本命チョコが欲しい！

■リプレイ

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　部屋に入ると、そこにはビルシャナへと変貌した少年の姿があった。
「男子全員殺してやる！　そうすれば大量の本命チョコが俺の物に……」
　物騒な事を呟くビルシャナに、フラッタリー・フラッタラー（絶対平常フラフラさん・e00172）はおいでおいでと手招き。
「俺の部屋になぜ女性が？」
　と言う割には警戒せずにフラッタリーの膝枕に身を横たえる。
　隣人力のおかげもあるが、女性に飢えた少年がこんな機会をスルーする筈がなく。
「力を示して奪う気概は男らしいやもしれませんがー、ゆるゆるぬくぬくは手に入りませんのよー？」
「は、はひ！　あー気持ちいい……」
　されるがままに耳掻きカキカキ。殺気立っていたのが嘘のようだ。
「……ん？　痛っ！」
　因みにフラッタリーの耳掻きは血を掻き出す程度の腕前。あらまぁと呟くフラッタリーから、耳を押さえて飛び起きた所へ、
　宮岸・愛純（冗談の通じない男・e41541）が熱く語り掛ける。
「いいか、男全員を殺してはいけない。なぜなら、男全員が全員チョコもらえるわけじゃあないからだ！
　きさまと同じくチョコもらえない男だってごまんといる！」
「うぐっ……」
　図星を突かれた。
「そういった男たちはきさまと、そして私と同じ『嫉妬戦士』！　嫉妬の名のもとに友情で結ばれる同志なのである！
　同じ嫉妬戦士同士で殺しあってどうするか！　嫉妬戦士は手を取り合い、悪（＝リア充）と戦い正義（独り身的な意味での）を示すべきなのだ！」
　彼女いない歴＝年齢同士として少年の境遇に涙した程である。説得に並ならぬ熱が籠っていた。
「リア充男子が妬ましかった……俺も嫉妬戦士としてリア充と戦うよ！　クラスの男子を全員殺すのは間違っていたかもしれない……」
　本音を引き出され、大願天女に植え付けられた価値観が揺らぎ始める。
「冷静に考えてみてくれ」
（「参考にハーレム物のライトノベルを読んできたが、いまいちピンと来なかったな」）
　彼なりに少年の気持ちを理解しようと務めたイーサン・ダグラス（病の克服を望む機械人間・e32688）だったが。
「クラスメイト、仮に男女半々として半数が死んでしまえば学級閉鎖どころか学校自体が事態を重く見て最悪学校が閉鎖することもあり得るだろう。
　クラスメイトの死が続けば女子生徒の家族も不安におもって学校に行かせないどころか街から離れてもおかしくはないだろう。そんな状況でバレンタインを優先できるとでも？」
「俺も同意見だ。大量殺人が起これば、学校は長期休校、最悪、そのまま廃校だ。クラスの女子からチョコを貰うという願いは叶えられなくなる」
　イーサンに続いてラギア・ファルクス（諸刃の盾・e12691）も声を掛ける。
　教室に少年の居場所はないのかもしれない。誰にも相手にされないのではなく、少年が誰も相手にしていないのではないかと考えれば。クラスメイトと挨拶からでも接していこうと考えてくれるなら嬉しく思う。
「そもそも、本命チョコと義理チョコと友チョコと予備チョコの見分けが、君にはできるのか？
　疑いだらけの本命チョコ、一つ貰えば３倍返しは当たり前。そんな苦労しか得られないチョコの為に、大量殺人なんて割に合わない」
「そんな、チョコを貰うリア充はそんな苦労をしているというのか……」
　貰った後の事など、想像さえしていなかったのだ。
「ならば、配る側に回ればいいと思わないか？　『おはよう』とカードを添えて、全女子の机にチョコを忍ばせる。
　女子のお返しはすこぶる高確率だぞ。一ヵ月後には、君の望みはほぼ叶うはずだ。応援するぞこのカードで」
　ラギアはケルベロスカードをちらつかせる。
「それなら女子に相手して貰えるかも……でも皆無に等しいコミュ力で、とてもそんな大胆な事出来ないよ」
