薄煙のレイニーブルー

作者:秋月きり

 気が付いたら、雨は上がっていた。
「ちぇっ。今日も駄目だったか」
 自宅のドアを開けながらぼやく男は、眩しい日差しを見上げ、舌打ちをする。
「どこかに訳アリ濡れ透け女子はいないもんかねぇ」
 それは男の願望。否、妄想だった。土砂降りの雨の中、傘も差さず濡れて立ち竦む女性。そんな彼女に上着を差し出し微笑むのだ。
「こんなに優しくされてたのは初めてです。あの、お名前を……」
「名乗る程の者ではありませんよ」
 そこまで妄想し、ぐへへと笑う。いつもの妄想はしかし、今日は勝手が違っていた。
「あー。誰かがそんなシチュエーションを用意してくれたらなぁ。……って、雨も降ってないのに無理か」
 そこまで口にした瞬間、目の前に青い光が広がる。
 光の中から現れたのは神々しい光を纏った孔雀――否、孔雀の様なビルシャナであった。
 実体を持たない幻影のそれは、優しい声を男に向ける。
「その願望、叶える力を貴方に上げましょう。貴方はその力を使い雨を――血の雨を降らせるのです。血の雨に打たれた少女はきっと呆然と足を止め、貴方が介抱しようとする優しさを受け入れるでしょう」
「――!」
 どう聞いても歪んだ教えであったが、男にとっては感銘を受ける教えだったようだ。片膝をつき、祈りを捧げる様に両手を合わせる。
 その瞬間、男の身体もまた光に包まれる。光が途切れた時、そこにいたのは一体のビルシャナであった。
「血の雨を降らし、濡れ透け少女に上着を差し出すのだ!」
 そうして玄関を飛び出したビルシャナは街に向かう。雨の降る程の大量虐殺と、そこに現れる筈の濡れ透け少女を生む為に。
 雨上がりの匂いと、強い日差しの太陽だけが、その背を見送っていた。

「成就願望って誰にでもあるけど、これはちょっと極端な例かな」
「そ、そうでございますか」
 半眼のリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)に相槌を打つのは、無理矢理な敬語のステイン・カツオ(剛拳・e04948)だった。そんな二人を前に、グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)は愛想笑いのような苦笑いを浮かべる。
「貴方の危惧した通り、『濡れ透け少女にそっと上着を差し出したい明王』が現れたわ。ビルシャナ菩薩『大願天女』の影響によって、ね」
 ビルシャナ菩薩『大願天女』によってビルシャナ化されてしまった人間は、個人的な願望を叶える為にビルシャナの力を用いて襲撃事件を起こすと言うのだ。今回、何をまかり間違ったか、大量虐殺による血の雨を降らせる事で、その願望を充足させようとしているらしい。
 これには流石のステインも苦笑いするしかなかった。
「ただ、ビルシャナ化した人間を説得して、計画を諦めさせる事が出来ればビルシャナ化した人間も救う事が出来る筈なの。だから、可能なら助けて欲しい」
 彼もまた犠牲者なのだ、と神妙な顔をリーシャはステインに向ける。
「今から向かえば、ビルシャナが自宅から飛び出した処を抑える事が出来るわ。郊外の住宅街だから可能性は低いと思うけど、迷い込む人がいない様、人払いは必要だと思う」
 また、ビルシャナの能力は光を放ったり、読経で攻撃してきたり、との事だ。攻撃力も高いので、気を付ける必要があるだろう。
「成程。一般的なごく普通のビルシャナですね」
 グリゼルダの言葉にこくりと頷き、言葉を続ける。
「先の通り、説得する、或いは願望を満たしてしまって満足させるってのも解決方法になるわ。もちろん、ビルシャナそのものを撃破してしまう事も解決策の一つだけど、後味良くない結末になりかねないわね」
「判ったぜ……ですわ」
 助けられるならば助けたい。その思いはステインやグリゼルダにとっても共通の物であった。
「普通に考えれば、濡れ透け少女を用意するとかだろうけども」
「本人なりに強いこだわりがあれば、其処まで準備する必要があるかもね。雨が降ってるとか、どういうシチュエーションか、とか」
 説得内容はお任せするが、矛盾が無いように皆ですり合わせをする事も大切だろう、とはリーシャの弁だった。
「願望を暴力を使って実現しようと、心から思っている者はそういないわ。皆の説得があれば、きっと被害者を救出出来る筈よ」
 にこりと笑い、リーシャはケルベロス達を送り出す。
「いってらっしゃい。頑張ってね」
 そこに信頼の色を浮かべて。


