片隅の雪中花

作者:雨音瑛

●街角の植物園
 日本家屋が立ち並ぶ街の一角に、小さな植物園がある。植えられた植物はどれも丁寧に手入れされ、立て札には植物の説明文が書かれている。
 薄く雪が積もる園内、その片隅で咲き始めた白い水仙の前で、セーラー服の少女がしゃがみこんだ。学校帰りだろうか、鞄を手にしている。
「ラッパスイセン……花言葉は、『報われぬ恋』」
 ため息交じりに、説明文を読み上げる少女。次に口から漏れたのは、「せんせい」という言葉。
 そのままじっと水仙を眺める少女の横から、突如金髪の少女が割り込んだ。金髪の少女は、無言で水仙に花粉のようなものを振りかける。
 すると水仙のひとつが巨大化し、すぐさま鞄を手にした少女に茎を絡みつけてゆく。
「やっぱり、人は自然に還るのが一番よね。今日もいい人助けをしたわ」
 水仙を見上げた金髪の少女――「鬼縛りの千ちゃん」は、そう言って植物園を後にした。

●ヘリポートにて
 植物を攻性植物に作り変える、謎の花粉。それをばらまく人型の攻性植物が現れたと、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)がケルベロスたちに告げる。
「どうやら、胞子を受けた水仙が攻性植物に変化し、その場にいた少女を襲って宿主にしてしまったようだ」
 それは、ベラドンナ・ヤズトロモ(雪上のじゃんがりあんはむすた・e22544)が危惧していたことでもある。
「君たちに頼みたいのは、少女を宿主にした攻性植物の撃破だ。今からヘリオンで向かえば、被害が出る前に攻性植物との戦闘に持ち込めるだろう」
 戦闘となる攻性植物は1体のみで、配下などはいない。
「使用するグラビティは3種類。毒液を振りまく攻撃、花弁の吹雪を発生させる攻撃、刃で切り裂く攻撃だ」
 また、取り込まれた少女は攻性植物と一体化しているため、普通に攻性植物を撃破すると一緒に死んでしまう。
「だが、攻性植物にヒールグラビティを使用しながら戦うことで、戦闘終了後に取り込まれていた少女を救出できる可能性がある」
 ヒールグラビティをデウスエクスにしようしても、グラビティで与えたヒール不能のダメージが蓄積する。そうすれば、粘り強く攻性植物を攻撃して倒すことが可能だ。
「とはいえ、攻撃をする代わりにヒールを行えば、戦闘は非常に不利になってしまう。戦闘方針と、救出する場合はその作戦をしっかり考えていく必要があるだろう」
 なお、水仙に花粉を振りかけた人型攻性植物「鬼縛りの千ちゃん」は既に姿を消しているため、今はこちらへの対処は不要だとウィズが付け足した。
「そういえば、この植物園ではガーデニンググッズを販売しているほか、ハーブティーの試飲もできるようだ」
「それは面白そう。無事に少女を救出したら、立ち寄ってみてもいいかもしれないね。協力してくれるケルベロスの方は、どうぞよろしくね」
 と、ベラドンナはボクスドラゴン「キラニラックス」ともども、ぺこりと頭を下げた。


参加者
月原・煌介(泡沫夜話・e09504)
ルリカ・ラディウス(破嬢・e11150)
スヴァリン・ハーミット(隠者は盾となりて・e16394)
ブランシュ・エマイユ(春闇・e21769)
ベラドンナ・ヤズトロモ(雪上のじゃんがりあんはむすた・e22544)
朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547)
マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)
アリッサム・ウォーレス(花獄の巫竜・e36664)