　大量殺戮を語ったその口で、そんな弱音を吐く矛盾。
「おいおい、何もしなくても無条件に大勢に好かれるなんて、フィクションだけの世界だ」
　スピノザ・リンハート（忠誠と復讐を弾丸に秘め・e21678）はあえて厳しく。
「仕事柄、女を侍らせてる奴を何人か見てきたが……連中には『甲斐性』ってやつがあった。
　金もそうだが、一人一人に気を配って全員に『自分が一番』と思わせ、女達の心を掴んでる。
　ハーレムを維持するのは簡単なことじゃねー。そんな甲斐性、あんたにはないだろ」
「うっ……甲斐性……」
　現実を突きつけられ、ビルシャナはへにゃりと羽毛をしぼませた。
「本命チョコが欲しけりゃ、現実的な手段で手に入れろよ。一人の好きな女を見つけて仲良くなればいい。
　大勢からのチョコより、たった一人からの方が何倍も重く、嬉しいもんだぜ」
　とはいえ本命チョコの当てがない立場はスピノザも同じ。
（「偉そうに恋愛論を語っても、実際は机上の空論でしかねー。マフィアなんてやってる以上、そんなのを望める立場じゃねーが……な」）
　あえて語らず、女性陣に後を委ねる。鞭の後の飴は効くものだ。

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「ねぇアナタ、好きなことを教えてくれる？」
　ペトラ・クライシュテルス（血染めのバーベナ・e00334）に話しかけられ、しゅんとしていたビルシャナは態度一転、ドギマギし始めた。
「す、好きな事？　えっと……」
（「女性に話しかけられたああ！」）
「アタシはねぇ、恋が好き！
　こうやってお互いのことを知っていくのが本当の本命チョコへの近道なんじゃないかしらぁ」
「えへっ、そうかも……」
　もじもじしながら言葉を返すビルシャナ。とても嬉しそうである。
　そこへユッフィー・ヨルムンド（夢見るブルーベリー・e36633）とスノーエル・トリフォリウム（四つの白翼・e02161）が、チョコを持って寄って来た。
「わたくしは、地底世界の小国ヨルムンドの王女ユッフィーですわ。お名前をうかがっても、よろしいでしょうか？」
（「すごい、女子が次々話しかけてくる」）
「えっと、直樹です……」
　喜びつつも、しどろもどろ返事をするのが精いっぱい。
　ユッフィーは直樹様、と愛をこめて呼びかけ、
「民を愛するのは、王族として当然のこと。ましてや、わたくしは人類の希望ケルベロスなのですから、世界中の全ての人が、守るべき民なのです。
　ですから……わたくしの愛、受け取ってくださいまし！」
　封印箱チョコ『おうじょのあい』を差し出した。
「はい、ちょっと早いかもだけどバレンタインだからね」
　同時にスノーエルも、可愛くラッピングした箱を渡す。
「お、俺にくれるんデスカ！？　そんな馬鹿な、罠かもしれない……え、本当に？」
　戸惑いながらも、にっこにこ笑顔を向けてくる女子２人からチョコを受け取った。
「あ、ありがとう……」
　チョコを貰った事で、かつてないほど心が満たされる。
（「これが、リア充……！？」）
「なにっ、きさまチョコを貰っただと！　羨ましい！」
「宮岸さんの分もありますわ」
　嫉妬全開の愛純へ、ユッフィーは笑顔でチョコを差し出した。
「へっ！？　ご、ご丁寧にどうも……」
　まさかチョコを貰える日が来るとは。喜ぶより先に困惑混乱してしまいながら、受け取るのだった。
　ユッフィーはチョコを仲間達に振る舞まったのち、ビルシャナへ思わずぎゅっと抱き着いた。
「我が国は、伝統的に多夫多妻制ですの。努力次第では、ハーレムだって実現できますわ♪」
「ひゃっ！」
　ビルシャナの鼓動が早鐘を打つ。
　クラス中の女子達から本命チョコを貰わずとも、願望は叶ったようなものだった。
　それも、彼の想像を超えるレベルで。