参加者
星黎殿・ユル(青のタナトス・e00347)
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
レクス・ウィーゼ(ライトニングバレット・e01346)
綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)
神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)

■リプレイ

●レイニーブルー
 雨の勢いは弱くなってきた。
 小雨、と言っても構わない。空も青色を取り戻し、晴天が直ぐ傍まで来ている事を告げていた。
「この後はずっと、晴れの様だね」
 アイズフォンで天候を確認していた星黎殿・ユル(青のタナトス・e00347)が検索の結果を口にする。
「そうなりますと、今頃、何処かの家で大願天女の幻影が……」
 グリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)の強張った声色に、首を振って応じるのはパール・ワールドエンド(界竜・e05027)だった。
 そのボディランゲージの意味を受け止めたグリゼルダは「判っています」と短い言葉で応じる。
「大願天女の幻影をどーこーした所でそのビルシャナにダメージを与えられん訳やし、事件の発生は止められへん。むしろヘリオライダーの予知を妨げかねんのは、皆も承知しとるわ」
 八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)の言葉は正鵠を射ていた。未来予知とて万能ではない。それはこの事件だけではなく、他の事件でも痛い程感じていた。
 故に、今は待つしかない。大願天女の甘言に惑わされ、ビルシャナとしての力を得てしまった少年――人呼んで、『濡れ透け少女にそっと上着を差し出したい明王』の到来を。
「改めて口にすると、凄い字面だな」
 レクス・ウィーゼ(ライトニングバレット・e01346)の低く渋い声にビハインドのソフィアがこくりと頷く。
「まったく! 女を口説くのに名を名乗る事も出来ないなんて!」
 ぷんすかと怒りを露わにするのはエニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)だった。
 その怒りをまぁまぁと宥めた綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)は、こほんと空咳の後、周囲の顔を見渡す。
 雨の勢いが弱まるにつれ、誰しも真摯な顔へと転じていく。それは神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)、神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)姉弟も同様だった。
「再度確認です。ビルシャナが自宅から出てきた後、順番に声を掛け、彼からビルシャナの能力を剥奪します。その為、『濡れ透け少女にそっと上着を差し出したい』と言う願望を成就させる必要があるわけですが」
 大願天女に惑わされたビルシャナを救う方法はそれだけではないが、此度、ケルベロス達が選択した方法は、元となった少年が抱いていた願望の成就であった。
「まずはボクが彼に声を掛ける……と言うか、声を掛けられるシチュエーションを作るね」
「その後は俺と」
「私ですね」
「それで駄目だったら、俺がソフィアと共に出る」
 ユルの返答の後、鈴と煉、そしてレクスが続く。共にペアで行動するようだった。
「俺とグリゼルダさんは3人のフォロー。残りの皆さんは待機しつつ、戦闘になったら即介入。……以上で宜しいでしょうか?」
 鼓太郎の言葉にパールが頷き、「了解」と瀬理、エニーケが首肯する。
 ケルベロス達の決意を承認するよう、やがて、雨足は弱まり、青い空と眩いばかりの冬の太陽が、アスファルトの大地を照らし始めていた。