■リプレイ

●花はただ、そこに
 寒さの厳しい季節でも咲く花がある。
 水仙も、そのひとつだ。
 だが、いま植物園で動き出した水仙は人々の目を楽しませるどころか、害を及ぼそうとしている。それを防ぐべく、ケルベロスは今日も戦う。
「みんな、戦闘開始だよ!」
 接敵した朝霞・結(紡ぎ結び続く縁・e25547)が告げるが早いか、水仙の攻性植物は花弁の吹雪で結を包み込んだ。
 すかさず、ボクスドラゴン「ハコ」が結へと属性をインストールする。結はうなずき、自身もケルベロスチェインで仲間の防備を高める。
「ありがと、ハコ。私もみんなを支えるよ」
 一方、【縮地】抜刀-文明開化-を装着したマーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)は虹をまとった急降下蹴りを喰らわせ、着地する。直後、ライドキャリバー「まちゅかぜ」はガトリング砲から弾丸を吐き出し、攻性植物の根を穿った。
「それじゃ、俺たちは紳士的に行こうか。ね、イージス?」
 スヴァリン・ハーミット(隠者は盾となりて・e16394)はボクスドラゴン「イージス」とともに紳士じみた礼をして、ヒールドローンを展開する。イージスは両肩の盾を揺らしながら、自身の属性をスヴァリンへと注入した。
 相手は、一般人を宿主にした攻性植物。一筋縄ではいかない戦いになるのは、誰もが承知している。
「攻性植物絡みって、ちょっと一般の人を助ける時に苦しくしちゃうのが辛いところかな。でも、出来るだけ早く助けなきゃ」
 意気込み、ルリカ・ラディウス(破嬢・e11150)は攻性植物との距離を詰める。
「花よ!力を」
 発生させるのは、深紅の花びらのようなオーラ。攻性植物の動きを阻害するものだ。
「ケルベロスが来たよ……安心、して」
 攻性植物に取り込まれた少女に声をかけるのは、月原・煌介(泡沫夜話・e09504)。少女は気を失っているが、少しでも安心させられればという気遣いからだ。
 滑り止め加工をした靴ごしに、薄く積もる雪を感じる。煌介は集中し、まずは前衛の受けるダメージを減らさんと黒き鎖を展開した。
 少女を救うためには、攻性植物にヒールグラビティを使用する必要がある。そして少女を救出できるとしたら、戦闘終了後だ。途中で引き剥がすことはできないのだ。
 ブランシュ・エマイユ(春闇・e21769)はそれを心苦しく思いながらも、攻性植物を癒す。
「心の隙間、花に思い馳せる人に取り入る、そんな攻性植物の事件が続きますね。どんな目的があるのか分かりませんが必ず阻止しましょう」
「そうだね。あの子は、水仙を見ていただけだもんね」
 ベラドンナ・ヤズトロモ(雪上のじゃんがりあんはむすた・e22544)の頭をよぎるのは、ラッパ水仙の花言葉『報われない恋』。
「花を見て嘆くより、訪れた春を喜ぼうよ」
 まっすぐに水仙を、そして少女を見て、ベラドンナはドラゴニックハンマーの形態を変える。敵の回避を下げる砲弾は、見事に着弾した。
 ベラドンナの言葉に、アリッサム・ウォーレス(花獄の巫竜・e36664)がうなずく。
「ええ。彼女にとって、今はまだ厳しい冬かもしれませんが……」
 アリッサムは滑り止め加工の靴で軽やかに駆け寄り、稲妻を纏ったクラブスピアで攻性植物を貫いた。
「キラキラは、結ちゃんの回復お願いね」
 呼ばれ、ボクスドラゴン「キラニラックス」は熱と光の属性で結を癒す。すると、軽く手を振る結が見えた。

