を買いに行こうと思っていた矢先、お誂え向きの店があったものだと。
 ハンナは好奇心に誘われるが侭に店に入るなり、目当ての品を物色し始める。
 ムーブメントに拘りはないが、文字盤はシンプルな方が良さそうだ。
 細腕の男がつけるようなモノ。とは言っても、それを使用するのは腕の細い女の方だと、付け加えるのを忘れずに。
 どうやらハンナが買おうとしているものは、誰かに贈る為の時計のようである。
 故にこの先何年も、一生使えるような、丈夫な品質の方が彼女にとって一番望ましく。
 ふと買い物をしている最中に店内を見渡せば、そこには見知った顔も幾人かいて。
 後で挨拶くらいできればと思ったが、先ずは用事を済ませておこうと、再び時計の方へと目を向ける。
 記念すべき大切な日に相応しい一本を――。

 ハンナの視線の先にいる、黒いシルクハットに黒衣の男。
 時計屋を営む身であるダリルは、この店が気になる場所だと興味を惹かれてやってきて。
 店内にある手作り時計の一つ一つを、吟味するようじっくり眺めたり。
 できることなら作る過程も知りたいと、工房への見学を申し出る。
 そして折角だからと、懐中時計をオーダーメイドで作ってもらうことにした。
 職人の手で行われる作業の手順を、食い入るように見つめては。感心するかのように息を吐き、時には頷き参考にして。
 廻る時間を歯車の群れの中に閉じ込めて、流れるように作られていく懐中時計が完成し、手にした時から、遍く人の時間が動き出す。

「シュリ君は、何か気になった時計はあるかい?」
 今日は良い経験ができたと、ダリルは店を紹介して誘ってくれたシュリに声を掛ける。
 ぼんやりとショーケースを覗いていたシュリは、個々の時計に目を遣りながら、声に応えるように小さく頷いた。
 この日は彼女の16歳の誕生日。レプリカントとして生を受け、機械の身体であっても、見た目も心も人と何ら変わるところはない。
 懐中時計が刻む時間の音は、自分の中に息衝く生命があることを気付かせてくれていた。
 ――ゼンマイ仕掛けの刻が奏でる物語。
 未来を歩んでいこうとする現在に、ふと立ち止まって過ぎ去りし日々の記憶を振り返り。
 少女は馳せる想いを心に留め、充足感に浸るように微笑んだ。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月9日
難度:易しい
参加:22人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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