●冷たい雨に打たれながら
「うぉぉぉーっ。待ってろ。血の雨に打たれて濡れ透けになる美少女よーっ!」
 判り易い歓声が響いていた。本来ならば近隣の人々から怪訝な目で見られそうな、或いは通報を免れない言葉を叫びながら鳥人が驀進する。しかし、彼を見咎める者は何処にも居なかった。外出していた人々は事前に鼓太郎が用いたパニックテレパスによって、屋内へと排除されている。
 他者と出会わない中、街中を奇声と共に疾走したビルシャナは交差点に差し掛かると、キキーっとの擬音と共に足を止める。
 目の前にずぶ濡れの少女がいたのだ。
 年の頃はハイティーン。おそらく同い年くらいだろう。今にも赤信号に飛び込みそうな負のオーラを纏った少女は、この寒空の下にも関わらず、夏用のセーラー服を纏っていた。
 保護欲、或いは被虐心満載の少女を前に、しかし、誰も声を掛けたりしない。何故ならば、そこにはビルシャナと少女以外、誰もいなかったからだ。
「むぅ」
 足を止めたビルシャナは少女と周囲を見渡し、深い溜息を吐く。
「雨が降っていないじゃないか」
 そう。雨に濡れた訳あり濡れ透け美少女を求め、血の雨を降らせればいいんじゃね? と言う歪んだ結論に至った彼にとって『雨が降っている』シチュエーションは絶対だったのだ。
 しかし、空は晴天。血の雨を降らせようにも、少女以外に人影は無く、まして、少女の血液で血の雨を降らせるわけにいかなかった。そんなことをすれば、血塗れの死体が出来上がるだけだ。彼の求めるものは死体ではなく生者――濡れ透け美少女である。つまり、生きていて貰わなければ困るのだ。
 そんな逡巡を見抜いたのか、路地裏から小さな声が響いた。
「グリちゃん、お願い」
「はい。任せて下さい」
 路地から交差点を見守っていた影の内の一つ、鈴の声に応じ、グリゼルダが短く詠唱を行う。
 その唇は、あるグラビティの名を紡いでいた。――メディカルレイン、と。
 ぽた、ぽたっと雨が降り出す。グラビティによる薬液の雨は天候こそ変える力は無かったものの、雨降りの光景を作るだけならば充分だった。
 空を見上げ、薬液の雨を浴びる少女――演技真っ最中のユルは何処までも悲哀に満ち、故にビルシャナは彼女の前に立つ。
 その右手には、自身の羽織っていたジャケットが握られていた。
「お嬢さん、これを」
「……え?」
 戸惑う少女の肩に、ふさりと掛けられるジャケット。メディカルレインの中、それも濡れている筈だが、ビルシャナの能力なのだろうか。それとも別の問題なのか。水滴一つ零すことなく、少女の肩を包み込む。
(「ここまでは上々だよね」)
 礼の一言でも口にしようとしたユルの前で、その異変は起きた。
 ビルシャナの身体を光が覆い、視界を白く染め上げていく。それはユルだけではなく、物陰に隠れていた8人のケルベロス達の視界すら、焼き尽くすほどの光量を伴っていた。
「え? ええ?!」
 戸惑うユルの声に、ビルシャナの声が重なる。
「俺はもう、惑わされない! 俺の夢は! 俺の願いはここに成就した!! 人々を殺めてまで叶う願いなど――ない!」
 ビルシャナの元となった少年の心からの叫びが響くと同時に、光が収束していく。
 ようやく回復して来た視力が捉えたのは、地面に転がる学生服の少年、そして、金色に輝くビルシャナの姿だった。
「分離した?! と言うか――」
「早いっ!!」
「ってか願望云々はともかく、色々早過ぎねえかっ?!」
 以上、見守っていたユル、飛び出した鼓太郎、彼に続いた煉の台詞だった。弟を追いかける鈴も「え? えーっと」と困惑の表情を浮かべながらも、視線の先の交差点へと向かっていく。
「成程。願望の成就がビルシャナ説得の条件ならば、確かに、偏り過ぎた願望は叶えるのに易い物、か」
 納得半分、不満半分のレクスは仕方ないと肩を竦める。これが『全ての少女を濡れ透けにする』などと誇大過ぎる願望であればここで解決と言う事は無かっただろうが、所詮は『濡れ透け美少女に上着を貸したい』だけの明王。結果として、ユル一人の演技で完了していた。
(「まぁ、その他の準備が無駄に終わったのは残念と言うより、良かったと思うべきだろうな」)
 しかし、今回は特殊性癖がピンポイントでビルシャナ化になっただけの組み易い相手だった、と言う幸運は忘れてはいけないと自身を戒める。
 ビルシャナの恐ろしさとはこんな程度ではない筈だ。
 多分。