●いつかは
 攻性植物と少女の様子を観察していた煌介は、まばたき一つ、右手を空に差し伸べた。
「少しヒールの量が……心配、かな。――月女神のヴェール、今ここに御業をあらわす。満ちては欠ける夜の運命、されど再び真なる円を描き。永遠なる循環、願うままに、かく在れ」
 月光の宿った右手で、導きのままに魔法陣を描く。とたん、攻性植物を包むような極光が出現し、真白の羽毛が降り注いだ。幻想は、優しき癒しのわざだ。
 攻撃の手を増やせば、幾分か戦闘は楽になるものの、少女の救出は遠のく。かといって攻撃の手を減らせば、今度はケルベロス側が窮地に陥る。
「なかなか……難しいバランス、だね。でも、まだ回復は足りていないみたい……ブランシュも引き続き敵へのヒールをお願い、するね」
「もちろんです。人一人の命が掛かっているのですから」
 うなずき、ブランシュは攻性植物を魔術切開して大きく癒す。
 少しでも助け出せる可能性があるのなら、最善を尽くして。
「……まだ、足りていませんか」
 眉根を寄せ、ブランシュは攻性植物を見上げる。
 攻性植物は葉の刃を発生させ、怒りの矛先であるマーシャのいる前衛に向けて放った。
「では、拙者は攻性植物の回復を!」
 マーシャは声をかけ、力いっぱい【麗器】三味線坊-雅-を引き絞る。放つ祝福の矢が、攻性植物を貫いた。まちゅかぜの弾丸も、続けざまに攻性植物を貫いてゆく。
「ん、任せられた、よ」
 ルリカを庇ったスヴァリンをハコが癒すと、結は自らのグラビティを蒼く燃える翼に変える。
「加護の翼、蒼き焔を纏って、ここに」
 前衛を癒し、さらには耐性も与えて。
「頼りになるなあ。俺も負けられないな、紳士として!」
 悪戯っぽく笑いながら、スヴァリンもヒールドローンを飛ばして援護する。スヴァリンの足元にもふっとした感触があったかと思えば、イージスだ。もこもこ羊毛を少しばかりふくらませ、イージスはマーシャに属性を注入して癒す。
「それにしても、報われない恋って……何をどうしたら報われないのかなぁ……良く判んないんだよ? ハコ、判る?」
 無邪気に首をかしげる黒猫少女の様子に、アリッサムとベラドンナは思わず微笑んだ。
「……ラッパ水仙の花言葉には「報われぬ恋」の他に、「尊敬」「心遣い」等もありますからね」
 たとえ今すぐに報われずとも、いつかは彼女が尊敬し恋い慕う人に、その心が伝われば。眠るように目を閉じる少女を見遣り、アリッサムは願う。
 そうして動いた地竜の巫女は、春の陽だまりを彷彿させる光の中で舞い始めた。
「”可憐”な青は、幸福の兆し。困難を乗り越え、”どこでも成功”です」
 彼女の周囲に咲く、ネモフィラの花。花言葉のおまじないと一面の青が、マーシャの心を、傷を癒す。
「「尊敬」「心遣い」かあ。アリッサムちゃんは物知りだね」
 ふわふわ優しい雰囲気で語るアリッサムに感心しつつ、ベラドンナは攻撃の手を休め、キラニラックスとともにブランシュの回復を。
 攻性植物と味方の回復は十分そうだ。ルリカは素早く弾丸を放ち、攻性植物の茎の一角を破断させる。と、囚われた少女が目に入る。
「意識はないみたいだけど、戦闘中に目を覚ましちゃったら大変だよね」
 今はこのままの方が、少女が驚かなくて済む。ルリカは小さくうなずき、救出への決意を新たにした。

●想いの行方
 アリッサムは地獄の炎弾を放ち、攻性植物にダメージを与えるとともに自身の体力を回復する。
「厳しい、ですね」
 攻性植物のばらまく毒は、中衛や後衛にも及んでいた。いまや、無傷の者などいない。
 何より、敵を回復した際に付与された「破剣」。それが、状態異常の付与を得意とする攻性植物の攻撃を更に厄介なものにしていた。
 後手になろうとも状態異常への耐性をと、先ほど毒液を喰らった前衛に向けて結は蒼焔華翼を使用する。とりわけ、マーシャのダメージが大きい。ハコの属性インストールを受けても、まだ心許ない。
「スヴァリンさん、回復お願いできるかな?」
「もちろん! 素敵な淑女のお誘い、断るわけにはいかないからね! 各ドローン同期完了、モード:ミラージュ アクティブ。此れは夢幻、されど活力を与える光とならん。さあ、夢を見せてあげるよ!」
 スヴァリンはマーシャの頭上にドローンを展開した。幻惑機能を備えた『Sld-0021』が夢見た楽園をマーシャに見せて癒す。
「さすが、半分が優しさで出来てる紳士だね」
「紳士たる者、守りたい人をいつでも癒やしたいからね!」
 ベラドンナの言葉に、スヴァリンは上機嫌に微笑んだ。
 スヴァリンに続けて動いたベラドンナがアリッサムに霧を纏わせ、キラニラックスとイージスはルリカへと属性を与えて癒す。
「……攻性植物は、まだまだ元気そうだね」
 真剣な表情で攻性植物を見るベラドンナ。
「では、拙者は引き続き回復不能ダメージを蓄積させていくでござるよ!」
 まちゅかぜが攻性植物を轢くのを確認したマーシャは、ウサミミをぴこんと立てながら声を張り上げる。
 マーシャが天空から召喚した無数の刀剣たちは、降り注ぎ、攻性植物を貫いてゆく。
 刀剣たちの間を抜けて放たれたのは、ルリカによる霊気の弾丸。攻性植物をのけぞらせる一撃のあとは、煌介がすかさず月彩優羽で攻性植物を回復する。煌介は行動阻害の攻撃を仕掛けるつもりであったが、想定以上に敵への回復が必要な状況となっていた。
「大丈夫、かな……。あの子も、こちらも」
「わかりません。今は、まだ……」
 ブランシュも、重ねてヒールを。元より過剰なくらいを意識して敵のヒールにあたっていたが、ケルベロスが与えるダメージに対して、煌介と二人がかりであっても少々心許ない状況になっていた。
 報われぬ恋をした少女は、水仙に囚われたまま動かない。
 ブランシュは、報われぬ恋をしたことはない。はず、だ。
(「何故でしょう、少しだけ彼女の気持ちが分かる気もします」)
 それはもしかしたら、ブランシュが無くした記憶かもしれない。想い出の中に、似たものがあったのかもしれない。
 けれど、今となっては思い出す術もないのだ。小さな溜息は、自らの炎に喰われて掻き消えてしまう。
「……いつもの事です」
 かぶりを振り、ブランシュは自分を説き伏せる言葉を呟いた。