「思えば俺は大願天女に騙されていたんだな。目が覚めたよ、皆さんが俺の願いを叶えてくれた。それに、クラスの女子にアプローチする方法とかも教えてくれてありがとう」
　大願天女に頼る必要は無かったと、力強く確信したその時。
「ぎゃあああああ！」
　ビルシャナを包んでいた光が『天罰の光』となって、自身に直撃した。
　見るからに大ダメージを喰らった彼の様子が、どこかおかしい。
「……殺ス、ケルベロス殺ス！」
　途端に、ビルシャナは眩い閃光をケルベロス達に向けた。
　前衛陣の多くは思わず威圧され、ビルシャナに戦闘態勢をとる。自我を失った彼を救うには戦うしかない！

●
　戦闘開始と共にフラッタリーの雰囲気が一変した。開眼した瞳は金色に、額に隠した弾痕から地獄が迸る。
　獣染みた動作で巨大な鉄塊剣をざっくりと振り下ろせば、
「うぐぅ……」
　ビルシャナは呻き声をあげ、斬られた肩口を庇いふらついている。
　その背中を切り裂くペトラの鎌が、容赦なく生命力を奪ってゆく。
　そして攻撃を紡ぐ仲間達の背後に、スノーエルのブレイブマインが、カラフルに爆発！　士気を高める一方で、ボクスドラゴンのマシュと夢竜ボルクスが属性インストールを掛ける。
「あら　すてきなおかた。　ぱふぱふは　いかが？」
　ユッフィーは胸の谷間に手を入れて桃色の光のカードを生成して投げつけ、ビルシャナは『柔らかな何か』に包まれる心地よさを感じながら夢見心地になっている所へ。
　エアシューズに流星の煌めきを宿したスピノザとラギアが同時に飛び蹴りを見舞った！
「がはぁ！」
　２人の蹴りが腹部に決まり、ビルシャナは壁に叩きつけられ項垂れた。
　天罰の光を喰らって弱ったせいもあって、立ち上がる挙動に覇気がない。
　ケルベロス側に有利な流れに乗り、初撃で自身を強化していた愛純が満を持してブラックスライムを捕食モードに変形させる。
「うおおおお！」
「ナノ―！」
　勢いよく差し向けたブラックスライムは、ビルシャナを丸呑み。
　身動きとれぬ敵へ、ナノナノのしっと魂が放ったハート光線が直撃した。
　ようやく捕縛から解放されたビルシャナは、ブツブツと経文を唱え出す。
　悟りきった集中力で紡がれる異邦の言葉にスピノザは飲まれてしまいそうだ。すぐさまスノーエルが動いて、
「大丈夫？　これですぐに治してあげるんだよ。痛いのは最初だけだから、ね！」
　治癒効果を纏わせた巨大な魔導書を振り上げ、満面の笑みでスピノザを叩くと……。
「悪い、助かったぜ」
　痛いのは最初だけ。悪夢のような経文から解放されたスピノザは気を取り直して、
「最善手こそ最適解、ってな」
　ビルシャナに接近、【Basic Strategy】を連続で決めてゆく。
「ぐっ……うっ……」
　幾度となく叩き込まれる攻撃に押されて、ビルシャナはついに壁際に追いやられてしまった。体勢を立て直す間もなく、
「環Zeン無欠ヲ謳オウtO、弧之金瞳w∀綻ビヲ露ワ仁ス。其之ホツレ、吾gAカイナデ教ヱヤフ」
　フラッタリーはその透き通る金色の瞳でビルシャナのグラビティ・チェインを補足し、煉獄の縄を飛ばして絡み取り、縛りあげたのだった。
　身動きとれぬ敵目がけて体勢をとりつつ、ユッフィーは夢竜ボルクスと呼吸を合わせる。
「ボクちゃんお願いね！」
　高速回転を掛けながらビルシャナに突撃するユッフィーに追随して、薄桃色の夢竜ボルクスがふわふわの綿属性のブレスを放射した。
　ケルベロス達とビルシャナの攻防が続き、確実にダメージを重ねてゆく中、
「その傷を克服させる！」
　イーサンのメディカルレインが傷を癒して、仲間達は再び戦闘へ向かうのだった。
　動きの鈍ってきたビルシャナへ、スピノザの手にしたゲシュタルトグレイブがズブリと突き刺さる。
　槍先から迸る稲妻が、ビルシャナの神経回路を容赦なく麻痺させてゆく。
　槍を引き抜くやいなや、拳を掲げた愛純が敵前に躍り出し、悪を絶対殺す地獄の業火パンチを繰り出した。