●もう終わった筈なのに
 くえぇぇとビルシャナの鳴き声が響く。少年から分離したそれは、明確な敵意をケルベロス達に向けていた。
 その身体に焦げの様な損傷が見えるのは、先程の光が自身を襲った為だろう。ケルベロス達の説得によって我を取り戻した少年の抗いが、誘惑者たる大願天女の力を打ち払う事に成功したどころか、彼に取り憑いたビルシャナそのものにダメージを与えたのだ。
「大願天女の誘惑に抗った彼の為にも、ここで終わらせましょう!」
 グリゼルダの声に応と頷くケルベロス達は、一様に得物を構え、ビルシャナに詰め寄っていく。
「だいたい何やねん濡れ透けて。あんたの下心丸見えやん。上着差し出す時も絶対胸元に目ぇ行くやろ。そういうの、うちら分かんねんで? きっしょって思われて終いちゃうか!」
 白虎の爪ビルシャナに叩き付ける瀬理の一撃は、叱責と共に。
「そんな程度で、好意を持って感謝されたいのかしら?」
 曲芸用の電動鋸でビルシャナの羽毛を切り裂くエニーケの声は軽蔑を伴っていた。
「あ、あのー。二人共?」
 凍結の盾を生み出す鈴の声は、むしろ同情に満ちていた。二人の怒りは判る。自分も練るだけ練った策が無意味に帰した虚しさもあるし、そこに八つ当たりの気持ちが沸かないとは言えない。それでも。
「被害者さんの方、顔を真っ赤にしてますよ」
 見れば、少年は顔を押さえて地面に伏せている。ビルシャナの乖離によって意識はなくなり、昏睡状態の筈だが、無意識に二人の言葉を受け止めてしまったのだろう。これが布団の中であれば、枕に顔を埋めじたばたとしていたに違いなかった。
 主人の指摘に何を思うのか。リュガは従ずるよう、自身に属性を付与し、耐性を強化していく。
(「いや、性癖を暴露されただけじゃなく、それを責められるものな。辛いよな」)
 同じ男として同情心を抱きながらも、声が届くのであれば一言くらいは告げたいと、レクスは流星纏う飛び蹴りを放つ。
「男なら、女が不幸過ぎる状態に陥っている事を望むんじゃねーよ!」
 血塗れにすることが大願天女に勾引かされた結果と言え、そもそも抱いていた願望が、大願天女に付け入られる隙となっていた。その憤りは確かにあった。
 ソフィアの紡ぐ金縛りもまた、彼の怒りを体現した物だろうか。ぎちぎちと縛り上げるグラビティの痛みに、ビルシャナが嘴の端から泡となった唾液を零す。
「……まぁ、あれだ。お前は生きろ」
 色々フェチズムが入っているが、要するに困っている女に優しくしたいと言う願望だ。その浪漫を解さない訳ではないと煉は笑みを浮かべた。
「だけど、ビルシャナは死ね」
 ヌンチャク型如意棒を振りかぶり、ビルシャナに叩き付ける。同時に甲高い悲鳴が辺りに木霊した。
「心鎮めるのです、俺」
 鼓太郎の心は騒めいていた。思う処はいくらかある。それでも。
(「彼の者のちょっと常道から外れた願望は罪でも何でもありません」)
 そう。レクスの言葉通りならば、結果として誰かが不幸になる事が彼の性癖。だが、彼は別に誰かを不幸にしたいものではない。言うならば、ちょっとしたボタンの掛け違いのようなもの。全ての背景を捉えきれない、考え足らずなだけの想いだ。
 だが、それが罪と責める事が出来ようか。
 人の好みなど千差万別。全ての好みに表裏一体の背景が存在し、そこに如何なる痛みが存在しようとも、性癖そのもののみを責める訳に行かないのだ。
(「ちょっと特殊過ぎますけど!」)
 理解出来ないが、否定のつもりもない。氷纏う双剣――剛剣と新月刀の斬撃でビルシャナを切り裂きながら、それでも鼓太郎は彼を守ろうと心に決める。倒すべきはビルシャナ――侵略者たるデウスエクスだ。
「キミの優しさ、嫌いじゃなかったよ」
 あざとい台詞と共にカードを引き出したユルは氷纏う槍騎兵を召喚、氷の槍をビルシャナに向かって投擲した。
 そこに続くパールの指突は不吉なガントレットに覆われた一突きだった。神経節を破壊され、動きを鈍らせるビルシャナに、にこりと笑みを向ける。
 紫色と地獄に染まった瞳は、彼に問うようであった。
 その力を与えた主を教えろ、と。
「み、皆さん。ほどほどに……」
 治癒能力を持つドローンを召喚するグリゼルダの声は震えていたが、まぁ、多分、気のせいだろう。