●「報われぬ恋」
 与えた耐性は意図せず敵に付与した破剣でほとんどが消え、毒と氷が残る者も。
 結は溜めたオーラで自身の傷を消し去るが、全ての毒は消しきれない。
 また、他の列にも状態異常は残っている。ハコがルリカへ属性を入れるが、それでもいくつかは残ってしまう。
 敵への攻撃とヒールを繰り返していたマーシャも、このままでは前線が崩壊する危険を感じ、味方の回復に参加し始めた。
「矢倉は将棋の純文学と人は言う!」
 叫び、【王護之型】矢倉囲いでルリカの状態異常をいくつか消し去る。
「この状態では、高威力の攻撃は危ないですね」
 つぶやき、アリッサムはクラブスピアを高速で回転させて攻性植物を斬りつけた。加えてまちゅかぜが攻性植物を轢き、地面にわだちをつくる。
 マーシャの与えた怒りの効果は、列攻撃となれば前衛全体に及ぶ。都度、列ヒールを持つ者が癒すが、残る毒や氷がそれを上回る速度でケルベロスたちを蝕んでゆく。
 スヴァリンは、回復兵器のドローンを少女へ飛ばそうとして歯噛みした。
「残念だけど」
 小さく息を吐き、仲間を見渡す。
「これ以上は、俺たちが持たないみたいだ」
 優しくも、確かな言葉。
 そう、誰もが満身創痍。あと一撃を喰らえば戦闘不能になりかねない者すらいる。
 スヴァリンはヒールの対象を変える。【回復兵器】幻視光照射でアリッサムを癒せば、イージスも同じく属性の注入を。
「それでも、最後まで希望は捨てたくないよ」
 ルリカは与えるダメージを抑えようと、攻性植物の足元に弾丸をばらまいた。同時に、体がふらつく。
「ルリカ、無理は……しないで」
「ありがと。でも、煌介君も傷だらけだよ?」
「気遣い、ありがとう。俺はまだ……大丈夫、だよ」
 味方の損傷は激しく、もはや方針を切り替えたところでいつ終わるとも知れない戦いだ。少しでも長く耐えられるようにと、煌介は前衛の前に雷壁を築く。
 ずっと敵へのヒールを続けていたブランシュも、仲間の回復に回る。
「咲かせましょう、火の花を」
 地獄の炎は、朝焼け空に似た東雲色。煌介に向けて解き放ったそれは傷を癒し、不浄を焼き殺してゆく。熱はなく、ただ鮮やかな火の花を咲かせるだけ。
 キラニラックスに癒されたベラドンナは、傷の痛みをこらえながら詠唱を始めた。
「白の王宮の、鍵を開く。狂った星座。声なき支配者よ」
 竜の銀鎚【ブレシンの災厄】に刻まれた記憶が、ベラドンナによって喚ばれる。
 封じられた狂気の竜、その顎から耳をつんざく無音が解き放たれた。
 攻性植物の動きが止まり、少女もろとも地面に倒れ伏す。水仙の茎に絡まったままの少女に、煌介が駆け寄った。
 触れた少女の体は冷たい。手首に脈はなく、わずかに開いた口からは呼気が感じられない。
 煌介は少女からそっと手を離し、ゆっくりと首を振る。
 誰もが息を呑み、無言になった。
 そう、少女は、もう――。
 それから、数秒。攻性植物が枯れ始めると同時に、少女の体が水仙の花弁で埋め尽くされてゆく。
 不意に吹いたひときわ強い風で、花弁たちは流れるように飛んで行った。
 あとには、何も残さずに。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年1月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 11
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