「リア充は死ね！　きさまがいくら否定しても間違いなく私よりはリア充寄りだ！　リア充は悪！！　やはり死ね！！　地獄の業火に焼かれて死ね！！」
　殺戮衝動に駆られたビルシャナに負けないくらい、リア充への嫉妬で自我を失った男の姿がそこにはあった。今回の敵は彼女いない歴＝年齢の同志とはいえ、それはそれ。怒りを込めて思い切り殴りつける。
　追い打ちを掛けるように、ラギアが冷凍ブレスを放つ。
「死にはしない。死ぬほど痛いだけだ」
　氷漬けにされたビルシャナは、動かぬ的と化した。
　ラギアが魔氷で強化した竜爪を振り下ろすと、ビルシャナを覆った氷が砕け散る様は美しく、そして死ぬほど痛かった。
「ぐっ……」
　寒いやら痛いやらで悶えるビルシャナの背後に、ビハインドのイツキが現れた。
「！！」
　気づけばイツキのアタックを喰らい、倒れ込んだビルシャナにイーサンの声が轟く。
「この痛みから逃げ切れると思わない方がいいだろう」
　言うや否や、手にしたウィルスカプセルを手早く投射した。
　ビルシャナは清めの光を浴びて自己回復を試みるも、イーサンによる殺神ウイルスに蝕まれ叶わない。
　羽毛はボロボロ、弱り果てたビルシャナの姿をみて、
「攻撃が致命にならぬよう、慎重にいきましょう」
　フラッタリーは仲間に呼びかけつつ、手加減攻撃を加える。
　しかし、あと少しという所。少年を元に戻すには、ビルシャナを完全に倒す必要があった。
「だいじょうぶよぉ、すぐ元に戻してあげるわ直樹くん」
　正気を失ったままケルベロスへ盾突いてくるビルシャナに囁き掛けて。
「我、全てに破滅を与える者なり。――全部持って行きなさぁいッ！」
　古代語の詠唱で得た魔力を、ビルシャナに触れて流し込む。
「ああああああ！」
　爆発音と叫び声が混じり合う最期。そして、気を失って床に倒れた少年は元の姿に戻っていた。

●
「う……うーん？」
　目覚めた少年を包み込む温かい感触。
「おはようございますのよー」
「ひゃあ！？」
　フラッタリーの膝枕から、少年は耳まで真っ赤にして飛び起きた。
「改めて歓迎しよう、私と共に嫉妬戦士になろうではないか！」
　愛純の差し出した手をがしっと握り返す少年。すっかり意気投合したようだった。
「さっきは厳しく言って悪かったな」
　戦闘前の事を謝るスピノザ。
「気になる女の一人でもいねーのか？
　殆どの女は一途に愛されたいって思ってるもんだぜ。後悔しない青春を送れよ、少年」
「あ、ありがとう……！」
　女性への接し方がわからず、幻想妄想を抱く事しかして来なかったからこそ、スピノザの言葉に気づかされた事が幾つもあって、感謝するのだった。
　部屋を片付け終えたラギアはケルベロスカードを差し出し、
「女子にプレゼント作戦を実行するなら資金面で応援するぞ。
　よし、今からチョコを買いに行こう。明日からではない。今から変えていくのだ。
　安くて可愛いものの方が、貰う方も抵抗が少ないかもしれないな」
「今から行くの！？　心の準備が……でも、自分から行動しないと何も起こらないよね」
　戸惑いをみせながらも、カードを受け取った。
「今年のバレンタインは頑張ってみようかな」
　自分を救ってくれたケルベロス達の行動力が、少年の背中を押す勇気に変わったのだろう。
　出かける少年の表情は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。

作者：ｋｏｇｕｍａ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年1月31日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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