●私もそっと
 戦いもやがて、終局へと向かっていく。此度、その兆しはパールの殴打によって発露して行った。
「……?」
 精彩欠く、との表現が正しいか。ビルシャナの動きはおおよそ、鋭さも機敏さも無く、遮二無二な攻撃を繰り返しているように思えた。
「やっぱり……やな」
 その理由に思い至った瀬理はあはっと笑う。それは獲物を追い詰めた肉食獣を思わせるザラついた笑みでもあった。
「あんた……やっぱり、あの光で結構な損害、受け取ったんやな?」
 黙れとばかりに放たれたビルシャナの怪光線はしかし、割って入った煉やソフィア、リュガと言ったディフェンダー陣に叩き落される。彼らが負った傷はすかさず、ユルや鈴、グリゼルダ達によって治癒されていった。
 ビルシャナが少年から抜け出た瞬間、ビルシャナを焦がした光は彼の侵略者に手傷を負わせていた。それは即ち。
「説得が効いたって証拠だな」
 エクスカリバールによる釘抜きの一撃を放つレクスはそう嘯く。過程はどうであれ、結果、ケルベロス達の説得はビルシャナの分離に成功した。むしろ、その効果は覿面過ぎており、ビルシャナそのものに痛打を与えている。
 故に終局は近いと鼻で笑うレクスは、己がオーラを銃弾に転じ、ビルシャナを狙い撃った。
「どんな装甲も何度も攻撃を喰らえば傷の一つ位負うし体の中はどんな奴だって鍛えられねえさ。さあ弾丸のフルコースご馳走してやるぜ?」
 如何に強靭なデウスエクスと言えど、グラビティから生み出された幾多の弾丸による集中砲火を耐えられる筈も無い。まして、同じ傷口を抉られる痛みは、想像を絶するものだった。
 痛みから逃れる為、空への飛翔を試みたビルシャナはしかし、立ち塞がる二つの人影によって遮られる結果となった。
「高速の剣閃が見切れぬのであれば、ここでは私が正義ですわ!」
 エニーケは溢れんばかりの正義感を切っ先に込め、振り下ろし。
「月をも砕く蒼牙。はぁぁぁっ、砕け散れっ!」
 煉の棒術は地獄の蒼炎を纏い、ビルシャナの脳天を砕くかの如く、強襲する。
「逃がしませんよ?」
 地面に叩き落されたビルシャナを切り裂くのは、鼓太郎による双刃だった。十字に切り裂かれた身体から、黄金色の羽毛が零れ落ち、露の如く消え去っていく。
「疾走れ逃走れはしれ、この顎から!」
 追い詰める瀬理の得物は牙の如く、ビルシャナに突き立てられる。生粋の捕食者である彼女の顎から逃れる術はない。牙と化した無数の得物が食い込む様は、彼の鳥人を獲物と定めたが故だった。
「……あはっ、丸見えやわアンタ」
 故に笑う。ざらりとした笑みは喜びに染まっていた。それはまさしく獲物を追い詰めた獣の表情で紡がれていた。
 そして、終局は訪れる。
 慌てて行われたビルシャナの自己治癒はしかし、その傷を癒しきる事は出来ない。
 そんな治癒の光ごと彼を飲み込む終わりは、赤い粘液の形をしていた。
「それは全ての魂の向かう先を指し示す。全てのモノに等しく訪れる必然を。絶対なる理を。それは抗うこと叶わぬ『終わり』だと」
 その詠唱は何処から響いたものだった。それを理解する暇も無く、ビルシャナの身体は押し寄せる大量の赤い粘液に飲まれ、消失していく。
 あたかもそれは、赤き濁流に呑み込まれたが如きだった。
 二度と浮上しない怨敵を粘液に飲み込ませたパールは己がバトルガントレット『きょむ』を用いて、粘液全てを自身の腕の中に収納していく。
 やがてそこには何も残されていなかった。

●やさしさに包まれて
「終わりましたわね」
 エニーケの言葉にパールがこくりと頷く。全ては終わり、ビルシャナは彼女に飲み込まれた。後、解決しないといけない問題は一つだけ。
「さて、どうしてくれようかね」
 穏やかな寝息を立てる少年を抱き起しながら、レクスがふむ、とニヒルな微笑を浮かべる。ビルシャナが消えた今、無害と言っても差し支えないが、それでも一言二言、言いたい事があるのではないかと仲間に視線を巡らせていた。
「ま、あれやな。女で自分の妄想満足させたいんか、女と本気で恋人になりたいんか、自分の本音をきっちりさせた方がええと思うでー?」
 瀬理は苦笑し、少年の鼻をちょんと押す。彼女の声が聞こえたか否か。少年は「う、うーん」と寝言を零しただけであった。
「家まで送ってやろうぜ。折角救えた命なんだしな」
 一仕事終えた、と先導する煉に送られる視線は鈴の物だった。細められた目は何を映しているのだろうか。ただ、時折、大人の表情を浮かべる弟を眩しく見送っている。
「……ところでグリたん。あんまり寒くしてると風邪を引きますわよ」
「え? いえ、その……」
 エニーケに差し出されたマントに戸惑いの表情を浮かべるグリゼルダ。しかし、その戸惑いは長く続かなかった。
「ふぇー本気を出したら疲れたというか何か寒くて風邪ひきそう!」
 何せ、一人だけ全身ずぶ濡れなのだ。がくがくと震えるユルに、仕方ない、と先程差し出したばかりのマントを手渡すエニーケであった。
「色々大変ですね。うん」
 目が覚めたら、ぱーっと気晴らしにご飯に誘っても良いかもしれない。
 レクスに運ばれる少年を視線で追いながら、鼓太郎もまた、微苦笑を浮かべるのだった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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